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Light in the rain   作者: 因美美果
第一章――3
6/77

『信頼』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 獣人の村の一件を終え、私達は村の復旧に取り掛かった。


 その間の寝泊まりは、マーブリさんが提供してくれるそうだ。皆優しい人ばかりである。


 オールが引っ繰り返した土砂の被害に遭ったのは、主に村の西側から北西側にかけてだった。そこらの復旧を中心に村全体の補強を行なっていく予定だ。

 尚、土砂をひっくり返したことについてオールは「少しは反省している。……いや、本当に。えっな――マジで本当だからね」と誰も責めていないのに、やけに反省を主張していた。それはもう語調が崩れる程に。本当だからねって。


 この村にも課題は多いらしく、その一つが家の作りだった。


 この村の家の作りは伐採した原木を加工せず、そのままの形で使うというものだった。確かにそちらの方が手間がかからない。ただ、削り複雑に重ねることで強度を増すものもこの世には山程あるのだ。


「伐採した木の表皮は削って下さい。あと、村の範囲を広げましょう」


 私がそう言うとスキロスは「広げたらまた獣が襲っては来ませんか?」と訊いた。うむ、正しい反応だ。


「先の襲撃は巨人達が主犯でした。巨人が消えたとなれば恐れることはありません。それに原木の加工により家の大きさを大きくしたり、戸数を増やすこともできます」


「これから忙しくなりますよ」と、私は意気揚々と言った。


 その日は日も暮れたので、夕食を摂り宿で眠った。

 やれること、やりたいこと、やらねばならないことは沢山ある。一刻も早く復旧して生まれ変わったこの宝石を見ることを私は密かに楽しみにしていた。



   〇   



 私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。


 それは私の歳が七つの時のものである。


 私はその日、ある女の子を好きになった――今思えばそれが初恋であった。

 特にすることもなく、歩き慣れた――飽き慣れた街をぶらぶらしていると、私の目の前を通り過ぎて行く女の子が居た。


 その子は街のお金持ちの家の娘で、目が大きくとても澄んでいた。さらさらとした髪の毛からはふんわりと良い香りがしてくる。彼女には姉がいるらしく、その時一緒に遊んでいたようだ。そこにたまたま居合わせたのが私であり、私はそこで恋に落ちた。一目惚れだったのだろう。


 私は家に帰り、帰って来ていた父にこのことを話した。もちろん、好きになったということは伏せて。

 しかし、父は見透かしたように「その子が好きなのかい?」と言ってきた。私は顔を赤らめ、小さく頷いた。

 すると父は笑って「そうか。遂にフィンも好きな子ができたかあ。お母さんには話したの?」と訊いてきた。私は首を振り「秘密」と言った。


「分かった。お母さんには黙っておこう」


 私は父と指切りをした。


 そんなある日、私がいつもの如く公園のベンチに座って呆けていると、彼女が声をかけてきた。


「あなたも遊ばない?」


 間近で見る彼女は本当に綺麗で、私はしばらく魅入ってしまった。

 上手に声が出ずただ頷くと、彼女は笑って私の手を引いた。


「あなたの名前は?」


 私は名乗り、彼女も名乗った。


 それから私達はよく遊ぶようになった。遊ぶ度に私は不運事を引き寄せ、彼女を気味悪がらせるかもしれないと思ったけれど、その度彼女は「大丈夫?」と言い、可愛く微笑んだ。


 家に帰ると、私はいつも家族にその日起きた出来事を話した。母も、私が毎日服を汚してきても「しょうがないなあ」と困ったように笑った。私に友達ができて喜んでくれていたのだろう。


 私の幼少期の中で、最も愛おしい時間だった。


 その頃、彼女の家族や周りの人は私のことをあまり良く思ってはいなかった。私と一緒に居て、もし何かあったら――そんなことを危惧していたろう。そして私も薄々そのことを勘づいていた。


 前にも述べた通り、私の不運は周りにも影響を与える。悪影響を与える。


 私は考えた。このまま彼女と居て良いものかどうか。私は彼女を傷づけるのが、自分のせいで彼女が傷づくのが、怖かった。


 ある時から私は彼女と遊ばなくなった。最初は、彼女は心配して私の家まで訪ねてきたりしていたが、次第にそれもなくなった。彼女は元のように、姉や街の女の子と遊ぶようになった。


