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楽園の扉への扉と解する者  作者: アウトキャスト
序章
3/41

失踪者


「ごめん、今日は陽向より遅れちゃったかな」


 彼女は静かな空間を一気に変えてしまうように扉を開け、颯爽と資料室に入ってきた。


「あ、涼子。今日は遅かったんだね」

「何か面倒事かな?」


 少し息が乱れている彼女に向かって美香は喋りかけ、僕も挨拶の意味を込めて声をかける。


「……陽向ってなんでそうわかるわけ?」


 僕達の代表者である彼女、綾瀬あやせ 涼子りょうこは呆れたような顔して僕の方を見る。


「いつもの勘だよ」


 そう鋭い視線を向けられても困る。いくら正確であっても僕の勘に理由なんてない。


「はは、陽向君ってすごいよね」

「……ま、いいけど」


 美香が割ってはいるように笑顔を見せ、綾瀬は軽く息を吐いてから鞄を置いて自慢の長い脚を組んで椅子に座る。


 綾瀬は少し大人っぽく見えるが、僕達と同級生である。

 腰付近まで伸びた長い髪は物臭な彼女にしてはこだわりがあるのかキチンと手入れしており、美香はいつも羨ましそうに眺めている。

 

 ただ、中身は美香と入れ替わった方がよいくらい落ち着いておらず、その容姿に反して感情的に物事を考える。

 会話をする度に印象が変わっていく僕達と似た変わり者であり、扉については一番熱心な代表者。

 強引というより脅しに近い文句で、扉について諦めかけていた僕を引き止めた張本人である。


「美香どんな感じ?」

「今日も特に変わり映えしないかな?」


 綾瀬は息をつく間もなく美香に現状について聞く。まったく、重役出勤で進捗だけは聞く上司だな、これは。


「……陽向は?」

「僕もついたばかりだし、変わりないよ」


 実際は美香と話ばかりしてたわけだけどね……美香の名誉のためにも触れないでおこう。


「ここまできて、手詰まりってのは最悪」


 美香の返事を聞くと、綾瀬は頬杖をついて思いっきり溜息をつく。

 まぁ……無理もないかな。

 今の状態から進展がなくなったのは、かなり前のことだし。


「はは、いつもなんとかなってきたんだから、大丈夫だよ」


 そんな綾瀬を励ますように美香は優しく声をかける。

 だけど、その光景はここ最近ずっと繰り返されているため、綾瀬にはあまり効果がない。


「今まで上手くいきすぎたのかな?」


 珍しく綾瀬が弱音と思える言葉を吐く。

 いつもなら「なんとかしてしまえ」くらいの返事が返ってくるものなのだが……少し調子がおかしい。

 それも美香にではなく僕に向かって。


「まぁ……仕方ないんじゃないかなぁ? 巡りが悪い時もあるし」

「うん、何か条件がそろわないといけないのかもしれないし……」


「んー……」


 そんな僕達の言葉に綾瀬は複雑な表情をして唸っている。これは予想以上の面倒事だったのだろうか……?


「涼子? どうしたの?」


 美香も僕と同様に、綾瀬の調子の悪さが気になるようで心配そうに声をかける。


「ん……ちょっとね」


 そんな美香の気持ちに甘えるように、綾瀬はゆっくりと口を開く。

 僕と美香は一度目を合わせてから綾瀬の方を向き、綾瀬の話が始まった。



//-----



 綾瀬と美香は一年前クラスが同じだった頃からの縁。

 僕はずっと彼女達とはクラスが違うけど、二人が一緒にいるのは違う理由があるためだ。

 二人の関係を一言で表現するのは難しいけど、綾瀬と美香の関係は実行犯と知能犯の違いというのかな? 綾瀬が空回りしないように、美香がサポートしている。

 決して口には出さないけれど、美香の方が数枚上手で、扉についての謎も美香が正解に導いている状態。

 けど、世間的には綾瀬に美香が引っ付いてるように見えているらしい……


 そんな僕を含めた三人で扉について日々研究もとい……探索をしている。

 この資料室はまさにその研究のためにあり、そんな軌跡を表すように扉についての資料が多数存在する。

 扉とは。という定義から……そこに至るまでのヒント、および日記のようなものすらある。

 それらの資料はどれも手書きであり、僕達のような生徒が残したものだと推測される。


 まるで遺産を受け継ぐように、僕達は最初信憑性のないその軌跡をなぞる様に探索を開始した。


 「何も行動しないよりは」


 いつもそんな綾瀬の言葉に後押しされ、毎日この学校について調べていた。

 実際、その資料には事実のみが書かれており、あの頃では信じられないようなことばかりだった。

 ここはただの学校で異質なのはこのフロアのみ、その定義が打ち壊されていく探索。


 はっきりいえば、噂話が絶えるのもわかるほどのモノだった。

 そう……誰が今時、学校施設にある暗号に対して積極的になれるだろう?

