『決勝』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
昨日は様々なことが一度に訪れ過ぎて、気持ち良く眠りに就けるはずもなかった。
とはいえ、今日こそが我々の目的そのものである、リシ武闘会決勝戦だ。睡眠不足が祟って負けました――では許されない。
なので、無理矢理にでも睡眠を確保する為、ナキの魔法で無理矢理眠りに就いた。目覚めは酷く悪かったが、幸い体は軽かった。
そうしてやって来た決勝戦の朝は、雲が所々散りばめられた澄んだ青空で、目覚めの気持ち悪さを払拭するには十分な程心地良かった。
会場は既に人でごった返していて、いち早くリングの目の前で試合を見たい人達の陣取り合戦で賑わっている。
最終日ということもあり、屋台の呼び込みや歩く人達の喧騒は大きくなっている。
そして、気になる私の対戦相手は――この街でできた友人であるにも関わらず、別れる度に名前を忘れてしまう――正体不明、新進気鋭、底の見えない実力は正に闇のよう――デュオである。
初戦ではスキロスと対戦し、開始五秒も経たぬ内にスキロスを倒した男。
その後の彼の試合は、見ることは疎かあることすら忘れてしまい、全く見ていなかった。
そもそも彼の存在を思い出したのも、会場に来てトーナメント表の名前を見てからである。
聞いた話によると、彼は一回戦から準決勝までの全試合において、開始五秒以内で勝敗を決めているらしい。
勝ち進むに連れて対戦相手の強さもおおよそ高まっていくはずのトーナメントで、変わることなく一蹴しているのだという。
あの細い体に途轍もない力が宿っているとは思えないが、外見とは当てにならないものだと常々思う。
何故彼を注目していなかったのかは自分でも全然分からないが、とにかく彼の力は未曾有であり底無しである。
彼の開始五秒KOの餌食にならないようにしなければならない。
蠢く人々の渦の中でそんなことを思いながら、ふとマテオス城へ目を遣った。
王の姿は今日も見えなかった。
〇
現在、私は控室にいる。
ナキが先程まで一緒に居てくれたが、そろそろ始まる時間ということもあり、皆の元へ戻って行った。
彼女も昨日のことを少なからず気にしていたように思えるが、私が試合を控えていることもあり、彼女もそのことに関して特に口にしなかった。
ナキはずっと私の傍らで、私のする他愛もない話を聞いていてくれた。
そうして普通の話をして、二人で穏やかに話をしている方が私は余程楽になる。
これから激しい戦いが始まるというのに、こんな風に心地良く過ごせていることが不思議であり、嬉しかった。
けれど、今は一人で、眼を閉じて静かに燃ゆる闘志を感じる。
洛西獣までの道のりも壁があと一枚。
最後の最後で、果てのないくらい厚い壁が立ちはだかった。
壁というよりかは、山と例えた方がしっくり来そうだが。もしくは、終わりのない穴のようである。
ラストスパートとしてはあまりに長く、集大成としてはあまりに相応しい最終戦である。
最後にして最大の山場を目の前に、体は僅かに高揚しているが、心はいつも通り穏やかだった。
この戦いの結果がどちらに傾くにしろ、とりあえず私自身の状態は重畳らしい。
外では皆が待っていて、私の健闘を祈ってくれている。
スキロスとアルクダは自身が出場し、途中敗退していった為、その想いはより大きいだろう。
昨日の戦闘で多少体を痛めはしたが、それでも万全を期してきたつもりだ。
皆の想いを無駄にしない為にも――私自身の願いを叶える為にも――少女が幸せに暮らせるようになる為にも――負けられない。
ただ、今は少しだけデュオとの対戦に心を躍らせている自分も居る。
