第6話 「〈ASCF〉にて その3」
修羅場です、誰か助けて。
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号泣する四ノ宮。
怖い顔してる睦戸。
また変な企みごとをしてるっぽい阿多野。
あーあ、泣かしちゃった、みたいな顔をしているステラ。
というか一見したらこの状況、犯罪現場っぽく見えてやだな。
あ、阿多野がこっち向いた。
釣られて睦戸も。
え、なに?
どうにかしろってこと?
俺にほぼほぼ初対面の、しかも泣いてる美少女を慰めろってのかよ。
無理だよ?そんなの。
ここしばらく女子と話す機会少なかったし、どう話し掛けたらいいのかなんて覚えてねぇよ。
そんなこんなであたふたして、結局俺は話し掛けることが出来なかった。
しばらくして、四ノ宮の嗚咽が収ってくると、また睦戸が咳払いした。
話を再開するようだ。
阿多野はやれやれみたいな表情をしている。
めっちゃ腹立つな。
「では………木崎君。
君の方の話をしようかと思う」
「あっ、はい」
隣をチラッとみたら、四ノ宮はまだ目を赤くしていたが、話は出来そうだ。
目の奥に力がある。
強い子だ。
「君の処遇なのだが、これはまたこれでややこしい。
君は我々の組織に所属しているわけではない。
それ故、我々の権限で君になにかを強要は出来ないし、我々について詳しく話してあげることも出来ない…………」
睦戸はここで一度言葉を切った。
「…………しかし、君は〔ヴァイツ〕の存在と機密を知り、それだけでなくパイロットとしても認められている。
君はどこで手に入れたのか知らんが、パーソナルコードも持っているようだしな。
そしてなにより実績がある。
そこで我々は君にある提案をしたい」
「なんでしょう?」
あらかた検討は付くが、俺は敢えて聞いた。
「我らが〈ASCF〉に、加入してくれないかね?」
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〈ASCF〉に、加入する。
話の流れ的に、やはり〔ヴァイツ〕のパイロットとして俺に〈ASCF〉の一員となって欲しいのだろう。
戦う相手は―――――恐らく《エネミス》。
そしてこの組織は多分国に所属しているのだろう。
この日本であれだけの戦力を保有することが出来るということが、それを如実に示している。
自衛隊とは異なり極秘に活動する組織。
彼らは《エネミス》対応のスペシャリストなのかもしれない。
一般人にIGの種類の違いなんて分からないし、いままで存在が知られていないのも分かる。
それだけなら別に加入してもいいかも知れない。
《エネミス》に仇討ちが出来るというのは歓迎することだし、後ろに味方がいて、乗るのが〔ヴァイツ〕なら十分に戦えるだろう。
命を落とす危険はあるが、既に俺が住む街にも《エネミス》は来ているのだ。
普通に過ごしていて安全という保証はもう無い。
ただ、問題はそれが国際的に認められているかどうかだ。
〔ヴァイツ〕は最重要機密と言っていたし、それに乗るということは、組織である程度の地位に立つということになるかもしれないのだ。
認められていなかった場合、重要対象に俺も入る可能性がある。
日本で普及している〔九十一式〕は世界的に見てもトップクラスの性能だ。
それを遙かに上回る性能を持つ〔ヴァイツ〕を操るパイロットとなれば、最悪闇討ちにされても可笑しくない。
もしくは誘拐されるかだ。
そんなのはゴメンだ。
「質問してもいいですが?」
「答えられることは限られているが構わんよ」
「じゃあまず、俺がここに入るってことは〔ヴァイツ〕のパイロットになるってことですか?」
「すぐにはそうとは行かない。
IGのパイロット候補生として訓練を積み、実戦に投入出来るという状態になれば、そうなるだろうな。
パイロットには全ての機体に乗れる者しかなれん。
そこに例外はない」
「なるほど、てことは階級とかも最初からってことですね?」
「そうなるな」
二つの疑問が解決。
なら、本命を聞こう。
「〈ASCF〉についてどこまで教えてもらえますか?」
