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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――2
56/77

『記事』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 迷惑をかけるだなんて微塵も思っていなかったんです。

 邪魔するつもりなんて露程も無かったんです。


 けれど、そんなことは本人にとってしてみれば、路傍の石ころも可愛く思えてくるくらい、どうでも良いことで――同時に、生死に関わる重大な問題でもあるのでしょう。


 ――ああ、申し遅れました。

 私、先程アイオーニオンさんと得体の知れない何者かの戦いに割って入り、愚かなことにアイオーニオンさんに大迷惑を被らせていただいた一介の記者でございます。

 今となっては、一介以下かもしれません。

 一介の人間以下かもしれません。



   〇   



 私の父は冤罪で捕まりました。


 私が生まれたのは、とある人間の統治する小国の片田舎でした。

 建国から歴史も深い訳でもなく、隣接する国々に諂いながら細々と生きています。


 国を統治する機関も大きい訳ではございません。規模的にも、権威的にも。

 事実、主要都市以外の街や村はそれぞれ自治体が設置され、ほとんど国や政府は関与してきません。

 例に漏れず、私が育った村も同様でした。


 父と私と二つ下の弟、そして母方の祖父母と共に暮らしていました。

 母は弟が生まれて暦が巡る前に、病気で他界しました。


 男手一つで幼い子ども二人を育てることは難しいと心配した母方の祖父母は、それから我が家で一緒に暮らすようになりました。


 村は農作物でお金を稼いでいて、大変ではありますが、風土が良く毎年作物には恵まれていました。

 それでも、畑仕事傍らに子育てというのは、やっぱり大変でしょう。

 どちらも疎かになってはいけないものです。育てられた私が言うのも変ですが。


 父はいつも祖父母から注意を受け、その度にバツの悪そうな顔をします。

 そこに私と弟がいると尚更です。


 いつも寡黙な父も、お酒が入ると祖父母への不満をついつい零してしまっていました。

 村の人達も父の愚痴を度々聞いていたみたいでした。


 けれど、私は知っていました。

 間違いなく父は祖父母に感謝していたし、祖父母も父を愛おしく思っていました。

 それは決して嘘ではありません。

 まして――父が祖父母を殺すなんてこと、絶対にありません。


 とても綺麗な月が出た夜に、祖父母は死にました。


 月明かりが深く刻まれた祖父母の皺と傷を優しく照らしていたのをよく覚えています。


 村の皆は口を揃えて、犯人は父だと言いました。


 けれど、私は知っていました。

 あの夜、祖父母を殺したのは隣に住む家族の父親と長男でした。


 普段はにこやかに振舞っていて、とても優しい一家でした。

 実った野菜や果物をよく私達一家にくれました。

 母を失ったことをよく気にかけてくれていて、私や弟にもとても優しく接してくれていました。


 そんな彼らが私の祖父母を殺したのです。


 夜に目が覚めた私は、お手洗いへ行こうとしていました。


 その時、祖父母の寝室から物音がしたのです。

 僅かに開いている扉の隙間から部屋の中を覗き見ると、祖父は既に首に大きな傷を作って動かなくなっており、祖母も隣人の長男に口を塞がれ動きを封じられ、今まさに喉元をナイフで刺されているところでした。