こんな私も許されるのなら、これから始まる熾烈極まる戦いを楽しませてほしい。
「さあ、お待たせしました。数多の激闘が繰り広げられたリシも、遂に決勝戦となりました。それでは、早速選手の紹介に移りましょう! 最後の戦いを駆け抜け、新たなる格闘王の座を手にするのは、一体どちらなのか!?」
アナウンスの意気揚々とした声が会場内に響き渡り、歓声が地を震わして轟く。
「さあ、まずはこの男――初登場にして、最速一撃必殺の戦いを創る若人――底知れぬ力で優勝を手にするのか!? ――デュうううううオおおおおおおおおおおおおお――!」
歓声が湧き起こり、その中で一際飛び抜けて劈く咆哮があった――デュオ自身の雄叫びであった。
「アイオーニオン選手、お願いします」
控室の係員に呼ばれ、私は椅子から立ち上がる。
今朝の吐き気はもう治った。
昨日の疲れももう吹き飛んだ。
コンディションは最高であり、心が高揚し、頬が紅潮してくる。
さあ――行こうか。
「そして、最後の紹介はこの男――格闘王シモス・ミウラを退け、快進撃を続ける少年――勝利の女神は彼に微笑むのだろうか!? ――フィいいいン・アーク・アイオおおおおおお二オおおおおおおおおおおおおン!」
肌を弾く歓声を全身で浴び、私はデュオの顔を見据える。
勝利の女神が私に微笑むことは無いだろうが、デュオは満面の笑みを浮かべていた。
〇
ゴングが鳴り響いた瞬間、開幕早々デュオは仕掛けにきた。
勢いよく私へ向かって駆け出し、今まで通りの一撃必殺を狙ってくる。
――ということも、私は既に想定済みであるので、焦ることなく落ち着いて対応を図る――が、これは想定外、予想していたよりもデュオの身体能力が高い。私の対応が間に合うか際どいくらいに素早く駆けてきた。
彼の試合は初戦しか見ていないので、些かデータが少ない。
故に、ちょっと本当にまずい。
意気込んだは良いものの、結局私も開始五秒KOの餌食になりかけている。
急いで両腕を胸の前で交差させ、ガードの形を構える。
デュオから繰り出された拳は、私が思っていた以上に強烈で、ガード諸共吹き飛ばされた。
KOとはならずとも、リングアウトで結局敗退してしまうのかと思われたが、私も何とか踏ん張って体を地面に着かせ、リングの際で留まる。
ガードに使った腕は思った以上に堪えており、しばらくは休めなければならなそうだ。
デュオは渾身の一撃で勝敗を決められず、落胆半面嬉しそうな表情を見せた。
すぐ様走り出すデュオに対し、私も負けじと駆け出す。
衝突の瞬間、私は思い切り上空へ跳ね上がり、デュオが繰り出していた拳は疎か、彼の頭をも飛び越える。
彼の背後を取った私は着地と同時に体を捻り、本日最初の回し蹴りを彼の背中に見舞わせる。
デュオは咄嗟に振り返ったが間に合わず、脇腹に蹴りの直撃を喰らった。
スピードはややデュオの方が上回るが、王国直轄の育成学校で学んだからか、私の方が多少は老獪であるらしい。
身体能力で劣っている分、技巧を凝らして戦わなければならない。
私の蹴りを喰らい、リングの上を勢いよく転がるデュオは、転がった勢いを利用して飛び跳ねて立ち上がる。
しかし、起き上がった目の前には私の追撃が既に迫ってきており、やむなく顔面に後ろ回し蹴りを喰らい、またもごろごろと転がる。
私のペースになっている今、ここで手――というか、足を緩める必要はない。
彼が起き上がる前に攻撃を仕掛ける。
――が、彼は起き上がることはなく、転がり止まってその場で四つん這いになった。
四つん這いのまま、虎か豹のような動きで素早く私の攻撃を躱し、一瞬で背後に回ってくる。
デュオはまるでお返しのように、回し蹴りを私の脇腹に放つ。
