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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――2
51/77

『責務』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 何かを失った感覚だけが残り、私はその場に立ち尽くしていた。


 私は今まで誰と何をしていたのか。

 思い出せず――何も分からず――ただただ漠然とした悲しみが心を満たして重くしていく。


 その時、魔人の男がキメラを引き連れて走り出す。


 私は男を逃がすまいと駆け出し、武器を構える。

 キメラ達は男を守るように私に襲いかかり、迫りくるキメラを一つ一つ斬り倒して、徐々に男へと近づいていった。

 私は大きく飛び上がり、壁のように立ち塞がるキメラ達の頭上を越え、一気に男へと距離を詰める。


 男目掛けて飛び降りながら、レイを勢いよく振り下ろす。

 途中で鳥型のキメラが割って入ってきたが、そいつ諸共斬り落とす。


 男は手に持った薙刀で私の渾身の一撃を受け止めた。


「くっ……!」


 男は私の剣を受け止めると、そのまま薙刀を振り払い弾き返した。

 弾かれた私は後ろに飛び退き、一旦距離を置く。


 すると、彼は何もなかったかのように再度走り出した。


「待て!」


 彼の背中を追いかけて叫ぶが、男が応えることはなくキメラの厚い壁の奥へ消えて行ってしまった。

 魔国の男がこのキメラ達に関わっているのはほとんど確実だが、だとしたら彼を逃がす訳にはいかない。

 もしかしたら、ニケのようにナキの奪還を目的としているかもしれない。

 少なくとも、彼から話を聞くくらいはしなければ。

 しかし、それを為すにはキメラが厄介過ぎる。


 やがて男の姿は見えなくなり、完全に見失ってしまった。

 私は焦りと怒りを感じ、襲いかかる大量のキメラに八つ当たるようにレイを一振りして一気に片づける。


 ふと、後ろを振り返ると、先程までいたはずの神の姿も無くなっていた。


 今この国を襲っている脅威がいくつもある。

 暴走する洛西獣、大量のキメラ、神、暗躍する魔国の軍人。


 一度に相手取るには多過ぎる。

 その上、洛西獣やキメラは市民にまで見境なく攻撃している。


 ひとまず私は皆と合流する必要がある。

 本当はこんなことはしたくないのだが、皆にもこの最悪の事態を鎮めてもらうように頼まなければならない。

 皆を危険に晒すようなことは絶対にしたくなかったが、やむを得ない。


 私は一旦皆の元へ戻る為、南正門を抜けて街の中を駆ける。

 飛行船から投下されたキメラは街にも大量に落とされており、街中に被害は及んでいた。

 しかし、会場内から皆を連れ出した後、私は会場に戻ってしまったので、その後の皆の動向は分からない。

 すぐに合流できれば良いのだけれど。

 最悪の場合、キメラや洛西獣に襲われているかもしれない。


 ――と、石畳の地面を駆けていると、私が考えた最善の状況と最悪の状況――その二つが両立して的中してしまっていた。


 探し出す間もなく、巨大な洛西獣が暴れているところへ駆け寄ると、洛西獣を必死に食い止めているアルステマが目に留まった。

 竜人の姿で空を飛びながら、洛西獣を誘くように牽制している。


 そして、洛西獣の足下には、市民の避難を呼びかけるスキロスとアルクダとアルアさんがいた。

 必死に人々を誘導して逃がしている。


 その少し離れた場所で魔法陣を顕現させて魔法を唱えるナキがいる。

 恐らく洛西獣の自我が失われていると判断したナキは、オールの時のように洛西獣の自我を構築し直しているのだろう。


 しかし、洛西獣は近づく者は誰彼構わず突進し、その大牙は空を飛ぶアルステマを――駆ける前足は地に立つ四人を――しっかりと捉えていた。


