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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――1
48/77

『不可解』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 目の前にいるこの男が本当に『神』なのかという問題については、今更何を言っても正直そんなに関係ない。

 ただ、彼が私を本気で殺そうとしている以上、こちらも大人しく殺される訳にもいかないのだから、抵抗するしかない。


 彼を『神』であるとする証拠は、彼の力の強大さと、北の山脈での出来事を知っている、という二点だけである。

 何なら、『神』でなくとも桁違いに強い奴というだけかもしれないし、もっと言えば以前北の山脈で出遭ったあの者達も確実に『神』であるという確証もない訳で、実際のところは彼を『神』だと断言する要素は一つも無かったりする。


 何にしても、彼が今襲ってきていることは紛れもない事実である。

 今は運が良いのか悪いのか、皆も一緒にいるので、数の利は一応ありそうである。


 両手に得物を構えた私は、即座に竜人へと姿を変え、神へと立ち向かう。

 最近、竜人に頼り切りだなとも思うのだが、身体能力的には竜が一番強いので、その血を濃く受け継いでいる竜人が結局一番便利だったりもする。空を飛べるというのが何より大きい。


 私はまずレイで神に一振りするが、それはあっさりと躱される。

 第二撃のハルバードによる突きもひらりと軽く躱される。

 やはり二刀流は難しい。


 しかし、今回に限っては、手足の数が桁違いに増えている。

 後ろからは、竜人に姿を戻し、炎を纏った素手で参戦してきたアルステマが、飛翔しながら神に殴りかかっていた。

 神は大きく後ろに跳び退き、一旦距離を取ろうとする。

 そこを私がすぐに距離を詰める。

 相手の武器が弓矢である以上、距離を置かれることはむしろ危険である。

 今回はなるべく距離を詰め続け、近接で押し切るのが得策だろう。

 後ろには、ナキとアルアさんがいるので、援護も万全である。


「んー、意外と手強いな」


 おどけるようにそう言い、けれど彼は淡々と身躱していく。

 私達も猛攻を続けるが、向こうの身体能力はこちらの何倍も強い。一応竜人二人で応戦しているのだが。

 因みに、アルステマはまたも大切なランスを宿に置いてきてしまったらしい。


 すると、神の背後にはスキロスとアルクダが回り込んできており、後ろから攻撃を仕掛けようとしていた。二人もまた武器を持っていないので素手による戦いである。

 しかし、神は何でもお見通しなのか、二人をぎりぎりまで引きつけて、殴られる直前で真上の空へと飛び上がった。

 空振った拳は延長線上の私達へと向かってきており、このままでは私もアルステマも殴られる羽目になる。

 私は武器を一旦手放し、両手で二人の拳を受け止めた。


「すみませんっ!」「すみませんっ!」

「大丈夫」


 私はアルケミアによって、二本の剣と一本の斧を取り出した。


「これを使いな。武器があった方が戦いやすいだろう」

「すみません、ありがとうございます」


 そう言って、スキロスとアルクダが剣を受け取り、アルステマが斧を受け取った。

 ……一応、一番重い斧をアルクダに渡すつもりだったのだが。

 まあ、アルステマの膂力は確かに三人の中じゃ一番だから、問題ないっちゃ問題ないし、適しているっちゃ適しているか。


 しかし、今は向こうが空中に逃げてしまったので、実質スキロスとアルクダは戦闘に参加できない。

 私とアルステマはすぐ様飛び上がり、真上で弓を構える神へと向かう。

 彼は私へと矢を放ったが、それをレイで弾く。弾いた先は地面なので、皆に当たらないように計算しつつ。


 そのままハルバードを構えて突っ込むが、これもまたひらりと躱される。

 アルステマも斧を振り被るがそれも当たらない。

 大きく空振ったアルステマは無防備となり、斧を持った方の腕を掴まれ、そのまま地面へと投げ飛ばされる。


「うわっ!」


 私は急速下降し、落ちていくアルステマを追いかける。

 彼女とて頑丈な竜人なので、ちょっとやそっとじゃ大怪我はしないだろうが、念の為彼女が落ちる前に受け止める。


「大丈夫か?」

「うん、ごめん、ありがとう」


