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Light in the rain   作者: 因美美果
第七章――2
74/77

『暴露』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 どれくらい時間が経っただろう。


 今はまだ夜更けか、それとも曙光は差したか――まあ、分からないはずはないのだが。

 きっとまだ夜は始まったばかりで、夜明けはずっと遠くのはずだ。


 けれど、それだとあまりに早過ぎるのだ。

 こんなにも私とコルキが伸されるだなんて。


「他愛もなければ、造作もない。何とも容易く軟いものか」


 だだっ広い謁見の間に私とコルキが倒れ伏し、エクヴォリはそんな私達を上から睥睨している。


 戦闘はあっという間に決着した。


 私が近接で――コルキが遠距離からの攻撃で挑んだが、それらを圧倒的な力のみでエクヴォリは打ち砕く。


 ティレシアスが予知の魔法を使っていることは何となく察しがついており、その対処法も分かっており、それら全てを他の皆にも伝達済みである。

 だから、万が一がない限り、ティレシアスと相対しているであろうナキとオールが破れることはないと思う。


 しかし、問題はエクヴォリだった。

 現役時代の彼の話からはこれと言った戦術も分からなかった。

 実際に、風貌や構えを見てみても、取り立てて警戒すべき特徴もない。

 良く言えば謎めいていて、悪く言えば凡庸。


 それこそが彼の強さであった。


 彼は何もおかしなことはしていない。

 ティレシアスが予知魔法で相手を圧倒するように――それに対してナキやオールが身体強化の魔法でさらに圧倒するように――そんな特殊能力は使わない。

 ただ純粋に、鍛錬による肉体と技術の向上で、私達を圧倒した。


 金に欲を撒き散らかす彼には不似合いなほど――綺麗で――暴力的な力だった。


 既に体中傷だらけで、立っているのもやっとの状態である。

 コルキは既に立つこともできず、意識も朦朧としているだろう。

 腕に力を込めるが、愛剣レイがいつもよりずっと重たい。


「もうお終いか。こちらは種も仕掛けもないというのに」

「……はあ……はあ」


 息も切れ切れで、本格的に焦り始める。

 私も様々な戦いを経験し、潜り抜けてきた自負がある。

 それらが一斉に瓦解する瞬間だった。


 上には上がいる。

 それは至極当たり前のことで、私はその中で足掻いているに過ぎない。


 しかし、足掻きを止められる状況ではない。


 私は息を深く吸い、大きく吐く。

 息は整えど、体は痛みに熱く打たれ続ける。


 レイを構え、ふらつく足で走り出す。

 エクヴォリの胴を一刀両断――できるはずもなく、彼はそれよりも素早い動きで身躱す。

 何の変哲もないただの素早さである。


 すぐに第二撃目の斬撃を繰り出す。

 エクヴォリの脚を狙い、行動不能に――させられるわけもなく、見切った動きで軽く飛び跳ねて躱される。

 何の仕掛けもないただの技術である。


「つまらないな。こんなものか」


 彼の言葉に視界が狭くなった。

 空の左手にアルケミアでダガーを逆手に構える。

 エクヴォリの顎を目掛け、振り上げる。

 彼は何の技もなく、自分の腕を差し出す。

 それで彼の腕が奪えるわけもない――彼が纏う鎧は私のダガーではまるで歯が立たなかった。


 くそ、豪勢な鎧なだけで耐久性はないとどこかで思っていたが、高値なりに見かけだけではないらしい。


 両手を完全に抑えられ、その隙にエクヴォリは私の腹に蹴りを入れる。

