『潜入』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
聖教会の悪事を暴く――コルキは自信に満ちた顔と声で言ってみせた。
「どういうことだ?」
私達は疑問を浮かべる。
「あんた達も薄々気づいているでしょう? この国を支配する聖教会が真っ白じゃないことくらい。宗教を餌に保たれているのよ――悪魔を創って自らの正義を掲げている国よ」
確かに、聖教会に対して引っかかることはある。
特に、エクヴォリには聖教会の歪さを超えた不穏な影を感じる。
私が人間ではないと知っているかもしれないことや、突然私達を殺そうとしたことも、腑に落ちない。
「そうでしょう? エクヴォリが大司祭の役目を与えられてから、聖教会も激変したの。偶像崇拝の奨励が強くなっただけでなく、聖教会自ら偶像の製造と販売をし始めたわ。そのお陰で、聖教会は大分肥えているわ」
そのことについては、昨夜の警備でオリクトさんとも話した。
そういえば、オリクトさんや傭兵として雇われた皆は大丈夫だろうか。
私達が逃げて、コルキの確保も失敗して、酷い目に遭っていなければ良いが。
「幸い、この国の民衆は馬鹿なの」
何てことを言うんだ。
「でも、そうでしょう? 教えを疑いもせず、亜人迫害――聖教会を疑いもせず、偶像崇拝――世の風潮に流されるがままに従っているわ。これなら、あたし達が何か大きな証拠を見せつければ、聖教会は一気に非難される」
「民衆が信じるか? 今頃、僕らは街で指名手配犯だ。僕らが声高に叫んでも、聖教会の一声で揉み消されるぞ?」
「あんた達が出る必要ないわよ。あたしが出るから」
「亜人の言葉も信じるか?」
「人間の姿で言えば良いじゃない」
む、それもそうか。
しかし、たった一人の人間の証言で何とかなるのか?
「別に、その場で民衆を味方につけようなんて思っていないわ。証拠さえ出せば、その真贋は民衆も自分で確かめるわよ。とにかく疑いの目を持たせられれば、流れは変わっていく」
そう上手く行くだろうか。
そうなれば、聖教会がまた動き出して、民衆の扇動に出るだろうし。
「大丈夫。あたしの調査によると、向こうも単独犯みたいなものだから」
ん? それはどういう意味だ。
相手は聖教会なのであって、むちゃむちゃ団体さんなのだが。
「違うわよ。聖教会も馬鹿な民衆と同じ」
聖教会も民衆と同じ――民衆と同じく、騙されている――と。
「ええ、全部エクヴォリの掌の上よ」
その事実に、私達が抱えていた靄が晴れた気がした。
「エクヴォリが聖教会直属の聖騎士団団長だったことは知っているかしら」
ああ、コイロに来る前の事前調査で、ある程度は知っている。
「そこでいくつもの功績を上げ、それが評価されて彼は大司祭という地位を手に入れた」
大司祭はエクヴォリの為に新たに設けられた役職だとも聞いた。
「ええ、そうよ。大司祭となったエクヴォリは、聖王の政治に大々的に介入してきた。そして、やがて立場は逆転し、彼自身が政権を握るようになった。聖教会も聖騎士団も聖王も、皆してエクヴォリの言いなり人形に仕上がってしまったって訳よ」
だから、エクヴォリに私達の抹殺命令を下されたティレシアスも、何の疑いもなく従ったのか。
彼女だけでなく、聖教会――否。この国丸ごとエクヴォリのマリオネットという訳か。
これが『信じる』という行為の結果ならば、こんなに馬鹿げたこともないな。
「だからこそ、なのよ。大きな証拠一つでエクヴォリの信用を失落させられれば、聖教会も含めて丸ごとこちらに引き込める。今度は、こっちの意のままにこの国を動かせるわ」
「……君はこの国の王になりたいのか?」
「馬鹿言わないで。こんな頭の悪い国の王なんてやってられないわ。あたしは子ども達が安心して生きられる国に変えられたら、また修道女コルキに戻るわ。そしたら、その時はもう盗人なんてしなくて済むかもね」
それが狙いか。