 と、そうこうしている内に、向こうは早くも私達に矢を放っていた。

 やば、と、武器を急いで構え直したその瞬間、飛矢に雷が落ちた。

 ――否。雷は地面から空へ向かって放たれた為、「落ちた」というのは正しくないが。


「本当に多いな。攻め切れないや」


 愚痴を垂らした神の視線の先には、雷を落とした張本人――つまりはナキがいた。


 ナキは間髪入れず次なる魔法を放つ。

 いくつもの火炎の弾が神へと放たれる。

 それと同時に私は再度飛翔し、アルケミアで武器を仕舞い、腕に闇の霧を発生させる。


 ナキの火炎弾を魔法の障壁で防いだ神は次に襲いかかる私へと対峙する。

 私は腕から大量の闇の霧を出し、津波のように神へと仕向ける。

 神は火炎弾の対処と同じように障壁を張ったが、闇の霧はあらゆる物質を消し去るのだ。

 障壁は水に溶ける雪のように消えて無くなり、霧は瞬く間に神を襲った。


「うわ、やべ」


 神は間一髪で左に逸れて霧を躱したが、我々の猛攻はまだ終わっていない。


 追いついたアルステマは油断していた神の腹に、凄まじい蹴りを一発見舞わせる。


「ぐっ……!」


 そう呻いた神はそのまま上空へと飛ばされる。

 この機を逃す訳にはいかない。

 飛ばされた神に追いついた私は、彼の背中側に周り、両の拳を固く握り合わせ、そのまま神の背に叩き落とす。


 今度は地面へと勢いよく落ちる神はまたもアルステマに対峙した。

 彼女は斧を思い切り振り被り、神の首筋目掛け振るう。

 ぎりぎりで斧の刃を掴んだ神は負傷こそ免れたが、振るわれた斧の力は凄まじく、その勢いに吹き飛ばされた。


 飛ばされたその先は誰も居なかったが、何も無かった訳ではない。


 神が飛ばされた先には、ナキが障壁を張っており、神は見えない壁に勢いよく叩きつけられる。

 そこへ駆け込んだ私が、四回転の回し蹴りを放つ。空中だと四回転もかなり楽だ。


「がっ……」


 みぞに蹴りを叩き込まれた神はまたも苦し気に呻いたが、それでも終わらせない。

 見えようと見えなかろうと壁があるのなら、『壁攻め』ができる。

 彼の顔面に連打を打ち続ける。

 呻き声も出せない程に――呼吸もできない程に殴り続ける。


 連打の最後に一際大きな一撃を決めると、神は力が抜けたように真下へ落ち始める。

 がら空きの脳天に目が留まり、そこへ私は踵を落とす。

 重力に加え、私の蹴りにより勢いが増し、隼の如き速さで地面へと向かう。

 神が隼と違うのは――このまま為す術なく地面に落ちることである。


 背中から地面に叩きつけられた神は土埃を舞わせる。

 そこへ私は拳を握り締めて飛び込む。

 土埃で隠れた神の頭目掛け、渾身のスマッシュを放つ。


 これで終わらせる――そう呟き、放った拳は確実に神に直撃した。


 やがて土埃が晴れ、現れた真下の神は傷を多く抱え――しかし、未だに戦意を持った瞳で私を睨んでいた。

 私が放った拳は彼の左手で確と受け止められており、止めとはなっていなかった。


「――!」

「残念だったね。惜しかったよ」


 にたりと笑う神は倒れ込んだままそう言った。


 そして、空から落下しつつ斧を両手で持って振り下ろそうとするアルステマに気づき、視線をそちらへずらす。

 神は私の拳を握った左手及び左腕を大きく振り回し、私はあえなく投げ飛ばされる。

 そして、跳ね上がるように立ち上がった神は、迫るアルステマに構える。

 弓矢を構える暇はないと考えたのか、両手を前に突き出す。


 アルステマは煌々と輝く眼で神を見据える。

 空気を切り裂く程の勢いで下ろされた斧は衝撃で辺りを震わした。


 ――しかし、振り下ろされた斧を神は両手で押さえ込んだ。


「――なっ、あっ」

「うん、やっぱり惜しいな」


 アルステマは戸惑い、はっとして斧を手放そうとしたが、戸惑った分アルステマの方が一歩遅く、神の方が一歩速かった。


 斧を押さえ込んだまま体を捻り、アルステマを投げ飛ばす――ナキとアルアさんの所に目掛け。


 私は駆け出し、ナキとアルアさんにぶつかる前に、自らの意思とは無関係に飛ばされるアルステマを受け止める。


「あ――っぶな……かった……」

「……ごめん、また」


 何とかアルステマを救い出し、ナキとアルアさんにも被害が出ずに済んだところで、改めて神の方へ向き直る。

 さっきの猛攻でやり切れたとも思ったのだが、どうやらさすがに甘い考えだったらしい。

 あれ程の連撃を受けて尚、彼は未だに飄々としている。