「ふむ……………質問によるな」
「じゃあ、この組織は国の機関の一つですか?それとも私設?」
「ああ、それは言ってなかったな。
我々は政府直轄の組織だ。
…………………聞きたいのはそこか?」
鋭いな。
流石は、伊達に代表なんてやってないのだろう。
ツインテールのウィッグさえなければ格好良かったのに……………。
「じゃあ単刀直入に聞きます。
この組織は国際的に認められていますか?」
睦戸は、ニヤリと笑い、よく考えているな…………とボソッと呟いた。
そしてしっかりとした口調で答える。
「認められている。
我々は国連の了承を得て存在している。
その代わり、日本だけでなく世界の要請にも応じるときがあるがな」
なんか予想以上に規模がデカかった。
それも国連か…………。
なら、保身とかは少し安心していいかもな。
流石にこれだけで警戒を解くほど俺はバカじゃないがね。
じゃあもう少し聞くか。
「給料とかはどうなります?」
「意外と現実的なことを聞くのだな。
若い新人は戦闘のことばかり聞く者も多いのだがな」
「ウチは貧乏なんで」
「そうだったな…………。
〈ASCF〉の一員は一応公務員という扱いにからな。
安定しているからそこはあまり心配しなくてしなくてもいいと思うぞ。
一応階級によって異なるが、まぁ最低でも年間●●●万ほどだ」
「ぶっ………!?」
なんかすんごい額が聞こえた気がした。
これが最低…………だと?
普通にそこらの会社員よりよほど儲かるじゃねぇか。
「命掛けの仕事だからな。
このくらい当たり前だ。
国からだけで無く他国からも報酬が来るしな」
すげぇな〈ASCF〉…………。
ちょっとビビってるのは内緒だ。
「ろ、労働条件について聞いても…………?」
「ああ、それなら……………信英」
「ここに」
阿多野がどこから取り出したのか、用紙を見せてくれた。
そこには破格な内容の労働に関するあれこれがあった。
工業高校では卒業してすぐ就職することも多いから、そういったことも習うのだが………………
「保険や保障、就労中のあれこれ、サービスなどは、俗に言う大手企業と呼ばれるものよりも断然充実していると自負している」
す、すげぇな〈ASCF〉……………(戦慄)。
完全バックアップじゃないっすか……………。
これで、俺は〔ヴァイツ〕に乗らせてくれるってんだろ?
破格とかそういうレベルじゃないと思うんだが……………。
「詳しいことは、そこの四ノ宮に聴くと良い。
立場は近くなるはずだからな」
「わ、わかりました…………………」
「それでは………………どうするかね?」
なにかの提案を受けるとき、その裏を探れとかよく聞くが、ここまでしてもらって逆に断るなどあり得ないだろう。
家のこともあるしな。
姉さんの負担を減らせるなら、こんくらい安いもんだ。
俺も男だ。
覚悟を決めよう。
命、張ってやろうじゃ無いか。
「やります、やらせて下さい!」
「良い返事だ。
では後日改めて、優花君も交えてじっくりとすりあわせていくとしよう。
今日の所はその返事だけで十分だ」
「はい」
「では……………これからよろしく頼むぞ、木崎優真」
「よろしくお願いします、睦戸代表」
こうして俺は、〈ASCF〉の一員となった。
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部屋から出ると、四ノ宮に呼び止められた。
「あ、木崎君…………。
すこし、いいかな…………?」
なんだろう。
「いいですよ」
「や、そんな…………別に敬語じゃなくていいよ。
〈ASCF〉は軍隊じゃ無いから、階級はあるけどそんな厳しい上下関係があるわけじゃないよ。
それに私、降格されちゃったし………………」
しょんぼりした様子の四ノ宮。
なんだろう、すんげぇ可愛い。
ドキドキする。
まあ、話といっても浮ついた感じじゃないだろうけど。
「それで、話って………」
「ああ、そうだった。
あの、木崎君……………今度の週末空いてるかな?」
嘘だろ?
まさかそっちの話だったのか…………?
俺にもついにモテ期というやつがきたのか!?