 威力は並みではなく、鈍く重い痛みと共に私は軽々と吹き飛ばされた。


「アイオーニオン!」


 コルキが伏す背後まで転がり倒れ、彼女は意識の消えかかる最中、思わず私の名を呼んだ。


「大丈夫、まだ動けるよ」


 剣でもダガーでも駄目か。

 距離を詰めるほど向こうからの反撃も喰らいやすくなる。

 ならば――


 私はダガーをアルケミアで仕舞い、レイを鞘に収める。

 そして、新たにアルケミアで発現させた得物は、ハルバードである。

 距離を置いて戦えるリーチの長い武器なら、反撃を受ける機会も格段に減る。


「ふん、武器ばかりが豊富だな。余計に乏しく見えてしまう」


 そんな言葉には耳を傾けず、再び駆け出す。

 ニケに敗北して以降、様々な武器で戦えるよう鍛錬を積んできた。

 状況に応じて切り替えられるようにと、ずっと研鑽を重ねてきた。

 真骨頂はこれからだ。


 素早い連続の突きを繰り出し、エクヴォリに避ける暇も与えない。

 しかし、彼はそれらを全て剣で捌き切ってしまう。


 それなら、緩急をつけて相手のリズムを崩すまで。

 突きの中に横薙ぎを挟み、エクヴォリを翻弄する。


 が、それも全て見切られてしまう。

 まるで、本当に神の目でもあるかのようだ。

 その実態がただの人の技だと言うのだから、絶望的である。


 飽くような気怠い顔でエクヴォリは避け続ける。

 遂に痺れを切らしたのか、何てことのない風に躱すと、ハルバードの柄の部分を斬り断つ。

 そして、斬られた刃の部分を地面に落ちる前に掴まえる。

 突然剣を鞘に収め、何をしてくる気かと思えば、斬られたハルバードで攻撃を仕掛けてきた。


「良いか? 武器というのはこうやって使うんだ」


 リーチも無くしてしまった不完全な武器のはずなのに、私はその攻撃に圧倒される。

 刃が振るわれる度に肌を掠り、冷たい痛みが増えていく。


 頭が追いつかなくなった私は慌てて竜人に姿を変え、闇の霧を大量に放つ。

 エクヴォリは顔色一つ変えずに素早く私の背後へと回り込み、ハルバードの刃をがら空きの後頭部に突きつけてきた。


 竜の本能なのか――反射的に振り返り、左腕を割り込ませる。

 竜の鱗とはいえ切先が肉へ食い込み、はっきりとした痛みが腕から全身へ伝わる。

 しかし、これが人間の腕であれば骨まで断たれていただろう。


 そう考えて何とか自分を保つが、痛みに気を取られたその一瞬にエクヴォリの蹴りが横腹を襲いかかった。

 呻き声を漏らして無様に床を転がる。


 くそ、どうして敵わない。

 焦りが視界を狭めているのは分かる。

 しかし、何度息を整えても、体が思うように動かない。

 武器を変え手を変え挑んでも、彼の喉元にはまるで届かない。


 こんな感覚、前にも味わった。


 ああ――ニケと戦った時だ。

 あの時も、壁はただただ明確な力の差だった。


 その一回だけじゃないな。

 でも、思い出せない。


 何にしても、今も同じ状況なんだろう。


 勝ち筋が見えない。

 打開の仕方が分からない。

 今までの自分では倒せない。

 けれど、新たな自分も見当たらない。


 ――そう考えている内は、敵うはずがないのだろう。

 だから、助かった。

 コルキが倒れてくれていて、良かった。

 コルキが倒れ――見ていてくれて、良かった。


「アイオーニオン。あんたの力はそんなもんだったの?」


 そう言われ、初めは何のことか分からなかった。


 そうさ。私の力はこんなものだったんだ。

 到底エクヴォリに敵うような力ではない。


「イジけてんじゃないわよ。あんた、何にでもなれるんでしょ。だったら、もっとやりなさいよ」


 もっと――?


