『翡翠』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
洛北竜は四方の守護者の内の一人。
オール・ド・フレムは火を操り、魔法を扱う竜である。彼女の他にも三つ守護者がいる。
「正確には四つだ」
オールは私達を背に乗せて空を飛びながら、そう言った。
「……四つ?」
「ああ。四方の守護者を全て言えるか?」
まあ、それくらいは常識だし。
一つは竜。洛北の守護者、オール・ド・フレム。千年以上の時を生き、炎と魔法に長けた幼き竜。守護者としての経験は他の守護者よりも浅いが、他の生き物に比べれば老獪過ぎる程。
一つは獣。洛西の守護者、アラフ・ド・ドルイド。五千年の時を重ねた巨大な猪。その巨体に見合った、巨大樹の森が広がる『西の森林』にて都を守ってきた。大地の力を操り、土と共に生きる獣。性格は穏やかで義理堅いらしい。
一つは魚。洛東の守護者、フェル・ド・ルティーヤ。こちらは更に一万年の過去より世界一の大洋『東の海洋』で生きてきた。魚とは言っても見た目はほとんど竜のようで、その正体はバハムートの末裔だと言う。高貴で誇り高いらしく、無礼を働けば食って償わせるという噂もある。オールは「高貴ではなく高飛車なだけ、誇り高いのではなく傲り高いだけだ」と洒落た皮肉を言った。ただ、その見た目はとても美しく見た者は皆血の涙を流すと言う。色々と曰くつきの守護者である。
一つは虫。洛南の守護者、ウィング・ド・ウィンド。洛南虫は世界の始まりと同時に生まれ、それ以来枯れることのない花畑が広がる『南の平原』にて古来よりずっと都を守っている巨大な蝶。守護者は皆巨大なのだ。寡黙で、性格は洛西獣よりも穏やか、と言うより浮き沈みがない。ほぼ悟りの境地に達した者である。
「こんな所か。如何かな」
「ふむ、よろしい。何なら私の部分はもっと語り、もっと褒めても良かったのだぞ」
「いや、時間も有限だからね。さらっと終わらせたよ」
「まあ良いだろう。話を戻すが、世間一般に知られる守護者はその四方だが、その他にもう一つある――『洛央』――『洛中』とも言う」
……聞いたことがない。『洛央』だと?
「まあ知らないならそれでも構わん。知らなくても息はできるし、生きていける。まあどんな者かと言えば、洛央の守護者は光を司る」
「……それって、聞いては駄目なことだったりとかはしないよね……?」
「案ずるな。そういうことはない。まあ言い触らすのは止した方がいい。あまり良い話でもない。私も又聞きしたものだしな」
「じゃあ早速言い触らしてない?」
その時、ナキが「遠くに村が見える」と言った。彼女はかなり目が良いらしい。私は全く見えない。
私達は『北の山脈』からオールの背中に乗って南下してきた。オールを助けたのは昨夜のことである。ナキはあの後貧血を起こし、オールの魔法によって今は安静にしているが、どこかしっかりと休める場所に行きたい。私もへとへとだ。
「じゃあ、その村で休もう。オール、離れた所に降りてもらえる? そこから歩いて行こう。このままだとさすがに向こうも驚くだろうから」
「あい分かった」
〇
その村は獣人の住む村だった。
獣人とは、人と獣の遺伝子を持ち合わせている種族である。とは言え、その遺伝子の割合は人と獣で九対一程であり、生態はほとんど人間である。
獣の遺伝子は哺乳類に限り、大抵の者が獣の耳と尻尾が生えている程度の影響しかない。
後はその獣ごとによって特性が違う。イヌ科であれば鼻が利いたり、ネコ科であれば夜目が利いたりなど。
獣人は『亜人』と呼ばれるものの中でも、大きな群れを形成せず、小さな村単位の集団で生活をする。『亜人』の中には鳥人、魚人、勿論鬼人も含まれている。
村は森に囲まれていて、これといった柵や壁は設置されていなかった。それっぽい門はあり、その横の見張り台に私よりも若い少年が立っていた。
「旅の方ですか?」