「あの子と遊ばないの?」


 母はそう訊いてきたが、私はそれを曖昧にはぐらかした。真実を伝えれば「あなたの息子は色んな人から嫌われていますよ」と言うようなものだった。


 けれど、母も知っていたのだろう。敢えて私のことを深く訊いたり、咎めたりもしなかった。


 親は子のことを何でも知っている。そして私もそれに気づいている。


 こうして、私の初恋は幕を閉じた。思いの丈を伝えることなく。誰も幸せにはなれなかったけれど、誰も不幸にもならずに済んだ。


 これがきっと、最善なのだ。



   〇   



 この村の課題は食糧にもある。


 この村の主な収入源は家畜のみであった。豚や牛の肉を自分の村の分と定期的にやって来る商人への取引分に分けて用意している。その他に、村人個人で野菜や果物を育てたり、マーブリさんのように宿を経営している所もある。


 そして、その家畜も手痛い打撃を受けた。手痛い停滞を喰らった。


 先の襲撃の前にも、何度か奴らはこの村を襲撃しに来ていた。その時に家畜が何匹か殺されてしまったようだった。その為、今村にいる家畜は村人を養う為だけに消費するか、商人へ売る為だけのものにするかという選択を迫られてしまう程の数になってしまった。

 そして、村長ことパルダリスさんによれば、その商人が村へやって来るのが何と今日であった。……やばい。


 やがて商人が村へやって来たが、村の慌ただしさと見知らぬ私達が指揮を取っているということに驚いているようだった。


「こんにちは、パルダリスさん。これはどんな事態でしょうか」


 商人のポリティスさんは種族は人間で、比較的痩せていて、とんがり帽子を被り真っ白なシャツに青いベストを着ている。好青年といった風貌である。


「ええ、実は先日、賊による襲撃がありまして、その際に受けた被害の修復に村一同で取りかかっている次第です」


 パルダリスさんは私達を呼び、ポリティスさんに紹介した。


「この方々がその襲撃から我々をお守り下さいまして、今は復旧のご指導を受けている身です」


「左様でしたか」と言いポリティスさんはこちらを向いた。


「この村とは古くから付き合いをさせて頂いている者でして、いつしか私もこの村の温かさに魅せられていました。この村が無くなってしまうのは私にとっては家族を一人亡くすことと同じ。だから、ありがとうございます。大切な場所を守って頂き、感謝致します」


 ポリティスさんはそう言って深々と頭を下げた。


 ――ああ、本当にこの村は素敵な場所なんだ。それと同じくらいこの村に魅せられた人も素敵なんだと思う。

 人の心は鏡――というより水のようだと思う。周りと混ざって溶け込んで色に染まって……朱に交われば赤くなるということなのかもしれない。


 この村の人達は綺麗なものに囲まれたから、こんな風になってくれたのかな。


「しかし、ポリティスさん。先の襲撃で家畜にも被害が出ました。村の備蓄と残った家畜を合わせても、しばらくして底を尽きてしまう。なので備蓄がある程度になるまで、この村に訪れるのは止した方がよろしいかと存じます。無駄足になってしまうのも悪いですし」


 パルダリスさんは申し訳なさそうな顔をして、今回の商談を断った。ポリティスさんは残念そうな顔で、実際に「残念」と言った。


「しかし、仕方ないことですし。また復旧が終わったら、文を寄越して下さい。……ですが大丈夫ですか? しばらく商談を行わないとなると、今や生活に必要なのは食材に留まりません。衣服やら資材やらと。お金の方の備蓄は問題ないですか? 何ならしばらくの間はうちの商会から支援金を提供しますが……」


 パルダリスさんは「そんな、申し訳ないです」と、あくまで断った。しかし、本当に大丈夫なのだろうか。この状況だと村の復旧は早く済んでも、財政の回復はもうしばらくかかるのではないだろうか。だとしたら、あまり商売の方も停止したくはないな。


 何か食糧を確保できて、かつ財政も維持できる方法はないのか。


「村の食糧も商品になるような肉じゃないといけないのか?」


 そう質問を投げかけてきたのは、オールであった。


「店に出すようなのは勿論上質な家畜から取れるような肉でないと駄目だろうが、村で消費する分には多少質の落ちる物でも良いのではないのか」


 ……確かに。言われてみれば、自分達が食べる分には選り好みも好き嫌いも、少しくらいは我慢できよう。であれば、今ある上質な肉は商会の方に回し、自分達の分は森で狩りをして補い、備蓄も十分になった頃にまた我々も良い肉を食べれば良いのでは。その時はカーニバルである。


