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楽園の扉への扉と解する者  作者: アウトキャスト
序章
9/41

ペンダントの意味


 次の日から、僕は二つの気持ちに悩まされる事になる。


「…………」


 当然、それは扉についての事であり……美香についての事でもある。

 こうして、一人でいる時には言いようもない不安と焦りに襲われる。

 どうすればいいのだろうか? このどうにもならない状況を覆せないのだろうか……

 これは、答えを引き伸ばした報いなのだろうか?


 僕は嘘をついている。


 美香に隠している唯一の事であり、守り通さなくてはならないと思っている。

 でも、その嘘を守り通したとしても……この不安からは避けられないと理解してしまった。


「…………」


 美香や綾瀬と僕はずっと一緒にいたい。三人という輪を大事にしながら日々を過ごしていたい。

 だけど……綾瀬には扉を解明する使命があり、美香もそれを望んでいる。


 僕達という存在は扉の解明があって初めて成り立つ関係。

 それを放棄する事は、一つの終わりであり、終わったならば……きっとこの関係は戻らない。

 でも、放棄なんて選択肢は綾瀬には存在しない。綾瀬にとってはまだまだ途中であり、扉そのものが綾瀬の目的ではないからだ。

 綾瀬和也の行方を追う為、扉の関連性を調べている。綾瀬にとっては扉はこれ以上でもこれ以下でもない。


 だけど、僕は違うのだ。僕は最初から扉についての興味だけだった。

 綾瀬とは協力関係であり、扉の解明と綾瀬和也の行方はリンクしないと思っている。

 美香の存在がなければ、僕と綾瀬は意見の食い違いで、別行動をとってもおかしくはなかった。

 

 でも、僕の目的はすでに終えてしまっている。

 それゆえに三人でずっといたい気持ちが何より最優先されるのだ。


 これこそが僕の嘘。

 僕はもうすでに扉の最後の鍵を解明している。

 美香ですら未だに、今の状態が最後の暗号であることすら気づいてもいない。

 唯一、僕だけが気づき……それを危機として認識している。

 望んでいたはずのモノが何故危機なのかは、僕の勘がこれ以上にないほど警笛を鳴らすからだ。


 時、場所、手順……今までの探索の全てがこの為にある最後の暗号。

 いや、解明したからこそこれが最後であると理解できるのだ。

 ……実際に試したのだから間違いはないだろう。

 でも、僕は最後まで手順を踏まなかった。言いようもない絶望感と恐怖が僕を止めたのだ。

 そして……扉についての意味合いがボンヤリとだけど理解もできている。


 消える。

 

 漠然とだけどそう思った。

 自己の消失としか言葉に表せないけれど……失踪する事が僕は嘘ではないとわかる。

 ずっと否定してきたのにもかかわらず、僕は噂が本当であると納得してしまったのだ。

 いや、純粋には違うはず。でも、それを証明する事が僕にはできなくなってしまった。

 無鉄砲に動き回れた頃とは違って……今は美香がいるから。


 パートナーから恋人へと。変わり者の僕を支え続けてくれた。

 僕にはないモノを沢山もっている美香は憧れでもあり、本当に大事な人。

 その為に僕は探索がこれ以上進まないように、いろいろな事をしてきた。

 三人がただ一緒にいる為に。限られた時間が終わらないようにと……僕は一人で足掻いた。


 でも、タイムリミットはやってきたのだろう。

 

 それがあのもう一つのペンダント。まるで僕の不安を具現化したかのように現れ、どうにか均衡を保っていた日々を一変させたのだ。

 それも……あろうことか美香の手にそれは渡った。

 なんとしてでも避けなければならなかったのに、予定調和のようにアレは美香の手に収まっている。


 アレは扉の解明に欠かせないモノであり……僕だけがもっているべきモノだった。

 今の今まで引き伸ばしてこれたのは、僕がアレを美香と綾瀬に貸す事を絶対にしなかった為。

 確かにアレが解明に必須である事は二人とも知ってはいるけれど、僕の意思を二人はいつも尊重してくれた。

 二人を騙す形になろうとも、アレさえ僕の手にあれば……絶対に扉に辿りつけない。

 そう……アレが複数個存在しない限りは……


 誤算だった。

 そもそも、考えもしなかったことでもある。

 まるで図られたように……アレが二つになった。

 

 ――綾瀬和也。

 まるで失踪者が更なる失踪者を増やそうとするように。

 僕としては一番それがシックリくるのだ。綾瀬には決して言えないけれど、僕の扉の仮説が正しければ綾瀬和也はもう存在していない事の方が自然なのである。


 そんな亡霊とも思える存在が、手引きをしている。

 いつもなら、そんな不確実な事に僕は怯えない。でも……扉に関する事は僕の範疇を越えている。

 幸い、僕は手遅れになる前に気づけた。

 好奇心のまま一歩踏み出していたら、きっと僕はもうここにいない。

 綾瀬和也や今までの扉の探索者達と同じように……噂の存在になってしまったことだろう。

 それじゃ美香の側にいられなくなってしまう。それだけは絶対に嫌なんだ。


 だけど、もう状況は変わってしまった。

 アレはもう美香の手にある。 美香が気づいてしまえば、僕の知らない所で美香は試してしまうかもしれない。

 いや、美香なら僕よりももっと早く気づいてしまう。アレの使い方を知れば、全ての暗号を理解している美香なら……


 いっそ全部話してしまえばいいのだろうか?

