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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――2
53/77

『期待』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 フィンさんは僕らに街の人々の避難と、化け物の駆逐を頼んだ。

 だから、逃げる訳にはいかない。


 フィンさんは僕らに「死なないで」と言った。

 だから、死ぬ訳にはいかない。


 ミウラを見つけた時は、それなりに安心したのだが、彼が手伝ってくれる気がないと知った瞬間、相当な失望を覚えた。

 実際、僕らだけで街中の人を避難させることには限界がある。

 王国の衛兵や地元の自警団なども街中を駆け回ってくれているが、それでもやっぱり数が足らない。

 城が崩れてしまい、その分、王城に勤務していた兵士達を失ってしまった。


 今は少しでも多く強い人に協力してもらいたい。


 僕らはミウラと別れ、王都南側の人々を避難に向かった。

 既に化け物達が蔓延っていて、街の人達を誰彼構わず襲っていた。


 早速化け物達を駆逐しにかかり、助けた人に避難を呼びかける。


 化け物達は依然目についた街の人々に、女性も子どもも見境なく襲いかかっている。

 それを追うように僕らは目についた化け物達を駆逐しにかかる。


 小さな女の子がその腕に赤ちゃんを抱えて逃げているのが視界に入った。

 その子の背には化け物が迫っていて、その歪な爪で女の子の小さな頭を今にも振り抜かんとしている。

 僕は全速力で駆け寄り、化け物の飛び出た前足に一閃――すると、化け物の腕は無辺世界へ飛び込み、不格好に短くなった腕は空を切った。

 そのままの勢いで僕は化け物の頭にもう一閃喰らわせる。

 化け物が砂と化しやがて燃え始める前に、女の子を抱え上げてその場を離れる。赤ちゃんも無事だ。


 離れる途中、男女二人が化け物に襲われかけていたので、女の子を抱えたまま大きく飛び跳ね、化け物の首に飛び蹴りを放つ。

 小気味良い骨折音が鳴り響き、首の捻じれた化け物は力なくその場に倒れ伏した。


 アルクダも石の地面を駆け回り、化け物達を次々と薙ぎ倒している。

 辺りの石畳の地面はアルクダが斧で突き刺したであろう跡がいくつもあった。


 そうして、僕らは獣を倒し続けた。

 僕は槍を突き続け――アルクダは斧を振り続け――暴れ続ける化け物を殺し続けた。

 救った人の言葉には耳も傾けず、すぐ様次の獲物へと駆け出す。


 しばらくそこら一帯の化け物と奮闘していると、あることに気がついた。

 化け物達の動きがより緻密に――より複雑になっている。


 化け物一体一体が互いに共謀し、僕らを共通の敵として見做しているらしかった。

 徐々に統率の取れた動きへと変容する化け物達の攻撃に、僕らはじりじりと追い詰められ、やがてアルクダと背中合わせにあり、化け物達の檻の中で囲われてしまった。


「どうする……この数、少しまずいぞ」


 彼は少し焦りを孕んだ声でそう言った。


「この辺りの人は全員避難し終えた。どうにかここから逃げ出して、次の地区へ行くか?」

「いや――」


 ――と、そこで化け物達が一斉に飛び出し、爪牙を剥いて襲いかかってくる。

 僕らは同時にその場を離れ、ぎりぎりの隙間を縫って化け物達の猛攻を躱す。

 そして、先程遮られた言葉の続きをアルクダに伝えた。


「この化け物達がいる限り、街の人の安全は確保されない。どの道倒すのなら、今ここで纏めて倒した方が良い」


 それを聞いたアルクダは「オーケイ」と、短く返し、変わらず襲い来る化け物達に斧を振り被り、一刀両断した。

 僕も目の前の脅威に視線を移し、急所目掛けて槍を突き出す。


 迫りくる化け物達は瞬く間に砂と化した。

 無我夢中で幾許もの骨肉を打ち砕き、やがてその数は徐々に減っていった。

 僕らを囲っていた化け物達の檻は壊れつつあり、襲い来る数も終わりが見えていた。


 ――この先は誰も傷つけさせはしない。


 そう思って固め直した決意は、いとも簡単に粉々に壊されてしまった。


 化け物の軍勢も残り数匹となったところで、周囲の建物の裏や屋根の上、狭い路地の奥などと至る所から、先程とは比べものにならない数の化け物が現れた。

 夥しい数の化け物達は一斉に僕ら二人を睨みつけ、こちらが反応をする余裕も与えず飛びかかってきた。


 残り僅かの化け物を倒し切ろうとしていた時に、新たな化け物の大群を目の当たりにして思わず怯んでしまった。

 体は奇襲に全く追いついておらず、無防備も良いところ。

 何とか迫りくる大量の獣に備えようとしたが、倒されていなかった最初の化け物も依然攻撃を仕掛けようとしている訳で、僕らはいつの間にか先程よりも大きな檻に囲われていた。