 もっと――何にでも――か。


「もっと派手に――もっと馬鹿みたいに盛り込んで――お高くとまった人間野郎に喰らいつきなさいよ!」


 そうだ。

 人の形に拘っている場合じゃない。


 私の力は何にでもなれること――何者でもないからこそ、何者になろうと構わないこと。


 彼が人間としての純粋な力だけで圧倒するなら、人間では辿り着けない力で追いつくまで。

 いつだってそうしてきた。


 ニケの時だって、人の姿なんか保っちゃいなかった。

 四肢を失って――意識も飛ばして――最後には心臓さえ奪われた。

 そうやって守れた命があった。

 そうなる前に失った命があった。


 竜人になってもまだ足りないなら、もっと増やせば良い。

 一つに選んでいたら、エクヴォリには追いつけない。


「……やっと理解したようね」

「ふん、今更小細工か」


 背中に身が裂ける痛みが走る。

 骨が擦れ、弾けるような感覚が全身を伝う。


 得物を持つ手は二つじゃ足りない。

 獲物を睨む目は二つじゃ足りない。

 相手が鎧を纏うなら私にも。

 相手が素早いなら私にも。


 竜人の腕を左右に三本、合計六臂――距離を見定める獅子の目を八つ、頭の全周に――全身を竜の鱗で覆い、背からは竜よりも軽く飛べる鳥人の翼を――


 もはや人の姿ではない。


「これは亜人ですらない。怪物退治が善行であることは、世の神話が教えてくれている」


 悍ましい姿に成り果てた私を前にしても、エクヴォリは依然として嘲笑を絶やさない。

 今のうちに笑っておけ。


 これが神話じゃないことを教えてやる。


 六臂の手にそれぞれ武器を満遍なく掲げる。

 レイ――ダガー――ハンマー――槍――両手で持つ大剣。


 五つの武器を取り、エクヴォリへと走り出す。


「っ!」


 迫り来る私に対し、エクヴォリは驚きの表情を浮かべた。

 先程までとは比べ物にならない速度で距離を詰める私に、一瞬遅れを取ったのだ。


 大剣以外の四つの得物が同時にエクヴォリに襲いかかり、それでも食らいついて捌く彼だったが、ダガーの一撃を受け止め切れず、刃が頬を掠める。


 初見で意表を突く一度限りの奇策だが、対応されてしまった。

 しかし、この戦法の脅威は十分に知らしめられたようで何より。


 私は走り出したと同時に足裏と腿に火竜の燃焼器官を作り、熱噴射によって高速移動した。

 人間では到底できようもない技だが、私の力であることには変わりない。


 しかし、不意を衝いてもエクヴォリは対応できてしまった。

 ここから畳みかけてこいつを突き放す。


 顔の下半分を氷竜化し、至近距離から氷のブレスを吐きつける。

 彼は仰け反るように躱すが、そのせいでガードが疎かになってしまった。

 そこにすかさずハンマーを叩きつけると、呻き声を上げて苦しい表情が浮かび上がった。


 鎧は砕けないが、衝撃が確実に届いているなら重畳。

 しかし、それでも尚床に倒れ伏すことなく、仰け反った体勢のまま剣戟を繰り出してくる。


 私もそれを五つの得物で何とか捌き、次の一手を仕掛ける。


 翼をはためかせ、エクヴォリの真上へと飛び立つ。

 彼は隙を逃さず剣で刺突を放ち私の足を断ちにかかるが、こちらはその足を引っ込めるでもなく、むしろ潔く差し出した。


「馬鹿め! 何のつもり知らんが、足を失い這いつくばってもらうぞ」


 先述の火竜の燃焼器官はまだ私の足に付いている。

 このまま火炎を噴き出し、丸焦げにしにかかる。

 が、それに気付いたエクヴォリは剣を引っ込め、即座にその場から飛び退いた。


「くそっ、もう少しだったのに」


 足は無事のままでも既に這いつくばっているコルキが、悔しそうに床を叩いた。


 大丈夫、いずれは倒せる――必ず倒す。


 空中からそのまま後ろに下がったエクヴォリに急降下して近づき、再び全ての得物で一斉攻撃を繰り出す。

 しかし、エクヴォリはその瞬間――急降下して私の高度が下がった瞬間を狙い、真上に跳び上がり躱した。

 突きつけた槍を逆に足場に利用し、私の頭上を取ったのだ。


