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Light in the rain   作者: 因美美果
第七章――1
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『果実』

※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

「お茶くらいしか出せないですが、少し待っていて下さい」

「あ、お構いなく……」


 修道女の彼女は笑顔を残して、キッチンへ向かっていく。


「フィンよ、これはひとまず助かったということなのか?」

「多分……そうだと良いけれど」


 地獄のような下水道を抜けた私達だったが、出てきた場所はヘロス内にある小さな修道院の洗濯場だった。

 修道院と言っても、修道者は彼女一人らしく、孤児院としての役割も兼ねているそうだ。


 突然現れた私達に対し、彼女は戸惑いはしたものの、決して不審に思わず、むしろ歓迎をしてくれた。

 汚物の臭いが染み付いてしまった私達に、貴重な行水までさせてくれたのだ。

 お陰で、皆さっぱりとしている。


 彼女は広間のテーブルに着いた私達一人一人にお茶を出し、忘れかけていた自己紹介をする。


「ばたばたとしていて申し遅れていました。改めまして、私はこの修道院の修道女――コルキと申します」


 黒髪が綺麗なコルキさんはそう名乗り、深く頭を下げる。


「僕らは――」

「いえ、既に存じております。あなたがアイオーニオン様でいらっしゃいますね?」


 その通りだ。

 しかし、何故それを?


「夜明け前、聖教会の聖騎士様達がここを来られまして、あなた方の所在を尋ねられたのです。あんな下水路に繋がる道から来た方々ですから、きっとお困りの身なのでしょうと、何となく察しがついただけでございます」


 なるほど。

 ということは、私達が聖教会にとって敵であることを知っていながら、それでも庇ってくれたと言うのか。


「感謝されるほどのことではありません。人の救済こそ、神の御心です」

「けれど、亜人だっていますよ?」


 今はアラフも見慣れた獣人の姿に戻っている為、ナキと併せて彼女は亜人二人を匿っている状態だ。

 アルステマはさすがに竜人の姿は隠しているが、何にしても今の状況はパラミ教信者としてはどうなのだろうか。


「ええ、確かに亜人を匿うのはパラミ教の教えに背いているでしょう。けれど、終わりにするべきなのです。そんな悪しき教えをこれからを生きる子ども達に繋いでいきたくはないのです」


