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Light in the rain   作者: 因美美果
第七章――1
65/77

『信仰』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

「コイロ聖教王国って、どんな国なの?」


 次の目的地までの道中、オールの背中に乗せられて、アルステマがそう訊ねた。


「一言で済ますなら、人間好きの宗教国家だよ」


 今回の旅のメンバーは、私、ナキ、オール、アルステマ、そして洛西獣――アラフ・ド・ドルイドの五人である。

 村にいるネアロスが仮に暴れ出した時の為に、当初はオールかアラフさんには残ってもらおうかと考えていた。

 しかし、それをしなかった理由は、スキロスとアルクダ、何よりもアルアさんの言葉に大きい。


「きっと次も一筋縄じゃいかないでしょう。その時、守護者のお二人は居てくれた方が良い」

「けれど、それでは村に万が一が起こった時――」

「それでも、心配しないで。ここはどうか任せてほしい。散々力になれなかったのだから、今だけは何事もなくあなた達の帰りを迎えてみせるから」


 お願い――強く手を握って、彼女はそう送り出してくれた。


 意外と言えば、失礼かもしれない。

 けれど、有り難いことも確かだった。


「今回、コイロに向かう理由は、飛行船からコイロ硬貨が発見されたことのみなんじゃったな」


 アラフさんは白い髭を撫でながら思案する。


「手がかりとしては何とも心許ない。その上、胡散臭い」


 その通り。

 ネオン王国を襲った飛行船から得られた唯一の手がかりがコイロ硬貨。

 それしか発見されなかったというのは、あまりに不自然で、あまりに作為的である。


 しかも、コイロ硬貨は他国でも流通しており、簡単に入手することが可能。

 手がかりとして、必然性に欠ける。


 魔国の何らかの罠である可能性は高いし、ただのブラフである可能性も高い。

 つまり、私達が損をする可能性が高い。


 しかし、他に手がかりがないと言うのだから、仕方ない。

 それに、本当の手がかりだった時、手遅れになっちゃったでは示しがつかない。誰への示しなのかも分からないが。


「罠であったなら、それはそれまでだ」


 オールが私達を乗せながら、勇しく羽ばたく。

 彼女の背に乗るのも大分久し振りである。


「おいおい、そんな出たとこ勝負で大丈夫か?」


 アラフさんは髭を指で弄びながら、そんな心配事を零した。

 意外と慎重派らしい。


「ねえねえ着いたら何するの?」と、アルステマ。

「お嬢ちゃん、観光じゃないんじゃから」と、アラフさん。


「でも、前の時もお店見たりしたよ?」

「いや、前はほら、儂に会うのが目的じゃったし、敵と闘うことは想定してなかったじゃろう?」

「あ、でも、前の時に入ったお店の人、すごく嫌な人だったな」

「それはごめんなさい」

「今度も冷たい街だったら嫌だな」

「うん、ごめんなさい」


 何だかアラフさんが可哀想になってきた。

 巨漢のはずなのに、どんどん小さくなっていく。

 ただのしょぼくれたおじいちゃんに見える。


「ああ、でも」と、私は話を変える。


 「アルステマが竜人の姿を隠すのは当然として、アラフさんも今は獣人の姿だけれど、コイロでは人間になった方が良いですよ」

「ああ、それもそうじゃな」


 その注意喚起には、それ相応の理由がある。

 先程も話した通り、コイロ聖教王国は人間至上主義国家である。

 それも過剰なほどに。


「過剰……どのくらい?」


 お気楽な声でアルステマは訊ねる。

 これに関しては、気楽に見過ごせる度合いではない。


「何せ、国教とされる『パラミ教』の最大の特徴は、救済は人間にのみ与えられるというものだ。宗派もそれなりに分かれているけれど、過激な派閥だと人間以外――つまり、亜人は迫害対象だからね」