彼は私達に笑いかけながら言った。けれど、どこか警戒しているようなぎこちない笑いだった。
「はい、一日休ませて頂けますか」
「ええ、ようこそ。どうぞお入り下さい」
彼は見張り台から降り、我々を村へ案内した。その時私は違和感を覚えた。
「あの、入村の料金は支払わなくて良いのですか」
「ええ、我々の村はそのようなことはしておりません。宿の宿泊料金のみ頂ければ」
今時、珍しい村だった。まあ、払わずに済むのなら、それに越したことはない。
中に入ると村の人達が挨拶をしてくれて、心地良かった。建てられている家々はとても綺麗で、それもかなり広がっていて、この村は潤っているようだった。お金もそうだろうけれど、人の心が。
「僕はスキロスと言います。狼の獣人です。獣人を見るのは初めてですか」
「いえ、何度か」と私は応じた。
すると、ナキが「あの坊主の方、耳が無い」と言った。そちらを見ると確かに無かった。そんな会話を聞きスキロスは「ああ、あの人は鯨の獣人です。耳の穴は塞がっているだけで聴覚は存在しますよ」と説明してくれた。
「僕も頭についていますから、人間の方と同じ位置には無いんです」
よく見ると彼も顔の横には耳がついていなかった。私が獣人になったら、何の動物になるのだろう。
宿まで案内され、私達はスキロスにお礼を言った。
「いらっしゃいませ」
宿に入ると柔らかい声が聞こえた。赤子を抱えた女性だった。
「すみません。一晩泊めてもらえますか」
「ありがとうございます。料金は後払いで大丈夫ですので」
さすがに男女同室という訳にもいかないので、二つ部屋を借りた。二階の端の二人部屋にナキとオール、その隣の部屋に私が泊まった。
私は荷物を置き、少し外の空気を吸おうを宿を出ようとした。カウンターの先程の女性に話しかけられた。
「お散歩ですか?」
「ええ、外の空気が吸いたくて」
彼女は赤子を抱えながら優しく微笑んだ。
「可愛いお子さんですね。幸せそうに眠っている。何だかこちらまで幸せな気分です」
女性は「ふふっ」とおっとりと笑い、続けて言った。
「この子は昨年の冬に産まれたばかりなんです。私と同じ黒猫の獣人なんです。名前はガータ――意味は『黒猫』。そこも私と同じ意味です」
彼女はマーブリという名であるそうだ。
「『黒猫』はあまり良い意がありませんので、この子も健やかに育つでしょうか」
彼女はふわっとした目を少し顰め、憂うような顔をした。
私はふと母を思い出した。母もこんな風に私を心配してくれていたのだろうか。
「……大丈夫です、きっと。この村はとても綺麗です。こんなことを言うのは失礼にあたるかもしれないけれど、この村はそんなには大きくない。特別裕福な訳でもない。けれど――皆がこの村を大事に思っている。美しいと思っている。まるで一つの宝石のように。そしたらここはどんなに大きな街よりも、どんなにお金持ちの国よりも、何より潤った村だと思います。こんな素敵な村で過ごせたら、必ず幸せになれます――僕はそう思います」
すると彼女は再び目元を緩ませ「そうですよね、ありがとうございます」と言った。
後から考えるととても恥ずかしいことを言ったものだけれど、間違ってはいないと思うし、恥ずかしいことを恥ずかしがる必要もないと思う。
私は抱えられた赤子を撫で、宿から出て行った。私が撫でた赤子が泣かなかったのは、この時が初めてだったと思う。
〇
門の前まで来るとスキロスが「村の外に出るのですか」と訊いてきた。
「ええ、少し散歩をしようかと」
すると彼は不安気な顔をして「あの、実は」と、何かの話を切り出した。
「止めんか。旅のお方を巻き込むな」
少年の話を制したのはとある老人だった。首と睫毛が長いので、恐らく麒麟の獣人だろう。だとしたらきっと舌も長い。
「村長……でも、来るとしたら恐らく今日です。巻き込まない為にも、話しておくべきではないのですか」