 私は竜に姿を変え、猛進する洛西獣に横からタックルする。

 突然横から衝撃を喰らった洛西獣は速度を落とし、バランスを崩して軌道を逸らす。


 その間に、私は竜人に変え、アルステマ目掛けて空を飛ぶ。

 腕は烏賊の足に変え、足の一本で彼女を捕まえて地上に降りる。

 続けてスキロスとアルクダを捕まえ、そして、ナキとアルアさんを拾い上げる。

 残りの足で逃げそびれている人々を捕まえ、再度飛び上がって洛西獣から距離を置く。

 気づいたが、蛸よりも烏賊の方が足の数が多いのだから、最初から烏賊になっていれば良かった。


 洛西獣は態勢を完全に崩し、道に横向きに倒れ込んだ。


 洛西獣から離れたところで地面に降り立ち、抱えている全員を下ろす。

 人々は戸惑いながら逃げ、皆は私に抱き着いてくる。


「フィンんんん、助かったよおおおお」

「ああ……怖かったあ……」

「すみません、ありがとうございますう」

「はあ、はあ……はあ…………はあ」

「ふう、ううう、ううううう、う、うう」


 皆一様に怯えているらしく、上手く言葉が出ないらしい。

 突然襲ってきた沢山の大きな脅威に、相当の恐怖を与えられてしまったようだ。

 そんな状態の皆に今から酷なことを伝えるのは心苦しいが、皆が生き抜く為にもどうしても伝えなければならない。

 私は烏賊の腕で皆の頭を撫で、要件を簡潔に伝える。


「皆、遅れてごめん。時間が無いから一度しか話せないのだけれど、落ち着いてよく聞いていて」


 皆は泣きそうになりながらも、大きく頷く。


「今この街は、四つの脅威に襲われている。一人一人にやってほしいことを今から伝える」


 私はまずスキロスとアルクダを見つめる。


「スキロス、アルクダ。君達にはこの街の人達の避難と、キメラ――得体の知れな化け物達の駆逐をお願いしたい。そして、まだこの街にはリシに出ていた戦士がいるはずだ。戦える人達に避難と駆逐の手助けを呼びかけて。けれど、キメラの駆逐はできる限りで良い。何よりも市民の避難を優先して」


 彼らは表情に未だ恐怖を抱えながらも、深く強く頷いてくれた。

 私はアルケミアで槍と斧を顕現させ、二人に渡す。


「そして、この騒動には恐らく魔国も関わっている。魔国の軍服を着た男やその類を見たら、近づかず静かにそこから離れて。良い? 無理はしないこと。どちらかが怪我をしたら、すぐに安全な所へ避難して。気をつけて――決して、死なないで」

「はい」「はい」


 私は彼らの肩に手を添え、精一杯力強く微笑んだ。

 彼らはすぐ様街の奥へと駆け出し、早速街の人々の避難を遂行に取り掛かった。


 そして、今度はアルステマの方へと向き直る。

 彼女もまた暴走した洛西獣の力を目の当たりに、恐怖を覚えてしまっている。

 そんな彼女に、恐らく一番危険な使命を託すことが何よりも辛かった。


 ――その時、後ろで洛西獣が起き上がり、こちらへまたも突進してきていた。


 私は振り返り、両腕をワイバーンの巨大な翼に変え、洛西獣のどでかい牙を翼の手で掴んで押さえ込む。

 洛西獣は助走が短かったこともあり、勢いはすぐに止まり、私の押さえ込みによって動けなくなった。


 私は洛西獣を押さえたまま話を続ける。


「アルステマ、君には洛西獣を食い止めておいてもらいたい」


 首を曲げ、横目でアルステマに目を遣ると、彼女は怯え震え出し、今にも泣きそうな表情になった。大きな瞳は既に潤んでいた。

 私はアルケミアでアルステマのランスを取り出した。

 そして、それを彼女に渡す。

 前に神と戦った時は宿に置きっ放しだったので、彼女のランスは私がアルケミアで預かることにしていた。


「それで戦ってほしい。けれど、決して殺さないでほしいんだ。今は自我を失くして暴れているけれど、洛西獣はまだ助けられるんだ。だから、命は奪わないでほしい。できることなら、気絶をさせて意識を失くして」