 今の聖教会は過激と言えないまでも、亜人に無害とはとてもじゃないが言い難い。

 コイロを訪れた獣人が耳と尻尾を千切られた状態で発見されたり、鬼人が角を折られ歯を抜かれて死んでいたなんて話も聞く。

 中でも凄惨なのは、何十人で無害の巨人を殺した後、人間サイズの肉塊に切り刻むという話だが、それを聞いた時はさすがに戦慄と憤怒を禁じ得なかった。


 とにかく、亜人が訪れる際は気を付けなければならない。


「え、そうなの? じゃあ、私大丈夫?」


 と、私の背中に凭れていたナキが私の腕を強く握る。


「私、角折られちゃうの?」

「大丈夫だよ。そこまで過激な宗派はほとんど無くなっているから。まあ、でも、単独行動は危険だから、あまり離れないようにはしておこう」

「うん……」


 ナキはローブのフードを目深に被って、私の背中に再び寄りかかる。


「お、そろそろじゃないか」


 オールの言葉に前方を見遣ると、建物群が地上に見え始める。

 ここに魔国への手がかりが――イストリア・カサルティリオへの手がかりがあるのか、果たして――



   〇   



 コイロは国境が全て他国と接している国なので、ここに来るまでに既に二つの国の関所を通過している。

 門を潜っては誰にも見つからないように飛び立って、上空を移動し、また関所が見えたら誰にもバレないように降り立つ。

 税関を通らずに行くと、後々面倒になるかもしれないし、国境上に不法入国防止の感知魔法を張っている国もある。

 面倒だが、一回一回関所を通らなければならない。


 コイロへの入国の際にも、一度地上に降り立ち、関所で入国金を支払う。

 軽い検査も受けるのだが、その時に鬼人であるナキは税関の男に怪訝な目といやらしい目で見られた。左目がいやらしい方だ、きっと。

 やはり、ナキもアルステマ同様、オールの魔法で姿を変えてもらうべきだっただろうか。


 コイロには『王国』の言語も広く普及しており、ナキやアルステマであっても心配いらない。


「ネオンの時くらい入国金取られたね」

「…………」


 アルステマの無垢な視線がアラフさんを襲う。


「で、これからどうするんだ?」


 今回の旅は、ネオンの時のように目的地が決まっている訳ではない。

 情報収集が主であり、それ故にどこに情報が眠っているのかが分からない。


「とりあえず大きな街に行こうか。そこで情報を集めよう」


 ここより半日歩き続けると、コイロ最初の商業都市がある。

 オールの翼ならば、ゆっくり進んでも三時間と掛からないだろう。


 人目につかない所に移動してオールの背に乗り、念の為、透明化の魔法をかけて空に飛び立つ。


「そういえば」と、ナキがふと口を開いた。


「コイロの関所、意外と亜人が多かったね。居ても数人なのかと思っていたけれど」

「ああ、確かにのう。交易目的の商人らが大半じゃろうが、中には各国の官職らしき者も見えた」


 普段はコイロに亜人の国の者が積極的に近寄ることはないのだけれど、今回は状況が違う。

 そういった者達はきっと私達と同じ目的だろう。


