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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――2
59/77

『応報』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 とにかく時間が無かった。


 体を蝕み続ける毒は、頭を金槌で叩き割るかのように体内で叫び続ける。

 今から毒竜になったとしても、もはや完全に解毒できる量を超過してしまった。

 神の毒矢を一度に喰らい過ぎてしまった為である。

 そもそも一刻も早く神を追わなければならない状況で、毒竜になって呑気に体を癒している暇なんてない。


 そうして、急いで駆けつけてみれば、ナキを絞め上げる神が視界に飛び込んできた。

 毒のせいで熱くて堪らない頭を、怒りがさらに加速させた。


 思わず愛剣を投げつけてしまった。

 今思えば、毒が回ってぼやぼやになった視界の中で、よくナキに当てずに済んだものだ。


 レイを投げたことでナキは救えたが、同時にレイを失ってしまい、慌てて取り戻す。

 その際に、蹴りも一発咬まして神から距離を作る。


「三人とも、洛西獣を止めてくれてありがとう。遅くなってごめん。今度こそ決着をつけよう」


 そう言い終えて、吹っ飛んでいった神を睨みつける。

 のろのろと起き上がる彼の姿はさすがは『怠惰』の神であるが、その眼は悍しい程に怨念が込められていた。


「絶対に許さねえ」

「こっちの台詞だ」


 お互い同時に駆け出し、真正面から衝突する。


 振り被ったレイを神は弓で受け止め、毒を一本持ってそのまま私の胴を目掛けて刺しにきた。

 こちらも毒矢に触れないように神の腕を蹴り弾く。


 そのまま脚を神に向け、脇腹を蹴りつける。

「ゔぐ」と、一瞬呻いたが、堪えた神は私の脚を掴み、そのまま回転をつけて投げ飛ばす。


 今度は私が城の瓦礫に突っ込んだ。

 急ぎ起き上がり、神へと再び立ち向かう。


 しかし、神は私からターゲットを外し、倒れているナキに毒矢を向けていた。

 ナキは神に首を掴まれてから、意識を戻していない。


「やめろっ!」


 叫んだところで神がやめる訳もなく、私は竜人の翼を全力ではためかせる。

 けれど、私は間に合わず、神は毒矢を放った。


 まあ、間に合わないのは分かっていた。

 今までも何度も間に合えてこなかった私だ。

 間に合うのが駄目なら、最初から間に合わなくて良い。

 結局はナキを救うのに間に合えば良いのだから。


 私は毒矢の射線状に割って入り、剣の切先で毒矢をぎりぎり弾く。

 毒矢は軌道が逸れ、ナキに当たらずに無意味に刺さった地面を溶かした。


 一瞬の安堵に浸りながら、神へと視線を戻すと、既に彼は二撃目の矢を撃ち放っていた。

 そして、その矢の軌道は私を目掛けていた。


「分かってたよ。あんたならその女をちゃんと守るって」


 にたりと嘲る神の顔が嫌に目に焼きついて、次の瞬間には私の左太腿に毒矢が深々と突き刺さっていた。

 焦る暇もなく急いで矢を引き抜き、痛みも構わず神へ羽ばたく。


 神への距離を詰めるその一瞬だけでも、痛みは増大し続けて体を焼きつけるように熱していく。

 その間にも毒矢は次々と飛んできて、歪む視界では捌くのも一苦労だ。


 右手のレイで捌き続け、左手にアルケミアでハルバートを顕現させ、神へと突き刺す。

 神はぎりぎりで躱してそのままハルバートを掴み押さえたが、それで終わりにする訳にはいかない。

 矢を捌き切ったレイを振るい、神の首元を狙う。

 けれど、それもまた弓で受け止められ、膠着状態となる。


 神も大分傷を負って動きが鈍っていても良いと思うのだが、それ以上に私がとろいのだろうか。


「面倒面倒面倒面倒。こんなことにならない為に弓を使って、毒を使っているのに」


 そんな愚痴を垂れ、神は唾を飛ばしてきた。

 それだけならノーダメージだが、一応嫌なので首だけ傾けて避ける。


「いちいち近づかずに済む為に弓を使っているんだよ。一撃で済む為に毒矢を使っているんだよ。なのに、何でこんな耐えてくるんだよ、あんたは。勝手なことだけど、耐えてくるんじゃないよ」


