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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――1
44/77

『開幕』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 寝覚めは良かったが、単純に起きた時の気分は最悪であった。


 どうせ嫌な夢でも見たんだろうが、大事な日の朝に止めてほしい。


 頭を掻きながら、まだ日の出ていない空を窓から眺め、来る決戦の刻を思う。

 今日で終わるか――明日も続くか――それは今日の私の武運次第。


 リシの武闘会は今日からである。

 世界中の猛者達が金と名誉の為にこの大会の制覇を狙い、今日まで訓練を行ってきた。

 トーナメント表は運営側が抽選で取り決め、対戦相手やブロックは完全にランダムである。

 誰に当たるかは分からない。


 まあ、優勝を目指すのであれば、誰が来ようと倒さないといけない訳で、トーナメントの構成如きでどうこう言ってもいられないのだが。


 一応用意しておいた戦闘着に着替え、部屋を出る。

 朝の空気を吸いがてら、散歩に行くつもりなのだ。エリモスに来てから、毎日私は日が昇る前に起きては、街の大通りを歩いている。


 と、扉を開くと廊下には丁度ナキが歩いて来ていた。

 彼女はまだ眠たそうなとろんとした目でこちらを見て、穏やかに微笑んだ。


「フィン、おはよう」

「ああ、おはよう」


 彼女も散歩に出るつもりらしく、私達は一緒に宿を出た。

 ナキはまだ意識がぼんやりしている反面、どこかそわそわとした様子を見せる。


「フィンは……今日、緊張してる?」


 不意にそんなことを訊かれたので、私は少し考える。

 しかし、実際のところは大して緊迫した感じはなく、心は非常に穏やかだった。


「あんまりしてない。正直危ないくらい落ち着いている」

「そっか。でも、いつも通りなら良かった。すごい緊張してたらどうしようかと思って、私が落ち着かなかったの」


 ふふふ、と頬を緩ませて、固まっていた肩が自然と解れたようだった。


 私もリシまでの期間を稽古だけに費やしていた訳ではない。

 当然、他の出場者のことも探っていた。

 他の実力者のこと――オッズで上位に名が上がっている者達――今大会で新たに期待されている新星。


 しかし、そういった者をいくら調べようと、集まる情報は他人の言の葉に過ぎず、どこから流れてきたかも分からないようなデータである。

 実際のその者の特徴や戦型は、実際に面と向き合って手を合わせてみなければ分からない。

 故に、出場者の調査は始めてから半日で止めた。

 別に面倒臭くなったとかじゃない。ただ単に皆と一緒に居たかったし……。


「フィン」

「ん?」

「頑張って」

「……ああ」


 これはあくまで通過点――目的は洛西獣との接触を謀ること。

 しかし、それすらも私にとっては通過点でしかない。

 全ては仲間の為――今私の傍らで笑ってくれるナキの為。


 それに、今回はスキロスとアルクダも出場するので、私としてそちらの方が懸念事項である。

 彼らがどこまでやっていけるのか、正直私にも未知ではあるが、仕上がりは十分――いくらプロの格闘家が来たとしても、一筋縄では倒れないだろう。


 と、そんなことを考えながら大通りを歩いていると、一つ違和感を覚える。

 この通りは何度も言っているが石畳の道であり、それを構成する一つ一つの石は無くなることもなければ、取り出すことも容易ではない。

 そんなことをしようとすれば治安を害する行為として、通報されて然るべきだ。


 つまりは、地面の石が無くなることはないということ。

 そんなことは言うまでもないことなのだが、では何故敢えて言ったのかといえば――地面の石が無くなっていたからである。

 そして、同時にそこには――一本の矢が深々と刺さっていた。


 立ち止まった私に、ナキは「どうしたの?」と、訊ねる。

 しかし、既に嫌な記憶が完全に過ぎり、私は急いでナキを背に隠れるように腕を掴み、引き寄せた。突然のことであり、少し力んでしまい、ナキは痛かったかもしれないが、それはどうか見逃してほしい。