「脳天が丸見えだぞ、小童があ!」


 私の頭を目掛けて剣を突き立てる彼の姿は、見上げずとも私には見て取れた。

 八つの目を手に入れた今、私に死角は無い。


 見上げる動作が必要ない私は、余裕を持って突き立てられた剣を受け止められた。

 逆に空中で身動きが取れなくなったエクヴォリは隙だらけとなり、今こそ彼を討ち取る絶好の機会――槍を突きつけ、今度こそ奴の額を貫く。


 が、彼は空中で体を捻らせ、紙一重で槍の切先から逃れた。

 そのまま地面に降り立つと同時に剣戟を再開する。


「惜しかったなあ今のは! だが、この程度では俺を殺すことはできんぞお!」


 何という戦闘センス――これがエクヴォリの実力だというのか。

 コルキの助言が無ければ、私達はとっくに討ち取られていた。


 けれど、もう少しなんだ。

 あと一歩なんだ。


 そんなほんの一瞬の焦りが私を加速させた。

 加速した動きがエクヴォリもまた加速させた。

 そうして加速していく攻防は、結局真正面からの力比べとなり、私の勝利を遠ざけた。


 再び力の差が徐々に目に見える形でつき始め、攻撃の一手一手が進むほどに追い詰められる。


 そして、たった一本の腕の力が緩んだ瞬間だった。

 近接戦闘が続き、柄の長い槍の役目がほぼ無くなってしまった頃に、その腕への意識が疎かになった。

 戦闘の天才であるエクヴォリがそこを逃すはずがない。


「腕が一本休んでいるぞお! 安易な戦術で俺を倒せると思ったか?」


 足し算だけに囚われ、無駄に腕を増やしたことが私のミスだった。

 彼はそう考えたのだろう。


 だとしたら、私の勝ちだよ。


 腑抜けていた槍を持つ腕は突然大蛸の足へと姿を変え、突きつけられた剣諸共、エクヴォリの腕に絡みつく。

 刃で血を流しながらも彼の腕を捕らえた蛸足は、その腕を引くことも剣を離すことさえ許さない。


 しかし、その状態でもエクヴォリは戦いの手を止めず、残った手足で襲いかかってくる。


彼の剣を封じ込め、勝利を確信していた私は、彼の執念の猛撃に不意を突かれ、一瞬のうちに得物を全て弾き飛ばされてしまった。


「何してんだ、アイオーニオン!」


 コルキの野次を背中に受け、一瞬の焦燥が掴んでいたエクヴォリの腕も逃がしてしまう。


「その顔――勝利目前に滑落する顔を待っていた」


 にたりと笑顔を浮かべるエクヴォリを見て、私は心底安堵した。


 そうか。

 私は上手に焦れていたらしい。


 私は勢いそのまま四本の拳を突き出す。

 残り二つの腕はガードの為に大事に脇を閉めて仕舞っておこう。


 そして、案の定エクヴォリは迫り来る無防備な腕から始末しにかかった。


「まずは目障りなその腕からいただくぞ」


 そうして、罠にかかった。


 エクヴォリの剣が余分な腕を切り断つ寸前――四本全ての腕を元に戻し――引っ込める。

 つまりは元の人間の姿に戻るということだ。

 空を切ったエクヴォリは恨めしそうにこちらを拝んでいる。


 そして、脇を閉めて残しておいた――生まれ持った二本の腕は、既にエクヴォリへと放たれていた。


 鼻頭を砕いて直撃した私の拳は、エクヴォリを軽々と吹き飛ばす。

 渾身の一撃を喰らわせたが、このままでは終わらない。


 殴った勢いのまま吹き飛んだエクヴォリへ走り出し、そして追い越す。

 天を仰ぎながら力なく落ちていく彼の潰れた鼻頭目掛け、今度は回し蹴りを叩きつけた。

 床と鎧が激しくぶつかり合う轟音に紛れ、エクヴォリの呻き声も零れ出る。


 しかし、さすがは手練れ――即座に起き上がり、決して離さずに持っていた剣を振りかざす。

 その一振りも届かず、刃が下される前に彼の顎に拳を決める。

 エクヴォリは遂に剣をその手から離し、白目を剥いて宙を舞った。


 私は腰を据え、握り締めた拳に深く力を溜め、さらに竜の鱗を纏わせる。

 やがて重力に負けて落ちていくエクヴォリの腹に止めの一撃を放った。


 拳は衝撃を逃す先のない空中のエクヴォリに直撃し、ご自慢の鎧を破壊し、その奥のエクヴォリの骨身を粉砕した。