 口内に溜まった血を地面に吐きつけ、静かにこちらを睨む。


「惜しかった。とはいえ、やっぱり惜しかった。届きこそしなかったけど、もう少しやられてたら本当に危なかった」


 私はレイを顕現させ、彼を見据えて構え直す。

 神の力が未曽有であるならば、未だに真の力を隠している可能性は十分にあり得る。

 だとしたら、このままでは彼を倒すことは難しいかもしれない。


 何か――決め手となるような強さを――神を圧倒するような力を――見せつけなければならない。


「でも、結局惜しいだけ。自分は生きてる。……そろそろ疲れてきた。それに飽きてきた。その上、やる気も無くなってきた」


 もう何でも良いや――そう呟いた瞬間、神は一気に距離を詰めてきた。

 私達のいる方ではなく――スキロスとアルクダがいる方へと。


「――っ!」


 高速で詰め寄ってきた神の突然の攻撃に、二人は対処は疎か、その場から動くことすらできなかった。

 現に私も、殺傷対象の私ではなく、無関係のはずの二人の少年から手にかけようとしたことは予想外であり、反応が遅れてしまった。


 先程『今は運が良いのか悪いのか、皆も一緒にいるので、数の利は一応ありそうである』と、言ったが、撤回しよう。

 数なんてものさえ、それを上回る力を前にすれば、有象無象でしかない。

 こんなことは言いたくないが、皆はやはり連れてこない方が良かったのだろう。


 神は弓矢を使うでもなく、その拳を固く握り、スキロスの腹部に目掛けて撃ち放った。

 スキロスはほんのぎりぎりで腕で拳を受け止めたが、腕諸共殴りの衝撃で後ろへと吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた先の木の幹に強く体を打ちつけ、地面に倒れ込む。


 すると、神は今度はアルクダに標的を移し、回し蹴りで彼の脇腹に一撃を喰らわせ、その巨躯の少年を宙に浮かす。

 地面に強く叩きつけられたアルクダは、呻きながらも立ち上がろうとするが、あまりの衝撃に体に力が入らないようである。


 私はワンテンポ遅れて神へと襲いかかるが、神は既に次の行動に移っていた。

 私が神に斬りかかる直前、神は私の目の前から姿を消した。


「――!?」


 虚空を斬り裂いた私ははっとして気配の方へ振り返る。

 振り返った瞬間、背中に強烈な衝撃と痛みが襲いかかり、為す術なく前方へと飛ばされる。その際、手の力が抜け、レイがすっぽ抜けて遠くへ飛んでいってしまった。


 すぐ様立ち上がろうとするが、何故だか力が入らない。

 今の一撃で神経が麻痺してしまったのだろうか。そこまで重い一撃ではなかったはずだが。


 何とか腕に力を込め、顔だけでも上げると、神はナキ達のいる所へ悠々と歩んでいた。


「! ……ま、て……」


 喉にすら力が入らず、掠れて零れた己が声は神に届くことはなく、閑静な森の中に消えた。


 じりじりと近づく神に対し、ナキとアルアさんは後退り、アルステマは二人を守るように前へと踏み出る。

 顎を引いてしっかりと神を睨むアルステマの瞳には、絶えることのない闘志の炎が燃え盛っていたが、同時にそこには僅かな焦りも混じっていた。


 手に持つ斧を握り直し、煌々と輝く焔で斧を包み込み、その刃は高熱で黄金に光り出す。


「威嚇のつもり? だとしたら、意味無いぜ。ちゃんと威力を示さないと、本当に熱いのかも分からないし」

「そう。だったら見せてあげる」


 そう言い、アルステマは大きく一歩を踏み出し、神へと一気に近づく。

 斧を大きく振り翳し、火の粉を散らしながら神の肉を裂き喰らわんとする。


 横薙ぎに振るわれた高熱の斧は、神の胴を捉えていた。

 しかし、神はその場から動くこともなく、体を大きく仰け反らせ、渾身の斬撃を余裕で避ける。


「くっ……」


 アルステマは振るった斧の勢いを止めることなく、両手で抱えた得物を自身の背中に回し、今度は縦に神を切り裂こうとする。

 それを予測していたかのように、神はブリッジのような態勢からバク転一つで斧を躱す。


 空振った斧は柔い地面に深々と刺さり、一筋縄では抜けなくなってしまった。

 態勢を立て直した神はその一瞬の隙を見逃さず、地面に刺さった斧を蹴り一つで遠くの方へと飛ばす。その際、地面の土も一緒に抉れてしまった。

 斧もまだ高熱を孕んでいたはずなのに、そこを躊躇なく蹴り込むということは、もしかして神は熱が効かないのか?


