第7話 「訓練」
お待たせいたしました。
7話をお届けします
四ノ宮との訓練の日々が始まった。
平日は学校が終わった放課後から。
休日は一日中訓練付けの毎日となった。
所属していた文化研究部には休部届を出した。
四ノ宮のパイロット育成メニューははっきり言って厳しかった。
ある土曜日のメニューはこんな感じだった。
6:00 起床
6:30 ランニング(5キロほど)
7:00 朝食
7:30 IG講義
10:00 休憩
10:30 シミュレーターによる模擬戦
13:00 昼食
14:00 IG講義
16:00 トレーニング
17:00 ランニング(5キロ×2)
18:00 夕食
20:00 IG講義
22:00 就寝
まず早朝のランニング。
四ノ宮が漕ぐ自転車に追従するのだが、これがとんでもなく速い。
常に全速力で走っているのに近い。
坂でもスピードを緩めないし、5キロの間ずっと止まらない。
一回で筋肉痛になる。
その後のIG講義。
家でやるといったが、そんな甘酸っぱいものじゃない。
超スパルタだ。
教え方が上手いのですぐ覚えられるのだが、量が半端じゃない。
内容はIGの操縦に関することから、作戦行動のサイン、果てはサバイバル技術まで。
実戦的な全てを叩き込まれた。
疲れに耐えきれず、ウトウトしたら良い笑顔で眠◯打破を差し出された。
午前と午後の講義で習い、夜に全て確認テストをする。
これで間違えると、その部分だけもう一度講釈があり、再度テスト。
これを完答するまで繰り返す。
22:00の就寝は目標だ。
いつも大抵1時くらいになる。
ーーー
恐らく、プロのトレーナーがこんな生活を見ればすぐに改善させるのだろう。
体を疲労させすぎている。
普通なら、5キロ一本をあのスピードで走るだけでも息絶え絶えになる。
それが一日三本+トレーニングだ。
睡眠時間も短いのに毎日体を酷使し、ウトウトしては◯眠打破を積み上げる生活を繰り返しているのだ。
すぐにでも体を壊す可能性は高い。
だが、すぐに〔ヴァイツ〕を戦力に加えたい〈ASCF〉はそれよりも俺を鍛えさせることを優先させているようだ。
実際四ノ宮は、体を壊す限界をよく見極めている。
もう体が動かなくなる限界が近づけばランニングを止め、入念にストレッチをする。
翌日筋肉痛で動けなくなるが、これは体を解せばある程度はなんとかなる。
トレーニングの方は、市のスポーツセンターで四ノ宮監修のもと、遅筋と速筋のバランス、左右の筋肉比を考えたメニューになっている。
一隊員のパイロットとして必要な筋肉を付けることだけに特化したメニューだ。
腕立ての態勢から、ベンチプレスのスピードカウントまで徹底している。
一体なんに使うんだ?と聞きたくなるようなものまであった。
ここら辺は効率を重視しているのだろう。
ーーー
そんな感じで一ヶ月後。
俺は見事なナイスボディに変身していた。
この生活を耐えきったのだ。
鏡を見れば、うっとりするような美しい体が写っていた。
筋張った二の腕の曲線美、バッキバキに割れた腹筋。
両脚は、早朝のランニングとは名ばかりの走り込みによって、しなやかだが力強い健脚に鍛えられていた。
盛り上がった胸筋は教官殿の胸と同じくらいある。
そんなことを思ったら顔に出たのだろうか、小突かれた。
「なんか、失礼なこと思ったでしょ?」
「滅相もありません、マム」
「怪しい…………」
ジトッとした目で見られた。
冷や汗が伝う。
この一ヶ月で俺は、四ノ宮教官に頭が上がらなくなった。
もしバレたら今日のメニューは地獄になる。
絶対に隠し通す!