 私は込み上げてくる恐怖や悲壮を押し殺し、必死に両手力一杯に口を押さえました。


 祖父母を殺し終えた二人はそれ以降何もせず、部屋から出ようと扉へ向かってきます。

 私は慌てて灰だらけの暖炉の奥に隠れました。


 しかし、そこで気づきました。

 今度は私と父と弟の寝室に向かう気なのでは――私と父と弟を殺す気なのでは――と。


 そう思った瞬間、体の力がみるみる抜けていき、無意識に我慢していた尿が静かに流れていきました。

 食い止める為に今から出ていく勇気もなく、父と弟も殺されるのだと思い、股の生温かさを感じながら固まっていました。


 けれど、二人はそのまま玄関へと向かい、何も盗らずに帰っていきました。


 私はただただ呆然として、暖炉の中でその夜を過ごしました。


 夜が明けて父が起き、うつらうつらとしていた私の耳に父の叫び声が響きました。

 私は暖炉からゆっくりと這い出て、困惑する父に月夜に見た真実を全て伝えました。


 父は膝を落としながらも、私が無事であったことに安堵し、失禁の始末もしていない私を抱き寄せて何度も優しく頭を撫でてくれました。


 その時、突然扉が勢いよく開き、同時に大勢の村の大人達が入ってきました。


 状況が掴めない私と父は言葉も出ず戸惑うばかりです。

 すると、大人達は一斉に広くもない家中を走り回り、何やら捜索し始めました。

 広くはないので、すぐに凄惨な殺人現場は発見されます。


 悲鳴や怒号が家中に響き渡り、父は抱いていた私を引き剥がされ、寝ていた弟もすぐに確保されました。

 どういうことか分からないまま、突然やって来た村の大人達によって、私達は引き離されたのです。


 後から話を聞いて、私は恐ろしくなりました。


 突然やって来た大人達は、隣の家族の末妹が大人達に声をかけて連れて来たそうです。

 話によると、その末妹は早朝の散歩の時に私の父の叫び声を聞き、何事かと祖父母の寝室の窓を通して、外から中の様子を窺ったところ、二つの死体を発見し、慌てて村中の大人達に声をかけたと聞きます。