 本当に勝手だった。


「ていうか、離れろよ!」


 そう叫び、神は唐突に頭突きをしてくる。

 不意を衝かれた私は頭突きを諸に受けてしまった。

 受けてしまったが、これはさして問題ではなかった。

 痛かったには痛かったのだが、それ以上に神が痛がっていた。


 自分からやってきたのに何で泣きそうな顔をするんだ。情けなんてかけないよ。


 神は痛みのあまり、掴んでいたハルバートを放した。

 その隙に、私はハルバートを神に突き刺す。

 神は回避を試みるが、ぎりぎり刃先が神の横腹を切りつけた。


 それにより怯んだ神に追い討ちの蹴りを放つ。

 軽々と吹っ飛んだ神は、リシ武闘会の運営テントの残骸へと飛び込み、がしゃがしゃと音を立てて倒れ込んだ。


 どうやら痛みに大分弱いらしい。

 痛いことを遠巻いて、怒られることからずっと逃げてきた彼にとっては、頭突きなど慣れていないのだろう。

 反対に、私は痛いことばかり経験しているので、自分に返ってくる痛みを恐れて弱腰になった頭突きなど、へっちゃらである。

 だからと言って、痛い思い出に感謝なんてしないけれど。


 しかし、頭を揺らされたのは意外と効いたようで、猛毒と相まって頭が石のように重たい。

 左脚の感覚も徐々に消えつつある。

 壊死してしまう前に決着をつけなければ。


 吹っ飛んだ神を追いかけ、ハルバートをアルケミアで仕舞い、レイを両手で持つ。

 レイを持つ手も段々と震えを抑えるのが難しくなり、片手では心許なくなってきた為である。


 すると、むくりと半身を起こした神は尻餅を着いたまま、近くに落ちていた汚れたトロフィーを投げつけてきた。

 それはやがて私が受け取る予定の、金色に輝くリシ武闘会の優勝トロフィーである。

 そんな風にぞんざいに使うな。


 私はそれをレイで払い退ける。

 ガキンと硬い音を立て、受け取ってくれる者もいないまま虚しく地面を転がった。


 しかし、退けたトロフィーの後ろには本命が隠れていた。

 トロフィーが目隠しになり、その後ろから飛んできていた毒矢に私はたじろぐ。


「なっ――」


 ぎりぎりで首を曲げるが、矢尻の端が頬を掠め、ぴりっとした痛みが走る。

 今のでまた毒を多少なりとも喰らってしまった。


 しかし、今更気にしてもいられない。

 もう手遅れなくらいである。

 逆を言えば、今から喰らった毒矢ならばあってもなくても同じようなものだ。


 私は構わず神への距離を縮めていく。

 神はまたも近くにあったトロフィーを投げてきた。

 今度のそれは銀色に光るもので、つまりは決勝戦で私に敗北を喫した者へ贈られるものである。

 それはさすがに下手に叩き斬ることができず、身躱すだけで通り過ぎる。

 その後ろに隠れていた矢も今度こそしっかりと処理し、遂に神本体へレイを振り下ろす。


 神は両手で弓を持ち、またも私の一撃を受け止めた。弓の方も中々頑丈なものだ。


 ――と、そこで私は神に一つ訊ねる。

 揺れる頭を回転させるのは苦難だが、これは訊いておかなければならない。


「――デュオは何者だ」


 そう。

 先程、銀のトロフィーを躱した時、ふとそこに刻まれた贈与者の名を一瞬見た。


 そして、その一瞬で思い出した。

 私が忘れていた――彼のことを。


「デュオ? 誰、それ?」


 ああ、そうか。

 こいつは違う名で彼のことを呼んでいたな。

 確か――


「お前らがモノと呼んだ者のことだ」


 私が答えると、神は一層な気怠そうな顔をしたが、同時に愉快気な表情も浮かべ、こう訊き返してきた。


「どうやって思い出したの?」


 思い出した――それが疑問に思うということは、やはり彼は普通には思い出せない存在だということなのか。