 しかし、彼女は固まったまま、ただ私のことを見ていた。

 そして、やがて顔を俯かせて、小さくこう言った。


「……怖いよお」


 アルステマは泣き出した。

 ナキが彼女の肩に腕を回し、優しく抱き寄せる。


「さっきだって、頑張って戦ったけど、全然敵わなくて……私じゃ敵わなくて」


 アルステマだって女の子だ。

 怖いものは怖くて当然だし、どうしても体が動かなくたって当然なのだ。

 いくら竜人で、力が持っているとはいえ、自分よりも大きく強い生き物を相手にし、死ぬかもしれない道を選ぶのは、どうしたって怖い。

 それは大人も子どもも、男も女も関係ない。


「怖いよお……嫌だよお」


 けれど――それでも、今この場所でそれを頼めるのが彼女しかいない。

 何故、スキロスとアルクダではなく、アルステマにこんなことを頼んだかと言えば、結局彼女が一番洛西獣に対抗する術を持っているからだ。

 空を飛び、火炎を操り、強大な膂力を兼ね備えた竜人であるからこそ、頼めることなのだ。


 けれど、心は必ずしもそうじゃない。

 かつての竜の長――アンドレイアがそうであったように――心が備わっていないこともある。


 生まれ持った力のせいで、彼女がこんな危険な役に選ばれて良いなんて思わない。


 それでも、私は彼女を選ぶしかないのだ。


 私は押さえた牙を思い切り押し出し、洛西獣は後ろに大きく仰け反った。

 その瞬間に、私はワイバーンの手を固く握り締め、がら空きの洛西獣の頬を殴りつける。


 洛西獣はその巨体を宙に浮かし、地面に強く叩きつけられるように倒れ込んだ。


 そして、私はアルステマの元へ駆け寄り、彼女の肩を強く掴む。

 絶え間なく涙を零し続ける眼を見つめ、強く言葉を放つ。


「必ず――戻って来るから」


 必ず――私のやるべきことを終え、君を助けに戻って来るから。


「僕は洛西獣を暴走させている元凶を討ちに行く。すぐに戻って来る。だから、お願いだ。それまで、ナキとアルアさんを守ってくれ」


 最後に、彼女を大きく引き込み、強く抱き締める。


「……ずるいよお」


 アルステマは涙混じりの声で、そう言った。

 本当に、その通りだと思う。


 彼女は顔を上げて、涙をごしごしと何度も拭った。

 私が彼女を解放すると、しっかりとした足で立ち上がり、地面に転がった自身のランスを拾い上げる。

 その足はまだ震えている。


 それでも、顔つきはとても勇ましく、もう既に闘志が燃え盛っていた。


「すぐに来てね。約束だよ」

「ああ、必ず」


 アルステマはランスに炎を纏わせ、翼を大きく広げる。

 力強く羽ばたき、倒れている洛西獣へと突き進んでいった。


 起き上がった洛西獣は飛んで来たアルステマが振り被ったランスを喰らい、先程よりもさらに大きく吹っ飛んだ。

 そこに追撃を仕掛け、アルステマは洛西獣へと立ち向かっていく。


 私はその様子を見て少し安堵をしつつ、真剣な表情でナキとアルアさんを見る。


「……最後は二人だ。まず、ナキ――君には洛西獣を止める最重要の仕事をしてほしい。……君はもう分かっているんだよな」

「……うん」


 そう――ナキだけはこの事態を経験するのは二度目である。

 北の山脈でオールを助ける為に、彼女は自身の魔力をほとんど費やして、破壊された自我を再構築した。


 それがあったからこそ、オールは助かり、そして私達も助かった。


 ナキは既に意を決しているようで、やるべきことを全て理解していた。

 場合によっては、一番消耗するのは彼女かもしれない。


「壊された洛西獣の自我をもう一度構築し直す――そうだよね」

「ああ、君しか頼めない」


 ナキの表情にもまた恐怖の色があった。

 けれど、それ以上の覚悟を決め、彼女は私を強く見てくれている。

 これ以上、語ることはない――全てナキが理解している。


 私はアルアさんの方を見て、最後の頼み事を告げる。


「アルアさん。ナキはこれから途轍もない量の魔力を消費する魔法を使います。それはとても時間がかかるし、体力だって大きく消耗するし、その上、少しのズレが生じることも許されないものです。だから、アルアさんにはナキとアルステマの補助をしてほしいんです。ナキの意識が途切れそうな時は魔法で回復させて、アルステマが傷ついた時には治癒してほしいんです。そして、本当に危険だと感じた時は、二人を連れて逃げて下さい。その判断はあなたに託します」