 それが彼らの犯行の一部なのだと、私にはすぐに分かりました。


 きっとこの犯行は隣に住む家族全員によるものだったのです。

 彼らが何かを目的に私の祖父母を殺した。

 そして、その濡れ衣を私の父に着せようとした。


 それに気づいた私はすぐに村の大人達にこのことを伝えました。


 祖父母を殺したのは隣人であること――末妹の報せは濡れ衣を着せる為だけのものであること――父は無罪であること――私が言っていることは本当であること。


 けれど、村の大人達は私を優しく慰めるだけで、私の言葉を信じませんでした。

 それもそうなのかもしれません。

 大人達は父が祖父母の愚痴を零していたことを知っているし、普段から分かりやすく仲睦まじい関係ではありませんでした。


 祖父母の煩わしい小言や注意に不満が爆発した父が、祖父母を殺めてしまった――勝手にこう解釈しても仕方ないのかもしれません。


 証拠が不十分でも、動機が十分であればこの裁判は可決されてしまうのです。


 それでも、私は父の無実を証明したかったのです。

 私達の幸せを奪ったのは、隣人の家族なのだと知ってほしかったのです。


 しかし、私が必死にそのことを伝えれば伝える程、大人達は父への怒りを込み上げました。

 あいつは妻の両親を殺した挙句、子どもを洗脳してそんなことを無理矢理言わせ、その上隣人にあらぬ罪を着せる気なのか――と。


 無理矢理言わされた証拠もないし、隣人が巻き込まれた側である証拠もない。

 それでも、村の皆はそれこそ洗脳されたかのように、犯人は父であるということに疑いもせず、それを罷り通そうとしました。


 隣人の家族は村の皆に対しても穏やかに振舞っていました。

 それも彼らが犯人だと疑われなかった一因なのでしょう。


 村内裁判でもそれは全く変わらず、父は有罪判決が下され、懲役三十年が決まりました。

 最後まで、私は父の無実を叫びましたが、それを窘める人すら絶えてしまいました。


 父は今も遠い刑務所に服役しています。

 彼が釈放されるまで、あと二十年程でしょうか。


 もう十年も経ったのですね。


 その十年の間にも、色々なことがありました。


 祖父母は死に、父とは当分会えなくなってしまった私と弟は、隣人の家で育てられることになりました。

 私からすれば仇の巣であり、そこで育てられることは何よりも屈辱的なことでした。

 第一、彼らは良い人の振りをしながら殺人を犯す非道です。

 そんな彼らが私達に対して無害でいてくれるかと言えば、望み薄だと思いました。


 実際、私が犯人は隣人の家族だと叫んだせいで、私が真実を知っていると彼らははっきりと分かっていました。

 その為、私と弟を引き取るだけ引き取り、ろくな世話はしてくれませんでした。

 そのくせ、私達には過剰な農作業を強制させてきました。


 実際、彼らの目的は私と弟を引き取るまでだったのですから。

 厳密に言えば、私と弟を引き取ることで入ってくる我が家の遺産が目的だったのです。


 私達はお金持ちな訳ではありませんでした。

 風土に恵まれたお陰で貧乏な暮らしはせずにいられたと思いますが、それは他の家庭も同じことです。


 ただ、父も祖父母も、将来私や弟が何かを目指したいと言い出し、お金が必要になった時に出してあげられるようにと、毎日の出費を少しずつ削ってこつこつ貯めてくれてしました。