 思えば、今までもおかしな場面は何度もあった。


 あんなにひょうきんで印象的な性格なのに、一緒にいない時は頭の隅すら全く過ぎらないこと。

 再会して顔を見ても、彼が誰なのか全く思い出せないこと。

 一度別れてしまえば、最後の記憶がどんなものだろうと顔も名も思い出せなくなってしまうこと。

 これが毎回必ず起きること。


 今まで気にせずにいられたことすら不思議だ。

 もしかしたら、気にせずにいられることにも何らかの理由があるかもしれない。


 ともかく、話を進める為に私は神の問いに対して素直に答える。


「お前がさっき投げてきたトロフィーに彼の名が書いてあった。『デュオ』の名で」


 そうすると、より口角を吊り上げ、受け止めていた私の剣を押し返してきた。

 私は弾き返された勢いで、胴を無防備にしてしまう。

 がら空きの腹に空かさず蹴りを入れられ、私は後ろに引き退る。


「教えてあげるよ。暇だからね」


 そう言いながら、神は毒矢を両手に何本も持ち、近接で襲いかかってくる。

 私も腹の痛みを堪えつつ、神の猛攻を剣で何とか牽制する。

 その間も、話は続く。


「まずは何から知りたい? モノの何を知りたい?」


 モノ――デュオの何を知りたいか。

 逆に、私は彼の何を知っているのだろう。

 知らないことしかないから、何から知れば良いのか分からない。

 だが、まずはこれを知らないことにはどうにもならない。


「彼は何者だ? 彼は一体どんな存在なんだ?」


 最初の問いの繰り返しにはなるが、私はこれすらも分からない。


 超人的な身体能力。

 体の各所を『闇』に変え、自在に操る力。

 誰の記憶にも残らない彼の情報。

 魔国とも因縁があるようで、神にも関わりを持つその事情。


 何より、彼は私達の敵なのか、そうでないのか、果たして――


「ふん、まあそこからだよね。じゃあ、語ろうか。一幕目は自分達『神』についてだったけれど、第二幕は『モノ』――あんたが言う『デュオ』についてだ」


 相変わらずの笑みを浮かべ、彼は末尾にこう加えた。


「そういう名の――『神』についてだ」



   〇   



 彼は『神』だ。


 まあ、そう驚くなよ。

 これだけで大体は辻褄が合うだろ。

 理由の分からないことには、理由の要らない存在を当てはめれば、納得がいくだろ。


 まあ、それはどうでも良い冗談として、彼はともかく神様なんだ。


 それも相当の老いぼれだよ。

 若く見えているだろうけど、それも神様だからだよね。

 時間経過では老いないものなんだよ。


 まあ、何で老いないのかってのも、天界を統べる全知全能の神が『老い』を司る神を遠くに追いやったせいなんだけど。

 あいつはそういう奴だよ。

 嫌いなものを司る神は周りから遠ざけたり、最悪の場合は、自分達みたいに下界に追放する。


 おっと、話が逸れたね。


 ともかくモノって奴は神なのさ。

 じゃあ、何の神なのか。何を司る神なのか。

 次に気になるのはそれだろう?


 まあ、勿体振らないで言えば、彼は『闇』と『孤独』を司る神だ。


 けれどね、神様っていうのは、役割が生まれて初めて肉体と魂を手に入れることができるんだ。

 そして、その役割を生む者こそ、全知全能の神なんだ。


 たとえば彼の中に『怠惰』な心が生まれたのなら、それに伴って『怠惰』を司る神が生まれてくる。

 彼が世界に『光』を欲したのなら、それに伴って『光』を司る神が生まれてくる。

 生まれてくることは、全知全能の神が望まずとも――まして生まれてくる神が望まずとも――産み落とされてしまうんだ。

 そんな世界が天界なんだ。


 その点においては、この世界よりも救いようがないだろう?

