『待望』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
リシ武闘会二回戦が始まり、私達は順調にトーナメントを進んでいった。
ミウラとの対戦後に私に声をかけてくれた人はどうやら一回戦で敗れたらしく、二回戦では全く知らない人と対戦した。
一回戦がミウラだっただけに、二回戦は速攻を仕掛け、一瞬で試合を終わらせた。アルアさんに迷惑をかける訳にもいかないし。
まあ、実際のところは、アルクダの刹那で終了した試合を見せられ、変な負けん気が出てきたのだろう。
何にしても、我々は特に苦戦を強いられることもなく、順調に優勝へと近づいていた。
スキロスはというと、彼の一回戦が終わり、泣き続けた夜を超えて、翌朝には気持ちを新たに清々しい面構えで私達の前に現れた。
それでも彼の眼には燃えるような悔しさが宿っており、彼にとってはもう終わってしまったリシの試合一つ一つを見る眼差しは、試合から全てを奪い取るようなものだった。
夕方頃に行っている稽古も、スキロスは見る間に著しく成長していき、伸びていく力は私だけではなく、アルクダにも良い刺激となっている。
そして、今日も今日とて試合が始まるのだが、実に第六回戦目――今までに、五人の対戦者を倒してきたことになる。
そして、六回戦目の対戦相手こそ、今まで共に戦い成長してきた――アルクダである。
私がいつもの如く日が昇る前に起床すると、アルクダとスキロスの姿は既になかった。
恐らく宿の裏手で二人で特訓をしているのだろう。
アルクダも今日は一段と気合が入っているらしい。
着替えを済ませて宿の裏へ行くと、二人が組み合っている場面に出くわした。
こちらに気づいたスキロスが「おはようございます」と、組み合ったまま頭を下げ、それを受けたアルクダを首をこちらに向け「おはようございます」と、組み合ったまま頭を下げた。
「おはよう。今日は一段と早いね」
そう言うと、彼らは組んだ腕を解いて「大事な一戦なので」と、応えた。
その時のアルクダの表情は少し険しいものだった。
それから朝食の時間まで稽古をし、いつもと変わらない風に過ごした。
皆は私とアルクダの対戦という、身内同士の対戦で少し緊張しているらしかった。
心境としては、どちらを応援すれば良いものなのか、といったところか。
正直、好きな方を応援してくれて構わないのだが、心というのはそう簡単ではないことも知っている。
会場へ到着するや否や、控室へ向かう。
私がトーナメント表の一番端なので、回戦の数が増える度に私が第一試合に出場することになる。
故に、基本的に私の試合は一日の最初に行われる。
私とアルクダの対戦のアナウンスが会場内に響き、まずアルクダが入場する。
アナウンスがやがて聞こえなくなり、私の意識は奥深くへと沈んでいく。
私は今からアルクダと戦う。
私は今からアルクダに暴力を振るう。
私は今からアルクダを負かす。
今までそんなことはしたことがない。
宝石を傷つけないように大事に大事に包んでいた今までからは、そんな日が来るなんて思わなかった。
稽古の時も彼に堕ちる程の威力の技はしないし、ほとんどの向こうの攻撃を躱すか捌くかくらいである。
彼を打ち倒すつもりで攻撃をしたことなどない。
だからこそ、これは私にとっても試練であるのだ。
こんな経験は無くて良いもののはずなのだが、それもまた運の悪いということか――否。こればかりは自分で選んだ道か。
「対するは、現在オッズ占有率一位――今大会の希代の新星――」
そのアナウンスが沈んでいた意識を浮かび上がらせ、はっと現実に戻る。
椅子から立ち上がり、一つ大きく伸びをする。
控室から出て、リングの上へと上がる。
そこには、空を見上げるアルクダが佇んでおり、私の名が呼ばれると同時に私の方へ振り返る。
