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Light in the rain   作者: 因美美果
第六・五章
63/77

『春風』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 デメテルの言葉を皮切りに、戦闘が始まった。


 私達が彼女へ攻撃しにかかると、彼女は大きく後ろに飛び退いて距離を置いた。

 恐らくは、餌であるオール様を傷つけない為だろう。

 それに関してはこちらにしても有り難い。


 私達は彼女を囲い、それぞれの方向から攻撃を仕掛ける。

 私は魔法で応戦する。

 スキロス君とアルクダ君は地上から――アルステマちゃんは竜人に姿を戻し、空中から近接で攻撃する。


 それに対し、デメテルは全ての攻撃を受け流すなり、器用に躱すなりと、巨人とは思えない程に繊細な動きをする。


 その瞬間、私達は漠然と察してしまう。

 彼女は、私達が全力を尽くしても敵うか分からない程の手練れであると。

 暴走する洛西獣を退けた私達だけれど、あの時は洛西獣に自我が無く、動き自体は単純で力任せなものだった。

 けれど、今回は相手は理性のある猛者。

 洛西獣には申し訳ないが、彼よりも余程強敵となり得る。


「私も一応は亜人主義者なので、できたら亜人さんとはあまり戦いたくないんですよ」


 と、背後から迫ってきていたアルステマちゃんのランスを後ろ手で受け止め、デメテルは微笑みながら彼女を見る。


「あなたは竜人さんですよね? 珍しいですね、外の世界に居るなんて」


 その言葉にアルステマちゃんはもちろん、竜人の事情を知っている私達も驚いた。

 竜人は今は世界から絶滅した種族と認識されていて、現在ではその存在すら知らない人がほとんどである。

 それなのに、デメテルは竜人の存在を知っていて、かつ『外の世界』という言葉も使った。

 それは、彼女が『箱庭』の存在をも知っていることを示唆している。


「ああ、それなりに事情は知っていますよ? 『箱庭』には行ったことがないですけれども」


 彼女の方から『箱庭』という言葉が出てきたのであれば、間違いないだろう。

 どこで知ったのかは分からないけれど、やはり只者ではないらしい。


 しかし、『箱庭』のことを言い当てられたアルステマちゃんは動揺が芽生え、動きに乱れが生じ始めた。


「怯えてますね? そしたら、こっちとしては簡単ですよ」


 デメテルはアルステマちゃんに剣を思い切り振り下ろした。

 ぎりぎり反応し、ランスを盾代わりに前に出した彼女だったが、その破壊力に耐え兼ねて真下の地面に一直線に叩きつけられた。


 後ろで見ていた村の皆はその光景に悲鳴を上げた。

 私も思わず彼女の名を叫んでしまい、脳裏には微かにニケの姿が浮かび上がる。


 どうして何度も脅威が襲いくるのか。

 どうして何度も皆に恐怖が訪れるのか。


 アルステマちゃんを逃がすべく、私とスキロス君とアルクダ君で猛攻を仕掛け、何とか時間を稼ぐ。

 デメテルはこちらに注意を向け、アルステマちゃんから目を逸らした。


 やがてアルステマちゃんが体を起こし、土塗れの体で飛び上がってランスを突き向ける。


「動きがうるさいですよ。そんなんじゃ巨人の大きなお耳にはバレバレです」


 と、私達の一斉の攻撃を両剣で防ぎ、そのままアルステマちゃんへの反撃に移る。

 剣の柄頭をアルステマちゃんの脇腹に叩き込み、そのまま振り抜く。


 凄まじい勢いで吹っ飛んだアルステマちゃんは森の木々に突っ込み、やがてがさがさと音を立て、枝を圧し折りながら地面に落ちる。


「まずは一人」


 その言葉の意味通り、アルステマちゃんはもう起き上がらなかった。


 私達は戦慄する。

 その様子を察し、彼女は付け加える。


「大丈夫ですよ。殺していません。優しくしたので」


 優しくした――それでも、倒されてしまった。

 こんなにも簡単に一人削られるなんて。

 洛西獣の時のように、足掻くことも許されなかった。


 もしかして、アルステマちゃんもデメテルの『柘榴』とか言う力で眠らされてしまったの?


