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Light in the rain   作者: 因美美果
第七章――1
67/77

『逃走』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 聖教会から私達が逃げ出したことにより、ヘロスは混沌と化した。

 街には聖騎士達が蠢き、家々に押し入って、私達を探している。

 住民も騎士からの尋問に戸惑い、子どもの泣き声がちらほら聞こえてくる。


 当の私達は、人様の屋根の上で眼下の様子を窺いながら、次の行動を考えていた。


 私はアルステマとアラフに事情を説明し、ナキはオールの傷を治してくれている。


「なるほど、困窮してしまったのう」


 話を聞き終えたアラフは、髭を撫でながらそう零す。


「しかし、エクヴォリの言葉には少し引っかかるな」


 ――彼らは人間ではない。人の皮を被った化け物だ――


 それはどういう意図から放たれた言葉なのか。

 彼は私達の正体に気づいていたのだろうか。


 そして、私が何より厄介と感じたのは、それを聞いたティレシアスが何の疑いもなくエクヴォリの言葉を信じ、何の躊躇もなく私達を殺そうとしたことである。

 彼女の信心深さはもはや調教されているようにも感じられる。

 神の教え以上に、エクヴォリの言葉は絶対であるという意志――そこに根拠などない。


「でも、聖王はフィンに『人間だろう』って、訊いてたよね?」


 アルステマはオールの頭を撫でながら、訊ねる。


「僕らの反応を窺ったのか、はたまた、本当に知らなくて、エクヴォリだけが知っていたとか。聖王に僕のことを教えたのは彼だろうし」

「だとしたら、フィンの情報を中途半端に教えた理由は何だ?」


 コイロの政権はエクヴォリが握っているというのは、既に話しただろう。

 だとすると、エクヴォリだけが企んでいる画策があるのかもしれない。


「とにかく、この街から離れた方が良い。今ならまだ塀付近も警備も薄く、突破できるだろう」


 と、その時、背後から「おい、見つけたぞ!」という声が飛んできた。

 振り返ると、矢倉からこちらを見ている聖騎士がいた。

 矢倉の存在を忘れていた。


「やばい、バレた。一回地上に降りよう」

「でも、聖騎士がいるよ!?」

「路地に入ってどうにか撒こう」


 私はオールをおぶり、ナキとアルステマはアラフが両腕で抱え、屋根から飛び降りる。

 路地裏に降り、アラフは二人を下ろし、私達は走り出す。

 大通りは聖騎士達がどたどたと駆けており、とてもじゃないが出られない。

 路地を縫うように進み、聖騎士達を避けていく。


「これどこに向かってるの?」

「分かんない」

「もしかして、儂ら誘導されていないか?」


 その言葉に、悪寒が頭に警鐘を鳴らし、路地の十字路に差し掛かる直前に、足を止めた。

 その瞬間、曲がり角から私の頭の高さに見覚えのある剣が飛び出してくる。


「よく避けられたな」


 その声は間違いなく、ティレシアスだろう。

 今、止まっていなかったら、私の頭は串刺しだったろう。


「戻って戻って!」

「遅い」


 曲がり角から姿を現した彼女は微笑みも浮かべず、私を睨みつける。

 私は彼女に苦笑を向けながら、後退りをする。

 しかし、すぐに背後のナキの背中にぶつかった。

 あれ、何で戻ってないの?


「フィン、無理みたい……」

「え?」


 辿ってきた道の方を振り返ると、狭い路地裏を埋め尽くすほどの聖騎士達が迫ってきていた。


 ――挟まれた。


「さあ、大人しく死になさい」


 これは本格的にまずいな。


「フィン、どうする」

「戻らなくて良い。ただ、後ろの聖騎士は牽制して。アルステマ、オールを頼むよ」


 その言葉と同時に、オールを後ろに放り投げて、アルステマは慌てながらも優しく受け止める。

 私は抜剣し、ティレシアスに立ち向かう。


「愚行だな、人間被りめ」

「どうとでも」


 そこから激しい剣戟が始まり、窮屈な路地裏に金属音と火花が飛び交う。


 ティレシアスを圧倒し、そのまま突破口を切り拓くつもりだった。

 しかし、現実は甘くなく、彼女は生半可な相手ではなかった。

 オールが敗れたことにも納得のいく強さである。


 盲目であるはずなのに、私よりを遥かに凌ぐ剣戟の速度――正確さ――そして、何よりまるで動きを読まれているかのような動き。

 これは単純な強さとも違う。

 超常的な――それこそ、神的な力を感じる。


「どうしたんだ、アイオーニオン。息を巻いて向かってきた割に随分と引けた腰ではないか。勝算が見えた訳ではなかったのかな?」

「フィン、後ろも限界が来るぞ!」

「だそうだ。潔く神の威光の前に首を差し出しなさい」


 ちくしょうめ、ぐうの音も出ない。

 かくなる上は――


「ちょっと後ろ! 犯人が――」

「騙されるか」


 じゃあ、もう詰んだ。


「神に与えられた耳の前で嘘が通じるとでも思ったか」


 本格的に押され始めているし、今も何度も彼女の剣が私の体を掠めている。

 少しずつ増えていく傷と少しずつ減っていく血に焦りを煽られ、剣を握る手もブレてきた。


 こうなれば仕方ない。

 皆だけでも窮地から救わなくては。


「アルステマ! 元の姿に戻って良いから、皆を抱えて空へ逃げろ!」


 私の指示に「させるか」と、ティレシアスの剣戟はさらに激しさを増す。

 しかし、肝心のアルステマは全く動こうとしない。


「ナキ、どう?」

「うん、近隣住民はもう避難し終えているよ。魔力も感じられないし、大丈夫」


 女子二人で何の話をしているんだ?