スキロスの言葉を受け、老人は一つ溜息をつき「旅のお方、今日は村の外には出ない方がよろしいかと」とだけ言った。何のことだかさっぱり分からん。
その時、森の中から一人の獣人の男が出てきた。彼は傷だらけで、特に右腕に大きな損傷が見られる。
「どうした、大丈夫か!」
スキロスは倒れかかった獣人の男を支え「診療所に運ぼう」と言った。
それを受け、私は何となくの推測を立てた。
今この村に脅威が迫っているとしよう。そして、その脅威が本当の牙を剥くのが今日。外を出歩いていた獣人の男は脅威の一部に攻撃を受け、命辛々ここまで逃げてきた。スキロスと村長は比較的落ち着いている。となると、被害は彼だけではないだろう。診療所にはさらに被害者が――
私は居ても立っても居られなくなり、その診療所を目指し、走り出した。
「! どこへ行くのですか!」
村長はそう言って私を追いかけてきたが、私は建物の角を曲がり、誰にも見られていないことを確認せずただ祈り、鷹になった。
空から診療所を探していると、ある建物の周りに何人もの獣人が寝かされているのが見えた。皆包帯なり、傷薬なりをつけられている。私は急いで診療所の近くの建物の陰に隠れ、また誰にも見られていないことを確認せずただ祈り、人間になった――なり損ねた。
私が診療所の周りで怪我人を看病する獣人達に駆け寄り「大丈夫ですか」と訊くと、皆驚いた顔をして悲鳴を上げた。
何事と戸惑い自身の体を確認すると、私の肌は完全に人間にはなれておらず、所々羽毛が生えていた。
「あ……」
しまった。抜かった。獣人達は私と目を合わせず、涙目になって悲鳴を上げまくった。
「物の怪」だの「けだもの」だのと私を怖がり、彼らの心中は恐怖と驚懼の色に染まっていった。
「いや、違うんです。僕は敵ではなくて、あなた達を助けたくて」
私の声は誰にも届かずにいた。
「奴らの手先だ、殺される」
すると突然私は背後から羽交い締めにされ、身動きが取れなくなった。大柄の獣人が私のことを睨み、「殺してやる! 覚悟しろ」と叫んだ。
私は彼を振り払い、ナキとオールの元へ戻ろうと走った。皆私を仕留めようと追いかけてくる。
くそ、どうしていつもこうなるんだ。私に居場所はないのか。誰か私を見てはくれないのか。
宿の周りは既に獣人達で溢れていて、ナキとオールを仕留めようとしていた。彼らに見つかり、私は捕らえられてしまった。何人にも押さえつけられ、私は抜け出せなくなった。
「やめろ、二人には手を出さないでくれ。殺すのなら僕一人で良いから。あの二人は何でもないんだ」
すると宿の中から二人が出てきた。
オールは私を見て近づいてきた。焦る様子はなく、闊歩している。オールの手を獣人が掴んだが「放せ」とオールに睨まれ力が抜けてしまったようだった。単純に怖かったのか、はたまた蔑まれて感じてしまったのかは定かではない。
「何をしている。そんな風に軽く押さえつけられたくらいなら、お前は簡単に抜け出せるだろう」
「あまり抵抗はしたくない。無害を主張したいから」
十人余りの獣人に押さえつけられ、尚もそれを振り払ったとなれば、向こうの恐怖心を煽る結果となる。これ以上は下手な動きが取れない。故に抜け出せなくなった。
「……それで死んだら何の意味もないだろう。娘も悲しむぞ」
それについて言われてしまうと何も言い返せない。けれど――けれど私は――
「――僕は死ぬつもりはない。どうやら、この村が今日襲撃されるようなんだ。どうにか救えないものだろうか」
私は落ち着きを保ち、静かに言った。オールは首を傾げ訊いた。少し意地悪な顔をして。
「それが望みか?」
彼女は不敵な笑みを浮かべた。
その時、森の方から大きな音が鳴り、鳥が騒めいている。どこの方角からと訊かれると答えにくい。敵は全方角から、この村を囲っていた。
東西南北に一人ずつ巨人がいて、森の中には数えきれない程の獣が蔓延っている。まるで壁のように我々を閉じ込めている。