 ただの悪戯、なんて思考を逸らすことはできるかもしれない。 けれど、そんな規模ではないのは身をもって体験した。

 その異常さは資料の数が先にいけば行くほど少なくなっていくことで表された。


 それから、資料が完全に当てにならなくなるのにはそうかからず、それ以降は手探りで探索を続けた。

 元々資料に答えがまるまる書いてあるケースはなく、ヒントを元に解いていく形式だったため、そこまで困難ではなかったけれども……後戻りはできない状況まで進んでいることは確かだった。

 美香とパートナーとして関係が深くなったのはこの頃。

 正直な話……それ以前は僕は綾瀬と行動をすることが多かったし、いろいろなキッカケの時期にもなっている。


 まぁ……なんで僕達が諦めなかったか。その理由は二つある。


 一つは、扉に対する執着があったから。


 もう一つは……いや、これは僕だけなのかもしれないか。


 とにかく、扉の執着についてだけど。僕達は噂話にされている扉を求めてはいない。

 世間からは完全に誤解されているけれど(実際は見向きもされてないけども)、僕達の目的は扉を信じながら否定する事と言ってよい。

 まぁ……一番最初から僕は否定するために探索をしていたわけで、今でもその延長であるのだけれども……


 綾瀬と美香は僕と目的が元々違うのである。


 話は少し逸れるけれど、この学校の噂話が次第に消える部分と密接する。

 単純な与太話や噂話の寿命とは別に存在が消える理由もあるのだ。


 それは……扉を探すことで、失踪者が生まれること。


 ただの偶然を噂話に結び付けている。最初誰もそう思うだろうし、他人の失踪なんて冷たい社会では文字通り他人事。

 けれど、その噂を追うことが……自分自身の失踪。 そうなると話は別で与太話から薄気味悪さへと変わる。

 さっきはこのフロアを誰も知らない、なんて言ったけれど「もしも」に怯えるためにみんな忘れようとしているのではないか?

 集団催眠なんて言いたくはないけれど、口に出すことでその「もしも」が現れることを恐れてしまうのだろう。


 まぁ……確かに無言でいることが安全に近いのは理解はできる。

 それに噂話の寿命が重なって、綺麗に話題が消え去ってしまうのだと僕は予測している。

 あいにく僕は失踪の理由すらも解明したいと思うから、怯えも何もないのだけれども。

 

 「扉の向こうに行ってしまう」

 