放物線を描いて吹っ飛んだ私はリングの上に強く打ちつけられた。
そこを逃さぬと、デュオは跳ね上がり、落下しながら拳を私の顔面に下ろしてくる。
倒れたまま横に転がってそれを間一髪で躱す。
しかし、彼の猛追は終わっておらず、避けた私にすぐ様次なる右拳を振り下ろす。
今度は躱す暇もなく、即座に手を出して右拳を受け止める。
受け止めた拳は尚勢いを止めず、手ごと無理矢理顔面に突っ込んでこようとするが、私も踏ん張ってもう片方の手も使い、ぎりぎり押さえ込む。
――と、デュオはにたりと笑い、フリーになっていた左手を固く握り、私の腹部に打ち込む。
「ぐっ……!」
呻き声が思わず零れたが、打ち消すように両手に力を込めてデュオの右拳を掴み込む。
何かを察したのか、左拳を何度も私の腹部に振り下ろすが、それも根性で耐える。
足に力を込めて無理矢理上体を起こし、デュオの拳を持ったままハンマー投げの如く彼を投げ飛ばす。
宙を舞うデュオは空中で既に態勢を整えており、着地の準備を済ませている。
私は彼の着地点に駆け込み、休み終えた両手を握り締める。
デュオの着地と同時に、双方の連打が始まる。
躱しては繰り出し、捌いては撃ち放つ。
目にも止まらない速度に意識を張り詰めて、彼の体の空いた部分に攻撃を放ち続ける。
一瞬でも意識を逸らせば攻撃を喰らい、そこから綻んでいくように防御が崩れ、猛攻を一身に浴びることになる。
しかし、拳や脚技が飛び交う中で、私は何となく気づいてしまっていた。
――私はこの攻撃の応酬で敗れると。
いくら私の頭をフル回転させ、私の持てる力と技を発揮しようとも、彼の持つ身体能力はそれらを凌駕している。
彼の力は底無しである。
それ故に、場合によってはいつだろうと戦況は彼に傾き、勝利の女神は彼に微笑む。
反対に、私に奇跡は望めない。
単純に私が不運である上、技で戦う以上はもう努力とか度量とかの問題である。
一瞬で決着がついたりはしない。
つまり、デュオは一瞬で私を捻れるが、私は徐々にデュオを追い詰めていくしかないということ。
だから、隙を見せずに彼の猛攻に付いて行っても、いつかは単純な力の差が浮彫になり、私は追い込まれていく。
ほんの一瞬だった。
一瞬――差が開いた瞬間に、私はデュオの拳を顔面に喰らった。
思い切り後ろに仰け反った私は一瞬で無防備となり、デュオはがら空きの私の胴に拳も脚もぐちゃぐちゃの連打を打ち込んだ。
技やテクニックなど欠片もないがむしゃらな暴力は、確実に私の体にダメージを与える。
どうにか捌いて態勢を立て直したいが、そんな時間ももはやない。
やりたいようにやられ、堕ちないように意識を保つことだけしかできなかった。
彼の表情は相変わらずの笑顔で、この戦いを心底楽しんでいるらしいが、今の私には若干このリンチを楽しんでいるのではと思えてくる。
彼はそんな人間ではないし、私の思考が歪んできているだけなのだろうが、ついついネガティブになってしまう。
というか、このままでは本当に負けてしまう。
このまま押されて、いずれは伸されてしまう。
こんなはずではなかった。
今日の日まで稽古に打ち込んで、体も鍛えて技も磨いて、できる限りの努力を積んだ。
それも一朝一夕ではない。
八年前――故郷を離れ、育成学校に入学してからずっと。
きっとデュオもどこかで自身を鍛えてきたのだろう。
だから、こんなにも強く、こんなにも差があるのだ。
私は彼ほどの努力をできていなかったのだろうか。
彼は一体どれ程の努力を重ねてきたのだろうか。
彼との差は一体何なのだろうか。
研鑽の高さか――技や学の質か――ただの力の大きさか――