 けど、綾瀬の為に美香は無茶をしてしまうかもしれない。


 一番の問題は僕の勘には確証がないという事。

 未来予知なんかではない。予感は……予測であり絶対ではない。

 僕は扉の解明こそが失踪と思っているけれど、実測なんかではないのだ。

 扉の解明後に、失踪する。そんな可能性だって大きいし、解明直前に失踪する可能性だってあるんだ。


 それに二人は放棄する事を望まないだろう。

 常に前に向かっている二人に対して、嘘をつき続けた理由でもある。

 背を向けていることを二人に気づかれてしまったならば……本当に三人でいられなくなる。

 でも、無様なピエロであろうとも、二人を扉から遠ざけたい。

 出会ってまだ一年半だけど……沢山の思い出は三人で作ったものばかりだから。


 授業のチャイムが鳴り響く。板書すらしなかったけれど、もはやどうでもよい。


「ふぅ……」


 散々悩んだけれど、結局、何も案なんて出てきやしない。

 刻々と針は進む。 後がないことはもうわかっている。

 楽しかったからこそ……ずっと上り調子だったからこそ……急降下しなくてはならないんだ……



//-----



「私なりにペンダントについて調べたんだけど……」


 放課後になり、僕達はいつものように探索をしている。

 僕は資料室から動きたくはなかったけど、美香がペンダントについて話がしたいということで、学校敷地内の特殊な場所に移動した。

 この場所には昔からある慰霊碑があり、人はまずやってこない為、内緒話にはうってつけなのである。


「調べたって……?」


 確信めいたモノがある口調で話をする美香に僕は恐る恐る返事をする。


「えっとね……」


 美香は楽しそうにペンダントと携帯電話を取り出す。


「ちょっと、なんで携帯電話が」


 すかさず綾瀬が美香の行動にツッコミを入れる。でも、僕は……驚くだけで声がでなかった。


「あはは、すぐにわかるよ」


 でも、美香はニコニコした表情を崩さずに携帯電話のディスプレイをペンダントに向ける。


「…………」


 美香の言葉は全面的に信用する綾瀬は口を挟まずにジッと見ている。

 それから約十秒ほど立ってから、美香は携帯電話をしまい、僕と綾瀬に向かってペンダントを見せる。


「何が変わったの……?」


 けれど、ペンダントには全く変化は見られない。 そう、これだけはわからないだろう。


「へへへ、こうするとわかるよ」


 美香は小さい手でペンダントを包み込むように覆う。

 そうすると……ぼんやりとペンダントが光を発しているのが見えるようになる。


「え……何それ……」

「与えた光が強ければ強いほど、強く発するんだけど……」


 携帯のディスプレイ程度はそのくらいだろう。でも、ペンダントの性質を理解するには十分ではある。


「…………」


 僕は何をどう発言していいか困り、呆然とその光景を眺めるしかできなかった。

 

