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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――1
50/77

『邂逅』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 フィンが勝った瞬間、押し堪えていた涙がぽろぽろと零れてきた。


 途轍もない力に彼が何度も何度も打ちつけられる度に手が震えて――手が震える度に震えを抑えようと固く握り締めて――固く握り締める度に喉が震えて嗚咽が漏れて――嗚咽が漏れる度に押し込める涙を堪えた。


 全部が終わって、やっと全身から力が抜けて、頭が重たくなった。


「ナキ。フィン、ちゃんと勝ったよ」


 その時、アルステマが私を抱き寄せ、同じように涙を流しながら言った。


「……うん、勝った。ちゃんと、勝った」


 終わりのゴングが鳴り響いた瞬間、フィンはその場に膝を突いた。

 表情は硬く苦しそう――というよりも、虚ろだった。


 その直後、デュオさんが飛ばされて破られた城壁の向こう――彼が飛んでいった方から、大きな音が鳴り響いた。

 何やら瓦礫が崩れる音のようだ。


 驚いてそちらを見ると、破られた城壁の穴からデュオさんが姿を現した。

 相変わらずの満面の笑みを浮かべ、悔しそうに――けれど、嬉しそうに頭を掻いている。


 会場内が再度二人の健闘を称える声で包まれ、人が倒れる音がする。


 音の方へ振り向くと、フィンが崩れ落ちていた。


「フィン!」


 皆が一斉に彼の名を叫ぶ。


 すると、彼の元には、大会の係員よりも早くデュオさんが辿り着いており、フィンの腕を持って負ぶった。

 いつの間に会場の端からリングの真ん中に辿り着いたのか。

 勝利はフィンが勝ち取ったものの、体力的にはデュオさんの方がまだまだ余裕があり、フィンはかなり崖っぷちだったのかもしれない。


 デュオさんはフィンを連れて何か言葉をかけながら、控室の方へ向かう。

 それを見て、私達も控室を目指して歩き出す。


 と、その時、アナウンスが会場で響き渡り、今後の目次を伝えた。


「えー、リシ武闘会にお越しの皆様にお伝えします。この後、優勝者、準優勝者、三位者の表彰式を行う予定となっておりましたが、表彰選手の負傷やその他の事情により、表彰式並びに閉会式は明日の朝、執り行わさせていただきます。ご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ありません。繰り返させていただきます。この後――」


 どうやら予定が変わったらしい。

 運営側からの配慮なのだろうか――フィンにとってもありがたいし、私達もその方が安心できる。


 本来の目的である洛西獣との対面は、明日になりそうだ。

 長かった道のりもやっと成され、フィンも一安心だろう。

 とはいえ、彼の野望はこれで終わりではないし、これでもまだ道の途中でもある。

 全部を成し遂げる為には、都の守護者をあと二つ――


「そういえば、洛西獣とコンタクトを謀るのって、表彰される時なんだよね」


 控室にフィンを迎えに行く道中、アルステマはそう言った。


「そうね。フィンさんはそう言っていたわね」

「それって、洛西獣から直接受賞されるからでしょう? でも、準優勝者も三位の人も一緒に表彰されるなら、別に優勝だけに拘らなくて良かったんじゃないの?」

「…………」


 皆、何となく気づいてはいたんだろう。

 ああ、言っちゃった――みたいな顔をしている。


「まあ、優勝すれば賞金も貰えるし、それに折角出るなら一番が良いじゃない?」


 それとなくフォローをしたアルアさんだが、そこで彼女はさらに何かに気づいたらしく、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「……というか、表彰の時って、そんな長々と話す時間ないんじゃないかしら。どうやって要件伝える気なのかしら」

「…………」


 確かに、何と伝える気なんだろう。

 助けて下さい――いや、唐突過ぎる。

 一緒に魔王を倒しませんか? ――いや、不審過ぎる。

 洛北竜の仲間です――いや、嘘感がすご過ぎる。

 魔王が今すごい暗躍していて、都の守護者に声かけているんですけど、良かったら力を貸してくれませんか? あ、詳細はまた後で伝えるんですけど、とりあえず洛西獣様には城の地盤を崩落してほしくて――いや、長過ぎる。


「……あんまりちゃんと考えていないんですかね?」


 スキロス君はそんな本音を漏らした。

 一概に否定できないところが怖い。

 フィンはたまに抜けているからあり得そう。


 そうは言っても、結局は本人に訊かなければ分からないので、何にしても彼を迎えに行くことが先決だ。


 人混みを掻き分け、控室に着くと、丁度ぼろぼろのフィンがぼろぼろの男の人に担がれて出てきた。

 この人は誰?


