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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――2
54/77

『役目』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 お前は怖気づいて逃げた癖に――そう言われても、俺は何も言えない。

 今更戻って来やがって――そう言われても、俺は何も言えない。


 ――だが、そう言われても、そのまま助けないでいるより、可愛い可愛い命を投げ打って助けに行く方が結局はずっとマシだろう。


 俺だってこの間まで『格闘王』と呼ばれていたんだ。

 本当の強者には敵わなくとも、基礎的な戦闘能力は備わっている。

 ここに群がる化け物達を一網打尽にすることはできなくても、餓鬼の手伝いくらいは熟してみせるさ。


「――ミウラ⁉︎」


 俺が逃げ出したと完全に思い込んでいた小せえ方の餓鬼は、死にかけの顔面に驚きを浮かべた。

 だが、風前の灯火だったその目の奥は、微かな希望を憶えて確かな闘志を蘇らせた。


「クソ餓鬼! 手伝ってやるから早く起き上がれ!」

「……! うっさい!」


 その言葉をきっかけに俺は化け物を一身に相手取り、果敢に殴りかかっていく。

 その隙に餓鬼も意識を失っている方のでかい餓鬼へと走り出す。

 餓鬼は先程までのがむしゃらに化け物に突っ込んでいくような真似はせず、勝機のある堅実な動きで化け物共を伸していき、もう一方の餓鬼へと近づいていく。

 俺もそれに合わせて、二人へ駆け寄る。


 でかい餓鬼と建物を背にして化け物達と対峙し、小せえ餓鬼に声をかける。


「――で、お前らのピンチは救ったが、全然窮地は脱していない訳だが、こっからどうすりゃ良いんだ?」

「向かいの建物の屋根の上に猿みたいな化け物が見えるか?」


 こうして話をしている間にも化け物は襲ってくるので、撃退しつつ話を進めなければならない。


 向かいの建物の屋根の上――そう言われ、俺はその場所へと一瞥する。

 確かに、猿のような不細工な化け物が高みの見物を決め込んでいやがる。まあ、化け物は皆総じて不細工だから、個体認識の材料にもならないが。


「恐らくは、あれがこの群れの指揮官だ。あいつがここにいる化け物全部に指示を出している。あいつを倒さない限りはどうにもならないだろうな」


 なるほど。時々ぎゃあぎゃあと喚くのは化け物達に指令を送っている訳か。


「となると、俺かお前かどちらかがあの猿に突っ込まきゃならねえのか」

「その通り。そして、僕かあんたかどちらかが他の化け物達全部を食い止めなくちゃいけない」


 へへっ――思わず笑っちまったが、笑える状況では全くない。冗談でも笑えない。現実だからこそ笑えたようなものだ。

 本当、助けに来るんじゃなかったぜ。

 そんな作戦とも言えない無謀しか選択肢がないとはな。


 仮に、あの猿を倒せても、その間に化け物を引きつける側は死んじまう。何せでかい餓鬼を守りながら戦わなくちゃならねえ。

 そうなれば、猿を倒した側も、残りの化け物の数に圧倒されて死んじまう。

 その後、でかい餓鬼も気絶している間に死んじまう。


 結果的に、全員死んじまう。


 しかし、小せえ餓鬼はそれを否定した――竜の化け物の突進をぎりぎりで跳ね除けて。


「アルクダを守るのは化け物を食い止める側じゃない――猿を倒す側だ。あと、アルクダのことをでかい餓鬼って呼ぶな」


 ――は? 猿を倒す側が、俺らの後ろで呑気にくたばっている餓鬼を守る?

 イカれたのか? それとも……イカれたのか?

 向かいの建物の屋根の上に向かうと同時に、地面に倒れる熊の餓鬼を守るって?