 彼女はナキと違って全てを理解できている訳ではない。

 それに、彼女だって恐怖を抱えている。


 けれど、アルアさんは私の言葉にただ黙って頷いてくれた。

 この旅で彼女からは沢山の信頼を失ってしまったけれど、今はただ私を信じてくれた。


 その事実を小さく喜びつつ、私は立ち上がって竜人に姿を変える。


「今から僕は神を探しに行きます。奴を倒したらすぐに戻って来ます。だから、どうか生き延びて」


 二人が頷くのを見て、私は空へと飛び上がる。


 ナキ――アルアさん――アルステマ――スキロス――アルクダ――そして――


「――私よ、どうか――武運を」



   〇   



 皆にそれぞれの使命を託し、私はその場を後にした。


 私は私の使命を遂行しなければならない――即ち、神を討たなければならない。


 街を上空から見下ろし、神を血眼になって探す。

 洛西獣は先程の場所で暴れていたが、だからと言って神がその近くにいるとは限らない。

 むしろ、洛西獣に好きに暴れさせておいて、後は放ったらかしということだってあり得る。


 そうなると、今神は一体何をしているのか。

 洛西獣やキメラが街の人を襲っている様を眺めているのか――自らの手で街の人を襲っているのか――どこかでひっそりと私が与えた傷に悶えているのか。


 分からない。

 けれど、この事態を終息させるには、何にしても神を倒す必要がある。

 一刻も早く見つけ出さないと、皆に降りかかる危険が大きくなっていくばかりだ。


 ――と、必死に翼をはためかせ、眼下を見下ろしていると、ふと小さな公園が目に入った。

 その公園は遊具も何も無い、ただの広場のようで、シンボルであろう噴水も破壊されて四方に水を噴き散らしている。

 誰も居ない公園のベンチには、たった一人――疲弊し切った男が気怠そうに腰かけていた。


 ――神だった。


 私はアルケミアによってレイを顕現させ、硬く握り直す。

 そのまま神目掛けて急降下し、苦し気に息を漏らす彼に思い切り剣を振り被った。


 寸前で気づいた神はぎりぎりでその場から飛び出し、私の剣を間一髪で躱す。


 空振った私は神へと追撃を放つ。

 突き出された剣の切っ先は神の胸に飛び込んだが、それも紙一重で躱された。


 神はそのまま空中へと逃げ、空高く上昇する。


 すかさず私も追いかけるが、既に神は弓矢を構えてこちらに狙いを澄ましていた。

 破壊したはずの弓だったが、その弓にはぐるぐると乱雑に紐が巻かれて応急処置が施されており、破壊した事実は消えていないようだった。

 放たれた矢は真っ直ぐにこちらを射てくるが、身一つで躱して神へと距離を詰める。


 追いついた私は剣を横薙ぎに振るうが、神は刃を片手で受け止めた。

 しかし、受け止めた手もかなり震えており、体力的に神は衰えているらしい。

 焦りの表情で私を睨み、震える声で怒りを漏らした。


「ああもう、くそっ! 何なんだよ、あんたは! 何度も何度も!」


 泣きそうな面でそう叫んだが、元はと言えば先に手を出してきたのは向こうである。

 今更ぎゃあぎゃあ言われる筋合いもない。


「くそ、くそ、こんなところじゃ終われないのに……! 迷惑だって危害だって、何もしてなかったのに!」


 何を言っているんだ、こいつは。

 迷惑も危害もただいま絶賛掛けまくりじゃないか。

 無意味にしらを切り出したのか、はたまた気が動転したのか――いずれにしても今更許されるなんてあり得ない。


 私は喚き続ける神の頬に蹴りを放つ。


「ぶっ!」


 神は私の剣も放し、そのまま吹き飛んでいった。

 剣を握り直し、神を追いかける。


 神は大分吹っ飛ばされたところで止まり、態勢を立て直した。

 弓を構え、今度は三本一気に撃ち放ってくる。

 追いかけつつ迫る飛矢に剣を構え、一太刀で三本の矢を纏めて斬り払った。


 しかし、神はその時には既に新たな矢を装填しており、間髪入れずに再び矢を放つ。

 このままではきりがないと感じ、私は腕から闇の霧を溢れさせ、矢ごと巻き込んで神へと伸ばした。


 すると、神は私から目線を外し、どこか遠くに目を遣る。

 そして、一言叫び声を上げた。


「洛西獣!」


 その時、真下の石畳の地面が溶けるように形を崩し、そこから大量の土砂が噴き出てきた。

 土砂は重力に抗ってぐんぐんと伸び続け、やがて神を守る盾のように、私と神の間に割って入った。

 土砂は闇の霧とぶつかり合い、相殺して霧散する。


 これは、竜の箱庭でエピシミアと戦った時、彼が闇の霧を対処した時と同じ方法。

 神にも、闇の霧の正体と対処法はバレているらしい。


 しかし、今の問題はそこではない。

 今の土砂は神によって現れたものではない――明らかに、洛西獣の自然を操る力によって現れたもの。


 そして、神の合図に合わせてそれが為されたとなると――


 ――洛西獣は自我を失っているのではなく、自我を神に奪われ操られているのでは――?