「『柘榴』は使っていませんよ。というか、使えませんでした。最後まで敵意を持たれてしまいました。彼女はただの気絶です」


 それを聞いて、安心した。

 そして、安心した私に腹が立った。

 安心できる状況じゃない。

 仲間一人が傷つけられたんだ。


 私はさらに攻撃を強め、高圧の水流を至るところから噴き出させる。

 しかし、デメテルは無駄のない動きで全て捌き切る。


 けれど、それも私は分かっていた。

 結局、私では決め手にならない。


 私が注意を引きつけ、二人の少年をデメテルの背後に回り込む時間を稼ぐ。


 けれど、それすら読んでいたかのように、デメテルは後ろに回り込もうとする二人の進行方向に足を一歩引いて、二人に蹴りを入れる。


 纏めて蹴り飛ばされた二人は木の幹にぶつかる。

 すぐに立て直し、痛みを耐えて再び立ち向かう二人。

 しかし、それすらも許されず、デメテルは二人が立ち上がった瞬間に足で薙ぎ払う。


 その瞬間、アルクダ君がスキロス君の服の首襟を掴み、後ろに引っ張った。


「アルクダっ!」


 スキロス君の声が響き、アルクダ君はデメテルに蹴り飛ばされた。

 アルクダ君も起き上がることはなかった。


「二人目」


 そのカウントにスキロス君は憤怒の眼差しをデメテルへ向け、武器の槍を口に加えて走り出した。

 デメテルの攻撃を軽やかに避け、彼女の衣服に掴まる。


 そのまま服を掴んでデメテルの体を駆け上り、徐々に彼女の頭へと近づく。


「あはは、くすぐったい」


 余裕の声を漏らしながら、自身の体に纏わりつくスキロス君を捕らえようとするデメテルだが、彼の素早さと私の魔法による援護によって捕まえられない。


 左肩まで辿り着いた彼に、デメテルの右手が掴みかかる。

 スキロス君は肩から飛び跳ね、デメテルの右手を避け、彼女の左肩へ伸びていた右腕に着地する。


 そこから瞬時に振り返り、デメテルの大きな目玉へ槍を突き向ける。


「ですから、皆さん動きが大きいですよ。そんなんじゃ巨人の大きなお目々にはお見通しです」


 と、首を横に傾け、最小限の動きだけでスキロス君の槍を躱す。

 勢い余って、そのまま何もない宙へ飛び込むスキロス君に、デメテルは反撃を仕掛ける。

 私は慌てて彼女の顔面目掛けて巨大な水の大砲を放つが、海老反りで容易く躱された。


 彼女はその態勢から片足を振り上げ、空中をゆっくりと落ちるスキロス君に飛び回し蹴りを喰らわす。


 スキロス君はぎりぎり槍で防ぐが、衝撃は相変わらず凄まじく、そのまま地面に向かって吹っ飛ぶ。

 地面に叩きつけられた彼は、背中を強く打ちつけ、気を失った。


 デメテルは着地を決め、森を揺らす。

 あっという間に三人とも倒されてしまった。


 絶体絶命――村の皆は一方的な戦いを目にして、怯え切っている。


「はい、三人目。あとは、あなただけですね」


 と、彼女は突然動きを速め、私目掛けて剣を突き向けてきた。


 私は水魔法でぎりぎり受け流し、何とか直撃を免れる。

 彼女からしたら普通サイズの剣でも、私からすれば十分に巨大な為、避けるのも一苦労だ。

 もし、彼女が背負う大剣で攻撃してこられたら、それこそ避けようもないだろう。


「私、人間は嫌いなんです。だから、ごめんなさい。あなたにはあまり手加減できません」


 どうやら彼女は私のことを誤解しているようで、今でこそ人間の姿だけれど、その正体は亜人に属する人魚なのだ。


 私は自分の足元に魔法陣を展開させる。

 展開した陣からは水が湧き出し、私の全身を包み込む。

 すると、私の体は元の姿を蘇らせ、首には鰓ができ、下半身は鱗で覆われ、足先は尾鰭に変わり一つに纏まる。

 こういう時の為に、スカートを履いていて良かった。

 ズボンだと足を一つにできず、人魚の足になれない。


 変わり果てた私の姿を見た彼女は目を丸くした。


「なーんだ。人魚さんだったんですか。じゃあ、優しくしますね」


 そう言って、彼女は柔らかく笑顔を浮かべた。

 人間ではないと分かったとしても、攻撃はやめないらしい。


 けれど、私だって三人も仲間を傷つけられて怒りが込み上げている。

 ここで中途半端にやめられたっても困る。


 私は全身に纏った水から飛び魚のように跳ねる。

 そして、着地点に新しい水を魔法で出し、そこに飛び込む。

 また、水の中を泳ぎ、水から体が出てしまう前に新しい水で泳ぐ道を延長させ、さらに泳いで進む。