 彼は血反吐を吐きながら、為す術なく向かいの壁に叩きつけられる。


「やった……倒した」


 コルキの言う通り、決着の瞬間だった。


 悪の元凶であるボルボロス・エクヴォリは私達の前に倒れ伏したのだ。

 とは言え、私も最初の傷が嵩んでいるので、かなりの満身創痍である。

 大きく息を吐き、その場に座り込む。


「ふうう……しんど……」


 殴り合いは終わった。


 しかし、私達の目的はここからなのだ。

 ナキとオールがティレシアスを退け、エクヴォリの悪事の証拠を見つけ出す。

 それまで、安心できないし、休むこともできない。


「……う、うう、ぐ……」


 と、エクヴォリは気絶したと思っていたが、低い呻き声を上げて、まだ立ち上がろうとしている。

 ふらふらとこちらへ近づいてはくるが、それも叶わず、すぐに膝を着いた。


 息を切らし、私を忌々しく睨みつける。


 コルキも隣に寄ってきており、彼女と顔を見合わせる。

 彼女の胸元のポシェットから鼠のリアが顔を出して「ちうちう」と、鳴いた。

 いつの間にか戻っていたのだ。

 当たり前だが、チーズは持っていなかった。


「……老いたものだな」


 エクヴォリは皮肉めいた笑みを零す。

 それは、私達に宛てたものではない。


「俺とて、研鑽を積んできたのだ。人並み以上に――神などに甘えることなく」


 それは、恐らく素晴らしいことなのだろう。

 けれど、彼が言ってはならない言葉だった。


「『王国』の兵士上がりらしいな」

「……兵士にはなっていない」

「……お前らは俺を殺すんだろう?」


 その問いに、私は答えない。

 私が答える間もなく、彼女が答えたからだ。


「ええ、殺すわよ。あの子達の為に」


 彼女の言葉に、もう居ない子ども達の顔が浮かぶ。

 たった二日の付き合いなのに、知り合ってしまえば大切になってしまう。

 失ってしまえば、喪失になってしまう。


「今すぐにでもお前を同じ目に遭わせてやりたいけれど、お前は大事な見せしめなんだ。コイロを変える為のな」

「ふん、結局、俺がお前達にやろうとしていたことをするんだな」

「同じじゃない。真実を暴くだけだ」

「俺にとっては同じだよ。何が嘘かも知らん奴らにとってもな」


 その言葉も、きっと間違ってはいない。

 国民も信者も次々と現れる正義に踊らされているだけなのだから。

 もし、私達が負けて処刑台で首を刎ねられていたとしても、彼らにとってはそれが真実なのだから。


 けれど、そのままにしておけるほど、この国に対して薄情ではいられなくなってしまった。


「だが、俺を失墜させられるほどの証拠を本気で手に入れられると思うか?」

「……ティレシアスか」


 その名を出すと、彼は満面の笑みを零す。

 ボロボロの体のくせに余裕たっぷりの表情は、滑稽ですらある。


「お前らの中にあいつを真面に相手できる奴が居るのか?」

「……随分と信頼しているんだな」


「ふふ」と、エクヴォリは微笑む。

 それはティレシアスに対する愛しさではない。


「信頼ではない。あれは仕掛けの一つに過ぎないさ。あくまでも、俺の部屋を守る番犬だよ」


 諧謔的とも思えるその言葉こそ、やっと聞くことができた彼の本音なのだろう。


「この国は巨大な金庫だ。俺だけが使うことを許される俺の金庫だ。ティレシアスはそれを守る為だけに拵えた犬に過ぎない」

「……盲の彼女に目を与えたのはお前か?」

「いいや、俺じゃない。拾って介抱し、あいつに予知魔法を与えたのは、パラミ教でも何でもない男だ。俺はそいつからティレシアスを譲り受けたんだ。口では何とでも言えるからな」


 これをティレシアスが聞いたら、どう思うだろうか。

 少しは私達を信じてくれるだろうか。

 少しはエクヴォリを疑ってくれるだろうか。


「見えないってのは都合が良いんだ。優しくすればそれが全てだと思う。面倒に感じたのは最初だけだ。あいつは物覚えが良いから、一つ教えれば後は勝手に強くなった。それからは利口な犬だったよ」