「――フィン・アーク・アイオーニオン!」
私は今から君を倒さなければならない。
君は一体そんな戦いを見せてくれるのか、果たして――
〇
コングが鳴り響くと、案の定アルクダは凄まじい速さで距離を詰めてきた。
今までの試合通り、一瞬で決着をつけるつもりらしい。
しかし、私とてそれくらいのことは容易に予想できていたし、それ故に一番警戒していた。
私は腰を低く落とし、迫りくるアルクダに対して構える。
アルクダは得意のスマッシュを咬まそうと、大きく拳を引き込み、勢いよく私の目の前で放つ。
私は片手を翳すように前に突き出し、放たれた拳の流れに合わせつつ勢いを殺して躱す。
後ろに流され、背中ががら空きになったアルクダは、私の方に振り返ることはなく、その勢いのまま前に転げ、一旦私から距離を取る。
私は間髪入れずに、その背中を追いかけ、攻撃を仕掛ける。
アルクダもそれを予測していたかのように、振り向きざまに拳を突き出す。
躱した私は彼の腹に殴りかかるが、それもアルクダは体を横に逸らし、躱していく。
熾烈な攻防が始まり、場内は歓声を上げて湧き立った。
避けては殴り、捌いては蹴り込む。
そんなどちらも一歩も譲らぬ応酬が繰り広げられ、当の私達も無我夢中になった。
そんな中、私の中でとある思考が流れてくる。
どうすれば彼を傷つけずに済むのか――と。
どうすれば彼の自尊心を傷つけずに済むのか――と。
彼の体力が空になり、動きが鈍ってきた頃に、軽く投げ飛ばして場外で試合を終わらせるという方法が今考えている中で、最有力の最善策である。
しかし、もしもそれでは彼が満足でないようならば、私は他にどんな方法を取れば良いのだろう。
けれど、彼を負かす選択しかできない時点で、彼の自尊心を傷つけない方法なんてあるのだろうか。
私は本当は分かっているはずなのだ。
私にできる選択が何であれ、この勝負の行く末を。
その結末を。
彼が勝てるか否かなど、疾うの昔に分かっているはずなのだ――
――と、痺れを切らしたのか、アルクダは私の攻撃を躱すと同時に一歩引き下がり、再度を距離を置く。
私はまた同じように追いかけるが、アルクダはすぐ様振り返り、渾身のスマッシュを放ってくる。
いつもの私ならば、先程同様躱して反撃に出ることは容易である。
しかし、今の私には、それをするだけの力は無かった。
私は結局甘かったのだから。
「うらあああああああ――」
「――!」
叫ぶアルクダの一撃を諸に喰らうことはないにしても、交差させた両手を顔の前で構え、防御を取る――が、さすがに真正面から喰らった分、私は直立したまま後ろへと吹き飛ばされる。
足をどうにか踏ん張り、リングアウトだけは何とか凌いだが、それでもリングの淵ぎりぎりだ。
それに、盾に使った両手もそれなりに消耗してしまった。
当然だが、アルクダは手加減なしのフルパワーのスマッシュをぶつけてきた。今の一撃で、私を倒すつもりだったのだろう。そして、その意志は一度破られた程度では屈しないのだ。
反対に、私の意志は、事実最初から揺れまくっている訳だが。
〇
フィンさんが俺に対して本気を出していないことは、明らかだった。
彼が本気を出せば、俺如きは一コンマも過ぎない内に叩き潰されてしまうし、或いは、ただされるがままに投げられてリングアウトにさせられてしまうだろう。過言でもない。
だから、俺が今このリングの内側に居られている時点で、彼は多かれ少なかれ力を抜いている。
その事実が――嫌で嫌で堪らなかった。
フィンさんは紛れもなく俺らネフリの皆の恩人であり、俺が憧れた人でもある。
だから、彼に認められたくて――役に立ちたくて――もう、あの日のような情けない姿は見せたくなくて、今まで稽古をつけてきてもらった。
だから、俺とフィンさんがやむを得ず相まみえることになったとしても、フィンさんには全力で俺を倒しにきてほしかった。