 彼女の瞳は少し虚ろげで、不思議な雰囲気を纏っている。

 パラミ教の信者にも、こんな考えを持った人もいるのだな。

 とにかく、優しい人に出会えて良かった。


「僕らが辿ってきた通路って、一体何の為のものなんですか?」

「あれは、私がここに来る前からあるものなのです。ここを建てた修道者の方が、非常時の避難経路として作られたものだと聞いております」


 そうか。さすがにコルキさんが掘った穴ではない訳だ。

 しかし、避難した先が下水道とは、なかなかの逃げ場の無さだ。


「そういえば、ここは孤児院でもあるんですよね。孤児の子ども達は今どこに?」

「今はまだ皆眠っている時間帯です。もう少しで起床してくると思いますよ」


 ああ――立て続けに色んなことが起こって忘れていたけれど、そういえば今はまだ早朝なのだ。

 子どもは寝ている時間だろう。


「ここって、コルキさんが一人で支えているんですよね?」


 アルステマはお茶を啜りながら訊ねる。


「ええ、その通りです」

「大変じゃないですか?」

「勿論、大変です。けれど、私も同じような放浪児でしたから、どうしても放っておけなくて」


 その時、部屋の扉が開く。


「うぇ……? 誰?」


 出てきたのは、十歳くらいの女の子だった。


「おはよう、キトロン。こちら、旅の方々です。挨拶を」

「おはようございます、キトロンです。ごゆっくりどうぞ」


 彼女はそう言い終え、洗濯場へ向かった。

 私も挨拶に笑顔を返した。

 向こうはびっくりしたことだろう。


 その後、続々と子ども達が目を覚まし、一堂に会したところで、コルキさんは一列に並んだ子ども達を奥から示し、私達に紹介をしてくれた。


「先程も紹介しましたが、子ども達の中では一番お姉さんのキトロンです」


 キトロンは十歳の女の子。この修道院に来て、五年が経つそうだ。


「隣が、ヴァナーナ。しっかり者のお兄さんです」


 ヴァナーナは男の子で、年齢は九歳。赤ちゃんの頃からここで暮らしていると言う。


「その隣が、クレミディ。少し恥ずかしがり屋なので、仲良くしてあげて下さい」


 女の子のクレミディは、七歳。数ヶ月前に保護されたそうで、人見知りの証拠になかなか目を合わせてくれない。


「ミロとアナナスは、同い年の四歳で、同時期にここに来ました。二人とも本当の兄弟のように仲良しなんです」


 二人とも男の子で、遊び盛りなのだろう、色んな所に絆創膏を貼っている。


「アピオンは、クレミディと同じ時期に来ました。二歳ですけれど、三歳くらいとても上手にお話ができるんです」


 アピオンは女の子で、何を思っているのか、じっとこちらを見ている。かわいい。

 二歳と三歳の話術の差は分からないが、かわいい。


「そして、私が抱いているこの子がロダキノ。この子もクレミディとアピオンと同時期に来ました。お利口で、よく笑う子なんです」


 男の子のロダキノは女の子のように可愛らしい顔立ちである。この間、一歳になったばかりだと言う。コルキさんの腕の中で穏やかな寝顔を浮かべている。


「これが私の家族です。仲良くしてあげて下さい」


 その後、私達からの自己紹介も終え、朝ご飯を皆で作り、皆で食卓を囲った。

 思えば、昨日の朝から何も食べていなかったので、野菜スープが体に沁み渡る。


 食べ終えたら、家事を手伝う。

 食器を洗い、洗濯をし、洗濯物を干し、部屋の掃除をする。


 そうしていると、すぐに昼がやって来て、昼ご飯の支度をする。

 私とナキがそれを手伝い、他の三人は子ども達と一緒に遊んでいる。


「ちょっと納屋に野菜を取りに行くので、お鍋の様子を見ていただいてもよろしいでしょうか」


 コルキさんに任され、竃の火加減を見る。

 広間からは子ども達の楽しげな声が転がってきていた。


 すると、私の横にキトロンがやって来て、私の腕をちょんちょんと突いた。


「ん、どうしたの?」


 私が彼女に振り返ると、とても幸せそうな笑みでこちらを見ていた。


「ありがとうございます」


 その言葉に、一瞬何のことか分かり兼ねた。

 昼ご飯の支度を手伝ったことだろうか。


「違くて、ここに来てくれたことです。下の子達、すごく楽しそうだから」

「ああ、いや、こちらこそありがとうだよ。突然やって来た僕らに親切にしてくれてさ」


 竃に薪を焚べながら、私は言った。

 薪の崩れる音を聞きながら、揺れる炎を眺める。


「確かに、最初は驚きましたけど、今すごく楽しいです。お姉ちゃん――コルキもやっぱり嬉しそうです」

「そうか。なら、僕らも報われるよ。キトロンはいつもお手伝いしているのかい?」

「はい、お姉ちゃん――あ、コルキ」

「いつものままで良いよ」

「あはは、はい、お姉ちゃんだけじゃ大変なので、家事は皆で分担する決まりなんです」

「そっか……立派だなあ」


 と、思わず彼女の頭を撫でようとしてしまった。

 それに驚いたキトロンは焦って仰け反る。


「あ、ごめん」


 今日会った男に頭を触られるなんて、年頃の女の子は一番嫌がるだろう。

 何をしているんだ、私は。


「あ、いえ! 嫌じゃなくて、びっくりしただけなので……」


 それきり彼女も黙り込む。

 変な空気にさせてしまった。


「……ここには五年いるんだったっけ?」

「はい……私、事故で親を亡くして、身寄りもなかったので……」

「そうか……コイロの出身なのかい?」

「私はそうです。下の子にはそうじゃない子もいて――クレミディやアピオンは他国からやって来たって聞きました」


 コルキさんは外国からも孤児の受け入れをしているのか。

 つくづく感心する。


「クレミディは話す言語も違ったから、最初は話もできなくて、クレミディもすごく不安だったと思います。そのせいで今も人見知りしがちで」

「そうなんだ。どんな言葉だったの?」


 キトロンは顎に手を当て、その時聞いた言葉を思い出す。


「なんか……『⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎』とか『⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎』とかって、よく言ってました。後から聞いたら『ありがとう』とか『ごめんなさい』って意味なんだそうです」


