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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――2
52/77

『避難』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 俺の名前はシモス・ミウラ。


 洛西獣を王とする獣人の国――ネオン王国の中部都市で生まれた俺は、それなりに裕福な家で、それなりに優秀な両親と、それなりに恵まれた暮らしを送っていた。


 生まれつき大きな体で、街の餓鬼は誰一人として俺に力じゃ敵わなかった。

 だから、誰一人として俺に逆らわなかった。

 たまに頭の良い奴が生意気に口答えしてきたが、それも力で黙らせた。


 そうやってずっと生きていけるものだと思っていた。


 それなりの歳になった時、王都エリモスでリシ武闘会に出場してみろと、両親が勧めた。

 世界屈指の猛者が集まる武闘会で、優勝賞金も中々な額らしい。


 幸い、体を鍛えるのは好きだったので、それなりの力は身についている。

 地元じゃ一番強い俺が、世界の舞台でどれだけ通用するのか――それが気になって、出場を決めた。


 結果から言えば、大したことはなかった。

 中には骨のある奴もいたが、そういうのは大抵古参の連中だった。古参が新参の俺とタメ張っているんじゃ、この大会の水準もたかが知れていた。

 決勝で当たった相手は当時リシ武闘会の覇者と呼ばれ、その年は前人未到の三連覇が懸かっていたという。

 その実力は、他愛もなかった。


 結局、俺は初出場で初優勝という、リシ武闘会史上初の快挙を成し遂げた。


 優勝賞金を世界各地で行われる武闘会の出場の為に使い、その度に優勝と賞金を手に入れて帰った。

 異国の街はどこも綺麗で、俺は楽しかった。

 知らなかった世界を見て、俺は自分の成長を全身で感じていた。


 数多ある大会を制覇し、俺の名は全世界に徐々に知れ渡り、気づけば『格闘王』なんて異名を得ていた。


 最高に気持ちが良かった。

 俺がリングに上がれば、観客は湧いて歓声を上げる。

 対戦相手を殴り嬲る程に、会場は熱気と喜びに包まれる。

 それが気持ち良くて仕方がなかった。


 やがて、武闘会は賞金稼ぎでも自己鍛錬の場でもなくなっていた。

 ただの、俺の心を満たす為の、弱者を甚振る機会でしかなかった。


 誰よりも強い俺を、誰もが畏怖と畏敬の眼差しで見る。

 男は酒と世辞を――女は愛と体を――俺が望むものを差し出す。


 そうやってずっと生きていけるものだと思っていた。


 ――あいつが現れるまでは。


 フィン・アーク・アイオーニオン――順風満帆だった俺の人生を狂わした男。


 何故俺は負けたのか――何故俺は勝てなかったのか。

 答えは明白――あいつは俺なんかよりもずっと強かったんだ。

 どこでどんな死線を潜り抜けてきたのか知らないが、俺が持っていた『試合に勝つ』力じゃ、到底及ばない相手だった。


 だが、だからと言って人間の餓鬼一人にここまで積み上げてきた俺の名声を奪われる訳にはいかない。

 突然現れた何も知らない餓鬼に、俺の栄誉を崩されて堪るか。


 今思えば、俺もそうやって相手を蹴落としてきた。


 何が何でもアイオーニオンに勝つ為に、俺はドーピングをした。

 大会までの日数を鍛錬に費やす訳でもなく、ただ毎日、薬が体に馴染むまで入れ続けた。

