『接近』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。
それは私の歳が十三の時のものである。
私はその日、誰にも使われなくなった音楽室で、女生徒にピアノを教わっていた。
上級生にいじめられていた彼女を私が助けた後、色んなことが変化した。
上級生らは教官にこっぴどく叱られ、こっぴどく殴られた。
その後の処置はよく知らないが、以降彼らの姿を見ていない。
女生徒は誰にもいじめられることはなくなったが、誰からも話しかけられなくなった。
彼女は「それは前から変わりません」と、気丈に言っているが、私は少し悔しかった。
私が大仰に暴れ回ったせいで、関わった彼女にも人が寄りつかなくなったのだとすれば、私の責任である。
もっと上手いやり方もあったはずなのに。
私はと言えば、大して変わらない。
誰にも話しかけられず、誰も近寄らない。
以前にも、暴れたことがあったので、乱暴な印象がより濃くなった程度の変化である。
それでも、前より居心地が良いと感じるのは、ピアノのお陰か、彼女のお陰か。
「ん、あ? あれ」
拙い私の演奏が、恥ずかしげもなく音楽室に響き渡る。
女生徒は私の後ろに立ち、焦らず丁寧にピアノを指導してくれる。
「大丈夫です、昨日よりもずっと上手くなってますから」
そうなのだろうか。
育成学校に来てから、誰かに褒められることなんて無かったので、彼女のその言葉は何とも照れ臭いものだった。
それに――
「先輩はこの辺が苦手なんですね。じゃあ、もう一回やってみましょう」
そう言って、彼女は私越しに楽譜を捲る。
彼女の発展途上の胸が肩に当たる感触に、動けずに固まってしまう。
ここに来てから、女子との関係は全く無い。
たまに関わる機会があったとしても、決して良い思い出にはならない。
だから、こうして好意的に接してくれる彼女が、良い意味でも悪い意味でも私にとって刺激となった。
「あ、もう時間ですね」
ピアノの練習は昼休みの一時間のみ。
放課後はお互い訓練でくたくたになるので、練習することはない。
私と女生徒は別々のクラスで、私は中級、彼女は下級クラスである。
女生徒は下級クラスでもかなり落ちこぼれだそうだが、懸命に頑張っているという噂は耳にする。
それが、いじめの対象になった理由かもしれないが、私は素晴らしいと思う。
素晴らしいと言ってやりたいのだけなのかもしれない。
過去の自分を見ているようで、自分のやってきたことは決して無駄ではなかったのだと、思いたいが為のエゴなのかもしれない。
それでも、頑張り続ける彼女を間違いだとは言いたくない。
「先輩、明日も頑張りましょう」
音楽室から出る直前、彼女は笑顔を浮かべてそう言った。
私はこの笑顔を何度も拒絶していたのかと思うと、胸が焼かれるような気持ちになる。
行き場を失った彼女をさっさと受け入れていれば、二人で笑っていられたのだ。
「いつか私と連弾しましょう」
「そこまで上手くなるかなあ」
「なりますよ」
私の現状の弩級の音痴演奏を聴いておいて、どこからそんな自信が湧いてくるのか。
それでも、何の疑いもせず、女生徒は私を見るのだ。
応えてやりたいと、心の底から思った。
「……いつかね」
「ふふ、約束ですよ」
〇
早朝、家主に別れとお礼を告げ、パラミ教総本山である聖教会へと向かった。
家主に謝礼金を差し出すと、彼はとてもスムーズに受け取った。
こちらとしても、その方が気を遣わなくて済むので有り難い。
彼の家はヘロスの外れに位置するので、聖教会までは街並みを眺めながら向かう。
街の至る所にはパラミ教の信仰神の像が祀られていて、同じ容姿が街に群立している光景は確かに圧巻ではあった。
「同じ人の像が沢山あるね」
「あれがパラミ教が祀る神様なんだ」
純朴から零れたアルステマの一言に、私はそんな風に答えた。
パラミ教は一神教で、信仰神は女性、その姿は勿論人間と同様である。
パラミ教の神話では、荒れ果てた世界に生まれ落ちた女神が汚れた土で土人形を作り、荒野となった大地を緑に戻そうと考えたとされる。