 そうすることで、地上であっても魔力の続く限り、人魚の私でも歩くより素早く移動ができる。

 洛西獣との戦闘で欠点となった地上の移動を解決する策として、帰りの馬車の中でずっと考えていた。

 よもや、こうも早くお披露目することになるとは思わなかったけれど。


 ただ、私はナキちゃんのように魔の量が多くない為、長時間使うことができない。

 回復魔法を使うことも考慮すると、ここぞという時にしか使えないものでもある。

 今がここぞという時――というより、使うのが少し遅かったくらいだ。


 私は徐々にデメテルの攻撃を次々と避けながら、彼女へと距離を詰める。

 そして、デメテルを囲うように、螺旋状の水の道を作り出し、彼女の頭まで道を繋げる。

 私は螺旋を泳ぎ、上昇していく。


 しかし、水の道によって、既に私の行動が読めているデメテルは、私の進む道に剣を振り下ろした。

 私は水の道から飛び出し、デメテルの剣を避けると同時に、飛び出た先に水を溜めて新しい水の道を伸ばす。


 そうして、何度も道を新しく作りながら、少しずつデメテルの頭へと近づく。


 道の終わりまで辿り着き、そこにデメテルが狙っていたように剣の柄頭で殴りつけてくる。

 私はその動きも先読みし、既にそこから大きく飛び跳ねていた。


「あれ……?」


 と、気の抜けた声を零し、彼女の剣は何も無いただの水を切った。


 デメテルの頭上に辿り着き、彼女の可愛らしいつむじが見えた。

 そんなつむじ目掛けて体が反転した状態で手を翳し、私は渾身の水の矢を撃ち放つ。


「すごいですね、感心しました。とても良くなりましたよ」


 ――が、放たれた水の矢を、彼女は目で見て弾道を確認することもなく、剣を背中に回し、その真っ直ぐな刀身で軽く防いだ。


 そして、次の瞬間、私は手足が何かに捕われ、逆さのまま身動きが取れなくなった。


 先読みした行動を全て対処され、訳が分からなくなった私は静かに現状を理解する。


 まず私の水の矢を防がれたのは、単純に先読みの先読みの結果だろう。

 読み合いで負けただけだと納得できる。


 じゃあ、今私が逆さのまま空中で身動きが取れなくなっているのは?


 そう思い、私は首を曲げて自分の手足に目を遣る。


 私の手首や、足首――というか尾鰭には、木の枝がしっかりと巻きついていた。

 そして、それぞれの枝の先を辿ると、私のいる地点と同じ高さの木から生えていた。


 何――これ。


 私のいる地点ということは、十六メートルは優に超えている。

 そして、そんな樹木はここには生えていない。


 だとしたら、いつからそんな木が生えていたの? 

 ――いや、そうじゃない。

 生えていなかったし、生えていたとしても、その木が私を拘束してくるなんてあり得ない。

 だったら、あの木は何?


「ああ、言い忘れていました。というか、言い触らすようなことでもないんですけれども、『柘榴』という力の他に、もう一つ――『豊穣(ほうじょう)』という力も使えるんです。要は、大地や緑を活性化させることができるんですけど」


 『豊穣』――つまり、この木や枝はデメテルの力により自在に形を変え、私を捕らえる為の縄として利用されているということ。

 元々は森を構成する普通の木と変わらなかった。


「まあ、今はまだ未熟で、植物の成長を操るくらいしかできないんですどね」


 それでも、十分強力だ。


 ――いや、そんな風に感心している場合じゃない。

 まんまと拘束されてしまい、抵抗すらできない。


 絶体絶命――再び。


 しかし、このまま諦める訳にもいかず、どうにかもがいていると、それまで絶妙なバランスで捲れずにいてくれていたロングスカートが、重力に負けてはらりと垂れ下がる。


「危ない!」


 と、叫んだのはデメテルであり、彼女は何の気遣いか、スカートが捲れないように押さえてくれた。


「ふう」と、彼女は安心したように息を吐く。

 今日一番の焦りだった。


 別に、人魚の群れで生活していた時は服なんて着ていなかったので、見られる恥ずかしさはないけれど、こうして他人に勝手に守られると、色々と考えてしまうものがある。


 しかし、スカートが守られたからと言って、危機的状況からは一切脱け出せていない。


「それじゃあ、あなたもさよならですね。安心して下さい。約束通り、優しくするので」


 と、彼女はスカートを押さえながら、空いた手でデコピンの形を取る。

 ……それはかなり痛いのでは?