 そして、新聞社を買収し、できる限りアイオーニオンのコンディションを崩そうと試みた。実際、大して効いていたのかは分からない。

 また、運営の責任者や要人も買収し、ドーピングの隠蔽をさせた。トーナメント表を意図的に仕組ませたのも、アイオーニオンを早々に倒し、安心したいだけだった。


 それでも――それだけの不正を犯しても、結局あいつには敵わず、不正すら暴かれる始末。


 聞けばあいつは、かの王国の兵士見習いだったらしい。何なら、もうすぐ正式に兵士になるはずだったとも聞く。

 王国の兵士育成の過酷さは有名だし、話によれば見習いの内から戦争に駆り出されるらしい。


 もしかしたら、アイオーニオンは既に人を殺したことさえあるのかもしれない。

 俺のことだって、その気になればすぐに殺せてしまえるのかもしれない。


 あいつのことを挑発のつもりで『蛙』と例えた。鄙集りで暮らす『井の中の蛙』と。

 今思えば、恥ずかしい以外の何ものでもない。

 蛙は俺だ。

 本当の殺し合いも知らず、脅すだけの「殺す」を口先だけで口走っていた。

 本当の強者も本当の力も知らず、俺は驕っていた。


 何故だ。

 俺も王国の兵士として育成されていれば、アイオーニオンも軽く倒せる強者になれていたんじゃないのか。

 恵まれていなかっただけだったんじゃないのか。

 生まれた場所を間違えただけなんじゃないのか。


 ――いや、俺なら、過酷な訓練に耐えられる訳もなく、すぐに逃げ出しているだろう。もしくは、下手に追いつこうとして間抜けな失敗をして死んでいるだろう。


 結局、何が悪かったのかなんて分からない。

 俺とアイオーニオンの差が何なのかも分からない。

 ただ一つ言えるのは、俺じゃどうしたってアイオーニオンには敵わないということ。


 小さな世界で生きて、小さな力を見せびらかして、好きなだけ横暴に振る舞う。


 そうやってずっと生きていけるはずもなかった。


 でなけりゃ今俺は、あの対戦の苦悩を振り払うように、昼間から酒に呑まれて酔い潰れているはずがない。


 ここはエリモスの大通りから外れた、裏路地の中にある小さな酒屋。

 あの対戦から、皆が俺を見る眼は変わった。

 『格闘王』の名は疾うに消え、『不正をして尚負けた弱者』としか見られなくなった。

 あれだけ俺を持ち上げていたメディアも、掌を返して俺を叩く。

 外に出たら、すぐに記者が寄ってきて、耳障りな声で問い質してくるだろう。

 だから、今もこうして閑古鳥が鳴くこの寂れた酒屋で、身を潜めるように酔い潰れている。


 事情聴取を受け終え、大会運営から解放された俺は、いつもの――アイオーニオンと初めて会ったあの店に行った。

 気分の悪かった俺は、すぐにでも酒と女に溺れたかった。


 しかし、店に入ると、中にいた客も店員も、俺を見て視線を凍らせた。

 俺は店員の案内も待たず、勝手にいつもの一番奥の席に着く。

 店の雰囲気にさらに気分を悪くした俺は、店員が呼んでも中々来ないことに憤り、思わず怒鳴ってしまった。

 店は一瞬で静まり返り、全員が俺に生ごみかそれに集る小蝿でも見るかのような眼を向けてきた。


 すると、厨房の方から店の店主が出てきて、完全に見下した視線で一つこう言った。


「あれだけのみっともない完敗をして、よく今もそんな態度を取れるな」


 その言葉で、完全に堪忍袋の緒が切れた俺は、思わず立ち上がって店主の胸倉を掴みかかった。

 そして、店主の頬に拳を振り被る。

 その時、狙いを澄ました頬が怯えながらも口角を上げた。


「へ、へへ、そのお得意の暴力で負けても、結局それしか頼れないんだから、あんたも救いようがねえな」