しかし、汚れた土では上手く人形を作ることができず、獣や魚と混じっていたり、大きくなり過ぎてしまったりと、醜い姿の失敗作ができるばかりだった。
女神は荒野を必死に駆け回り、わずかに残された綺麗な土を探した。
その土で人形を作ると、美しく均整の取れた『人間』ができた。
人間は荒廃した大地を耕し、種を撒き、繁殖を繰り返し、女神が与えた崇高な命を繁栄させた。
それ故に、人間は神によって作られた完璧な人種であり、汚れた土でできた失敗作が亜人であるとされる。
その話を聞き終え、彼女は先程までの関心の視線ではなく、嫌悪の視線を像に送り出す。
「嫌な話だね」
「そういう文化もあるんだよ。無くなってくれるなら、それに越したことはないけれど」
そして、街並みを眺めて、一つ疑問に思うことがあった。
「パラミ教は偶像崇拝が禁止のはずなんだ」
偶像崇拝の禁止――要は、神を像や絵画として象り、信仰をすることをしてはならないということだ。
しかし、現状はどうだろうか。
見渡す限り、偶像だらけである。
勿論、宗教も歴史と共に入れ替わる。
いくら彼らの神が偶像崇拝を禁止しようと、偶像崇拝を支える信者達の勢いが増せば、禁止の令もいずれ廃れて甘受せざるを得ない。
甘受するのは神ではなく、あくまでも信者であるが。
よって、今この街を女神像が蔓延っている光景は決して間違いなどではなく、歴史の変遷に他ならない。
そんな話をしながら、やがて聖教会に辿り着いた。
ヘロスの中心に建てられている聖教会は、王城としての役割も持っており、建物は前面が教会及び聖殿、その後ろがコイロ聖教王国聖王の宮殿となっている。
聖教会は昼間の時間帯は信者の為に開け放たれており、旅人や観光客も自由に出入りして良いこととなっている。但し、やはり人間のみ。
しかし、現在は国宝の盗難の件により、一般人の一切の立ち入りが禁止されている。
その代わりに、傭兵などの公募による出入りは、人種関係なく許されている。
聖教会入り口で警備をしている聖騎士団員の聖騎士に話をし、厳正な身体検査を終え、やっと中に入ることができた。
中の移動でも、聖騎士が案内兼監視として付き添い、客間へと案内される。
私達の目的はあくまで聖教会内部で魔国との関係性を探ることが第一の目的なのだけれど、怪しまれない為にも請け負う仕事を疎かにもできない。
よって、あまり目立った行動は控えておきたいところである。
気を抜ける状況ではなく、常に聞き耳を立てておかなければならない。
とはいえ、観光で来た訳ではないが、建物の豪華絢爛な装飾やデザインは目を圧倒し、思わず感嘆の声が漏れ出てしまう。
客間に到着し、中で待機しておくように言われると、既に集っていた者達の視線が一度にこちらへ向いた。
特に何も言わずに中に入り、部屋の隅で一塊りになる。
こういう時、ついつい隅っこに向かってしまうのが私の嫌な癖である。
入った時に確認したところ、私達のような旅の者もいれば、傭兵団やどこかの国から派遣された兵団、ギルド所属の組合員など、形態も人数も人種もばらばらだった。
人種は比較的人間が多いようではあるが、亜人もそれなりにいる為、ナキが浮いて見えることも無さそうで良かった。
聖教会側としては、できれば人間だけに頼みたいのだろうが――というよりは、亜人に恩を作りたくはないのだろうが――それでも、断ることができないということは、それほどまでに切羽詰まっているということなのだろう。
「何時頃から始まるのだ?」と、オール。
「特に説明は受けなかったけれど、その内に説明の為の召集があるんじゃないか? 警備場所とか、事件の概要とか」
「外に出てはならんのかのう」
アラフはきょろきょろしながら髭を撫でる。
ここに来てからは人間に姿を変えている彼だが、獣人の時よりも細い印象だ。
「許可さえ取れば良いだろうけれど、監視の目は付くだろうな。動き過ぎると、余計に怪しまれるし」
「確かに、スパイ容疑は避けたいな」