 途轍もない金額ではありませんでした。

 それでも、人が欲を出すには十分な額だったのかもしれません。


 私達のお金を手に入れた彼らは、彼らには似つかわしくない高価な食べ物や衣服を買いまくり、豪遊しました。

 その中の一銭も私達に回ってきたことはありません。


 けれど、彼らの目的が金銭だけなら、これ以上私達が被害を被ることはありません。

 世話はこれっぽっちもしてもらえませんが、食料や水は貰えました。

 頭を使って計画立てて食べないとすぐに無くなって飢えてしまうくらいの少ない量ですが、それでも頭を使えば生きていけました。


 ずっと我慢して、素直に彼らに従って、そして私と弟が十分に成長した時、私達はこの村もこの国も抜け出して、二人で自由に生きようと決めたのです。

 今は一筋の光すら見えないけれど、決して屈することなく気丈に生きると決めたのです。


 けれど、弟が成長するのも待たず、隣人達は私達を排除しました。


 祖父母の遺産を手に入れた彼らでしたが、大きなお金とは言え使い続ければ当然減ります。

 そして、やがては底を尽き、また前のように贅沢のできない――普通の生活に戻ってしまうのです。


 彼らはそれが嫌だったみたいです。

 贅沢をし続ければ、お金が無くなるのは避けられない。

 ならば、せめてその贅沢できる時間を少しでも伸ばしたいと、彼らは考えたのです。


 即ち――私達の分の食費を無くすこと。

 けれど、そんなことをしてしまえば、私達は餓死し、ひいては彼ら一家の立場を危ぶむことに繋がります。


 だから、そんなことになる前に、手っ取り早く彼らは私達を殺しました。


 夜の内に私達を近くの崖まで連れ出し、抵抗する私達を暴力で押さえつけ、崖から突き落としました。


 崖下は深い森が広がっており、生い茂る木の枝がクッションとなり、私は運良く助かりました。

 けれど、弟は硬い地面に頭から落ち、首の骨を折って一瞬で死にました。

 落ちた衝撃で口から血が飛び出しています。


 弟の死を目の当たりにし、声と涙が勝手に溢れ出てきました。

 何度も弟の名を呼びましたが、勿論彼の返事が聞こえてくることはありません。


 心の中は怒りも絶望もぐちゃぐちゃになり、崖上へと目を遣りましたが、私達を突き落とした隣人の姿は既にありませんでした。

 生きて帰ってこれないと思ったのでしょう。


 実際、崖を登ることは子どもの私には無理でした。

 森を抜けて村を目指そうにも、森の中は猛獣だらけでこれまた私一人では絶望的です。


 そんなことを考えていると、弟が流した血の匂いに釣られて、野犬の群れが集まってきていました。

 私は悲鳴を上げ、何度も「助けて」と、叫びました。

 悲鳴が誰かに届く訳ないと分かっているのに、何故だか口からどんどん出てきてしまいます。


 野犬はまず動かない弟の死体を貪り始めます。

 震える細い声で必死に「やめて」と、野犬に訴え続けますが、それも届く訳ありません。

 私もそれ以上のことはできませんでした。


 みるみる皮も肉も引き剥がされていく弟を見て、愛する弟がもういないことに気づきました。

 途端、私の中で恐怖が勝り、野犬と肉塊に背を向けて走り出しました。

 当然、野犬も数頭追ってきます。


 ただただ必死だったことは覚えています。

 あの夜、何をどうやって逃げたのかは全く覚えていません。

 気づけば陽の光の中、森を抜けていました。

 よく見ると、脚の肉が無くなって骨が見えていました。

 それを見た途端、疲弊し切っていた正気が限界を迎え、その場で倒れ伏してしまいました。


 次に起きた時、私は全く知らない場所にいました。

 久し振りのベッドはとても心地が良く、そのまま眠り続けていたいくらいでした。


 目覚めた私に一人の男性が近寄り、状況を話してくれました。


 倒れて死にかけていた私を旅商人の男性が保護して、そのまま私の故郷から遠く離れた街の診療所に連れて行ってくれました。

 治療費も出してくれて、ずっと目覚めない私の看病をしてくれていました。


 肉の剥がれた脚は既に義足に替わっていました。

 それでも、命が救われただけでも本当に良かったと、心の底から思いました。


 その後も、私はしばらく旅商人の方と一緒に過ごし、彼の仕事の手伝いもしました。


 そうして一年が経った頃、私は彼と別れ、自分の道を進むことにしたのです。

 私の進む道――私は記者になりたかったのです。


 冤罪で捕まった父――弔われることのない祖父母――報われることのなかった弟――そして、死ぬはずだった私。

 全ては虚実とそれを信じた有象無象のせい。

 全ては浅ましさに埋もれた家族の無念の為。


 虚実ばかりに乏しめられてきた私こそが成すべきこと――ただ単純に、真実を伝えること。


 その為に、私は記者になりたいと思いました。


 私は手当たり次第に出版社や新聞社に駆け込み、働かせてもらえるように頼み込みました。

 勿論、訳の分からない小娘を受け入れて雇ってくれる程、人の世も簡単ではありません。

 何度も追い返され、何度か暴力も振るわれました。


 そして、やっと私を働かせてくれる新聞社が見つかりました。

 私は安堵と喜びに満ち、気合いを入れて記事作りに勤しみました。


 しかし、醜いのは何も隣人の家族だけではなかったのです。

 社会も世俗も蓋を開ければ何ら変わらないのです。


 記事は読者の目を惹く為だけのでっち上げや勝手ばかりででき上がっていました。

 真実が何だろうと関係ありません。

 金を集める為なら、罪のない人々を貶し蹴落とす言葉達。

 偏見だらけの暴言や、空っぽが詰まった愚見。

 大衆に媚びる情けない――情けのない辛辣な主観的な野次。


 私がしたかったのはこんなことではありません。

 真実をありのまま伝える。

 咎められるべき人が咎められる。

 救われるべき人が救われる。

 ただそれだけのこと――とても簡単なこと。


 私は怒りに駆られ、すぐに上司に訴えました。

 こんなことは間違っていると――こんなことは正しくないと。


 けれど、彼らは聞く耳を持たず「文句があるなら辞めろ」と、それだけ言い放ちました。

 今考えれば、拾ってもらった恩もあるので、勝手なのは私だった気もします。


 ともあれ、私は言われた通りに会社を辞めました。

 それからは出版社や新聞社を転々とし、その度に会社に文句を言い、散々揉めては辞めました。


 虚偽も詐称も大した問題ではなく、どこもやっていることだったのです。

 それを知った後は、いちいちムキになるのも馬鹿馬鹿しくなり、今勤めている新聞社では大人しく私の流儀を貫いています。


 上司の言うこともろくに聞かず、自分が仕入れた情報だけを頼りに、真実だけを読者に伝えています。

 そのお陰で、社内では大分浮いてしまっているのも確かですが。


 しかし、「真実が真実が」と、喧しく叫びながらここまで記者活動を続けてきましたが、今になって考えてみると、私のしていることも大して正しいことでもないように思えてきました。