 いや、無理に決まっている。

 飛び道具でもありゃ可能性はなくはないが、それすらもない。

 あったとしても、俺は飛び道具なんざ使えねえから、猿を倒すのは必然的に犬の餓鬼になるが。


「いや、僕も飛び道具は苦手なんだ。そもそも持ってない。槍も投げれないことはないけれど。あと、僕は犬じゃなくて狼だ――じゃなくて、そもそもアルクダをこんな地面に置きっ放しにはしない」


 あ? それって、もしかして――


「猿を倒す側は、アルクダを担ぎながら猿を倒しに行く」

「…………」


 気が抜けて一瞬化け物の爪に抉られそうになる。

 危ねえ――餓鬼のせいで死にかけた。


「馬鹿言うんじゃねえ。あの猿は三階建ての家の屋根の上にいるんだぞ。それはもう四階だ。そんな所にこの馬鹿でかい餓鬼抱えて上るなんざ無理に決まっているだろうが」


 何も担いでいなくたって普通には届かない高さだ。

 壁の出っ張りに掴まったりしなきゃ、猿の元へなんて辿り着ける訳がねえ。

 それなのに、わざわざ両手を塞ぐなんて。


「だから、それも間違い」


 狼の餓鬼は襲いくる化け物を一匹仕留めながら、俺を諭すようにそう言う。

 しれっと良い仕事をしやがってムカついて、つい力んで化け物を殴ると、そいつの顔が吹っ飛んだ死んだ。俺もしれっと良い仕事をした。


「屋根までの足場には、あの竜を使う」


 竜を――竜の化け物を――使う。


「だから、化け物を食い止める側は、厳密には、猿と竜の化け物以外を食い止めてくれれば良い」


 簡単だろう――と、その言葉はまるで俺に言っているようだった。

 化け物を食い止める側の、未だ決まっていない俺か狼の餓鬼のどちらかではなく――俺に。


 多分、こいつの中では、どちらが猿を仕留める役で、どちらがその他大したことのない化け物を食い止める役なのかは、もう決まっているんだろう――覚悟を決めているんだろう。

 現状を知れば知る程――前者の負担の重さが思い知らされる。


 ああ――間違いなく、こいつは強い奴なんだ。


「竜の体をよじ登って、どうにか向かいの屋根まで飛び移る」

「…………」

「あと三体――三体仕留めたら、僕はアルクダを担いで、竜に突っ込む。だから、他の化け物達は、死ぬ気で食い止めて」

「……勝手に決めやがって。勝手に背負いやがって」

「あんたの分の負担を背負うつもりはない。僕はあくまで、アルクダとフィンさんの為に背負うんだ」


 けっ、とことん信奉してやがる。


 狼の餓鬼がまた化け物を一体仕留める。


「安心しろ。役目は余裕で熟してやるよ」

「失禁してた奴には、相応の役目だろ」

「証拠ねえだろうが」

「は? 何言っているんだ。そのズボンにみっともない染み付けて――……ない」

「余所見すんなよ」


 じろじろ見んな。


 俺もまた化け物を一体仕留める。


「……何で? 何でだ?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………着替えたのか?」

「…………」

「着替えてから来たのか?」

「…………」

「だから、追ってきたにしては遅かったのか? 僕らの命よりも、自分の股間の心地の方が大事なのか!?」

「…………間に合っただろ」


 間に合ってはいない。

 間に合ったかどうかは、この戦いの勝敗次第だ。


 俺がまた化け物を一体仕留めた。


 餓鬼共が俺の元を離れる。

 俺はただ化け物を殴る。

 股間の心地は、確かに良好だ。



   〇   



 こんなことを言うのは、ほとほと癪に触るけれど、それでもミウラが来てくれた時は、蜘蛛の糸が頭上に現れた気分だった。

 今も絶望的な状況は変わっていないし、変えることができるかさえも分かっていない。


 闇はずっと続いていて、蜘蛛の糸はいつぷつりと切れてもおかしくない。

 それでも、まだ戦い続けることができているのは、僕達が救われる道が選択の余地もなく一つだけ残っていたこと――そして、僕が勝手に決めた――勝手に背負った役を、ミウラが何も言わずに許してくれたことがあるからだった。