 そう言われて、俺は動きを止めてしまった。

 怯んだんだと思う。

 昔なら、こんなことを言われても構わず殴っていたのに、しばらくそんな正論を言われていなくて、俺はどうすれば良いのか分からなくなった。


 その時、近くにいた客が俺に水をかけてきた。

 その眼には畏怖も畏敬も込められておらず、ただただ俺の胸を刺すような蛇目だった。

 それを機に店内が俺への罵倒で溢れ返り、俺は店主から手を放して店から逃げるように飛び出した。

 俺はみっともなく涙を流し、鼻水を啜り、歩き慣れた街の中を駆け回り、必死に居場所を探し続けた。


 そうして、この酒屋に辿り着き、それからずっと店に篭っている。

 もう何本酒を飲んだか分からない。

 もうあれから何日経ったか分からない。


 酒屋のマスターはカウンターに突っ伏す俺を迷惑そうに見下ろし、グラスを拭きながら文句を言ってきた。


「いい加減帰っていただけませんか? 折角来てくれたお客さんもあんたを見るなり帰ってっちゃうんだから、商売あがったりだ。営業妨害と言っても過言じゃないよ」


 どうせ普段も大して客なんて来ないんだし、どうでも良いだろ、んなこと。


「俺だってリシの表彰式見に行きたいのに。あんたが居るせいで店も離れられない。もう決勝戦から四日も経つし、さすがに今日辺りに行われるだろうし」

「…………」

「聞いてんの? ……ったく。嫁も娘もあんたを怖がって全然こっちに来てくれないし、二人だけで決勝戦見に行っちゃうし」


 決勝戦――その単語を聞いて、俺が今まで取り続けてきた優勝のことが気になった。


「…………優勝は誰がしたんだ」

「優勝? 俺も見てないけど、結局あのアイオーニオンって若い子がしたらしいよ。……って、あんたが負けたんだから、あんたが一番分かっていると思うけど」


 そうか。

 あいつはそのまま優勝までしたのか。

 俺が敵うはずもなかったんだな。


「って、そんなことは良いから早く帰ってくれよ。もう十分飲んだだろ。店の酒が無くなっちまうよ」

「……うるせえ」

「『うるせえ』って……はあ、嫁と娘が二階で休んでるんだ。あんたが居ると気が休まらないだろ。だから――」


 マスターがそう言いかけた瞬間、途轍もない轟音が響き、同時に天井が抜け落ちてきた。


「うわあああっ!」


 マスターは頭を両手で抱えて叫び、その場に蹲った。

 俺も危機感が体の中を走り、急いでカウンターの下に入り込む。体がでかいから、背中がはみ出た。


 ばらばらと音を立てて天井の木が落ちてきて俺の背中を掠める。


 しばらくして音が鳴り止み、カウンターから身を出して周りを見回すと、店は半壊していた。

 店の半分が巨大な岩――というより、石壁の破片のようなものによって破壊されている。


 どうやら何かのどでかい破片がこの店に落ちてきたらしい。

 隣の建物も巻き込んで、屋根ごと貫いている。

 運良く俺のいた所は破片の直撃を免れて助かったらしい。

 しかし、屋根は勿論、二階は全倒壊しているようで、真上を見上げると憎いくらいの晴天が見渡せた。申し訳程度に雲が散りばめられているのがさらに腹立つ。


 と、そこで俺は気づいた。

 あの口うるさいマスターはどうなったんだ。


 俺はカウンターから身を乗り出し、マスターのいたはずの所を覗き込む。

 俺の真正面にいたから、直撃は免れているとは思うが――


 ――と、覗き込んで目に入ってきたのは、天井の木片や屋根瓦の瓦礫の山だった。

 嘘……だろ?

 あいつ、死んだのか?