「でも、それだと話を聞くのも怪しまれるんじゃない? 情報収集できないよ」
「とりあえず今は大人しくしておこう。仕事もそこそこにやって、聖騎士とかから少しずつ聞き出していく方向で」
それから数時間待たされ、私たちの後にも傭兵やら兵士やらが何度か入ってきた。
私達もさすがに暇を持て余し、あっち向いてほいに勤しむ。
私は全敗した。
やがて正午を迎え、客間の扉が大仰に開く。
また新しい傭兵が来たのかと思ったが、扉へ振り返ると聖騎士が数名やってきた。
扉を開けた聖騎士達の後ろから、他の聖騎士とは一線を画すオーラを放っている女性が客間に入ってきた。
他の者とは別格に美しい鎧を身に纏い、素人目にも業物と分かる美しい剣を佩用している。
位も高いようで、その証拠に周りの聖騎士は彼女を守るように距離感を変えることなく後ろを歩く。
そして、前を真っ直ぐに見つめる目には何も映っていない。
「……盲か」
オールが小さく耳打ちしてきた。
彼女の言う通り、光の無い瞳を見てみると、確かに盲目であることが分かる。
しかし、歩く姿には全くの歪みが無く、盲とはとても思えない。
彼女は客間にいる全員が彼女を見える位置で立ち止まり、私達一人一人の顔を見遣る。
見えていないはずなのに、視線の先にはしっかりと人がいる。
もしかして、盲ではないのか? ――と、思ってしまう。
値踏みするような目でじっくりと見渡し、満足したのか、やっと話し始めた。
「私はコイロ聖教王国に仕える聖騎士団団長――ティレシアス・ピステボと申す。今回は我が国の窮状に際し、諸君らが集まってくれたこと、誠に感謝を申し上げる」
彼女は深く頭を下げ、それに倣うように背後の騎士団員も礼をする。
盲目という障害を抱えながら、文武どちらも問われるであろう騎士団長を務めているとは、これまた感嘆してしまう。
きっと才能と研鑽の人なのだろう。
その一方で、亜人もいるこの場で彼女らが礼を言ったことに、亜人嫌いのコイロ人への考えを改める。
「――しかし」と、彼女が睨むような瞳で顔を上げたことで、改めた考えを再度改めなければならなくなったが。
「今回、亜人の者達も協力の為にやって来たようだが、ここはあくまで人間の為の国――亜人のような汚れた血肉が聖地に足を踏み入れられたことだけでも、報酬に値する。我々に対して恩を売ろうという思惑や、烏滸がましく謝礼を求めようなどという私欲は、今の内に捨て置くように」
「それでは、聖王陛下がお待ちだ。謁見の間へ案内しよう」と、廊下に出て、こちらへは振り返らず歩き出した。
ティレシアスの言葉に眉を顰める者や、小言を呟く者など様々であったが、渋々彼女らの後を付いて行く。
私達もむっとしてしまうものの、ここで事を荒げる訳にもいかない為、大人しく黙っておく。
しかし、恐ろしいことに、彼女は話している途中、飾りであるはずの目が部屋にいる亜人達の数と位置を確実に捉えていた。
最初に部屋に入ってきた時と言い、まるで全てが見えているようだった。
目が見える者がほとんどの世の中である為、然程脅威ではないように感じられるが、驚異であることには変わりない。むしろ手強く感じてしまう。
案内された宮殿の謁見の間は、街よりもさらに秀美な女神像やステンドグラスで彩られている。
玉座までは青い絨毯が伸びており、その脇に等間隔に配された聖騎士達が並んでいる。
そして、奥に鎮座する男こそ、この国の頂点である。
「陛下、お待たせ致しました。今回の件の為に集った協力者達にごさいます」
ティレシアスと他の聖騎士達は聖王の前に膝を突く。
彼女の言葉に頷き、聖王は口を開いた。
「ご苦労。下がれ」
「はっ」
彼女らは立ち上がり、団長であるティレシアスは玉座の横に、他の聖騎士達は脇の聖騎士の列に加わる。
すると、今度はティレシアスとは反対に聖王の横に立つ男が前に出て、話し始める。
彼が恐らく大司祭と呼ばれる者であろう。
彼の噂は聞いたことがある。
聖騎士団上がりの武人でありながら、圧倒的な支持を得て、司祭に任命された者。