 後は他の村人達の了承が取れれば万事解決だろう。よく考えてみれば分かるものも中々見えてこないものだ。


「ありがとう、オール。ナイスアイディアだね」

「ええ、それなら何とかなるでしょう。村の者も異論ありますまい」


 村長もこう言っている。可決が為されたも同然。


 実際、納得している者もいれば、苦渋の決断をした者もいたが、場合が場合なだけに皆賛成だった。

 オールの老獪さが役に立ったのかは定かではないが、ともかく彼女が良い提案をしてくれたのは間違いなかった。


 当のオールも頬を緩ませ、満足そうにしていた。



   〇   



 次の日、パルダリスさんとポリティスさんは家畜の飼育小屋と村の倉庫に向かい、商談を行った。我々は昨日のオールが提案した通りのことを実行する為、村から出て森の奥の方へやって来た。


 私と一緒に来たのは、狼の獣人の少年スキロス、猿の獣人の少女マイム―、鹿の獣人の少年エラフィ、(いたち)の獣人の少年ガレーである。


「とりあえず近くに生息している動物は、猪と鹿と熊、後は小動物の兎とか栗鼠らしいから、今回の獲物は猪と鹿にしておこうかな」


 すると、エラフィが角を生えている頭を押さえ呻いた……まあ、心中お察しします……少しは同じ遺伝子を持っているんだものな。


「あの、嫌なら今回は止めてもいいし……何なら鹿は止そうか」


「いえ、大丈夫です。行けます」と彼は眉間に皺を寄せ言った。めっちゃ辛そう。


 まあ村一つ分の食糧を確保しなければならないので、割と時間も気にしなければならない。しなければならないことばかりである。ん……そういえば――


「――この村は野菜はどうしているの? 個人で育てている人もいるみたいだけど、それ以外の人は……」

「青果や魚介類は全て輸入で賄っているんです。僕らは基本的に畜産で勝負していますから」

「…………」


 やっぱりそれだけじゃ厳しいかな。これからは青果の栽培も考えていった方が良いか。個人で育てている人もいるので、気候や地域的には向いていない訳ではないのだろうし。やはりバランスも考慮していかなければ、モノカルチャー経済では限界がある。


 その時、猪が前方に見えた。中々に立派なものだった。


 私は弓に矢を番え、遠くに見える猪を狙い澄ました。気分はどこかの世界のヨサノナニイチかこの世界のコクヤである。


 ――離れ!