「ああ、お仲間さんね」

「あなたは?」


 アルアさんは若干訝しむように男の人に訊いた。

 しかし、彼は困ったような笑顔で優しくゆっくりと答えた。


「今、フィンと戦っていた、デュオだよ」

「え、あっ!」


 そう言われて、やっと思い出した。

 何で一瞬で忘れてしまえたのか――言われた瞬間、彼がデュオさんであると認識した。

 アルアさんは赤面しつつ、ものすごく頭を下げた。


「ごめんなさい! 何で分からなかったのかしら、今見てたのに」

「気にしないで。よくあることだから」


 そうだ。

 彼と会うと、名を聞けば思い出せるが、それまでは何故か思い出せない。別れたら、一瞬で忘れてしまうし、彼はそんなにも影が薄いのか。あんなにも溌剌としてるのに。


「はい、フィンを返すよ。俺もぼろぼろだし」


 そう言いながら、彼は背中に背負ったフィンをこちらへ差し出す。

 それをアルクダ君がお礼を言いながら受け取る。


「ふふ、どっちが勝ったのか分かんないな」


 子どものような無垢な笑顔でそう零した。


「じゃあ、また明日だな。俺はもう行くから」


 そう言って、デュオさんは私達の横を過ぎる。こちらも頭を下げる。


「あ、そうだ」と、こちらへ振り返り、フィンを指差して彼は言った。


「『ありがとう』って、フィンが起きたら言っておいて。『楽しかった』って」

「……はい」


 じゃあね――満足気な顔で再度歩き出す。

 私達はしばらく彼の背中を見送っていた。


 やがて、デュオさんが向かった先でがやがやと人々の声が重なり合った。

 きっと報道陣が集まってきたんだ。

 いずれこちらにもやって来るだろう。


「早く行きましょうか。囲まれる前に」


 アルアさんは皆にそう言い、会場の外を目指して歩き出した。

 バレないように宿まで駆けるのは、少々苦労した。


 そんな中でも、フィンが雄々しく猛り戦った姿が頭から離れず、思い出す度に胸が高鳴った。



   〇   



 朦朧とする景色の中で、思考はゆっくりと動き出していた。


 眩しい光が視界をぼやかし、瞼を重くしていく。

 抗いながら目を光に慣らすと、目の前に広がるのは私達が泊まっている宿屋の天井であった。


 未だに意識が判然とせず、何故宿屋の天井を眺めているのか意味不明だった。


 確か、私はリシ武闘会の決勝戦に出場して、何かすごいキツい戦いを繰り広げて、無我夢中で戦って――


「フィン?」


 と、まだ状況が理解できずに考え込んでいると、隣から澄んだ声が聞こえてきた。

 その声の主は、忘れるはずもない――ナキである。


「あ……おはよう」


 纏まり切らない頭でも現在が朝方であることは理解できたので、とりあえず何となくの挨拶をする。

 すると、彼女はとても安心した様子で緩く笑い、私の挨拶に応えた。


「うん、おはよう」


 その時、微笑む彼女が真横になっていることに気づき、世界が九十度歪んでしまったのかと心配になったが、私が寝そべっているだけなのだとすぐに気がついた。


 私は起き上がり、部屋全体を眺める。

 部屋には私とナキしかおらず、あとの皆はどこにいるのかは定かではなかった。


 すると、ナキが私の手を自身の両手で包み込み、優しく摩る。


「どうしたの? 手に何か付いてた?」

「ううん……」


 彼女はそれ以上、何も言わなかった。

 私も彼女を真意を何となく察し、そのまま摩られ続けた。

 また、えらく心配させてしまったらしい。


 しかし、どうにも記憶が判然とせず、眠りに就く前まで何をしていたのか思い出せない。

 ナキにそのことを訊くと、彼女はこういった。


「相当堪えたんだね。フィン、あれから三日間・・・眠り通しだったんだよ」


 ――三日間?

 三日間も眠り続けていたのか?


「うん。リシ武闘会の決勝戦で戦った後、あなたは勝利してすぐに倒れてしまって、それからずっと眠っていたの」


 あ――そうか。

 私はリシに出ていたんだ。

 そこで、熾烈な戦いを経て私は勝利して、それから記憶が完全に途絶えている。

 ああ、やっと思い出した。


 しかし、私が気を失ってから三日も経っていたとは、それ程までに消耗していたのか。

 私もまだまだ道の途中だな。

 せいぜい一日二日だと思っていたのだが。


 ん、待てよ。

 予定では、決勝戦の直後に表彰式があったはず。

 ということは、表彰式はもう終わってしまったのか?

