第4話 「〈ASCF〉にて その1」
どうしてこんなことに………………。
せっかくの長髪を振り乱し号泣する少女。
むっつり顔でそれを眺める色黒なおっさん。
何か企んでいるような顔でこちらを見ているチャラそうなおっさん。
その後ろに控えるスーツ姿の真顔の美女。
暗めの照明に照らされた質素な部屋には、先程から少女の泣き叫ぶ声だけが響いていた。
どうして、こんなことに………………。
時は数時間前に遡る―
ーーーーーー
ーーー
ー
俺を囲んだ三機のIGはこちらに銃口を向け、こう言った。
『〔ヴァイツ〕のパイロット、抵抗せずに降りてこい!
貴様が四ノ宮特務一尉では無いことはわかっているんだ。
悪いが貴様の身柄は拘束させてもらう!』
一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。
頭の中が真っ白になる。
放たれた言葉を呑み込むと同時に、血の気が引いていく感覚。
何故?
助けに来てくれたんじゃなかったのか?
アイツらは敵なのか?
一体なにがどうなっている?
なんで俺は、銃口を向けられてるんだ………?
複数の疑問形が頭の中をグルグルと回る。
出て行ってもいいのだが、それで助かる保証は無かった。
どうやらアイツらは、俺が彼女―四ノ宮と言うようだ―からこの機体を奪ったと思っているらしい。
出て行った途端ズドンとやられる可能性もあるのだ。
しかし、答えは出なかった。
ふと閃いた。
いるじゃないか。
物知りで頼りになるやつが!
「ホープ!俺は………俺はどうしたらいい!?」
『答:理解不能
計算不能
回答不能』
「…………………」
つ、使えねぇ……………。
なんだよこいつ、さっきまであんなに頼もしかったのに…………。
希望がうんたらとか言ったクセして、俺の希望の芽をあっさり断ち切りやがった。
一体、どうすればいいんだ?
事情を言おうにも外部スピーカーは戦闘でぶっ壊れてた。
多分、抵抗せず出て行った方がいいのだろうが、向けられた銃口が俺にそれを躊躇わせていた。
俺はすっかり狼狽えて、グルグルと答えの出ない思考を繰り返す。
完全に迷走していた。
拓真が言っていたあの意味不明な台詞はこのことか。
あいつはあそこで未来を見ていたのか。
………………んな訳ねぇな。
絶対適当なこと口走っただけだ。
時間だけ過ぎていく。
だが、俺がモタモタしていてもIGたちは待ってくれない。
『はやくしないか!
従わないなら、強制的にしょっ引くぞ!』
銃口を向け、急かしてくる。
しかし、俺は《エネミス》を撃退したんだぞ?
感謝されこそすれ、訳も分からないまま脅されしょっ引かれるいわれはない。
だが、現状はどうすることも出来ない。
頼りにしていた援軍がこれなのだ。
他に助けを求める相手もいない。
『おい、何時までそうしているんだ!
早く出てこないか!』
『隊長~、はやくしましょうよ。
今日彼女の誕生日なんスよー。
俺早く帰りたいっス。
ていうか《エネミス》撃退してる時点で強制連行はおかしく無いっスか?』
『それ私も思った~。
光咲ちゃんは無事だったんだしいいんじゃないですか?
わざわざ連行せずとも機体だけ回収して、乗ってる子には後で謝罪と感謝すれば』
『ば、バカヤロウ!
〔ヴァイツ〕はうちの最重要機密だ!
誰が乗ってるのか分からんのに、データ盗まれたらどうするんだ!
というか、直樹貴様彼女だと?
そんな羨ま…………もとい腑抜けたことを言っているからこないだだって……………!』
『隊長、僻まないでくださいよ~』
………………出て行っても大丈夫な気がしてきた。
さっきまで怯えて狼狽えてた俺がバカみたいだ。
いや、まぁ確かに隊長さんの言うことは正しいけどさ。
だけど、その前に確認することがあるだろ?
『第一こんなボロボロなんだし、中の人が意識あるとは限らないんじゃない?」
それだよ、よく言った隊員Bさん(女性)!