 こんな時にガールズトークなんてして、何が大丈夫なんだ?


 なんて考えていると、直後に背後から轟音が鳴り響く。


 さすがに振り返らずにはいられず、後ろを見ると、竜人に姿を戻したアルステマが建物の壁を破壊しており、壁には人が十分に通れるほどの穴ができていた。

 後ろの聖騎士達は突然の出来事に慌てふためき、隙ができている。

 既に、皆は穴に向かって走り出している。


「逃すか!」


 その声に、そういえばティレシアスと戦闘中だったと、前に向き直ると、目の前まで彼女の剣の切先が迫っていた。


 やばっ――と、思った矢先、アラフが私の首襟を掴んで引っ張る。

 ぎりぎりで彼女の刺突を回避し、そのまま穴に飛び込む。


「ほら、走れ、フィン!」


 私を離し、アラフはそう言った。

 オールはいつの間にか、アラフが抱えていた。


 アルステマは走りながら壁を破壊して突き進んでおり、猪のアラフよりも猪突猛進である。

 その後、路地に抜け出しては、民家に押し入り(今度は壁を壊さず)、それを繰り返して何とか聖騎士達を撒き続けた。


「これはどうやって進んでいるんだ?」

「分かんない! 適当!」

「これまた誘導されてたりしないよね」

「おい、ナキ、走れなさそうならフィンに抱えてもらえよ」

「オールてめえ起きてんなら自分で走れよ!」

「それは私を抱えているアラフが決めることだろうが!」

「儂も疲れてきた。自分で走ってくれ」

「あれ?」

「待って!」


 と、そこでアルステマが急停止した。


 何事かと思ったが、すぐに理由は分かった。

 私達を探す聖騎士達の声が各方向から聞こえている。

 やはり、徐々に追い詰められていたらしい。


「どうする、空に逃げるか?」

「また壁を壊そうか」

「じゃが、さっきの二の舞ではないかのう」

「フィン、どうしよう」


 皆の言葉に焦りが募った。

 そして、正解が見つからず、情けなく頭を抱え込む。

 そうして俯いた目線の先には、マンホールがあった。


「…………」


 私は何も言わずにマンホールの蓋を持ち上げる。

 しかし、その行動に察しがついた皆は血相を変えて説得してきた。

 先程よりも焦っている。


「待て待て待て! フィン、私はそこを通るのは絶対嫌だぞ!」

「無理だよう、そんな所を通るなんて」

「よく確認してくれ! それ、何の地下水路じゃ!?」

「ただの水道管とかなら良いけどさ! 綺麗な水なら良いけどさ!」


 蓋を外すと、鼻腔を殴るような汚臭が舞い上がってきた。


「…………下水道だな」

「やだやだやだやだあ! そんな所通るくらいなら、人ん家の壁壊すからさあ!」

「そんなショーシャンクじゃあるまいし!」

「脱獄しようってんじゃないんだよ!?」


 似たような状況だろ。


「腹を括ってくれ。僕だって嫌だよ。おえ」


 とにかく時間がない。

 私は壁に設置されている梯子を伝って、マンホールを下る。

 コイロの街並みは趣きのある歴史的建築が残っているが、見えない所は近代的らしい。

 覚悟して入った下水道は石レンガの壁と地面で、歩く場所がしっかりとある。

 なので、汚水に足を浸からせなくても歩けるようになっている。

 皆の熱い思いが伝わったのだろう。


「大丈夫、汚れずに済みそうだよ」

「……本当か?」

「ああ、臭いさえ我慢すれば行ける。時間が無い、急ごう」


 しかし、ここからが心も病むほどの地獄であった。



   〇   



 皆も渋々降りてきて、最後のアラフが蓋を閉め、無事に全員揃って隠れることができた。

 声が響くので静かにしていると、地上の騒がしい音が聞こえてきた。

 どうやら丁度真上に聖騎士達がやって来ているようで、ごちゃごちゃ言っているのが聞こえる。

 地上に漏れ出た下水道の臭いを嗅いだらしく「くっさ!」と、叫んでは「俺じゃない」「俺じゃない」と、言い合っている。


 しばらくすると、声が聞こえなくなり、ひとまず追跡の目は撒くことができた。

 私達も鼻をつまみながら歩き出す。


「……スキロスは来なくて本当に良かったな」

「狼だからな」


 さて、これからどうしたものか。

 このまま下水道で暮らす訳にもいかないし、下水道を進んでこの街を出れたら良いのだけれど。


「臭いなあ」


 オールのぼやきも止まらないので、早いところ出たい。


「しかし、これはどこに行き着くのじゃろうか、このままなのじゃろうか」

「あ、なんか何も臭わなくなってきた」

「鼻が曲がる……いや、いっそ鼻を曲げた方が臭いの侵入を防げるんじゃないのか?」