「まぁ、いっか」
四ノ宮はあっさり疑いを解いた。
この一ヶ月でそれだけ信頼を得れたのだろう。
四ノ宮は続けた。
「それじゃあ今日は支部の方へいこっか」
「支部?なんで?」
「今日からシミュレーターじゃなくて実機を使った模擬戦をやるの。
あとこれは私とは別の担当官だけど、格闘戦の訓練もやるわ」
「おお……………!」
それを聞いて全身に微かな震えが走った。
待ち焦がれていた時が来た。
いよいよか………………。
一ヶ月はあっという間に過ぎたが、それでもやはり長かった。
あれから俺は一度も〔ヴァイツ〕に乗っていない。
それどころか他のIGもだ。
ずっとシミュレーターでの訓練を続け、操縦法を体に叩き込んでいた。
なぜ俺がこうも積極的に訓練に励んでいるのか、自分でもよくわからない。
ただ、〔ヴァイツ〕に乗ると決めたときに、俺の中でなにかが火を付けた。
長く空回りしていた歯車が、ようやく填まったような感じだった。
以来、俺はずっと訓練に邁進してきた。
自惚れは無い。
あの時の帰り道で四ノ宮から聞かされた言葉は、まだ俺の中で活きている。
自分を特別と思わず、一隊員としての自覚を持つ。
この言葉は俺の心に深く刻まれていた。
ならあとは、行動で示すのみ。
〔ヴァイツ〕に相応しいパイロットに、俺はなる!
ーーーーーー
ーーー
ー
〈ASCF〉第4支部、第二演習場。
そこでは、二機のIGが対峙していた。
白い方には俺が、灰色の方には四ノ宮がそれぞれ乗っている。
この演習場は、元は廃村だった所を周囲1キロほど壁で囲い、中では市街地を再現した設備になっている。
『準備はいい?』
外部スピーカー越しに四ノ宮が問いかけてきた。
『いつでもOKだ!』
俺も威勢良く答える。
今日俺達が乗っているのは〔九十二式〕と呼ばれる国産のIGだ。
自衛隊に広く配備されている〔九十一式〕の特番改良機で、まだ一般的な配備の進んでいないタイプのものだ。
実は日本のIG産業は世界トップクラスのシェアを持ち、この〔九十一式〕にしたって、アメリカの〔ロードパンサー〕やフランスの〔ネーナトリス〕と並んで、世界三大名産機とされているほどに性能が高い。
〔九十二式〕は、それのさらに上を行く機体性能を持っている。
〔ヴァイツ〕などの特殊な機体を除けば、世界最高といっても過言では無いだろう。
そんな機体が、〈ASCF〉では一般配備なのだ。
〔ヴァイツ〕ではなく、その〔九十二式〕で訓練を行うのには理由がある。
最初から〔ヴァイツ〕のような超のつく高性能機に慣れてしまうと、他の機体に乗れなくなってしまうからだ。
機体の反応速度が遅いだけでも、機体制御を流れ作業のように連続して行うパイロットにとっては、全ての感覚が狂うことになる。
戦場に置いて、それは致命的な隙を生むことになる。
それだけIGとパイロットは繊細な関係を持っている。
よって、専属パイロットと呼ばれる者も、全ての機体に慣れておく必要がある。
あとは、〔ヴァイツ〕の調整が完璧じゃないってのも一つあるらしい。
なんでもシステムや機体神経が、全て俺に合わせたものに改変されてしまったらしく、その調整が大変なのだとか。
お気の毒に。
『しなければならないことはわかってるね?』
「弾は無駄に撃たないこと。
《エネミス》は一キロ以内の範囲で仕留めること。
被害拡大を防ぐこと。
勝手な作戦行動はしないこと。
そして、生き残ること。
だろ?」
これらのタスクは絶対だ。
街に被害を出さないのは流石に不可能なので、一キロ以内で仕留め被害拡大を防ぐことが原則となる。
なによりも、俺達は生き残らなきゃいけない。
自分の命に勝るものは無いからな。
自らの命を引き換えにするような無謀な突撃はフィクションだから許される。
そんなことをするより、もっと出来ることがあるのは確かだ。
本当のヒーローってやつは、生き残ってより多くの人を守らなきゃいけないんだ。
『わかってるなら、よし!
それじゃ始めるわよ!』
いいぜ、俺はいつでもOKだ。
さぁ、始めようぜ!
