プロローグ ~日常の終わりと出会い~
二つの世界が重なりし時、無限の混沌が蠢き、彼方の訪人は闇に嗤う。
二つの世界が交わりし時、星の光が降り注ぎ、白き守護者は夜明けに哮る。
人々は呼ぶ。
彼らを《エネミス》と。
人々は呼ぶ。
彼らを〔アイロンガーディアン〕と。
彼らの間を旅人は行く。
旅人は問うた。
何故彼の地を撃つのか、と。
訪人は答える。
彼らが我らを拒む故に、と。
旅人は問うた。
何故彼らを拒むのか、と。
守護者は答える。
彼らが我らを撃つ故に、と。
交じりし世界は今、動き始めた。
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西暦2119年 5月7日 13:12
日本 千葉県富津市 新富津国立工業高校の一室
「…崎…おい木崎……。
……木崎優真!」
「……!?」
いきなり大声で怒鳴られ、俺は突っ伏してした机から顔を上げる。
そこには、実習用の汎用作業機械Gワーカー操作手順がびっしりと書かれた黒板と、青筋を立てた教師がいた。
いつの間にか、授業が始まっていたらしい。
「木崎、日向ぼっこの時間はとっくに終わったぞ!
さっさと教科書を開け」
初老にさしかかった実習担当の教師は出席簿を片手にもう一度怒鳴ると、説明を再開する。
仕方なく俺は教科書を開き、そこに書かれている黒板とほぼ同じ内容の操作手順を眺めた。
去年、散々習ったところだ。
俺が所属する特殊機械科の授業は、同じ分野を深めるものが多い。
それは同じことを何度も繰り返し学ぶということでもある。
つまり、とても退屈な訳だ。
それに加えて、窓から射し込む陽気が温かく眠気を誘う。
澄んだ水面のような蒼に染まる空には幾筋かの雲が穏やかに流れ、陽光に反射する新緑が春風に吹かれて微かなささやきを漏らした。
春の昼下がりは、意識を夢へといざなう魔力に満ちていた。
「(………良い天気だ)」
いつも通りの授業が今日もまた、始まる。
ーーーーーー
「──であるからして、ちょうど20年ほど前にアイロンガーディアンの登場に合わせて、人型搭乗式の機械は国際規格に統一され……」
……暇だ。
「……今回扱うGワーカーの駆動部は油圧モーターを使用しているが、アイロンガーディアンに代表される特殊な機械群は人工筋肉を主とした電気駆動が採用されている。これにより軽量化と高出力化が実現され……」
…………暇だ。
つまらない講義と春の陽気のダブルパンチが、睡魔となって俺に襲いかかってくる。
閉じそうになる瞼をなんとか持ち上げながら、俺はチョークが目まぐるしく踊る黒板を眺めていた。
「……おい、優真」
隣から呼ぶ声。
暇を持て余していた俺は、突っ伏していた机から顔を上げる。
すると、隣に座る男子が覗きこむように俺を見ていた。
「……なんだ、拓真か」
「なんだとはなんだ、失礼なヤツめ」
軽薄そうな雰囲気でニヤニヤとしているコイツは、小林拓真。
出席番号が前後だったせいか、俺と入学時から大抵連んでいるやつだ。
「何のようだ?」
「いや、なんとなく」
まぁ、その答えが予想できるくらいには仲がいい。
コイツも講義に退屈しているのだろう。
特殊機械科と銘打っているだけあってこのクラスはメカオタクばかりだが、一年も似たようなことを繰り返していれば次第に飽きてくるというものだ。
周りを見れば、目を細めて欠伸を噛み殺している者ばかりだった。
「……暇だな」
「とんでもなくな」
ぼやいた俺に、拓真はうんうんと相づちをうつ。
「なんか面白いことでもないか?」
「無茶言うなよ。
野郎ばっかのこのクラスで、興味を引くものといったら牧原の胸くらいしか無いだろ」
「だよなぁ……」
結局、暇なことに変わりは無いということか。
話しかけてきたくせに、使えないなコイツは。
「面白いこと……面白いことねぇ。うーん………」
そう呟きながら、拓真は手を頭に当てる。
どうやら真剣に考え始めたようだ。
それでは意味が無いと思うのだが……。
相変わらずのバカさ加減だな。
拓真は、顔を顰めたり、クネクネと気持ち悪い動きをしたりといろいろ記憶の中を探っているを
すると、やがてなにか思い出したようだ。
「あ……!そうだ優真。
お前、昨日のニュースは見たか?」
ニュース?
