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楽園の扉への扉と解する者  作者: アウトキャスト
序章
7/41

先を知る者


「氷室先生……」


 声の主に対して嫌なタイミングだと思いつつ、僕はみんなを代表するように返事をする。


「月森、質問に答えていないぞ」


 彼……氷室ひむろ 武人たけひと先生は動揺している僕達を理解しながらも相変わらずなセリフを吐いた。


「ぬ……」


 皮肉るような言葉を吐きながら眼光を鋭くし、僕を飛び越し美香のほうをジッと眺め始める。

 この人は非常に勘が鋭い。一瞬にして、僕達の興味対象を見抜いたようで、僕に投げかけた言葉など撤回するように近づいてくる。


「ちょっと、いきなり何なのよ」


 場の雰囲気が一瞬で変わったことを察して綾瀬が噛み付くように前に立ち塞がる。

 何せ綾瀬は氷室先生が大嫌いである。

 その理由としては……


「お前には関係のないことだ、綾瀬涼子」


 この……人(特に綾瀬)を小馬鹿にした態度と、威厳すら感じる余裕のせいだ。


「質問に答えてないのはあんたじゃない」

「即日で問題行動とは……全くもって困るな」

「そう、都合の悪いことは無視ってことね」


 まぁ……綾瀬にも問題はあるのだと思うんだけど、僕も彼に対してよい心証はない。

 彼は教師で唯一僕達の探索を引きとめ、邪魔のような事をする。

 でも、心配などの好意などは全く感じず、邪魔者を追い払うような印象を僕は持っている。

 最近は探索が行き詰っていて、放課後に出会うことはなかったけど、本当に今日は運がないらしい。


「麻木はいったい何を隠している」


 綾瀬と言葉を交わす気はないのか、氷室先生は美香に威圧を含めた質問をする。

 その態度は綾瀬に対してのモノと変わらず、彼が誰であろうともこんな態度をとる表れである。


「いえ、落し物を探していて、無事に見つけただけですよ」


 それらを全て理解している美香はニッコリと笑顔を見せながら真っ向勝負をするように返事をする。

 ……あーいう時の美香には氷室先生であろうと適わないだろう。


「落し物だと……? ならば見せてみろ」


 氷室先生はかなり意外そうな表情を一瞬見せたが、すぐに話を進めた。


「あはは、これですよ」


 変に隠すと怪しまれると思ったのか、美香は拾ったペンダントを氷室先生に見せる。

 でも、そんなに大っぴらに公表していいんだろうか……?