「飛行船でのコイロ硬貨の発見で、各国も動かざるを得ないのだろう。魔国が強国であることは紛れもないから、潰せるのなら潰しておきたいという腹積もりであろうな」


 オールはそんな見解を述べた。

 すると、ずっと黙っていたアルステマが思いついたように問う。


「コイロ側は今回のことについて、何か証言しているの?」


 確かに、気になる疑問だろう。

 コイロ硬貨が飛行船から発見され、勿論コイロが押し黙ったままなんてことはない。


 各国政府や世界中のマスコミからの詰問に対し、コイロ聖教王国の中枢機関である聖教会は――


「我々は全くの無関係であり、如何なる罪を被る証拠はなく、如何なる罰を受ける根拠はない」


 ――という一言の一点張りであった。


 つまりは、無実を訴えているということ。


「実際、連日やってくる他国からの調査団を全て受け入れているし、その上であの事件との因果関係やキメラ研究の証拠などは見つかっていない。魔国との繋がりも然り」

「じゃあ、今回は空振りに終わる可能性が高い――と」


「むう」と、唸りながら、アルステマは頬に手を当てた。


 実際、彼女の言う通り、無駄足になる可能性の方がずっと高い。


「だとしたら、どうやって証拠を探し出すの?」


 ナキは依然私の背に凭れ、眉を顰める。


「各国の調査団が調べても出てこないことをどうやって見つけるの?」


 その問いに対し、私は毅然として胸を張り、こう答える。


「全然思いつかないから、一緒に考えて下さい」



   〇   



 時が流れ、私達が今いるのはコイロ聖教王国王都兼パラミ教聖地――ヘロスである。


 関所から商業都市へと足を伸ばした私達だったが、そこでは有力な情報は得られなかった。

 調査方法は結局地道に聞き込みをすることに決まった。


 私とナキ、オールとアルステマ、アラフさんの三班に分かれ、情報を網羅したが、やはり有力な情報は出てこなかった。


 しかし、私とナキが訪れたとある教会で話を聞いたところによると、聖教会を襲う不穏な影があるという情報を入手した。


「そっちは鬼人かい?」

「ええ」

「……ふうん」


 教会で話しかけた神父は、ナキを卑下の目で見遣った。


「それで、聞きたいのは我が国と魔国との繋がりだったかな?」

「はい、何か些細なことでも良いので」

「遠路遥々申し訳ないけれど、どの国にも答えている通り、全くの無関係だ。協力関係どころか、敵対関係すらない」


「ああ、しかし――」と、話を終わろうとした神父は、再び口を開いた。


「聖教会が先日、有志の傭兵を募り始めたんだ。何やら聖教会の食糧庫が荒らされているらしい」


 食糧庫――一見すると、魔国との関係はあまり無さそうだが。


「調べたところによると、何年も前から定期的に食糧が盗まれていたのだが、その時は少量で気付けなかったそうだ。しかし、ここ最近は見過ごせない程の食糧が盗まれており、つい先日、国宝指定の宝物が奪われたと聞く。それで、聖教会は自国に限らず、腕利きの傭兵を雇い出したんだ」