「あっつ」


 効いてた。

 全然熱いらしい。


 しかし、それでも摂氏百度は軽く超えているはず。普通ならば火傷では済まないし、一瞬触れただけでも多少のダメージはあるはずなのだ。

 なのに、そんな素振りは見せず「あっつ」の一言のみ。


「あらら、得物がどっか行っちゃったよ?」


 と、おどけたような神の言葉を無視し、何なら飛ばされた自身の武器すらも無視し、アルステマは拳から火炎の柱を神へと放出した。

 けれど、それも彼には当たることはなく、難なく避けられてしまう。


 すると、火炎を避けた為に横に逸れた神の頭上には、ナキが生み出した巨大な氷塊があり、今にも神の脳天に直撃しようとしていた。


「おおっと」


 少し驚いた風を見せつつも、神は依然として落ち着きを失わず、振ってくる氷塊に手を翳すと、瞬く間に氷塊は粉々になり、輝きながら宙に溶けていく。


 しかし、今度は神の立つ地面から大量の水が湧き出し、壁のように神の周りを囲う。

 そして、やがて水の壁は神の頭上までも覆い、壁は檻と化して彼の視界を奪う。

 どうやらアルアさんの魔法によるものらしい。


 けれど、それ自体は攻撃ではなく、目晦ましに過ぎない――要はこれからであった。


 ナキが魔法のスティックを振るうと、水の檻の周りにいくつもの岩の剣が現れる。

 剣の切っ先は間違いなく神を狙っている。

 やがて大量の岩の剣は、一斉に神に向かい放たれた。


 水の檻を破り、剣は檻の中の的へと刺さる。

 アルアさんが魔法を解き、水の檻の中を現す。


 中の様子は、いくつもの岩の剣同士がぶつかり合い、互いに互いを破壊していた。

 そして、神が立っていたはずの地面には人一人分程の大きさの穴が穿たれていた。


「――! あいつは――」


 アルステマがそう叫んだのも束の間、彼女の足下の地面が突然隆起し、噴火の如く地面が爆ぜてアルステマは勿論、側にいたナキとアルアさんも吹き飛ばされた。


「! み……な」


 出ない声は出ないままで、立つことも未だままならず、私はその光景を見ていることしかできなかった。


 やがて、土煙が舞う地面の隆起からは、体についた土を払う神が姿を現した。

 どうやら神は水の檻に囲まれた際に、足下の地面に抜け穴を作り、そこから抜け出したらしい。

 そして、アルステマの足下まで移動すると、そこで爆発を巻き起こした。


「う、ああ……あ、あ……」


 吹き飛ばされた三人に目を遣ると、皆地面に蹲ったまま呻いていた。

 体には少しの火傷が見られ、特に直撃したアルステマはその怪我が顕著だった。


「ふうん、お終いか。手え抜いても、やっぱりこんなもんなのかな」


 何ともないような素振りで――何とも感じていないような口振りで――神は悠然とした態度で、そう呟いた。


「……ん?」


 すると、彼は何かに気づいたように目を見開く。

 その視線の先には、私の愛すべきナキが居た。


「こいつ……ああ、そうか」


 何か理解したように一人で頷くが、私にはそれが何なのか分からなかった。

 ただただ、あいつがナキを凝視している事実が不愉快だった。


 当のナキは先程の爆風で気を失ってしまっている。


 それに構うことなく、神はナキへと一歩ずつ悠々と歩み寄る。

 首を鳴らしながら、弓矢を取り出す。


「お、い……ま、て…………くそ、く、そ……くそ」