結局、国がどうなろうと子ども達の幸せならそれで良いと。
彼女らしいと言えば、それで片付いてしまうだろう。
「で、僕らにはそれを手伝え、と」
「そうよ。子ども達の為に」
「……本当に上手く行くのか?」
「その為のあんた達よ」
……不安要素は沢山だが、作戦概要を詳しく聞けば納得はできるかもしれない。
何にしても、今のところ他にやるべきことがないので、ひとまずはそれに従うしかないか。
それに、エクヴォリの悪事を暴けば、自ずと魔国との繋がりの情報も得られるかもしれない。
やってみる価値はある。
私は皆の顔を順に見遣り、無言の返答で皆の意思を確認する。
「……とりあえずは、君を手伝うことにするよ」
その答えに、コルキは「やりい」と、指を鳴らした。
「約束よ」
「約束……ね」
〇
私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。
それは私の歳が十三の時のものである。
私はその日、音楽室で女生徒を待ちながら、少し上達したピアノを弾いていた。
貴重な昼休みの一時間――できれば、少しでも多くピアノの練習に注ぎたい。
しかし、今日は彼女がなかなか来ない。
いつもは私よりも先にいるのだが、何かあったのだろうか。
もしかして、新たないじめに巻き込まれていたり――
そう思うと、ピアノなど弾いている場合ではなくなり、すぐに立ち上がり、扉に向かって駆け出す。
扉に手をかけようとした瞬間、扉が開いて女生徒が現れた。
猛ダッシュしていた私は彼女にぶつかりかけるが、直前でスピンして避ける。
避けた後は勢いのまま転んだけれど。
「大丈夫ですか、先輩!?」
すぐに起き上がり、私は無事を伝える。
彼女は安心した顔で、いつものように笑った。
――否。いつものようではなかった。
普段よりも少しだけ固い笑顔で、どこかぎこちなく感じられる。
「何かあったの?」
音楽室に入ろうとする彼女に、私は訊ねる。
彼女は振り向かないまま、声だけをこちらに向けた。
「……先輩って、強いですか?」
「えっ?」
「あ! すみません……強いですよね、私を助けてくれた時だって……」
確かに、当時の私は丁度伸び盛りだった。
中級クラスでも上位に食い込めるほど、目覚ましく成長していたのだ。
先程のスピンもその成果である。
その後に転んだのも、これからの伸びしろというものだ。
「まあ、それなりには」
嫌味にならないように答えたつもりだが、これが正解だったとも思えない。
何が正解なのかは今も分かっていないが。
「……私、さっき教官に呼び出されて、訓練学校を辞めることを勧められたんです」
私も経験のある話だ。
散々非難された挙句、本音を無理矢理吐かされて、ぼこぼこに殴られる、意味不明の体罰である。
ということは、彼女も暴力を振るわれたのか――
「どこを殴られた? どこか痛むところは?」
しかし、杞憂だったらしく、私の勝手な焦燥に彼女はきょとんとしてしまう。
「いえ、殴られたりとかはしてません。ただ……向いていないと、面と向かって言われると、やっぱりショックで……」
その気持ちは痛いほど理解できた。
限界を超えて努力しているつもりなのに、全く実力が手に入らず、誰にも認められない辛さ。
彼女も今、それに苛まれて――戦っているのだ。
彼女はこちらに振り向き、質問をする。
よく見ると、目が赤く腫れていた。
「あの、先輩はどうやって強くなりましたか」
どうやって……正直、がむしゃらにやって来たから、痛いこととか、苦しいこととか、全部耐えてきたような感じだった。
これがおすすめだとは、とてもじゃないが言えない。
彼女に勧めるには怖い。
耐えられなかったら、お終いだし。
しかし、彼女は勝手に意を決した表情で話を進めた。
「先輩、戦い方を教えてもらえませんか?」
私はその申し出に驚き――次に考えたことは、どう断ろうかというものだった。
しかし、すぐに思い立つ。