 デコピンとは言うものの、指の当たり範囲的には全身ピンするだろう。

 しかも、無防備な状態でガードもできずに真正面から喰らう羽目になる。


「大丈夫ー。痛くないですよー」


 何の催眠だか分からないけれど、彼女は優しくそう言った。

 お注射する訳じゃないんだから。


「あ……あ」


 頭に血が上ってきて、一粒の涙が額を伝う。

 声も上手く出せなくて、普通に怖かった。


「やめてー!」


 と、真下から甲高い声が森に響き渡った。


 下を見下ろすと、豆粒みたいな人影がデメテルの足に掴みかかっていた。


 それはよく見ると、ナマケモノの獣人――ヴラディプス君だった。

 彼は小さい体で巨人の大きな足にしがみついている。


「え、え、あ、ごめんなさい。困ったな……」


 デコピンの構えを解き、デメテルは足元のヴラディプス君に細い声でそんなことを言った。

 彼女もかなり困っている。


 大人達は必死に彼を引き剥がそうとするが、中々離れない。


「ヴラディプス君、離れて!」


 私も彼にそう声を飛ばすが、それでも彼は動こうとしない。

 やがて無理矢理引き剥がされ、彼の泣き声が響いた。


「……仕切り直しだね」


 今度こそお終いだと思った。

 誰も戦える人はいない。

 村の皆もヴラディプス君をデメテルから遠ざけるので精一杯。


 もう駄目だと思った。

 運良く生きていたら、彼にお礼を言わないと。




 バチン――




 殴打音が鳴り響いたのは、私がピンと叩かれた為ではなかった。


 私がデコピンに襲われる寸前、黒い影が飛び出し、デメテルは構え直した指を再度解き、自分を守る為のガードに回す必要があった。


 その時には、私のスカートを押さえる手も離れ、今度こそ私の足が露わになろうとする。

 もう濡れた体も乾き始めており、今は人間の足に戻っている。


 しかし、スカートが捲れるよりも先に、私の手足を縛っていた枝が緩み、私自身が地面に真っ逆さまに落下した。

 足は露わにならなかったけれど、何も解決にはなっていない。


 私を捕らえていた枝の制御を誤り「あっ」と、デメテルは思わず声を漏らした。


 私は落ちながら考えを巡らせる。


 一体何が私を救い、何がデメテルを邪魔したのか。


 ――と、私は地面に激突する前に落下が止まった。


 気づくと、私はお姫様抱っこで抱えられていた。

 私を抱えた彼は、危なげなく着地を決め、デメテルから距離を置く。


 黒髪黒眼の少年の左頬には見覚えのありまくる模様が刻まれている。


「……ありがとう」

「遅くなってしまい、すみません」


 フィンさんの帰還を目にした村の皆は、安堵と歓喜の声を上げる。


 私を地上に下ろしたフィンさんは、竜人に姿を変えて愛剣を握り締める。


「わあ、やっと会えましたね、アイオーニオンさん」


 そう言って、彼女が手に取ったのは両腰に携えた剣ではなく、背中に背負った大剣だった。

 両手で持ち、剣の切っ先をフィンさんに向ける。


「敵――で、良いのかな」

「ええ、構いませんよ――今はね」


 お互い同時に飛び出し、地面を大きく揺らしながら激突する。

 剣同士がぶつかり合い、金属音が森の中で嘶いた。


「うわあ、私と力で互角ですか。すごいなあ」


 しかし、すぐにデメテルは片手を柄から放し、フィンさんに横から殴りかかる。

 これにはフィンさんも受けるしかなく、軽く吹っ飛ぶ。


 しかし、その直後に森の中から巨大な雷撃が放たれ、デメテルの心臓目掛けて飛んでくる。

 彼女はぎりぎりで躱し、雷はそのまま空へ消えていった。


 背後からはナキちゃんが駆けてきており、今の攻撃が誰のものなのかは一目瞭然である。


「エマイディオスさんですか……」


 彼女が少し悩ましい表情を浮かべた時、再びフィンさんが空へ飛び出し、デメテルとの激しい剣戟が始まる。