それなのに、彼は俺相手に力を抜いている――もしくは、俺を負かすことを渋っている。
これでも俺はフィンさんの仲間だ。少なくとも、今回俺はフィンさんの仲間としてこの大都市に付いてきた。
優しいフィンさんのことだから、格下かつ仲間の俺を負かすことに後ろめたさがあったとしても、おかしいとは言えない。
けれど、いつもならばいつも通り許せることのはずなのに、今はそのことに腹を立ててしまっている自分がいる。
これは――そうだ。
あの日と一緒だ。
あの日、フィンさんに感じたあの怒りにも似た悔しさと同じだ。
決して抱えてはならない――ぶつけてはならない――酷く身勝手な感情だ。
だから、少しでもフィンさんが俺に本気を出してくれるように、彼に容赦なく攻撃を続けた。
そうしたら、いずれは彼も気づいてくれるはず――迷っている場合ではないと。
この先のトーナメントに進めば、今まで相手してきた対戦者よりもさらなる猛者達を倒さなければならない。
俺達がこの大会に出場した理由は、自身を成長させる為ではない。
それは二の次であって、あくまでも本当の狙いは、優勝を経てネオン帝国帝王の洛西獣と接触することにある。
だから、正直言うと大会の結果はどうでも良かった。どこまで進んだとか、どこでやられたとか、そういうことは問題ではなかった。
――優勝以外は失敗なんだから。
だからこそ、このトーナメントを勝ち進むのは、フィンさんでなければならない。
俺では、この先の戦いのどこで負けるかも分からない。
確かに、それはフィンさんだって同じである。
フィンさんですら勝てない相手がいないとも限らない。少なくとも、彼が死にかけてやっと退けられた男を、俺は一人知っている。
だから、フィンさんが勝ち進んだからと言って、そのまま優勝まで駆け上がれるとは限らない。
けれど、俺が進むよりは、余程可能性が大きい。林檎と林檎の木くらいの大きな差がある。
だから、こんな所で、俺のような弱い身内に竦んではならない。
それを思い出してくれ。
否が応でもフィンさんが進まなければならない理由を思い出してくれ。
俺をどれだけ傷つけてでも、蹴倒さなければならない現実を見てくれ。
――願わくば、俺と本気で戦ってくれ――本気で戦って、その圧倒的な力を見せてくれ――どうか今まで通り、憧れさせてくれ。
「うらあああああああ――」
「――!」
渾身のスマッシュを喰らったフィンさんはリングのぎりぎりまで吹き飛び、辛うじて耐えた。
俺はそこを見逃さず、しっかりと追い打ちをかける。
フィンさんの少し手前で高く跳び上がり、彼の真上から殴りかかった。
横に躱したフィンさんは若干息を切らしながら、態勢を整える。
躱した後もすかさず連撃を繰り出し続け、その度にフィンさんは鈍い動きで躱し続ける。たまに俺の拳が彼の顔を掠めた。
気持ちが昂り、どうしようもなく目頭が熱くなり、目の前のフィンさんがゆらりとぼやけ始めた。
とても気持ちが悪かった。
だから、つい、全て吐露してしまった。
戦っている最中で、彼に抱いた想いの全てを吐き出してしまった。
「…………何で」
微かながらに確かな声が零れ、フィンさんは思わず困惑してしまった。
「…………何で、本気を出してくれないんですか……」
「…………」
自分でも何を言っているんだと思いながらも、喉は制御が利かないまま震え続ける。
「本当は、分かっているでしょう……俺じゃ、駄目なことくらい……俺じゃ、決勝へ行けないことくらい……本当なら、俺なんかとっくに倒せているでしょう……それなのに、何で、いつまでも迷っているんですか。自分で決めたことじゃないですか。だったら、こんなところで迷っていないで、早く先に進んで下さいよ。俺なんか軽く捻って下さいよ。ちゃんと強いフィンさんを見せて下さいよ」
