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楽園の扉への扉と解する者  作者: アウトキャスト
序章
2/41

放課後の集い


 ようやくホームルームから解放された僕は早足で廊下に出る。

 廊下にはもうずいぶん多くの生徒がいて、放課後の空気に包まれている。

 一緒に帰ろう、また明日、などの言葉がそれぞれの人生を表すようで、僕はこういう騒がしさは好きだ。

 部活で学校に残る人、放課後そのまま帰る人、寄り道をする人。

 学校ってマイナスのイメージを持つ人が多いかもしれないけど、僕は人が交差する場所として好感を持っている。


 で、僕はと言うと、和気藹々と昇降口に向かう人達の波から外れて、広く感じる廊下を歩いて行く。

 ようは、僕は分類上学校に残る組ということ。

 って職員室に呼び出しをくらったりとかしているわけじゃなく、学校に残ることは僕の意思。

 補習や告白の手紙や掃除当番なんてこともない。

 さらに言えば、僕は実はクラス委員で日誌を担任に届けたり、教職員に仲が良い人がいて雑用を頼まれたりすることもない。


 そのまま変わり栄えのしない歩きなれた廊下を少し進むと、文化部系の部室に向かう渡り廊下が見えてくる。

 視線の先には部室へ向かう生徒がちらほらと見ることが出来る。

 特に吹奏楽部なんかは文化部系のメジャー部活であり、運動部に最も近い部活としてウチの学校でもそれなりの規模で存在している。


 ……さて、この廊下でさらに分岐点となるわけで。

 僕は部活に属している人間か否か。


 答えはNO。僕は部活に入ってないし、希望もあるわけじゃない。

 かといって廊下の先が目的地でもないので、少し肌寒く感じ始めるようになった廊下から、更に寒く感じる道へ折れ曲がる。

 おっと、その先に運動部があるわけもなく、僕は完全に帰宅部と呼ばれる人間である。

 それなら速やかに帰宅するべきなんだけど……当然、理由があってこんな道のりを歩いてるのさ。


 ……そんな僕、月森つきもり 陽向ひなたが何の目的があるかというと……


 特別な扉の向こうにある場所に行く為。

 なんて言うと格好がつくけれど、部活でも同好会でもない僕達の待ち合わせ場所に行くだけなんだけどね。


 もう自分の他に誰も通らないだろう薄暗い廊下を歩き、掃除もされない階段を降りて陽の当たらない埃臭いこの学校で一番人が寄り付かない所へ辿り着く。

 このフロアにはもう使われていない古い部室が数々あり……もはや天然のお化け屋敷といえる。

 崩れかかった骸骨標本のある生物室。 調律の狂ったピアノだけが置かれた教室。

 壊れた机と椅子で築かれた瓦礫の山がある教室。 鎖までかけられ封鎖されたトイレ等の怪談話になりそうなモノが本当にある。


 賑やかな放課後の教室や廊下からたった数十メートルの距離なのにもかかわらず、学校の裏ともいえる歴史が、こうして当たり前の事実として存在する。

 きっと、ほとんどの生徒はこの現実を知らずに卒業していくのだろう。

 まぁ……こんな場所といえばそれまでなんだけれども、毎日通う場所の裏というのは僕にとってはおもしろいことなんだ。

 人間不必要な物は無意識の内に記憶から溢していくし、知ろうともしなければ情報にもならずに存在することなく消えてしまう。

 だけど逆に、誰も知らない、という場合だからこそ僕の中での価値は高まる。


 単純に僕は変わり者なんだけど、この気持ちのベクトルはそうおかしなことじゃないと思う。

 好奇心や探究心。 言い方を変えれば野心や計画が有る生き方、無い生き方では色合いが違うはず。

 それに、その色合いを自分独自の物にするから、人生は楽しい、なんて言われるんだなとおぼろげながらも感じてる。

 ただ、僕の場合は名前とは裏腹な陽の当たらないこの空間というわけ。



//-----



 それから僕は教室からカップラーメンなんか伸びてしまうほどの道のりを歩き終え、目的地の前に辿り着く。

 その目的地の部屋の前には、学校施設にしては不自然な両開きの……何かが感じられる扉がある。