 すると、神は私の思考を読み取ったかのような笑みを浮かべた。


「ご名答――洛西獣の意思は、今自分の手の中にある」


 そうだ――思えば、最初に洛西獣が街へ突進をした時も、神の怒号に応えるように動き出していた。


 オールの時とは違う。

 自我を壊して放っておくのではなく、自我を奪い取って使役する。


 となると、洛西獣の自我は神を倒さない限り取り戻されないということなのか。

 であれば、今ナキが身を削ぎながらもしてくれている苦労は、徒労であるということなのか。


 全ては私が目の前の神を討たない限り――終わらない惨劇。


 私の手には焦りが滲み出し、剣の先はほんの少しカタカタと震え出した。

 私の無駄の許されない一挙手一投足が、この街に居る人々の命を運命づけている。

 その重圧が私の思考を揺るがせ、神に勝機を傾かせた。


 私の剣は段々と神に見切られ始め、神の動きは少しずつ鋭さを増していった。


 気味の悪い眼差しで私を見つめ、神は私の焦燥を煽るように言葉と放つ。


「ほら、あんたも段々と感じ始めたんだろう? 責任を背負わされることの重みが――巨大な使命を託されることの苦しみが――自分と同じだよ。自分もあんたのように背負わされた側の身だ。分かるよ。辛いんだろう? 痛いんだろう? 負いたくないよな、責任も、期待も。楽したいよな、できる限り、行けるところまで」


 口角を限界まで上げ、愉快そうに笑みを零す。


「永劫に、怠惰で居たいよな」


 耳障りだった。

 煩くて仕方なかった。

 吐き気さえ覚えてきた。


 彼の言葉も――言葉が真実である事実も――本心を言い当てられた私の心も――全部、気持ちが悪かった。


「ほら、どんどん震えが大きくなってるぞ? 動きも鈍って躱しやすい。闘志は揺らいで決意は柔く脆く崩れていってる。そういう奴は、もはや自分の敵じゃないぜ」


 鋭さもなく振るわれた私の剣は、手負いの神に簡単に躱され、できてしまった大きな隙を衝くように、神は私の胸に拳を放つ。

 寸でのところで避け、大きく後ろに退いて距離を置く。

 このままでは心が動揺を膨らますばかりで、一向に神を討つことなど不可能。


 何にしても、落ち着いて態勢を整えなければならない。

 視界を広げ、呼吸を深くするんだ。

 早く――早く――急がなければ、神に殺される。

 そうすれば、皆も死んでしまう。


 しかし、どうしても体の震えは止まらず、プレッシャーは変わらず私の背中を押し潰してきた。

 額を伝う一滴の汗が私の集中力を奪い、迫りくる追撃の対処を遅らせた。


 神は弓矢ではなく、敢えて格闘で攻撃を仕掛けてきた。

 それはまるで私への挑発のように思え、焦り苛立つ私の意識はさらに冷静さを欠いた。


 放たれる拳は常に弾丸のような速さと強さで、一つ一つの対処もぎりぎりとなってしまう。

 私も隙を見ては剣を振るうが当たる訳もなく、神は赤子の手を捻るような動きで軽々と私を圧倒し続けた。


「どうした? もう疲れたのか? 自分は別に近接戦闘は得意じゃないんだぜ。むしろ、あんたの十八番なんだろ?」


 戦いの最中、神は余裕そうに笑いを浮かべ、そう言った。

 ん、待て――何故、こいつが私の得意分野を知っているんだ。

 そんなこと、こいつに話した覚えはないし、話すはずもない。


 そう疑問を過ぎらせたが、神は続けてこう言った。


「ふふ。『何で』って顔してるな。あいつが教えてくれたんだよ。あんたも見ただろ? 大魔王国の軍人を。あの男が自分に教えてくれたのさ」


 魔国の男が――?

 となると、やはりあの男は私の情報をそれなりに持っているらしい。そうなれば、必然ナキの情報も持っていてもおかしくはない。


 いや、というか、情報提供されているということは、神はあの魔国の男と繋がっているのか?

 魔国と神は別々の脅威ではなく、一つの脅威だというのか?


 しかし、それに対して神は――


「そんな迷惑なことを考えてもらっちゃ困る。人と神を同一にするな。自分とあの男はたまたま利害が一致して情報交換したけど、目的は全く別だ。自分は自分の目的を――あいつはあいつの目的を果たしている」