 せめて今は少しでも生き延びようと、目の前の化け物を倒したが、構え直して武器を振る頃には、獣の爪が目の前に迫っていて、間に合いようがなかった。

 そして、それは背中合わせのアルクダも同じこと。


 故に、どちらかが犠牲になる他なかった――どちらかが助かるには、どちらかが倍の痛みを抱える他なかった。


「え――」


 ――気付いた時には、僕は化け物の重厚な檻の中から脱け出していた。


 何かに突き飛ばされる形で化け物達の猛攻を回避した僕は、その勢いのまま地面に倒れ込んだ。

 はっとして彼の方へ振り返った時には、もう全部が終わっていた。


 全身に鋭利な爪牙を喰らったアルクダの体は、赤く塗れて絶えず鮮血を垂れ流している。


「アルクダ!」


 僕は叫び、すぐ様立ち上がって彼に駆け寄るが、化け物はまだまだいる――すぐに残りの化け物達が行く手を遮り、僕に襲いかかった。

 必死に退け、何とかアルクダに近寄ろうとするが、化け物の数が多過ぎるのと心の中を動揺が駆けずり回り、僕も目の前の敵の対処が紙一重になってしまっている。


 いや――動揺なんて関係なく、単に僕の力不足だけなのかもしれない。

 でなければ、武闘会の初戦であんな風な情けない負け方をするはずがないし、こうして親友に庇われた挙句に親友を助けるどころか近寄れもしないなんて、ある訳がない。


 全部僕に力が無いから。

 全部僕が弱いから。

 全部僕のせいだから。


 ネフリの皆が殺されたのも――フィンさんが死にかけたのも――父さんが母さんを置いて出て行ったのも――全部僕のせいだから。


 だったら、いっそのこと、今ここで――


 槍を握る手がふと緩んで、その隙を化け物達が逃すはずもなく、大きな爪が託された槍を弾き飛ばした。

 槍は回転をしながら大きく弧を描き、やがて石畳の道の上にからんからんと虚しく音を立てて転がった。


 得物を失った僕は戦う術を奪われ、どうすることもできなくなった。

 あの時感じた死の感覚が強烈に蘇る。


 その時、化け物に囲われて爪牙を全身で受け止めていたアルクダが雄叫びのような大声を上げた。

 そして、自分に纏わりつく大量の化け物を振り払った。

 振り払われて飛ばされた化け物にすかさず追撃を仕掛け、完全に息の根を止める。

 周りの化け物が片付くと、今度は僕の元まで駆け寄り、襲いくる獣の身を両断した。


 その光景を――僕はただ見ているだけだった。

 獲物を失ったからではない――アルクダに手を貸す必要がないからではない――ただの怠惰だ。

 僕の存在は何も為さない。

 それどころか、親友の足手纏いとなり、彼に守られる始末。


 これではいけないことは分かっている。

 けれど、足が動かない。


 自分のせいでこうなったのだから、せめてその償いの為に、彼を守って戦い勇むべきなのだ。

 というか、それ以外に僕が許される道はない。


 なのに、僕はどうして突っ立っているだけなのだろう。


 どれくらい時間が経ったのだろうか――喉が掻き擦れる程の咆哮を発し続けたアルクダは、死に物狂いの接戦の末、僕らを襲った化け物全てを殲滅した。

 辺りには死体も残らず、立ち尽くす僕と傷だらけのアルクダ。


 急場を凌ぎ、彼は糸が切れたようにその場に倒れ伏した。

 僕はそこでやっと我に返り、アルクダに駆け寄る。

 顔は恐ろしい程に青白く、それが血の赤さを助長し、僕の眼に色濃く焼き付けていた。


「あ……あ、アルクダ……」


 彼は虚ろな目で――掠れた声で――後悔と罪悪感に支配された僕に語りかけた。


「スキロス……早く次の場所へ行け……まだ化け物は街に蔓延っている……皆を助けに……」


 けれど、その言葉も僕の頭の中でぼやけて響くだけだった。

 僕はもう、どうしたら良いか分からなくなっていた。