 もし、そうだとしたら、洛西獣との接触の機会が既に過ぎ去ってしまっているんじゃないのか? ……私は何をしにここに来たのか。


 そんな心配を声に漏らすと、ナキは「ふふ」と、可愛らしく笑う。


「安心して。まだ表彰式は執り行われていないの。あなたが倒れて、選手の体が休まってからって運営の人達が表彰式の日程を遅らせてくれたから。だから、大丈夫」

「そうだったんだ。良かった。……けれど、じゃあ運営側は三日も待ってくれているってことだよな。さすがに申し訳ないな」


 しかし、私が目が覚めた以上、少なくとも明日くらいには執り行ってもらえるだろう。

 今から、運営の方へ訪れて、一応報告をしないと。


「そのことなのだけれど、運営の人が毎日ここに訪れてきて、あなたの状態を確認しに来ていたの。今日はまだ来ていないから、きっとこれから来ると思う。その時に言えば良いよ」


 すると、ナキは付け加えるように、不思議そうな顔で呟いた。


「でもね、一昨日も昨日も、運営の人にあなたがまだ起きていないことを伝えると、ほんの少し……ほっとしていたの」

「…………」


 勘違いかもしれないけれど――そう言って、再度微笑んで冗談めかす彼女だったが、私はそのことが引っかかった。

 ナキの勘というのは、結構当たる。


 と、その時、部屋の扉がコンコンと鳴り、「アイオーニオン様はいらっしゃいますでしょうか?」と、宿屋の主人の声が聞こえてきた。

 私はベッドから起き上がろうとするが、ナキが「私が行くよ」と、私を制して扉へと向かった。


 扉の外には、宿屋の主人と見知らぬ男性が佇んでいた。

 一体誰だと不審に思ったが、ナキはどうやら顔見知りらしく、慣れた感じで挨拶をした。


 すると、主人は「では」と、ナキに一礼すると立ち去っていった。

 ナキはその男性を部屋の中へ通し、私の前まで案内する。

 私は男性と目が合い、軽く会釈する。

 しかし、男性は一瞬硬直し、ぎこちない笑みと動きで会釈を返した。


「フィン、この人がさっきも話した運営の人。今日もあなたの状態を確認しに来てくれたみたい」


 ナキからの紹介を聞いて男性の正体を理解した。

 よく見ると、彼の右腕にはリシ武闘会運営の腕章が装着されていた。


「こんにちは。すみません、随分とご迷惑をお掛けしたみたいで」

「いえ。意識が無事戻られたようで安心しました。お体の様子はどうですか? まだ動くことは難しいですか?」


 と、訊かれたので、私は体を動かし調子を確かめる。

 どこもかしこも異常はなさそうである。


「問題なさそうです。表彰式ならいつでも出席できます」


 そう答えると、その男性は少し困った表情で額を掻いた。


「あの、大変申し訳ないのですが、表彰式及び閉会式は明日の朝に行われる見込みとなっております。お待たせしてしまい申し訳ないのですが、明日まで一日待っていただけないでしょうか?」


 申し訳なさそうに――というよりかは、何か焦り気味の様子で男性はそう言った。

 まあ、一日くらいならば全然待てる。


「はい、全然大丈夫ですよ。こちらも皆さんを待たせてしまったので、お気になさらないでください」

「ありがとうございます。それでは、明日またよろしくお願い致します」


 そう言って男性は何度も頭を下げて、部屋を出ていった。

 ああいう仕事も大変だな。


「ああいう仕事も大変だね」


 ナキはまるで私と以心伝心でもしているかのようなことを言った。どきっとした。


 と、その時、部屋の外から賑やかな声が近づいてきた。

 そして、声は部屋の前で止まり、やがて扉が開いた。


 扉が開くと、アルステマが姿を現し、こちらに気がついて声を上げた。


「フィン!」


 私目掛けて駆け寄ってきた彼女は、そのまま飛び込んで私の首に腕を回してきた。

 温かくて心地良いが、首に回した腕の絞めつけがキツくて苦しい。首を境に天国と地獄が完成している。地獄が上なのが奇怪だが。


「良かった、フィンさん。目が覚めたのね」


 アルステマに続いて部屋に入ってきたアルアさんは言った。その表情からは安堵が溢れている。

 私は苦しみつつ、笑って応える。


「はい、心配かけてすみませんでした。もう大丈夫です」


「そう」と、安心したアルアさんは頬を緩めた。


 スキロスとアルクダも私の前へと歩み出て、泣きそうな笑顔を向ける。


「良かったです、本当に。もう起きないかと思いました」

「おはようございます、フィンさん」

「おはよう。ごめんな、心配かけて」


 二人の頭を軽く撫でて、未だに離れようとしないアルステマに「そろそろ死んじゃう」と、伝える。


 解放された私は改めて皆を見つめる。

 と、よく見ると、何やら皆それぞれ荷物を提げていた。

 ナキ以外の皆は外に出かけていたので、その時何か購入したのかもしれない。


 それらについて私が訊ねると――


「今、皆でフィンさんにプレゼントを買いに行っていたんです。リシに優勝したので、そのお祝いで」


 ――と、答えた。


 それを聞き、私は目頭が熱くなった。随分と涙脆くなってしまったものだ。


 そうして、皆からプレゼントを受け取る。

 どうやら一人一人自分でプレゼントを選んでくれたらしく、私は計四つのプレゼントを腕いっぱいに大切に抱えた。


 ナキは私の看病を務めてくれていたので、彼女以外の皆からである。


「ごめんね。また今度私も買ってくるから」


 ナキは申し訳なさそうに頭を下げてそう言った。気にしなくても良いのだが、ナキから貰えるというのであれば、楽しみにするほかない。


 喜びに胸を膨らませ、一つ一つ包装紙を解いていく。

 すると、現れ出たのは、沢山の奇々怪々達であった。


 アルアさんからは、不思議な形状のワイングラス。私はまだお酒が飲めないのだが。気持ちは受け取っておこう。


 アルステマからは、獣人が獣人を剣で串刺しにして掲げている場面の置物。作者が何故このシーンをチョイスしたのかは分からない。そして、彼女が何故これをチョイスしたのかも分からない。気持ちは受け取っておこう。