じゃあ、一体どれならば私は勝るのか――どれならば私は報われるのか。
――と、彼が放つ連打は、威力は強烈だが粗雑故に隙があった。
私は彼の拳を喰らいながらも、捨て身の覚悟でその拳を受け、痛みを耐えながら反撃の一撃を放つ。
私が繰り出した拳は彼の左頬を思い切り捉え、気持ち良いくらい上手に決まった。
小気味良い殴打音が辺りに響き、その直後――デュオは満面の笑みを浮かべた。
「良いじゃん。でも、まだまだ。パンチってのは、こういうもんだよ」
私の拳は彼には全く効いておらず、デュオはさらなる反撃のように拳を引き込んだ。
「――ふっ!」
最後の一撃に最大の力を込め、私の顔面に渾身のスマッシュを放った。
こんなことを言うのはアルクダに申し訳ないが、デュオのスマッシュはアルクダのものとは比べものにならないくらい凄まじいものだった。
その証に、私の意識は遥か彼方に飛んでいた。
同時に、体もふわりと吹き飛んでいた。
そう――私が力を最大限込めた拳はデュオには効かず、デュオが力を最大限込めた拳は容易に私を伸した。
それが何よりも――明確な差であった。
〇
昔から、私は弱かった。
幼い頃は、それがずっと続くのだと思っていた。
私は一生弱いままなのだと思っていた。
しかし、故郷を飛び出し、兵士を育成する学校へ入り、否が応でも強くならなければならないのだと知った。
逃げた先で、強くなることを強いられた。
入学した理由なんて、私の場合は大したものではない。
私が居てはならない場所に居たから、代わりの場所としてあそこを選んだまで。
強くなることに興味はなかったし、強くなったところで意味もなかった――そう思っていた。
だから、強くならないことが許されたなら、私は強くなんてならなかった。
それが許されないから、私は強くなったのだ。
力を手にしたかった訳ではない。
力を手にしなければならなかっただけだった。
そうして、今はこんな大きな舞台で、百を超える世界中の猛者と戦い合い、その決勝で優勝を欲している。
そして今、その優勝は他の者の手に渡ろうとしている。
力が欲しい。
ただただ今は力が欲しい。
そういう時に限って、欲しいものは貰えないものだ。
分かっている。
何度もその事実を味わされてきた。
刻み込まれて忘れられなくなるくらいに、その痛みを味わった。
――そうだ。
そうだった。
私は才能が無かった。
天才なんてものとはかけ離れていて、そういう者を羨んで見るしかできなかった。
どれだけ技を磨いてもたかが知れた凡人の努力で、そんなことは誰だってやっている。天才だってやっている。
何なら、私が一番知っている――天才とはどういう者なのかを。
ずっと見てきた。
隣で見てきた。
隣に居られたことすら、奇跡に近いことなのだ。
あの三人が――私にとってどれだけ羨望の対象だったか。
力を持ちながら、努力を怠らない――誰も追いつけない天才。
キラ・ソニック・バレットウェポン――君は何故そんなにも巨大な力を持っているんだ?
文武両道で、誰も敵わない肉体。
君のような圧倒的な力を私は欲していたんだ。
コクヤ・サード・アロウズ――君は何故そんなにも愛されているんだ?
人格者で、仁義があり誰にでも心優しい。
君のような誰にでも認められる義を私は欲していたんだ。
カルマ・オズ・エレフセリア――君は何故そんなにも全てを為せるんだ?
飄々としながら、如何なる困難も軽く飛び越えていく。
君のような何でもできる才を私は欲していたんだ。
デュオ――君のその力はどこで手に入れたんだ?
私も君のように生きれば、その力を手に入れられたのか?
君のように生きれば、君にも勝てる――魔王にも勝てる存在になれたのか?
