三人の帰り道
「へへへ……」
三本の影が伸びる帰り道。美香はペンダントを嬉しそうに握り締めながら歩く。
正直なところ、アクセサリーとしてはそぐわない物なので、美香が嬉しそうに見ているのがよくわからない。
「ペンダントより美香の方が不気味に見えるんだけど」
同じ事を思ったのか、僕らと少し距離をおいて歩く綾瀬が口を開く。
「あれ、どうして?」
美香は疑問にすら思っていないのか、綾瀬の言葉に首を傾げる。
こーいう感性は美香だけ外れている事が多い為、僕としてもどうフォローしていいか困る。
「このペンダントが不気味なのには同意かな」
こんな言葉が僕の限界。確かに僕も興味深い物だと思っているけれど……美意識は感じた事はない。
言うならば魔性。存在することがすでに不自然であると僕の勘がずっと告げている。
「……陽向君とおそろいなのに」
言葉を和らげたつもりでも美香には伝わってしまったようで、美香は拗ねる様に呟く。
「いや、おそろいなのかな?」
おそろいって……間違ってはいないけど、お互い偶然手に入れた物だから意味合いが違うような。
それに、おそろいにするなら……もうちょっとちゃんとした物をおそろいにしたい。
「だって、これは……陽向君が私にくれた物になってるんでしょ?」
そんなことを考える僕に対して美香が追い討ちをかけるように喋りかけてくる。
「って……あれは」
氷室先生をやり過ごすいい訳。そんな言葉が出そうになるのをグッとこらえる。
恥ずかしさを誤魔化す為に冗談でも、美香の上機嫌を壊したくはない。
これは……今の僕にとっては、一番大事な事なんだ。
「陽向君がおそろいのを私にくれたんだよね?」
言葉がドモっている僕に対して、凄く嬉しそうに美香が上目遣いで僕を見る。
「はいはーい、それまでにしてね」
僕達のやり取りが見ていられなくなったのか、綾瀬が大きな声を出す。
「うぅ……いいところだったのに」
「ならせめて、私のいない所でやりなさいよね」
美香の計画的犯行に慣れたのか、綾瀬はサラリと返事をする。
うーん、計画的犯行とわかってて、動揺する僕も僕か。
「じゃ、陽向君。涼子のいない所でしようね?」
「うん……なんだか意味合いが変わってるけど、綾瀬のいない所でしよう」
「なんでそこで陽向は同意するのよ」
「わーい、陽向君としちゃうー」
「……あんた達ね、私の胃に穴あけたいの?」
流石に綾瀬も限界がきたらしい。でも僕としても早く止めて欲しい気がする。
「ご、ごめんね、涼子……」
「綾瀬、なんかごめん」
こうなることがわかっていて、なんで僕は美香に合わせてるんだろうか?
でも、自然とそうしてしまうというか、美香と息が合うんだよなぁ……特に綾瀬をからかう時に。
「私の知る限り……あんた達は最悪のタッグよね。私に構わず好きにやって」
それを綾瀬も理解しているのか、肩をすくめて早足で歩き出す。
「……あはは」
やり過ぎちゃった。そんな風に美香は僕に笑いかける。
うん。こんなに楽しそうな美香を見るのは久しぶり。
凄く当たり前の事だけど、好きな人が幸せである事が純粋に嬉しい。
「えっとさ。ちゃんとしたおそろいを作らないかな?」
でも、今だけを大事にするんじゃなくて、明日も大事しながら今を続けたい。
そんな願いが僕にこんな言葉を言わせた。
「……え?」
受身的な僕がこんな提案を思いもしなかったようで、美香がキョトンと僕を見つめる。
「おそろい……というか二人だけで共有出来るものを作ろうよ」
「…………」
結構、恥ずかしいのを我慢して言ったんだけど、美香は驚いたまま返事をしてくれない。
二人でいる時には無言になる事は滅多にないので、ちょっと困る。
そう考えると、美香はいつも僕に話しかけてくれたんだなぁ……
うーん、甲斐性がない彼氏なんだな、僕は。
「えっと……美香?」
無言というより沈黙している美香。 流石にずっとこのままなのも困る為声をかける。