 私とナキちゃんも魔法で援護を始め、デメテルは相変わらずの細かな動きで攻撃を捌くが、かなり厳しい状況になりつつあった。


 村の皆も形勢逆転を目にし、力一杯応援の声を上げる。

 その頃には、ヴラディプス君も泣き止んでおり、泣き疲れてカラカラの声で、フィンさんに声援を送っている。


 アウェイ感もデメテルの集中を欠かせ、徐々に攻撃が肌を掠るようになり始めた。


「――うるさいっ!」


 突然、気を乱して怒鳴ったデメテルは、今までとは打って変わった険しい表情を浮かべていた。

 それはただの焦りとは違う――彼女の持つ逆鱗に触れたような反応だった。

 彼女の怒鳴り声と共に『豊穣』の力で村の皆を威嚇する。


 それにより、村の皆は静まり返ったが、彼女がはっと正気を戻した時には既に手遅れだった。


 フィンさんの一太刀が振り下ろされ、ぎりぎりで大剣で防いだものの、力負けしてしまう。

 そこに追撃の魔法が彼女の顔面に目掛けて放たれる。

 腕を出して顔への直撃は防がれるが、痛みは確かにあるようで「くっ……」と、苦しそうに歯軋りをする。


 デメテルにダメージが入った状態から、火花散る程の凄まじい剣戟が再開する。

 そんな中で、デメテルは彼女が言っていたもう一つの目的を果たそうとする。


「アイオーニオンさん、あなたは強いですよ。まだまだ未熟ですけれど、もっと頑張ればもっと力が手に入りますよ」

「……何の話だ」

「申し遅れていました。私は亜人主義組織『オリュンポス』が一人――デメテルと申します」

「…………」

「あなたに是非『オリュンポス』に入っていただきたいのです」

「断る」

「そうですか。じゃあ帰ります」


 ――え、そんなあっさり?


 しかし、フィンさんはそこで決して猛攻を止めず、追撃を続ける。


「ですから、帰りますって!」


 と、デメテルは急激に動きを速め、それまでと比べ物にならない程の速度でフィンさんに一撃を放った。

 緩急のズレにリズムを崩されたフィンさんは、ガードをしたものの勢いよく地面に吹っ飛ばされる。


 ナキちゃんは火炎の塊を放ち、デメテルの逃げる暇を奪う。

 デメテルは大剣で火炎を両断し、続けてナキちゃんに大剣を振り下ろす。


 ――そこで、彼女は見落としていた。


 彼女が眠らせていた守護者を――『春』が訪れて『冬』が明けていたことを――


「――!」


 寸前で気づいたデメテルは即座に振り返り、自分の首筋に襲いかかる牙に自身の大剣を噛ませた。


「……洛北竜さん、おはようございますぅ」

「ああ、最悪の目覚めをありがとう」


 デメテルは大剣に噛みついたオール様を押し返し、後ろに大きく飛び退く。


 そうして、最大の危険を回避した彼女は油断していた。

 自身のものと同じ大きさの拳が、すぐ目の前に迫ってきていた。


 巨人に姿を変えたフィンさんの鉄拳が、デメテルの頬を砕くまであと僅か――


「――!」


 ――その瞬間、その巨躯故に絶大な存在感を誇っていたデメテルはフィンさんの拳の弾道から消えた。


 どこに行ったのか一瞬見失うが、地面の草を踏み鳴らす音に目を遣ると、そこには確かにデメテルが居た。

 しかし、明らかに様子がおかしい。


 先程までの巨体はどこへ行ったのか――今の彼女の姿はただの人間そのものだった。


「……小さ」


 小さいとは言ったものの、巨人の姿の時と比べたら小さいだけであって、大きさ的には私達と何ら変わらない。


 フィンさんの拳が彼女に当たらなかったのも、直撃する寸でのところでデメテルが自分の体を小さくしたからだろう。

 ――いや、考えようによっては、元々が人間であって、魔法か何かで巨大化して巨人に見えたのかもしれない。


「考え過ぎですよ。私は紛れもなく巨人です。人間の身で亜人主義なんていうブーメランな真似しませんって。大きいと不便なこともあるので、小さくなる魔法を使えるだけです」