今になって気づいたが、どうやら零れていたのは喉からだけじゃなく、目からもだった。その内には、きっと鼻水も垂れてきてしまうだろう。
「不安なんです、皆。最初にフィンさん達が村に来てくれて、村を悪党から助けてくれて、皆、すごく感謝していて、信頼していて、だからあの日も俺らはどこかで『フィンさんたちが居たら大丈夫だ』って、どっかで安心していて……酷い話ですよね。俺らは結局他人に委ねるしかなかったんだから。フィンさん達が頑張ってくれるのを、傍から見ているしかなかったんだから」
俺の動きはどんどんいい加減になっていくのに、フィンさんはそれを上手く躱せずにいる。
まだ彼は躊躇しているのだ。今が俺を倒す絶好のチャンスのはずなのに、それでも俺の言葉を聞こうとしてくれている。
結局、彼は優しかったのだ。
「だから、フィンさんが魔国の男にやられて、死にかけて、怖かったんです。フィンさんまで失うのかと思って――奪われるのかと思って。あれだけ抵抗したのに。あれだけ我慢してきたのに。俺は父を奪われた。もう失うのは、嫌なんです。母を失い、父を失い、沢山仲間を失って……だから、フィンさん。お願いです。俺らに強いフィンさんをもう一度見せて下さい」
俺らを安心させて下さい――身勝手過ぎて、自分のことが嫌になる。
けれど、そうでもしないと、この気持ちは鎮まらない。
もうこの戦いとは、何も関係なくなってしまったけれど。
〇
私が情けないことは重々承知していたつもりだったが、こんなにも近くに居た彼の気持ちまで察してあげることもできていなかったとは――自分のことが嫌になる。
そうだ。何故、私は気づけなかったのだ。
彼の事情は知っていたし、彼が今までどれだけの苦痛を我慢してきたのか――どれだけの悲しみを仕舞い込んできたのか、そんなことは想像するに容易いはずなのだ。
それすらも見失う程、私は私怨に囚われていたのか。
ナキだけじゃなく、アルクダまで悲しませていたなんて。この様子では、他の皆も悲しませていてもおかしくはない。死んで詫びたいが、ここで死ぬ程無責任なこともない。
――ともかく、彼の想いは全て受け取った。
そう。ここは、私がなよなよしていて良い場所ではない。
戦いの場であり、情けや手加減など言語道断――全力こそが礼儀であり、殺気こそが真摯である。
私は気持ちを入れ直す為に、アルクダの拳を敢えて諸に顔面で受け止めた。
「――なっ」
ほとんど自分から殴られに行ったような行動に、アルクダは目を丸くしてしまっていたが、これでも私は大真面目であり、私なりのけじめである。
「ごめん。アルクダ。今までの全部、ごめん。今は全部を謝ることはできないけれど、これが終わったら全部ちゃんと謝るから。とにかく今は、君を全力で倒す」
私は大きく前に踏み出した。
アルクダは涙交じりの目を擦り、少しだけ嬉しそうに笑いながら低く構える。
両手を前に突き出し、私の攻撃を受け止める気満々である。このまま殴るなり蹴るなりしたとしても、私の攻撃は受け止められてしまう。
しかし、彼は言ったのだ――強いフィンさんを見せて下さい――と。
彼は依然として両手でガードを作っているが、そんなことにはお構いなしに私は勢いそのまま、渾身のスマッシュを繰り出した。
これが私の『強さ』である。
未だ未熟な――なけなしの『強さ』である。
「――!」
私は敢えてアルクダの突き出された左手に目掛けて拳を放った。
ただ、私の膂力でゴリ押ししてそのまま顔面を殴りつけるのでは、あまりスマートではない。圧倒的な力を見せつけるとはいえ、単純な力の差を知らしめるのは、彼にとって勉強にもならない。
放たれた拳はアルクダの手の指の付け根辺りを一瞬当て、彼の左手を大きく弾かせる。これで彼のガードが一枚剥がれた。