ーーー
結論からいうとボコボコにされました。
こればかりは経験の差だろう。
俺が《エネミス》に勝てたのは機体の力と偶然の結果だ。
同じ条件でプロには勝てん。
あとは、やっぱシミュレーターと実機は違うってことだろうな。
画面に向かって操縦桿を動かすだけのシミュレーターと違って、実戦では機体が胎動している。
エンジンの鼓動、人工筋肉の伸縮、アクチュエータの駆動音、地面から伝わる震動。
これらは、シミュレーターでは再現されない。
が、やっぱりあるのと無いのでは違う。
その日は五戦ほどやったのだが、結局俺が四ノ宮に勝てたのは一度だけだった。
「お疲れ様、木崎」
「あざす」
四ノ宮が、髪をタオルで拭きながら、スポーツドリンクの缶を差し出してきた。
ありがたく受け取り、蓋を開ける。
プシュっという、明快な音が響いた。
一口、口を付ける。
よく冷えた程よい甘みが喉を通っていく。
これは乗らないと分からないのだが、IGの操縦は凄く疲れる。
本当に空調が効いているのかと思うくらいに体が熱くなる。
火照った体に、冷えたスポドリは心地良かった。
四ノ宮の方を見ると、僅かに頬は赤く火照っている。
………………なんか、エロいな。
緊張を解してリラックスしている四ノ宮を俺は見詰める。
紅色に染まる均整の取れた顔立ち。
少し乱れた艶めかしい吐息。
しっとりと汗に濡れた絹糸のような長い黒髪。
濡れた服が張り付きささやかに主張する胸。
汗ばんだしなやかな四肢。
そして、パイロットのスーツの上からでもよく判る、その素晴らしき尻。
………………凄く、エロいッ!
なんて艶麗な姿なんだ。
こちらに気付かずに、無防備に体を晒している辺りがさらにそそる。
運動したあとの女性ってなんでこんなにエロいんだろう。
不思議だ。
ちなみに今の四ノ宮教官殿、パイロットスーツの上だけをはだけさせ、タンクトップ姿です。
その綺麗な素肌が肩口からこんにちは。
ありがとうございます。
なんてバカなことを考えていたら、四ノ宮と目が合った。
流れる一瞬の沈黙。
…………………気まずいですねぇ。
と思ったら四ノ宮は俺が不躾に見ていたことには気付いていなかったようだ。
「どうだった?〔九十二式〕は」
なんて聞いてきた。
自分の今の姿に気付いていないのだろうか。
ラッキー!それならそれで遠慮無く見れ…………ゴホン。
「やっぱ、〔ヴァイツ〕と比べると遅いな。
動作も重いし。
けど、もう少しスペックは低いと思ってた。
むしろ良い方だ」
「なら大丈夫ね。
それもそっか、〔ヴァイツ〕にはまだ一回しか乗ってないし」
「〔ヴァイツ〕の方に慣れちまうと大変そうだけどな」
「そうなんだよね。
だから私は時々、模擬戦で〔九十二式〕の方に乗るようにしてたわ」
なるほど。
そんな手もあるのか。
てっきり訓練の時もずっと〔ヴァイツ〕に乗っていたのかと思っていたが、そういうことなら安心だ。
「しかし、やっぱり強いな四ノ宮は。
手も足も出ねぇや」
「そんなことないよ。
シミュレーターだけでここまで動ける人なんて滅多にいないのよ?」
そりゃ、昔乗ってましたからね。
俺が昔、とあるIGのテストパイロットをしていたことは、まだ組織の誰にも言っていない。
正直、あれこそ非公認のIGな気がするから、面倒だし知られたくない。
こういうことは墓まで持って行くのが良いだろう。
「……………………このままじゃ本当に追い抜かれそうね……………」
「ん、どうした?」
四ノ宮がなにかボソッと呟いた。
なんだろうか、小さくてよく聞こえなかった。
「ううん、なんでもないよ。
それよりも、実機訓練が始まったからってトレーニングを怠ってはダメよ?
筋肉は持続させるのが難しいんだから」
「分かってるさ」
「なら良し、また明日ね」
それだけ言うと四ノ宮は手をひらひらと振り、更衣室の方へ消えていった。
なんでもないよと言われても気になってしまうのが男心。
会話もうまくはぐらかされた気もする。
だが、まあいいだろう。
四ノ宮が俺に信頼を寄せてくれているように、俺も四ノ宮を信じている。
その四ノ宮がなんでもないというのだから、ほんとになんでもないのだろう。
それよりも、俺にはやるべきことがまだ沢山ある。
今日の模擬戦での反省点を振り返り、克服していかなければならない。
当面の目標は、五回戦ってせめて勝ち越せるようになることだ。
では早速、シミュレーターで復習だ!