「こんな使い方もできるので便利ですよ?」と、彼女はまた穏やかに微笑んだ。


 フィンさんは再び人間になり、私達の前に出てデメテルと改めて対峙する。

 それに対し、少しずつ引き下がりながらも、彼女もしっかりとこちらを見据える。


「とりあえず今回は帰りますね。洛北竜さんも目覚めて良かったですね。あなたの一番の人はやっぱりアイオーニオンさんでしたね」

「……殺すぞ」

「ふふ、照れてますね。皆さん、私を追い詰められた気でいるかもしれないですけれど、全然余裕でしたから驕らないように気をつけて下さいね」


 彼女は「それでは」と、最後に小さく手を振り、走り去る。

 オール様は追いかけようとしたが、フィンさんがそれを制した。


「……良いのか?」

「今はね。それよりも」


 と、フィンさんはオール様の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「おはよう。オール」

「……うん、おはよう」



   〇   



 アイオーニオンさんへの勧誘が失敗に終わり、私はアジトへ直帰しました。


 とっても疲れましたが、あの村の皆さんの実力も大まかに知れたので、良くやったと自分を褒めてやりたいと思います。


 私達のアジトは今はもう誰も居ない古城です。


 場所は詳しく言うことはできませんが、誰も訪れない森の中に入り、誰も辿り着けられない森の奥へ抜けると、誰も見つけられない古城に到着できます。


 厳かな雰囲気に包まれたお城は至る所に蔓が張っていて、少しだらしがないです。

 でも、蔓に『豊穣』を使うと綺麗な花を咲くことがあるので、私はたまにそうやって遊んでいます。


 古城の前庭は、美しく剪定されていて、花々や植え込みは綺麗に整われています。

 そして、前庭のお庭の中心には、今はもう枯れ果てた噴水があります。

 噴水には精巧な彫刻が施されていて、天辺には水瓶を掲げた女性の像があり、初めて見た時は思わず魅入ってしまいました。今はもう魅入りません。


 そして、彫刻の水瓶の上には、一人の女の子が腰掛けています。

 彼女はアジトの見張り担当で、いつもその定位置に居ます。


「ただいまです。寒くないですか?」

「……別に、大丈夫」


 彼女は鬼人の女の子で、黒い髪の毛がとても綺麗です。

 全身には鎧を纏い、大きな槍と大きな盾を持っています。

 いつも通りのクールな出で立ちです。

 皆は彼女の顔を仏頂面と言うけれど、落ち着きがあるのは良いことです。


 私が噴水の横を通り過ぎ、古城の入り口に向かう途中、彼女は私の背中に「デメテル」と、呼びかけました。

 私はその声に振り返ります。


「何ですか? アテナさん」

「…………」


 彼女はこちらを向いたまましばらく黙り込み、結局顔を背けました。


「…………おかえり」


 可愛い人です。


 古城の中へ入ると、広々としたエントランスが広がり、正面には大きな階段があります。

 勿論、横にも部屋は続いています。

 階段を上ると、やがて大きな絵画が飾られた壁に突き当たり、左右に階段が伸びます。


 階段の手摺りに格好良く凭れている人がおり、出迎えてくれました。


「おかえりなさーい」

「ただいまです」


 彼はゆっくりと階段を降りてきます。


「楽しかったかい?」

「はい、有意義でした」

「それは良かった。何しに行ったのかは知らないけど」


 そうして、彼は私の肩をぽんと叩き「じゃあ」と、扉へ向かいます。


「お仕事ですか?」

「ああ、まあね。君も来るかい? 君は美人さんだから、隣に居させてあげるのも吝かではないぜ?」

「疲れているので大丈夫です」

「断られた! ならば歌を歌おう!」


 彼はいつもポジティブです。感心します。


 宣言通り彼は丸々一曲歌いました。お仕事は良いのでしょうか?