 槍を口で咥え、アルクダを担いで走り出し、僕は真っ直ぐに竜の化け物に突っ込む。

 アルクダの体重は割と本気で馬鹿にならないくらいどっしりしているけれど、アドレナリンが溢れ出ている内に何もかも済ませなければならない。


 容赦なく噛みついてくる竜の顎を低く屈んで避け、そのまま竜の股の下を抜ける。

 竜はすぐ様振り返り、足の爪を向けてくるが、こちらも振り返りながら、咥えた槍で受け流す。


 ――と、したいところではあるが、こちらも満身創痍――顎の踏ん張りも中途半端で、直撃は避けられたものの、軽く吹っ飛ばされた。

 アルクダだけでも庇う為、無理矢理体を捻って、吹っ飛んだ先の建物に顔面から突っ込む。


「ってえ……」


 しかし、そのお陰で猿の真上に辿り着けた。

 ミウラの方を一瞥すると、彼はしっかりと他の化け物達を引きつけてくれていた。


 よし、あとはどうにか竜の体をよじ登れれば――


 その時、猿が一層喧しく鳴き喚く。


「!」


 すると、竜は突然標的を僕達から、ミウラの方へと移した。


「――な、くそっ!」


 猿に僕達の狙いがバレたのか?

 にしても、こんなすぐ早くに気づかれるなんて。


 あいつの脳みそは並みじゃない。

 人並みですらない。

 完全に僕達よりも上手だ。


 ミウラも竜の接近に気づき、たじろいでしまう。

 僕は慌てて竜の背を追う。


 それすらも、猿の掌の上だと知らずに。


 竜の死角の僕の攻撃を見透かしていたかのように、竜は尻尾を振り被り、僕の脇腹に叩きつける。


 ぱきっ――軽い音を立てて、僕の肋骨がいくつか折れた。


 思わずアルクダから手を放してしまい、二人して地面を転がる。

 竜はそれを確認し、こちらへとゆっくりと歩み寄ってくる。


「畜生! 小賢しい真似ばかりしやがって! 糞蜥蜴! こっちへ来やがれ!」


 怒り心頭のミウラはそんな風に怒鳴って、竜の方へ近づこうとするが、他の化け物が依然邪魔をしてその場から動けずにいる。


 やられた。

 ミウラが化け物達を食い止めていたように――化け物達はミウラを食い止めていた。

 全部見抜かれていた。


 屈辱やら敗北感やらがごちゃごちゃに入り混じった苦しみに歯を食い縛りながら、運良く近くに転がってきていた槍を手に取る。

 ふらつく足で立ち上がり、槍を杖代わりにして目覚めないアルクダへと近寄る。


 フィンさん――ごめんなさい。

 約束したのに、何一つとして、守れませんでした。

 避難も全然終わっていないだろうし、化け物達も倒せていない。

 何より――自分の命も、相棒の命も守れていない。


 不甲斐なさだけが足枷みたいに纏わりついて、一歩一歩がどんどん短くなる。


 やっとアルクダの元へ辿り着いて、震える膝を突いた時には、竜も僕の背中に爪を振り下ろしていた。


「ごめんなあ……アルクダ」


 アルクダの目は涙を流しながら、僕を見ていた。


 ――否。僕の真後ろの竜へと目を遣っていた。

 それは、生き抗う――戦う者の眼の他なかった。


「俺もごめんな。冬でもないのに――寝過ぎた」


 そう言って、僕の肩を掴んでそのまま後ろに引き込んだアルクダは、向かってくる竜の爪を上手いこと掴み、間一髪止める。

 そのまま横に流し、竜を横転させる。


 まだそんな力があったのか。

 それとも、寝ている間に回復したのか。


 そんな詮無いことを考えていると、僕の両脚を強く掴み、僕の思考も追いつかない内に、屋根の上の猿へ目掛けて、僕を投げ飛ばす。


 これが、最後のチャンスだということは誰が言うまでもなく、僕の体が一番に理解していた。


 まさかアルクダが動けるとは思っていなかったのだろう。

 猿の化け物が不意を衝かれたのも仕方ない。

 あの怪我なのだ。僕だって動けないものだと思っていたし、不意を衝かれた。


 けれど、不意を衝かれながらも僕は動けた。

 やるべきことを理解できた。


 信じ切れていた訳ではない。

 計算していた訳でもない。

 自分でもよく分からないけれど、要はアルクダにまた助けられたんだ。


 猿の化け物が受け身を取る間もなく、構えた槍は真っ直ぐに猿の喉元を貫いた。