私の力は些細過ぎたのかな。
強くなりたいな。
もっと強くなりたいな。
些細じゃなくて、皆をまとめて救えるような強さを、私も手に入れたいな。
昔の私は、こんなことを考えもしなかっただろうし、こんなことを考える日が来るとは思いもしなかっただろう。
だったら、今の私は何故こんなことを考えているのか。
必要なかったのに、どうして今になって――
そう考えた時、柔らかく笑う――泣いている少女の姿が目に浮かんだ。
彼女の為以外に何があるのだろうか。
私は弱かった。
だから、強くなった。
私は才能が無かった。
だから、努力で埋め合わせた。
いつだって私はそうしてきた。
血反吐を吐きながら――痛みに耐えながら。
蹴落とされては這い上がって――睥睨されては見返して。
弱いことも、才能が無いことも、ずっと辛かったし、ずっと嫌だった。
今もその苦悩は終わっていない。
結局必要なのは、終わらせないこと。
いつだって私は――そうやって追いついていた。
追いついて――追い抜いていた。
「『まだまだ』なんて分かっているよ」
力なく吹っ飛ばされた私は、倒れる直前に地面に手を突き、バク転で起き上がる。
目の前には既にデュオが迫り来ているが、私もすぐに右手を握り込む。
向こうも走りながら拳を引き込んでいる。
互いの拳がぶつかり合い、そこから衝撃が辺りに迸る。
しかし、単純な力量ではやはりデュオの方が上回っている。この衝突で私が競り勝てる訳がない。
故に、私は最初から拳に力は込めていない。
拳に力を込めていないということは、体重も勿論拳に傾いてはおらず、デュオのパンチに競り負けた拳は腕ごと簡単に吹き飛ばされた。デュオの威力が強過ぎて肩から捥げると思った。実際、脱臼くらいはしているだろう。
しかし、そんな痛みを気にしている暇はない。
私の反撃はこれからであり、今が絶好の機会なのだ。
右手はあくまで囮であり、本命はこれから放たれる左足である。
デュオは拳を放ったことで無防備になった。
体を思い切り捻り、左足を彼の頬にぶつける。
私の得意分野は格闘であり、中でも得意分野は足技である。
「がっ――」
リングの上を転がるデュオを、私は必死に追いかける。右腕が振り回せないので、今はただの飾りである。邪魔である。
私は跳び上がり、転がるデュオ目掛けて左拳を振り下ろす。
しかし、転がり止まったデュオはまたも四つん這いになり、素早い動きで拳を躱して私の後ろに回る。
とはいえ、先程と同じ動きをしているので、さすがに私も今度はやられない。
空振って切り株の地面に叩きつけた左拳を、そのまま振り返り様にデュオに振り被る。
私に殴りかかっていたデュオは不意を衝かれ、私の裏拳を寸でのところで出した腕でガードする。
と、そのガードもぎりぎりで飛び出した中途半端なもので、裏拳の勢いは死なず、そのまま彼を吹き飛ばした。
その時、肩に猛烈な痛みが走る。
やはり脱臼しているらしい。
痛みに一瞬動きを止められる。
その瞬間を逃すまいと、飛ばされながらも即座に復帰していたデュオは飛び膝蹴りで飛び込んできた。
痛みに思考を鈍らされながらも、腰を屈めてぎりぎりで躱す。
屈めた勢いで足を振り上げ、彼の顎を思い切り蹴り上げる。
「うげ……」
飛び跳ねた時の勢いと蹴り上げられた時の勢いで、斜め上に吹っ飛んだデュオは、空中で態勢を立て直して着地を決める。
が、着地をした直後、ふらついて危うく膝を突きそうになる。
私も肩の痛みが離れず、本当なら動きたくないくらいだが、この機を逃したくもない。
駆け出して攻撃を仕掛ける。
向こうも顔を上げて臨戦態勢を取り直す。
恐らくこれが最後の打ち合いとなる。彼もきっとそれを理解している。
そう思うと、何だか今の時間がとても惜しく、愛おしく感じられる。
もう互いの攻撃を避けることもせず、喰らいながらも相手を倒すことだけに集中する。
彼の攻撃を喰らう度に目の前が眩み、視界が歪んでぼやけてくる。