 その説明で、どこの国の言語なのか大体の予測がついた。

 育成学校で覚えた十二の言語がまた役に立った。


「じゃあ、コルキさんも大変だったろう。言葉が通じない中で信頼を得ていくというのは、並々ならぬ愛情が無ければできないよな」

「はい。だから、皆お姉ちゃんが大好きで、感謝していて……私もできれば、ここで修道女になって、お姉ちゃんの後を継ぎたくて」


 私はこの修道院内を改めて見渡した。


 毎日の掃除のお陰で綺麗にはなっているが、それでも石でできた壁は所々剥がれていたりしている。

 部屋にある家具も、このキッチンにある設備用具も、古い型のものばかりだった。

 広間には雨漏り対策のバケツがあり、屋根を見ると腐食している部分も見つけられた。

 決して裕福とは言えない環境で、決して満足とは言えない生活かもしれない。


 けれど、そんな不便の全てが彼女ら家族の前では取るに足らない有象無象なのだろう。

 それがどれだけ美しいことか。


「あら、二人で何のお話ですか?」


 と、後ろから納屋から戻ってきたコルキさんの声が飛んできた。


「何でもないよ」と、キトロンは無邪気に笑う。

「二人だけの秘密ですね。素敵です」と、コルキさんも柔らかく微笑んだ。


 昼食の後は、外に出て皆で遊ぶことになった。


「外に出て、聖騎士達に見つかったりしませんか?」と、私達は心配を告げたが、コルキさんは相変わらずの笑みで「心配いりません」と、言う。


 試しに扉を小さく開いて、隙間から外を覗く。

 そこから見える光景に「なるほど」と、コルキさんの言葉に頷いた。


 外に出ると、ヘロスの街並みが遠くに見え、辺り一面は他に建物一つ見当たらない野原が広がっている。

 土道が一つ街へ伸びているだけで、あとは何もない。


 ヘロスの地にこんな広大な野原があったとは。

 街の奥には聖教会も見えるので、ヘロスであることは確かだ。


「ここには聖騎士団も早々訪れませんし、街からもこちらの様子は見えません。やって来ても、こちらもすぐに気づけます」


 なるほど、これは確かに良い隠れ蓑だ。

 いざとなれば下水道から逃げられるし――相当な『いざ』だが。


 修道院の敷地内には井戸と、反対側には小さな野菜畑と納屋があり、納屋を覗くと沢山の野菜が備蓄されていた。

 しかし、畑から取れる野菜の量と納屋の野菜が釣り合っていない気がする。

 今日の朝食と昼食から計算しても、備蓄に消費が追いつかないのでは?


 気になってコルキさんに訊ねると、彼女は「ふふ」と可笑しそうに笑みを零す。


「この畑は少しの助力程度です。大体は街や旅商人の方から買い受けています。この畑ではさすがに食い繋げませんからね」


 なるほど。

 しかし、その割にはかなりの量の野菜が納屋にあったが、意外と資金はあるのだろうか。


「修道院の資金はほとんど食費に充てているんです。だから、その分施設の改修ができないのですが、やはり空腹は何より辛いですから」

「ああ、確かに。子ども達も食べ盛りでしょうしね」

「はい。勿論、教会からの資金援助もありますので、そこまで困窮はしていません」


 そんな話をしていると、私の左足に少しだけ重みがかかった。

 ふと見ると、足にアピオンがくっついて、こちらをじっと見ている。かわいい。


「アイオーニオンさんと遊びたいみたいですよ」


 コルキさんに促されるが、私は情けないことに緊張して動けずにいた。


 実は、小さい子との触れ合いに良い思い出がない。

 赤子を抱けば泣き喚かれ、子ども達に歩み寄れば詰めた分の倍の距離を離れていく。

 だから、今までは自分から関わろうとはしてこなかったし、今こうして子どもの方から近寄られた時に、どうしたら良いのか分からないでいる。


「アイオーニオンさん、もしかして緊張してますか?」

「あ、いえ、全然、楽勝です」

「楽勝?」


 このまま固まっているのも不自然なので、とりあえずアピオンを抱き上げる。

 二歳の幼女なんて差して重いはずもないのに、脇を持つ手にずっしりと重みが来る。

 こんな言い方は不適切かもしれないが、高級な壺を持っている気分だ。


「怖い顔してますよ」


 コルキさんに指摘を受けて下手くそに笑うが、アピオンの表情は変わらない。


「もっと抱き締めてあげて下さい。アピオンも戸惑っています」


 戸惑っているのかは言われても全く分からないほどの無表情だが、言われた通りに腕で包み込む。

 吐息や体温に心臓を温められ、変な汗が出てきそうだ。


 それでも、確かな心地良さが流れる時間を優しく溶かしてくれた。


 腕の中でアピオンも心地良いのか、眠たい顔をしている。

 背中を摩ってやると、ぶるぶると震えて嫌な顔をした。



   〇   



「アイオーニオンさん、少し良いですか?」


 夕食も済んで皆と遊んでいると、コルキさんに呼ばれた。


「納屋に明日の分の食材を取りに行くのですが、量が多いもので、手伝っていただいてもよろしいでしょうか」


 外に出ると、昨日と同じく星空が瞬いていて、野原の草花が艶やかに光っている。

 街灯が無いからかもしれないが、どたばたしていた昨日よりもずっと星が明るく見えた。


 納屋に入り「棚の上の小麦粉の袋を取っていただけますか?」と、指を差す。

 納屋の中が暗くて、よく見えなかった。

 棚に近づいて、いくつかある袋の中から小麦粉を探す。


 ああ、これだな。

 確認の為、「この袋で合ってますよね」と、指を差しながら後ろを振り返る。


 振り返った先にいたコルキさんは、相変わらずだった微笑みは闇夜に消えて、月明かりに照らされた彼女の顔は殺意だけで染められている。

 そして、目の前にはナイフの切先が飛び込んできていた。


「わ――」

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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