 ――と、少し苛立つような表情で答えた。


 何が何だか分からないが、話を聞いてみたところで結局私がこの男を倒さなければならないこと――そして、魔国の男を捕らえなければならないことに、依然変わりはない。


 私はここで猛攻を仕掛けようと、敢えてレイをアルケミアで仕舞う。

 そして、神の言う通り、私の十八番の格闘で神を倒しにかかる。


 先日まで格闘のみでの実戦がほとんどであり、特訓も格闘をメインで行っていたので、先程よりも上手に動けているように思えた。

 神の力は依然強力なままだが、こちらも負けじと対抗する。


 と、神の拳が私の腹に決まり、そのまま地面に叩きつけられる。石畳の地面には大きな罅が入った。

 しかし、そんなことに感けている暇はなく、神はすぐ様急降下し、追撃を放ってきていた。


 彼は降下しながら拳を振り下ろしてきており、私はその場から大きく飛び退いて離れた。

 すると、神は私を追いかけるのではなく、再度弓矢を構えて三本一気に放つ。

 不意を衝かれた私は、危ういところで闇の霧で矢を消す。


 霧が晴れると、そこには既にパンチのモーションで迫ってきている神がいた。

 再び不意を衝かれ、慌てて霧を溢れさせるが、地面から突如溢れ出た土砂が私の両手を多い、霧を無効化した。

 またも洛西獣の力である。

 対処の対処を取られた私は、為す術なく神の拳を顔面で喰らうこととなる。


 勢いよく吹き飛んだ私は、半壊した建物へ壁を粉々に破りながら突っ込んだ。

 その建物は民家のようで、天井は飛んできた城の破片によって壊され、青空が見上げられる。

 そして、その破片は中にいたこの家の住民を圧殺していた。

 髪を結った女性と幼い子どもが、血溜まりの上に浮かんでいる。


 死臭に吐き気を覚えたが、起き上がって目の前を見ると、既に神が迫ってきている。

 私は急上昇し、抜けた天井から空へ飛び出た。


 助けられなかった命を目の当たりにし、今も助けられない命が増えているのだと思うと、憤怒と恐怖の震えが止まらなくなる。


 大分飛び上がったところで振り返ると、神はすぐそこまで追いかけてきている。

 神は迫りながら拳を引き込んで構えている。

 放たれた拳を落ち着いて躱し、私は反撃に出る。

 彼が奪った命を見て、今の私は力が抑えられそうにない。


 神のガードのない腹を思い切り蹴り込み、さっきのお返しと言わんばかりに神を吹き飛ばす。

 空中を飛ばされる神を追いかけ、そのまま追い越す。

 そして、彼が吹っ飛んでくる地点で待ち伏せ、神の背中に再び蹴りを入れる。


 勢いが止まり停止した神は、呻きながらもこちらに振り返りながら殴りかかってくる。

 翼をはためかせ、上に回転しながら避けた私は、神の脳天に回転の勢いそのまま踵落としを決める。


「がっ――」


 神はそのまま地面に叩きつけられ、先程できた罅よりもさらに大きな罅が刻まれた。

 落ちた神を追い、急速降下する私に対し、神は地面に伏した姿勢のまま弓矢を構え、これ以上ないくらい大きく引き込む。

 弓矢は限界ぐらいまで張り詰め、はち切れんばかりにめきめきと音を立てる。私が弓に与えたダメージは確からしく、限界が近づいているようだった。


 真上の私目掛けて放たれた一本の矢は、今までのそれとは比較にならない程の凄まじい速さで私に迫るが、私は降下しつつもその渾身の飛矢を身一つで躱す。

 獲物を逃した飛矢は止まることもできず、虚しく空へと打ち上げられた。


 神は矢が外れたのを見てすぐ様起き上がるが、構え直す時間はなく、重力の合わさった渾身の拳をその頬に諸に喰らう。

 再び地面に叩きつけられ、さらに大きく細かな罅を作ってしまった。


 私はアルケミアでレイを再び取り出し、切っ先を倒れる神の額に突き刺す。

 その瞬間、神は動くことなく一つ叫ぶ。


「洛西獣!」


 振り下ろした剣が神を貫く前に、突然左右から飛び出してきた剣のような二つの大岩が私の胴を貫こうと襲いかかり、私はやむなくその場から急いで離れた。

 左右の大岩はお互いにぶつかり、粉々に砕け散る。

 私が離れた隙に、神もその場から這うように飛び出し、私から距離を置いた。


 すぐ様それを追いかけるが、追いついた時には神も既に態勢を整えており、衝突の瞬間私に蹴りを放ってくる。

 私は片手でそれを捌き、右手で持ったレイを彼の胴に突き刺す。

 刃が彼の腹を貫く寸前で、彼は人差し指と中指で刃を挟み込み、剣を受け止めた。