彼女の申し出を断り突き放したせいで、彼女が酷い目に遭ったのだ。
今回に限っては突き放すことはないにしても、前回の経験がある分、何が起こるか分からない。
もう彼女に悲しい思いをさせたくない。
ピアノを教えてもらっている恩だってある。
それに、今なら多少強くなれたことで、技術的な面から指導することができるかもしれない。
全部が上手くいくとは限らないし、必ず強くなれるとは限らないが、それでも僕に求めてくれるのなら――
「うん、分かった」
その答えを聞くと、曇っていた彼女の表情は太陽そのもののように晴れ渡る。
そして、勢いそのまま抱き着いてきた。
それから、私達は昼休みを半分に分け、ピアノの練習と戦闘の指導をお互いに享受するようになった。
互いを師として教え合い、学び合う。
それは以前よりもさらに深く満たされて、深く辛い毎日だった。
〇
翌朝、コルキは浅い眠りの私達を叩き起こし、広間に呼び出した。
正直、昨夜はコルキが諦めずに寝首を掻いてくるのではと警戒してしまい、安眠ができなかった。
結局何も無かったので、杞憂で終わった。杞憂で済んで良かったが。
寝室として用意された狭い物置で、五人で詰めて寝たことも睡眠の質を叩き落とした。
眠い目を擦りながら、広間に集まる。
子ども達はまだ眠っているようなので、コルキも本性剥き出しの口調と性格だ。
「作戦を説明するわ」
「作戦って、何の?」
「寝ぼけてんなら、顔を洗ってきなさい」
「分かった」
「ちょっと、子ども達が起きる前に済ませておきたいんだから、顔なんか洗ってる暇ないわよ」
どうすりゃ良いんだ。
「とにかく席に着いて。今夜の作戦を説明するから」
今夜? 今夜の作戦?
何の話だっけ。
「今夜、聖教会に忍び込んで、エクヴォリを丸裸にしようと作戦じゃない」
……今夜?
「今夜決行よ」
「はあ!?」
「ちょっと大きな声出さないで! 子ども達が起きちゃうでしょう」
確かに昨日エクヴォリの悪事を暴く話はしたし、手を貸すことも約束した。
しかし、昨日の今日で今夜決行だと?
「こんなことは早いうちに決行しないと。ぐずぐずしていたら、聖教会側にここがバレるかもしれないし。向こうだって待ってはくれないわよ?」
「いや、そうかもしれないけれど……そういうもんか」
で、肝心の作戦は?
「ええ、これを見て」
そう言い、彼女は懐から数枚の紙切れを出し、テーブルに広げる。
「これは?」
「聖教会の構内図よ。一枚に一階層を描いているわ。私の手書きだけれど」
掌サイズの地図は、手書きとは思えないほど正確に精密に描かれている。
コルキはこれまた小型のルーペを取り出し、地図に翳す。
「行きはあんた達が飛べないから、下水道を通っていくわ」
先述の通り、私、オール、アルステマ、アラフが飛べる生き物であること、或いは、飛べる生き物になれることは言っていない。
下水道という言葉が出てきた時、皆してそのことを明かそうとしたが、全員寸でのところで口を噤む。
「…………」
「何よ、不満げな顔して。聖教会に着いたら、ちゃんと消臭魔法するから、安心しなさい」
「…………うぅ」
「……泣いてる?」
泣きそう。
しかし、仕方ない。
ここは何とか耐えよう。
前回のように彷徨い歩く訳ではないし、然程苦痛にはならないはず。
コルキは地図の一点を指差す。
「下水道を辿り、聖教会の地下倉庫に出る。ここなら、普段から警備がいないから、安全に侵入できるわ」
そこから指を滑らせ、地下から一階の構内地図に移り、ある所で止める。
「そこから移動をして一階に上がり、聖殿側から宮殿側に移る。そして、この部屋まで到着したら、一旦停止する。ここで一度あたしが外に出て、警備の配置を上空から確認するわ。だから、あんた達はここで待機していて」
「ここは留まっていても安全なのか?」
「ええ、使われていない大部屋よ。周りに警備もいないし、見回りも来ることはないわ」
そこで、待機し、コルキが戻ってきた後は?