後に、数多の功績を称えられ『大司祭』という新たな役職を与えられ、今では聖王の側近を務めながら、摂政などの権利も持っているという。
「人間諸君ら、亜人風情ら、ご機嫌よう。こちらに居られる方こそ、コイロ聖教王国を統べる聖王――ポタミ・コイロ様である」
その言葉に応じるように聖騎士達が一斉に膝を突く。
「私はコイロ聖教王国聖王に仕える大司祭――ボルボロス・エクヴォリと申す。今回の事件、並びに、諸君らへの任務概要を説明する」
聖騎士達が立ち上がり、大司祭エクヴォリの傍らに一人の聖騎士が歩み寄る。
彼は聖騎士から巻子本を受け取り、粛々と話を続ける。
「今回の事件は、三年前から行われていた犯行である。食糧庫から兵糧が盗まれていたのだ。当時は三人分程度の穀物と野菜といった少量かつ目立たない犯行であった為、気づくことが叶わなかった。しかし、数ヶ月前から宮廷料理人から兵糧の不自然な減少が見られると報告があった。初めは、普段の食事では満足ならなかった騎士の誰かによる盗み食いを疑った。が、犯人は見つからず、全員の無実が証明されるのみだった。考えれば簡単なことではあった。パラミ教の教えに学ぶ我らが聖騎士団にそのような不届き者がいるはずもない。よって、調査は難航した」
大司祭の言葉に聖騎士達が強く頷く。
「そして、ここ最近では、兵糧の減りが以前よりも増し、その頻度も徐々に増してきている。量にして十人以上の食糧がほぼ毎夜のように盗まれている。これ以上は見過ごすことができない。そう思い、我々が動き始めようとした矢先、我らに対する最大の侮辱行為――宣戦布告とも取れる悪行が起きた。我が国の一等級国宝指定の宝物――『トポス・ティアラ』が盗まれたのだ」
そう言いながら、彼は王と彼の間にある装飾品台を指差す。
台には何も置かれておらず、サテンの布が寂しそうに光を浴びている。
「犯人は神出鬼没で、犯行が決まった日時に行われることはない。時間帯も未明頃の日もあれば、夕刻を過ぎて一、二時間後の日もある。犯行ルートも毎回変わっており、こちらの警備体制や兵の配置に合わせて変えてきているようだ」
その情報から察するに、犯行には複数人が関わっているように思える。
犯人は聖教会内の偵察も熟しているらしく、犯行時も複数人と連携し、警備の状況を把握しながら行っているのだろう。
そもそも十人分以上もの食糧を単独で盗めるはずがない。
「そして、犯行グループの人数であるが、我々の調査で一人であると判明した」
……あれ?
「宮廷魔法学士による魔法感知で、犯行時には『アルケミア』が使用されていると判明した。これにより、盗品の運搬については単独で行うことができる」
ああ、なるほど。
犯人が『アルケミア』を使える程に魔法に達者なのには驚きだが、それなら合点が行く。
どれだけ荷物が多かろうと、『アルケミア』で魔素の粒子に分解してしまえば、大抵の荷物は負荷なく運べてしまう。
「犯人はかなり魔法に長けた人物であると予測される。犯人との戦闘には油断をしてはならない。その後、犯人の逃走経路を調査したが、犯人の足跡はいつも聖教会内で途切れている為、その後の足跡を追うことができない。魔法感知による魔力の移動経路も確認したが、それも聖教会内で途切れてしまっていた。つまり、現状では犯人の拠点が分からない」
足跡が聖教会内で途切れている?
それは、聖教会内に犯人がいるということなのでは?
しかし、それだとまた新たな疑問が浮かんでくるし、何よりティアラという物的証拠を抱えておきながら、聖教会内に留まっていることが分からない。
リスクを抱えたままここに残っている意味は一体何なのか。
「しかし、先程も述べた通り、この教会内――もっと言うのなら、人間のみが生きる聖地に犯人がいるはずがない。我々は清らかな生き物であるが故」
それは知らない。
何なら、汚い人間も沢山見てきた。
「よって、犯人はこの聖地の外の者――外から来た亜人であると判断した」
亜人と断定するのは早計としても、聖地――この街の外の者?