 ティレシアスはきっと彼の為に努力し続けたはずなんだ。

 神でもなく、国でもなく、彼の為に。


 それなのに、エクヴォリは彼女を『犬』と呼ぶ。


「面倒に感じなくなってからは、どうなんだ」


 ふと問いを投げると、彼は首を傾げ、眉を顰めた。


「どう? 質問の意味が分からないが、別にどうもしない。何度も言うが、俺にとっては番犬だよ。俺を守る為の仕掛けの一つだ。あいつが居なくなっても、後釜を用意して埋めるだけだ」

「彼女はお前を信じ続けている。今もきっと、お前の為に戦っている」

「そういう風に洗脳したんだよ。当たり前のことだ。それとも、情が湧けばお前らは満足か?」


 腐り切っている。

 神も、亜人も、人間も、彼からしたら所詮商売道具に過ぎないんだ。

 信じられるのは金だけなんだろう。


「それがお前の本音か」


 私の心底呆れる声も、エクヴォリには遠く及ばない。

 そういう意味では、彼もティレシアスも同じなのだろう。

 信じると決めたものしか信じられないんだ。

 けれど、それは普通のことなんだろうな。


「ティレシアスはお前を信じているよ。裏切ることもないよ。だったら、報いてやろうと思えば良いのに」

「……変わらない人間がどこにいる?」


 彼の声色が少し重たくなった。

 それこそが、嘘の下に深く隠れていた――純粋な本音なのだろう。


「人の思いが変わらないと、どうして信じられる? 嘘を吐くのが人間だ。それに妨げられるのは不本意だ。傷付くのも不本意だ」

「…………」

「俺の本質もお前達と変わらない。幸せに生きたいんだ。豊かに生きたいんだ。その為に、金が必要なんだ」


 それしか無いわけないだろう。

 それしかできないはずがないだろう。


 そんな思いが無意識の内に口から零れていた。

 そして、それはエクヴォリの耳を障ったらしい。


「黙れ。お前は金に命を奪われたことがあるのか?」


 その言葉の意図を、私は瞬時に分かり兼ねた。


「幸せを掴むには手っ取り早かったんだ。金があれば、欲しいものが手に入る。金があれば、神が寄越さないものも手に入る。金があれば、いざという時に命さえ守れる。金を奪うのはいつでも人だよ。だから、金を守るのにも人を使えば良い」


 分からないわけではない。

 彼の言う理屈は極まれば事実だ。


「合理的だろう。神を信じるよりも――人を信じるよりも」


 けれど、それを選んだら、もうお終いなんだよ。


「……お前の言い分はよく分かったよ。もう聞いていられない」


 彼のつまらない話を聞き終えた時、頭は冴えていた。

 けれど、心は星の血潮が暴れるくらい、煮え繰り返っていた。


「何にせよ、仲間がお前の証拠を見つけてくるまでの辛抱だ。お前の命もそこまでだ」


 半分は彼の意を削ぐ為の嫌味だったが、事実であることも確かなのだ。

 そして、それはエクヴォリ自身も理解しているはずなのに――彼は笑った。


 愉快に――痛快に――悪役みたいに嗤った。


「どうせ仲間を俺の自室へ向かわせたのだろう?」

「……ああ、そうだが」


 頷いた私に、彼はさらに笑声を上げる。

 まるで勝ち誇ったかのように。


「何故自分の首を絞めるものを自室に仕舞っておくと思う?」

「――!」


 まさか、彼の私室ではない場所にあると言うのか?

