『一息』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
デメテルが去り、私達はすぐに村の広場へと集まった。
気を失っていたアルステマとスキロスとアルクダも目を覚まし、私達は情報を整理し直す。
思えば、ネオン王国での騒動以来、私達はろくに落ち着いて話せていなかった。
ひとまず、村の皆にネオン王国で起きたあれやこれやを伝えた。
話し終えると、皆一様に「大変でしたね」と、労いの言葉を送ってくれた。
そして、こちらも私達がいない間に起きた出来事を皆から聞く。
デメテルのこと――オールのこと――色々と負担をかけてしまったと、聞き終えた私は皆に頭を下げた。
ずっと私の心配をしてくれていたスキロスとアルクダは、話を聞き終えて質問を投げかける。
「フィンさんはいつ意識が戻られたんです?」
「俺達がネフリに着いてすぐに追いついたから、俺達がネオン王国を発って間もなくだったんですか?」
うむ、私が意識を取り戻した日であるが――
「五日前だよ」
「えっ……」
私が目を覚ました時には、彼らがエリモスを経ってから既に十日が経っていたと聞いた。
私は目を覚まして事情やその他諸々の話を洛西獣とし終えるや否や、すぐ様ネフリを目指した。
王都から竜の姿でぶっ通しで飛び続け、何とか五日で辿り着くことができた。
できることなら、皆が乗っていた馬車に追いつきたかったのだけれど、ぎりぎり間に合わなかったらしい。
「ぶっ通しで……それでよく戦えましたね」
「まあ、体は大分元気だったからね」
私がそう言うと、アルアさんはずっと気にかかることがあったらしく、私に質問する。
「フィンさん、体は大丈夫なの?」
心配そうな――もっと言えば、怪訝そうな眼差しで彼女は私を見ていた。
「ええ、大丈夫ですよ。元通りです」
「元通りって……毒の後遺症とかは?」
「特には。傷痕も残りませんでした。お嫁にも行けます」
傷の回復については、私も驚いた。
『怠惰』の神の毒矢は擦りでもすれば忽ち体を蝕んで、細胞を壊死させる。
実際、矢が刺さった部分は紫煙を上げて、ぐちゃぐちゃに溶けていた。
しかし、眠りから覚めてみれば、どこもかしこも痛みは消えており、あったはずの傷は無くなっていた。
「……どういうことなの?」
アルアさんはますます眉を顰め、疑問を浮かべる。
けれど、私もはっきりとしたことは分からない。
自分でどうにかした訳じゃないし、医療班も口を揃えて――
「奇跡としか言いようがない」
――と、言うばかりだった。
「……それも、『神の恩恵』の力なのかしら」
「さあ。僕にもさっぱり」
それでも、お陰でネフリにいち早く駆けつけることができ、デメテルを追い払うことができた。
楽観はできないけれど、今は安心して良いのだと思う。
アルアさんは未だに「うーん」と、唸っているが、それ以上の追求はしてこなかった。
すると、今度はアルステマが手を挙げる。
「フィン、どういうつもりか分からないけれど、何でそいつがここにいるの?」
そう言って、鋭い眼差しで彼女が指を差しているのは、一人の男だった。
相変わらずの腑抜けた顔で、穏やかな寝息を立てて眠っている。
手足は荒縄で縛られて、身動きは取れない。
というか、本人も取る気はないだろうけれど。
「そいつ――『怠惰』の神だよね?」
アルステマが彼の正体を言い当てた瞬間、先程『怠惰』の神の存在や恐ろしさを知ったばかり村の皆は、悲鳴を上げて彼から距離を置いた。
「ああ、そうだよ」
「……何で持ち帰ってるの?」
神はネオン王国の留置所で厳重な警備の下、監禁されていた。
意識を取り戻した私は、街を救ったお礼に彼の身柄の譲渡を要求したのだ。
「何の為に……彼は間違いなく危険人物よ」
アルアさんも声を強める。
しかし、これにははっきりとした理由がある。
「ネオンの人々は、彼を処刑する気でいた」
「……当然の報いじゃないかしら」
確かに、当然の報いだ。
因果応報としか言いようがない。
実際、どんな傷を負わせれば神が死に至るのかは分からない。
心臓を破っても生きていたのだから。
それでも、仮に死んだとしよう。
処刑が成功したとしよう。
けれど、神の話によれば、神は死んだら――殺されたらどうなると言っていた?