 私はレイをアルケミアで即座に仕舞い、空いた右手を握り締めて神に放つ。

 神もまた、空いた右手で私の拳を受け止め、元々空いていた左手を拳にし、私の胸辺りに喰らわせた。

 大きく吹き飛ばされた私はごろごろと地面を転がり、とある窪みで止まる。


 そこは、先程神を追い詰めた、大きな罅のできた石畳の上だった。

 すぐに立ち上がり、再度神へ立ち向かおうとするが、先程の神の攻撃で肺ら辺に衝撃が走り、息が苦しくなった。

 呼吸はすぐに回復し、再度神へと駆け出そうとするが、彼がそうはさせなかった。


 神は再び「洛西獣!」と、叫び声を上げる。


 すると、先程大岩が飛び出した所から、今度は土砂が飛び出してきた。

 土砂は私の両腕を絡め取り、糊のように中々離れない。

 このままでは神に距離を詰められ、攻撃されてしまう。


 しかし、神は先程の所から悠然と闊歩している。時間的な猶予は十分だった。

 この大きな隙を神が活かさないというのなら、私は構わずこの隙を潰す。


 私は両腕から闇の霧を大量に溢れ出し、纏わりつく土砂を一気に消し去った。

 土砂が闇の霧を無効化できるのなら、闇の霧も土砂を無効化できる。


 鬱陶しい鎖は解かれ、私は再び神へと駆け出そうとする。


 その時――今正に神へと駆ける一歩目を踏み出そうとしたその時――私の右肩に、飛矢が落ちてきた。


 竜人の肩を覆う竜の鱗すらも砕き貫いて、矢は深々と私の中に突き刺さる。


 いつの間に、矢が放たれていたんだ――否。そうだ。この矢は今放たれたんじゃない。

 先程、神が急降下する私に向かって放った矢――私が身一つで躱した矢――その後、何にぶつかることもなく上空へと舞い上がり続けた矢。

 その矢はやがて失速し、重力に身を任せ、加速をして、今――落ちてきた。


 私はずっと神の掌の上で踊らされていたんだ。

 丁度矢が落ちてくる瞬間、神は私をこの場所にいるように調整していた。


 呼吸自体はすぐに回復した。

 息が苦しくなったのも、その時動きを封じられた程度で、それ以外何の影響も無かった。

 その後、洛西獣の力によって動きを止められたのも、大したことはなかった。


 しかし、神にとってはそれだけで良かった。

 私が一瞬の間、その場に踏み留まってくれていたら、それだけで良かった。


 神は大きな隙を生まれた私に、攻撃をしてこなかったのではない――攻撃をする必要すらなかっただけだったのだ。


 そのお陰で、こうして肩に矢を受ける羽目に――


 ――そして、私は即座に思い出す――この矢がどれだけ危険か。

 最初に神と出会った時、私を外した神の矢は石畳の一部であった石を完全に溶かして消した。


 この矢は触れたるもの全てを溶かす毒矢。


 私はすぐに肩に刺さった矢を抜き、地面に放り捨てる。

 矢尻には私の血がべっとりと付いていたが、その血すらも毒気を孕んだ紫煙を上げて蒸発している。


 はっとして、前方に目を遣ると、いつの間にか神が迫ってきており、彼の飛び蹴りを諸に頬で受け止めることになった。

 地面を転がり、やがて止まる。

 起き上がろうとするが、中々体に力が入らず、やっと立ち上がるが足が震えて今にも倒れそうになる。


 と、私は肩の傷口を見る。

 傷口の周りはどろどろと溶けており、矢に接した鱗は蒸発している。

 一瞬でも矢を引き抜くのが遅れていたら、傷はこれの何倍もの酷さだっただろう。


 体の中も焼けるように熱い。

 矢の毒は体の中も確実に溶かしている。


 と、その時急に視界が大きく揺れ出し、頭の内側から鎚で叩かれるような痛みが私を襲った。

 震えていた足は遂に膝を突き、腕で体を支えるだけでもぎりぎりだった。

 これは、一体――


「毒竜の毒のお味はどうだい?」


 倒れる私を見下ろし、顎をひけらかしながら神はそう言った。

 そうか――これは毒竜の毒。世界最強レベルの猛毒だ。


「毒竜の毒は、触れたものの血肉から骨髄までも溶かし、触れたものの血脈も神経も蝕む。毒の効力の強さも、毒の回る速さも、この下界ではトップクラスだ」


 つまり、たとえ毒矢を抜いて体の溶解を止めても、体に入り込んだ毒が体を苦しめることはもうできないということ。

 今私を襲っている焼けるような痛みや、鈍器で殴られるような頭痛、体に力が入らない症状も、全ては私の体を暴れ回る毒のせいなのだ。