 ふむ、魔国との因果関係は判然としないが、何かしらの畝りがこの国で起こっていることは確からしい。

 それに、傭兵を募っている今こそ、聖教会に近づくチャンスである。


 この上ない好機――逃す手はない。


「貴重なお話をありがとうございます」

「いや、人間同士、助け合わなくてはな」


 人間同士――か。

 その言葉を口にした時、神父は決してナキを見ることはなかった。


 その後、すぐに街を発ち、月が煌々と光り始めた頃、ヘロスの地に降り立った。

 各国の王都は大体国土の中心にあることが多いのだが、コイロの王都は比較的国境近くに位置しており、移動は他国と比べると遥かに短時間で済んだ。


 その訳は幾分予想がつくかもしれないが、聖地をそのまま王都として定めているからである。

 パラミ教に基づく聖地は建国よりも前から存在している。

 というより、パラミ教を礎として国が建てられたのだ。

 国土の中心がズレたからと言って、その都度聖地も移す訳にはいかない。

 かと言って、王都と聖地を別々にする気もないのだろう。


 ヘロスは街全体が壁で囲われており、街に入るにはさらに関所を通る必要がある。

 そして、コイロにとって聖地であるヘロスは、人間以外の種族が足を踏み入れてはならないとされている。


 しかし、今回の傭兵募集に伴い、傭兵としてやって来た亜人はそのルールから免れる。

 お陰でナキもヘロスに入ることができた。


 聖教会に行くのは明日にして、関所を抜けた後は宿を探した。

 しかし、いくら傭兵特権があろうと、街の宿屋は融通が利かず、どこもナキを見るなり追い返してくる。


 今夜は野宿を覚悟したその時、声を掛けられた。


「あんたら、泊まるところがないの?」


 その声に振り返ると、か細い人間の青年が佇んでいる。

 そして、ナキを見て腑に落ちたように「ああ」と、声を漏らす。


「そりゃ、鬼人を連れてりゃそうなるわな」


 彼も他の人間と同じだと思い、その場を立ち去ろうとしたが、


「ちょっと待ちなさい」


 と、引き留められた。


「そんな嫌な顔するもんじゃないよ。うちに来なさい。部屋は余っている」


 その言葉に、私達は顔を見合わせる。

 少し呆気に取られながら、彼の後を付いて行く。


「鬼人の子や、角は隠しなね。亜人を招き入れたなんて他の人に――まして、教会にバレたらただじゃ済まないからさ」


 その言葉にナキも慌ててフードを目元が隠れるくらい深く被る。


「ここが俺ん家。一人で住むには寂しくてさ」


 着いた家は確かに一人で住むには持て余してしまいそうな程に大きく、案内された部屋は長いこと使っていないのが窺えるくらい埃が充満していた。


「悪いね、綺麗じゃないだろう」

「いえ、泊めていただけるのですから、むしろ掃除させていただきますよ」


 部屋の掃除を粗方済ませてリビングへ戻ると、テーブルにはたくさんの料理が並んでいた。


「お、済んだかい? ご飯ができたから、皆で食べよう」


 それから、家主と色々なことを話した。

 名を訊こうとすると、彼は決して言わなかった。


「腐ってもパラミ教の信者だからね、あまり深く知り合うのは避けておかないと」

「名も駄目ですか」

「ああ、危ない証拠は無いに限るよ」


 宗教というのも息苦しいものである。

 パラミ教の教典には、亜人を助けてはならないなどという教えは記されていないので、彼がやっていることは決して間違いなどではないのだけれど。

 結局は宗教も神様より世俗の言葉に流されてしまうのだな。


 名は最後まで教えてはもらえなかったが、その他のことは快く話してくれた。

 親の代から住まわれてきているこの家に、彼も生まれてからずっと暮らしていること。

 一昨年、彼の両親が亡くなったこと。

 それから、この広い家でずっと一人で暮らしていること。


 パンを頬張りながら、アルステマがあちこちの壁を指差し、


「結構ぼろぼろだけど、建て替えないんですか?」


 彼女の図太さには感嘆するが、その図太さは他のところで活きないのだろうか。

 しかし、それにオールも乗じて、


「そう言われるとそうだな。経年劣化が著しい。壊れた箇所は木板と釘で直しているようだが、その内倒壊するんじゃないのか?」


 と、訊ねる。

 なんてことを言うんだと、食卓が凍りつくかに思われたが、彼は笑いながら答えた。


「ああ、そうだね。けれど、家族が暮らし家族が死んでいったこの家に潰されて死ねるのなら、むしろ本望と言うべきさ」


 あくまでも快活として――勇ましいほどの溌剌さで笑い飛ばす。

 寂しささえも愛しているように見えた。


 その後も楽しい会話が続き、寝る支度を整え、私達はそれぞれの部屋へ分かれた。