 刹那、猿は砂と化す。


 猿の砂が燃えて無くなるのを確認する間もなく、僕は振り返り、屋根から飛び降りる。

 真下で今起き上がったばかりの竜の化け物目掛けて――


 落下の加速も相まって、堅牢だった竜の鱗を貫いて、槍は竜の頭を串刺しにする。

 断末魔もなく、巨大な体躯は大量の砂へと姿を変える。


 感傷に浸る間も、感動に打ちひしがれる間もない。

 それからは忙しなく懸命に戦うだけだった。



   〇   



 時間で言えば、大した時間ではない。

 猿と竜の化け物を倒すまでの時間も――残った指示待ち化け物の殲滅の時間も。


 ただ時間にそぐわない疲労だけが体を支配した。


 僕達が勝ったというには、辛勝という言葉程この戦いを短く言い表してくれるものもない。


 アルクダは僕を投げ飛ばした後、再度ばたりと倒れ、今度こそ立ち上がれなくなった。

 寝て体力が戻ったとしても、受けた体中の傷が寝ているだけで忽ち塞がる程、人って生き物は便利にできてもいない。


 僕も喰らった攻撃のダメージはしっかりと効いているらしく、アルクダとお揃いで立ち上がれなくなったのだから、何やかんやと言える立場でもないが。


 一番軽傷のミウラも、戦いの中で少なからず傷を受けてしまっている。


 無傷で終われる程、甘い相手でもなかったってだけだ。


 化け物を全部倒し終え、アルクダの隣に倒れ込んだ僕の方へと、ミウラは歩み寄る。


「ほら、やっぱり間に合っただろ?」

「……どうだか」

「え、何の話?」


 ミウラも流石に疲れたのか、ゆっくりと地面に腰を下ろす。

 一安心した三人は、束の間の休息に全力を注ぐ。


 すぐにまた避難誘導を再開しないと。

 あの飛行船から投下された化け物達はまだまだ街に蔓延っているだろうし、まだ逃げ遅れた人も沢山いるだろう。

 僕達の命がまだある以上、フィンさんとの約束はまだ続けられる。


 しかし、ミウラはそれに猛反対の意を示した。

 元からでかい声をより張り上げて。くたびれた体に響くから止してほしい。


「馬鹿か! 少なくともお前らは今すぐ避難所に行け! その体じゃ戦うのはもう無理だ」

「でも、フィンさんとの約束がまだ」

「約束の内には、お前らの命を第一優先もあるんだろ? 死ぬまで約束約束って言ってたら、本末転倒だろうが」

「でも……」


 分かっている。

 体は限界だし、意識もそんなにはっきりしていない。

 薄ぼんやりと思考が巡っているだけで、眠気さえ感じてくる。


 でも、こうしている今も、この街のどこかで死んでいく人が居ると思うと、息が詰まる。

 世界のどこかで今も誰かが死んでいるけれど、それが手を伸ばして届く場所に居るのなら、どうしても助けたい。


 ここに来るまでも、何人もの死体を見てきた。

 ものの数分前までには、元気に生きていた人達を。

 白く腐っていくその人達の顔が、あの日の村と重なって、とても気持ちが悪いんだ。


 そんな僕に溜息を吐いて、ミウラは諭すように再び喋り出す。


「お前の相棒はどうするんだ?」

「――……!」

「二人で行くにしても、お前だけで行くにしても、最終的には俺は止め切れねえけどよ。十分頑張ったんじゃねえのか?」

「…………」

「俺は幸い遅刻してきたからな、まだ動ける。お前らのやり残したことは俺がやっといてやるよ」


 臆病なくせに。


 けれど、本当に動けそうもない。

 化け物達を倒しに別の場所へ移動するにしても、大人しく避難所に行くにしても、結局自分達で動けないなら、僕達の行動はミウラ次第だ。


 僕はアルクダの方に首を傾け「ごめんな」と、一言呟く。

「俺も。ごめん」と、彼は哀しそうに微笑んだ。


 弱いことが悔しい。

 助けられないことが悔しい。


 ここに来てから、悔しい想いをしてばかりだ。


 そのくせ、自分ばかり助かってしまうのだから。


「お前は自分自身を守れる。それだけでも、立派だろ」


 ミウラはそう言う。

 急に渋めな格好良いことを言うキャラになりやがって。


 そんな風なことを思い、流しかけた涙は引っ込んだ時、僕が見上げる真上――屋根の上に見覚えのある者が現れた。