 だって、天界では生まれてくる者はおろか、生む者すら生むことを選択できないんだから。


 だから、中には全知全能の神にとって、都合の悪いものを司る神が生まれてくる。

 さっきも言った通り、そういう神は全知全能の神からできる限り遠い場所に追いやられる。


 でもな、この行為もまだマシな方なんだぜ。

 前までは、気に食わない神は殺されてたんだから。

 ただ殺したところで、そいつが司っていたものが存在として確立してしまう限り、何度でもその神は生まれてくる。

 全知全能の神なのに、神を生まれてこないようにするのも、司るものの存在を消すこともできないんだ。

 案外無能だろ?

 結局は、あいつも世界のルールの中で翻弄されているんだ。


 だから、あいつもその内に殺すことをやめた。

 殺すことをやめて自分の視界に入らないようにした。

 せめて心だけでも救われようと、嫌いな奴は一人残さず天界のゴミ溜めみたいな場所に隔離した。


 けど、中には隔離するだけじゃ足りないくらい――殺したいくらい嫌いな奴がいたんだ。


 それが自分達、下界に追放された神々だ。

 追放なら存在はしている分、新しい神も生まれないからな。


 事実、自分も生まれてすぐに天界を追放された。

 自分の前の『怠惰』を司る神は殺されたらしくてな、丁度自分の代で殺すのをやめたらしい。

 因みに、自分はほとんど天界にいなかったから、今までの情報は全部後から教えてもらったことだから、間違ってても怒らんでね。


 でも、何にしても自分は訳が分からなかったよ。

「何もしてないのに、何で」って。


 けど、下界に堕ちて、先に追放されていた神達に話を聞いて、悩むのも馬鹿らしくなっちまったよ。


 他の神達から、下界のどこかにいるモノという神の話を聞いたんだ。


 自分の話ばかりになっちゃったけど、ようやくここからが本題だよ。

 毒が回って辛いだろうけど、もう少し頑張って聞いてね。


 モノは世界で二番目に生まれた。


 一番目は勿論、全知全能の神だ。

 『世界』という存在が生まれた時、同時にそれを司る為の神が生まれた。

 全知全能の神は言い換えれば『世界』を司る神と言っても良いかもしれない。


 そして、全知全能の神が生まれた次の瞬間――涅槃寂静も置いてけぼりの時が過ぎて、彼は生まれた。


 モノは『闇』と『孤独』を司る神。

 それはつまり、その瞬間に世界に『闇』と『孤独』が生まれたということ。


 『闇』と『孤独』は全ての始まりだと、他の神達は言った。

 自分もその通りだと思った。


 全知全能の神とモノは、世界で初めて『二人』になった。


 孤独を舐め合い、寒さに震え、二人は親友になった。

 そして、全知全能の神の中に沢山の感情が――世界に沢山の事象が生まれ、それに応じた神々が次々と生まれていった。


 その内に、二人は疎遠になり、やがて全知全能の神はモノを下界に追放した。

 追放に至るまでの経緯はあまりに古過ぎることで、他の神達も詳しくは知らないらしい。


 でも、あんたが知りたいことは分かっただろう?


 モノは神。

 モノは『闇』と『孤独』を司る。

 でもって、『闇』の神故にモノは『闇』を自在に操り、『孤独』の神故にモノは誰の記憶に残ることもなくずっと『孤独』のままなんだ。


 長くなっちゃったけど、まあ、こんなところかな。


 ――え? モノを探していた理由?


 あー……話して良いのかな。

 まあ、良いか。


 自分もあんまり理解してないけど、モノの力を借りたら下界を壊すのも手っ取り早いし、天界を転覆させるのにも強力になるんだってさ。

 それに、追放されたってのも訳ありそうだし、きっと恨みもあるからって、神達は言っていたよ。


 要は、こっち側に引き入れるって話。


 あ、そうそう。

 魔国との関係ね。

 それに関しては、さっき言った気もするけど、ただの利害関係。

 自分も向こうの事情は大して知らないから、詳しいことは何も言えないよ。

 実際に接触を図ったのは、他の神達だし。

 ただ何かしらの理由で手は組んでいるってことだけは分かるけど、それ以外は分からない。


 ん? 何かさっきから他人行儀?