 私は変わらず声が出ず、何も抵抗できずに倒れているだけだ。


 そして、神は倒れ伏すナキの前まで来ると、彼女の髪の毛を乱雑に掴むと、ぐいっと顔を寄せてその寝顔を覗き込む。

 その光景を見ているだけで、私の心中は煮え滾っていた。

 そして、その光景を見ていることしかできないことに、何よりも憤りを感じていた。


「ああ、やっぱりあの時フィン・アーク・アイオーニオンと一緒にいた女か。この間は気づかなかった」


 そのことに気づいたらしい。

 しかし、そのことに気づいたからといって、彼は何をするつもりなのか。

 ナキをどうするつもりなのか。


 すると、神は鷲掴んだナキの髪の毛を地面に放り捨てるように地面に叩きつける。

 そして、徐に弓矢を構え、その毒矢の先をナキの小さな頭に向ける。


「! ……やめ…………やめ、ろ……やめろ……!」


 潰れそうな声を無理矢理枯らし、やっと出た声は神に届いたらしい。

 しかし、その声の返答はあまりに情の余地もないものだった。


「悪いな。この女も生かしておけない。あんたと同じく――」


 殺す――そう言って大きく弦を引き込み、弓は弾けそうな程震えて今にも矢を解き放ちそうになっている。


 神が突然ナキを殺そうと言い出した理由は、何となく分かる。

 そもそも神が私を殺そうとしているのは、オールの破壊された自我を修復させてしまったからである。

 そして、彼の言う『あいつら』という神達はその実行犯を私だけと認識していたようだが、彼はあの場に私だけでなくナキも居たことに気がついたのだろう。

 一緒に居たのであれば、オールの自我の修復に加担したと見ても何らおかしくはない。実際、実行したのはナキなのだから。


 理由は解る。

 理屈は通る。


 だからこそ――悔しくて仕方なかった。


 何故なんだろうか。

 どれだけ決意を改め固めても、その度に私に襲いかかるのはその決意すら簡単に粉砕する『力』である。

 全部、私の不運のせいなのだろうか。

 そのせいで、何度も皆は危険に晒されるのだろうか。


 そんなことがあって堪るものか。

 そう思ったから、皆を守ると決意を固め直したのだ。

 なのに、こんなあっさりと私は失うのだろうか。


 終わりだと悟った訳ではない。

 そこまで潔くなれないし、彼女の為に尽くしてあげないといけないことも山積みである。

 彼女にもっと見せてあげないといけないものも数え切れない程あって、まだ数え切れる程しか見せてあげられていない。

 しかし、体に力は入らないし、どう抗っても救うことができない。

 為す術なく、こんなふわっといつの間にか失うものかと、困惑もしている。


 現に今、ナキの命が此岸の淵に立たされている。


 どうして救えないのだ。

 どうして守れないのだ。


 無力感と絶望感に苛まれ、私は力を入れようともしていなかった。


 そうして、私が諦観し、最後となるであろう彼女の生きた寝顔を見た。

 草花の枕に頭を預け、目を瞑ったまま起きないナキの顔を見た。

 何度も見てきた――失うにはあまりに惜しく、あまりに綺麗な――ただそれだけを思うだけで、決意なんてものはきっといくらでも固め直すことはできる。


 そして――毎度毎度思い知らされる。

 事あるごとに絶望に縛られて、その度に思い出す。

 