 あの朝と同じ方向に目を遣ると、目の前にはデジャヴのような矢が迫ってきていた。


「――!」


 ぎりぎりで受け止めたが、止めた手を変える間もなかった為、人間の柔で薄い掌で矢を受け止めてしまった。

 手で止めても勢いは死なず、矢先は眼前まで迫っている。

 寸前のところで、私は体を横に仰け反らせ、何とか矢を躱す。

 羽根が掌と摩擦して、手から零れ落ちそうになったが、危ういところで矢は止まった。


 すぐに鮮烈な痛みが私を襲いかかり、すぐに矢を投げ捨てた。


 掌を見ると、手の皮は摩擦でぼろぼろに焦げ捲れ、羽根で擦り切った部分は深く切り傷となり、血が止めどなく溢れてきていた。


「くっ……」

「おお、また止められた。今日の内に殺そうと思っていたのに。こりゃ無理だな」


 気怠い声が寝静まる街に響き、私の声の方向を睨みつける。


「フィン……大丈夫……?」


 ナキは震えながらそう声をかけてくれたが、生憎その声は私には届いていなかった。

 代わりに、怠惰な声だけが耳に残り、その声が胸の辺りを騒めかせる度に、私の逆鱗を撫でるどころか引き剥がそうとしてきた。


 私はたちまち怒りに悶え、その姿を段々と異形の者と変えていった。

 焼けるような痛みに火照った体からは、至る所から羽根が生え出し、顔の周りは硬い竜の鱗で覆われ始め、顎が発達し、口には牙が尖り飛び出す。

 腕はやがて皮膚が剥げ、太い筋肉繊維が覆い出し、その上から黒く禍々しい形をした棘が何重にも飛び出し、自分の肌すらも傷つけ始める。

 脚もまた大きく変わり、獣のような剛毛を生やし、足先は伸びて爪は石畳に亀裂を刻み込む程に湾曲して飛び出る。


 もう人間の姿は残っておらず、終いには唸り声を上げる。


「ああ、自分はもうやる気ないんだけどな……まだ来るようなら、本当に殺さないといけないから、分かっているんだろうね」


 もう我慢ならなかった。

 よりにもよって今こんな傷を負わされるだなんて。

 仮にそれを見逃したとしても、ナキが一緒にいる時に危害を加えようとしたことが許せない。


 こいつをここで見逃す訳にはいかない。

 今、ここで――殺す。


 ――その時、私の視界が何かによって覆われ、目の前が薄暗くなった。

 全く予期していなかったことに驚き、私は少し混乱する。

 このやけに温かい感触は――目を覆う何かを振り払って確認してみれば、何のことはない――ナキの手であった。


 神の言葉から危険を察知したナキは私を寸でのところで止めてくれた。


 正気に戻った私は、すぐ様姿を人間にし、ナキの手を握ってその場から駆け出した。


「あらあら、命拾いしたね。じゃあね。フィン・アーク・アイオーニオン」


 相変わらずぼんやりした声が背後から聞こえてきて、胸を騒つかせた。

 しかし、今は何よりも私とナキが無事でいることが最重要である。

 目の前を害を討つことではない。

 私が手負いである以上、ナキを守り切れるかは分からないし、その後のリシで影響が出てしまってはここに来た意味がない。

 あの日のような捨て身の行動は今はできない。


「ありがとう、ナキ。助かった」

「ううん、逃げられて良かった」


 私達は宿へと駆け込む。


 本格的に『神』という脅威を警戒しなければならなくなってきた。



   〇   



「フィンさん! あなたって人は!」


 帰って早々、私は怒られた。

 別に、悪いことはしていない。

 よくよく考えると、私はここに来てから何も悪いことをしていない。

 皆を守って皆を心配させることが悪いことかどうかは人それぞれだが。


 しかし、今回に限っては私には味方がいた。何よりも心強い味方である。


 私を庇うように一歩アルアさんに歩み寄り、ナキは今朝起きた出来事を事細かに説明してくれた。


「違うの、アルアさん。今回は仕方がなかったんです」


 今回に限らず、仕方ない事情は毎度あったのだが、聞き入れられたのが今回だけだったのは、ナキの有無であろう。


「神が襲ってきたんです。何の前触れもなく」

「だからって、リシ当日にこんな酷い怪我をしなくても……戦う必要はなかったでしょう」

「ううん、フィンは戦わなかったです。ちょっと危なかったけれど、フィンはすぐに逃げてくれました。だから、フィンは責めないであげて下さい。フィンは私を守ろうとして、それで神の攻撃を完璧に防げなくて……」