 まあ、あいつらが立てた作戦が成功すれば自分も楽できるみたいだし、協力はしてるよ。

 でも、言うこと聞いているだけだから、確かに仲間みたいな気持ちは無いね。

 他人行儀と呼ばれても仕方ないのかも。


 何にしても、自分から話せることはもう無いかな。


 む、何だかさっきより怒ってるみたいだけど、また気に障るようなこと言った?

 でも、それ以上にさっきより顔色が悪くなってるね。



   〇   



 モノという存在は大まかだが理解した。


 時間が経つに伴れて痛みを増していく頭で、神の言う通り頑張って聞いていた。

 途中耳から血がたらりと流れてきた時は、いよいよ末期だと覚悟したが。


 しかし、まだ彼には不明瞭な部分が多い。

 目の前のこいつがより詳しい情報を知っているかは期待薄だが、他の神ならばもっと沢山の情報を有しているかもしれない。

 何にしても、それも『怠惰』の神を倒してからのことだが。


 そして、もう一つ。

 文献や記録も当然無いが、漠然とその存在だけはこの地上世界に知られていた――天界。

 その仕組みや、そこに住まう者達のことを、掻い摘んでではあるが知ることができた。

 学者でもない私には巨大過ぎて持て余してしまう情報だが。


 しかし、今まで天界について色んな説が唱えられてきたが、よもやそんなどろどろとした世界だったとは。

 話を聞いていた私も、目の前で戦っている彼が急に物悲しい生き物に見えてきてしまった。

 だからと言って、許しなどしないが。


 それどころか、最初は抱いていた憐憫の情も、彼の話し方を耳に馴染ませている内に、どんどんと湧き上がる怒りを感じた。


 あくまでも、自分は他の神とは別。

 作戦を立てたのは他の神で、自分は言いなりになっているだけ。

 天界が酷いから、自分もやり返しているだけなんだ。


 そんな言葉にしない言い訳が、彼の声や息からまざまざと感じ取れてしまった。


 ふざけるな。


 この街の死体は全部お前が作り出したものなんだぞ。

 それをさも傍観者のように――勝手に死んでいったかのように――何も感じていないかのように語るな。


「怒ってるんだ、やっぱり。そうだよね、結局はあんたも天界でふんぞり返る神共の肩を持つんだな」


 そんなつもりはないが、少なくともお前の肩を持つことはない。


「まあ、そうか。どうせあんたも『神の恩恵』なんていう有り難いもんを貰えたんだもんな」


 その言葉に、ぴくりと私は反応する。


 それに感づいた神は一瞬の隙を見て私の心臓目掛けて、毒矢を突き刺してくる。

 しかし、それすら読んでいた私はひらりと避けて、逆に隙だらけとなった神の顔面を思い切り殴りつける。

 無様に吹っ飛んだ神は頬を押さえながら、悔し気にこちらを睨みつけた。

 応えるように、私も彼を睨み返す。


「お前も苦労しているよな。僕よりもずっと生きてきた分、長い期間辛い思いもしているよな」


 その言葉を受け、神はさらに鋭く睨みつけ「知ったような口を利くな」と、吐き捨てるように言った。


「そうだな。僕はお前のこと、何にも知らないよ。話を聞いても尚、全部知り尽くすことなんかできないよ」


「けれど」と、私は続ける。


「お前も同じだろう。僕の何を知っているんだ。僕がこの『神の恩恵』なんていう有難迷惑で、ずっと積み上げてきた居場所を奪われたことか、お前は知らないだろう。知ったような口を利くな」