「ん、これは……月森の」


 だが、ペンダントを見た氷室先生は僕のペンダントだと勘違いする。


「なるほど」


 隣にいる綾瀬がポツリと呟く。僕も言葉にしなかったけれど、心の中で同じ事を思った。

 僕のペンダントを探していて見つけた。というならなんら不自然はない。

 あの一瞬で、この言い訳を思いついた美香にはいつもながら脱帽だ。


「そーいうことですよ」

「む……」


 僕らにもその意思が伝わったことが嬉しいのか、美香は勝利宣言をするように氷室先生に話しかける。


 だが……


「いや、バカな……これは」


 その氷室先生はペンダントをマジマジと見た後、突然様子がおかしくなった。

 滅多に見れない動揺を見せ、氷室先生は口に手を押さえながら、神妙に考え込み始めた。


「氷室先生? どうしたんですか?」


 ついさっきまで、美香の話に納得しかけていたのに……いったいどうしたのだろう。


「月森、ペンダントはどうした」


 ……そんな動揺し始めた僕を、氷室先生は鋭い眼光で射抜いた。


「え? いや、だから……それですよ」

「違うな、そうだろう?」


 僕はただただ驚いた。なんでわかるんだ……この人は。

 思う事は一緒なのか、綾瀬と美香も驚いたままで僕に助け舟を出す余裕すらない。


「誤魔化そうとしたことはいい、コレとは別にお前が自身のペンダントを持っている確認がしたい」


 だが、待ったすら許してくれない氷室先生は僕を追い詰めるように質問を浴びせてくる。


「ま、待ちなさいって。大体なんでそれが陽向のペンダントだってわかるわけよ」


 突然の危機に対して綾瀬が声を上ずらせながらも声を発する。


「……今は月森と話をしている」


 氷室先生はくだらなそうに綾瀬の言葉に返答をするが……綾瀬がそれで収まるわけがない。


「何よ、都合が悪くて答えないなら、私達だって同じでしょ」

「珍しい物だから記憶していた、それで十分だろう」


 綾瀬の物言いに氷室先生は棘のある解答して、すぐに僕の方へ向き直る。


「あの先生いいですか?」


 けれど、綾瀬の作った間が僕を大分冷静にさせてくれた。


「なんだ月森、質問にだけ答えればいい」

「いえ、それは美香の物ですよ、僕が同じ物をあげたんです。いきなり先生が勘違いしたみたいなんで、そのまま話を続けようとしただけです」


 自分でも驚くくらいすんなりと、即席の出任せを喋っていた。


「……それはペンダントが二つあるということでいいんだな」

「ええ、僕のはこれです」


 この場が上手く収まるなら、別に問題はないだろう。そう思い、僕は自分のペンダントを氷室先生に見せる。

 校内の落し物を勝手に拝借する。これさえ誤魔化せればいい。


「だが、それが麻木の物である確証がないということだな」

「へ……?」


 でも、僕の思ったとおりに事は運ばなかった……いったいなんなんだこの人は。


「麻木、それは私が預かる」

「はぁ? あんた何様よ?」


 それはこの場の誰もが思うことだ。もはや教師という権限レベルじゃない。

 大体、なんでこのペンダントについて……熱くなるんだこの人は。

 これじゃまるで……このペンダントの重要性を知っているみたいじゃないか。


「あはは、これ私のですからダメです」


 そんな氷室武人という人物が理解できなくなる中、美香は楽しそうに笑った。


「それをここで拾ったんだな」

「はい、落しちゃったんで」


 氷室先生が、僕らから出た情報を元に真実に辿りつく。ヘタな嘘ほどやはりバレやすいのか……それとも氷室先生が異常に鋭いのか。


「く……もう少し早く来ていれば」


 だが、僕達を咎めるようなことはせず、悔やむように唸っている。


「あれ、まるで先生の物みたいな言い方ですね」


 そんな氷室先生に美香は恐れもせずに、そんなことを喋った。


「む、これは心外だな、拾い物を私物化しようとしてるのはお前達だ」

「でも、先生の物ってわけじゃないですよね。それともこれが私達の物じゃない理由でもご存知なんですか?」


 そのやり取りに僕と綾瀬はまるで口が挟めなかった。 今まで行き過ぎと感じていた氷室先生の注意に、似たような印象はもっていたが……

 こんな風に問うことはなかったし、それを今ここで美香がするなんて思いもしなかった。


「む……」

「特に問題がないようなら、私の物でいいんですよね」


 ぐぅの音もでないのか、あの氷室先生が黙り込み、美香がさきほどと同様に勝利の笑みを浮かべる。


「いや麻木、それはダメだ」


 反論の言葉がでなくとも、氷室先生はしつこく美香にペンダントを渡せと言う。

 綾瀬はざまぁみろなんて具合にニヤニヤしているのだが、僕としてはその拘りの理由がわからずに首を傾げてしまう。


「じゃあ、本当の持ち主が誰か教えてくれるなら、構いませんけど」


 止め。

 僕には美香の最後の言葉がそう感じられた。

 僕の嘘なんて見抜いてるだろう彼を、美香は二度と邪魔されないように息の根を止める気だ。


「……それが一番心外だな」


 氷室先生はその言葉に対してようやく身を引いた。

 いや、身を引くというより……美香に対する間合いが変わったように感じられる。


「どういうことか教えてくれないんですか?」