 ――かなりの重傷ではあるが、まだアルクダは助けられるのだろうか。だとしたら、僕が今持っている応急処置の道具で事足りるのだろうか。それで済めばそれに越したことはないが、もし駄目ならばもっとちゃんとした治療をさせなければならない。その為には、治療を十分に行えるだけの場所も、治療を滞りなく行う為の機材も、それらを完璧に遂行してくれる人も必要となる。しかし、実際この緊急時にそれができるのか? いや、無理だろう。できるとするならば、どこか大きな避難所になるだろう。けれど、そこまで行けるだろうか。その道中でも化け物と依然出くわすだろうし、当然襲いかかってくる。その時、僕が化け物達と対抗できるのか? 先程もあんな様だったのに、一人になってそれができるのか? いや、僕の命だけならばまだ良いが、守るべきアルクダすら守れないのは絶対にあってはならない。第一、避難所が治療を行える状態になっているかも分からない。避難所に向かっても無駄足になってしまえば、徒労も良いところ。アルクダは今ぎりぎりの状態な訳だし、時間はかけられない。だとしたら、フィンさんの所へ――いやいや、それこそ駄目だ。フィンさんにまで迷惑を掛ける訳にはいかない。それに、今フィンさんがどこにいるのかも分からない。探し回って化け物と遭遇して結局間に合わなかったでは取り返しがつかない。ナキさんやアルアさんなら間違いなく完璧な回復をしてくれるだろうけれど、二人は勿論、アルステマさんだって今きっと戦っている。場所が分からないのも同じだし、下手に動くのはやはり危険。けれど、結局僕一人では何もできない訳だし、動かないことこそアルクダの命を着々と擦り減らしているのだ。けれど、どんな行動を取れば正解なんだ? そもそも正解なんて僕がこれから歩む道にあるのか? どうやっても間違いなのではないのか? 僕がこうしてアルクダを死の危機に陥れた時点で、もうどうにもならなかったのではないのか? だったら、もう行動を起こす意味なんて――


「スキロス!」


 ――僕が焦りに溺れて途方にくれていると、アルクダはぼろぼろの喉を奮い立たせ、僕に喝を入れるように名を叫んだ。

 その声で目が覚めたように意識が戻り、アルクダの白い顔が鮮明になった。


「良いか。俺らはフィンさんに頼まれたんだ。それを達成するまでは立ち止まっていられない。……とは言っても、俺は動けなくなってしまったんだけどな」


 悔し気に歯を食い縛るアルクダの瞳の奥には、僅かに申し訳なさのようなものも感じられた。


「だから、スキロスだけでも行かなくちゃいけない。お前だけで皆を助けに行かなくちゃいけないんだ。俺に構っている場合じゃないことはお前も十分分かっているだろう? だから、動けないんだろう?」


 そう――なのだろうか。

 アルクダを助けられない状況を、僕はどこかで理解してしまっているが故に、彼を見捨てることもできなくて――せめて看取るくらいはしてあげたくて、僕はこの場を離れることに抵抗を感じているのだろうか。

 本当にそれだけがこの足を重く縛り付けているのだろうか。


 言い当てられているような感覚もある。

 腑に落ちてしまったような気持ち悪い落ち着きがある。


 けれど――それだけじゃないような気もした。


「早く行け。こんなことをしている場合じゃないんだ。こうしている今も、化け物は誰かの命を奪っている。それじゃ、あの日の悲劇の二の舞だ。俺らの目の前でそんな惨劇を二度も起こしてはいけない。俺らは何の罪もない人が死んでいく辛さや虚しさを良く知っているだろう。だから、頼む。早く行ってくれ。そして、助けてくれ。俺の命に構わずに」


 僕は弱い――そんなことは百も承知だ。

 その一方で、アルクダ――お前は本当に強い。

 心身共に、僕なんかじゃ及びもしない。

 父母を失い、それでも我慢して皆を安心させてくれて、終いにはこんな僕すらも助けてくれた。


 強い自分の命をかなぐり捨てて――弱い僕の命を延ばしてくれた。


 だったら、僕もそれに報いなくちゃならない。

 それなのに、報いる為の行動さえ僕にはできる気がしない。


 それができるなら、アルクダに庇われることもなかった。

 それができるなら、無様に負けることもなかった。

 それができるなら、村の皆を死なせることもなかった。

 それができるなら、フィンさんをあんな目に遭わすこともなかった。


 それができないから、今こうして絶望しているんだ。


 僕は結局――


「…………弱いから」

「……え?」

「……無理だよ。僕は弱いから、僕には無理だよ。無理なんだよ」

「スキロス……?」

「お前は良いよ、強いから。でも、僕にはできないんだ。お前を見捨ててここを離れて、僕にできることなんて、数体化け物を食い止めるくらいだ。そんなことでは、この街の人達の命なんて、助けられない。そんなことに、お前を見捨てる価値なんてない…………何で、僕なんかを助けちまったんだよ……」