まずは無事を確認すべきだよな。
いや、無事なんだけどさ。
『あっ…………』
頭に無かったようだ。
けど、それだけ職務に忠実な人なんだろう。
冷静になって思えば敵か味方かも分からないのにいきなり撃ってくる訳ないよな。
俺はなにも悪いことなんてしてないし、やましいことも無い。
無実の人間を尋問や拷問、まして殺害なんてしてしまえば、現代日本じゃ即刻社会の非難の的だ。
俺は銃口を向けられたことに、そうとう動揺してしまっていたようだ。
まあ、怖いからね正直。
よし、ここは彼らを信じよう。
「ホープ、コクピットハッチを開放してくれ。
外にでるよ」
『了:ラジャー。
告:コクピット、開放。
木崎殿、ご武運を』
二層構造のコクピットが、プシューっという炭酸飲料のボトルを開けたような音を立てて開いていく。
コクピットから見るのとはまた違った、外の眩しさに思わず目を細めた。
開放感。
そして、改めて見るとそこには壮観な光景が広がっていた。
15mのがっしりとした巨人が三体も並んでいるのだ。
圧倒的なその存在感に少したじろいた。
俺が外に出ると、
『ほっ、無事だったか…………』
『あらー?、意外と爽やかな感じ。
工業高生って聞いたからもっとむさ苦しいの想像してた』
『その考え方、もう古いッスよ』
ちょっと、聞こえてますよ!
やだ、この部隊の人たちお茶目だわ。
親しみを覚える。
『あーゴホン。
言っておくが、抵抗は無駄だからするなよ?
逃走も無駄だ。
大人しくついてこい、いいな?』
その言葉に俺は頷く。
すると、隊長機と思われるIGが手の平を差し出してきた。
この上に乗れってことだろうか。
遠慮無く飛び乗った。
意外と広い。
残る2機は、ボロボロの〔ヴァイツ〕を両脇から支えつつ抱えている。
『取り敢えず、第四支部の格納庫まで向かうぞ。
少年、しっかり掴まっていろよ?』
ーーーーーー
ーーー
ー
そこからは地獄だった。
街を迂回するように山の中を進んでいるのだが、これが揺れる揺れる。
木々の間をIGはするすると進んでいくが、道は舗装なんてされちゃいなかった。
歩くIGの手の平に乗る。
ウルト◯マンコスモスの手に乗ったムサシ少年みたいなイメージを持っていたが、あんな生易しい物じゃ無かった。
さっきまで、巨人の手に乗るなんてアニメみたいだなんて、小学生のように内心はしゃいでいた俺だったのだが、そんな牧歌的な要素は何一つ無い。
揺れるわ、硬いわ、酔うわでそれはもうキツかった。
何度ゲロりそうになったことか。
何度落ちそうになったことか。
コクピットは対衝緩和剤に包まれているため、差ほど揺れは感じないのだが、手にはそんな物は無い。
10分ほどで限界に達していた。
ぐったりとしている俺を見て隊員A(男)が笑った。
『情けないっスね~。
まだ30分くらいあるっスよ~』
てめぇ後で覚えとけよ。
同じ目に合わせてやる。
などと言い返す気力も残っていなかった。
30分後、第四支部とやらに着いた。
やっと開放された。
地面に足を付けたときの俺の喜びったらない。
自由だ、フリーダムだ。
今ならハイマットフルバーストが出来るかも知れない。
第四支部は山にあった。
まさしく軍事基地と言った体で、ゲートを通ると詰め所があり、サブマシンガンを担ぎ野戦服に身を包んだ、ボディビルダーみたいなマッチョメンが出迎えてくれた。
格納庫に向かうと言っていたがどこにあるのだろうか。
それらしい大きな建物は無かった。
山の手前にゲートと詰め所。
あとはポツポツとコンクリート製の無骨な低い建物があるだけだ。
すると、三機は山の崖の前に立ち止まった。
まさか……………
『陸戦特務第六小隊以下3名、只今帰還しました』
そのまさかだった。
崖が左右に割れ、そこから高さ20mほどの重厚な扉が現れたのだ。
サイレンがなり、ゴウンゴウンと重々しく扉が開いていく。
三機は、俺と〔ヴァイツ〕を伴い中へ進んでいく。
中はとても広かった。
整頓され、整った配線が天井を這い、区切られたスペースにはVTOL機や爆撃機、貨物機などや様々な種類の武器弾薬が所狭しと格納されていた。
そして、その奥の方。
10機ほどのIGが寝かされ、二段ベッドの多段版といった感じで積み上げられていた。
その全てが〔九十二式〕、〔九十一式〕の特番改良機だった。
すごい。
この最新鋭機は自衛隊でも数機しか配備されていないのにそれが一支部に10機も。
一体どんな組織なんだ、〈ASCF〉とは…………。
三機は端の方へ行くと、〔ヴァイツ〕と俺を降ろした。
そして、近くへ跪き、胸の前に手の平を置いた。
膨らんだ胸部が開き、中から濃紺のパイロットスーツに身を包んだ人影が現れた。