 同じく真上を見上げているアルクダもそれに気づいたらしく、戸惑いと同時に怒りが込み上げてきていた。


 僕も思わず、途切れそうだった意識がぴんと張り詰めてしまった。


 忘れもしない――忘れられない。

 あの日――僕達の宝石を粉々に砕いて去った嵐のような男――ニケが襲ってきたあの日。


 実際、僕達の目の前に現れたのは、ニケではなかった。

 魔人と思われる容姿に、ニケと同じ軍服を着て、マスクを着けた青年。

 マスクと言っても、ニケのような口元を覆うようなマスクではないし、もっと正確に言うのであれば、目隠しと言っても良い。

 何の為の目隠しなのかは分からないが。


 けれど、ただ一つ言えるのは、彼もまた魔国の軍人であるということ。


 それが僕達にとってどれ程怒りを湧き立たせるものなのかは、ちょっと前の話を読んでほしい。


 何故魔国の軍人がここに現れたのか――彼は今から何をするつもりなのか。

 何にしても、僕は痛みを抑え込んで立ち上がった――痛みを忘れて立ち上がったアルクダを座らせる為に。


 僕達が上を見上げたまま立ち上がったことを不審に思ったミウラは、遅れて僕達の視線の先を見る。

 彼は屋根の上で休めの姿勢で悠然と佇む存在に気づき「何だあいつは」と、怪訝そうに呟いた。


「おい、お前そんな所で何してんだ?」

「声をかけるな!」


 単純に気になって声をかけたミウラに対し、アルクダは鬼気迫る声色で怒鳴る。

 ニケに親を殺された彼にとって、同じく魔国の軍人である存在には血が上ってしまうらしい。

 無理もないだろう。僕だって、本当なら今すぐ手に持つ槍をあいつの頭に投げ込んでやりたい。


 アルクダの様子にミウラも真上の魔人が只者ではないのだと悟る。


「……何なんだ、あいつは」

「……あいつは恐らく魔国の軍人。僕達の故郷は魔国の軍人達に襲われたんだ」


 その事実を伝えると、ミウラは驚いた後、何を言えば良いのか、どんな目をすれば良いのか困り果て、結局真上の魔人を睨むことにしたらしい。


 しかし、当の彼はミウラの声かけにも、アルクダの怒鳴りにも反応すらせず、ただどこかを見つめている。

 いや、目隠しをしているのなら、見つめているというのもおかしいが。どこも見つめていないというのが一番正しいのか?


 何にしても、こちらのことは見えていないらしい。


「あいつが――魔国がこの化け物達を放ったんだ。やっぱりフィンさんの言った通りだ。きっと洛西獣が暴れているのも全部魔国の仕業だ」


 アルクダは魔人を睨んだまま「スキロス、やるぞ」と、声をかけてきた。

 その言葉に僕は頷き兼ねた。


「いや、アルクダ、駄目だ。戦っちゃ駄目だ」


 仇討ちに囚われてしまったアルクダはこちらへ振り返り、僕の両肩を掴んで大声で訴える。


「何でだ! あいつらは俺達の敵なんだぞ! 今殺さないと、フィンさんもナキさんも村の皆も殺されちまうかもしれないんだぞ! 今やらなきゃ――」

「今やっても、皆死ぬだけだ」


 僕は声色を強めることなく、そう言った。

 まるで当然のことのように。

 さっきの化け物達との戦いとは違う――完璧に勝ち目のない戦いであるから。


「僕も、お前も、下手をすれば一緒にいるってだけでミウラだって標的にされるかもしれない」

「…………」

「それにフィンさんにも言われただろう? 『魔国の軍服を着た男や、その類を見たら静かに離れろ』って」


 多分だけれど、フィンさんは既にあの男を見ている――或いは、接触している。

 それで相手の力量を少なからずデータとして持っている。

 その上で、僕達には「近づくな」と、言ったんだ。

 僕らの手に負える相手ではないから。

 もしかしたら、ニケと同等かそれ以上――


「僕達は今立ち上がっているのもやっとの重傷人。きっと託された役目ももう全うできない。できることがあるとすれば――自分の命だけを落とさないことくらい」


 僕はアルクダの肩に手を添え、彼をそっと座らせる。


「僕だって恨みはある。今我慢することがどれだけ辛いかも分かる。それでも、今命を投げ出して腑に落ちるよりも――今納得できない心を殺して、生きて皆の元へ帰ることこそ、皆に報いる方法なんだよ」