しかし、この街に入るには関所を通らなければならないし、まして亜人が入ることはできない。
今なら「傭兵募集の件で来た」と、言えば入れるかもしれないが、犯行はそれが許可される以前から行われている。
侵入するにしても、街は高い塀で囲われており、一筋縄では行かないだろう。
それとも、犯人は犯行の度に聖教会の警備と合わせて、塀の警備も掻い潜っていると言うのだろうか。
「諸君らの思っていることの察しはつく。辻褄の合わないことや、疑問の数々もあるだろう。しかし、我々は今回の疑問に一旦の答えが得られる亜人を見つけた。とはいえ、『アルケミア』が使える程の実力者の時点で、犯行は魔法でどうにでもできるだろうが、事件で使われている魔法は『アルケミア』以外に感知されなかったことと、聖地を守る塀付近で魔法が使用された痕跡がない為、魔法による侵入という線は消える」
エクヴォリは「長くなったが、つまり犯人はこれだ」と、巻子本を私達に見せ、その犯人の――種族の絵を見せた。
それを見て、私も納得する。
ああ――確かに、それなら足跡が聖教会内で途切れていたことにも理由がつくだろうし、街を囲う塀を魔法も無しで簡単に突破できたことにも説明がつく。
何なら、変化する警備体制に対して当日に適応し、難なく掻い潜ることができるだろう。
「犯人は空を飛ぶことができる種族――」
空を飛ぶことのできる種族――人に限らなければ、沢山いるだろう。
しかし、今回の犯人は人である。
人間ではないし、当然だが竜人でもない。
翼を持った亜人は何も竜人だけではない。
むしろ世界にとっては竜人こそ知らぬ存在であり、『それ』こそが翼の人の代表格だろう。
「――『鳥人』である」
〇
鳥人――久し振りの新しい亜人の説明だろうか。長々とならないように善処してみよう。
その名の通り、鳥と人間の遺伝子を併せ持った亜人である。
上半身は人間の背中から鳥の翼が生えており、鳥の遺伝子にもよるが、飛べる鳥人の翼はその身を包める程の大きさである。
下半身は腿辺りから鳥の脚となっており、尾に関してはある人とない人がいる。
大きなコロニーを形成することはなく、その規模も獣人などの少数部落よりも小さい。
村といった一つの土地に根付く生活形態を選ばず、寒暖の変化に合わせて住処を移動するコロニーもあると聞く。
十数年前までは唯一の鳥人の国があったのだが、他国との戦争に敗れ、滅亡してしまい、今は鳥人で構成された国家は存在しない。
鳥人の概要についてはこのくらいにしておくとして、先述の通り、今回の事件の犯行は鳥人であれば、大体のことが合点が行く。
まず、侵入に際して、空が飛べるのなら塀があろうと関係ない。
世界トップの高さを誇るバリウス王国の壁でさえ、空からの攻撃には太刀打ちできなかったのだ。
警備の目がいくらあろうと、皆が暢気に空を見上げてでもいない限りは犯人を発見することなどできないだろう。
その上、そのまま空を飛んで聖教会上空まで行けば、外の警備体制を文字通り俯瞰で見渡すことができる。
内部はさすがに無理だろうが、一度目の侵入を成功したなら、目的地までのルートさえ覚えているだろうし、大体の内部の警備体制も予測できる。
魔法も達者な犯人なら、難しくはないはずだ。
そして、足跡が聖教会内で途切れているということ。
これも逃走経路は空である為、地上を探しても見つかるはずがない。
しかも、魔素は空気中なら分散しやすい為、地上のような魔力の移動経路の追跡も叶わない。
全て合点が行く。
ほとんどの疑問が解消される。
しかし、私はまだ一つだけ疑問が残っていた。
これに関しては、あまり事件の解決――犯人の逮捕には関係なく、個人的な興味になってくる。
以前までは食糧だけを盗んでいた犯人だが、何故いきなり宝物に手を出したのだろうか。
宝を独り占めしたいという人柄でもなさそうだし、何だか違和感を覚える。
「――以上で、今回の任務に関する情報開示を終了する。我々の手で汚れた鳥人を捕まえようぞ。質問がある者は、後で私の部下に連絡をしていただきたい。諸君らの警備配置については、後ほど改めて伝えよう」
エクヴォリは巻子本を傍らの聖騎士に渡し、聖王の方へ向き直る。