 スキロスからは、素敵な刺繍が施された葉書き。葉書きの中央にはでかでかと「ハッピーバースデー」と書かれている。私の誕生日はとっくに過ぎている。気持ちは受け取っておこう。


 アルクダからは、ネオン産の彩り豊かな野菜達。とても瑞々しくて美味しそう。調理する場があればとても美味しいサラダが作れそうだ。調理する場がないので作れないのが、唯一であり最大の問題である。とにかく、気持ちは受け取っておこう。


 はっきり言うと、「何故?」という気持ちが強かった。強過ぎた。

 それぞれの品自体の個性がものすごく尖っているし、それを選んできた本人達の個性もものすごく尖っている。

 故に、私は気持ちしか受け取れなかった。

 このプレゼント達、どう扱ったものか。この野菜達、帰るまで保つだろうか。


 一通りプレゼントを拝見した私は、全力の笑みとお礼を皆に送った。

「どういたしまして」と、嬉々とした皆の笑顔には、たっぷりの自信が満ち満ちていた。



   〇   



 私が目を覚まして翌日のことである。

 つまりは、リシ武闘会表彰式が予定されている当日である。


 大会自体よりもこちらの方が私にとってはメインイベントであり、その瞬間こそが私達がこの国に来た目的である。


 こんなことを言うのは申し訳ないが、この国は早めに発ちたい。

 街の雰囲気も秀でて心地良いものでもなく、どちらかと言えば渇いていて気持ち良くない。


 そして、何よりも危険な匂いが多い。

 度重なる『神』からの襲撃――得体の知れない生物との遭遇。

 皆に危害が及ばぬ内に、早くネフリへと帰りたいのだ。

 因みに、勿論のことだが、皆には既にあの得体の知れない生物のことを報告済みである。キメラである可能性があることも。

 実際に皆が目にした訳ではないので、口頭では伝えるのが難しかったが。


 とにかく、今日行われる表彰式で洛西獣とコンタクトを謀り、こちら側に引き込まなければならない。

 本当の仕事はこれからである。


 という訳で、我々は会場へとやって来た。


 以前までは賑わっていた会場内の露店の数々も、今は綺麗に退去されており、広々としたマテオス城の城前広場に戻っていた。

 そして、その中央には例の巨大切り株のリングがあり、その周りでは大会運営の人達が走り回っている――仕事中らしい。


 私は事務局の方へ行き、受付の獣人の女性に話しかけた。


「すみません。表彰式は何時頃から行われますか?」


 すると、その女性は私の声に驚いてご自慢の耳をピンと立てた。

 そんなに急に声を掛けたつもりはなかったのだが。

 しかし、女性は依然慌てた様子で答える。


「あ、アイオーニオン選手! あ、あの、えと、今、準備に時間がかかっておりまして、もう少々かかるかと……」

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」


 私は頭を下げてその場を離れた。

 始まる頃になったらきっとアナウンスとかが入るだろう。

 それまで、会場の隅っこで待っていよう。


 皆にもう少し時間がかかることを伝えて、私達は再度歩き出した。


 ――と、その途中で会場に表彰式を見に来ているであろう人の話声が聞こえた。


「今日も表彰式ないのかね」

「いや、今日はさすがにやるんじゃない? 選手もそろそろ回復しているだろう」

「でも、大会側の連中はまたどたばたしているぞ。何か城の兵士も駆け回っているみたいだし」

「選手側じゃなくて、大会側に何か問題が発生したってことか?」

「分かんないけど、それもあり得るよな」


 大会側に問題が?

 城の兵士も関わっているのか?


 そうなると、少し怪しくなってくるぞ。

 そういえば、大会時に一度も洛西獣の姿を見ていない。

 自国の一大祭典だ。少しも顔を出さないなんてことがあるのか?