 矢は真っ直ぐに飛んで行き、猪の頭上を通り過ぎていった。……あれ、当たんね。


「……フィンさん、これは……」とスキロス。

「……まずいのでは……?」とガレー。

「…………逃げよ」とマイムー。

「は――」とエラフィ。

「走れ!」と私はエラフィの言葉を遮り、一早く振り返って走り出した。


 私には弓矢の才が無いようだ。というのは既に知っていた。

 育成学校時代にも弓矢の訓練もあったので、その時に弓矢の才が無いことは自覚していた。最初の頃は髪やら耳やらを弦で払いまくっていた。

 今でこそマシにはなったが、結局当たらないのでは仕方がない。今も下手なままか。そもそも私は格闘術が得意分野だったのだ。


 しかし、このままでは追いつかれてしまう。仕方がない、その得意な格闘術で猪を仕留めるとするか。


 私は振り返り、駆けてくる猪と対峙する。

 息を吸って吐き、目を細める――睨むように見つめる。

 私は脚に力を込め、向かってくる猪の頭上の高さまで跳んで、猪は私の真下を通り過ぎた。思えばこの猪、頭上を通り過ぎられてばかりだな。

 猪は止まらずに突き進むので、スキロスの方に行く前に獲物に攻撃を加える。地面に足を着いた私は素早く猪の尻に向かって回し蹴りを喰らわした。

 その途端、猪は体をふらつかせ軌道を逸らし、悠然と立つ木に激突した。それでも木は未だ悠然と立っている。すげえな。


 そして私は倒れた猪に近づき、持っていた矢をそのまま猪の急所に深く刺した。


 私はスキロス達の方へ振り返り、木に倣い悠然として言った。


「さあ、次も頑張ろう」


 皆苦笑交じりに肩と気力を落とし「はい……」と、薄く返事した。


 ある程度の狩りを終え、私達は村に帰ってきた。それなりに食糧を確保できたので、今日の所は十分だろう。


 しかしまた新たな課題も浮き出てきた。


 ――青果の確保。


 この村でも野菜や果物は栽培するべきである。獣人の村と言っても、草食動物の獣人も居る訳だし。


「ということなので、明日の狩りは他の子に任せるので、僕は村の大きな畑を作りたいのですが」


 パルダリスさんにそう相談すると、彼は少し思案を巡らすようにし、小さく頷いた。


「ええ、構わないでしょう。ただ、畑の管理は繊細で長期ですので、ご指導の程よろしくお願い致します」


 これで決まりだ。狩りの時と同じく明日も一緒に畑を作る人達を募り、楽しくやるとしよう。



   〇   



 次の日の朝、畑を作ると言うとまあまあな人が集まった。


 家建設の指導はオールに頼み、狩りはスキロスに任せたので私は今日一日畑作りに費やすことにした。


 集まった人は、牡牛の獣人の青年タウロス、虎猫の獣人の少女ティグラキ、馬の獣人の少年アロゴ、鹿の獣人の少年エラフィ、羊の獣人の青年のプロバトン、山羊の獣人の少女カチカ、熊の獣人の少年アルクダ、鬼人の少女ナキである。――ナキまで?

 思ったよりも集まってくれたので、こちらもやる気が出るというものである。

 やはりほとんどは草食動物の獣人であるが、中には完全に肉食動物の猫と熊の二人も参加してくれた。……やっぱエラフィに狩りはキツかったか。あと、ナキも参加するとは思わなかった。全く構わないのだけれど、少し心配でもある。保護者目線というか。


 私も育成学校時代に習った程度なので曖昧な所も多いけれど、思い出しつつやっていこうか。


 肉食動物の獣人は力があるので、畑を耕すのに大活躍だった。草食動物の獣人は器用な人が多いので、作物を植える時などコツを掴むのが早かった。適材適所とは正にこのことだ。

 このまま行けばかなり良い感じになっていくのではないだろうか。期待は高まるばかりである。


 ふと、ナキの方を見ると汗だくになり、かなりばてているようだった。


「ナキ、日陰の方に行って少し休もうか」


 けれど、ナキは首を横に振り「いえ、大丈夫」と力なく笑った。


 ……そんな訳ないだろう。


「ほら、こっちに来て」私はナキの手を優しく引いた。

 木陰に入り、彼女を座らせ手拭いで彼女の額の汗を拭いた。どうやら頬も汗だくらしい。

 ――否。それは汗ではなく涙だった。


「…………泣いているの?」


 ナキはゆっくり頷いた。


「どうしたの、そんな具合が悪い?」

「…………悔しいの」


 えっ……?


「皆はちゃんとお仕事できているのに、私はすぐにこんな疲れて……全然役に立てていなくて、本当に……何しているのか、分かんなくなってきちゃって……」

「…………」


 彼女も――彼女こそ苦悩しているのだ。できないことが多くて、一緒にできないことが多くて。


「あの、これ飲んでください」


 目の前にアルクダが立っていて、冷たい水を差し出していた。彼もナキのことを心配してくれているのだろう。


「ありがとう。ごめんね、疲れたら休んで大丈夫だからね」


 私がそう言うと、彼はナキの方に向き直った。


「……役に立っていないなんてこと、ないですよ。ナキさんがやった所、誰がやった所よりも丁寧にできていました。ゆっくりでも、少しずつでも、ちゃんと助けになっています。だから、そんなに自分を責めないで下さい」


「それじゃ、自分は戻りますね」と言い、アルクダは畑作りを再開した。


「皆ちゃんとナキが頑張っていることを分かっているんだよ。彼も言った通り、そんな風に言うもんじゃない。それにここは皆それぞれが違う村。容姿も性格も唯一無二だけが集まる場所。三者三様、十人十色――君は君で良いんだ。君は君にしかできないことをすればいいんだ」