「〈ASCF〉について案内して、いろいろ教えろって阿多野さんに…………」
阿多野、あいつ許さん。
ちくしょう、ちょっとドキッとしちまったじゃねぇか。
まあ、いい。
それでも美少女と二人きりでデートが出来るんだ。
案内だろうがなんだろうがデートはデートだ。
「空いてるよ。
日曜の10:00くらいでいいかな?」
「うん、大丈夫。
じゃあその時間に東京駅に集合で」
「分かった、じゃあ日曜日に」
「よろしくね」
よっしゃぁ!
約束GETだぜ!
数年ぶりの女子との約束に、ウキウキしながら俺は本部を出た。
そして、見事迷ったのだった。
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日曜日。
いやー危なかった。
モノレールで10分くらいしか掛からなかったから気付かなかったのだが、本部は東京にあったのだ。
家から直線距離で数十キロも離れた大都市に、所持金も無く放りこまれ、危うく遭難するとこだった。
戸惑っているところをステラに見つけてなければどうなっていたことか。
めっちゃ長いリムジンで送って貰えた。
お偉いさんもここによく来るらしく、こういう車も必要なのだろう。
忙しい睦戸の時間が空いていたのは奇跡だったらしい。
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そんなこんながあり、最寄り駅から一時間半くらい電車に揺られて、
やって来ました、東京駅!
写真でしか見たこと無かった赤煉瓦の駅舎。
歴史を感じさせる重厚な雰囲気………………なのだが、周りを高層ビルに囲まれているせいか、あんまり目立たずそこまで感動しなかった。
むしろ観光客でごった返していて、春先なのに暑苦しく、あんま来たくないと思ってしまった。
人混みは余り好きじゃ無い。
複雑な駅の構造で迷子になりそうになったのは言うまでも無いことだ。
田舎者は辛いぜ。
やっとのことで待ち合わせの場所に来たが、四ノ宮はまだ来ていなかった。
5分ほど待っていると、人混みに押されながら、そこらのアイドル顔負けの美少女がやってきた。
清楚な雰囲気の涼しめな服装で、長い黒髪を三つ編みにして纏めている。
言わずもがな、四ノ宮だ。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
と、上目遣いに聞いてくる。
「いいや、俺も今来たところだよ」
思わずそう答える。
実際5分程度は待ったのうちに入らないしね。
というよりも、こんな風に「待った?」と聞かれて肯定できるようなヤツの方が少ないと思う。
破壊力抜群の仕草だ。
のだが……………
「よう、木崎君。
またあったな」
「そんなに経ってないけどおひさー!」
「また会えてよかったッス!」
余計な奴らまでくっついてきた。
お馴染みの愉快な三人組、第六小隊の連中である。
なんでコイツらまでいるんだ?
せっかくの四ノ宮とのデートだったのに。
いや、沓城さんはいいんですよ?美人だから。
他の男はいらん、帰れ。
「俺達も阿多野さんから頼まれたんだ」
「入隊おめでとうだね、木崎君」
「これからよろしくッス!」
また阿多野の仕業かよ!?
男心を弄びやがって、絶対に許さん。
しかしまぁ、彼らとまた会えて嬉しいのは俺も同じだ。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします!」
デートもいいが、この愉快な連中といるのも楽しいんだ。
せっかくだし、ワイワイとやろうか。
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まずは、第一支部に向かうらしい。
少し入り組んだ路上に、その入り口はあった。
中に入ると、質素なエントランスがある。
ここの受付は男の人だった。
こちらが中に入ると親しげに、
「特六小隊じゃねぇか。
良く来たな。
っと見慣れない少年は新人かい?」
「そうだ、各所を見学中だ」
染谷がそう答えて俺の背中を押し出した。
「こんちは、木崎です」
「おう、俺は仲野だ。
よろしくな」
俺も薄々感じていたが、ここでは本当に上下関係が緩いらしい。
流石にお偉いさんやベテランには敬意を払うが、一隊員とは仲の良い先輩後輩みたいな態度のようだ。
あまり畏まらない方が逆に良いだろう。
なので新人ながら俺もフレンドリーに行こう。
すると仲野はニヤッと笑い、
「そうか見学か、じゃあ基地に行くんだな?」
染谷もニヤッと笑い返し、
「そうだ、外の方のな」
と答えた。
なんだろ、外の方の基地って。
なにか凄いものでもあるのだろうか
その答えはすぐに分かった。
ーーー
「すっげぇぇぇぇぇ!!」
先程から俺はこんな感じだった。
すっげぇよ、この基地。
なにが凄いって?