 まあ、それでも、少しは感謝しているけれど。


「僕はやっぱり、どうしてもお前のことが嫌いだよ。お前のやろうとしていることも見過ごせないよ。楽がしたいんだろう。僕が楽にしてやるよ」


 気分は最高に悪い。

 呼吸のし方も分からなくなってくる。


 真っ黒を纏ったあの青年の名も、もう思い出せない。

 顔はずっと前から、思い出せない。



   〇   



 自分の最初の記憶は何だったか。


 気づいたら大勢に囲まれていて、一番偉そうな奴が自分に向かってこう言った。


「出て行け」「二度とここへは戻ってくるな」


 そうして、酷い罵声を浴びながら、逃げるようにその場から立ち去った。


 確か、こんな感じだったと思う。


 いつか報われると思っていた。

 自分はこんなにも苦労しているんだから、いつの日か楽になれる時がやってくるだろうと、ひたすらに信じていた。


 信じることは楽だった。

 心が軽くなるし、目を閉じていてもできる。


 神が信じるなんて、何だかおかしな話かもしれないけど。


 だから、納得いかなかった。

 こんな風に、たった一人の人間に、自分が追い詰められていることが――


 距離を置いて矢を放ち、それをアイオーニオンが捌きながら近づいてくる。

 やがて距離を詰められ、剣を振るってくる。

 それを避けるなり防ぐなりする。

 そして、もう一度距離を取って、弓矢を構える。


 そんな攻防が繰り返されていく中、言葉の応酬も響き合っていた。


「お前に何が分かんだよ! どうして分かってくれないんだよ!」


 とんだ矛盾だと、自分でも何となく分かった。

 何となくしか分からない辺り、自分も大分切羽詰まっている。


 毒矢の猛撃を躱し、さらに苛ついた表情でアイオーニオンは拳を放つ。

 腹に綺麗に入り、「うえっ」と、自分の中から何かが飛び出てきそうになった。


 呻いて怯んだ自分に向かって、アイオーニオンは説教臭い言葉を放った。


「分かってもらえる訳ないだろう。苦しんでいるのはいつもお前だけか? お前が自我を奪った洛西獣はどうだった? この街に蔓延る死体の顔はどうだった? お前が首を絞めて殺そうとしたナキはどうだった?」


 何だよ、偉そうなことを言いやがって。


「うるさいっ! それもこれも、全部あいつらの命令なんだよ! 自分はその通りに動いただけだ!」


 頭に血が上った自分は、毒矢を三本一度に構えて放った。

 矢も少なくはなってきたが、まだまだ数はある。


 彼は危なげに回避したが、三本の内の一本がぎりぎりアイオーニオンの左腕に傷をつけた。


「言いたいことがあるならあいつらに言え! 天界の奴らに言え! 何で悪巧みをしたあいつらが無傷で、何で言うことを聞いただけの自分がこんな傷つかなくちゃいけないんだ! 何で横暴で好き勝手に生きる奴らに卑下されて、何であんたらにまで文句言われなきゃいけないんだ!」


 その言葉がさらにアイオーニオンの怒りに拍車をかけ、彼の動きはキレを増した。

 毒はもうとっくに致死量を超えていて、いつ死んでもおかしくないはず。

 そうでなくとも、体の損傷も相当なものだ。

 一体どこから力が湧いて出てくるのか。

 『怠惰』の神には分からないな。


「お前が選んだんだろ!」


 彼の言葉は耳が痛くて堪らなかった。


「天界に追いやられて、他の神の言いなりになって、『そうなってしまった――そうせざるを得なかった』、その辛さは僕だって知っている。選ぶ自由なんて無い――その辛さは知っている。けれど、そんなもの知ったこっちゃないんだよ。お前だけの辛さを分かってもらおうとするな!」


 泣きそうになった。

 きっと自分でも分かっていたことだった。


「辛くて、それでも生きたくて、その為にはぶつかり合うしかなくて、それでここまで来たんだろう。誰かに言われたことでも、お前の足で来たんだろう」


 叫び出したくなった。

 けれど、叫ぶことすら億劫になった。

 或いは、叫んで彼の声を遮ることをしてはいけないような気がした。


「自分で選んだ道だろう。天界がお前を犠牲に安堵したように、お前も同じようにこの世界の全員を犠牲にして楽をするんだろう。それがどれだけ辛いことなのか、お前は忘れた訳じゃないだろう」