「…………」


 でなけりゃ、こんな情けないこともなかった。


 最悪だ。

 僕は全部間違えてしまった。

 親友にこんなことを――いや、もう親友だなんて語る資格もない。

 項垂れて愚痴るだけの餓鬼だ。


「……『数体化け物を食い止めるくらい』ならできるんだろう?」

「…………は?」


 しかし、しばらく黙り続け、やっと発せられたアルクダの声には、怒りも憐みも込められてはいなかった。

 そこには、純真な期待だけが優しく包み込まれているだけで――


「お前が俺に劣等感を感じているのなら、それは大きな間違いだ。俺が強かったなら、こうして情けなく倒れているはずがない。こんなところで死ぬはずがない。俺は運が良かっただけだ。リシでだって、今だって。フィンさんと試合でぶつかるまで強敵と当たらなかったのも、お前に今託している辛さを俺が背負わずに済んでいるのも」


 これだけの醜さを見せても、お前はまだ僕を信じてくれているのだろうか――まだ僕を頼ろうとしてくれるのだろうか。


「だってそうだろ? 俺はお前に勝ったことは一度もないぞ」

「……それはそもそも戦ったことが一度もないからで」

「でも、勝ったことがないのは本当のことだろ。俺が強いなら、お前も強いぞ」


 確かに――なんて思わない。

 そんな子ども騙しのような言葉遊びで納得なんてしない。

 けれど、彼はこんな僕を勇気づけようとしてくれている。


 こんなに救われることもないよな。


「化け物を食い止められるんだろ? だったら、それをしてくれよ。そのおかげで、少しでも街の人達が逃げる時間を稼げるのなら、万々歳だ。フィンさんは『死なないで』と言った。だから、お前ができることをやれば良いんだ。それが終わったら、俺を迎えに来てくれ」


 さっきまでの体の重みはいつの間にか氷解していた。


 何が響いたのかは、自分でもよく分からない。実際、響いていたのかも分からない。

 けれど、あんなことを言われて、響かないはずがなかった。


 僕はゆっくりと立ち上がる。

 それを見て、アルクダも安心した表情を浮かべる。


「もう口も疲れた。瞼も重い」


 そう言って目を閉じた彼を、僕は有無も言わさずに背負う。


「……へ? 何やってんだ、スキロス?」

「お前も連れて行くんだ」


 酷く驚いた様子のアルクダを後目に、僕は何でもないように答える。


「いや、俺は置いて行けよ。邪魔だし、重いだろ。それでお前まで化け物にやられたら、元も子もないだろう」

「知るか!」

「…………ええ」


 どうせ街の人達を助けることもできないかもしれないんだ。

 だったら、この際だ。欲を張って、全部助けてやる。

 アルクダを背負って、化け物を掃討して、街の人を助けまくって、避難所まで行って、アルクダを治療してもらう。


 今更取り戻せる訳ないけれど、それでもやらなくちゃ。

 弱い自分と決別して、強い自分を育てなきゃ。

 今の僕はそれくらいやらないと、許されないんだ。

 

 アルクダにだって負けない。

 お前が僕を庇って死にかけているのなら、僕はお前を庇いながら死なずに敵を倒す。


「見とけよ。僕が全部助けるところを」


 背中の巨漢が、不安気ながらに柔らかく微笑んでいた。



   〇   



 アルクダを背負って走るだけでも相当体力を減らすのに、そんなことにはお構いなしと、化け物達は依然襲いかかってくる。


 アルクダを背負って移動するにあたって、僕がフィンさんに渡された槍は一応持ってはいるが、アルクダの体を支えるただの棒として使っている為、武器として役立ってはいない。

 アルクダの斧に関しては、持ち切れなかったのでさっきの場所に置いてきた。事が済んだら取りに行こう。


 そんな訳で、化け物と戦うには何とか蹴りを放てる脚が命綱になってくる。


 僕達が先程までいた所は既に化け物の掃討が済んだので、今はまた新しい地区に向かっている。

 この辺は街の人の避難が済んでいるのか、生きている人の影はない。


 ただ、化け物は依然としてのさばっているので、ここを放置しておく訳にもいかない。

 それに、もしかしたらこの先の地区にまだ人がいるかもしれないのだから。


 そんなことを考えながら化け物達と交戦し続ける。

 大男を背負っている上に数が圧倒的な不利な状況の為、当然苦戦は強いられたが、先程のアルクダの言葉で大分体は軽くなった。当のアルクダは僕の背中で眠っている。相当限界だったのだろう。