天界で全知全能の神に殺された神々はその度にどうなると言っていた?
「神は殺されても、また蘇るんだ」
記憶や容姿が受け継がれるのかは不明だけれど、存在が無くなることはない。
下界で殺された神は下界で蘇るのか、それともわざわざ天界で蘇るのかも分からないが、どちらにしろ蘇ることは確かである。
そして、下界で蘇ればまた他にもいるという神達が『怠惰』の神を引き入れるだろうし、天界で蘇ればまた追放されて下界に降り、結局は神達が引き入れるだろう。
故に、私が取れる最善策は私達の村で隔離し、匿うということなのだ。
「……だから、連れて来たと」
アルアさんは私の説明を聞き、少しばかり怒りを孕んだ声で言った。
「村の皆が巨大な脅威に晒されるということは考えなかったの? 少し軽薄なんじゃないかしら」
そう言われるのも無理はない。
しかし、これに関しては、根拠のない理由がある。あくまでも根拠なしなので、納得してもらうのは困難だが。
「彼はもう戦う意志は無いよ。『怠惰』の神様らしく、大人しくだらけてる」
「…………ノーリスクってこと?」
「うん」
「誰が言ったの?」
「本人」
「……信用できないわよ」
そうだろうな。
私もそう思う。
けれど、あのままネオン王国で放ったらかしていたら、どの道こいつは処刑されて、事態は繰り返すだけだった。
だとしたら、事情を知っている私が責任を持って持ち帰るしかない。
「…………腑に落ちないけれど、納得するしかないのよね」
「ごめんなさい」
「……せめて、一言言ってから連れて帰ってきてよ」
「すみません。ネオン側も今にも処刑する勢いだったので」
そのまま彼女は黙ってしまった。
彼女も頭では理解してくれているのだろうけれど、巨大なリスクを抱えている状態が心配で仕方ないのだろう。
アルアさんはむすっとしたまま歩き出した。
「先に帰るわ。ごめんなさい、私も整理がつかないみたい」
彼女には、ネオンからずっと負担や心配をかけてしまっている。
私は彼女の為に何もできていない。
人魚の群れから居場所を失くしてネフリに来た彼女だけれど、こんなことばかりに巻き込んで私は不甲斐なかった。
「……僕は間違っていないと思いますよ」
スキロスは私の横に来て、そう励ましてくれた。
「うん、ありがとう」
私はずっと寝ている神に確認する。
「確認するけれど、お前は本当に安全なんだよな?」
神は「ふがっ……うん」と、間抜けな返事をした。
大丈夫かな……。
〇
神の処遇についてだが、村の端っこに地下牢を作った。
周辺には誰も住んでいない森の中に、大きめの穴を掘り、壁と床と天井は煉瓦を敷き詰める。
大きめの布団と毛布を敷き、シンプルな机と椅子とランタンを用意する。
この部屋に入るには、小さな穴にかけられた梯子一つだけ。
地下牢に入る為の穴は、念の為格子状の木の蓋で閉めておく。
地上へ続く穴から微かに差す陽光が、牢を舞う埃を照らしている。
牢とは言っても、大したセキュリティーではないし、監視を置く訳でもない。
地上へ出る為の昇降機を階段ではなく、梯子にしたのも『怠惰』の神が面倒くさがって逃げづらくなるかなと思ったからだが、そもそもこんな地下牢も破壊しようと思えば破壊できる訳だし。
そこは完全に『怠惰』の神を信用するしかない。
神を布団に寝かせ、縄の拘束を解く。
手足が自由になった神は、私を殺すなんてことはせず、黙って毛布に包まる。
ネオン王国の留置所から彼の身柄を貰い受けた時、私は彼にこう言った。
――お前の身の安全は保証する――
――天界を追い出された憎しみとか、楽に生きたいという野望は叶えてやれない――
――だけど、毎日寝てるだけの生活は保証できる。腹が減ったらご飯も出してやる。誰も傷つけないなら、お前の邪魔はしない――