 急に、今まで彼につけられた傷が泣き喚くみたいに響き出した。


「この世界はそんなに軽いもんじゃない。お前が動くのをやめる為に消して良いもんじゃない」


 その時、アイオーニオンはそれまでとは違う――嘲るような顔をした。

 その笑みは決して自分ではなく、自分に。

 自分自身に。


「……いや、僕だって善良なだけの博愛主義者じゃない。清いだけの聖人君子じゃない。実際は、どうでも良いんだ、こんな世界」


 戦いの最中、毒に食われながら、悲しい笑みを浮かべた。


「こんな世界、壊れようが、生き延びようが、どうでも良いんだ。ナキが幸せなら、他には何も要らない。僕の命だって要らない」


 それでも、ナキはそれだと嫌がるからさ――そう付け加えたその時、彼の口から出てきたのは説教染みた言葉ではなく、真っ赤な血だった。


 それにより一瞬動きが止まったアイオーニオンを見逃す訳もなく、自分は毒矢を放つ。


 ぶすり――と、毒矢はアイオーニオンの胸に刺さった。


 それは、止めと言っても過言ではない。


 ――過言ではないはずなのに。


「終わらせようか」


 それは自分の台詞のはずだった。


 どうしてそんなことが言えるのか。

 何故、そんなにも戦い続けられるのか。

 たった一人の女の為に。


 そのことがさらに心を乱し、自分は乱暴に拳を振るう。


「何なんだよ! 何でそんなに戦えるんだよ! 何であんたばっかり強いんだよ!」


 アイオーニオンの頬を殴った感触は、嫌に温かくて不気味だった。

 人を殴るのって、こんなに怖いことだったなんて気がつかなかった。

 それでも、この拳を止めることはない。


「そうだよ、全部自分が選んだことだよ! けど、この街が壊れるくらい酷い目に遭ってきた! 辛い思いをしてきた!」


 自分でもこんなに心の声を叫ぶだなんて思わなかった。

 アイオーニオンを殺すつもりで殴っているのに、アイオーニオンに助けを求めているような気分だ。


「ずっと信じてたんだよ! いつか報われるはずだって! でなきゃ、おかしいだろ! こんなに苦い思いをして、嫌なことばかりで、打ちのめされて! いい加減、報われたいんだよ!」


 そうして放った渾身の拳を、アイオーニオンは掌で捌き、言葉と共に仕返しの拳を放った。


「打ちのめされた奴が報われるんじゃない。それに耐えて努力し続けた奴だけが報われるんだ」


 それは、ずっと流されてきた自分が探し求めていたような言葉で、不思議と腑に落ちてしまった。


 それでも、何か言い返したくて――負けたくなくて、腰につけていた矢筒から残りの毒矢全てを取り出す。

 負けたくない――なんて『怠惰』の神らしくもなくて、心の中で少し可笑しくなってくる。


 しかし、それはついぞ叶わなかった。

 アイオーニオンには、敵わなかった。

 もっと言えば、アイオーニオン達には――


「あれ――」


 手を伸ばした先の矢筒には、一本たりとも矢は入っていなかった。


 どうして――さっきまで、あったはずなのに――


 ――ぐさぐさり。


 いくつもの刺突音が生々しく響いたのと同時に、背中には鋭い痛みが走る。

 そして、その直後に焼けるような重たい痺れが内側から体を叩いた。


 後ろを一瞥すると、気を失っていたはずの鬼人の女が、横たわったまま手だけをこちらに向けて、魔法陣を発動していた。


 この期に及んでやられた。

 あいつが戦いの最中、魔法で自分が気づかないようにゆっくりと毒矢を盗み、隙ができるのを待ち続けて反撃を狙っていた。

 いつから意識が戻っていたのか――いや、そもそも最初から気絶していなかった可能性だってある。

 その辺は、いくら考えても分からない。


「はは――」


 思わず笑ってしまった。


 でも、少し軽くなれた気がする。

 これでやっと楽になれるんだ。


 ああ――毒ってこんなに痛いんだ。


「――俺はもう報われないな」


 その言葉に、アイオーニオンは何も返さない。

 ただ、その代わりというように、一言だけ――


「やっと自分のこと『俺』って言ったな」


 それは、俺も気がつかなかった。


 彼の拳が視界一杯に広がって、そこから真っ白な世界だけが続いた。


 何だか少しだけ気分が良くて、ただただ甘ったるい夢を見ていたい心地だった。

 報われないなりに――俺は俺を救いたかった。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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