 苦戦したものの案外僕が動けたのか、はたまた相手が割と弱かったのか、それなりの数の化け物を何とか倒せた。

 その先もずんずんと進んでいくと、ちらほらと化け物と遭遇するものの、先程の大群ではなく数体程度なので、それ程の危険はなかった。


 そして、これまでの戦いを経て、いくつか分かったことがある。


 まず一つに、化け物達は基本的に群れを成しているということ。

 姿形がばらばら過ぎるので一見無造作にも見えるが、十数体程で群れて行動するようだ。

 それが動物的な本能からなのか、もしくは軍隊的な戦略なのかは分からないが、何にしても危険である。

 大きな集団で街を襲い、数で相手を圧倒してくる。そうすることで、結果的に一体一体生存率を高めているのかもしれない。

 たまに出くわす孤立している化け物は、群れからはぐれた迷子か何かだろう。

 何にしても、群れの化け物が手強いことに変わりはない。


 もう一つに、予想以上に化け物達の頭が良いということ。

 奴らは本能のままに人々を襲っているようにも見えるが、先程の大群で僕らに襲いかかってきたところを見ると、ある程度策を練って実行する力があるらしい。

 僕らをピンチに追い詰めたあの大群は、明らかに大き過ぎる群れである。

 それに、最初に襲いかかってきた群れが倒されるまで建物の陰に隠れていて、倒し終えた僕らが疲弊しているところに満を持して一斉に襲いかかってきたのも、明らかに戦略を感じる。

 人並みとは言わないまでも、猿や烏くらいの知恵はあるみたいだ。


 どちらも危険であり、特に二つ目の要素は化け物の異様さを物語っている。

 これらを化け物達が最大限発揮してきたらと思うと、ぞっとしてしまう。


 例の大群が襲ってきた時は僕も少なからず油断していた為、今回は同じ轍を踏む訳にはいかない。


 そうして進んでいると、やがて化け物の数がまた段々と増えてきていることに気がついた。

 この先には、また新しい化け物の群れが待ち構えているのだろう。

 生存者がいるのかは分からないが、確かめずに退く訳にもいかない。


 僕は駆ける足を早め、群れの中へと踏み入れた。


 今走っているのは相変わらずの石畳の大通りだが、街を飾っていたであろう立派な建物達は無残に崩れていた。屋根も壁も剥がれ落ちていて、スケルトン状態である。


 しかし、そろそろ化け物の群れとぶつかるはずなのだが、化け物の数も然程増えはせず、数体の小さな化け物が細々と襲いかかってくるだけだった。

 生きている街の人の姿も見当たらないし、もしかしたらここらにいた人達は既に殺されてしまったのだろうか。横たわったまま動かない人はいつくか見つけるが。


 いや、皆無事に避難できたという可能性もある。

 希望的観測に過ぎないけれど、何にしても逃げ遅れた人がいないことに変わりはない。

 化け物達も次の地区を襲いに行ったのかもしれない。


 だとすれば、僕も早く次の場所に――


「――うあああああ……」

「!」


 その時、どこかで細い悲鳴が聞こえた。

 まだ逃げ損なった人――それも今正に襲われている人がどこかにいるのか?