「うん……」
美香はゆっくりと頷き、顔を伏せながら返事をしてくれた。
「でも、僕バイトとかしてないから……ちょっと難しかったり」
「これ以上もらったら、もらい過ぎになっちゃうよ」
僕の言葉を遮る様に、美香が少し気になる言葉を発する。
「あれ、僕は美香に何かあげれた事なんてないんだけど……」
いつも美香にもらってばかりなんだ。 僕自身頑張ってはいるんだけど……
「ううん、沢山もらってるよ」
「……そうかなぁ?」
知識、考察、自信、勇気、行動などなど。美香と過ごした日々から僕はいろんなモノをもらってきた。
そんな美香に対して対等でいよう、隣にいようと僕なりの努力はしているけれど、まだまだ足りないと思っている。
ちょっとした意地が美香に対して、受身になっているのかもしれない。
「陽向君の初めて。沢山もらってるよ」
ちょっと真面目な事を考えていた僕に美香が不意打ちをする。
「え、いや、その…………え?」
「あはは、陽向君そんなにスゴイ顔しなくても」
どんな顔をしているのか自分ではわからないけれど、スゴイことになってるのには同意できる。
うーん、こればっかりはいつになっても免疫がつかないよ。
「ねぇ……あんた達さ、数分前の言葉を覚えてる?」
一足先に歩いていたはずの綾瀬が、仁王立ちをして僕達を睨んでいた。
それなりに距離は離れていたんだけど、耳に入ってしまったのか多分お怒りのようである。
いや、そりゃ……今日二度目となれば誰だって怒るよね。
「ま、また……いいところで」
「耳栓買おうかしら……」
いつもならこんなことにはならない為、綾瀬が複雑そうに唸っている。
というより、綾瀬と美香が仲良く話しているのが普通なのである。
「涼子、ごめんね」
「綾瀬、ごめん……」
「最近、携帯ミュージックプレイヤーも安くなってるのよね」
二度同じ手は喰わないのか、綾瀬は上手い具合に僕達の言葉を流す。
「うぅ、話の腰が折られまくりだよ」
「それは美香にも問題があると思う……」
「あはは、そうかも」
でも、反省はしないのか美香は悪びれなくニコニコと笑っている。
「はは」
そんな暖かな気持ちがただただ嬉しくて、僕は自然と美香の手をとる。
「あ……」
美香は一瞬驚いた顔をしたけれど、僕の手を握り返して……また笑ってくれた。
「…………」
それがとても嬉しいんだけど、僕は胸が高鳴って上手い言葉が出てこない。
えーと、何かないものか……
「美香の手ってさ……」
「陽向君の手って……」
「「…………」」
お互いにらしくもなく、言葉に詰まって無言になってしまった。
いつもならこんなことはないんだけど、僕から手を繋いでしまったせいなのだろうか。
「僕の手が……どうしたの?」
「私の手って……どうなの?」
が、今はとことんと言うべきか、完全に噛み合わなくなっている。
……うぅ、すさまじく恥ずかしいぞ、これは。
「あはは……」
「はは……」
でも、それがなんだか心地よかった。 ズレてしまったのではなくて、同じになってしまったから。
そして、お互いに同時にそれを理解できたから。
「「…………」」
それを確かめ合う必要もないことも、理解しあっている為、無言で僕達を歩を進めた。
でも、やっぱり美香の方が上手なんだろう。
「暖かいね」
一瞬の隙を突き、美香はそう呟いて、握る手をキュッと強めた。
そんな事言わなくても……お互いに同じ事を言うはずだったのに。
けど、キチンと言葉にする美香らしさが僕にとって、輝いて見えた。
「今日、絶対……仏滅よね」
……って、綾瀬をつい忘れてた。 あぁ……これで本日三回目か。
「あはは、私は大安だと思う」
「はいはい、それじゃ明日ね」
今日は随分とおしゃべりをしたけれど、今日という日はもうおしまい。
「あぁ……また明日」
いつもの帰宅の分岐点で互いに挨拶をし、それぞれの帰路についた。