 さっきまで、あんなにべらべらと喋っていたのに。

 おい、嘘、だろ、何で――


 ――その時、瓦礫の山がごそごそと蠢き始めた。

 俺は驚きつつ、慌てて瓦礫の山を崩し、埋まったものを掘り出した。


 すると、頭から血を流したマスターが瓦礫の中から這い出てきた。

 咳き込みながら、苦悶の表情でふらふらと立ち上がる。

 俺はひとまず安心した。


 今の衝撃で一瞬で酔いが醒めた俺はまだ危なっかしくふらつくマスターに声をかける。


「おい、大丈夫か。何が起きてんのかは分からねえが、とにかく外に出るぞ。ここは危ねえ」


 だが、マスターは俺の声など耳に入っていないかのような絶望に呑まれた表情で、落ちてきた石の破片の方を見遣る。


「…………ケイト……キャシー……?」

「――あ」


 そうだ。

 こいつ、嫁と娘が二階休んでるって――


「ケイト! キャシー! おい、どこにいるんだ! 返事をしてくれ!」


 二階はさっきも言った通り全倒壊している。

 マスターの嫁と娘はもう……。


 しかし、マスターは震える声で二人の名を頻りに呼び続け、ゆっくりと石の破片に近づく。


「おい、とにかく今は逃げねえと。早く――」


 そうして、もう一度石の破片の方に目を遣ると、俺からしか見えない角度で、石の破片に下敷きにされた細い腕が二本見えた。

 二本とも太さの違う腕で、片方は女性の――もう片方は子どものものだと思う。

 女性と思わしき手の薬指には指輪がはめられている。


 それを見た瞬間、全身に寒気が走った。

 それと同時に、ある思考が頭の中を過ぎった。


 その二本の腕の持ち主は、誰がどう見てもマスターの嫁と娘だろう。

 その腕はマスターの所からは死角で、きっとまだ自分の家族が下敷きになっていることに気づいていない。その証拠に、未だに二人の名を呼んでいる。


 俺は大してしっかりと考えもせず、無理矢理マスターを担ぎ上げて店から飛び出た。


「おい、止めてくれ、ミウラ! 下ろしてくれ! 俺の家族は! ケイトは! キャシ―は! どこにいるんだよ! 返事をしてくれよ!」


 俺は何も言わずに歯を食い縛り、店を出た。

 とにかく、現状を把握する為にも外に出ないといけない。

 急に巨大な石が飛んでくるなんて、相当普通じゃない。


 そして、裏路地を駆け抜けて大通りに出ると、街は混乱を極めていた。

 既にいくつもの巨大な石の破片が街に飛び込んで、見慣れた街並みは変わり果てたように破壊されていた。

 よく見ると、普段は悠然と存在感を放っているマテオス城が崩れていた。

 もしかして、あの巨大な石壁はマテオス城の破片なのか――


 ――と、その時、先程まで俺らがいたあの酒屋にもう一つ巨大な石の破片が飛んできた。

 まだあそこにいたら、今度は確実に――


 そのことを想像してしまい固まってしまった俺は、抱えられながら暴れていたマスターを力が抜けて落としてしまった。

 マスターは地面に倒れ込み、俺を恨みがましそうな睨みを浮かべて見上げた。


「あ、悪い。大丈夫か」


 そう声をかけながら、屈んでマスターに手を差し出すが、マスターはその手を取ることはなかった。

 何なら――俺のことも見ていなかった。


 驚愕に包まれたその顔に疑問を抱いた俺は、その視線の先を見る。

 マスターの視線は俺のことを追い越し、遥か遠くの空へ向かっている。

 マスターに倣って空を見上げると、絶句せざるを得なかった。


 そこには、見たこともないいくつもの巨大な船が、空を飛んでいた。


「何だ……ありゃ……」


 ずっと見ていると、その船からは何かが降ってきているようで、その影は段々と大きくなっていく。

 俺はそれが何か分からず、マスターの方を見た。

 こいつもあの空飛ぶ船が何かなんて知っているとは思えないが、もしかしたら知っている可能性もある。


 しかし、案の定マスターは目を丸くして「何だよ……あれ」と、声を漏らした。


 その時、横からものすごい勢いで飛び出してきた何かが、上を見上げるマスターの首に喰らいつき、そのまま走り抜けて俺の視界から消えた。


 ――は? 何だ、今の。


 あまりに突然のことで、理解が追いつかない俺は恐る恐る走り抜けてマスターを攫っていた何かの方に目を向ける。


「――っ!」


 視界に飛び込んできたのは、継ぎ接ぎの体の化け物が悲鳴を上げて悶えるマスターを喰らっている様だった。


「う、うああ、あああ、ああああ――」


 その時、新たなる悲鳴が大量に耳に飛び込んできていた。

 その方向へ振り返ると、街の連中がことごとく気持ちの悪い化け物に襲われていた。

 化け物は城の方から大量に駆けてきており、道行く人に見境なく襲いかかっている。


 街は既に凄惨に呑まれていた。

 俺が酒を飲み酒に呑まれている間に、この街はどうなってしまったんだ。


 化け物はまだまだ大量に流れてきている。

 もう一度上を見上げると、先程までは判然としなかった影の正体が、段々と明瞭になってきた。


 いや、実際には明瞭としていない。

 その影の本質の正体は全く分からない。

 しかし、その影も今街を襲っている化け物と同じなのだろう。

 気味の悪い化け物がいくつも降ってきている。


 このままじゃ、俺もその辺の奴らみたいに――


 訪れていない想像の未来が俺に恐怖を浴びせ、俺は情けない悲鳴を上げて化け物達に背を向けて逃げ出した。

 恐怖で足が震えて上手く走れない。何度も転びかけた。


 その時、真上から鳥の頭だが竜のような翼を持った化け物が襲いかかってきた。


「うわあああああっ!」


 屈強な脚が俺の背中を掴み、俺は地面に倒れそのまま押さえられる。

 倒れた状態で首だけ曲げ、化け物を涙を浮かべた目で見ると、化け物は嘴を俺の頭に向けて勢いよく放ってきていた。

 俺の頭を啄んで貫くつもりらしい。


 俺はぎりぎりで首を逸らし、嘴を躱す。

 嘴は石畳の地面を貫き、深々と地面に刺さっていた。


 化け物は嘴を引き抜き、もう一度俺の頭目掛けて啄んでくる。

 今度は反対側に首を逸らし、もう一度嘴を避ける。


 何だ。案外こうし続けていれば、このままやり過ごせるんじゃねえのか?