初めての実機訓練はこんな感じだった。
こうして俺の一日は幕を閉じた。
格闘戦の訓練は割愛していいだろう。
正直、あれは脳では理解できない。
体で覚えて、反射しなければならないのだろうな、きっと。
反復練習あるのみだ。
ちなみに教官は天龍院勲という見事な髭を蓄えた巨漢で、訓練は他の新人たちと一緒に受けた。
新人といっても皆大人だ。
そんな中ちょこんといる俺は、すこし浮いていた。
まだ、俺が〔ヴァイツ〕のパイロットになるということは公になっていないのか、他の新人たちに絡まれるということはなかった。
おっといけない、俺は特別じゃない。
こういう考え方はいけないな。
俺はただの一隊員、木崎優真訓練生だ。
気を付けなければな。
ーーーーーー
ーーー
ー
薄暗い執務室の中。
椅子に腰掛けた男が、傍らに立つ男に尋ねた。
「…………………信英」
「ここに」
「彼らの調子はどうだ?」
「四ノ宮特尉の判断により、実機を用いた訓練の段階へ移行しました。
その結果ですが……………」
男――阿多野信英は腰掛けている睦戸義和へ一枚の紙を差し出す。
そこには、模擬戦初日での木崎優真の戦闘記録と結果があった。
機体制御の詳細なログが驚異的な結果を睦戸に示していた。
「……………!?」
「彼………木崎訓練生はまさしく逸材かと。
初めての実機対人模擬戦で、しかも貴方や最高級階位の者以外に一度も敗北したことの無い四ノ宮特尉に一度とはいえ、勝利したのですから。
………………これは並の実力ではありませんね。
流石は〔ヴァイツ〕に認められたことだけはある」
「これでまだ発展途上というのか…………」
これはあくまで〔九十二式〕に乗ったときの結果。
ではもし〔ヴァイツ〕に乗ったのならば、一体どうなるというのか………………。
その事実に戦慄する睦戸。
「…………〔ヴァイツ〕の方はどうなっている?」
「機体の修繕と改修は完了しています。
現在は木崎に合わせたOSや機体部分値の調整などを行っています」
「実戦投入はいつぐらいになる?」
「調整がどうやら難航しているようで、木崎の慣熟と合わせても一ヶ月以上はかかるでしょうね」
「三週間以内に済ませる様にしてくれ。
……………ああいうパイロットは実戦で伸びるタイプだ。
模擬戦ではすぐに壁にぶつかる。
それに実戦の空気はもう既に知っているのだ。
彼と〔ヴァイツ〕は少しでも早く主戦力に加えたい」
すると、それを聞いた阿多野は少し含みのある言い方で、
「………………………………早まった実戦で、潰れてしまうパイロットもいるのですよ」
と呟いた。
睦戸はハッと阿多野の方を見る。
その表情は幾らか暗く、陰りがあった。
睦戸は、憂いをたたえた顔で阿多野を見詰める。
「……………そうか、お前は……」
だが、彼ははっきりとした口調で言いきった。
「それでも…………俺は、優真の覚悟を信じたいと思っている。
彼が優花君や優吾君を守ろうとする覚悟を、な」
阿多野はそれを聞くとため息交じりに、
「はぁ……………相変わらずですね、貴方は」
「……………仕方あるまい。
それが俺だ」
「知ってますよ、ずっと前からね…………。
では、整備班の方には催促を入れておきます」
「ああ、頼む」
そう告げると、阿多野は部屋の扉へ足を向けた。
と、なにか思い出したのか扉に手を掛けたまま睦戸のほうへふりかえった。
「そうだ、例の件のことなのですが」
「……………ああ、そのことか。
今度は一体なにを企んでいる?」
「代表にご迷惑はかけませんよ。
それより、許可はいただけますか?」
「お前の妙な実験とやらがどんなものかはしらんが……………まぁ組織の不利益にならないならば許可しよう」
「その点はご安心を。
ご許可ありがとうございます」
「ほどほどにしておけよ…………………」
「わかってますよ、それでは失礼します」
阿多野が部屋を出るのを見届け、睦戸は深く息を吐き出す。
もたれ掛かった椅子が、ギシリと音を立てた。
「木崎と四ノ宮、か…………」
ボソリと呟かれる言葉は、誰にも聞かれること無く消えていく。
「……………一体どうなるのだろうな、これから」
睦戸の問いかけに答える者はいない。
もう一度深く息を吐き出し、睦戸は目を閉じた。
同じ日の、別の場所での会談はこうして幕を閉じた。
ーーーーーー
ーーー
ー
