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Light in the rain   作者: 因美美果
第七章――1
69/77

『白日』

※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 鬨の声が上がることもなく放たれた殺意を紙一重で躱し、ナイフはそのまま棚に刺さる。


 第一撃が失敗に終わったコルキは、表情を変えることなく第二撃を放った。

 右足を振り上げ、私の顳顬を確実に狙ってくる。


 その足は人間のものとは思えない――まさに鳥のそれである。


 鋭い爪が私の脳漿を抉り出す前に、片手で右足を抑える。

 しかし、それでもコルキの攻撃は続く。

 ワンピースのような修道院の制服の裾を上げ、太腿に付けられたナイフホルダーから新たなナイフを取り出す。

 突きつけられたナイフは真っ直ぐに私の目玉へ襲いかかる。


 しかし、こちらも勢いに呑まれて死ぬ訳にはいかない。

 ぎりぎりでナイフを握る彼女の左手を押さえ、何とか膠着状態を作る。


「あっぶな……ちょっと会話をしよう。犯人さん」


 段々と夜目が利いてきて、納屋の暗がりに浮かぶ彼女の姿が見えてきた。


 細く逞しい鳥の足――背中からは真っ黒な翼が二つ――瞳には神も信心もなく、獲物を狙う鋭い殺意だけが込められていた。


 先程までの人間の姿はどこにもない。

 間違いなく彼女は鳥人であり、昨夜見たあの黒い影の正体である。


「……気づいていたのね」


 彼女はナイフを握る力を緩めず、そう言った。


「いつから?」

「察し始めたのは、出会った直後だ」

「何故?」

「君が歩く時、不自然なくらい静かだからね」


 彼女は先程までヒールのついたブーツを履いていた。

 今は跡形もなく消えてしまっているが。

 そんなブーツで天井の高い上に、石床の修道院を歩けば足音が響いても良いはず。

 少しも音を立てずに歩くのは至難の技だろう。


 それこそ――泥棒のような忍び足を会得していない限り。


「……けれど、それだけでは確信には及ばないはずよ。そもそも人間の姿だったあたしを、どうやって鳥人の犯人だと判断する?」

「君が鳥人の姿を隠す方法――幻影魔法と感覚魔法の応用だろう?」

「…………」


 図星か。


「悪いけれど、その魔法を見るのは、君で二人目なんだ」

「……アルステマとか言う女ね」

「君も気づいていたか」


 アルステマが竜人であることを隠し、人間の姿となる為に、オールが彼女に拵えた魔法――目の前の彼女もその魔法を使って鳥人の姿を隠していたのだろう。


「今回の事件の犯人が鳥人であることは割れていたから、身を隠すならヘロスの外に逃げるよりも、ヘロスの中で人間に化けていた方が安全だろうしな」


 と、そこで彼女は左足を振り上げ、私の顎を掠める。

 ぎりぎりで躱したが、思わず彼女の右足と左手を放してしまった。


 彼女は一旦後ろに下がり、ナイフを構え直す。

 すぐ様襲いかかってくるが、背後からの攻撃に気づいていなかった。


「話の途中だろう?」


 そう言ったのは私ではなく、オールである。


 オールは彼女の背後に忍び寄り、脇腹に蹴りを一撃喰らわせる。


「ゔっ――」


 納屋の壁に叩きつけられた彼女は、痛みに耐えながらすぐに立ち上がるが、こちらも彼女の体勢が整う前に追い討ちをかける。

 が、私が軽く放った拳は彼女に躱される。


 私を擦り抜けた先にはオールが構えていた。

 しかし、オールの攻撃も捌いた彼女は納屋の外へ出ようとする。