三人は慣れた様子で降りてくると、俺の方へ歩いてくる。
真ん中は、背の高い男だ。
どこにでも良そうな感じだが、その物腰に隙は無い。
185cmくらいあるので、見上げる感じになってしまう。
その右側に、セミロングの茶髪を後ろで軽く結わえた若い女。
160cmくらいのモデル体型な美人で、胸がデカい。
歩くたびに揺れるもんだから、目のやり場に困る。
角刈りの男の左には、俺と同じくらいの背丈の美形の男。
ここに来る前にからかってきやがった人だな。
この部隊のムードメーカーなのだろう、拓真みたいなやつだ。
個人的に明るいヤツは嫌いじゃ無い。
三人は俺の前に立つと、順番に名を言った。
「初めまして、だな少年。
俺は染谷貴之だ、この部隊の隊長をしている」
「初めまして~。
あたしは沓城舞、気軽に舞で良いよ」
「佐渡直樹ッス。
よろしくッス!」
これは、俺も名乗る流れだろう。
「木崎優真です、よろしくお願いします」
さっそくだが、聞きたいことがあった。
「あの…………俺はこれからどうなんるんですか?」
正直、不安なのだ。
いくらこの部隊の人達がが明るいからといって、この組織もそうだとは限らない。
というかあり得ない。
普通はもっとこう、真面目な感じだろう。
ここは日本だし滅多なことは無いと思いたいが………。
「まずは本部まで来てもらう、ついてこい」
染谷隊長が答えた。
そういうと、背中を向け歩き始める。
俺達もそれに従った。
染谷は近くの通路へ入っていった。
しばらく質素な基地の通路が続く。
右へ左へ、通路は複雑に入り組んでいた。
どれも似たような景色だから、慣れない人はすぐに迷子になるだろう。
10分ほど歩いただろうか、やがてガラス製の扉が見えてきた。
染谷が扉の手前にある認証装置に手をかざす。
すると、僅かに重低音が聞こえ、それが鳴り止むと扉がスライドし開く。
そこには直系10mほどの円筒状の空間が広がっていた。
三人がそこに入っていくので俺も慌ててそれに続く。
入り口と反対側にあるコンソールを染谷が操作すると、一瞬床が震え、滑らかに下降していくのが感じられた。
俺は隣に立つ佐渡に尋ねた。
「ここは?」
「地下直通の大容量エレベーターッス。
自分たちは今地下に向かってるんスよ」
「地下?」
「そうッス。
基地の地下には本部直通の移動通路があるッス。
そこからモノレールに乗って本部に行くんス」
「おい直樹、あまり基地についてベラベラと喋るな。
この基地の存在自体一般人には知られてないんだぞ」
「了解ッス。
じゃあ少しずつ話すッス!」
「おい」
「冗談に決まってるじゃ無いッスか。
隊長は冗談が通じないスね。
そんなんだから彼女出来ないんスよ」
「直樹てめぇぇ!」
「嘘ッス、すいませんッス。
だからこめかみ絞めないで!痛い、痛いッス」
沓城はそんな二人を見てケラケラと笑っている。
この三人はいつもこの調子なのか。
見てるこっちが不安になってくるな………………
と、また僅かな振動。
目的の階へ着いたようだ。
扉が開き、俺達はエレベーターの外へ出る。
そこには更に空間が広がっていた。
ドーム状の天井が何処までも続いている。
ここが本部直通というモノレールのプラットフォームなのだろう。
目の前には弾丸のような形をした乗り物があった。
これが件のモノレールのようだ。
「よし木崎君、これに乗りなさい」
すると、染谷が俺の背中をモノレールの方へ押した。
「えっ、皆さんは乗らないんですか?」
「俺達の任務は君をここまで護送することッス」
「ここからは本部の仕事だからね~。
このモノレールは本部所属だし私達が勝手に使っちゃいかんのよ」
「安心しなさい。
この基地に着いた時点で君の身柄の安全は保証されている。
襲撃の心配は要らないよ」
よくわからないがそういう決まりなのか…………。
結構あの人達といるの楽しかったんだけどな。
だが、そういうことなら仕方ない。
割り切ろう。
忘れちゃいけない。
俺の戦いはまだ終わってないんだ。
既に覚悟は出来ている。
俺はモノレールに乗り込んだ。
すると、
「そうだ、木崎君!
伝え忘れていたよ。
これはちゃんと言わないとな―」
染谷に呼び止められる。
振り返るとそこには、
「―〈ASCF〉所属陸戦特務第六小隊隊長として、
このたび《エネミス》の撃退、
及び我らが朋友、四ノ宮光咲特務一尉の救助に対して
木崎優真殿に厚く感謝申し上げる!
一同、敬礼!」
俺に向かって右手を挙げる三人の姿があった。
……………なんだよ、格好いいじゃねぇか。
敬礼する小隊の姿は堂々としていて、とても輝いて見えた。
作者の都合により今回歯切れ悪いです。
申し訳ない。
冒頭の所は次話に引っ張らせてもらいます。