――お前はもう二度と誰も傷つけないと約束できるか?――
そう問うた時、彼は本当に無気力な眼差しで、私を見ていた。
その眼を見た時、彼はもう諦めたんだと、無言で教えられた気分だった。
それが彼を安全だと言う証明にはならないけれど、それでも私は彼をもう敵として見ることはできなかった。
神を哀れむなんて、とんだ不敬かもしれないけれど。
私は布団の上で背中を丸めて眠る彼を見る。
それは、有り難い神様でも、無差別的殺戮者でもなかった。
「……じゃあ、僕は行くから。たまに様子を見に来るけれど、まあ、この中で自由にしておいて」
返事のない彼に背を向け、私は梯子に手をかける。
「…………なあ」
と、帰ろうとした私の背中に彼は弱々しい声をかけた。
「あんた、やっぱり馬鹿なのか?」
彼は眠ったまま、そんなことを言う。
「何がだ?」
私は振り返り、彼に訊ねる。
「何で自分のこと、助けたんだ?」
「助けたつもりはないよ。こうするのが最善だと思っただけ」
「……さっさと殺してくれりゃ良いのによ」
「だったら、逆に訊くけれど、お前ら神はどうやったら死ぬんだよ。心臓を貫いても、毒を喰らっても死んでないじゃないか」
「…………」
「言いたいのはそれだけか?」
「……自分のこと、殺したくはない訳?」
「何だそれ」
「殺せなくとも、気は晴らせるだろ。死なないことを良いことに、自分を甚振ることだってできただろ」
「……それで気が晴れれば、簡単な人生だったよ」
「それでも、殺してやりたいんだろ?」
「……そうだね」
「やっぱり、そうじゃないか。なら、何で殺さない? そもそも、自分の言葉を信じる根拠なんて、あんたには無いだろう」
「そうだよ」
「だったら、何でだ? 何で自分の言葉を信じたんだ? 自分が本当に諦めたと思ったのか? 自分が今からでもあんたらを皆殺しにすることもできるんだぞ? 何せあんたらは自分を殺す方法を知らないからな」
そう言って、彼はむくりと上体を起こし、鋭く私を睨む。
「なあ、リスクは消えちゃいないぜ?」
彼は脅すようにそう言って、にやけた表情を浮かべる。
私は動くこともなく、ただ彼を見ていた。
そんな私の様子を見て、彼も嘘くさい笑みを仕舞い込んだ。
「……自分を生かすことは、死んだ奴や失った奴に対して失礼なんじゃないのか?」
彼は先程までとは打って変わって、弱々しくそう言った。
どの立場でそんなことが言えるのだろうかと、私は少し呆れてしまった。
「お前一人の命だけじゃ、償わせるにはどの道足りないだろ」
命を以て償わせるだけが誠意じゃないし、正義じゃない。
「僕はお前のこと嫌いだし、憎たらしいよ。けれど、今はこうするしかないだけだよ」
「…………」
「僕にもよく分からないんだ。お前を殺してやりたかったはずなのに、こんなことをするなんて」
彼は再び毛布を被り、横になって丸まった。
「じゃあな。後でご飯も持ってくるから。お前も反省しとけよ」
「…………『お前』じゃない」
「え?」
「……『ネアロス』だから……俺」
そう言って、彼は寝息を立て始めた。
「おやすみ、ネアロス」
〇
アルアさんがすたすたと早足で歩き出し、私は彼女を追いかけた。
あまりに早足だったので、彼女が自宅に辿り着くまで追いつけなかった。
「アルアさんっ」
その呼び声にやっと彼女はこちらへ振り返った。
私の目に露わになった彼女の顔は、折角の美人が勿体無いくらいにくしゃくしゃにして、涙を流していた。
「ナキちゃん……」
泣きじゃくりながら、アルアさんは私に抱き着き、嗚咽を漏らした。
私は呆然としながら、彼女の背中を摩ることしかできなかった。
しばらくして、落ち着きを取り戻したアルアさんは疲れた顔で謝った。
「ごめんなさい、こんなに取り乱すなんて」