「あたしが帰ってきたら、その日の警備体制を見て、移動経路を決定するわ。一応、予想されるルートを教えておくわね」
そうして、彼女は複数のルートパターンを示し、その終着点は全てある部屋で終わった。
「ここが目的地――エクヴォリの私室よ」
ここに重要な証拠が眠っているかもしれない。
しかし、ここに辿り着けたとしても、一つ懸念点がある。
「ここにエクヴォリがいるんじゃないのか?」
夜間に侵入する訳で、エクヴォリ自身が私室にいない可能性の方が低いだろう。
「ええ、だから、戦闘も考えておいた方が良いわ。助けを呼ばさせずに封じ込められれば、最小限の戦闘で遂行できる」
「相手は元聖騎士団団長なんだろう? 苦戦はするだろう」
「そうね。けれど、こちらは人数の利がある。あんた達だって弱い訳ではないでしょう? 勝ち目は十分にあるわ」
その後、証拠を手に入れた後の逃走経路と、民衆や聖教会を味方につける方法の説明を受ける。
かなり地道な行程を踏まなければならないので、確かに今夜から動き出さないと時間が掛かりそうだ。
「作戦概要はこんなものね。不明な点は無いわね?」
コルキは地図とルーペを仕舞い、確認を取る。
こちらもそれに頷く。
と、そこで子ども部屋の扉が開き、キトロンが赤く腫らした目を擦りながら出てくる。
「じゃ、よろしくね」と、小声で耳打ちし、彼女はキトロンに笑顔を向ける。
コイロに来て四日目で、事態が加速し始めていることに驚きも感じている。
ネオンでは一ヶ月くらい滞在していたことと比べると、案外コルキの行動力に助けられているのかもしれない。
とにかく今夜で私達の得たい情報が見つかるかもしれない。
カサルティリオの喉元に徐々に近づいてきている。
〇
月が雲に霞み、月明かりが淡く光る夜更けに修道院を出発した。
夜空が晴れようが曇ろうが、こちとら臭くて仕方ない下水道を通るのだから関係ない。
午前中は昨日と同じように子ども達と過ごす。
今日は夜中に起きられると困るので、ぐっすり寝てもらう為に昨日よりも元気に遊ばせた。
アラフとアルステマがやたら人気で、二人は子ども達を順番におぶる。
私のところには、相変わらずアピオンが寄ってきてかわいい。
離れたところから皆を見ていたクレミディはナキが話しかけたお陰で、昨日から彼女にくっ付いている。
鬼人同士、気が合うのかもしれない。
いつもよりご飯も豪勢にし、お腹いっぱいにさせて眠くさせる作戦である。
キトロンが何かに感づいたようだったが、何も言わなかった。
子ども達を寝かしつけて、それぞれ準備を始める。
特に、修道院の制服から仕事着に着替えたコルキは、服に取りつけたベルトやポーチに、ナイフや魔法瓶などの小道具を詰め入れる。
「誰か一人残った方が良いか?」
もし、子ども達が夜に起きてしまい、私達の不在に気づいた時、誰か一人説明係がいた方が良いのではないか。
そう思い、提言したのだが、コルキは無問題と言った顔を返してくる。
「必要ないわ」
「けれど、盗みと違って時間が掛かるだろう。最悪、朝までってことも」
「キトロンには言ってあるの。何をするかまでは明かしていないけれど、『夜の間は皆をお願い』って」
なるほど、それでキトロンも不安げな顔を浮かべていたのか。
中途半端に巻き込んでしまい、申し訳ないな。
彼女にも早く安心できる生活を与えてあげたい。