 諦めることすら――縛られたままでいることすら――私には許されないのだ。


 一層強い決意が甦り、それと同時に体に力が戻ってくる。

 私はすぐ様立ち上がり、神の背中へと駆け出す。


 気づいた神は手遅れだった。

 対処をするにはあまりに遅く――それ故の敗北だった。


 レイも持たず、アルケミアで新たな武器を顕現させる訳でもなく、私は己が腕のみで神へと襲いかかった。


「――っ!」


 神は私の攻撃を防ぐこともできず、かと言ってナキを殺すこともできず、ただただ敗北を喫した。


 竜人の脚は人智を超える速度で神へと詰め寄り、竜人の腕から放たれた一撃は神の胴を背中から軽々と貫いた。

 そして、背中を突き刺し腹を貫いた私の腕は、ナキに狙いを澄ましていた弓矢にまで届いており、伸ばされた腕は弓矢を掴んでそのまま粉々に砕き壊している。


「……あーあ、本当に。だから、嫌だったんだ。始めたのは自分じゃないのに、何で自分が真っ先に痛い思いしなきゃならないんだよ……うっ、がは――」


 愚痴のような独り言と一緒に真っ赤な血を吐いた神は、恨めしそうに空を見上げる。


「……それも全部……」


 その後の言葉は静かな森に消え入って聞こえなかった。


 やがて壊れた弓矢を無意味に構えていた両腕をだらんと力なく落とし、首を捻ってこちらを見下ろす。

 その眼には怒りや怨みは込められてはなく、ただただ気怠げな憂いの瞳だった。


「良いや、もう。どうせ死ぬんだし」


 そう呟いた神を私は依然睨み続け、粉々にした弓矢を掴んだまま彼の胴から腕を引き抜く。

 そして、彼は虚ろ気な顔でこちらへ向き直り、相変わらずの笑みを浮かべた。


 その瞬間、神の体が光の粒になって宙に溶けていった。

 それは、私の腕にびっしりと付いた神の血も――私が握り締めていたはずの神の弓矢も、例外ではなく。


 その間、私は何もできず、呆然と神が消えるのをずっと眺めていた。

 やがて神は完全に消滅し、私は未だ動けずに立ち尽くしている。


 ただただ、自分の体に急に力が戻ってきたことに漠然とした謎を感じつつも、掌を握っては開いてを繰り返して力が戻ってきたことを実感する。

 突然体の力を抜かれるようなあの現象――神の何らかの仕業であることは間違いないだろうが、その現象の発生理由や、現象からの解放理由が分からない。

 しかし、何にしてもその現象を私は解き、力を甦らせたのだ。


 そして、私はすぐ側のナキを見遣る。

 確かに私はナキを守り抜き、神というたった一つの強大な脅威を退けたことを、先程まで彼の血で覆われていたはずの右腕を見て感じていた。


 神がどうなったのかは分からない。

 光の粒と化して霧散したことが神の死であるのかも分からない。


 分からないことばかりが多過ぎて、目の前が眩みそうになる。


 ――と、私は正気を取り戻したように視界が開けた。

 今は怪我人が大勢いる。というか、皆である。

 何よりも早く皆の怪我の治療をしなければならない。


 私は漠然とした謎をいくつも抱えながら、皆の治療を急いだ。

 少なくとも、今は今繋げられる命を助けなければ。



   〇   



 その場で全員の治療を終えた私は、皆が意識を取り戻すのを待っていた。

 さすがに、私一人で皆を森から宿に搬送するのは骨が折れるので、森で皆の回復を待つ。


 一番怪我の酷いアルステマも全ての傷が綺麗に塞がり、結果的には誰も命に別状はなかった。


 また、一番傷が浅かった――というか、傷が無かったのは、意外にもナキだった。

 彼女もあの爆風に少なからず巻き込まれたはずだったのだが、受け方が良かったのか無傷で済んでいた。


 私もそれなり傷を受けたものの、それ程のものでもなく、特別外傷は無い。ちょっと背中や腰が痛いが。

 そう考えると、先程の戦闘で体に力が入らなかったのは、やはり直接喰らった攻撃によるものではなく、神の特殊能力的な何かによるものなのだろう。

 スキロスやアルクダも神の一撃で倒れてしまったが、それは恐らく神の一撃の単純な威力ではなく、神の何かしらの特殊能力のせいなのだろう。

 私も、たまたま解除されたが、あの時点で力が戻ってこなかったらと思うと、ぞっとする。