 コルキから聞いた情報とは違う。

 しかし、知らされた事実に彼女もまた驚いた様子でいた。

 そこでも、エクヴォリはコルキを騙していたのだろう。

 ダミーの証拠を見せたのか、或いは、私達が来る直前に場所を変えたのか――どちらにせよ、彼の私室では証拠が見つからないということだ。


 ナキとオールは無駄足になってしまう。

 ティレシアスも早々逃がしてはくれないだろうし、大幅なタイムロスになってしまう。

 その上、アルステマとアラフ、オリクトさん達が今も聖騎士達を食い止めてくれている。

 早く事態の終結をしなければならないのに。


「残念だったな。仲間は今頃、ティレシアスに苦戦を強いられていることだろうな」

「もう終わっているが」


 突然降ってきた声に、エクヴォリは顔色を変える。

 それは焦燥や絶望の色ではなく、まだ困惑の段階だった。


 そうして、玉座脇の扉が開き、ナキとオールと――ティレシアスが入ってきた。



   〇   



 ナキとオールに肩を借り、足を引き摺るティレシアスを目にし、エクヴォリの顔がみるみる青ざめていく。


 私とコルキは特別驚きもない。

 それよりも、オールの姿が人間ではなく竜人であることに少し戸惑った。

 ぱっと見はアルステマかと思ってしまった。


「何故、いつからだ……いつから聞いていた!」


 面白いくらいの慌てっぷりのエクヴォリに、私達は種明かしを始める。


「いつから――と言われれば答えにくいが、お前が聞かれるとまずいものは全部ティレシアスに聞かれただろうな」

「……嵌めたのか……嵌められたのか?」


 彼の動揺もさて置き、話を続ける。


「ティレシアスの予知魔法は分かっていたから、対処法もおおよそ判断できた。あとは、ナキとオールがどれくらいの時間でティレシアスを封じられるかどうかだったけれど、結果的には十分間に合ってくれた」


 ティレシアスを封じた後は、作戦の本目的のエクヴォリの悪事の証拠探しを行なってもらう。


「しかし、俺は場所を移した! 見つけられるはずがない」

「ああ、見つけられなかった」

「……はあ?」

「だから、諦めたんだ」


 オールの答えにエクヴォリはさらに混乱する。

 そんなに理解し兼ねる内容ではないはずなのだが、相当参っているんだろう。


 私達は作戦を立てた時点で、エクヴォリの私室に証拠が無い可能性も考慮していた。

 別に、コルキの情報を疑ったわけではない。

 ただ、実際にそうだったように、証拠の所在が移されている可能性も十分にあり得た。


 だから、その場合は無理に探す必要はない。

 時間を掛けられない以上、別の作戦に移行した方が良い。


 作戦変更の意と、エクヴォリから本音を吐かせるタイミングの伝達は、実はリアがしてくれていたのだ。

 謁見の間に入る前にリアを放したのは、戦いから逃す意味もあるが、ナキとオールの元へ向かわせるのが本当の目的だった。


 そして、あらかじめ決めていた伝達用の信号紙をナキに持たせ、その紙をリアがコルキの所へ持って帰る。

 チーズこそ持っていなかったリアだが、代わりに咥えていたのは緑の信号紙――証拠探しを中断し、エクヴォリの本音をティレシアスに聞かせることで、彼女を証言者とさせる作戦への変更を意味する。


 聖教会の内部構造は把握していたので、エクヴォリの私室から謁見の間の玉座脇の扉までは一直線に辿り着ける為、エクヴォリをその扉付近に留めさせられれば、話し声も十分に聞くことができる。


 これらの説明をした後も、エクヴォリは狼狽えながら問い質す。


「しかし、あの部屋全部を調べ尽くすのに、こんな早く終わるわけがない。あの部屋には様々な仕掛けだって施してある。お前らが脱獄した時間から計算しても、こんなに早くは……」