準備を終えた私達は、洗濯場の隠し通路を静かに通る。
「さあ、行くわよ」
コルキの一声に頷く。
下水道に出て、崩したレンガを壁に戻し、痕跡を隠す。
コルキは鳥人の姿になり、下水道を一直線に飛び出す。
速度が凄まじく、走って追いかけるこちらとしては大変だ。
ナキも途中まで頑張っていたが、段々と距離が離れてきたので、私が背負って移動する。
聖教会に着く前に体力が無くなっては元も子もない。
「ごめんね、フィン」
「大丈夫」
「おい、フィン。私も疲れてきた」
「私も私も。臭くて歩けない」
「儂も」
「うるせい」
「あんた達、向こうで騒がないでよ」
走り続けること数十分――コルキは翼を畳み、地面に降り立つ。
街の中心ら辺から修道院までの道を数時間掛けて歩いた一昨日に比べ、さらに距離があるはずの修道院から聖教会までの道のりも、コルキがいるだけでこんなに手早く到着できるとは。
「着いたわ。ここからは静かに」
彼女が指を差した壁面は、修道院への隠し通路のように、石壁のレンガが外れるようになっている。
レンガを一つ一つ抜いていくと、小さな穴ができ上がり、横道が現れる。
ここからは、コルキのジェスチャーのみで行動する。
ジェスチャーの意味は修道院で教わった。
鳥人なので、手だけではなく、翼の動きでも指示が出される。
聖教会への隠し通路に入り、抜き取ったレンガを元に戻す。
横道を進み、最奥まで辿り着く。
横穴が終わると、修道院の穴と同じく、真上に縦穴が続き、壁に梯子が取りつけられていた。
コルキは再び停止し、全員に魔法をかける。
例の消臭魔法だ。
体の臭いを嗅いでみると、全身を洗い流したかのように無臭だった。
「本当に色んな魔法が使えるんだな」
私は感心して、言葉を漏らす。
彼女は前を向いたまま、その言葉に返す。
「こういう小細工ばかりよ。派手な攻撃魔法とか、回復魔法とかはからっきし」
こちらを一瞥し、ジェスチャーを送る。
意味は『待機』。
まずコルキが上の様子を見てくる。
安全が確認できたら、また合図が出される。
縦穴の梯子を登り、天井に敷かれた石の蓋をほんの少し開ける。
隙間から上の様子を確認し、慎重に蓋を開け切る。
上に上がったコルキは指で丸を作り、それを確認した私達が彼女に続く。
アラフも学んだらしく、今回は自分から女性陣よりも先に梯子を登った。
遂に、聖教会内部へと侵入し、辺りを見回す。
出てきた場所は確かに倉庫で、雑多な物に溢れていた。
壁掛けの燭台が古びた甲冑を不気味に薄く照らしている。
全員が梯子を登り終え、石蓋を静かに閉める。
元に戻った縦穴の出入口は、既に境目が分からなくなっていた。
コルキは全員の存在を素早く確認し、忍び足で――かつ、駆け足で移動を始める。
私も訓練学校時代で、偵察や暗殺を想定した潜入任務の訓練で、足音を立てない移動法を学んだが、コルキほど上手く隠せない。
彼女は独学のはずなのだが、空中を歩いているように足音を消している。
コルキの正確で慎重な指示のお陰で、目的地のエクヴォリの部屋までの道のりを順調に進めている。
聖殿と宮殿に挟まれた中庭が開けた空間で、ちらほら見える警備にさすがに見つかるのではと、コルキを疑った。
すると、コルキは胸元のポーチから何かを取り出す。
何かと思えば、鼠だった。
鳴き声も上げず、コルキの手の中で大人しく座り込んでいる。