 死んだ皆の為にも――


 そう言い終えると、アルクダは俯いて静かに涙を流した。

 僕も釣られて泣き出す。




「美しいね。そして、正しい。何よりも正しい。僕が決めることではないけれど」




 ――と、すぐ側で聞こえた――僕の真後ろから聞こえた。


 ――えっ?


 振り返ると、いつの間にか魔人の男は僕の真後ろに佇んでいた。

 依然――悠然とした休めの姿勢で。


 え、え、え? いつから? いつの間に? というか、どうやって?


 確かに、彼がこちらに気づいていない――関心がない風だったので、アルクダとの会話に集中してしまっていた。

 そもそも、彼がこちらに気づいていないと判断するには早計だった。

 こちらに反応しないからと言って、それが気づいていないとは限らない。

 あくまでも、反応できていないのではない――反応していないだけなのだから。


 けれど、僕だって全神経全細胞全感情アルクダとの会話に集中させていた訳ではない。

 人一人自分の真後ろに回ってきたら流石に気づく。

 真上の屋根から移動してきたともなれば尚更気づきやすい。


 けれど、この中の誰一人として反応できなかった。

 反応しなかったのではない――反応できなかったのだ。

 反応できたのならとっくにしている。


 何にしても突然のことで混乱や困惑で固まってしまった。

 それ以前に体は傷だらけで機敏には動けない。

 気づいた今でさえ動けない。


「うわあぁああぁ!」


 なので、唯一動けるミウラが情けない声を発しながら僕達を引っ張って、魔人の男から距離を取ってくれた時はとても感謝した。


 そう。話し合いの結果、僕達は魔人の男と戦わないと決めた。

 けれど、魔人の男が僕達を殺さないかどうかはこちらの意思とは全く関係がない。

 向こうがニケのようにフィンさんやナキさんの居場所を探っているのだとすれば、それを訊ねてくる可能性は非常に高い。何なら、僕達二人の素性も把握しているかもしれない。


 訊ねられたら、勿論本当のことを教える訳にはいかないけれど、そうなれば殺される――もしくは二人の居場所を吐くまで拷問の後、殺される――要するに殺される。


 現状、助かる道は、彼が見逃してくれるのを祈るか、今すぐ逃げるか――戦えば間違いなく死ぬ。

 それはアルクダも分かっているだろう。

 さっきの魔人の移動だけでも十分思い知らさせた。


 力の差は歴然――


「――ああ、いや、怯えることはない。敵意はない。僕をニケのような恫喝恐喝で欲しいものだけを奪っていくような輩と同じ目で見ないでほしい」


 ニケは欲しいもの以外も奪っていくような輩なのだが――例えば命とか。

 それよりも何だって?

 敵意はない――だと?


「僕の役目は君達を殺すことでも、君達の大切な人を殺すことでも、君達の嫌いな人を殺すことでもない。誰を殺すことでもない」

「…………」


 彼はそう言う。

 それを鵜呑みにできる程、綺麗な世の中ばかり見てきた訳ではない。

 そうじゃないことの方が記憶に多いくらいだ。


 当然警戒したままでいると、男は困ったように頭を掻いた。

 頭を掻く為に腕を上げただけでこちらとしてはびくついてしまうので、できればあんまり動かないでほしい。


「……まあ、ニケに襲われたんだ。疑いもするし、恨みもするだろう。しかし、本当に敵意はない。証明の為に自ら腹を切ってあげるような真似はできないけれど、君達に敵意はない。繰り返すばかりだけれど、敵意はない」