 時間なんて容易く変動するとは思うが、それに関しては私も感じた点である。

 私の予想でも、あの場所を調べるにはもう少し時間が掛かると思っていたが。

 予想していた時間よりも早くティレシアスを退けられたのだろうか。


 しかし、ナキの口から出た答えは至極意外なものだった。


「あの部屋に悪事の証拠が無いことは、ティレシアスが教えてくれたの」

「……何だと?」


 ティレシアスが――どうしてわざわざ塩を送るようなことを。


「ティレシアスはあなたが小さな金庫を私室から持ち出しているところを目撃したそうよ。中身は分からなかったけれど、検討はついていたの」

「……ティレシアス」


 ティレシアスは俯いたまま、黙り続ける。

 エクヴォリの声には目を向けず、僅かに震えている。


「ティレシアス! 何故だ、何故言ったのだ、お前が余計なことを言わなければ、俺は嵌められずに済んだというのに!」


 荒々しく怒号を上げるエクヴォリに、オールは淡々と、けれど強かに答える。


「彼女は私達を少しだけ信じてくれた。そして、お前を少しだけ疑ってしまった。洗脳が足りなかったらしいな」


 けれど、エクヴォリの怒りは一向に収まらず、声を荒げ続ける。


「おい、ティレシアス、何とか言ってみろ! お前を助けたのは誰だと――」

「助けてくれたのはあなたじゃなかった!」


 エクヴォリの言葉を遮り、ティレシアスは遂に口を開いた。

 予知魔法で聞こえてきた声は、エクヴォリに醜く最後まで言わせるほどではなかったのだろう。


「あなたの口からそう言ったんだ! 私は都合の良い犬で、あなたが私に教えた神は虚実で、あなたは最初から助けてくれたことなんてなかった!」


 いよいよエクヴォリの焦りも最高潮にまで募り、その瞳も血走っている。


「裏切りやがって……今までお前を育ててやった恩を忘れたのか!」

「裏切ってなんかいない。あなたは初めから私を信用していなかったでしょう。育ててくれたのは、結局自分の為なんでしょう?」


 ティレシアスの真っ直ぐな言葉が、さらにエクヴォリを追い詰める。


「私はあなたを信じたかっただけなのに――裏切ったのはあなただけだろう」


 エクヴォリは歯を食い縛り、声にならない叫び声に顔を歪ませる。

 しかし、床を殴りつけながら「まだだ、まだ終わっていない!」と、喚き散らす。


 そして、懐から小さな紙切れを取り出し、そこに自分の血を塗りつけた。


「――! まずい、させるな!」


 それが何の行為か気付いた私はすぐ様叫んだが、体は依然として満身創痍である。

 オールも気付いたらしく、私が叫ぶよりも早く駆け出していたが、間に合わなかった。


 エクヴォリが取り出したのは、魔法陣が描かれた紙だろう。

 魔法が使えない者が、自分の血を糧として魔法を発現させるものである。

 魔力を操り魔素を消費するのと然程変わらないが、魔法陣に描かれている魔法しか使えない。

 そして、使用後は血と共に燃えて無くなる。


 エクヴォリへ突っ込んだオールだが、魔法発現を阻止することは叶わなかった。


 彼が使用した魔法は、回復魔法だった。

 それも、特別強力な――完全回復魔法である。


 せっかく私が重ねまくった傷が瞬く間に回復していく。

 全快となったエクヴォリは、迫りくるオールを拳一つで吹き飛ばす。

 ぎりぎりで腕を出していた為、諸に受けることはなかったが、それでも竜人のオールを浮かせるだけの力が蘇ってしまった。


「終わって堪るか! こうなればティレシアス諸共、お前ら全員を殺すまでだ。それなりゃ、証言者も何も全て関係ない」


 全快したエクヴォリを抑え込む余力はもう私には残っていない。

 この中でまだ体力があるのはオールだが、動けない人数が多過ぎる。

 今のエクヴォリなら誰からでも始末できるだろうし、私達にとっては誰が欠けることもあってはならない。

 それはティレシアスも例外ではないのだ。


 オール一人に私達を守りながらエクヴォリを倒す役目はあまりにも重たい。

 彼女でなければより絶望的だが、彼女であれど絶望的には変わりない。


 こうなれば、無理してでも私も立ち上がらなければ――


「おいおい、振り出しになんて戻らないでくれよ」


 ――と、その時、部屋にいる誰のものでもない声が飛び込んでくる。

 その声の方向に目を遣ると、巨大な焦燥を抱える私達に、止めを刺すような光景が待っていた。


 先程、ナキ達が出てきた玉座脇の扉から、新たな影が現れる。


 それは、忌々しく、憎たらしく――恐ろしい存在だった。

 鍔広の帽子を目深に被り、その奥に光る鋭い瞳がこちらを睨む。

 黒い軍服を身に纏い、顔半分を覆う黒いマスクにはにたりと笑う口が描かれている。


 私を死の淵に追い遣り、ナキをこの手から奪いかけた――あの颶風が現れた。


「もうじき夜明けが来るってのによ」


 再び私達の目の前に――ニケが立ち塞がる。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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