 もしも、洛西獣自身に何かあったのだとすれば――


「おうい、フィン!」


 ――と、そこで、私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 表彰式の準備が整ったのだろうか? それで私を呼びに来たのか。だとしたら、何故呼び捨てなんだ? 『選手』くらい付けてくれても――


 しかし、振り返った先にいたのは大会関係者ではなかった。

 まして、表彰式の準備など終わってもいなかった。


 振り返ると、見覚えがありそうでない男性が駆け寄ってき――


「デュオだよ」


 ――ああ、デュオか。

 私がいつも思い出せないから、遂に最初から名乗っていくスタンスになってしまった。


「おはよう。何か久し振り」

「おう、おはよう。試合の後からずっと会ってなかったもんな」


 その後、試合の時の話に花を咲かせ、お互いの健闘を称え合った。

 デュオはあの試合が本当に楽しかったらしく、相変わらずの満面の笑みで楽しそうに語った。


「準優勝は悔しいけど、フィンが勝ったんならそれもありかなあって思えてきてさ」

「ふふ、嬉しいな。そんなことを言ってもらえるなんて」

「本当だって。――あ、そうだった。フィンはいつ目が覚めたの?」

「昨日。朝方にね」

「ふうん……昨日か」


 そこで、デュオはそれまで保っていた笑顔を崩し、深く考え込むような表情になった。

 そして、しばらく考えた後、顔を上げて顔を私のすぐ近くにまで寄せてきた。

 キスされるのかと身構えたがそんなことは一切なく、彼は私の耳元で小さく囁き始めた。


「あのな、大きな声じゃ言えないんだけど、俺さ、昨日辺りから何か怪しくてさ」

「……大会のこと?」

「そうそう。表彰式の延期とか。大会側は選手の回復を待つって言っているけど、本当は違うんじゃないかって」


 ……それは、丁度私も思い始めていたことである。

 小声で話し始めたのは、それのことか。デュオも何か察し始めたらしい。


「それでさ、本当のことを知る為に、俺なりに調べてさ」

「うん」

「昨日、城の中に入ってきたんだよね」

「は――」


 と、声を出しそうになったが、寸でのところで両手で口を塞いだ。

 こんなことが周りに知れたら、デュオはただじゃおかなくなる。

 同じようにデュオの話を聞いていた皆も、私と同じように両手で口を押さえていた。


「おお、皆同時に口押さえた。すごいシンクロだな」

「い、いや、じゃなくて。な、何て? 城の中に入った? 何してんの?」

「いや、王国の人達もあたふたしてたから、城の中なら本当の話が聞けるかもって思って」

「え、それって、城の人に取り合って、正式に入れてもらって話を聞いたってこと?」

「いいや、不当に侵入して盗み聞きしたってこと」

「…………」


 呆れてものも言えない。

 まさかそんなことをしていたとは。

 というか、そんなグレーゾーンを軽々と超えている話を私達にしてこないでほしいんだが。


「大丈夫。バレてないから」

「そこじゃねえよ」


 バレてないならまだグレー。安心しな――とかじゃないんだよ。


「……というか、よく侵入できたな。警備だって薄くはないだろ」

「ま、そこら辺はセンスで乗り切ったよ」


 くそう、天才め。


 すると、デュオは口元に手を当てて、さらに小さな声で話を続けた。

 この先の話は本当に聞かれたらまずいらしい。だったら、尚更そんな話を私達にしないでほしい。共犯みたいにされたらどうするんだ。


「で、問題がこっからなんだけど。中で大臣みたいな人と兵士の話を聞いたんだけど――」


 その後の彼の言葉を聞いて、私は驚愕する。

 一応聞いておいて良かったのかもしれない。

 しかし、聞いていたところで、既に手遅れだった訳だが。




「――ネオン国王が姿を消しちゃったらしい」




 ネオン王国国王――洛西獣アラフ・ド・ドルイドが――消えた。


 ――その時、耳を割るような轟音が王都中に響き渡った。

 その音はまるで虚空を切りつけるような、低く重たい回転音だった。

 轟音の正体は空から叫んでおり、そこに目を遣ると驚くべき光景が広がっていた。


 轟音の発信源――空には巨大な飛行船が何隻も駆けており、高層建築物に囲われた王都の狭い空を覆い尽くしていた。

 その飛行船には何の紋章も国章も描かれておらず、一見どこの国のものなのか見当がつかなかった。

 民間であんな大量の船を飛ばせるはずもないし、どこかの国のものなのだろうが――


 ――と、そうして上をずっと眺めていると、その飛行船から何かが落下してきていることに気がついた。

 それも一つではない――大小様々ないくつもの影。


「…………何……あれ……」


 誰かがそう呟いたが、それに答える者はいない――答えられる者はいない――私を除いて。


 気づいた時には、事態は既に進行しているらしかった。


「……キメラ……」


 それらは大量の数の不気味な生物達だった。

 首には見覚えのあるネームプレート。

 そこにはきっとこう刻まれているだろう。


 ――PROTOTYPE・No. ――


 私は落下してくるそれらが敵意を持っていることに気づき、皆を担ぎ上げて周りへ叫んだ。


「皆、避けろ!」


 両腕を蛸にさせた私は、皆やデュオ、目に付いた周りの人をとりあえず担ぎ上げ、急いでその場から離れる。

 私の正体を知っている皆は、上から降って来る謎の生き物に未だ唖然として――私の正体を知らなかったデュオやその他の人々は、上から降って来る謎の生き物に唖然としつつ、私の腕が蛸であることに驚愕しているらしかった。