「気にしないでください。私だって何もしてあげられないですから」
アルアさんの家は村の湖の畔に建てられている。
湖には小さな魚や蛙が棲んでいるけれど、その子達が食糧になることはない。
湖畔に腰掛けて、裸足を湖に浸からせながら、話を再開する。
アルアさんの足先が綺麗な鱗を纏い、日の光を反射して光っている。
「……私もどうするべきなのか、分からないの」
泣いた後でも美声は美声のまま、彼女は思いを吐露した。
「フィンさんの言葉が――行為が、正しいことは分かっているの。けれど、それだけじゃ納得できない自分がいる。私達が耐えることが最善なのは理解できる。けれど、耐える役目に私達が選ばれた不条理さを、どうしても飲み込めない。世界にとっての最善は、私達にとっての最善じゃない――それが許せないの」
泣く気配はもうないのに、今にも泣き出しそうな声が、そっと水面を揺らした。
「フィンさんは何であんなに強いのかしら。こんなにも理不尽な役目を、世界の為に負う覚悟なんて、私にはない」
湖を駆け抜ける風が、彼女の髪をゆらゆらと靡かせる。
彼女の思いはもっともだろう。
私だって覚悟はできていない。
殺し合った相手で、許し合った訳ではない。
いつまた私達に牙を剥いてくるかも分からない。
明らかな危険分子であり、分子と呼ぶにはあまりに大きな力過ぎる。
神はそういう存在なのだと、あの戦いの中で十分に思い知らされた。
「……フィンは、やっぱり変わったんだと――変わってしまったんだと思います。あんなにも怖い優しさを撒くなんて、前のフィンは決してしなかったはずです」
一人で先走っているのは間違いない。
そして、彼を先走らせたのは、紛れもなく私なのだろう。
「……彼が言っていたあの計画……計画と呼ぶにはあまりに粗雑な計画は、考え直してくれたのよね?」
「はい、そのはずです」
「思えば、あの時も既に事を急いていたのでしょうね」
そうだ。
魔国の王城の地盤を崩すとか言っていた。
今思い返してみても酷いものだ。
「ふふ、そうね。実際にしようとしていたのなら笑い事ではないけれど、取り止めてくれた今なら、本当に可笑しな計画」
「はい、本当に。それに、洛西獣様に協力を得る時も、表彰式の立ち合いの一瞬でどうにかしようとしていたし……その時の言葉もちゃんと考えていなかったみたいだし」
「穴だらけね」
フィンは実際にやろうとしていたのだから、恐ろしいけれど。
あの計画を実行しようとしていたら、結局破綻して失敗に終わっていただろうな。
そう思うと、色んな悲劇に見舞われても目的は果たせたなら、フィンも案外運が良いのだろうか。
――いや、そう捉えるには、あまりに惨事は大き過ぎるだろう。
「考えてみると、やっぱりあの時もフィンさんは焦っていたんでしょうね。ニケの襲撃に責任を感じない訳ないわよね」
「ええ、そして、それは今も同様に」
今回の『神』の件に関しても、責められる覚悟をしてきたはずだ。
信頼を失う覚悟もしたはずだ。
それでも、最善を尽くすしかなかったのだろう。
「……もう一度、話し合わないといけないわね。謝らないといけない」
アルアさんは水面から足を上げ、魔法で水分を切る。
二本になった足で立ち上がり、大きく伸びをした。
「ありがとう、ナキちゃん、追いかけてきてくれて」
「いえ、私も不安だったので、気持ちが晴れて良かったです」
今も全ての不安が消えた訳じゃない。
『神』の脅威は依然この村で眠り続けている。
それでも、正しさを信じるしかないのだ。
私達の指針が示した最善なのだと。
〇
その日の夜、リビングに来るよう、オールに呼ばれた。
ナキは疲れが出たのか、既に寝付いている。
それもそうだろう。
彼女もあの日の戦いから、体はともかく心は全く落ち着けていない。