 化け物も鳥頭ってことか。


 と、油断する俺の心の中を読んだかのように、化け物は片足で俺の頭を押さえ込む。

 あ――やべえ。


 そうして、化け物はもう一度俺の頭に狙いを定め――振り下ろす。


「う――うあああああああああ!」


 その時、横から化け物に体当たりをした子どもがいた。

 体格は子どもにしてはかなり大きい。


 化け物は俺の頭を貫くこともなく、勢いよく横に吹っ飛んで地面に倒れ込む。


 俺は急いで起き上がり、四つん這いのままその場から離れる。

 みっともないが、俺は恐怖で失禁してしまった。


 そして、距離を置いて恐る恐る振り返ると、今正に獣人の子どもが倒れる高く飛び跳ね、化け物の頭目掛けて槍を突き刺していた。

 すると、化け物は突然輪郭を崩し、気づけば砂と化していた。それを呆然と見ていると、今度は砂から勝手に火が点いて、黒く燃え出した。

 しばらくすると、砂は完全に空気に溶けてしまったように消えていた。


 意味が分からない。

 今この街で何が起こっているんだ。

 マテオス城は崩れ、その破片は街に降りかかり、空飛ぶ巨大な船と謎の生物。

 一つも状況が理解できない。


 その時、化け物を殺した二人の子どもが俺に近づき、声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」

「ここは危ないですから、早く立って下さい」


 その二人には、見覚えがあった。


 二人の獣人の子ども――フィン・アーク・アイオーニオンと一緒にいた、生意気な餓鬼二人。

 名は知らないが、俺が『鄙集り』と馬鹿にした奴らだった。


 その二人に、俺は今命を救われた。


 俺は何も答えられず、へたり込んだまま二人を見つめる。

 その様子を見て、何も言わずに話を進めた。


「あの、あなた、ミウラ……さん、ですよね?」


 俺はその時やっとしっかりした思考が戻り、黙って頷く。

 すると、ほんの少し安堵したような顔をして、続けてこう言った。


「良かった。あなたみたいな人を丁度探していたんです」


 俺を――探していた?

 何故、俺なんかを――こいつらにとっちゃ、俺は自分達を侮蔑した憎い相手だろう。できれば会いたくない奴だと思うが。


「あまり詳しく話している時間は無いので、ざっくり説明します。今、この街を大量の化け物が襲っています。その上、洛西獣様が暴走していて、今僕らの仲間が食い止めてくれています」


 洛西獣が? 本当に何が起こっているんだ。

 仲間ってのは、やっぱりアイオーニオンのことか?


 ――その時、俺の背後から、新たな化け物が襲いかかってきていた。

 俺は寸前で気づき、恥も誇りも忘れて悲鳴を上げてしまったが、その頃には、体のでかい方の餓鬼が斧で化け物を返り討ちにしていた。

 化け物の息の根を止めた餓鬼は、小さい方の餓鬼に「俺が化け物を退けるから、その間に早く話してくれ」と、早口で言う。『小さい』とは言っても、でかい方の餓鬼に比べたらの話だが。

 小さい餓鬼は黙って頷き、俺の方に向き直って話を続ける。


「だから、今僕らは街の人達を避難所へ誘導しています。けれど、化け物達の数が予想以上に多くて、僕らだけじゃ手に負えず、このままでは街の人々がどんどん殺されてしまう。だから、戦えるミウラさんに手伝ってほしいんです。お願いします」