 男性と女性で部屋を分け、私はアラフさんと寝る前に少し話をしていた。


「以前、アルア殿から聞いたよ。貴殿が魔国に受けた屈辱も、貴殿が打ち立てた浅はかな計画とやらも」


 アラフさんはそう切り出して、やはり髭を撫でた。


「最初は耳を疑ったものじゃ。貴殿ほどの者が儂の力で地盤沈下などと考えるなんてな」

「それは早いところ忘れて下さい。今思い返すと、自分でも恐ろしいくらいです」

「ふふ、貴殿も焦っていたのじゃな。村の悲しみに――ナキ殿の不幸に――己の不甲斐なさに、急いてしまったのじゃろう」


「まあ、儂が偉そうに言えた義理ではないが」そう呟いた彼は窓の外を見遣り、皺を纏う瞳に街の光が映り込む。


「冷静になってみれば、あんな計画――計画にも満たない暴力、あなた方が聞き入れてくれるはずもないと分かるのに」

「じゃが、もう止めたのじゃろう?」

「当たり前です。ナキともそういう話をしましたし」


 そうだ。あの時、ナキと話せたことが何よりも幸運だった。

 自分の傲慢さにも、愚かさにも、もっと素晴らしい方法があることにも、ちゃんと気付けたのだから。


「今日の昼間のあの言葉――ナキ殿の問いに対する貴殿の答え――貴殿がああ答えてくれて、心底安心したよ」


 私の答え――何とも情けない「全然思いつかないから、一緒に考えて下さい」という言葉。


「あれに安堵したのは、決して儂だけではないじゃろう――いや、儂よりも貴殿と長く時を共にしてきた皆の方が、余程胸を撫で下ろしたに違いない」

「……そうですかね」

「そうじゃよ。貴殿が一人で生きようとすることを諦めた証じゃ」

「…………」


 別に、そんな大層な思いではない。

 以前失敗したから、今回は恥を掻きたくなかっただけだ。


「ふはは、照れるな、若者よ」


 月の光を浴びながら、彼は勇しく笑う。


「話を変えさせてもらいますけれど、『神』の処遇について、ネオン国民には何と説明したんですか?」


 そう訊ねると、彼は笑みを引っ込めて「うむ……」と、渋りつつ答える。


「民には、『神』を無事に処刑したと伝えた」

「……それは、あなたの判断ですか?」

「いや、儂と……家臣達との合意の下の決断じゃ」


 それについて、私が何か口を出すことはない。

 国民の為に事実を語ることも、国民の為に虚実を騙ることも、そこに私の意志など存在しない。

 責めるもなく、讃えるもなく、彼らの選択を受け入れるだけ。


「これが正しいのかは分からない。今まで間違え続けてきた儂だじゃ。これまでの過ちを取り戻すように家臣達を決断に加担させた。今回こそ、儂の一存で儂が責任を負うべきじゃったのかもしれない」


 大きな溜め息の後に、アラフさんはぽつりぽつりと胸中を吐露する。


「儂は臆病なのじゃ」


 人々によって語り継がれる洛西獣――その象徴とも言うべき荘厳な勇ましさは、その声からは欠片も感じられない。


「本来、儂には務まらないはずの役目なんじゃ――王も――守護者も」

「…………」

「この世界に生まれ落ちて五千年。しかし、洛西獣となってからは僅か三百年余り――経験値で言えば、儂は今の守護者の誰よりも未熟者なのじゃ」


 そのくらいの情報は私にもあった。

 学校で学ぶことのできる基本的な知識である。

 ――しかし、座学の授業では、彼の苦悩も一緒に知ることなどできない。


「先代は儂よりも遥かに優秀で――有能で――何より勇猛であった。民に慕われ、他国からの信頼も厚く、与えられた役目に何一つ恥じぬ、王道を行く王であった」

「ええ、伝え聞いています。戦となれば自ら先陣を切り、如何なる敵をも打ち砕く――『戦神』と恐れられた。けれど、国へ戻れば忽ち穏やかな笑みを浮かべ、それだけで民を安堵に包み込んだ、と」

「ああ、国の誇りに相応しいお方じゃった。それ故に、惜しかった」


 惜しかった――急逝だった。


 病に伏してから時間は掛からなかったと聞く。

 遺言を残す間もなく意識を落とし、そして、その意志は彼の子へと受け継がれた。


 以前にも話した通り、洛北竜の代替わりは殺し合いによって決定する。

 先代の死後に、洛北竜に成らんとする竜達が集い、最後の一頭になるまで戦い、生き残った者が新たな洛北竜となる。

 血みどろの死体になるのか、血みどろの死体の上に立つのか、それだけの戦いである。

 あまりに単純――あまりに凄惨である。


 しかし、洛西獣はまた違う方法で継がれていく。


 世襲制――洛西獣の子が、その冠を受け継ぐということ。

 つまり、先代の洛西獣は、アラフさんの父親であるということだ。


「ただの猪じゃった儂が、いきなり死んだ父の肉を食わされたと思えば、獣の脳の限界を軽く超える知性が宿った。それこそが洛西獣になった証拠であり、先代の肉を食う狂気的な行為こそ、洛西獣の戴冠式なのじゃ」