しかし、それは向こうも同じらしく、私の攻撃を喰らう度に苦しそうな呻き声を漏らす。
それと同時に、嬉しそうな笑みも零している。
案外余裕なのかもしれない。
「何だよ、フィン。笑って、余裕なのか?」
――と、デュオは急にそう言った。
私も笑っていたのか。無意識だった。
「デュオの方こそ。嬉しそうな顔をしている」
「ああ、楽しいんだ。初めてだ。戦っていて、楽しいなんて」
「そう。良かった。僕も今楽しいよ」
「そっか、へへへ」
互いの攻撃はどんどん鋭さを増していき、ダメージもより大きくなっていく。
やがて左目の視界が赤く染まり始めた。頭から流血しているらしい。
デュオも唇が切れているらしく、口から血が垂れている。
風を切るような拳や脚が会場の空間を切り裂いて、放たれる度に突風を起こす。
砂塵がリングの上を舞い、木屑が飛び散って肌を切った。
観客の声が耳を叩いて、やがて気にもならなくなる。
デュオはただただ私の至る所を叩き続けている。
その威力は何度浴びても大き過ぎて、いつ意識が飛んでもおかしくはない。
そこにしがみつくように、技を駆使して攻撃を続けた。
力が無いなら他で補えば良い。
そうやっていつも戦ってきた。
頭を凝らして勝ちに手を伸ばしてきた。
だから、今回もそうする。
彼を誘い出して、私は勝つ。
彼の本気を喰らって、私の本気を喰らわせる。
なんて大袈裟に言っても、結局は半分力技のようなものだが。
しかし、リシ武闘会の決勝の幕引きを決めるには、とてもドラマチックで派手な最後だろう。
その時、デュオは私の攻撃を耐えながら、拳を大きく引き込んだ。
それを見て、私も構え直す。
彼がその一撃に賭けていることは明らかだった。
私もそれを分かっている。
分かった上で、私はそれを喰らう。
単純に避ける体力すら無くなってしまった、ということもある。
しかし、ここがこの戦い最大の反撃でもあるのだ。
これを逃せば、この後私に勝機は一切無くなるだろう。
その上、デュオのこの攻撃を耐えられなければ、普通に私は負ける。
耐えられない可能性は大いにあり得る。
ほんの一粒の勝機だが、勝利の女神が情けでこれをくれたのなら、感謝しなければならないだろう。
私にも――嘲笑とはいえ、多少は微笑んでくれたようだ。
「うらあああ――!」
デュオの鉄拳が私の頬を砕く。
激しい痛みが一瞬体の中を暴れ回り、すぐにその痛みが消え去った。
痛みどころか――声も熱も何も感じなくなった。
正直に言えば、耐えられるはずもなかった。
視界が朧気になり、段々と白んでいく。
重力が溶けてしまったかのように、体がゆっくりと倒れていく感覚を感じる。
私の体は半回転して倒れ込んでいく。
あとは、自分で半回転すれば良い話だった。
彼の拳を喰らう前から既に私の右足は振り上げられており、狙いは視界が白に支配される前から定められている。
あとは、殴られた衝撃と勢いに乗せて右足を、力を余すところなく出し切った彼の頬にぶつけるだけである。
「あ――」
デュオが私の反撃に気づいた時には、既に彼の顔面は歪んでおり、その場で為す術なく蹴りを喰らっていた。
回転蹴りは綺麗に決まったが、まだこれで終わりではない。
これではきっとまだ足りない。
彼を堕とす為には、これからなのだ。
回し蹴りの衝撃は反作用で私にも跳ね返ってきて、そのおかげで判然とした意識が戻った。視界も良好である。
デュオはよろめいているが、構うことなく私はここから猛撃を開始する。
最後の連撃を開始する。
殴られた勢いを止めることなく回り続け、立て続けに回し蹴りを放つ。
二回転の脚が、ふらつく彼の頬を打つ――回転の勢いは増していく。
五回転の脚が、倒れかける彼の頬を打つ――回転の勢いは増していく。
私は今まで六回転までしかできなかった。
しかし、今は殴られた勢いや溢れ出るアドレナリンのおかげで、限界突破している。
デュオは先の回し蹴りで蹴り上げられ、無防備のまま笑っていた。