今私が何をしたかと言えば、簡単な話――彼の盾となっていた大きな手にスマッシュを当てる。すると、スマッシュを喰らった手は衝撃に負け、大きく吹き飛ぶ。
そうすれば、あら不思議――隙間ができて彼の顔が丸見えである。
ゴリ押すよりも圧倒的にスマートで、技術を要するものである。
これがアルクダやスキロスにとって多少の勉強になれば良いのだけれど。
私は即座に右拳を引き込み、もう一度繰り出す。
しかし、今度こそ――アルクダの顔面目掛けて。
受け身を取る暇もなく、彼は顔面で私の拳を諸に喰らった。
私はそのまま腕を振り切り、アルクダを殴り飛ばす。
リングの上を頭や背中を打ちながら転がり、彼はリングの中心付近でやっと止まる。
鼻血を垂らしながらもアルクダは立ち上がり、不敵にも笑っていた。
さすがはアルクダ――ガッツは人一倍である。
しかし、彼が今の一撃でふらついてしまったのも事実であり、歴戦の猛者だろうと未熟者の私であろうとこれをチャンスと見ない訳がない。
私はアルクダへと駆け込み、さらなる追い打ちをかける。
彼が完全に態勢を整える前に彼の所まで駆け寄り、その勢いのまま飛び蹴りを放つ――またもアルクダの顔面目掛け。
アルクダは咄嗟に両手を顔の前に出したが間に合わず、私の脚は彼の左側頭部にクリーンヒットした。
最悪首の骨が折れて逝ってしまい兼ねない状況だったが、さすがはアルクダ、首が太いので吹っ飛ぶだけで済んだ。
彼はまたもリングの上を転げるが、それでも立ち上がる。
しかし、先程の状態よりもさらにふらついた足で体を支え、何とかバランスを保っている状態だった。
意識はぎりぎりで留められて、少しでも衝撃を加えてしまえば、張り詰めた糸が弾けるように、途切れてしまうだろう。
うつらうつらな眼で私を見据え、沈みそうな意識を踏ん張って起こしている。
そこに対して止めを刺すのが私の役目であり、今まで彼にしてきた非礼を詫びる方法なのだ。
迷わず彼へと走る。
きっとすごく痛いだろう。
しかし、彼だって全力なのだ。
私を本当に倒すつもりで戦ったのだ。
痛みなんて承知の上で――飛び込んできたのだ。
彼は迫る私に拳を放った。
私は腰を落としてそれを躱し、無防備な彼の顔に狙いを澄ます。
私の握られた拳は定められた的に確と当たり、彼の眉間に衝撃を与えた。
空振ったアルクダの右腕がだらんと力なく垂れ、その直後に彼自身がリングの上に倒れ伏した。
私はただ彼を見つめる。
弱かった私が戦うことを躊躇った彼を。
弱かった私を我慢してくれていた彼を。
弱かった私を待ってくれていた彼を。
弱かった私を呼び覚ましてくれた彼を。
弱かった私を勝たせてくれた彼を。
カウントが終わり、辺りは拍手と歓声に包まれた。
私は気絶した彼を背負い、リングから立ち去る。
「ありがとう」と、言うことすら憚られる程、私は酷く甘く未熟だった。
それでも、アルクダにはお礼を言わなければならない。
これは私が始めたことであり、私が遂げなければならないことなのだ。
そんなことは分かっていたはずなのに、大切な仲間を傷つけることすらできない。
もう今更、後戻りはできない――そのことにちゃんと向き合わせてくれたことに、しっかりとお礼を言わなければならない。
私は果たして強くなれたのかは分からないが、少なくともこれからは逃げずに済むだろう。
あとはもう、優勝しかないのだから。
〇
「ここまでやる必要ないでしょうが」
アルクダとの試合を終え、私はアルクダを背負ったまま皆の元へ行き、そのまま宿へと戻った。
そして、アルアさんはアルクダの治療をしながら、私を叱りつけた。
私は何も言えずに床の上に正座させられている。
アルクダを思えば歯を食い縛って彼を全力で倒し、また彼もそれを望んでいたのだが、見ていた側からすればアルクダの涙はあまりに小さかったのかもしれない。
大体弁明を試みたところで「言い訳するな」と、一蹴されてしまう気がする。