 できれば私の正体は隠し続けたかったが、今はそんなことを言ってもいられない。


 腕一本につき八本の蛸の足が生えており、両腕なので計十六本。

 それでも、確実に連れ出せた人は十六人まで。


 会場内には勿論それ以上の人々が表彰式を見る為に集まっていた。

 それらの人を見捨てることもできない。

 会場からひとまず出て、担いだ皆を一旦下ろした私は、会場内の人々を助けるべく再度マテオス城へと駆け出す。


 その瞬間、マテオス城が何らかの衝撃を喰らって粉砕した。

 城は胴を貫かれたように崩れ落ち、飛び散った城の破片が辺りに降り注いだ。

 衝撃は突風を巻き起こし、会場内にいた人々を軽々と吹き飛ばした。

 私は突風に抗いながら、吹き飛ぶ人を何とか捕まえる。


 が、飛んできた城の破片がすぐそこまで迫ってきており、腕いっぱいに人を抱えた状態で動けずにいた。

 何とかして迫る破片を破壊しなければ、私は疎か担いでいる人達の命も失われてしまう。


 咄嗟に足を出したが、中途半端に出した蹴りである――このままでは、私の足が圧し折れるかもしれない。

 まあ、私の足一本で抱えた命が守られるのなら、安いものか。


 と、半ば諦めかけた瞬間、私の後ろから飛び出してきた影が破片を一撃で粉々に砕いた。


「フィン、大丈夫か?」


 デュオであった。

 彼が破片を破壊して助けてくれたのだ。


「ああ、ありがとう。助かった」

「礼は後。それより、来るぞ」


 彼はそう言って上を見上げた。

 真上を見上げると、すぐそこにキメラの大群が地上に降り立とうとしている。


「ああ、ひとまずここから離れよう」


 私は逃げそびれてしまった会場内の人々へと腕を伸ばし、会場から走り去る。

 デュオも何人か担ぎ上げて城の外を目指す。


 辺りを見回すと、城の破片の下敷きになり、既に息を引き取っている人が目に付いた。

 私はそれから目を逸らし、今はただ会場の外を目指す。

 外へ出ると、城の破片は街にも被害を及ぼしており、高層の建物群は穴だらけになり、城の周りの建物はほとんど倒壊していた。


 惨状は極まりつつある。

 そして、その勢いは今も止まらない。


 建物の中にいた人々の命はきっと無いだろう。

 外にいた人でも、大勢が破片の餌食になってしまっている。


「一体、何故……」


 マテオス城は一体誰によって破壊されたのか。

 マテオス城も一国の王が住まう城である。脆い造りはしていないだろうし、まして掘っ立て小屋ではない。

 ただの爆発くらいで崩れる程の柔さではないだろう。

 となれば、城を破壊した何かは相当の力を持っている。


 私は担いでいた人を全員下ろし、すぐ様逃がす。

 会場の中へ再び戻ると、中には大量のキメラで溢れ返っていた。

 私はアルケミアでレイとダガーを顕現させ、夥しい数のキメラに対して身構える。

 キメラの中には着地に失敗し、怪我をして動けないものや死んでいるものがいたが、大半はぴんぴんしていて、そのままこちらに襲いかかろうとしている。


 できればすぐにでも城の中を調べて、何が原因でこんな事態になったのかを調べたいのだが。


 私は襲いかかってくるキメラ達の攻撃を躱しながら、着実にキメラ達の急所を突いていく。

 キメラを殺すと、血を出して息絶えるのではなく、砂のように形を崩す。やがてその砂は燃えて黒ずんでいき、空気に溶けて消えていった。

 その様子を見るに、やはり以前出遭ったキメラと同じ死に方である。死んでいるのかも分からないが。

 落下で死んだキメラ達も同じように消滅しているし、やはり同じ生物であると考えて良いだろう。


 すると、後ろから鳥のような形をしたキメラが襲いかかってきていた。

 私は振り返ってそのキメラに対して構えるが、その瞬間真横からももう一体のキメラが襲いかかってきていた。


「くっ……!」


 キメラの爪が私の頬を掠めて切り傷をつけるが、攻撃自体は躱すことに成功した。

 攻撃を躱すとキメラの懐に入り込み、腹にレイとダガーを突き刺す。

 それと同時に、背中から竜の手の付いた翼を生やし、真横から来るキメラの頭を鷲掴む。