脚が股から裂けそうになる痛みが爪先に走り――
七回転の脚が――最後の一撃を放った。
デュオは空を切るような凄まじい勢いで吹き飛び、厚い城壁を破って城の外へ飛び出た。
そこは既に――リングの遥か外側だった。
着地をした途端、足に力が入らず膝を突いてしまった。
痛みが蘇り、思わず笑ってしまった。
意識が遠のいていき、ゴングの音も――騒がしい歓声も――何にも聞こえなかった。
全身が石のように重くなり、世界全体が暗転したように真っ黒になった。
私は勝ったらしい。
〇
私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。
それは私の歳が十三の時のものである。
私はその日、次の授業が行われる教室まで移動していた。
本棟から第二棟への移動なので、一度外へ出て一階の渡り廊下を通る必要がある。
横に目を遣ると、燦々と陽光を浴びる青々とした中庭が広がっていた。日陰から眺めているのでより眩しい。
先程までいつものようにお粗末なピアノを弾いていた訳だが、鍵盤を叩いて淡白な音を奏でる度に、あの日――女生徒を撥ね退けた情景が思い出され、胸の奥が痛くなる。
あれ以降、あの女生徒は本当に教室を訪れなくなり、ドアの向こう側に凭れかかっていることもなかった。
彼女が今どこで過ごしているのかは分からないが、私と一緒にいること以上に悪いことなどきっと無いだろう。
と、その時、陽を浴びた中庭とは反対側の――薄暗く陰った第二棟の校舎裏の方から――何かが叩かれる音が聞こえた。
何事かと思い、思わずその音の発信源へ振り向いてしまった。
周りにも数人生徒がいた為、びくりとした私を彼らは怪訝そうな眼で見た。
どうやら彼らには今の音が聞こえていなかったらしい。
すると、もう一度その音が聞こえてきた。
同じ音量なので聞こえない人にはずっと聞こえないままだが、私は二度目ということもあり、その音の正体が何となく予想できた。
何か――金網を叩くような音である。
何だろうか。
子猫が金網で遊んでいるのだろうか。
そう思い、ふと教室を目指す足を止め、音の方へと歩き出す。
すると、訝しがる視線は気味悪がる視線へと変貌する。
しかし、私には金網が鳴らされた音がしたのだ。
だとしたら、そんな視線を気にする必要はない。
今の音は一体何だったのか。
確かめる必要があるかはともかく、単純に気になる。
子猫がいるなら戯れたい。
そうして、渡り廊下から出て校舎裏を目指す。
すると、校舎裏に近づくに連れ、金網が叩かれる音が異様に大きいことに気づいた。
これはあまりに不自然であり、尚かつ叩かれている回数が異常に多い。
これは子猫ではない。
子猫どころか普通の小型から中型動物ではない。
もしかしたら、大型の危険指定害獣かもしれない。
この育成学校は、元は自然の森林地帯であったところを開拓して創設された。
なので、今も野生の動物が棲みついており、中には魔獣もいる。
これらは危険指定されており、もしそういった害獣が金網を破って育成学校内に侵入しようとしているのなら、先生に報告しなければならない。
一度こっそり状況を確認して――
「――何とか言えよ!」
その瞬間、渡り廊下の方までぎりぎり聞こえるか聞こえないかぐらいの怒号が、校舎裏から轟いた。
少し低めのどすの利いた女性の声だった。
その声と同時に金網が衝撃を受ける音が聞こえる。
私は壁に這って隠れながら、恐る恐る校舎裏を覗き見る。
すると、森と隣り合った金網に見覚えのある少女が凭れており、それを何人かの見知らぬ女生徒が囲っている。
一人のリーダー格的女生徒が詰められた少女を逃げられないように足を金網に押しつけている。こういうのも、壁ドンというのだろうか。金網なので網ドンか。
少女は顔を俯かせていて表情は見えないが、彼女の足下には雫がぽろぽろと落ちている。
服の裾を握り締めて、震えを必死に抑え込んでいる。
怒号を浴びせられる度に体がびくつき、びくつく度に取り巻きの女生徒がくすくすと嘲る。