……ああ、あれか。
またエネミスの襲撃があったとかいうやつか。
「ああ、知ってる。木更津の方だろ」
「そうそう、物騒な話だよな」
「全くだ。木更津なんて、めちゃくちゃ近いじゃんか」
ここ最近は、そういった話題がニュースに上がることが多くなってきている。
日本全国で謎の襲来者─エネミスが現れるようになってから随分と年月が過ぎた。
俺達が物心ついた頃には、エネミスの存在は既に世界的に有名になっていた。
「そうだよなぁ……。
あ……そういや確か、あそこには自衛隊の基地があったな」
「そういえばそうだな」
「だから狙われたのかねぇ。
けど、対処も早かったって聞いたぜ。
アイロンガーディアンも出てたって友達が言ってた」
「へぇ、アイロンガーディアンも出たのか。
……だから今更の軍用人型機講義か?」
「ははっ、勘弁して欲しいぜ!」
「小林、私語は慎め!」
「やべっ!」
「ははは、ざまぁ」
「お前もだぞ木崎!」
「やべっ!」
「「「あはははは!!」」」
そんなやり取りを見たクラスから笑いが湧き起こる。
物騒な話題だが、良い眠気覚ましくらいにはなったようだ。
実習の教師はやれやれといった仕草をしている。
おかけで少し退屈しのぎになった。
まったく、平和な日常だ。
眠気の混じる、そんないつも通りの昼下がり。
俺達の時間は、そうしてゆっくりすぎていく。
……今自分たちの遙か頭上でどんなことが起きているのか、露ほども知らずに。
ーーーーーー
ーーー
ー
同時刻
日本 千葉県 富津市の上空19000m付近
「ぐああっ!………こ…らデネブ2。
レグ…ス8……〔ヴァイツ〕!
……今す…から……脱せよ!
……貴…だけでも……生き延び──」
それきりノイズ混じりの音声通信は途切れ……二度と繋がることはなかった。
画面の端、爆散する最後の友軍機。
砕け散った機体の破片は陽光に煌めきながら、眼下を占める雲の海へ消えていく。
その残骸の中に居たであろう、つい先程まで言葉を交えていた仲間は、もうこの世には居ない。
共に同じ空を駆り笑いあった、第二特選空戦機甲部隊の仲間たちは、皆既に冷たい亡骸へと成り果て、雲海へと散っていった。
「あっ……ああっ……!」
悲しみと怒りと悔しさと、そんないろんな感情がごちゃまぜとなり溢れ出ようとするが……私の喉の奥からは、そんな引き攣った音しか出なかった。
──そして、それを無感動に見つめる灰褐色の……怪物。
頭部に赤く輝く、細い線状のセンサーアイ。
雷のような形をした物々しい2本の角。
先端がかぎ爪のようになった指先。
体と不釣り合いなほどに細い足。
無骨な銃口が昏い輝きを覗かせる長い両腕。
ところどころ明滅する、広げられた蝙蝠のような双翼。
鋼鉄で出来た異形の怪物は、まるで幼い頃テレビに出てきた化け物のようで、悪夢に出てきた悪魔のようで……。
赤い鱗光を散らしながら、再び集結する怪物たち。
雲海の上に静止飛行する者たちの両腕は、屠られた友軍機の中に通っていたオイルで皆一様に濡れていた。
赤茶色のオイルが血のように雲海へと垂れる。
それは、流れる白の海に一瞬だけ染みを作ると、やがて儚く消えていく。
……そして、あっという間に部隊の友軍機全てを鉄屑に変えた、四体の襲撃者は……その無機質なセンサーアイをこちらへと向ける。
狂気を孕んだ《エネミス》達の最後の獲物は──私だ。
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ーーー
ー
二時間続きの作業機械の授業で、6限目が始まって10分ほど過ぎた頃。
長ったらしい説明があった前の時間の後、Gワーカーの稼働実習のために外で整備点検をしていた最中のことだ。
突如、そこなかとなく不快感を催すサイレンが実習場に響き渡った。
脅威の襲来を告げる鐘の音、エネミス襲来警報だ。
「なんだなんだ……?」
「………防災訓練?」
「こんな中途半端な時にそんなのあるか……?」
にわかに騒々しくなるクラスメイト達。
作業の手は止まり、皆一様に不思議そうな顔をしている。
年間行事予定には今日防災訓練があるなど書いていなかったはずだが………。
「静かにしろ!
全ての作業を中断して出席番号順に2列に並べ。
ボサッとするな、早くしろ!!」
実習場に先生の鋭い大音声が轟く。
真に迫った雰囲気だ。
それにいつもに増して声がでかい。
生徒たちはぶつくさと文句をいいつつ整列を始めた。
その動きはとても緩慢だ。
当然だ、幼稚園から続けてきた避難訓練など、面倒以外の何物でも無い。
それに、工学に携わるものにとって作業を無理やり中断されるというのは、少なからずイラッとすることだ。
「おい、ちんたらしているな!
はやくしないか!!」
再び先生の大声が飛んだ。
……妙だ。
先生の様子がおかしい。
普段なら、こんな急かすようなことはしないはずだ。
なのに、先生の表情は張り詰め、冷や汗を搔いている姿は、どこか焦ってるように見える。
その訳はすぐに分かった。
「なにをやってる、これは訓練じゃないんだぞ!?