 その時、出入口から巨躯の獣人が飛び出し、彼女の行く手を阻む。

 アラフの突然の出現に急停止した彼女は、太腿に備えたナイフに手を伸ばす――しかし、ナイフは彼女に攻撃をすると見せかけて、私とオールが全て回収していた。


 一瞬たじろいだ彼女はそれが確実な隙となり、私が背後から彼女を羽交い締めにする。


「――!」


 しかし、彼女は背中の翼と鋭い爪が生えた足で暴れ回り、会話ができる状態ではなかった。


「ちょっと、二人とも、翼と足押さえて」


 オールが両翼を、アラフが両足を掴んで固定する。

 その際、アラフが顔面を蹴られ、彼の頬から少し血が垂れた。

 アラフもなんやかんや私と同じくらい不運だな。


「やっと話し合いができるな。さっきはまだ途中だったし」

「何が話し合いよ。こんな風に押さえつけておいて」

「二人とも、子ども達は?」

「ナキとアルステマが見てるから大丈夫だ」


 よし、なら、ゆっくりと話し合おうか。

 彼女が犯人だということは、既に他の四人にも話している。

 彼女が犯人なら、私達を一人ずつ呼び出して、危害を加えてくる――十中八九殺してくることは読めたし、それを狙ってこちらも人数で押さえ込められた。


「最初は僕らも驚いたよ。犯人が亜人なら、ヘロスに留まる訳がないと思っていたからね。けれど、鳥人の姿を隠せる――人間の姿に化けられる術があるなら、むしろヘロスにいた方が安全だ。聖教会も人間の中から犯人を見つけたくはないだろうしね」


 彼女は押さえられながら、横目で睨んでくる。


「……あたしがその魔法を使えるという確証は?」

「犯人が『アルケミア』を使えることも分かっていた。それができるなら、大抵の魔法は使える。姿を変える魔法も然り」


 鋭い目つきはそのまま、彼女は嘲けた笑みを浮かべる。


「なるほど……けれど、それは推測でしょう? 足音がしないことも証拠としては弱い。あたしが犯人だと言うには、まだ証拠が少ないのでは?」

「ああ、だから、昼間に納屋も見させてもらった」


 納屋に備蓄されている大量の食糧。

 これは聖教会から盗んできたものだろう。


「それについては説明をしたはずよ」

「ああ、確かにあの説明でも納得はできる。旅商人から買い付けたことも、教会から資金援助を受けていることも、多分本当だろう。けれど、聖教会から盗まれた食糧があることも本当のはずだ」


 要は、彼女の説明よりも、私が立てた推測の方が可能性が高かったということだ。


「それもまた推測でしょ。もっと確証に至る証拠を出してくれない?」

「無いよ」

「……無い?」

「ああ、今回は推測だけだ」


 彼女の目は次第に鋭さを増していく。


「なら、推測だけであたしが犯人だと確定付けたと言うの? ふざけないで」

「確定付けてないよ。最後は君から動いてくれたんだろう。ただの現行犯逮捕だよ」


 優しい仮面の下に隠れていた本性が随分と凶暴だったことには、予測通りの今回の中では驚きの部分だったが。

 もっとシリアルキラーみたいな感じを予想していた。


 悔しさと呆れが入り混じり、彼女は歯を食い縛りながらも、体に抵抗する力は入れていない。


「……犯人を捕まえられて満足? 聖教会にでも突き出すの? そしたら、あんたらがあの子達の面倒見てくれるんでしょうね?」


 皮肉な笑みを浮かべ、こちらを煽ってきた。

 その言葉に、酷く残念な思いになった。


「もともと身寄りのない子達なのよ? それをわざわざあたしが引き取ったのよ? あたしは重荷が外れるけれど、あの子達も路頭に迷うわよ。あんたら正義の味方にそんなことができるの?」