そして、最大の問題が、その少女こそ――私が撥ね退けた女生徒であることだった。
私が撥ね退けた女生徒が――虐められていることだった。
「なあ、お前今まで教室になんかいなかったよな? どこで惨めに過ごしてたのか知らねえけど、何で今になってまた教室にいんだよ」
「…………」
キツい口調で問い詰めるが、少女は恐怖で言葉が出てこない。
その様子にまた腹を立てた女生徒が金網を蹴りつけて脅す。
「前に言ったよな。目障りだから消えろって。弱いくせに愛想だけ振り撒いて。教官に媚びて足掻いて。気持ち悪いんだよ。だから消えろって言ったんだろうがよ」
「あたし達の言うこと何で聞けないの?」
「せっかく前までちゃんと大人しくできてたのに、何でわざわざあたし達の気に障ることしてるの? お互い得しないのに、何? ふざけてんの? 何か言えよ」
「…………ごめん、なさい」
逃げ場なく詰め寄られて、少女は謝ることしかできない。
それがさらに彼女を追い詰めた。
「謝ってんなら、先に行動で示せよ」
「お前の薄い謝罪はもう聞き飽きたんだけど」
「消えろって言ってんだよ。もう良いよ、お前。あたし達と同じ環境に居るって考えただけでも反吐が出そうだわ」
そう言うと、リーダーらしき女生徒が少女の髪の毛を乱雑に掴み、頭を引っ張って自身の方へ引き寄せた。
「お前もう学校辞めろよ。良いな」
そう言うと、掴んだ頭を投げ飛ばし、少女は金網に打ちつけられた。
少女は余程痛かったのか――それとも、女生徒の言葉に傷つけられたのか――両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
酷かった――何の罪もない少女が、大した理由もなく簡単に居場所を奪われる。
あってはならないし、そんなことに従うこともあってはならない。
けれど、こうしたことが罷り通ってしまうのが現実であり、その現実を当事者として私は目の当たりにしてきた。
しかし――自分が何とか足掻いて抗ってきた現実に、自分以外の人間が襲われている景色は、あまりに耐え難い事実だった。
今の一連のやり取りから読み取れたのは、少女が以前もいじめを受けており、そして逃げてきた先があの吹き溜まりのような校舎の隅。
そして、新たなる居場所として踏み込んだのが――私の隣だった。
けれど、私はそれを拒んでしまった――否。追い遣ってしまった。
その方が良いと思った。
私の隣にいれば、いずれ彼女は私の不運に巻き込まれることになるかもしれない。
だったら、最初から寄せつけないで、撥ね退けて、もっと安全な場所にいる方が良いと考えた。
それが今思えば、間違いでしかなかった。
彼女は元より私の隣を選ばざるを得なかったのだ。
居場所なんて他にはどこにも無くて、最後の頼みが私の隣だったのだ。
その頼みを私は無神経にも潰してしまった。
私が勝手に良いと思ったことは、最悪の選択だった。
そのせいで、一人の少女の人生が壊れかけている。
居場所を奪われようとしている。
そんなの――まるで私だ。
駄目だ。
そんなことはあってはならない。
けれど、今ここで私が飛び出して、彼女を助けることは正しいことなのか?
これだけ間違えて彼女を追い込んだ私が、今更どの面下げて彼女の前に出ていくというのか。
彼女をあんな怖く苦しい所へ追い遣ったのは、誰でもなく私自身ではないか。
私が撥ね退けたせいで、彼女は校舎の隅で私の拙いピアノを聴くことすら叶わず、理不尽な連中のいる教室に居なければならなくなったのだ。
その私が『彼女の為』と、何ができるのだろうか。
私には、もうとっくに彼女を救う資格など無い。
悩みはしなかった。
考える必要もなかった。
答えなど、最初から決まっていた。
この選択もまた――どうせ最悪なのだろうが。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