 美香は突然変わったその間合いを確かめるように、更なる追い討ちを仕掛ける。


「ふ、それ以上立ち入るな。今までと忠告は変わらんさ」


 だが、氷室先生はいつも以上に意味深なそのセリフを吐いて、僕達の前から立ち去ろうとする。


「先生は知ってるんですか?」

「何の事だかな」


 今まで突っかかって来たのが嘘のように、氷室先生は僕達から距離をとる。

 引き際が鮮やかなのか、それとも……必要がなくなったのか。

 氷室先生は美香を一見した後、振り返ることなく歩き出す。


「全く、二度と近寄ってこないで欲しいわよね」

 綾瀬がわざと聞こえるように、文句を言いながら壮大に溜息をつく。



「闇を照らす魔の光、扉の鍵となりて我を満たす、共に至ろう永遠へと」



「ちょっと美香!」

「美香……?」


 立ち去る氷室先生を試すように、美香が僕達が立ち止まっている暗号の一文を口にした。


「…………」


 だが、氷室先生は歩を一瞬止めただけで、そのまま校舎へと戻っていった。

 その様子を見るだけでは、僕では氷室先生がどこまで知っているのか判断がつけられない。


「……あはは」


 それを見抜くことができる美香に僕は期待の視線を送るが……頼りなさそうに笑った。


「あのね……美香。 何しちゃってるのよ、よりによって氷室になんか」


 でも、僕の問う前に綾瀬がかなり不機嫌を露にして、美香に詰め寄る。

 ただでさえ氷室先生嫌いなのに、美香のしたことをプラスすれば、この怒り方は仕方がないだろう。


「えー……ごめんね。でも、氷室先生らしくなかったから」

「らしくないって……どこがかしら」


 綾瀬から見たら、いつもの嫌味にしか思えなかったんだろうけど……今日は随分と違っていた。


「それはいろいろだけど。このペンダントについてかな」

「やけに欲しがってたわね。やっぱあいつって扉に興味あるのかな」


 美香と綾瀬は氷室先生の意図について話し始める。

 僕としては、美香があそこまで氷室先生に対して確信めいたことをした事を知りたいのだが……


「興味なのかな……とにかく、私達の知らないことを知ってるのは間違いないと思う」

「立ち入るな、なんて言っておきながら嫌な奴ね」


 氷室先生について、確かに不信めいた物は僕達は共有していたけれど、ここまで明確になるとは思っていなかった。

 それもペンダントについてここまで……執着のような物を見せるなんて……


「とりあえず、ペンダントをどうしようか」

 意地でも氷室先生に渡さないようにしていたが、それが終わった今美香は複雑そうに眺める。


「美香がとっておけばいいんじゃない」

「……え、私が?」


 綾瀬が厄介な物を押し付けるように、美香にペンダントを託すが、考え事をしているのか美香の反応が鈍い。


「うーん、僕が預ろうと思ったんだけど」


 自然と美香の持ち物になりつつあるペンダント。本当にそうならないように僕はさり気なく主張をする。


「なんで二つもいるのよ」


 だけど、綾瀬が正論を返す為、なんとも返事がしにくい。


「二つあると何か変わるかもしれないじゃないか」


 だから、正論をもって僕は返答をする。綾瀬に論破されるなんてあってはならない。


「いっつも出し渋ってるのは誰よ。これからは私が存分に試すから」

「それは不必要に使うものじゃないからで……」


 望みもしないのに綾瀬と言い争いになってしまう。しかも話もなんだか逸れてるし……

 そんな話のキリが悪い中でチャイムが鳴り響いた。これは部活の規定終了時間のチャイムである。


「あ、こんな時間なのね」

「はは、とりあえず、このペンダントが二つになった事で進展はあったね」


 それが話の切り上げとなったのか、綾瀬はなんでもなかったように美香と話し始める。


「って、ペンダントは……?」

 普段なら暗黙の了解として、話をきってしまうのだが、今日ばかりはそうはいかない。


「うーん、陽向君も涼子もさ。今日はもう帰らないかな?」

「そうね。流石に今日くらいはすんなり帰りましょ」


 僕の言葉を無視して、ちょっと前まで僕が望んでいた帰宅の話が出てくる。


「む、無視はひどくないか」


 薄暗くなり始めた中庭に焦りながら、僕は諦め悪くペンダントの話を続ける。


「しつこいの。別に共用でいいでしょ?」

 綾瀬も僕が熱心な事はわかっているみたいなんだけど……説得しきれない。

「うん、陽向君ごめんね。きっとこのペンダントは私達が持っている方が役に立つと思うの」

「そうそう」


 ペンダントについて触れなかった美香が所有権を声に出した為、もうどうにもならない。

 気を使っていたのか、言うまでもなかったから触れなかったのか……どちらにしろペンダントの所有者は美香になった。


「じゃ、帰りましょ」


 無言で僕が納得したのを察したのか、綾瀬が区切りをつける為にそう言って僕達は歩き出す。


「……ん?」


 でも、不意に僕は背後に何か気配を感じたので、校舎に入る前に振り返った。


 女の子?


 確証はなかったのだが、なんだかそんな気がしたけど、視線の先には当然のごとく誰もいなかった。


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