 僕は声の方へと走り出した。

 少しずつアルクダを背負う腕に重たい痺れが感じられてきたが、悲鳴が聞こえているのにごちゃごちゃ言ってもいられない。


 石畳の道を蹴り、大通りを奥へ奥へと向かっていくと、そこには何とも許し難い景色が待っていた。


 半壊した建物の屋根の上に、二本足で立つ猿のような化け物と、そいつに頭を鷲掴みにされている女性がいた。

 ゴリラのように太い腕のその化け物はこちらを見下ろし、まるで見せつけるように握った女性をぶらぶらと揺らす。

 僕は途轍もない憤りを覚え、沸々と全身が熱くなっていく感覚を覚えた。


 今のところ見えるのは、屋根の上の化け物だけ。

 あいつだけならば、何とか倒せるだろうか。


 しかし、女性は僕の存在に気づき、一瞬で真っ青な顔へと変化した。

 僕が来たことによって彼女が覚えた感情は、救いが来たという希望ではなく――終わりが来たという絶望だった。


「来ちゃ駄目!」


 叫んだ彼女の声の意味を分かり兼ねた僕は、一瞬戸惑ってしまった。

 そうして戸惑っている間にも、僕に危機は迫っていた。


 恐ろしい気配と圧力を感じ、その方向へと目を向けた時には、それは既に迫ってきていた。


 僕の真上には――巨大な竜が落ちてきていた。


 僕は驚きで固まった足を無理矢理動かし、何とか直撃は避けられた。

 しかし、竜が地面を叩いた衝撃からは逃れられず、その衝撃はアルクダ諸共僕を吹き飛ばす。


 アルクダを庇うように地面の上を転がった僕は額を強く打ちつけたが、すぐ様起き上がる。

 竜の化け物が羽ばたいて起こす風が、僕の額に痛みを促した。

 どうやらさっき地面に頭を打った時に、額に傷ができてしまったらしい。その証拠に、すぐに僕の顔をゆっくりと赤い川が流れた。


 竜の化け物とはいっても、他の化け物と同様に竜以外の部分もある。尻尾は長いが毛むくじゃらだし、前足には翼が付いているが、それとは別に背中から大きな鳥の翼も生えている。