早く避難するんだ!!」
………道理で。
その言葉と、切羽詰まった先生の様子で生徒たちもようやく事態を飲み込んだようだ。
流石に高校生にもなってパニックに為るようなことは起きないが、それでも一同の表情に緊張が奔った。
訓練通りに整列し、指定された集合場所に向かって歩き出す。
取り乱して、列をぶち壊すような愚か者は流石にいない。
集合場所である体育館を挟んで表側にある校庭へ向かう列に、やがて校舎からぞろぞろと出てきた生徒の群れが加わる。
そして………
体育館と校舎を繋ぐ連絡路をくぐり抜けた時のことだ。
あれが、遙か上空からやってきたのは。
ーーーーーー
ーーー
ー
「くうぅぅぅ………!」
センサーや測定器が明滅するコクピットの中、私は前方に大きく広がる画面に写し出された襲撃者を、ただ見つめている。
喧しく鳴り響く警報の音がどこか遠く聞こえた。
運命は、時に残酷な判決を下す。
絶望的と知りながら、それでもなお振り上げた拳は……奴らに届かなかった。
どれだけ切り裂き、たたき落とし、撃ち抜いたとしても、4対1というこの状況は覆せない。
渾身の反撃も、眼前の敵を打ち破るには至らない。
次第に追い詰められた私は、こうしてエネミス共に囲まれ、昏い死の匂いを立ち上らせる銃口を向けられている。
勝利の女神は微笑んではくれなかった。
代わりに嗤いかけてきたのは、死神だ。
鼓動が浅く早くなっていく。
どくん………どくん……どくん…どくん。
疲れているわけでも無いのに、自然と呼吸が苦しくなる。
全ての感覚が遠く離れていく。
だが、構えられた銃口の虚ろな暗闇と、雲海へ消えていった味方機の破片の残影だけは、目の奥に焼き付いて離れない。
やがて、やけに鮮明に見える銃口をこちらに向け、灰褐色の死神たちはこちらへ近づいてきた。
敵接近の警報も、機体の駆動音も、耳の奥を遠く木霊していく。
ああ……あれは私を殺そうとしてるんだ。
ぼんやりとした思いが、心に漂う。
死神が携える死の鎌が首筋に添えられたような感覚。
すぐそばまで苦痛と死が迫ってきている。
その時は、近い。
雲海に消えた部隊の皆の元へ逝く、その時が。
ふと、目の前の景色が別のものになった。
これは……私の過去?
そう、それはこの機体と出会ったときの情景。
自らの身を任せるこの白い機体。
〈ASCF〉の技術の粋を集めて造られた最新鋭機。
今でも鮮明に思い出せる。
この機体に選ばれた日のことは。
この力が手に入ったあの瞬間を。
決意を果たせると知った喜びを。
しかしそれも、もうすぐ過去の物となるだろう。
絶体絶命の状況は既に出来上がっている。
エネミス共の引き金が引かれると同時に、命を貪る銃閃が機体と共に私の身を食い尽くすのだ。
そうすれば私は、すぐに仲間達と同じ運命を辿ることになる。
降り注ぐ銃弾が装甲を食いちぎって、鋼鉄のフレームを引き裂き、やがて私を跡形も無く消し飛ばす。
噴き上がる炎に身を焼かれながら、雲海へと消えていく、そんな運命へと。
次々と過ぎっては消えていく、過去の自分。
楽しかったこと、嬉しかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと。
一瞬の内に現れては、また次の瞬間には消えていく。
引き延ばされた知覚と感覚の中で、私はもう一度人生を巡っていく。
もう思い出せないほど幼い頃のことすら、もやがかかったような光景が現れた。
そして最後に目の前に広がったのは……
燃え上がる炎の海だった。
「………ッ!!」
渦巻く火、火、火。
燃えさかる赤い輝きの中に、私がいる。
その煌めき一つ一つまでが、微細に、鮮明に思い出すことができる。
僅かたりとも、忘れるはずがない。
それは、蘇る過去の残影。
心を巣くう、炎の記憶。
全身を締め付ける、死の恐怖。
忘れようにも忘れられない、哀しい誓い。
私がこの戦場に降り立つことになった元凶。
……今度は、私があの炎の中に……
──唐突に忌避感が私の中を駆け巡った。
……死にたく、ない!
止まっていた時間が流れ始める。
凍り付いた体に力が漲る。
画面に映る四体の敵を、再び強く睨み返す。
操縦桿を握る指先が自然に動き出した。
……だが、現実は無慈悲だ。
構えられた銃は、私をしっかりと捉えている。
その狙いは確実なものだ。
こんな至近距離では、外れることなどありえない。
そして、ぴたりと据えられた銃が胎動し、眼前のモニターを閃光が奔った。
そして…………
■■■
そして俺は、〔ヴァイツ〕と出会った。
改稿版です!
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