 皆の思考が壊れてきた。

 本当に早く出ないと。


 とは言っても、下水道なんて似たような道で、街以上に進み方が分からない。

 方向感覚も汚臭と相まってぶっ壊れてくる。

 その上、地上から聖騎士達の声が聞こえる度に、念の為一時停止している。

 ろくに進めていない。


「ここの人間もあんだけ汚れた亜人だなんて言っておきながら、こんなくっさいもん垂れ流してんだから、人のこと言えたもんじゃないな」

「どれだけお祈りして身を清めてても、結局はクソするからな」

「逆に、そんなに身を清めてんなら、出したクソも食えんじゃないか?」

「だったら、こんな臭くないでしょ」

「いや、もうなんか良い香りな気がしてきた」


 最低な会話である。


 歩き始めて、彼これ二、三時間は経っただろうか。

 時間も分からないが、もしそうなら、夜も明けてくる頃だ。


 いい加減外に出ないと、イカれた皆が下水に飛び込み兼ねない。

 しかし、どこに進んでいるのやら。


「一回休憩しようよお」

「こんな臭い場所で体が休まるか」

「アラフ、屁、こいた?」

「こいたとしても、気付けないじゃろ」

「むしろ、おならの方が良い匂いな気がする」

「確かにのう、一回気張っとくか」

「こんな会話、嫌あ!」


 耐え兼ねたナキがついに叫んだ。

 下水道内でナキの声が反響する。


 しかし、それが救いだった。


 ナキの嘆きが響いた時、微かな違和感に気付いた。

 私は一度立ち止まり、汚れ切った思考を整理する。


「おい、フィン。ふざけんな。立ち止まると匂いが鼻に入ってくる」

「どうしたの?」


 私は暗い下水道内を見回し、違和感の正体を探る。

 暗い中では目では確認できない為、ナキに倣って試しに「わっ!」と、叫んでみた。


「うわっ! 何!?」

「どうした、ついに心が壊れたか」


 皆の言葉には耳を傾けず、自分の反響する声にひたすら耳を澄ます。

 何となく違和感の位置が分かった。

 私は少し進んでから、もう一度大声を上げる。


 今度は先程よりも鮮明に違和感の位置を把握できた。

 下水道の壁に手を当て、耳を傾ける。

 すると、風の音がどこからか聞こえてくる。


 暗がりの中で目を凝らすと、石レンガの壁に小さな隙間が空いているのを見つけた。

 その穴に指を入れ、レンガを一つずつ抜いていく。


 剥がせるレンガを全部抜き終わると、壁には人一人がぎりぎり通れる穴ができた。

 そして、その穴の先には下水道とは違う新たな横穴が続いている。


「これって……」

「……隠し通路?」

「何にしても、下水道から抜け出せる……」


 私達は声を上げて喜んだ。

 反響する自分達の声を聞き、すぐ様口を閉じる。

 ここで聖騎士達に居場所がバレては、これまでの苦労が水の泡だ。


「にしても、どこへ繋がっているんだ?」

「街中に出るのは勘弁願いたいのう」

「とにかく行くしかない。臭いのはもう嫌だ」


 横穴は下水道のような石レンガの壁ではなく、土壁の道だった。

 恐らく誰か個人が勝手に繋げたのだろう。

 その個人のお陰で、私達は助かった。


 道は多少ジグザグしているが、長さはそれほどではない。

 すぐに終わりがやって来て、行き着いた先には縦穴が続いていた。

 土壁には梯子が架けられているので、それを登る。

 縦穴の終わりには、取手のついた木の蓋がされていた。地上から見たら、床下収納みたいになっているのだろうか。


 下では「アラフは男なんだから先に行け。お前に尻をまじまじと見られたくない。だからと言って、屁をこくなんてもっとあり得ないぞ」と、オールが時間を無駄にしていた。早く来いや。


 この先に何があるのかは分からない。

 物音がしないので、人の気配は無さそうだが。

 仮に、聖教会の罠とかだったら、今度こそお終いだ。

 今の皆には、下水道へ戻るという選択肢はない。


 意を決して、勢いよく蓋を開け、地上に飛び出る。


「うわっ! びっくりしたあ」


 飛び出した目の前には、修道女らしき女性が立っていた。

 がっつり目が合っている。


「…………」

「……え? あの……」

「おい、どうしたのじゃ、フィン? オールが早く行けと尻を殴ってくるので、早くどいてくれ」

「うわ、他にもいるんだ……」

「…………」


 これは、失敗ということで、よろしいのだろうか。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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