私は突然の鼠にぎょっとして思わず声を上げかける。
「何びっくりしてんのよ。女子か」
小声で叱られた。
鼠で驚くのが女子なら、君はオナベになってしまうが。
鼠を連れていることにも驚きだが、そもそも鼠を取り出して何をする気なのか。
鼠を地面に放つと、鼠は向かい側に立つ警備の聖騎士まで走り出す。
「うおっ! びっくりした」
「何だ?」
「どうした、異常か?」
「いや、ただの鼠だ」
「おいおい、驚かせないでくれよ」
「鼠ごときで騒ぐなよ」
その会話の間に、私達は中庭を通過し、宮殿内部に侵入していた。
鼠一匹で突破するとは――コルキの頭も切れるが、あの鼠も賢いな。
「飼ってるのか?」
興味本位で訊くと「はああ?」と、不機嫌そうに睨まれた。
「ペットみたいに言わないで。あんた達よりも役に立つ相棒よ」
「…………」
要は、ああいった場面を打開するのに使役している鼠なのだろう。
侵入してすぐにある階段の裏で一旦停止する。
しばらくすると、私達が通ってきた扉の隙間から、先程の鼠が駆けてくる。
鼠はコルキに拾い上げ、ポーチに戻る。
ポーチの隙間から頭を出し、コルキから餌を貰い、鼻先をヒクつかせている。
コルキは子ども達と接するのと同じような笑顔で「よしよし」と、鼠の頭を撫でた。
「賢い鼠だな」
「『鼠』って呼ばないで。『リア』って名前があるのよ」
「ふうん……よく調教したなあ」
思わず言葉が漏れ、また睨まれる。
「この子はコイロに来る前から一緒に居るの。心で通じ合っているの。調教なんてしていないわ」
「子ども達は怖がらないのか?」
「……子ども達には隠してるわ」
「え、何で?」
「…………怖がられたら、嫌だし」
リアと合流し、再び進み出す。
次の目標地点はこの階の大部屋である。
そこで一度、コルキが警備体制の確認をし、再度エクヴォリの私室を目指す。
ここまで順調に来れている。
これがコルキの能力の賜物であることは間違いないだろう。
移動時、扉の開閉、周りの状況把握など、全ての一挙手一投足に無駄が無い。
彼女の周りには音が無いように感じられる。
しかし、それを踏まえても、少々の違和感を感じる。
コルキを捕らえられていない聖教会にとって、今こそ警備を厳重にするべきではないのだろうか。
今のところ、聖教会の内部に配されている警備が、然程多く感じられない。
逆に怪しくも感じられ、誘い込まれているようにも思えてくる。
そんな考えに耽っていると、前を走るコルキが前方を指差した。
目の前に見えている扉が、例の大部屋だということだ。
コルキが扉を開き、全員部屋へ駆け入る。
使われなくなったという大部屋は、元は会議室のようで、それらしい机や椅子が部屋の端に寄せられている。
大量の木箱が積み重ねられており、今は物置としての扱いなのだろう。
ひとまず中間地点に辿り着き、私達は息を落ち着かせる。
「悪くない速度で進めているわ。やるじゃない」
順調なことは良いのだろうが、順調過ぎることは安心できない。
しかし、私の不安は私だけのものではなく、他の皆も抱えているらしかった。
そして、私達全員が抱える不安をコルキが気づかないはずもない。
「大丈夫よ、順調過ぎることはないわ」
この不安の理由――警備が薄い理由を、彼女は知っているようだった。
「警備が薄いのは、あたしとあんた達のお陰よ」
コルキと私達のお陰?