 そんな話も囁かれるのは事実であるし、失踪と扉で結び付けやすい恐怖談だろう。

 そんな話について、以前とある人に聞かれた。


「扉について調べると……失踪するなんて話信じる?」


 元々扉について半信半疑なのにもかかわらず、彼女はザックリと突然聞いてきた。

 ……存在しないものを調べてて失踪なんてありえるわけがない。

 あの頃の僕は「扉の話の裏づけ」と解釈した。



「じゃあ、そのペンダントをもってた人が失踪したっていったら?」



 彼女……綾瀬は僕の返事に対してそう即答した。今でも本当に鮮明に思い出せるほど、突然の質問と澄み渡る返答だった。

 そして、奇妙な女にしか見えなかった綾瀬は失踪した兄を探すために扉について調べている旨を説明してくれたのだ。


 そう、綾瀬がこんなにも扉について熱心なのは、いなくなった兄……綾瀬あやせ 和也かずやを探すためなのだ。

 僕達が入学する二年前に、この学校の生徒であった綾瀬の兄は行方不明となった。

 その事実は、失踪の噂話のレベルでは語られない事である。

 きっと、さきほどの「もしも」によって自然とその事実は隠蔽され、綾瀬の兄の学年が卒業した今、この学園では完全に忘れ去られてしまったのだと思う。

 それが幸か不幸か、綾瀬は「失踪者の妹」なんてレッテルを貼られてはいない。


 一方、僕は入学したての頃ペンダントを拾っていた。

 ただ拾ったのではなく、男子生徒とぶつかった拍子に落ちてしまったのだが、その人は気づかずに立ち去ってしまった。

 この噂話に立ち入る原因になったのは、実はこれが理由なんだと思う。

 最初は落とし主を探すために、校内をうろついていただけなのに……気がつけばこのフロアに立ち入っていた。

 拾い主が僕であったのが災いしたのか、このフロアに興味が移ってからは、ペンダントのことは忘れてしまっていた……


 元々、僕にとっては興味深い品物だっただけに、落とし主探しを諦めた後は。完全にペンダントは私物化していた。

 まぁ……そんなペンダントは、綾瀬に声をかけられてから「扉に密接するモノ」と存在の意味が変わった。

 実際に扉についての暗号などにこのペンダントは密接しており、これがなければ暗号の繋がりを読み取れないような事が多々あった。

 その度に、綾瀬との出会いは運命だったと思ったり、妙な縁を作り出したやっかいなモノとも思わせた。


 綾瀬の兄も失踪以前これと全く同じものを所持していたらしく、扉についての話を綾瀬に随分としていたらしい。

 けど、資料室にその兄がいた痕跡はないようで、綾瀬も「和兄ぃがメモ残すような器用なことするわけない」とのことで、真意のほどは未だ不明。

 何にしても「扉について調べていた綾瀬和也が失踪した」という事実は存在する。

 それが、ただの家出なのか、学校側の不始末なのか、国家的な誘拐なのかは、また別の問題。


 扉の存在を認めるけれど、そのために人が失踪する事実を否定し解明する。

 これが僕達の目的ということになる。 現にペンダントを落とした人物が綾瀬和也である可能性も高いわけでもあるし。


 まぁ……失踪したのにもかかわらずこの学校で見かけた。

 なんて事実の方がよっぽどおかしな事態ではあるのだけれども……


 ちなみに、美香は興味本位でだけで手伝っていた延長である。

 人の良い美香らしい理由ではあるが、本人としては楽しんでいるのだそうだ。

 現に、美香は扉について一番詳しいし、謎解きに関してとても強いのだ。

 僕は……美香ほど頭の良い人に出会ったことがない。

 実は講釈が多い割りに、僕は感性を頼りにするけれど、美香は勘などで行動は決してしない。

 ……綾瀬は言わずもがな、完全に感性のみで生きているけどもね。


 多分、僕だけが知っていることなんだろうけど、美香はとても眼が良いのだ。

 そういうのを鷹の眼なんて言うのだろうけど、僕から言わせるとそんなレベルじゃない。

 スロット、トランプ、マージャンなんかをやるとよくわかる。

 ……なんでギャンブルばっかりなのかは、聞かないで欲しいけれども。


 スロットに関して言えば、止まっている、らしい。

 トランプやマージャンだと、もはやガン牌だそうで、「私にはスケて見えるよー」らしい。

 正直、美香の動体視力+観察力は、僕の勘ですら適わない。

 まぁ……美香は見えてしまうわけではなく、見ようとするから見えるみたいだけれども。

 その分、馬やルーレットなどの結果が後の物には手を出さない。 結果が後の物は完全に勘が備わっている僕に分がある。


 けれど、僕は僕でそんな美香の眼に対抗できるような勘を生まれながら持っている。

 まぁ……美香とは違って、僕の勘は完全に僕の意思とは別に発生する。

 ただの勘。 なのだからそれ以上でも以下でもないわけだけど……

 危機回避という点においては、僕はこの勘に何度も助けられている。

 本当は、逃げ損なっているのかもしれないけど、嫌な予感がしたあとに、そのまま嫌なモノが直撃することは少ない。


 予知。

 そのレベルまでいければ、すごいことなんだろうけど。

 あいにく僕の勘は、よくないことが起こるのを事前に把握するのみ。

 何が起こる、まではわからない。 ただ「そのままではいけない」という危険信号を察する。

 それも……他人ではなく、自分に関わることのみ。


 けど、さっきみたいに綾瀬が厄介事が起こった、なんてのが意味もなく理解することもある。

 これは予測のレベルを越えない。 何せ過去からの推測だから、言葉や説明なくして理解した、という利点しかない。

 美香や綾瀬はスゴイと言うけれど、僕としては勘よりも事実から解明したいんだけどね。

 なんというか、これじゃただのズルみたいだし……美香の推理力に負けてしまうのはこの勘のせいだと思ってる。

 まぁ……結局のところ、やっぱり美香には適わない。


 でも……そんな美香が怖くなる時がある。

 きっと、美香なら完全に全てを解明してしまうんだろう。

 それを望んでいたはずで、理解して一緒にいたはずなのに……僕は喜べない。

 ……全然、信じていないはずなのに。美香が扉の先へ行ってしまうのではないかと、僕は恐れ始めている。

 扉についての信憑性は、今と昔では全く違う。

 それを否定するはずなのに、否定しきれないほどの軌跡を辿って来た。



 それに……僕はずっと嘘をついている。


 その罪悪感からなのか……?


 この嫌な予感は……いつもの勘のソレ。



 僕は……ずっと三人でこうしていたいだけなんだ……


 カウントダウンはもう始まっているタイムリミット。


 そう……きっと、逃げられない。


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