 真実を力強く伝えたいが故に、真実に誇張を加えてしまっていることも多々あります。

 咎められるべき人に対し、過剰なまでに卑下したり――救われるべき人に対し、過保護なまでに庇護したり。


 事実、シモス・ミウラの不正発覚の時も、必要以上に彼を貶した記事を書き、反対に疑いが晴れたアイオーニオンさんは過度に持ち上げる記事を書きました。


 事実だけを見るならば、私は嘘は吐いていません。

 けれど、正しいことを伝えられたかと言えば、そうではなかったのです。


 結局私も皆と変わらなかったのです。

 虚実をそれらしく伝えようが、真実を大袈裟に伝えようが、どちらも正しいことではないのでしょう。


 だから、アイオーニオンさんがこの街この国の為に命を懸けて戦う姿を記事にしたいなどという勝手な真似もしてしまうのです。

 あの行動も、そこから書かれた記事さえも、正しいものではないのでしょうし。

 私が伝えたいこの気持ちは単なる自己満足でしかないのです。

 家族に報いたくて記者になったことすらも、自己満足なのでしょうか。

 家族はそんなこと一つも望んでなかったのでしょうか。


 今からでも父に会いたいです。

 でも、あと二十年足らなかったです。

 それでも、会いたいです。


 どうして私がこんなことを突然考え出したかと言えば、今私の目の前には、継ぎ接ぎだらけの大きな化け物が一頭迫ってきているからです。

 これが走馬灯というものなのでしょうか。


 化け物は私の義足に噛みついてきました。

 私は慌てて義足を外し、片足で急いで逃げ出します。


 しかし、化け物は咥えた義足を吐き捨てると、すぐに私の唯一の足に噛みつき、今度こそしっかりと捕まえました。

 そのまま足を噛み砕き、粗い牙を腿に食い込ませました。


 化け物は首を思い切り振り上げ、私を宙に浮かせました。

 その勢いのまま、地面へ強く叩きつけます。

 それを何度も繰り返し、私の全身の骨は粉々でした。

 意識も消えかけ、悲鳴も上げられなくなった頃に、化け物は私を足から徐々に貪っていきます。


 これは何の罰でしょうか。

 どうすれば良かったのでしょうか。

 あの時、暖炉に隠れず、犯人二人を殺したら良かったのでしょうか。

 あの時、父の冤罪をもっと真摯に訴えて皆を納得させたら良かったのでしょうか。

 あの時、祖父母の遺産を食い荒らす隣人達に対抗していたら良かったのでしょうか。

 あの時、弟を庇うように落ちて、私が弟の代わりに死んだら良かったのでしょうか。

 あの時、私だけ助からず、弟と一緒に死んだら良かったのでしょうか。

 あの時、私だけ逃げず、弟と一緒に野犬に食われたら良かったのでしょうか。

 あの時、記者になんかならず、私を助けてくれた旅商人の方の手伝いを一生やっていたら良かったのでしょうか。

 あの時、上司に文句を言わず、あの職場でずっと大人しくしていたら良かったのでしょうか。

 あの時、避難所を真っ直ぐ目指していたら良かったのでしょうか。

 あの時、アイオーニオンさんの勇姿をこの目に刻もうとしなかったら良かったのでしょうか。


 いつ、どの時、何をしていたら、私はこんな目に遭わずに済んだのでしょうか。

 どうしたら良いんですか。

 正しいことをしたかっただけで、こんな結末なんて――じゃあ、一体誰なら正しいことをできるんですか。


 報われない毎日を過ごして、いつか報われようと生き長らえ続けて、その最期が化け物に食われるなんて。

 こんなことなら、あの時弟と一緒に野犬に食われて死んでも変わらないですね。


 ああ、弟もこんな気分だったのかな――


 ――ぐしゃ。



   〇   



 化け物が食い散らかした街で、一人の不幸な人が不幸な死を遂げた。

 そんな人達の死体がこの街にはごろごろと転がっている。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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