村人達は絶望したような表情を浮かべ、本能のままに叫びまくった。私はやむを得ず、私を押さえつける獣人達を払い除け、迫る敵に向かい合った。
獣人達は動けずにいた。そちらの方がこちらとしては助かる。
「あれが敵ですか」と私が訊くと、やっと追いついた村長は震えながら頷いた。
「皆さんはここに居て下さい。できれば他の村の人も呼んで集まっていて下さい。ナキ、皆を守ってあげて」
ナキは静かに頷いた。思えば私が安心してナキに戦いの参加を頼んだのは、この時が初めてだったろう。
「あんた達は……」
村長は畏怖のような視線で我々を見て言った。私は安心させるように優しく、けれど強く答えた。
「何でもないですよ。何にでもなれるけれど。ただ、あなた達を助けるだけです。すぐに終わらせます」
ちょっと待っていて下さい――と私は言い、一歩前へ出た。
〇
まず動き出したのはオールだった。
オールは本来の竜の姿へと戻り、そして大きく踏み込んだかと思うと、勢い良く南側に立っている巨人へ飛び込んだ。そしてそのまま鋭利な爪で巨人の頭を跳ね飛ばした。巨人の頭は遠くの山に激突し、残った体はその場で立ったままになった。
オールが踏み込んだせいで、地面の土はひっくり返され、その土砂で後ろの家や畑が潰された。何てことを。村人は皆ここに集まっているので、多分被害は建物の損壊だけだろうけれど。
私は巨人をオールに任せ、村に入り込んでくる獣を掃討しにかかった。
恐らくはあの巨人達が使役している獣だろう。人を襲わせるように調教されている。
私は鬼人になり、太刀を構え迎え撃つ。
ナキも魔法で近づいてくる者達を村人達から追い払ってくれている。
途中からやっぱり面倒臭くなり、海竜になり一気に殲滅した。
オールも巨人全てを、炎を使うことなく、森を焼くことなく済ませた。さすがは洛北竜、桁違いの強さである。
村人達も今の戦いで誰もが無傷で済んだ。私達はこの村を守ることに成功した。家や畑は潰れたけれど、人的損害がないだけマシであろう。壊れた部分は何とか我々で直すとするか。
私達は村人達の元へ戻り「家とか壊してすみません。元通りに、何ならもっと良く直すので」と言った。すぐに出て行きますから――とつけ加えて。
すると村長が立ち上がり、私達の前まで来て跪いた。
「えっ……?」
私が戸惑っていると、他の獣人達も跪き、頭を低くした。気がつくと、全ての村人が我々の前に膝をついていた。
「我々の村を救って頂き、誠に感謝致します。あなた方を敵だと誤り、その上我らの汚れた手などで捕らえてしまったこと、どうかお許し下さい。我々にどうか御慈悲を。そして、どうか安寧の時を……」
膝をついたまま、村長はそう唱えた。私達を祀り上げ祈っているのだろうけれど、残念ながら私達は『神』でもなければ『仏』でもない――言うなれば『怪物』だ。
「……頭を上げて下さい。驚かしてしまったのは私ですし、あのままでは私達も殺されていた。私達は自分たちの為に奴らを退けた。するとあなた達も助かった。私達が助けたのは偶然です。けれど、あなた達が助かったのは必然です。ですから、頭を上げて下さい。顔を見せて下さい。目を合わせて下さい。大丈夫です、私達はすぐに出て行きます。ただ、ほんの少しの間だけあなた達の村の復旧を手伝わせて下さい」
私は明るく微笑み、希望を与えるようにそう言った。私はまだ未熟だから、こんなことしかできないけれど、それでもやらないよりはマシだと思う。
村人達は皆顔を上げ、目を輝かせ潤ませた。光と涙できらきらと眩しかった。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
私は彼らの感謝の言葉を受け、お腹の底の方から温かくなっていくように感じた。こんな人達と一緒に居れたら、どんなに幸せだろうか。
私はとても――嬉しかったのだ。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。