それと同時に、この場にいる聖騎士全員が再度跪き、聖王はゆっくりと玉座から立ち上がる。
「聖王様に拝礼を」
皆が深く頭を下げたので、私達も何となく首を傾ける。
と、聖王が立ち去ろうと私の目の前を通り過ぎようとした時、彼は立ち止まった。
私は身動きせず、彼の嫌に豪華な靴を見ていた。
「貴様がフィン・アーク・アイオー二オンで間違いないな?」
「……はい、左様で」
口を利いて良いものか分かり兼ねたが、シカトするよりは幾分マシだろう。
それよりも、聖王が私の名を把握していることに驚いた。
確かに、ここに来た際に名簿に名を書いたが、今の言葉はそれ以前から知っているという口調だった。
「貴様の活躍は我の耳にも届いておるぞ。かの『王国』に生まれ、その兵法を学んだと」
「はい」
「しかし、その後は血迷ったとしか思えぬな。『王国』を去った後は、バリウスやネオンを救うなど、いずれも亜人の国ばかり。汚れた命に手を差し伸べるなど、それは神の教えではない」
手を差し伸べることが間違いだと――彼は本気で思っているのだろうか。
だとしたら、彼らが信じる神とは、実に信じるに値しないようだ。
現実に出会った『神』ほどではないようだが。
「人間に生まれたことを誇れ。我々は高尚なのだと自覚を持て。貴様は人間であろう?」
「はい」
今はね。
「ならば、正しい選択が分かるはずだ。鬼の娘など連れ添っても品を損なうだけだ。夜の営みに不満があるにしても、物は選びたまえよ」
私は何も答えない。
目も合わせない。
肯定の沈黙と捉えられたなら、それでも良い。
全部の用が済んだ後、こいつの顔だけ殴るから。
何も答えない私に「ふん」とだけ、鼻を鳴らして立ち去る。
私は後ろを振り返り、ナキを見る。
「ごめん」
彼女は「大丈夫だよ」と、静かに笑った。
〇
時が流れ、現在は深夜零時を回ったところである。
私は宮殿側の第一城壁の城壁通路で警備をしている。
ナキとオールは私とは反対に位置する東側テラスに、アルステマとアラフは宮殿側正門付近に配置されている。
私と一緒の場所に配備されたのは、ギルドの仲介を受けてやって来たという、ギルドグループである。
リーダーである青年が私のことを知ってくれていて、ギルド組合に所属しないかと勧誘を受けた。
「アイオーニオンさんなら、絶対プラチナランクまで行けると思うよ」
彼はオリクトという名で、中堅ギルドに所属している組合員だった。
ギルドというと物々しく聞こえるかもしれないが、要するに労働者組合であって、彼らのギルドでは傭兵業の仲介や派遣を行なっているそうだ。
他にも、炭鉱ギルドや漁業ギルドなど、様々である。
金回りの良さはどの業種のギルドも然程変わりはないが、難しい仕事を成功できれば、その分報酬が大きいのはやはり傭兵ギルドだろう。
その為、近年では傭兵ギルドが盛行しており、傭兵ギルド全体での共同参画の確立も見られている。
また、組合員をランク分けし、ランクごとによって特典があるなど、組合員同士の競争意識を持たせる試みも行われている。
とはいえ、私には向上心も金銭欲も特別ないので、丁重にお断りさせていただいた。
「そうかあ、やっぱり入らないか。まあ、規則のある団体に身を置くような人じゃなさそうだもんな」
そんなことはないと思うけれど、他人がそう言うならそうなのかもしれない。
そう思うと、育成学校を辞めたのもそういう深層心理があったのだろうか。
「そう言えば、オリクトさん達のランクはどの辺りなんですか?」
「俺はカッパーランク。他の皆はスチール」
カッパーランク、スチールランクということは、丁度真ん中くらいだろうか。
それでも、上に行くほど人数も厳選されていく為、これまで十分難しい依頼を熟してきたのだろう。
ランクは八段階で、下から『ストーン』――『コール』――『アイアン』――『スチール』――『カッパー』――『シルバー』――『ゴールド』――『プラチナ』となっている。
プラチナランクは全ギルドでも数人しかいないと聞くし、私では難しいのは間違いない。
オリクトさんもお世辞で言ってくれたのだろう。
「しかし、大きな声じゃ言えないが、この国も歪だな」