 そのまま地面にキメラを叩きつけ、頭を握り潰す。


 キメラ達は瞬く間に砂へと変貌する。

 私はその砂を被らないようにその場から離れる。砂はすぐに燃え出すので、付着するのも危険だ。


 すると、後ろからデュオが私の元へ駆け寄ってきていた。


「デュオ、無事か?」

「……ああ」


 いつものような溌剌とした声ではなく、低く沈んだトーンで彼はそう答えた。

 そして、私の背中を指差し、怪訝な視線で訊ねる。


「それは……竜の翼か?」


 私の背中には先程から竜の大きな翼が生えている。


 そうだ――彼から見たら、今の私は異形の者でしかないのだ。

 人ならざる――正体不明の生物。


「ああ……今まで隠していてすまない。後でちゃんと説明するから、今はデュオは逃げて」

「さっきも、腕が蛸みたいになっていたよな?」

「……ああ、それも全部、後で話すから、だから――」

「フィンは、フィン・アーク・アイオーニオンなのか?」

「…………?」


 何を言っているんだ? この事態で気が動転してしまったのだろうか。

 彼には、フルネームで名乗ったはずだが、忘れてしまったのか?

 しかし、何故このタイミングで訊き直すんだ? それこそ後で良いだろう。


「どうしたんだ、デュオ。それは間違いないけれど、今はとにかく逃げて。君は安全な所へ行って――」

「フィンは! 本当に、フィン・アーク・アイオーニオンなんだな!?」

「だから、そうだけれど――」

「魔国から命を狙われている――フィン・アーク・アイオーニオンなんだな!?」


 え――

 何故――それを――


「――知っているんだ……?」


 何故、デュオがそれを知っているんだ?

 彼は何者なんだ?

 そんなこと、魔国の者でもない限り――知っているはずがない。


「フィン、あんたは――」

「デュオ、君は――」


 君は――魔国の人間なのか?


「君は――敵なのか?」


 私達の――ナキの――敵なのか?


 その時、会場に一際大きな爆音が鳴り響いた。

 切り株のリングの上に落下してきたそれは、辺りに砂埃を巻き散らしながら正体を現す。


 砂埃が晴れて現れたのは、一人の男だった。

 魔人の――魔国の軍服を着た――男だった。


「あ、いた。やっと見つけた」


 男はこちらに気づくと、そう言った。


 私に――ではなく、デュオに向けて。


 しかし、実際のところ、その男がデュオに向けて言ったかは定かではない。

 その男には目元を覆う黒い布が巻かれており、視線の方向がどちらへ向いているのかも分からなければ、彼自身の目が見えているのかすらも怪しい。


 その上、彼は続けてこう言ったのだ。


「さあ――アビス。No.アビス。帰ろう――僕らと一緒に」


 アビス――その名がデュオのことを示しているのなら――男の言葉が真実であるなら、デュオはやはり――魔国側の者なのだろう。

 私達の――敵なのだろう。


「デュオ。やっぱり君は――」

「……違う」

「デュオ?」

「違う。俺は帰らない」


 彼はそう言った。そう応えた。


 何がどうあれ――デュオは、あの魔人の男の言葉に――応えた。


 その返答に男は間を開けて、やがて言葉を漏らした。


「アビス。君、『デュオ』なんて偽名を名乗っているのか?」


 そうして、男は手を口元に当て、くすりと小さく笑う。


「『デュオ』――ね。ふうん、皮肉のつもりか、はたまた無いもの強請りか……何にしても可愛いものだな。まるで昔の自分を見ているようだ」


 しかし、デュオは強めの口調で――怒りさえ孕んだ声で男に言った。


「関係ないだろ! もう放っておいてくれ! 俺の帰る場所はお前らの所じゃない!」


 すると、男はその言葉に溜息を吐き、右手を自分の頭辺りの高さまで挙げ、キメラ達・・・・にこう言った。


「仕方ない。帰らないなら、帰らせないと。全員、アビスを捕らえろ。無いとは思うが、殺しはするな」


 その言葉と同時に、男が右手を振り下ろしたのを機に、キメラ達は張り詰めた弓が放たれるように、こちら目掛けて――正確に言うのであれば、デュオ目掛けて一気に襲いかかってきた。