そして、帰ってきて早々戦闘だし、ナキに限らず皆疲れているのは当然だろう。
ソファで待っていたオールの隣に腰掛ける。
「何用?」
「いや、聞きたいことがあったんだ」
「こほん」と、小さく咳払いをし、彼女は切り出した。
「聞くところによると、お前は私が寝ている間に二度も死にかけたそうじゃないか」
ニケに殺されかけた一度と、ネアロスに殺されかけた一度のことだろう。
「こちらもある程度は村の者やアルアらから経緯を聞いたが、お前の口からは何も聞けていなかったからな」
「そうだね」
「その二度とも、お前は何故助かったのだ?」
「さあ」
その問いに関しては、答えられる範囲を超えている。
私さえも理解していないことである。
「つまり、お前は二度とも死にかけていただけで何もしておらず、起きたら元気一杯、五体満足に生きていた、と」
「その通りだ」
「たわけ」
チョップを喰らった。
たわけてもふざけてもいないのに。
「何故平常にしているのだ。怪しいとは思わないのか」
「じゃあ、やっぱり僕は死んでいるということ?」
そう言うと、彼女は突然私の胸に抱き着いてきた。
「お前は生きている。死なれて堪るか。この鼓動が嘘であって堪るか」
私は彼女の頭を撫でて「ごめん」と、小さく謝る。
「僕だって、沢山考えたよ。医療技術の進歩の賜物か――知らぬ間に毒竜になっていたのか――『神の恩恵』の力なのか――けれど、全く分からないんだ。考え得る答えは全て間違いだった。考え得る未知は考えても仕方がなかった。この命の確かな証明は無いんだ」
「馬鹿。それで後に大きな代償がやって来たらどうするのだ」
「それでも良いんだ。生き延びられたことに意味がある。どうせ終わっていた命が何かに助けてもらえたんだ。むしろ代償はあって然るべきだろう」
彼女は私の胴に回した腕を解いて離れる。
「分からないなら仕方がない。けれど、今のところは本当に大丈夫なんだな? 何も問題ないのだな?」
「ああ、大丈夫」
「急に死んだりなんて、嫌だぞ?」
「ああ、しないよ」
「……なら、良い」
〇
デメテルの襲来から一月が経った。
その間で新たに入った情報、判明したことがいくつもある。
まず一つ――ネオン王国の復興状況、並びに洛西獣の処遇について。
壊滅的な被害を受けたネオン王国王都エリモスだが、洛西獣の大地を操る力により、生活圏の復興は凄まじい速度で回復した。
今回の騒動の真相は全てのネオン国民に報道され、その波は近隣諸国にまで及んだ。
洛西獣は『神』――ネアロスに自我を奪われていた為、自国を壊滅に追い込んだ罪は情状酌量の余地ありとされた。
また、真実を知ったネオン国民の怒りの矛先は、ネアロスと魔国に集中した為、洛西獣は王位の剥奪を免れた。
しかし、洛西獣の国家近代開拓による失政――ネオン王国の家臣に成り済ましていたネアロスに唆されたこと――その挙げ句に自我を奪われてしまったことなど、取るべき責任も勿論ある。
その結果、王位こそ剥奪されなかったが、政権の譲渡、及び王権執行の謹慎など、実質的には洛西獣なだけであって、国の政治に関与できなくなった。
本人曰く「責任を取れるだけでも有り難い」と。
故に、ネオン王国は彼の本当の家臣が切り盛りしている。
そして、暇を持て余した洛西獣は私達の一派に加わり、これからの旅に同行してくれることになった。
何にしても、当初の洛西獣の協力を仰ぐという目的は、実現したのである。
長い道のりだった。
遠回りも随分とした。
犠牲さえ払った。
それでも、前進したと言って良いのだろうか。
二つ目の情報に移る。
魔国の件についてである。
洛西獣の実質的王権が剥奪される前に、彼は最後の仕事に臨んだ。
国際会議にて、今回の騒動の概要と、その黒幕の所業を詳らかに訴えた。