 そして、彼は洛西獣となった。


「あの時は訳が分からず、家臣達の言葉に肯くばかりじゃった。自分の頭では何も理解できぬ。民とは何か――王とは何か――豊かさとは何か――何も分からなかった。顔合わせをした他の守護者達が恐ろしく見えて仕方がなかった。しかし、先代もこれら全ての苦悩を乗り越え、民の信頼と国の安寧を勝ち取ったのじゃと思うと、余計に不安を掻き立てられた。儂にはそんな真似ができるのか――儂は民の為に何ができるのか」


 その結果、彼は国の近代化を進めた。

 進めて――失敗に終わった。


「うむ、思い返してみても、全く酷いものだ。それからも『神』に自我を奪われ、更なる失態を重ねるのだからな」

「……あなたの抱えている苦しみは、やはり僕の抱えていたものと似ているのかもしれません」


 ゆっくりとこちらを見る彼の顔は、どう見ても老人のそれに他ならなかった。

 勇ましさとは、奮い続ければ人を疲れさせる。

 疲れとは、積み重ねれば人を老いさせる。


「貴殿の苦しみ――村の指導者としての重み――か」

「はい。あなたが抱えるものとは、規模も命も桁違いですけれど。それでも、通じるものがあります。分かり合えるものがあります」


 焦ることも時には必要なのだろう。

 生き急ぐことで間に合った何かもあっただろう。


 けれど、今はその時ではない。

 ナキの為――民の為――そのチャンスは一秒先に消えてしまう訳ではない。

 今は、もう少しだけ丁寧に生きて良いのだと思う。


「あなたのしてきたことの正否は分かりませんけれど、あなただって努力をした人だ。僕はあなたに会えて良かったと思っています。気休めのつもりもないですから、気にしないで下さい」


 アラフさんは髭を撫でる手を止める。


「……貴殿が良いなら、儂に敬語も敬称も要らない。貴殿にも敬称を付けたくない。些か歳は離れているが、貴殿を友と呼びたい」


 私としても、是非もない。


 ――と、その時、荒々しく扉が開き、オールとアルステマが部屋に駆け込んできた。

 遅れてナキが入ってくる。


「おらあ、寝てんじゃねえぇ」

「寝てねえよ」


 どうやらオールは大分酔っ払っているらしい。

 少女の姿で酒気を帯びているところを家主に目撃される可能性を考慮してほしい。

 酩酊の頭にそんな言葉が届くはずもないが。


「何話してたの? 教えろよう」


 アルステマも酒瓶を片手にぶら下げており、それなりに飲んでいるらしい。

 酔っ払いとほろ酔い二人の相手はナキ一人には荷が重すぎる。

 その証拠に、彼女は大分気疲れしている。

 明日からが本番だと言うのに、大丈夫なのか?


「オール、酒臭いからもう寝ろ。外で」

「おういおいおい、仲間外れにしないでくれよう」

「オール様泣いてるう、あっはっは」

「おい、貴殿ら、家主の迷惑になってしまう。そんな大声を上げるな」

「うるせい、今夜はパーチーなんだよお、おらあ!」

「いった、殴んな」

「あー、フィンが殴られたあ」

「ほら、アルステマも悲しんでるだろうが」

「あははははは」

「楽しんでた」

「ああ、もう、お前ら禁酒しろお!」

「騒がしいのう、ふはは、こんなに騒がしいのは久しぶりじゃのう」

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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