 そう思い、地面に腰を下ろす私の傍らで、寝息を立てて穏やかに眠るナキを見た。

 寝返りを打ち、私の方に体を向ける。

 その拍子に互いの手が触れ、ナキは寝ぼけたのか、私の手を小さな両手で握った。


「…………」


 そんなナキを私は静かに見つめ、ふと、掴まれた方とは反対の手を彼女に向けて伸ばした。

 ひんやりとした白く柔らかい頬を撫でると、ナキはくすぐったそうに声を漏らす。


 私は、ちゃんと守れたんだよな――


 ――そこではっとして現実に舞い戻り、一体何をやっているのかと恥ずかしくなった。


「……ん、んん…………んん?」


 と、私が完全な私欲でナキの肌を弄んでいる内に、ナキが目を覚ましてしまった。


 しまった――彼女の穏やかな眠りを妨げてしまった。彼女の眠りすら守れないとはほとほと情けない。


 しかし、そんな心配をしたのも杞憂だったのか、ナキはまるで清々しい朝日を浴びながら心地良い目覚めでもしたかのように、私に気づき可愛らしい微笑みを見せてくれた。

 と、思ったのも束の間、突然ナキの顔は青ざめて半身を起こす。

 何事かと思ったが、次の瞬間彼女は一言――


「フィン! 神は!?」


 彼女の心情を理解して安堵した私は、軽く微笑んで優しく答える。


「大丈夫。退けた」


 それを聞いた彼女は、張り詰めていた表情を緩め、胸を撫で下ろす。

 神もいないが体の力が抜けたのか、体を私に預けて深く息を落とす。


「……良かった、本当に」


 私の肩に頭を乗せた彼女は心底安心したように、まだ眠っている皆の顔を愛おしそうに見つめる。


「皆も、無事なの?」

「ああ、全員助かった」

「そっか……ありがとう」

「……何で?」

「だって、あなたが助けてくれたから」

「……そっか」


 曖昧な返事をした私を不思議に思ったのか、ナキは私のことを一瞥するが、それ以上は何も言ってこなかった。

 ただ二人の間に心地良い沈黙が流れ、正午の陽光が私達を温かく包み込んだ。


 すると、あまりに気持ちの良い日の光が眠気を誘ったのか、ナキは私の肩から頭を落とし、私の腿に頭を預けた。

 彼女は既に眠りに就いており、安らかな様子で寝息を立てていた。彼女の艶やかな黒髪が光を浴びてきらきらと白く輝く。

 私は彼女の頭を軽く撫で、皆の目覚めを静かに待った。


 ――そして、そんな小さな平穏を破ったのは、得体の知れない化け物だった。


 私達が今いる森は、普段人が近づかないとはいえ、都で管理された土地である。

 凶暴な獣などの人々の生活を脅かすような害獣は、既に駆除されている。


 その安全性もあって、私はこの森を特訓の場として選んだのだ。


 故に、この森に人を襲うような獣はいない。

 まして、あんなにも巨大な猛獣が今まで見逃されて――見過ごされていたはずがないのだ。


 けれど、私達の目の前には『それ』が現れた。

 私達の目の前を『それ』が横切ろうとしていた。


 『神』に続く謎の脅威――全身継ぎ接ぎの様々な生物をごった混ぜにしたような、醜悪な獣。

 まるで――私のような――醜い怪物。


 獣は私達に気づき、荒い息と涎を垂れ流しながら、殺意の眼差しでこちらを睨んだ。

 虎視眈々と――獲物を狩る眼で。



   〇   



 構えた時には、既に獣は襲いかかってきていた。


 私は腿に乗ったナキの頭を素早く丁寧に地面に下ろし、未だに目を覚まさない皆を庇うように、前に歩み出る。

 皆を背にした後、全員を囲うドーム状の障壁を魔法で展開する。


 私は竜へと姿を変え、迫る獣へと対峙する。

 翼についた手で獣の顔面を押さえ込み、何とかその涎塗れの牙がこちらへ届かないように押し留める。


 押さえ込むことに成功した私は、改めてその獣の姿を観察する。


 サイズは、人間の時に見るとかなりの大きさに見えたが、竜になってしまえばそれ程でもない。

 目測で二メートル強であろうか、ネコ科の猛獣より少し大きいくらいである。


 獣の頭部は巨大な蜥蜴の頭のようで、目は大きく肌は鱗で硬い。しかし、牙はただの蜥蜴とは思えぬ程の仰々しいもので、まるで鮫のような鋸状である。頭からは山羊のような角が生えている――というより、付いている。