「…………」

「今まで信頼してきた『あたし』という親を失って、あんたらが親の代わりを務められるの? あの子達から二度目も親を奪えるの?」

「本音を脅しに使うな。可哀想だろ。子ども達も――君も」


 私の言葉に彼女は目を丸くしたが、すぐに怒りを込めた睨みに変わる。


「あんたらに何が分かるのよ! 今日会っただけで、あの子達のことを知った気にならないで!」

「怒るほど大切にしているんだろう? だったら、僕らを脅す為の道具なんかにしてやるな」

「…………うるさい」

「君が子ども達を思う気持ちは本当だろう。それは分かっているよ。君は義賊だから」


 彼女は盗賊だけれど、ただの盗賊ではない。

 身寄りのない子ども達の為に、肥えた聖教会から食糧を奪う義賊だ。


 今回に関しては、おいそれと彼女を咎められる問題ではない。


「だから、君を殺したりしないし、聖教会にも突き出さない」

「……なら、どうするの。義賊も罪人には変わりないわ」

「ああ。だから、動機を知らないとね。今の裁判というのは、罪名だけじゃ判決できないのさ」

「……別に、面白い理由なんて無い」

「面白くて堪るか。美談であって堪るか。君の抱える苦しみが笑えて堪るか」


 もう彼女は抵抗することもないだろう。

 解放しても大丈夫と判断し、腕を解く。


 解く――のが、少し遅かった。


「お姉ちゃん?」


 その声に振り返ると、納屋の戸からキトロンが顔を覗かせていた。


「何、してるんですか……?」


 キトロンにとって、僕らが彼女を押さえつけている光景は、衝撃的で――悲劇的でさえあったろう。


「キトロンちゃん、外に出ちゃ駄目って――わあ、何この状況!?」


 後ろから子ども達の世話をしてくれていたはずのアルステマが駆けてきて、私達を見るなり頓狂な声を上げた。

 子ども達に見られない為に、アルステマとナキに見てもらっていたのに。


「お姉ちゃんに何してるんですか!」


 その言葉に慌てて解放したが、既に手遅れだった。


「お姉ちゃん、その姿は、何……?」


 今の彼女は鳥人の姿で、キトロンは見違えたその姿に混乱を極めた。


「キトロン、これには訳が――」

「アイオーニオンさんは黙ってて!」


 私の言葉にも聞く耳を持たない。


「あなた、本当にお姉ちゃんなの?」

「そうよ」

「でも、お姉ちゃんは人間だよ? 翼なんか生えてない」

「ごめんね、お姉ちゃんは鳥人なの」


 言葉にされた信じ難い事実に、キトロンはふらふらと後退る。


「ねえ、この前、聖騎士団が鳥人の泥棒のこと聞いてきたよね? あれって、もしかしてお姉ちゃんなの? 違うよね?」

「違わないわ。泥棒はあたし。あなた達が毎日食べているのは、私が聖教会から盗んできた食糧」

「嘘だよ!」


 涙目で――けれど、強い憎しみの眼でキトロンは叫んだ。

 大切な――大好きな『お姉ちゃん』が盗人だったこと。

 自分達は罪を被った盗人に生かされていたこと。


 十歳の女の子には、耐え難い真実だろう。


 そして、キトロンはゆっくりと私に目を遣り、怯えた声で訊ねる。


「今、お姉ちゃんを押さえつけてましたよね……? 何でですか? お姉ちゃんを捕まえに来たんですか? それが狙いだったんですか?」

「キトロン、一旦落ち着いて」

「昨日の夜遅くに、聖騎士団の人がいっぱい来ました。修道院の中にも入ってきて、尋問されて――あれって、あなた達のことなんですか?」


 キトロンの声はどんどんと早さを増して、捲し立てるように悲痛を叫ぶ。


「誰が悪者なんですか? 全員悪者なんですか? 私達はどうなるんですか?」

「キトロン」


 できる限り冷静な声で、彼女の名を呼ぶ。

 キトロンは理解が追いついていないだけ。

 大丈夫、一つずつ整理すれば、大丈夫だ。


「僕らは君にも、君の『お姉ちゃん』にも、何もしない。さっきのは、少しコルキを落ち着かせていただけなんだ。少々手荒にはなってしまったけれど、これ以降は本当に危害を加えない」


 止まらない涙を拭うこともなく、キトロンは私の声に耳を傾け続ける。


「コルキが人間ではなかったこと――コルキが盗人だったこと――盗品の食べ物を君らが食べていたこと――これらをどうか気に病まないでほしい。君らを守る為に自ら手を汚したコルキを責めないであげてほしい。『盗まれた食べ物で生きるくらいなら』なんていう風に考えないでほしい」