 頑張って一緒に歌いますが、彼の歌は音程が複雑で、歌が下手な私にはなかなか難しいです。

 皆は彼を音痴だと言うけれど、私にはよく分かりません。


「それでは、行ってくるよ。デメテル」

「行ってらっしゃい。アポロンさん」


 アポロンさんを見送った後、階段を上がって二階に向かいます。

 二階には大広間があり、大体の皆はここで過ごしています。

 アテナさんがいつも噴水の上で見張りをしていたりと、それぞれお気に入りの場所があるみたいです。


 大広間への大きな扉を開けると、だだっ広い部屋の中にいたのは三人だけでした。


「あー、おかえりー、デメテル」

「ん、おかえり、早かったな」

「いやいや、大分かかった方じゃない? ま、何にしても、お疲れ様」


 私は三人の元へ歩み寄り「ただいまです」と、応えました。


 部屋がとにかく広いので、広間の真ん中にいる三人の所に着くまで時間がかかります。

 その上、家具や置物も一切無いので、余計に広く感じます。


 三人の元に辿り着き、まず私は全裸で床に寝そべる彼女に注意喚起をします。


「アフロディテさん、服を着て下さい。せめて下だけでも良いので。風邪を引いちゃいますよ」

「えー、嫌よ」

「人魚の姿じゃない時くらいは良いじゃないですか」

「だって、あたしが水を纏ってるとあんた達が『部屋が濡れる』って、文句言うから人間の姿でいるのに」

「でも、服は着るべきです」

「だって、おっぱいが絨毯に擦れてちょっと気持ち良いんだもん」

「何ですか、そのキツめの性癖」


 私は少し呆れながら、三人と同じ輪に加わり、その場に座りました。

 ここには椅子も座布団も無いので、ぼろぼろの絨毯に直に座ります。

 週一くらいでアフロディテさんが洗浄してくれるので、衛生的には問題ありません。


「今日は中は三人だけなんですか?」

「いや、上にアルテミスがいる」

「あ、なるほど」


 アルテミスさんもアテナさんと同じで、いつも自身のお気に入りの場所にいます。

 彼女の場合は、城の屋根の天辺です。


「それよか、例の村行ってきたんだろ? アイオーニオンってのは、どうだったんだ? 良い奴なのか?」

「そうですね。良い人でした」

「強いか?」

「んー……」

「微妙かよ」


「なあんだよお」と、彼は落胆したように手に持った立派な三叉槍に凭れかかりました。


「まあ、今の私達の敵ではないことは確かでしたね」

「けっ、そんなもんかあ、結局」

「でも、伸び代だらけなのも確かです。そこは、ゼウスさんの言っていた通りでしたね」

「大体の奴は伸び代も上積みもあんだよ。それを伸ばして重ねていける奴なのか?」


 その質問に対し、悩むまでもなく即答します。


「分かりません」

「……少しは考えろ」

「でも、ポセイドンさんとは気が合いそうな気がします」

「マジ?」

「はい」

「でも、そんなに強くないんだろ?」

「まあ、今は確かに卵です。ぴよぴよと鳴くこともできない卵です」


 けれど、武器を交え、実際に手合わせを経て、私は知っています。


「でも、アイオーニオンさんは怪物ですよ。孵れば忽ち厄介な『怪物(テュポーン)』に化けますよ」

「…………」

「そういう意味でも、誘い入れたいところでしたけれどね」

「そういや、勧誘は?」

「一応しました」

「どうだったんだ?」

「振られました」

「ま、ここに来てないってことは、そういうことでしょうね」


 そう言いながら、アフロディテさんは仰向けに寝転がります。

 大事なところが丸見えになってしまうと思い、私は慌てて自分の毛布を彼女に掛けました。


「……あんたは気にし過ぎなのよ」

「でも、あったかいですよ?」

「…………そうね、ありがと」


 彼女はそのまま毛布に包まり、ごろごろと転がります。


「あ、そういえば」と、私は一向に口を開かない彼に向き直ります。

 彼はずっと黙って私達の会話をにやにやしながら聞いていました。


「ヘルメスさんにちょっとお願いがありまして」

「ん、なになに?」


 ヘルメスさんは私が話しかけると、とても嬉しそうに応えました。


「ヘルメスさんって、調査もしてくれるんですよね?」

「まあね。情報を集めるのも伝令係の大事な務めだしねえ」

「それじゃあ、調べてほしいことがあって」


 私は少し大きなことを口にします。

 人によっては恐れ多いことなのかもしれません。


「『王国』の特務動隊のどなたかを狩りに行きたいので、お一人探してもらえませんか?」

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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