 そう言うと、ナキは更にぽろぽろと涙を流し、流した分を取り戻すようにアルクダから貰った水を飲んだ。


「これからだよ」

「うん」


 私達は作業を再開した。



   〇   



 日が沈む頃には、私達は畑やそれを管理する設備を作り終え、種植えも明日には済むくらいだった。


「よし、じゃあ今日はここまでにしよう。皆お疲れ様」


 私はそう言って宿へ戻った。早速風呂に入ろうかな。

 この村には大きな銭湯が村共同で使えるようになっている。湯を沸かす人は交代で窯を燃やす。私も一度手伝ったのだが、これがものすごく大変。

 色んな人が湯に浸かっているが、皆仲良く話していたり、背中を洗いっこしている。


 私が体を流して湯に入ると、一緒に浸かっていたスキロスとアルクダが話しかけてきた。

「フィンさん、お疲れ様です」と、スキロスは頭を下げた。


「お疲れ様、狩りの方はどうだった? 他の人も行ったんでしょう。大収穫かい?」

「まあそれなりには。さすがにフィンさんがいた時程ではないですけれど、でもしばらくは食糧に困らないと思います」


 それは何よりだ。


「ごめんな、僕は弓が上手じゃなくて参考にならなかっただろう」


 けれど、彼は首を横に振り「僕もそんなに得意ではないですから。槍を投げてたり、刃物でやってました」と慰めるように言った。優しいなあ。


 ん……そう言えば。

 私は二人の方に体を向き直った。


「二人は昔から仲良いの?」


 二人はお互いを見合い、こちらを同時に見た。息ぴったり。


「まあ、そうですかね。なんだかんだ一緒に居るのはスキロスですし」


 アルクダはそう言い、スキロスの肩に手を回した。スキロスは少し照れている。


「家も近かったし、親も仲が良かったので」

「反りが合わないこともなかったし……まあ結構喧嘩もしましたけれど」


 私は楽しそうにそう話してくれる二人を見て、私もそんな人と――あの三人とこんな風になれたのかなとしみじみと思った。


「……フィンさん達はこの村の復旧が終わったら、またどこかへ行ってしまうのですよね……なんか、もっと一緒に居たいな……」


 スキロスはそう言って顔を俯かせた。目元が見えなかったが、もしかしたら泣いているのだろうか。全く、湯船が塩辛くなってしまう。


「また来るからさ。僕はこの村が好きだし、この村の人ともまた会いたい。君達にもまた会いたい。私も――ナキもオールも一緒に来るから」


「今を楽しもう」と私は言った

 建前ではなく――慰めではなく――本心から。


 気づけば二人どころか周りで聞いていた人達までも顔を覆ったり隠して、肩が震えるのを抑えていた。


 本当に良い人達なんだ。良い人達しか居ないんだ。だから困ってしまう――私は涙に弱いのだ。

 けれど、今はただ耐えることだけ考えた。目頭はどうしても熱くなって、私を苦しめた。


 湯船はどんどん塩辛くなっていく。干上がったら本当に塩でも取れるのではないのだろうか。

 それくらいに大の男が集まって、泣いてしまった。


 ふと塀の向こうの女湯から泣き声がこちらの方まで響いてきて、高い声が風呂場で反響してお互い弾き合い大合唱である。


 本当に、良い村だなあ。


 私は限界を迎え、大粒の涙は湯に溶けていった。



   〇   



 私達が獣人の村を訪れてから早くも二週間が経った。


 予定していたよりもかなり早く作業が進み、さらに質の高さも怠ることなく完成した。


 最後に村の門を改装し、看板も取りつけ名前も付けた。村長命名、『ネフリティスホリオ』――意味は『宝石の村』である。長いので『ネフリ』と呼んでいる。


 家畜の繁殖、畑の耕作、施設の充実、村の発展――全てを終え、我々は仕事を見事に完遂した。


 そして今日、私達はこの村を出るのであった。


「二週間、大変お世話になりました。私達のせいで不都合も生じてしまったでしょうが、どうかその点はお許し下さい」

「そんなに堅くならないで下さい。助けて頂いたのは我々の方です。本当に感謝してもしきれないのです。この命を投げたところで、返すどころか受け取っても貰えないでしょう。だから、ただただ繰り返すしかないのです。『ありがとう』と――」


「――それがこんなにも虚しいものだとは」 パルダリスさんは感傷に浸るようにそう呟いた。


 私は長くなっては辛くなるだけと思い、早々に締めに入った。


「それでは、そろそろ行きます。皆さんどうかお元気で。そして――ご武運を」


 私がそう言い振り返ると「待って」と言う声が聞こえてきた。


 声の主はスキロスだった。


「あの僕達、村人全員で話し合ったんです。こんなことを今になって言うのは、自分勝手だって思われるかもしれないけれど……やっぱりまだ一緒に居たいから――あとで、痛い思いをしたくないから――この村、『ネフリティスホリオ』に住んではくれませんか? そして、この村に新たな発展を――この村の指導者になって頂けないでしょうか」


 ――それは、えっ?