逆立った鱗をさらに逆撫でする意味もない。
「大切な仲間なのよね?」
「それは勿論」
「だったら、多少の手加減をするとかあるでしょう。あんな風に畳みかけて追い込む必要ないでしょう」
「……はい」
「あなたがアルクダ君に猛攻を仕掛けた時は、血迷ったのかと思ったわ。手加減しているんだろうとは思いつつ、帰ってきたあなたを問い質せば「全力を尽くしました」なんて言うから、本当に血迷っていたとは……」
「いや、それが礼儀というか」
「だからアルクダ君とスキロス君がリシに出るのは嫌だったのよ。それでも、フィンさんと上手いこと当たってくれれば、多少は痛み少なく終われるかなって思っていたのに……リングアウトさせるでもなく、リングのど真ん中であんなに殴って蹴って……」
「…………」
その後もアルアさんのお説教は続き、私はすっかり足が痺れた。
このままでは日が沈み、新しい朝が来てしまうと思い始めた頃に、アルクダが目を覚まし、釈明してくれた。
アルクダの思いの丈を知ったアルアさんは、それ以上は何も言えず「次はもう心配させないで」と、哀しそうに自室に戻っていった。
アルアさんもやはり仲間なのだ。彼女の心配がやけに痛い。
部屋には私とスキロスとアルクダだけになり、しばらく沈黙が続いた。
そして、一番最初に口を開いたのは、スキロスだった。
「……もう、フィンさんだけになってしまいましたね。まあ、大分前から僕は敗退してたんですけれど」
そう自嘲しながらも、彼は私を見て「頑張って下さい」と、声援を送ってくれた。
私は何も言わず頷き、自分の拳を固く握りしめた。
「…………ごめん、アルクダ」
「え?」
唐突に謝罪した私に対し、アルクダは不意を衝かれたように驚いた。
「君の気持ちにいつまでも気づいてあげられず、その上試合では不甲斐ない姿を見せてしまって」
「……いえ、最後には、ちゃんと気づいてくれましたし、ちゃんと見せてくれましたから」
「それでも、やはり僕は甘かった。ごめん…………ありがとう」
アルクダはそれ以降は何も言わず、ただ小さく微笑んだ。
私は、現状が分かっていないスキロスの方へ向き直る。
「スキロスにも、大変な苦労をかけて抱えさせてしまったな。ごめん」
そう頭を下げると、彼は慌てたように両手を振り、困った顔をした。
「そんな……顔を上げて下さい。僕は大丈夫ですから」
「それでも、君にも多くを失わせてしまった」
「それは皆同じです。失ったのは僕だけじゃないですし、フィンさんだって同じように失ったんですから」
もう、気に病まないで下さい――と、困った顔のまま笑顔を作った。
けれど、その眼の奥はやはり暗く、泣いているように見えた。
やはり、このままではいけない。
もっと強くならなければならない。
固く握った拳により一層、力を込めた。
〇
アルクダとの対戦から数日後――大分長いことネオンで生活をして、ここの空気感にも慣れてきた頃、その日は私の対戦はなく、宿から遠く離れた場所で特訓をしていた。
そこは街の中心からかなり離れた場所で、開拓もされていない小規模な森であった。
とはいえ、いずれはここの木も伐り倒され、鉄や石の建物で埋まってしまうのだろうが。
ただ、そこまで鬱然としていないが、それでも薄暗いこの森は普段人が近づかないみたいなので、特訓の場としてはこれ以上ない程の適所であった。
小規模とはいえ、広さ的には十分な場所なので、隠れ蓑としても十分である。まして、私達が今いる森の中心部には、さすがに誰も来ないだろう。
読者諸賢は『隠れ蓑』と聞いて「ん?」と、疑問を感じたかもしれない。
何故隠れる必要があるのか。
何か法を破ることをしてしまったのか。
そんな訳はない。
今私は特訓をしている訳なのだが、リシの試合に向けての特訓でもなければ、人間の姿だけでの戦いの特訓でもない。