『告:左肩に被弾。
出力が13%低下します。
現在の損傷ゲージは38%。
稼働停止領域まであと32%です』
コクピットの中で、ホープの無機質な声が告げた。
『捕捉警報:6時の方向、距離50』
機体を横に振って建物の影に隠れる。
さっきまで俺がいたところに赤いレーザーポインターが通過した。
不味いな、移動しなければ。
建物の間を縫うように移動し、距離を取る。
だが、同じように距離を詰めてきた灰色の機影が正面に現れた。
左のシールドを正面に引きつつ、ポインターガンを構える。
同時に眼前の機体も銃口を向けてくる。
銃撃。
赤いレーザーポインターが交差し、互いの盾に当たる。
『警告:主武装残弾10』
「ちっ!」
T字路になっている道路の中心に立っていた機体を右に振って身を隠す。
俺はさっきからちょこちょこと攻撃しては逃げ回るのを繰り返していた。
荒い息をつきつつ、俺は画面に問いかける。
「はぁはぁ…………残り時間は?」
『答:残り12分42秒です』
「あっちの損傷は?」
『答:推定24%、稼働停止まで残り46%』
「ふぅ……………よし、予定通り」
一旦息を落ち着け、レーダーに表示されている四ノ宮機の位置を確認する。
きっとあっちも俺の位置を把握していることだろう。
するとホープが問いかけてきた。
『問:先程の「予定通り」という言葉はどういう意味でしょうか?」
そんなことを聞いてくるなんて。
本当に変なAIだな、コイツは。
俺はニヤリと笑い、答えてやる。
「それはな……………こういうことだ!」
手にしたポインターガンをさっきまで俺がいたところに放り投げた。
同時に、その場から後ろに高く飛び上がる。
画面の端に、投げたポインターガンが撃ち抜かれた様子が映ったのを確認し、ホープに向かって叫んだ。
「バルカンフルオート掃射!
目標は………あいつだぁぁぁ!!」
『了:納得です、木崎殿。バルカンフルオート掃射レディ、FIRE!』
驚いたような格好で固まっている四ノ宮の〔九十二式〕に、頭部のバルカンポットと肩のショットバルカンからレーザーの雨が降り注いだ。
主装備を囮にした奇襲作戦。
俺はこれが上手くいきそうな地形を探して逃げ回っていたのだ。
だが、四ノ宮もプロだ。
数発浴びるが、すぐにシールドを構え防御する。
シールドがレーザーの赤い光を受け、真っ赤に染まる。
――――けど、これで終わりじゃ無いんだな。
その隙を待っていたんだ。
俺は機体を後ろのビルに着地させ、そのまま強く踏み込む。
脚部の人工筋肉が引き絞られ、そして力強く弾けるように解き放たれた。
ビルに大きな足跡を残し、俺の機体は跳躍する。
17mもあるIGにとって、50mほどの距離など一瞬だ。
ルパンダイブの容量で、四ノ宮機に飛びかかる。
大きなシールドを構えている眼前の〔九十二式〕は、反応しきれず押し倒される。
そのままもつれ合い、格闘戦に持ち込まれる。
四ノ宮機は俺を払いのけようとジタバタもがく。
しかし、四ノ宮の手にはまだ、シールドと銃があった。
対して俺の手には、訓練用のIG用コンバットナイフ。
勝負はすぐに決まった。
俺がマウントを取り、四ノ宮機の胸部――つまりコクピットにナイフを押し当てた。
勝負、あったな。
両機のAIによる自動判定で勝敗が決した。
勝ったのはもちろん、俺だ。
『お疲れ様です、木崎訓練生。
お見事でした。
このまま、評価結果を待ちますか?』
ホープが問いかけてきた。
だが、それはひとまず後にしよう。
俺が機体を立ち上がらせると、四ノ宮の機体ものそりと起き上がった。
そのまま胸に手をやり、コクピットから出てきた四ノ宮かその上に乗る。
俺も同じように外に出て、地面に降り立つ。
ぐっしょりと汗に濡れた四ノ宮は、
「お疲れ様、木崎。
取り敢えず支部に戻ろっか」
というと、出口の方へ歩き出した。
俺も機体をそのままにしてそれに続く。
整備班が後で回収してくれる手はずになっていた。
支部の更衣室でシャワーを浴びて汗を落とし、着替えて外に出る。
四ノ宮はまだ戻っていなかった。
まだシャワーでも浴びてるんだろう。
女子は長いからな、シャワー。
スポドリでも買って待っていよう。
10分ほどして四ノ宮が出てきた。
ボトルを放り投げてやる。
四ノ宮はそれをキャッチし、一口飲んだ。
「ぷはーっ!