 私は不意を衝かれて急いで構え直したが、私が手を出すまでもなくキメラ達は消えた。


 私の視界を突如として黒いものが覆った。

 何事かと思ったが、その黒いものは私を避けて、襲いかかるキメラ達をことごとく絡め取っていく。

 ――否。絡め取るどころか、その黒いものがキメラの体に触れた瞬間、触れた部分は即座に消滅した。

 砂塵と化して黒く燃える訳でもなく。

 跡形もなく――消滅した。


 その黒いものを私は知っているし、扱ったことさえある。

 けれど、目の前のそれは、私のものよりもさらに強力なもので――もっと言えば、本物なのだろう。


 私が竜人になった際に扱う『闇の霧』などではなく――それは『闇』そのものだった。


 そして、その闇を操っている者こそ、私の隣にいる――デュオであった。


「あ、え……デュオ?」


 彼の方を見遣ると、両手は既に原型がなく、手首より先は大量の闇が溢れている。

 頭も目元より上は真っ黒な闇で、元の顔は全く思い出せない。


 辺りのキメラを消し切ったデュオはやがて闇を仕舞い、元の姿に戻った――否。どの姿が元の姿かなんて、分かりはしない。その点では、私と同じである。


 すると、魔人の男はまた一つ溜息を吐き、口を開いた。


「さすがに、こいつらではアビスは捕まえられないか。やはり僕が手を出すしかないのか」


 そう言うと、男は右手を真横に翳した。

 すると、何も無かったはずの右手は、突然現れた美しい薙刀を持っていた。恐らく彼もアルケミアの使い手なのだろう。


 と、デュオは私の両腕を強く掴み、慌てた様子で叫んだ。


「フィン、あんたがフィン・アーク・アイオーニオンなら、ここに居ちゃ駄目だ! 早くここから逃げよう! あいつらから、逃げよう!」


 そう言ったデュオの眼は出会った時から変わらない、嘘なんて欠片もない瞳で――だからこそ、私は分からなくなった。


「デュオ……僕は――」


 ――その時、崩れた城にまたも巨大な衝撃が走り、城の破片が爆散して辺りに飛び散る。

 すると、城を破壊した正体が遂に姿を現れた。


 崩れた城の瓦礫の山がさらに砕け散り、破片は何度も王都に降り注ぐ。

 そして、塵埃が高く舞い上がったその先に、巨大な影が現れた。

 瓦礫の山の上に悠然と立つのは、私が求めた者である。

 しかし、こんな出会い方は一切望んでいない。

 よもや、相手が自我を失っているなど――


「…………洛西獣……なのか……?」


 そこには、自身の城を踏みつけて立つ――洛西獣の姿があった。 


「……何で――」

「ああ、もう来たのか」


 理解が追いつかない私とは裏腹に、魔国の男は全てを知っているような口振りでそう呟いた。


 ――と、猛り息を荒立てる洛西獣のすぐ側の空中に、見覚えのある者が浮かんでいた。

 その者は洛西獣のように激しく呼吸している。

 しかし、その者が洛西獣と違うのは、猛っているのではなく、苦しそうにしていることである。

 また、その者の胴には貫かれたような傷がある――その傷を私は知っている。


「やはり生きていたのか――『神』」


 死んだと願っていたのだが、その傷では死なないのか。

 あの光の粒になったのも、フェイントだったのだろうか。


 すると、あの気怠そうにしていた神は、まるで別人にでもなってしまったかのような厳しい口振りと剣幕で、激しく叫んだ。


「洛西獣! もう、全部、殺せ!」


 雑さ加減は変わっていないらしい。

 しかし、神のその命令に洛西獣は従順に従う。

 雄叫びを上げて、街へと駆け出した。


 まずい、街には皆や沢山の人がいる。

 早く洛西獣を止め、皆を守らないと――


「待って、フィン!」


 しかし、デュオは私の腕を離さず、洛西獣の街への突進を許してしまった。


「何で! 離してくれよ、デュオ! 皆が居るんだ!」

「駄目だ! フィンは逃げないと――死んじゃうだろ! 殺されちゃうだろ!」


 何なんだ。

 君は何なんだ。

 私の勝手だろう。

 何故君が止めるんだ。


 と、そのやり取りを聞いた神がこちらに気づき、一際鋭い睨みを私へ向けた。


 しかし、その隣にいるデュオへと視線をずらすと、睨みを利かせていた眼差しは緩み、驚きと少しの希望のようなものを孕ませた。


「……はは……見つけた……やっと、見つけたぞ」


 見つけた――神がデュオを見てそう言った。

 デュオを見つけた――デュオを探していた。


「おい、あんたを連れ戻しに来たんだよ! あいつらに頼まれて、あいつらの所に連れ戻しに! あんただよ、モノ! 聞こえてんだろ! モノ!」


 モノ――デュオは神にそう呼ばれた。

 一体君にはいくつの名があるんだ。

 どの名が――本当の君の名なんだ。


 私は再度デュオの方を見る。

 彼もまた私の方を見ていた。


 そして、震える口元で私に訴え続ける。


「逃げよう……フィン……あんたは、生きて」


 逃げる――逃げる、か。


 デュオは、本当に何者なんだ?

 今私の腕を掴むその両手から、先程まで闇が出てキメラ達を一瞬で無に帰してしまった。

 君は一体――


 私は――彼の手を振り払った。


「…………え……フィン?」


 デュオの顔は忽ち悲しみに歪んでいく。

 彼は私に裏切られた。

 けれど、私は彼を信じ切れなかった。

 彼を信じるには――私は彼を知らな過ぎる。


「……悪い、デュオ。君のことが、分からないんだ」


 デュオは泣き出しそうな顔を俯かせて、そのままどこかへ走り出した。

 その速度も、人間離れした超人的な速力で、彼が人ではないことを如実に表していた。


 デュオ――君は、人なのか? それとも、人ならざる何かなのか?

 君は、私達の敵なのか? それとも――


 考える度に分からなくなっていく。


 もう君の名も顔も――思い出せなくなってしまった。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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