どういうことだ。
「恐らく、今の聖教会の警備は中よりも外、外よりも街に傾いているわ」
ん? 「中よりも外」というのは分かる。
しかし、「外よりも街」とは、一体どういうことだ。
「空からやって来るあたしを警戒して、屋外での警備を増やしている。そして、外以上に、街に逃げたあんた達を探して、聖教会よりもヘロスに聖騎士を回しているってこと」
なるほど。それならば理に適っているし、その裏をかいて中から侵入したコルキも、やはり切れ者だな。
「あたしの作戦じゃないわ。あんた達が追われたことは嬉しい誤算よ。まあ、今夜を狙ったのは、内部の警備の甘さを読んでのことだけれど」
得意げな顔で、彼女はウインクをした。
「それじゃ、上空から警備の様子を見てくるから、ここで待っていなさいよ」
コルキは窓を静かに開け、外に飛び出る。
その間に、一時の休息に努める。
「にしても、ここも埃っぽいな。使われていないのも、本当だったか」
オールは塵埃を被った床をなぞりながら、そう言った。
「何じゃ、疑っていたのか?」
「当たり前だろう。家族も騙す女だぞ」
「でも、悪い嘘じゃなかったよ?」
「騙す相手が家族だからな。情の要らない奴には悪い嘘も吐くだろう」
オールの言葉ももっともだろう。
しかし、今のところコルキに従う以外に術がない。
「相変わらずフィンは女に甘いな」
「こら、いつ僕が鼻の下を伸ばした。僕だって疑いはしているよ。利害の一致で結んだ約束だ。利用されて当然の関係だろう」
「ふん……ナキはどう思う」
「んー……悪い人じゃないと思うけれど」
返ってきた問いに、オールはつまらなそうな表情を浮かべる。
しばらく待ち続け、やがて窓からコルキが戻ってきた。
しかし、現れた彼女の表情は酷く慌てた様子で、部屋に入ってきて早々、声を荒げる。
「皆、扉から離れて、部屋の端に寄って! 急いで!」
コルキの緊迫した顔と声に圧倒され、私達は扉とは反対の部屋の端に固まる。
「何があったんだ」
「バレていたの。聖騎士達がここに集まってきているわ」
え――何故、誰にもバレずにここまで来たはずなのに――一体いつ見られていたんだ?
その時、部屋の外から大勢の足音が近づいてきていた。
鎧の金具が揺れる音がいくつも重なって、次第に大きくなっていく。
激しい音を立てて、扉は大仰に開かれた。
聖騎士団団長――ティレシアスが先頭を歩き、その後ろには部屋を埋め尽くすほどの聖騎士が入ってくる。
コルキは私達を守るように、私達の前で聖騎士達と対峙する。
私達は思わずコルキに駆け寄るが、彼女は腕を突きつけ「待って、まだ動かないで」と、指示を出す。
すると、群がる聖騎士達の奥から一際異様な空気を纏った人影が現れる。
聖騎士の人垣ができ上がり、その奥からコイロの黒幕が悠々と歩み寄ってきていた。
初めて会った時とは違い、宝石で装飾された絢爛豪華な鎧で身を包んでいる。
「エクヴォリ……!」
コルキは煮え滾る憎悪を込めて、彼の名を呼んだ。
対するエクヴォリは涼しい顔でこちらを見ている。
そして、右手を天高く掲げ、何の合図か――指を鳴らす。
――その瞬間、私達の足下の床が開き、階下にそのまま落とされる。
「――!」
ごく単純な落とし罠だった。
よく見れば、普通の床と罠の床の境目もはっきりしている。
息苦しいくらいの埃や、雑多に積まれた木箱が無ければ気づけただろう。
しかし、幸いなことに、私の足下の床までが抜け、私達よりも一歩前にいたコルキは罠を逃れていた。
彼女だけでも何とか逃げられるかもしれない。
そして、さらに幸運なことに、私が立っていた場所が罠の手前ということもあり、 ぎりぎり反射が追いつき、落ちる寸前で抜けていない床に手をかけられた。
私以外の四人は下に落ちてしまったが、何とか私だけは上がれそうだ。
「あんたも落ちるのよ」
――と、床の端を掴んだ私の手が蹴り剥がされた。
「え――」
見上げた先に立つコルキが、薄く笑っていた。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