やっぱ訓練の後のこれは最高ね!」
爽快そうに四ノ宮は言う。
俺もボトルを傾ける。
冷えたスポドリが体に染み渡った。
「んで、どうよ。
今の一戦は」
「んー、作戦としては悪くなかったけど…………………。
まず、弾の無駄遣いね。
主装備を捨てるなんて危険よ、敵は一体とは限らないんだし。
それと、被害出し過ぎ。
一キロ以内っていうのは目安でしか無いんだから。
遭遇したその場所で倒すのが一番。
あなたと〔ヴァイツ〕ならできると思うんだけど…………。
あの作戦は対個なら有効だけど、集団戦では使えないからね」
「お、おう…………」
四ノ宮は一気に言いきると、そこで一息ついた。
思いの外評価はよろしく無かったようだ。
ちょっと残念。
「まぁ……………でも、上達ぶりは凄いね。
たった二週間でここまで戦えるようになるなんて。
あんな作戦普通は思い付かないよ」
フォローするように、四ノ宮が続けた。
良かった、上達はしているみたいだ。
だよな、俺勝ったんだもんな。
大丈夫だ、自信を持とう。
「じゃあ評価見に行く?」
「そうね、いこっか」
そろそろ機体のログから精確な評価が纏められているはずだ。
纏められた評価はミーティングルームへ送られる。
そこへ向かうとしよう。
ミーティングルームは別名作戦立案室とも言われている。
大本の作戦にパイロット達が意見を戦わせ、細かい連携を確認するのだ。
そのために、ミーティングルームには大き―なモニターがあり、席にはタブレットが備え付けてある。
評価を見るときは、モニターで外部から撮った戦闘映像とタブレットのデータを見て反省点をふりかえるのだ。
俺と四ノ宮は映像を流しながら、お互いの戦いを振り返る。
「――ここは撃たない方が良いんじゃ無い?」
「けど、寄られるのは防いだ方が良いだろ?」
「寄れないよ、ここでこう対応されるじゃ無い」
「なるほど、じゃあここは?」
「あーそこは………………」
と言った具合だ。
それに突如、乱入者が加わった。
『伝:四ノ宮特曹殿、先程の動きは機体の性能を殺します。
レーバシュター式ではなくネルジスト式の機動管制を推奨します』
ホープである。
「お前、一体どこから来た?」
『答:支部中枢情報処理機構です』
「まったく…………」
「あはははっ!本当に面白いAIね、貴方。
模擬戦の時もわざわざ来てるんでしょ?」
「肯:肯定。
パイロットのサポートこそが我々の使命ですので』
それからはホープも交えて議論する。
高度な演算能力を持つホープの意見は貴重だった。
俺達が無意識にやっていることも丁寧に指摘してくる。
機体の負荷を考慮した意見は、俺達には分からないので正直にありがたい。
機体から戦いを見ていると、違う視点があるのだろう。
実際、動かされてるわけだしな。
それにしても、コイツか時々やる人間のような挙動はどういうことなのだろうか?
…………………もしかして、コイツには意志があるのかもしれない。
〔ヴァイツ〕もそうだが、AIたるホープも大概謎が多い。
ーーー
と、その時スピーカーから呼び出しが入った。
それは、新たな戦いの幕開けを告げる。
『訓練中の木崎訓練生と四ノ宮特務曹長!
本部から召集がかかった。
至急近から本部へ向かえ!』
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第一章 起動編 完
第二章 波乱到来編へ続く