 そう言って、餓鬼は頭を下げた。

 俺に手伝え――相変わらず生意気でむかつく餓鬼だ。


 俺は今や不正をして尚負けた弱者でしかない。

 本当なら、頭を下げることすら屈辱で、今だって歯を食い縛って心を押さえつけて頭を下げているのかもしれない。


 俺は――


「…………避難所ってのは、どこなんだ」

「えっ、あっ、えと、城から東側にある大きな広場だそうです。東側にはまだ化け物が少ないらしくて。さっきすれ違った城の衛兵の人がそう言っていました」

「そうか」


 俺は立ち上がり、場所を再確認する。

 『東側の大きな広場』ってのは、名を聞かなくてもほとんど目星がついている。

 この国で一番でかい広場で東側と言えば、一つしかない。


 俺は何も言わずに餓鬼達に背を向けて進み出す。

 それに対して、餓鬼は慌てて俺を引き留める。


「あ、あの、そっちはもう避難誘導が終わっているので、化け物達の数が多い南側にこれから向かうんです」

「それはお前らで行け。俺は避難所に向かう」


 そう言うと、餓鬼二人は「えっ」と、同時に声を漏らした。

 辺りの化け物はでかい餓鬼が全部殺したらしい。


「え、いや、でも、まだ状況を知らなくて、襲われている人が沢山いるんです。だから――」

「だから、俺はそいつらを助けに行かない。お前らが勝手にやれ」


 ふと、餓鬼二人の顔を一瞥すると、絶望と失望に満ちた眼差しで俺を見ていた。

 睨んではいない――ただただ哀しい瞳で。


「……あなたは、格闘王ですよね。十分戦えるでしょう? あなたがあれだけ自慢した国が、今襲われているんです。助けて下さい」

「何で俺がそんなことをしなきゃいけないんだ。何でわざわざ危険を冒して弱い他人を助けなきゃなんないんだ」

「それは――」

「さっきもあの化け物に殺されかけてたんだぞ、俺は。なのに、何で自分よりも強い奴がわんさかいる所に飛び込まなきゃいけないんだ。これ以上ない自殺行為だろ」

「でも――」

「大体お前らは何でそんなことするんだよ。お前らこそ助ける義理なんてないだろ。むしろ、『鄙集り』って散々馬鹿にされただろ。本当なら、俺のことだって助けたくなかっただろ。なのに、何でだ? 馬鹿なのか? それとも、ここでお前らを馬鹿にした奴らを助けて、見返したいのか? 恩を着せたいのか? 英雄だって囃し立てられたのか?」

「僕らは――」

「蛮勇で死地に飛び込んで、それで死んだらって考えないのか? お前ら気持ち悪いよ。何がしてえんだ。知らねえ奴らの――自分を貶した奴らの――そんな命助けたって意味無えだろ。そいつを助けたら改心するとでも思ったのか? 甘いこと言ってんじゃねえよ。腐った奴らはどこまで行っても腐り続けんだよ。現に俺がそうだろ。俺は逃げるんだよ。このまま生きるんだよ。このまま死ぬのなんて御免なんだよ。俺はこんな惨めなまんまじゃ――死ねないんだよ!」

「うるさい!」


 その時、それまで下から出てきていた小さい餓鬼が、俺に歯向かうように叫んだ。


「あんたがフィンさんに負けたのは、あんたがフィンさんより弱かったせいだろ! それをいつまでも引き摺って、情けなくないのかよ! いつでも勝てるなんて、それこそ甘いだろ! 一度くらいの挫折で、何へこたれてんだ!」

「……何だと、てめえ。てめえみたいな青二才に何が分かんだよ!」

「何も分かんないよ! 僕はあんたみたいに強い訳じゃない! 化け物のところに飛び込んで皆を助けることが怖くない訳じゃない! 僕だって死ぬのは怖い! 本当ならこんなことしたくないし、さっさと逃げたい!」

「だったら尚更――」

「でも、そんなことしたら、もう強くなれないんだよ!」


 ――は? 何を言ってんだ、この餓鬼は。


「守りたいものももう守れないんだよ! だから、立ち向かうしかないんだよ! ……力があるあんたは良いよな。助けること、助けないこと、好きに選べる。でも、僕らは頼まれたんだ。裏切れないんだ。……本当なら、助けたくなんかない。自分の命を張ってまで助けたくなんかない。あんたも、この街の冷たい人も。でも、全員がそうじゃない。良い人だって、きっとちゃんと居る。そんな人が死んで良いなんて思わない。もう二度と、繰り返しちゃいけない」


 餓鬼の拳は少し震えていて、そこには恐れよりも怒りが込められているように思えた。


「『英雄』なんて、何も知らない人達から呼ばれたくない。無責任に持ち上げられたくもない。そんな名誉に価値なんてない。そんな空っぽの名声に溺れた成れの果てがあんたみたいな奴なら、一生田舎に閉じ籠っている方がずっと良い」


 俺は何も言い返せなかった。

 こいつの眼は、俺なんかよりもずっと重い現実を見てきている――そんな気がしてならなかった。

 何も知らないのは、相変わらず俺の方だった。


 すると、ずっと黙っていたでかい方の餓鬼が小さい方の餓鬼に近寄り、肩に手を添えて「もう行こう。時間が勿体ない」と言った。

 小さい餓鬼は「うん」とだけ答え、立ち上がる。


 そして、街の南側を目指して駆け出す。

 去り際に一言、餓鬼は皮肉めいたことを囁いた。


「蛮勇でも、無いよりはずっと良いだろ」


 しばらく動く気にもなれず、戦いに行く餓鬼二人の背中をずっと見ていた。

 死体だけが転がる道に、俺一人が取り残された。


 俺は逃げる。俺は生きる。俺は死にたくない。

 俺が生きる意味って、じゃあ何なんだ。

 あいつらが死ぬ意味って、じゃあ何なんだ。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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