 この扉には特殊な存在感と恐怖感があり、今なおこの学校の怪談話として残っているほどだ。

 最初見た時は、かなり面を喰らい、開けることも去ることもできず、ただただ圧倒させられた。

 でも、立ち入ることは拒絶するような印象を受けるのに、その先を知りたい好奇心に駆られる不思議な扉。


 僕はいつものように鍵のかかっていない扉に手をかける。 一年前は鍵を開けるのは交代制にしてたんだけど……いまや遅刻帝王な僕は鍵を開けることがない。

 少し寂しいなと思いつつも、硬く閉ざされているはずの扉は、待ちかねていたように道を開く。

 そして、部屋の中にはいつものように……僕の恋人が満面の笑みで待っていた。


「陽向君は今日ものんびりだね」


 僕の恋人である……麻木あさき 美香みかは、本当に待ちかねていたように僕に声をかける。


「……のんびりだけど急いでるんだよ」


 あのホームルーム状況ではスタートダッシュなんかとてもできない、これはもはや周回遅れレベルだろう。

 けど、可能な限り僕は急いでここに来てるんだよ。


「うん、知ってるよ、陽向君はスロースターターだもんね」


 そんな僕に美香は少し何かに汚染されたような返事をする。


「って、それだと環境じゃなくて僕のせいみたいじゃないか」

「あれれ? 違うの?」


 美香は悪びれもなくそう言って、楽しそうに笑う。 その笑顔は純粋にかわいいと思う。


「大体スロースターターって……僕はノロマってわけじゃないぞ」


 よく人から「のんびりや」「とろい」という印象を僕はもたれている。

 それも……なんとなく、というすさまじい理由で。


「知らぬが仏?」

「なんで疑問系に……」

「へへ……なんででしょう?」


 めったに見せない惚け顔を見せ、美香は胸に秘めた何かまた笑顔になる。

 ……これはいつものあれだ。 僕の何かを思い描いて笑っているんだろう。


「~~♪」

「……まったく美香だって同じように他人にそんな風に見られるだろうに」


 大体、僕の第一印象が「危なっかしい」だったんだからさ。


「私は逃げ馬好きじゃないから追い込み馬でいいもん。それに、陽向君は……マイペースなんだから」


 せっかく切り返した言葉は、ポジティブなマイペースという、結局マイナスイメージにされる言葉に置き換わった。

 けど、案外マイペースという言葉が僕を表すのにシックリくるのかもしれない。

 「のんびり」「せっかち」なんて結局は社会一般の枠と比較しての話なわけだし。

 その一般に合わせるか合わせないかならば、僕は後者なのだから的を得てはいる。


「別に他人にどう思われようといいんだけどね」


 ただ、変な話誰だってマイペースなんだから、それが間違っているような扱いに納得いかないだけ。

 それが事実と違っているならなおさら困るのさ。


「……じゃ、私には?」

「!?」


 美香のさりげない不意打ちに僕は言葉に詰まる。

 それに、そんなニコニコ顔でジッと見つめられても……


「美香には適わないよ……」

「あれれ? 返事がないよー」

「まぁまぁまぁ……」


 ……えっと、これはどうしよう。なんでこんなことになっているんだろう。


「そうだよねー 陽向君は私も他人扱いしちゃうんだよねー」

「ぅ……それは違うんだけどさ」


 美香はこんな時は本当に……無邪気に笑う。いや、邪気を放って笑うの間違いか。


 どうにか話を逸らそうとこの部屋……資料室を見渡すけれどそんな都合の良いものはない。

 僕達が毎日使っているため、目立った埃や汚れもなく、資料室という構造のおかげで風通しも悪くない。


「はぁ~~ 流石の私もこんなにすぐに倦怠期が来るとは思いもしませんでした……」

「美香……もういいんじゃないか?」


 ちょっと流せばやめるかと思ったけど、まだ続けている美香をとりあえずは諭す。


「陽向君に捨てられちゃったら、私グレて吉宗さんにご奉公に行っちゃうよ……」

「……って、それ願望じゃないの?」

「それじゃ、海に身投げでも……」

「絶対、スロットの話だよね、それ」