先程までとは表情を変えて、神妙な面持ちで小声で呟く。
彼は人間だが、彼の仲間にも亜人が何名かいる。
昼間の出来事は彼にとっても、気を害すものに違いなかっただろう。
「今のこの国の実質的政権は大司祭が握っている。元より聖王は国の政治に関わらないそうだが、今はそれが顕著だそうだ」
この国の政治というのは、パラミ教の宣教活動も含まれている。
「街中に偶像が溢れていましたけれど、今の大司祭が政権を握ってから、偶像崇拝を奨励する流れができたそうですね。各地の教会で芸術家を雇い、民衆に像や絵画を買わせているだとか」
「ああ、そのお布施のお陰で、今の聖教会は大儲け。あの聖王の肥え太りの有様もその表れだろうな」
星が光る夜空を見上げ、溜め息を吐く。
カタラクティスやバリウスのように、王道を突き進む国もあれば、コイロのように支配者の欲に包まれた国もある。
こんな国に協力をしなければならないとは、気が滅入るばかりだ。
第一、私の目的は泥棒探しではないのだ。
もっとその辺にいる聖騎士達から話を聞き出したいのだけれど、私の存在が聖王らに把握されているのは想定外だった。
下手に接触を図ろうとすると怪しまれるし、そもそも聖騎士達が私を避けているように思える。
現状、決して重畳とは言えない。
今回の事件も、魔国との関係性が感じられれば良いが、それもない。
「あ――」
と、見上げていた夜空は依然として黒いままだったが、私の目に黒の中でも刻々と目立つ真っ黒が映り込んできた。
「――来たぞ! 全員、警戒態勢を取れ!」
私は声を張り上げ、周りの騎士達に犯人の襲来を告げる。
武器を構え始める聖騎士達は、見えない犯人に戸惑っている。
「上空だ! 宮殿の真上、一際黒い影が犯人だ」
犯人は上空で滞空し、こちらの様子を窺っている。
この距離では、さすがに克明には犯人の姿が見えないが、その人種は確認できる。
紛れもない――鳥人だ。
はためく翼もまた黒い。
本当なら、私も翼を生やして犯人確保と行きたいのだが、ここで人間以外の姿になる訳にはいかない。
下に来たところを捕らえるしかなさそうだ。
と、そこで「アイオーニオンさん!」と、オリクトさんに呼びかけられた。
何事かと返事をすると、彼は焦り顔を隠しもせず「仲間の元へ行け!」と、叫んだ。
「どういうことですか?」と、ひとまず訊くと、彼ははっとして、周りの聖騎士達には聞こえないように、耳打ちをする。
「今、東側テラスで警備をしている仲間から鳥が届いたんだ」
鳥――伝書鳩か何かだろうか。
「そこに君の仲間も一緒にいるだろう? 鳥が運んできた文によると、亜人の子が聖騎士達に襲われたらしい。何かいちゃもんをつけられたようだ。ここは任せて、テラスに行った方が良い」
その言葉に、心を一瞬にして怒りが支配した。
辛うじて「ありがとうございます」と、彼に早口で言い、持ち場から離れる。
東側テラスまでは距離がかなりある。
その上、人間以外の姿になれない状況では、時間がかかる。
塀と塀を飛び移り、旗竿や手摺りをバネにして、できる限りの速度で彼女の元へ向かう。
何故、ナキが襲われたのか――ナキ自身から何かをするはずがないし、どうせ聖騎士達が下らない真似をしようとしたのだろう。
オールが一緒に付いているのなら、万が一もないと思うが、それでも向かわない訳にはいかない。
持ち場から一分くらい掛かったが、ナキとオールがいるはずのテラスに辿り着く。
テラスの手摺りに手をかけ、飛び上がって登場した私だったが、目の前に広がった景色は思わぬ光景だった。
テラスには倒れ伏す騎士達が情けなく呻いている。
中央に、同じく倒れるオールを抱き寄せたナキが座り込んでいた。
そして、彼女らの目の前には、大司祭であるティレシアスがナキに剣先を突き向けている。
周りには、無事な騎士やオリクトさんの仲間と思われる人達が、その光景を唖然として眺めていた。
「そこにいるのは、アイオーニオンかな? 君の持ち場はここではない。早く戻りなさい」
私はゆっくりとナキとオールに歩み寄る。
「ああ、勘違いするな。この少女が我らが聖騎士達を伸したのだ。彼女はその報復を受けて今眠っているだけだ。ただの応報だよ」