「この毒を手に入れるのも、面倒だったな。竜一匹殺すのも苦労するんだもんな」


 その事実を聞いて、再び怒りが蘇ってくる。

 こんな毒矢を作る為だけに、命一つを奪ったのか。


「毒竜は……どこで……」


 痛みを耐えながら、掠れた声でそう訊ねる。

 すると、神はまるで何ともないような風に答えた。

 実際、何ともないのだろう。


「別に。空を飛んでたところを絞め殺しただけだ」


 空を飛んでいるところを――その毒竜は空を飛んでいただけだったんだ。

 それを、彼は殺した。

 そして、その毒を利用した。


「……怒り恨む眼だね。さしずめ、自分が何の罪もない毒竜を殺したことに怒っているんだろう? こんなことを言っても気休めにもならないだろうけど、まあ安心しな。できるだけ、楽に殺したから。向こうも、こっちも」


「多分ね」と、へらへらと悪びれた風もなくそう彼は言った。


「しかし、さすがはフィン・アーク・アイオーニオン。普通なら、毒を喰らった瞬間、全身力が入らず倒れ伏し、痛みに悶えるしかなくなるんだが。あいつらが危険視する――殺したがるだけのことはある」


 一歩一歩こちらへ近づきながら、そんな名誉でもないことを神は嫌味のように言う。

「それでも」と、私の目の前に来て、顔を思い切り近づけてくる。互いの鼻の先がぶつかりそうだ。


「あんたはいずれここで死ぬ」


 そう言って、彼は人差し指の先を私の額を小突いた。


 その瞬間、明らかに毒ではない力によって、私の体に一切力が入らなくなり、ぎりぎりで体を支えていた腕からも力が抜け、冷たい石畳の地面の上に倒れ伏した。

 これは、リシ決勝戦の前日に神と戦闘した時にも起こった現象。

 力を入れようとしても体は少しも奮い立たず、毒の痛みが意識を支配してしまう。


「これであんたは動けずお終いだ。じゃあな」


 これが、神の力――理に反する圧倒的な力。


「さて、あいつらの言う通り、フィン・アーク・アイオーニオンは殺したし、後は街の崩壊を待つだけか」


 自身の胴にできた傷を摩りながら、神はそう呟いた。

 と、そこで何かを感じ取ったように動きを止める。


「……にしても、洛西獣はさっきから何と戦っているんだ? 何をうだうだと……時間も有限なのに。仕方ない。面倒だけど、手伝いに行くか。小蝿が集っているんなら、駆除しなきゃ仕方ないし」


 私はそれを聞き、一瞬で巨大な焦燥と深い絶望を覚える。

 洛西獣は今アルステマが応戦し、ナキが自我を再構築し、アルアさんが二人を援助してくれている。

 文字通り、命を賭して。


「待て、くそ、待て、行くな――がはっ」


 力の入らない喉を無理矢理振り絞り、掠れた声を出すと、血反吐が口から吐き出された。

 すると、それに気づいた神は歩む足を止め、こちらへ振り返って見下ろした。


「止めときな。無理に声を出すと喉が潰れるぜ。それに、『待て』ったって待たないよ。時間が無いんだ」


 それでも、私は絶えず声を出し続け、その度に血が溢れた。


「何をそんなに……――あ。そうか。もしかして、今洛西獣と戦っているのって、あんたの仲間か」


 その言葉を聞き、私は思わず出し続けていた声を止めてしまった。

 その沈黙が、何よりも雄弁な肯定だった。


「そうか。あんたの仲間、ね。……ああ、てことは、『北の山脈』であんたと一緒に居たあの女もいるかもしれない、な」


 その言葉がさらに私の喉を委縮させ、死にかけの眼には動揺を浮かべさせた。


「あは、やっぱり図星だ。どうせここで逃がしても、きっとあいつらに怒られるだろうしな――ここで殺しておかないとな。あーあ、仕事はどんどん増えていく。早く楽したいなあ」


 ふざけるな。

 ナキに手をかけるなんて、絶対に――絶対に――


「じゃあな、フィン・アーク・アイオーニオン。すぐに仲間も送ってやるからな」


 ふざけるな。

 皆の命までも奪うなんて、絶対に――絶対に――


 どうにか体を動かそうと必死に抗うが、痛みと焦りと絶望が意識の中が膨張し、涙が押し出されてきた。

 今となっては、涙を堪える力も湧かない。


 それでも、私は負けたくなかった。


 神の背がどんどん小さくなっていく。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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