 スロットについてわからない人には困った話だったかもしれないけど、美香はこう見えて異常にギャンブルが好きなのだ。

 それも下手の横好きなどではなく強いのだ。 その中でもスロットは美香の得意分野の一つである。


「さて、どうでしょう?」

「……ま、いいけどね」


 僕としては話が流れれば何でもよかったからさ。

 けど、美香に適わないというのは本音ではある。 

 恋人という関係になってからは、完全に僕が尻に敷かれているのは誰が見てもわかることだろう。

 それ以前は、パートナーという関係でバランスは上手く保ててはいたんだけど……変われば変わるもの。


「へへ、とりあえず座ったら?」


 美香は僕のからかいに満足したのか、立ったままの僕に椅子を勧める。


「ん、そうする」


 本当はまだからかい足りないであろう美香の情けを受けるように、僕は定位置の椅子に腰掛ける。

 それから、適度な重さにした鞄を机において、資料室をぼんやりと眺める。




 この資料室は、僕たちの始まりの場所。

 最初はこの扉を見つけること自体がゴールであったのだけれども、今ではスタート地点だったんだと感じている。

 発端はただの学校の噂話。このフロアにある教室を見てわかるように、話のネタになりそうなものがあると、学校の怪談話と称した噂話は生まれやすい。

 けれど……十数年前ならともかく今の時代、怪談話は「もしもあったら怖い話」としてでしか存在できない。


 それに、実物や原本など形として存在しなければ、噂にすらなりえない。

 大体普通の学校ならば笑い話としても怪談話や噂話なんて存在しないはずだろうし、そんな場所なんて滅多にありもしない。

 けれど、この学校ではあれだけの廃教室が隔離されている。

 そんな事実が噂を大きく膨らんだものにさせ……このフロアという存在は敬遠される場所となってしまった。


 当然、一時期は話題の全てがそんな噂話だけにすらなっていたこともある。

 ただ過去形になってしまった噂話は、この学校に入学したての短い間でしか聞くことがない。

 その理由は大きく分けて二つあるけれど……簡単な理由としては信憑性があまりにもないため飽きられてしまうからだ。


 誰もが知っているのに、何かを境に完全に忘れ去られてしまった噂話。 このフロアがあることは知っているけれど、本当は知られてはいない現実。

 そんな現実と相反して存在しているのが僕達。

 今の季節になってしまっては、下級生に聞いたとしても、もう旬の過ぎた与太話として扱われるだろう。

 だけど、噂話の根本はここに存在するし、噂……だけではないことも僕達はわかってもいる。


 その噂話というのは……扉の話である。楽園に続く扉、完全な世界へと続く扉、永遠を手にする扉、どこでもドア、なんていろいろな説があるけれど……

 ようするに「何かを得る」という意味合いの扉の話である。

 ちなみに僕が最初聞いたのは「願いを叶えることができる」だった。

 当然、僕は最初「そんなものがあるわけがない、ないことを証明してやる」という好奇心で入学当時から躍起になった。


 特にこの資料室の扉は開かずの扉の怪談話として存在していて……扉とはこの資料室の扉だと思っていた。

 昔の僕は短絡的にそう思っていたし、この扉の威圧感は間違えても不思議じゃないと、いまだに言い訳をしてしまう。

 けど、当時は厳重に鍵が閉めてあって、本当に開かずの扉であり、鍵の存在もわからないままだった。

 だから、次第に僕は他の人達のように噂話から離れかけた。


 だけど……


 ある日、扉は交わることのなかった同士とも言える彼女達によって開け放たれていた。


 簡単にいってしまえば、それが美香との出会い。

 本来なら……当時の僕にとっては扉のアテが外れ、噂話の熱が完全に冷めるゴールであるはずだった。

 だけど、彼女達に付き合うことで、知らず知らずこの場所はスタート地点となる結果になったのだ。


 ――そういえば今日は珍しく、彼女がまだ来ていないな。


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