 しかし、そいつが今まで出遭った化け物とはくらべものにならない程の強敵であることが、何よりも僕を焦らせる要素だった。


 その上、今は化け物に捕まった女性もいる。

 彼女も迅速に助けなければならないし、今の状況、かなりやばい。


 そう思い、再度屋根の上に視線を戻すと、その瞬間、猿の化け物が掴んでいた女性を竜の化け物へ目掛けて放り投げた。


「何を――」


 僕が言葉を完全に出し切る前に、女性は竜の大きく歪な牙で挟み込まれた。

 悲鳴は聞こえたが、すぐに竜が骨の砕く音に掻き消され、咀嚼音が鳴り止んだ頃には、人の声は無くなっていた。


 凄惨過ぎて、呆然としてしまった。


 詰まるところ、僕は罠に嵌められたのだ。

 真実は誰も教えてくれないので、これはあくまで僕の勝手な推論だが、恐らく化け物は僕を誘き出す為に女性を捕らえていたのだ。


 まず女性を捕まえ、そこでは殺さずに生け捕りにした。

 そしたら、彼女に悲鳴を上げさせ、周りにいる人にその声を聞かせる。

 そして、その声を聞いて駆けつけてきた新しい囮を捕まえ、用が済んだ最初の囮は処分する。

 新たな囮に悲鳴を上げさせ、また新しい人を誘き寄せる。

 木乃伊取りが木乃伊になる――というのだろうか。


 しかし、そう冷静に考えた時、本当はそれが恐ろしいことなのだと気づいてしまった。

 こんな策略、もはや人間の考えることだ。

 単純な策に思えるかもしれないが、捕らえた女性をその場で食い殺すのではなく、敢えて生かしておくだなんて、理性のある動物にしかできないことだ。


 この化け物達の知能は思っていたよりも遥かに高いらしい。

 少なくとも、人間並みだ。

 目の前にいる竜や猿の化け物がそれ程の高い脳を持っているのだとしたら――僕に勝ち目はあるのか。


 ――と、その時、崩れた建物の中や、屋根の上、路地の奥から、大量の化け物がぞろぞろと現れ出した。

 これも化け物達の策略の内――なのか。

 気づけば、またも僕は囲まれていた。

 今回の化け物の数は先の大群程ではないが、それでも敵に回すには十分に手強いくらいには、かなりの数である。


 しかし、全く気がつかなかった。

 やはり知能は人並みでも、根底は獣である。気配を消すのはお手の物か。

 とは言え、先程のこともあるのに、また同じ轍を踏むことになるとは、もう自分には何も言えない。


 アルクダを背に乗せた状態で、この数を一度に相手する――その上、化け物達は途轍もなく高い身体能力と、決して侮ることのできない知能を持ち合わせている。

 僕にとって有利なことなど一欠片も無い。


 僕の推測が正しければ、この化け物達は先程の女性の代わりとして、僕を生け捕りにしようとするはず。

 となると、すぐに命を奪われることはないかもしれないが、少なくとも行動不能程度には追い込まれるだろう。

 それなら、結局僕らが助かる見込みはない。


 四方を囲まれている現状、即座に逃げ出すことも不可能だ。

 一応数体の化け物を倒して突破口を拓き、そこから逃げ出すというのも策ではあるが、逃げても追いかけてくるのであれば、然程意味も無い。

 逃げ込んだ先が避難所であったなら、結果的に多くの人をこの化け物達の標的にする羽目になる。


 倒すか――倒されるか。

 結局何も最初から変わらないのだ。


 アルクダを抱えたまま身構えた僕を目掛け、竜は地を割らんばかりに踏み締めて駆け寄ってくる。

 それを合図に、周りに待機していた他の化け物も一斉に僕に襲いかかってきた。

 しかし、屋根の上の猿の化け物は動かないままである。戦闘には参加しないつもりだろうか。


 それを受け、僕は一旦竜は無視し、周りの弱そうな化け物から倒しにかかる。

 数が多いので、ひとまずは敵の数を減らす必要がある。

 でかい強敵は邪魔者がいなくなったところで、タイマンで相手するのが得策だ。


 という訳で、僕は飛び掛かってきた竜の一撃を躱し、小判鮫の如く取り巻いている化け物達に攻撃を仕掛ける。

 竜の化け物が今までの奴とは比べ物にならない程、規格外の強さであるのは見ただけで分かるが、他の化け物は今までの奴とそう能力値に差はないだろう。

 僕は牙を剥いて襲いかかる化け物の首に蹴りを放つ。


 しかし、確実に化け物の急所を捉えたはずの蹴りが、実際に化け物の急所を捉えることはなかった。

 攻撃が当たる寸前、唯一動かずに高みの見物をしていた猿の化け物がぎゃあぎゃあと喚き出した。

 すると、それに反応するように、近くにいた化け物が僕が倒そうとしている化け物の首元を咥え、信じられないことに救出したのだ。


「えっ、何で――」


 そう呟いたのも束の間、すぐ様攻撃を外した僕へと、他の化け物が襲いかかる。


「くっ……!」


 間一髪というところでこちらも攻撃を躱し、態勢を立て直す。

 しかし、その直後にまた別の化け物が僕の背後に迫ってきていた。

 そんな簡単にやられる訳にはいかないと、振り返り様に蹴りを放つ。


 その瞬間、またも猿の化け物が雄叫びめいたものを吠え出す。

 すると、化け物は僕の蹴りを直前で躱し、そのまま鋭い爪を振りかざしてくる。

 ぎりぎりで体を仰け反らせて爪を躱すが、完璧に躱すのには間に合わず、鼻先を爪の先が掠め、小さな痛みが体を走った。


 直撃は避けられたが、仰け反った姿勢になった為、背負っていたアルクダを地面にぶつけそうになる。

 慌てて体の向きを旋回させ、うつ伏せに地面に倒れる。

 地面とアルクダの衝突は回避したものの、その姿勢は隙だらけとなり、結果的に更なる危険を呼び寄せた。

 再び化け物達の一斉攻撃が始まり、爪牙が全方位を囲う。


 最初に僕へと辿り着いたのはやはり竜の大牙であり、大口を開けて僕に食いかかる。

 急いで立ち上がった僕はそこがチャンスと見定め、真上に飛び跳ねて竜の噛みつきを躱す。

 空振った竜は情けなく地面に顎をぶつけた。

 無防備になった竜の頭に着地し、僕はそのまま竜の首を駆け上って胴体を目指す。


 その間も、猿の化け物は喚き続けていた。


 その喚き声の真相は想像するしかないが、恐らくは指揮なのだろう。

 つまり、あの猿の化け物こそこの群れの指揮官なのだ。


 先程の短絡的な獣の思考とは思えぬ動き――僕の行動を読んでいるかのような身の熟し。

 戦場を見渡せる位置にいる猿が群れ全体を操っているのだ。

 いくら賢いとはいっても、全部の化け物の知能が高ければ、今まで倒してきた化け物ももっと苦戦したはずである。

 きっと飛び抜けて賢い化け物がいて、そいつが群れを指揮しているのだ。


 そして、今回の場合で言えば、猿の化け物。

 あいつがいる限り、僕がこの群れを殲滅するのは難しい。

 逆を言えば、指揮官たる猿の化け物さえ倒せば、戦況は大分僕にも傾く。

 まあ、それでも僕が不利なことには変わりないけれど。


 何にしても、まずはあの猿化け物だ。


 竜の背中まで上り終えた僕はそこから飛び上がり、今度は鳥の化け物を踏み台にする。

 すると、後ろから立ち直った竜の化け物が再度僕に噛みついてきた。

 思った以上に復帰が早いらしい。それも猿の指揮のせいなのか。


「くそっ……!」


 迫りくる牙を空中で何とか回避した僕は、竜の角に着地をし、そこからまた飛び跳ねる。

 そこは既に屋根の高さを超えており、猿の化け物もすぐそこだった。


 猿の化け物目掛け、落下しながら蹴りを放つ――


 ――しかし、猿はひらりと僕の蹴りを躱し、がら空きの脇腹に凄まじい拳を喰らわせた。


「――がっ……」


 屋根から反対側の建物まで軽々と吹き飛ばされ、そのまま地面に落下する。

 どちらもアルクダを庇いながらだったので、殴られたダメージも、建物や地面との衝突のダメージも、全て僕に降りかかった。まあ、そうするしかないのだから、仕方のないことなのだが。