「私達はまだフィンさんとナキさんとオールさんと一緒に居たいんです。まだまだ話したいこと沢山あるんです。だって、この二週間こんなにも楽しかった」


 震える声でマーブリさんは言った。心の底から叫ぶように――心の底まで届くように。


「別に、この村に留まる必要はないんです。たとえば拠点を構えて、帰る場所をここに選んでくれたら、それだけで幸せなんです。俺らはまだまだ習いたいことも訊きたいことも沢山ある。だから……ここに居てほしい」


「三人の居場所がここであってほしい」と、優しい声でアルクダは言った。泣きそうだけれど、とても温かい声だった。


 他の村人達も皆一同に私達の居住を望んでいる。


 私はしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。オールは私の顔を見て囁いた。


「私はお前達についていくだけだ。それが今の私の望みで、お前達の望みを叶えるということに繋がるのだから……けれど、たまに来る者を待ち、またすぐに一人になるという生活を長く続けているとな、ここの温もりは冷えた火山に居ては分からないことを教えてくれる。千年以上生きていてもまだまだ知らないことだらけだ」


 ……そうか、オールはずっと一人だったのか。やっぱり人肌が恋しく、愛おしくなってしまったりするのだろうか。


「まあ何が言いたいかと言えば、私はこの村を気に入っているということだ。毎日居ても飽きないくらいに」


 私はまたもや黙ってしまった。けれど、今度は思案の為である。そして、それを後押ししてくれたのが、愛すべきナキである。


「あのね、私はこの村が好きなの。だから、ここにずっと居たいなって思う。いつか出て行かなくちゃならなくなったとしても、今はここに居場所を作りたい。ここを居場所にしたい……フィンは、どう思う?」


 彼女はそう言い首を傾げた。


 ……私はずっと居場所が無かった。今だって無い。家族と居れば家族は困ったし、学校に行けば学友に迷惑を掛けた。

 では、ここに居たら今度は何を? 私はここの人達に、ナキやオールに何をしてしまうのだろうか。

 けれど、やはり嘘はつけない。私はこの村が大好きだ。

 何て言ったって、まず人が良い。皆優しくて、思慮に富んで温かい気持ちの椀飯振舞いだ。それに団結力と行動力に溢れている。だから、こんな短時間でここまで村を復旧、発展できたんだ。


 本当にすごいんだ。

 そんなこと言ったら私だってずっと居たい。永住したって構わない。


 それでも私が居続けたら、この村は――


「それに、フィンは何にでもなれるのでしょう? この村の指導者になるなんて朝飯前だよね。私はフィンがとってもすごいこと、よく知っているんだから」


 ナキはさらに後押しするように、そう言った。

 ……大事なものの為に諦めるのは美しいけれど、大事なものの為に守り抜くのはきっともっと美しいはずだ――それがたとえ自ら辛さを選ぶ勇気より、辛さから解放される為の臆病を手にするものだったとしても。


「僕は聡明な人間じゃないし、自己犠牲的な人間でもない――まして人間でさえない時もある。けれど、それでも居場所を探していた僕にそれをくれるのなら――」


 私は言う――前を向いて。


「――僕は拒まない、快く受け取るよ」


 村人達は歓声を上げ、両手を高く挙げ喜んだ。私のこの村に住むというだけの選択が、こんなにも人を喜ばせられるものだとは。実際、私も恐ろしい賭けに出たような気分である。まだ勝敗は出ないけれど、精々それまで悦に浸るとしよう。


 ナキとオールが私の両腕に抱き着いてきた。


「よく言ったぞ、フィン。偉いなあ」とオールによく分からないまま褒められた。

 ナキは無言で私の左腕を強く抱き締めていた。両手に花ならぬ、両腕に花といった感じか。


 すると、スキロスが私の方へ飛び込んできた。四人まとめてその場に倒れる。

 何事かと思ったが、どうやら嬉しさのあまり私に抱き着いてきてしまったようだ。可愛い奴め。私の名前を嗚咽交じりに連呼している。


 スキロスの頭を軽く撫でながら、私は決してこの村を壊させまいと心の中で強く誓った。


 やっとできた私の居場所なのだから――皆が望んで作ってくれた大切な居場所なのだから。


次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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