 首から下は獅子ような筋肉質で黄金の毛並みの体である。ただ、その先端から生えた爪は鉤爪のようにひん曲がっており、およそ獅子のそれとは思えない。

 背中には剣山のような棘が生えている。また、尻尾も獅子のそれではなく、竜のような長く硬く靭やかな尾である。


 見た目はあまりにも纏まりがなく、まるで地獄の釜で森羅万象が一度に煮え固められたのではないかというような悍ましさである。

 それも、一つ一つの部位が自然に形成されたものではなく、無理矢理溶接でもしたかのような縫い目だ。

 故に、この獣は確実に自然界の生き物ではなく、誰かが創ったものではないかと考えられる。


 つまり、この獣は――キメラ――ということになるのだろうか。


 そして、何よりも気になるのが、獣の首には鉄製の首輪が付けられている。

 これを創った者がいるということは、これを所持している者がいるということでもあるが、首輪まで丁寧に付けて、案外可愛がっているのだろうか。


 と、そんなことも考えたりもしたが、その首輪には小さなネームプレートが飾られており、それを見た瞬間、この獣の飼い主には愛なんて欠片もないことが容易に理解できた。


 そこには、不気味で不可解な言葉と数字が刻まれていた。


 ――PROTOTYPE・No.46――


 そう刻まれたその言葉と数字は、あくまでも憶測に過ぎないが、この獣が意図的に製造され、量産されていると憶測するには、十分過ぎる根拠だった。


 この獣を創り出した張本人は一体どんな思考の果てにこれ生み出すに至ったのだろうか。

 ネームプレートの番号は、世界共通言語である王国の言葉で書かれているので、それだけではどこの誰がこんな迷惑なものを創ったのか分からない。


 しかし、その人物は少なくとも善良ではないだろう。


 何故かといえば、この世界には国際条約というものが定められており、星を支配する全五十五の国が漏れなく加盟している。

 その条約の中には、死体操作ネクロマンシーや、侵略行為における民間人への攻撃の禁止などがある。

 そして、その中には、生体兵器――及び、キメラの製造の禁止も含まれている。


 この獣が見立て通りキメラなのであれば、これは国際条約に違反する重罪である。


 であれば、ひとまずこの獣は気絶でもさせて、その後は憲兵に引き取ってもらうのが得策だろう。

 最悪殺してでも、これを証拠として国に突き出さなければ――


 と、今後の方針を固め、改めて涎を撒き散らし荒れ狂う獣を押さえつけようと力んだ瞬間――獣は何かを察したように、後ろへ跳び退いた。

 その拍子に、私は前へ前へと押していた力が行き場を失い、大きく地面へのめり込んでしまった。手押し相撲で自滅した時のようである。


 無防備な状態で転んだ私は隙だらけで、獣が今にも襲ってくると慌てて立ち上がる。


 しかし、当の獣は全くそんな気配も見せず、一歩退いてからずっと動かない。


 先程まであれだけ暴れていたのに、どういう風の吹き回しなんだと警戒していた私を後目に、獣は突然空に向かって咆哮を上げた。

 もしかしたら、街の方まで響いてしまったかもしれない。


 ――と、その瞬間、獣の外形が瞬く間に歪み、ぼやけた輪郭はぼろぼろと崩れ始めた。


 何が起こっているのか理解が追いつかない私は、ただ崩れていく獣を見るだけしかできない。

 やがて、獣は跡形もなく崩れ、そこには白い砂塵だけが残っていた。


 ただただ気持ちの悪い謎だけが、森を吹き抜ける風に煽られていた。


 私は人に姿を変え、残された砂塵を拾い上げる。

 さらさらときめ細かな粒で、触り心地はとても良い。

 一体何が起きたら、こんな風になってしまうんだ?


 ――と、これにはまだ命があるのか、魔法で調べようとしたその時、私が発生させた魔素と反応し、白い砂塵は火を上げて黒く燃え出した。


「!?」


 私は思わず跳び退いて、燃え続ける砂塵を眺めていた。

 砂塵は黒く燃え出したところから、跡形もなく空気に混ざって消えていく。

 ここにキメラが現れたという証拠が――消えていく。


 不気味で仕方がなかった。

 立て続けに私を襲う不可解な存在と現象。

 そのどれもが未解決で、答えの糸口も――断片すらも見えないまま。


 しばらくすると、砂塵は全て燃え尽き、そこには何も残っていなかった。



   〇   



 何も理解できない私が呆然としていると、後ろから唸るような声が聞こえる。

 振り返ると、皆が目覚めるところだった。


 私はひとまず安心し、張っていた障壁を解く。


「ん、ん……んあ!」


 すると、眠そうに目を擦りながらも、何かを思い出したかのように立ち上がって声を上げるスキロスは、私の方を見て焦ったように訊ねた。


「フィンさん! あいつは!?」


 その声に他の皆も反応して、慌てて立ち上がる。


「大丈夫。倒したから」


 静かにそう返答するが、先程ナキに訊かれた時のように優しく答えられた自信はない。

 私も今焦っている。

 得体の知れない生物の襲撃は、私の心を乱すのに十分過ぎる要素だった。


 それでも、皆は安心して息を漏らし「良かった」と、笑って言った。


「すみません。何故か動かなくなってしまって」

「大丈夫だよ。結局皆助かったから。無事で良かった」


 私は改めて皆の方へ向き直り、できる限り柔らかな笑顔を向ける。


「皆、怪我はもう大丈夫?」

「はい、この通り」


 そう言いながら、スキロスは肩を回して体の快調振りを見せる。

 他の皆も同じように大丈夫らしい。


 しかし、今さっき眠ったナキは未だに起きる気配がなく、深い寝息を立てている。


 私は眠る彼女を背負って、皆と並んで宿を目指した。


 思えば、明日こそがリシ武闘会決勝戦であった。


次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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