 しかし、そのダメージはかなり大きかったらしく、頭は石のように重たく、視界に移る像はいくつにも分身している。

 額から顎へと血が滴っているのも分かる。

 肋骨の軋む感覚もあり、一、二本は折れているだろう。


 すぐに化け物達は寄ってきて、すぐ様僕を囲って閉じ込める。

 僕は建物の壁に手をついて、半ば覚悟を決める。


 アルクダを背中から下ろして壁に凭れかかせる。

 槍を持ち直し、化け物達へと対峙する。


 先程の攻撃が効き過ぎたらしい。もう逃げるのは体力的に不可能だ。

 僕に残された選択は、来るかも分からない助けを待って、アルクダを守りながら化け物達の攻撃を凌ぎ続けるしかない。


 正直、まだ侮っていた。

 完全に警戒し切れていなかった。

 あの猿の化け物、頭脳派だと決めつけて戦闘力は然程なのかと考えていたが、そんなことは全くない。

 能力的には、竜の化け物と同じくらいの力を持っている。

 タイマンで倒すのも難しいくらい――さらに周りに敵がいるとなれば尚更難しいだろう。


 どうしたら良い。

 どれくらいなら耐えられるだろうか。


 くそ、視界がまだはっきりしない。むしろぼやけていく一方だ。


 しかし、そんな僕の焦燥は化け物達に届くはずもなく――届いたところで叶うはずもなく――無情にも、絶体絶命の猛攻は開始された。


「……くっそおおあああ!」


 握る槍に力を込め、震える腕を精一杯振るう。

 猿の甲高い喚き声と、槍の切っ先が空振る感覚や掠る感覚だけが意識に届き、目の前は依然光がぼやけてぐちゃぐちゃになっている。


 それでも、何とかアルクダには触れさせずに耐える。

 アルクダを背にして戦う以上、僕はその場を動く訳にはいかない。

 下手に躱せば、その攻撃がアルクダへと流れていくかもしれない。

 攻撃を捌く――できるのであれば、倒す。

 そうし続けて耐えるしか道は無いのだから。


 しかし、それも限界があり、竜の強大過ぎる攻撃を前にするとすぐに薙ぎ倒されてしまう。

 石畳の上をごろごろと転がり、体がさらに一段と重たくなる。

 化け物達はアルクダへと標的を移し、目を閉じて動かない彼に攻撃を仕掛ける。


「触るな!」


 すぐに立ち上がり、ふらつく足を無理矢理動かしてアルクダの元へと駆け寄る。

 化け物とアルクダの間に割り込み、走りながら槍を振り被る。


 けれど、それも猿の指揮で読まれているらしく、横から僕を狙った化け物に爪を振り下ろされ、返り討ちにされてしまった。

 右肩にくっきりと爪の痕が残り、赤々とした血が溢れ出してくる。


 しかし、それに屈する訳にもいかない。


「う……う、ううあああああ!」


 叫び声で痛みを掻き消し、槍を攻撃してきた化け物へと突き出す。

 痛みに勝った僕の攻撃を予想していなかった化け物は喉元を貫かれ、きめ細かい砂へと化した。


 そのままアルクダに襲いかかる化け物にも一薙ぎするが、それは軽く躱されて反撃を喰らう。

 再び吹っ飛んだが、すぐに立ち上がって化け物に飛びかかる。


 しかし、竜の化け物は始めから僕を狙っていたらしく、その大牙は真っ直ぐに僕に襲いかかる。


「!」


 怯まされた僕の腕を完全に捉えた牙が、僕に諦めを強いた。


 右腕が大きく抉られ、肉が赤々と見えている。

 傷口から滴る鮮血が僕を離れて地面に落ちていく。


 化け物の方を見ると、憎たらしい顔で齧り取った僕の肉を咀嚼していた。


 もう駄目だ。

 腕も思い通りに動かない。

 足も同じく使い物にならない。

 アルクダはすぐそこで倒れている。

 少しでも走り込めば、庇うくらいのことはできる。

 けれど、それもできないくらいに消耗してしまった。


 化け物達は眠ったままのアルクダに遂に牙を向けた。


 そして、その攻撃は――雄々しい叫びと共に、遮られた。


「…………へ……?」


 突如として現れたその人影に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。


 その人物は密集する化け物達へと単身駆け込んできて、その太い腕を振り回して化け物達を次々と横転させた。

 それが、アルクダを危機から救ってくれた。


 かつての格闘王――シモス・ミウラが救ってくれた。


次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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