しかし、今回の件では、魔国による仕業だという物的証拠は一切残っていない。
実行犯はフォスただ一人であり、彼の姿を目撃した者は私達とミウラのみである。
証拠というにはあまりに不十分。
街に壊滅的な被害を齎した主因であるキメラだが、奴らは殺せば消滅し、証拠が残らないように作られている。
掃討の際、生け捕りを試みたとも聞くが、ほとんどが失敗に終わったと言う。
成功しかけた例もあったそうだが、そうなるとキメラはけたたましい雄叫びを上げて、次の瞬間には砂と化してしまう。
私が最初に遭遇したキメラもそうだった。
国際会議には魔国も勿論出席しており、その場には魔王本人も居合わせている。
魔国の動向を以前から警戒している国も多く、実際に「魔国内の調査をさせろ」という声も上がった。その中には、操られた虚竜の被害を受けたバリウス王国の声もあった。
キメラの製造や研究の証拠が魔国内から発見されれば、魔王は即刻断罪となる。
しかし、これを拒否すれば各国からの疑念の目は避けられず、最悪の場合武力介入による捜査も免れない。
しかし、そんな絶体絶命の訴えに対し、魔国国王であるイストリア・ヴィヴリオはこう答えた。
「ええ、気の済むまでどうぞ」
後日行われた魔国内の調査は空振りに終わった。
ネオン王国だけではなく、様々な国も介入して行われた大捜査だったが、研究資料は一切見つからず、隠した痕跡もない。
魔法検知も行われたが、何も引っかからず。
新たな魔法による完璧な隠蔽である線も考慮されたが、それなら余計に為す術はない。
魔国の喉元を裂く絶好の機会となるはずだった調査は、魔国の無実を証明する結果となった。
最後の望みは、キメラ達を運んだ何隻もの飛行船のみに託された。
飛行船は全て、ネオン王国の上空を縦断した後、無法地帯の砂漠地帯に墜落した。
しかし、飛行船には国章が描かれていないどころか、どこで製造されたのか――どこの技術が使われたのかなど、一切の証拠が見つからなかった。
各国はその飛行船を隈なく調べ尽くしたが、墜落し火を噴く船が鎮火されるのに半日を要し、その後捜索された船内は空っぽだった。
人の焼死体も、キメラの死んだ砂も、一つとして見つからなかった。
飛行船の型や飛行船に使われた燃料を調べても、ごく一般的な品番であり、魔国のものであるという証拠には程遠い。
船や燃料の購入元や船の移動経路を調べても、これもまた芳しい結果は得られない。
様々な造船会社を調査したが、魔国が購入したという証拠は出ず、魔国内で製造したという証拠もない。
燃料もごく一般的なもので、魔国に繋げるにはやはり難しい。
移動経路はネオン王国の北に位置する巨大樹の森からとなっているが、その前の経路が未だに判明しない。
魔法転移させたという説も挙がったが、結局その証拠も出てこなかった。
迷宮入りとなった今回の騒動――こちらからすれば黒幕は割れているのに、それを証拠づけるものが何もない。
もはやこれまで――ネオン国民泣き寝入り――かと思われたその時、一つの証拠品が発見された。
空っぽかと思われた飛行船の焼け跡から、どろどろに溶けた金属が見つかった。
それは硬貨だった。
魔国の――ではなかった。ここまで来ると、案の定と言わざるを得ない。
ならば、どこの国の硬貨なのか――
コイロ聖教王国――世界最大の宗教国家であり、世界屈指の人間至上主義の国である。
私達の次の目的地が決まった。
〇
報告を一つ知らせ忘れていた。
デメテル、及び亜人主義組織『オリュンポス』についてである。
彼女――彼女らについて、この一ヶ月間を費やし、調査を行った。
結果、得られた情報は一つも無かった。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