人間、獣人、魚人、竜人――あらゆる姿での戦闘を予想した特訓である。
故に、私が生き物から別の生き物に変わる場面を誰かに見られては困る。
人目のない所で隠れているのは、そういう訳である。犯罪を犯した訳ではない。
因みに、今は私以外の皆もいる。
最初は私一人で特訓するつもりだったのだが、スキロスとアルクダが稽古をつけてほしいと言ったので、二人も連れてきた。
すると、それを聞いたアルアさんが、また大きな怪我をされても困ると言い出し、一緒に付いてきた。
すると、仲間外れは嫌だと、ナキとアルステマも付いてきた。
結局全員でこの森を訪れたのである。
一人で特訓するよりも対人の方が余程研鑽に役立つ。
この森も普段人が来ないとはいえ、『必ず』とは言い切れない。それを見張ってもらう役目として、ナキとアルステマにお願いしてある。アルアさんにお願いしたところ「私はあなたを見張っていないといけないから」と、断られてしまった。今回の旅で、彼女の信用を大分失った。
そんなこんなで、今はスキロスとアルクダの二人を獣人の姿で同時に相手しているところである。
さすがに二人に武器は使えないので、拳で戦っている訳だが、今はアルケミアの魔法により大量の武器を保持しているので、丸腰という訳でもない。
ずっと宿で預かってもらっている訳にもいかないので、試合がない時は自分で持つようにしている。
といっても、それだけが理由ではない。むしろその理由は二の次くらいである。
実際は、『神』の存在を警戒してのことである。
神が私の殺害を目的として二度も私を襲ってきた以上、三度目がいつ来るか分からないし、いつ来てもおかしくはない。
その時に備え、武器はなるべく自分で所持しておきたいのだ。
次会った時に、確実に殺せるように。
それに、神が私の殺害だけが目的じゃないとしたら、洛西獣も狙われている可能性が高い。
以前オールに手をかけたように、洛西獣も標的にしているかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、今は全ての可能性を考慮していないと足りないのだ。
こうして、リシに関係のない特訓をしているのも、神との戦闘に備えてのものだったりもする。
というか、今はどちらかというと、行動が神中心になってきている。
神が私の前に現れたのが、街がまだ寝静まっている日の出前だったことから考えると、神は人目のない時に私を襲ってきている。
この間は、ナキが一緒にいたが、ナキは身内なので関係ないと思ったんだろう。
故に、神をおびき出すのであれば、こうした人目のない所にいる必要がある。
あくまでも推測に過ぎないが、私としても神が洛西獣に何かしでかす前に、決着を着けたい。
「『神神神神』って、自分のこと気にし過ぎでしょ」
不意に聞こえたその声に、私は驚きつつも振り返る。
――と、その時には既に目の前に毒矢の先端が迫ってきており、どうやっても逃げられない状況であった。
終わった――そう思ったのも束の間、矢は私の眉間の直前で撥ね返った。まるで見えない何かにぶつかったかのように。
どうやら私の目の前にぎりぎり魔法の障壁が張られたらしかった。
その行動の主は考えてみてもただ一人――
「ありがとう、ナキ」
「…………うん」
私はアルケミアにより愛剣レイとハルバードを顕現させる。
そして、両の手で得物を固く握り、待ち侘びた獲物を鋭く見据える。
「……もう少しだったのに」
「待っていたよ。神様」
気怠そうな顔で――眠たそうな眼で――されど、吊り上がった口は不気味に微笑み、舞い降りた神は私達を見る。
「これも全ては自分の為に――」
次回にご期待下さい。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