 そして、ようやくこちらから何かを言う気が起きた。

 正直、言葉を交わすことさえ危険な気がするくらい、こちらは彼を疑っている。


「……じゃあ、何の為に、ここで何をしているんだ」

「ふむ……難しい質問だね。答えるに難くはないが、答えることが果たして正しいことか……」

「言えないのか?」


 どうにか会話だけでも主導権を握りたく――逆を言えば、主導権を握られたくなく、畳み掛けるように言葉を放った。


「まあそう急かさない。そうだな……これを言えば君達はひとまず安心かな――僕は、ナキ・アンブロシア・エマイディオスもフィン・アーク・アイオーニオンも求めていない」

「――!」


 それは確かに、安心のできる言葉だった。

 これも、疑い尽くせば、その言葉が嘘ではないという証拠はどこにもないのだが――それが本当なら、彼と今ここで争う必要はない。


「それに君達もね。僕は子供を殺すことが正しいことだとはとても思えないからね。だから、この襲撃も如何なものかと思うのだけれど……おっと、これ以上は話せない。危ない危ない」


 何だか掴めない男ではあるが、何にしてもこちらへ危害を加えるつもりはないのであれば、ひとまず彼からは離れよう。

 忘れかけていたが、僕達はまだやるべきことがあるのだから。それがやれるのかは体が動いてくれなければ何ともならないが。


「分かった。とりあえずあんたのことは信じよう」

「うん、ありがとう」

「ミウラ。悪いけれど、僕達を運んでくれるか?」

「仕方ねえな」


 できればこの先の街にも向かって、化け物が暴れているかどうか確かめたかったのだけれど、この男が化け物達を放ったのであれば、化け物退治の話をこいつの前でするのはまずいだろう。敵視されてしまっては元も子もない。


 ひとまずはこいつの耳が届かない場所まで行ってから検討し――


「ああ、この先一帯の地域にはもう君達の言う化け物はいないよ。安心して避難所に向かいなさい」

「――!?」


 思考を読まれた――どうしてバレたんだ?

 いや、相手は魔国の軍人――僕らの知識の外の力で読み取ったのだとしても何らおかしくは――


「いや、別に何か特別な力を使ったとかではなく、単純に君達が化け物達と戦っているのを見ていたからさ。ああ、今君の心を読み取ったのは普通に読心術だけれど」


 見ていた――だと?

 自分の手先のはずの化け物達を倒していく僕達をただ見ていた?

 それなのに、その時に止まる訳でもなく、今始末する訳でもなく――本当に何が目的なんだ? あと、読心術もちゃんと使えるんかい。


「これ以上は喋れない。ごめんね。僕はお喋りな方ではないけれど、少し舌が快調らしい。危ない危ない」


 僕はだんだん気味が悪くなってきて、負ぶってくれているミウラの肩を叩いて「もう行こう」と、示唆した。

 その時、男が「ああ、ちょっと待って」と、僕達を引き止める。


「この子も一緒に連れて行ってあげて」


 そう言って、彼はくるりと半周して、自分の背中をこちらに向けた。

 すると、そこには小さな可愛らしい赤ん坊が現れた。

 ずっと休めの姿勢をしていると思ったら、赤ん坊を負ぶっていただけだったのか。

 しかし、この赤ん坊は一体――


「向こうの方を歩いていた時に見つけたんだ」

「…………」


 いちいち思考を読まれると流石に嫌なんだが。


「ごめん」


 だから、それも。


「親は化け物に食われてしまったらしい。僕は保護できないから、君達が避難所まで連れて行ってやってくれ」

「……あんた自身で届ければ良いじゃないか」

「それができないことくらいは、君にも理解できるよね?」


 それ以上は何も言わず、大人しく請け負う。

 現状、ミウラが僕とアルクダを片腕ずつで負ぶって、僕が赤ん坊を負ぶっているので、見た目的にはとてもシュールである。


 そもそもこれだけの凄惨な事件を引き起こしたのにも関わらず、残された赤ん坊はしっかりと保護するところとか、この男は気持ちが悪い。

 どういう心臓をしているんだろう。


 ともかく僕達は何も言わずに街の中心部を目指して、男に背を向けた。

 何も言うことはない。


「じゃあ、よろしく頼むよ」

「…………」

「君達も元気でね」

「…………」

「友達を大切にね」

「…………」

「死なないでね」

「…………」


 振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。


 死なないでね――本当に、気持ちが悪い。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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