全部!
なにせ、東京湾のど真ん中にあるんだぜ!?
海上基地だ。
第4支部よりも全然広い。
東京はよく《エネミス》に狙われるようだから、設備も充実しているのだろう。
俺達は今、上の階にある食堂にいた。
展望デッキから東京の街並みが一望できる
時刻は正午、お昼の時間である。
東京湾の光景を一望しながら皆で食事をしていた。
ちなみに食堂も安かった。
しかも美味かった。
午前中は格納庫を見学したのだが、そこも凄かった。
IGが50機近く鎮座している様はなかなか壮観だった。
他にも戦闘機やヘリ、装甲車、対空迎撃車両など第4支部とは比べものにならないほどの戦力がそこにあった。
午後は管制室などを見学する予定だ。
普通はもっと細かい所や、別の支部、情報部や作戦立案部なども見学するそうなのだが、俺の場合IGのパイロットになることがほぼほぼ確定しているので、手短に済ませるようだ。
食事を終えると、次は管制室に向かう。
部屋に入ると、そこには第一線の緊迫感があった。
正面の巨大なスクリーンには世界地図が映し出され、次々と情報が舞い込んでくる。
薄暗い管制室では、100人近くのオペレーターがモニター睨みながら無線でやりとりしている。
ここでも、戦っている。
そんなことをぼんやりと思った。
そこにはあまりいることは出来なかったが、それでも戦闘の空気を知ることが出来た。
個人で戦うのとはまた違った緊張感に包まれていた。
チームで戦うのには責任がついて回るからだろう。
俺もこの人達と一緒に戦うのか。
心強いな。
他にも基地内を色々巡り、見学は終了した。
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見学を終え、帰路につく俺達。
東京駅で解散することになったのだが……………。
「…………………」
「…………………」
なんで四ノ宮がいるのだろう。
「し、四ノ宮もこっち方面なの?」
「ううん、違うよ」
「へ?」
「配属先が変わるからその見学にこれから行くの」
「そっか、配属先は?」
「第4支部、染谷さんのとこに入るみたい」
「へぇー、あの小隊に」
「あ、あとね」
「ん?」
四ノ宮の表情が真剣になり、
「あなたの訓練教官は私になりました」
「え、マンツーマン?」
「そう」
「他の新人といっしょに受けるのかと思ってたよ」
「そのことなんだけどね」
「うん」
四ノ宮はそこで一旦言葉を切り、
「〔ヴァイツ〕はあなたが思っている以上に主力として期待が寄せられてるの。
《エネミス》の襲撃は待ってはくれないわ。
本部は一刻も早くあなたたちが戦力に加わることを望んでる。
〔ヴァイツ〕のパイロットになるということは、それだけの責任があるっていうことの自覚を持って欲しいの」
急な真面目な話に少したじろぐ俺。
ゴクリと生唾を呑み込む。
あるいは、今日の俺のはしゃぎ様をみて、少しがっかりさせてしまったのかもしれない。
たしかに、自覚が足りなかった。
これからは遊びじゃないんだ。
そんな俺の様子を見て、四ノ宮は満足そうに頷き、
「分かってくれた?」
「う、うん」
「なら、大丈夫!
木崎君は真面目そうだし、ちゃんとやってくれるって信じてるからね?」
「ああ、分かった」
「これからビシバシ鍛えていくからしっかり付いてこなきゃダメだよ?」
「ああ」
力強く首肯する。
彼女を失望させたくはなかった。
すると、
「じゃあ改めて、これからよろしくね」
そう言って四ノ宮は微笑んだ。
その笑顔は反則だろ……………。
顔が熱くなるのをなんとか抑えるのが大変だった。
支部の最寄り駅で四ノ宮はこちらに手を振り、人混みの中へ消えていく。
俺は決意を新たに家路についた。
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その時の俺はまだ、彼女のことをなにも知らなかった。
彼女の心の中を。
そうじゃなければきっと、あんなことにはならなかったのに……………。
次回からやっと本格的な活動が始まります。