まだ抜剣はしない。
敵意はできる限り見せない。
今更、手遅れかもしれないけれど。
「しかし、驚いたよ。こんな少女にコイロが誇る騎士達がこうも敗れるとは。私も多少手こずった」
ナキとオールの横まで来て、私はティレシアスと対面する。
決して睨まない。
怒りを隠し、こちらからは仕掛けない。
「ナキ、オールは大丈夫?」
「……気を失ってはいるけれど、命に別状はない」
なら、良かった。
万が一も起こらないと思っていたが、私も驚かされた。
盲目の騎士一人に、いくら人間の姿で能力が半減しているとはいえ、洛北竜であるオールが負けるとは。
彼女、やはりただの強者ではなさそうだ。
「犯人が現れました。捕まえるチャンスです。こんなことをしている場合ではない」
「ああ、先程報告を受けた。君も持ち場に戻りなさい」
「用が済めばな」
私は膝を突き、オールの頬に手を当てる。
顔にも痣ができ、少し触れるだけでも苦しそうに呻く。
「何をされたんだ?」
ナキに訊ねる。
「……待機していたら、聖騎士にいきなり腕を掴まれて、乱暴されかけて――オールが聖騎士の腕を払うと、全員で襲いかかってきたの。オールは皆倒したけれど、彼女がやって来て、オールに剣を向けて……」
オールを伸した――と。
「いやいや、アイオーニオン。私は団員の口からしっかりと真実を耳にした。鬼の言葉よりも余程信頼に足る言葉だ」
「……それが真実である証拠は?」
「証拠は要らない。神より賜った人間の口から出た証言だ。それが何よりの真実」
会話にならないほどの暴論である――が、彼女の目には一点の曇りもない。かと言って、光もないが。
ともかく、彼女はそれを心の底から世界の真理であると信じているのだろう。
信心深さも極まれれば恐ろしいな。
「私達に非はない。さあ、早く持ち場に戻りなさい」
「よく考えてみろ。論理的に考えろ」
「神の御技に理が通じるとでも?」
「僕らから危害を加える理由は無いだろう」
「私達にも無いはずだが?」
「ある。亜人嫌いが何よりの証拠だ」
「ならば、それが神の教えだ。間違いではない」
「……思考停止かよ」
「神の御心に人の思考が及ぶとでも思ったか?」
「神が大事か人間が大事か、はっきりしろよ」
「どちらも大事だ」
「なら、神が人間を滅ぼすつもりなら?」
「詮ないことだ。そんな愚行は起こらない」
所詮は都合の良い神様か――そんな奴はいねえよ。
「ティレシアスよ」
と、その時、真上から声が落ちてくる。
見上げた先には、窓からこちらを見下ろす大司祭エクヴォリがいた。
「そいつらを殺せ」
「しかし、エクヴォリ様。内二人は人間です」
「彼らは人間ではない。人の皮を被った化け物だ」
「はっ」
その瞬間、凄まじい速度で私の喉元に彼女の剣が飛び込んでくる。
しかし、その頃には私はナキとオールを抱え、駆け出していた。
刺突が空振りに終わったティレシアスは「奴らを捕らえろ!」と、張り詰めた声で叫ぶ。
その瞬間、大勢の聖騎士達が襲いかかってくる。
私は彼らの隙間を縫って、テラスの端に駆け込む。
手摺りに足をかけ、宙に飛び出す。
竜人になり、アルステマとアラフの元へ向かう。
どうやら、聖教会は犯人の襲来と私達の逃走で混乱を極めており、逃げることは容易かった。
次第に見えてきた正門の城壁の上に、見知った姿を確認した。
二人も私達を視認し、暢気に手を振ってきた。
「逃げるぞ!」
「ええ?」
急いでいる状況にも関わらず、気の抜けた声で聞き返してくる。
「逃げるぞ!」
「『逃げるぞ』? 何て言った?」
「聞こえてるだろ!」
私は二人の位置まで降下し、長い尻尾を伸ばす。
「掴まれ!」
私の鬼気迫る声に何かを察し、二人はギリギリで尻尾に掴まる。
まだ現状を把握できていない付近の騎士達は、呆然として遠ざかる私達を見ていた。
「どうしたの、フィン」
「ミスった。一旦、身をくらませよう」
「どこへ行くのじゃ?」
「分からない」
「犯人は?」
「とりあえず落ち着いてから全部話すよ」
星が瞬く空の下、黒の鱗が輝いていた。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




