いけにえの村娘Aでしたが、初恋のため神殺しになります
「ずっと好きでした」
「そうか、俺もだ」
恋が実るワンシーン。
どんな女の子でもこのときばかりは、ほほを染めて、とびきりの笑顔を見せるだろう。
もし相手の男が血まみれで腹から内臓をはみ出させていなければだが。
テラはあきらかに死ぬ寸前だった。
わたしは横たわるテラのそばに座り、涙をこらえて彼の右手をにぎっている。
先ほどまでここでは死闘がくりひろげられていた。
草木は焼かれ、あたりいったいが焼け野原にかわっている。
焼いたのはテラの剣だ。
炎を司る神刀は、いまも彼の左手ににぎられていた。
村の祟り神であり、守り神でもある龍神さまと、テラはさきほどまで戦っていた。
そして勝ったのだ。
しかし、龍神さまを無傷で倒すことはできなかった。
長い戦いのうちに、テラもまた、致命傷をおっていた。
生きていていることが不思議なくらい傷ついていたのに、彼はけして倒れなかった。
それはきっと、うぬぼれではなく、わたしを助けるためだったろう。
わたしは龍神さまにささげるための、いけにえだった。
いけにえは村のなかで、いちばんいらない女の子から選ばれる。
わたしは身よりがないし、悲しんでくれる人もいない。
けれどテラはわたしを助けてくれた。
それはきっとテラが正義漢だからなんだと思っていた。
「うそでしょう!? いままでそんなそぶり、全然みせなかったじゃない!」
おどろきのあまり、彼の気持ちを否定するようなセリフが口から出てしまった。
片思いだと信じきっていた。
テラはわたしにとてもよくしてくれたが、もともと誰にでも優しいひとだ。
それにテラは村でいちばんかっこいいし、強いし、村長さんちの長男だ。
もちろん村の女の人たちにモテモテだった。
それなのに、だれもテラを射止めることはできなかったのだ。
「噓じゃない。ずっとむかしから俺にはお前しか見えていない。家も命も、お前のためなら惜しくなかった。こうなったいまも、後悔はない」
その言葉はほんとうのようで、テラはすんだ青空をみあげ、晴れやかな顔をしている。
わたしはだまって涙をこぼした。
テラのおおきな手をしとどにぬらす。
彼は最後にわたしのほほを優しくなでて、眠るように死んでいった。
龍神さまは死ぬ寸前に、わたしをとらえてしめ殺そうとした。
テラが助けてくれたが、わたしの体にはうろこのあとが残っている。
その部分の肌が、焼けるように熱い。目もかすんできた。息をするだけで骨から肺までギシギシ鳴る。
きっと龍の血の呪いのせいだろう。
龍神さまの実体はあってないようなものだ。
いま撃退できても、きっと何百年もすればまた蘇る。
しかしわたしたち人間は、もろい。
龍神さまの血に触れただけで、猛毒を飲んだように体が動かなくなり、そのうち死にいたる。
わたしはテラのなきがらにおおいかぶさり、目を閉じた。
16年と短い人生だったけど、最後にいい思いができた。
愛する人と気持ちがかよいあって、いっしょに死ねるなら幸せだ。
でもどうせなら、もっと早くテラに告白していればよかった。
それか、二人でもっと長生きしたかった。
恋人らしい甘い時間を過ごしたかったな、なんて。
「やーい、耳裂け女ー」
いじわるな声にはっと気づくと、わたしは川にお尻をついていた。
きょろきょろ周りをみると、何人かの子どもたちがわたしを見おろしている。
「え? なんで?」
「こいつ、しゃべったぞー!」
わたしが声をだすと、子どもたちはわーっと大はしゃぎしはじめた。
けれどわたしは、彼らのさわぐ声も気にならないくらい、自分に違和感をおぼえていた。
ちょっと声が高い。川底についた手も小さい。ひざもつるんとして、子供みたいだ。
「おい、おまえら何をしている!」
おぼえのある声に、わたしはあわててふりかえる。
いじめっ子たちもみんな声のほうをみた。
テラだ。
テラだけど、子どもだった。
しかしなんであれ、生きている。
ああ夢か、それとも走馬灯というやつか。
思い出した。
これはたしか6年前、わたしがテラに恋をした場面だ。
テラがこっちに走ってくる、と思ったら飛んだ。
彼はいきおいよく、いじめっ子の親分に跳び蹴りをたたきこむ。
親分は図体のわりにおおきくふっとんだ。
反対に、テラはきれいに着地をした。
弱い者いじめをしていたのがテラにばれて、子たちはクモの子をちらすように逃げていった。
それぞれ、テラをにらんだり、わたしを笑ったり、バツの悪そうな顔をしている。
テラが、まだ川に座りこんでいるわたしに、手をさしのべた。
「ケガはないか?」
太陽が照りつけて、川面がキラキラ光り、あたかもテラが輝いているように見える。
わたしはこくんとうなずいて、テラの手をとった。
「そうか、よかった」
テラが心配そうな顔から、くしゃっとうれしそうな笑顔にかわる。
きゅーっと、胸とお腹がしめつけられた。
そう、この瞬間にわたしはテラに恋をしたのだ。