 早すぎる。

 そんな言葉だけが頭の中で鳴り響く。


「ちょっと、陽向は知ってたの?これ?」


 そんな余裕のない僕に綾瀬が質問を浴びせてくる。

 でも、「知ってたさ」なんて答えられないよ。


「い、いや、全然」


 いろいろな動揺で僕はそう答えるのが精一杯だった。


「そうなんだ」


 美香は意外そうに頷いて、しげしげとペンダントを眺めている。


「ちょっと待って。光を発するって事は……これ夜に光るの?」

「ううん、よくわからないけど……普通にしてたら光らないよ」


 僕が何も知らない事で、綾瀬の話の対象は美香になったようで、すぐに質問をぶつけている。

 正直、それはありがたかったけれど、僕の予想以上に探索は進んでいく。


「私もまだ調べきったわけじゃないけど……人工の光じゃないとダメみたい」


 美香は自信なさげに綾瀬の質問に答えるが、ほぼ正解の返答をしている。

 このペンダントの奇妙なところであり、普通に所持している限りでは気づかない所。

 光を反射するわけでも発光するわけでもなく……吸収する。

 それも……太陽や月の天然の光ではなく、作られた光にのみ反応をする。


 現に今は日中であるのだから、日光を吸収するのが自然なのだが……何故か反応しない。

 かといって人工の光ならばなんでも良いというわけではなく、反応する光に共通性は見られない。

 それに……


「でも、それって発光してるわけじゃないんでしょ?」


 綾瀬がすでに光を発しなくなったペンダントにいちゃもんをつけるように指差す。


「うん、蛍光っていうか……燐光なのかな」

「自分から光を発するわけじゃないんだ」


 まとめるように僕は落ち着いた声を出し、冷静を装う。


「それに、昼間だと全然光がわからないから」

「……ひょっとして、特に意味のない発見?」


 結構はしゃいでいた綾瀬が、美香の言葉に落胆の表情を見せる。

 それに不謹慎にも僕は、この先まで理解が進まなかった事に安心を抱く。


「そんなことはないよ」


 だけど、美香は僕の心を揺さ振る様な言葉を発した。


「けど、美香……それは決め手にはならないんじゃないの?」

「それは昼間だからだと思うの。夜なら、闇を照らす要素になるんじゃないかな……って」


 そして、美香は核心に迫る勢いで、暗号とペンダントを結び付けていく。


「……夜?」


 綾瀬は美香の話を意外そうに受け止め、僕の方に視線を流す。


「美香、まさかと思うけど……夜に試そうって事なのか?」

「えっと……ダメかな?」


 まさか、とは思う。でも、美香は間違っていない。

 いくら昼間試しても……探索はこれ以上進まないし、今まで進んでこなかった。


「別に私は構わないけど?」


 糸口ならば何でも掴む綾瀬は、提案に首を縦に振る。


「…………」


 あとは僕がどうするか……である。


 どうするんだ。

 

 そんなの反対だ。

 

 でも、どう説得する?


「僕は……」

「?」


 少し言葉に詰まり気味な僕を美香が不思議そうに見る。

 あぁ……そんな瞳で僕を見ないで欲しい。


「……女の子が夜に行動するのは」


 美香の視線を受けながら、僕は当たり障りない言葉を口にする。


「陽向らしいわね」

「陽向君……」


 女の子扱いする必要がない。

 ずっと綾瀬や美香が言い続けてきている為か、僕の言葉を二人は呆れたように聞く。


「……って、先日の事だってあるんだからさ」


 夜に現れた失踪者。扉の解明とは別問題だけど、ちょっとした問題点。


「ふん……丁度いいじゃない」


 でも、綾瀬は遠ざけようとした言葉を挑戦のように捉え、口元を緩ませた。


「え……二人共?」

「心配ご無用だよ、陽向君」


 ニコニコと美香は僕に向かって笑う。その笑みはただ優しかった。


「別に陽向がいなくても、美香と二人でも問題ないんだけど」

「う……」


 そんな二人にどんな言葉を言えばいいか迷っていると、綾瀬がどうにもならない言葉を放ち、僕は本当に何も言えなくなる。


 二人がどう行動しても……僕は止められない。

 そもそも、僕達をいろんな人が止めようとして、僕達は止まらなかったじゃないか。


「で、問題なければ待ち合わせ時間決めちゃうけど?」


 僕から反論がない事を理解したのか、綾瀬はテキパキと段取りを決めようとする。


「任せたよ」


 ふぅ……と僕は息を吐き、一つ諦める。

 まだ夜という条件だけなら……平気だから。



「それじゃ、遅れないようにね」

「うん」

「わかったよ」


 本当に人通りのない慰霊碑前で待ち合わせ場所と時間を決める。

 そもそも何の慰霊碑なのかすらもわからない。


「陽向は特に注意ね」

「へ……どうして?」


 ちょっとした疑問を掻き消すように、綾瀬が僕に声を掛けてくる。


「常習犯だから」

「あはは」


 綾瀬は僕の遅刻癖を突付くように嫌味を言う。さり気なく笑っている美香なんだけど、美香だから許す。


「僕の場合は環境理由」


 それに、普通の待ち合わせで僕は遅刻しない。放課後のホームルームだけが例外なのだ。


「ま、今日遅れなければいいけど」


 全然僕の言葉を信用していなさそうに綾瀬はニンマリと笑う。


「はぁ……じゃあ今日は解散?」


 それ以上やり取りしても不毛な事は理解しているので話を逸らす。


「そうね……やる事が尽きるのも珍しいけど」


 いつもなら放課後ギリギリまで、ウロウロと徘徊、じゃなくて探索をしている。

 まぁ……探索をしなくても資料室で雑談とかゲームとかギャンブルとかするけど……


「とにかく、一度戻ろうよ」


 第三者的な視点で美香が適切な提案をしてくれる。

 今日は鞄などを資料室においてきたままなので、どうするにしても戻るのが正解だろう。


「そうしましょ」


 みんな異論はない為、綾瀬がそう声に出して、歩き始める。

 それから、雑談をしながら僕達は資料室に戻った後は、夜に備えるという事ですぐに帰宅した。


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