 キトロンは鼻を啜りながら、私の言葉に頷いてくれた。


「コルキが人間ではないことは大した問題じゃないはずだよ。君を助けてくれた人が人間だろうと鳥人だろうと、大切なことは変わらないだろう」


 キトロンは強く頷いた。

 大丈夫。

 彼女も突然のことにパニックになってしまっただけなのだ。

 キトロンだって、コルキが亜人であることには抵抗はないはずだ。


「キトロン、君も亜人なら、コルキが鳥人でも大丈夫だよな?」


 その言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。

 しかし、誰よりも反応したのはキトロン自身と――何よりコルキだった。


 コルキは私の胸ぐらを掴み、焦燥を抱えながら詰問してくる。


「何故、気づいた」


 オールとアラフはコルキの突然の行動に身構えたが、私は二人に片手を翳して制する。


「完璧に隠していたはずだ。見た目も感触も――魔法の気配さえも」

「不思議じゃないだろう。君が例の魔法で人間に姿を変えているんだ。子ども達にもその魔法を使っている可能性は十分にある」

「……また推測か」

「まあね」


 根拠は三つだけで、それも証拠としてはあまりに心許ない。


「キトロンの頭を撫でようとした時と、アピオンを抱き上げて背中を摩った時――どちらも二人とも嫌がったんだ。普通に触られるのが嫌だったらそれまでだけれど」


 もし、他に触られたくない理由があるのだとしたら――そこに人間には無いものがあるから――とか。


 頭を触られるのが嫌なら、獣人や鬼人、魔人である可能性が高い。

 背中が嫌なら、翼のある鳥人や背鰭のある魚人だろうか。


「それだけで結論に至るとは思えないわ」


 コルキの疑念も当然だろう。

 だから、それだけではない要因がある。


 周知の通り、コイロは世界屈指の人間至上主義の国だ。

 亜人を何より蔑み――人間を何より尊ぶ。


 人間の孤児なら、ここ以外にも引き取り手は沢山あるはずだし、里親だって熱心なパラミ教信者から現れるはずだ。


 それに、この修道院もやはり良い環境とは言えない。

 もっと裕福で教養も学べる修道院はあるだろう。

 無理してわざわざここで保護する必要もないし、子ども達思いのコルキなら、そうしないはずもない。

 自分の愛する者の為なら、愛する者を手放すことも厭わないだろう。


 コルキは私から離れ、小さく溜め息を吐く。


「……それが根拠になるなら、あたしの努力も大したことなかったのね」

「いや、そうでもないよ。最後の一つが一番大きな要因だ。キトロンが教えてくれた」

「え……?」


 コルキはキトロンの方へ振り向いたが、キトロンは強く首を横に振る。


「キトロンが直接教えてくれた訳ではないよ。僕が勝手に誘導したんだ」


 昼間の会話の中で、クレミディのことについて聞いた。

 彼女は最初は言語が別で、会話に苦労したと。

 そこでキトロンから、その時にクレミディからよく耳にした言葉を教えてもらった。


「あの言葉は鬼人の国の言語で、クレミディは鬼人だ」

「…………」


 コルキの反応を見る限り、図星なのだろう。


「悪いけれど、マルチリンガルなもので、主要な言語は大体話せるんだ」

「……私のせいで、バレちゃったの?」

「キトロンは何も悪くないよ」

「でも、私が迂闊に話したりしなかったら――」

「親切心で教えてくれた君に罪は無いよ。君の優しさに浸け込んだ僕がいけないんだ」


「それに」と、私はキトロンに歩み寄る。


「君達が亜人だと分かったところで、君達に何かするつもりはない。今更信じてもらえないだろうけれど、このことは誰にも言わないよ」


 キトロンはやるせない表情で俯く。


 夜風が強くなりつつあり、そろそろ中に入った方が良いかもしれない。


「それが、根拠の全てなのね」

「ああ、そうだな。だから、ほとんど賭けだったよ。外れたら僕は変な目で見られるし、当たったらそれなりに君らが反応するだろう」


 今回は、私らしくなく、二連勝だな。

 まあ、途中ハプニングも起こったけれど。


「参ったわね。そんな適当な奴にあたしが長年隠してきたことを全部明かされるとは」


 呆れた声で――というより、吹っ切れた声で、コルキは私を見る。

 数分前まで瞳に充満していた殺意は、とうに消えている。


 コルキはキトロンの側まで歩き、私が触れることが叶わなかった頭を撫でる。

 すると、キトロンを覆う魔法が消えて、彼女の本当の姿が現れた。


 狐のような長い耳がぴんと立ち、太く長い尻尾がふらりと揺れている。

 彼女の正体は獣人だった。


「お察しの通り、ここで保護している子達は全員亜人よ。クレミディが鬼人で、アピオンは鳥人、残りの五人は獣人」


 コルキがキトロンの頭をもう一度撫でると、獣人の要素は隠れ去り、キトロンはどこからどう見ても人間の少女に戻っていた。

 そして、コルキ自身も人間の姿を被り、乱れた衣服を直す。


 それに呼応するように、それまで私達を照らしていた月も雲を纏って姿を隠した。

 それを眺めながら「冷えるわ。ひとまず戻りましょう」と、コルキが歩き始める。


 アルステマが外へ来てしまったので、今はナキが子ども達六人の相手をしてくれている。

 これ以上待たせると心配させてしまうだろう。


 話を整理する為にも、淡い光を放つ修道院へ戻った。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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