「おまえ、ケガをしているんじゃないか。大丈夫か。いま、できた傷か」
テラが顔をしかめて、わたしのめくれた粗末な服の下を見る。
そこには、わたしが死ぬ前にうけたうろこの傷あとが浮かんでいた。
「えっ、どうして」
走馬灯ならこんな傷いらないのに。
傷は痛みもなく、アザといったほうが正しかった。
ただその模様だけは、龍神さまからうけたものに違いなかった。
わたしが混乱していると、テラは目を丸くした。
「おまえ、口がきけたのか」
わたしも言われてびっくりした。
そういえば、この頃のわたしは、まだしゃべれなかった。
すっかりわすれていた。
「うん、いま急に話せるようになったの。あの、さっきは、助けてくれてありがとう」
「ああ。よかったな。その傷はババ様に見せにいこう。きっとお手伝いとひきかえに、ぬり薬をくれるから」
「わかった」
テラはわたしが痛がっていないのがわかって、安心したようだ。
ババ様の家まで案内してくれるらしい。
わたしは首をかしげる。
これは、記憶とは違う展開だった。
もしかして、もしかするとだが。
走馬灯ではなく、時間が巻き戻っているのではないか。
夢にしては、感覚がリアルすぎる。
これはひょっとして、このままずっと続いていく現実なのかもしれない。
神様……龍神さまとはちがう愛の女神的ななにかが、わたしにやりなおすチャンスをあたえてくださったのかだろうか。
たとえ夢でもいい。
後悔のないように動きたい。
「ねえ、テラ」
わたしは彼の手をつかんでふりむかせる。
「なんだよ」
「わたしはあなたのことが好き」
わたしのとつぜんの告白に、テラはあたりまえだがびっくりしている。
そのすきに、わたしはテラにキスをした。
テラの目は見開いたまま、より目になった。
「あなたはわたしを助けてくれたから、今度はわたしがあなたを助ける」
わたしは唇をはなし、彼に誓いをたてた。
過去のとおりなら、この6年後、わたしは龍神さまにいけにえにされる。
テラは反対してくれたけど、彼の父親である村長さんの決定はくつがえせなかった。
わたしたちはいっしょに逃げようとしたけれど、途中で村のひとにつかまってしまう。
テラは牢屋にいれられ、わたしは龍神さまの巣に連れていかれた。
そして龍神さまがあらわれたところで、テラが神刀をたずさえて助けに来てくれたのだ。
ここまでされて、彼の好意に気づけないのはまぬけ、と思われるかもしれない。
けれど、テラは普通のひととはちがう。
彼は生まれついてのヒーローなのだ。
彼は弱いものを見捨てない。
だからテラを好きになったのだ。
もしかしたら、わたしはテラを好きというよりも、信仰しているのかもしれない。
でもすくなくとも、龍神さまよりもずっと、テラを崇めたいと思う。
龍神さまとの戦いの前に、テラは牢屋をやぶり、彼の父や弟とあらそって、家宝の刀をもちだしている。
この争いの疲れがなければ、テラは死ぬことがなかったのではないかと思う。
つまりテラの弟を味方につければいい。
私の知っている彼は、テラにちょっと複雑な感情をいだいていたけれど、いまはまだ7歳。
まだ味方になってくれるチャンスはあるはず。
そしてわたしも、変わっていかなければいけない。
しゃべれなかったせいでずっと他の人と交流ができなかったけれど、いまはちがう。
がんがんコミュニケーションをとって、味方を増やそう。
それは無理でも、敵を減らせるようにがんばろう。
耳裂け女、とひさしぶりに言われてショックだったけど、ほんとうのことだ。
わたしの左耳は、上のほうがさけている。
村長さんに切られたのだ。
10歳のときだから、この体にとってはついこの前のことだ。
この村では、いけにえの少女が逃げたときに、つかまえやすいように、印をつける習慣がある。
この耳のせいで、どんなに逃げてもいつかは見つかってしまうような気がする。
ほかにもやっかいなのは、龍神さまの血だ。
あの血は呪いだ。
もしも触れてしまったときのために、呪いを解く方法を見つけないといけない。
あとは、わたし自身、テラの足手まといにならないように体をきたえたほうがいい。
それとたしか、いけにえに選ばれる女の子には、最低限のまじないの才能があったはず。
これから会いに行くババ様も、まじないが得意で有名だ。
変わり者としてのほうが有名だけど。
ババ様にまじないを教えてもらったら、もしかして龍神さまを倒すのに役立つかもしれない。
わたしは放心しているテラの手をちゃっかりにぎって、ババ様の小屋へむかった。
このときのわたしは、まだ知らなかった。
生きのこるために努力したせいで、わたしはテラの弟に執着されたり、弱った龍神さまにとりつかれたり、この小さな村をとびだして、テラといっしょに希代の神殺しとして恐れられ、崇められ、憎まれ、感謝され、名をのこすことを。
けれどとなりにはやっぱり、最後までテラがいてくれた。
だからわたしも、後悔はない。