「……そう、だったの」


 アルアさんは私に向き直り「ごめんなさい」と、頭を下げた。


「いや、皆に心配をかけてしまったのは確かだから」


 事実、あの時ナキがいなかったら、私は神に襲いかかり、今の怪我よりも酷いことになっていただろう。


 その後、アルアさんに掌の傷を治療してもらった。

 かなり酷い傷だったので、完治とはならなかったが、リシで戦う分にはそこまでのハンデとはならないはずだ。

 まだ少し痛むので、それが邪魔になってくるかもしれない。


 包帯を巻き終え、アルアさんは改めて口を開いた。


「それにしても、何が目的なのかしら。その神というのは」


 その瞳は暗い未来を憂うような――はたまた、底知れない脅威に恐懼するような――淡く憐れむものだった。


「フィンさんでも対応が間に合わなかったなんて……」


 まあ、向こうは神である訳で、当然強大な力を有していてもおかしくはない。

 私とてまだまだ未熟なのだ。買い被られる程の実力じゃない。


 正直言うと、あの男の本当の実力が分からないので、私が敵うかは分からない。

 向こうが私を狙っている以上は、いつまでも逃げる訳にはいかないが。


「フィンさん、リシの方は大丈夫そうですか? 怪我のこともありますし……」


 スキロスはそう言って心配してくれた。


「あの、もし辛いようなら、僕らだけで出ます。何とか優勝して、どうにか洛西獣のとの接触を――」

「大丈夫だよ。そこまで悪い怪我じゃない。痛みも枷にはならないさ」


 強がりなのかもしれない。

 私が皆を連れて来たのに、ぬくぬくと休んで少年二人に役目を押しつけることになるのが、単純に嫌なだけなのかもしれない。


 けれど、これは私が為さなければならないことなのだ。

 けじめであり、成長であり、全ては魔王を殺してナキを救う為の道なのだ。

 こればかりは、意地でも出場する。


 手を握っては開き、痛みを自分に覚えさせる。


 大丈夫。私ならば、耐えられる。


 そう言い聞かせて、私は宿を後にした。



   〇   



 大会会場は、マテオス城の敷地内となっている。


 とはいえ、実際に王城内に入れる訳ではなく、マテオス城の南正門を潜り抜けた先のどでかい広場までである。

 王城内は勿論、南正門以外の城門は閉ざされているので、結局のところ開放されているのは南正門広場だけである。

 そして、毎年洛西獣は王城のテラスから悠々と会場とリングを見渡し、リシの王者を目指す者達の健闘を観覧するのだそうだ。


 そのリングというのも特殊なもので、巨大樹の切り株の上で行われる。

 大体円形のこのリングから滑落するか、もしくは、気絶などの戦闘不能状態になる、といった場合に敗北が決まる。

 また、武器や魔法の使用は禁じられており、ナックルグローブ等の着用も禁止となっている為、それらを犯した場合も敗北となる。

 私がこれまでやって来た様々な武器での特訓は、実はリシに活かされることはない。単なる特訓に過ぎない。


 当日の最終手続きを済ませ、城の中に入る。

 中央広場にあった掲示板をちらと見てきたが、現在のオッズはミウラがダントツで一位。

 昨日時点では不服にも二位となった私は、現在五位となった。いずれにしても不服である。


 何故、一日で三つもランクを落としたかと言えば、昨日の夕刊と今朝の朝刊――即ち、新聞の影響である。


 昨日の午前――私は仲間を守るべく、我々に狼藉を働いた記者を頑として拒んだ。

 いや、実際は途中まで大人しく当たり障りのないことを答えていたのだが、記者のあまりに不躾な行動に憤りを覚え、やむを得ず反感を買うこととなってしまった。

 その腹いせのように、彼らが出した新聞では、私のないことないことが書かれ、それを読んだ者達から大きく噂や悪評が立ち、しまいには私にドーピングの容疑がかけられている。

 よって、私の株価は暴落――ランキングも五位まで下がる羽目になってしまった。

 実際、新聞を読むと本当に酷い書かれ様で、五位で持ち堪えたのが奇跡でもある。


 何にしても、会場での私の居心地は最悪であった。

 皆から睥睨の視線を送られる。その視線が私のところで止まってくれるなら良いのだが、一緒にいる皆にまでそれが向けられると我慢ならない。我慢ならないので睨み返すと、さらに悪評が立つ。


「気にすることないよ、フィン。私達は知っているからね」


 アルステマの言葉は深く心を癒してくれたが、同時にそんな彼女にも嫌厭の目が向けられていると思うと、やはり落ち込む。私はどうしたら良かったのだろうか。


 王城内の会場では人々がごった返していて、皆と離れないように進むので精一杯だった。

 やがて少し落ち着いていられるスペースを見つけ、武闘会の開会式までそこで時間を潰すことにした。


 すると、人混みの中に一際頭が飛び出ている者がいた。

 彼は目の前の人々を乱雑に掻き分け、こちらへと近づいてくる。

 その表情は至極卑しい眼で、口もまた卑しくにやけている。余裕を曝け出した頭の悪い顔だ。


「よおう。アイオーニオン。元気にしてたか? 中々見つからないんで、怖気づいて泣いて逃げたのかと思ったぜ」


 ミウラは私の眼前まで近づき、顎をひけらかしながらそんなことを言う。

 後ろにいる皆は一歩引いて身構える。


「僕の名を知っていたんだな」

「あんだけ記事で書かれてりゃ、嫌でも目につくさ。お前も下らねえことはしない方が良いぜ」

「…………? 意図が分かり兼ねるのだが」


「ふん」と、鼻を鳴らして嘲り、ぐっと顔を近づけてくる。


「この大会は神聖なものなんだ。下らない細工をしてまで勝とうとするなんてスマートじゃねえだろ。ドーピングするくらいなら、さっさと棄権して田舎に帰りな。蛙には井戸の中がお似合いだよ」


 その言葉に対し、私は呆れるしかなかった。

 色々と言ってやりたいこともあるが、何より残念なのは、彼もまたメディアの犬だということだった。


 溜息を吐いた私に何かを感じ取ったのか、むっとした顔で私を睨む。


「どうした? 不正を言及されて泣きそうか?」

「……あんたも、結局はメディアの虚言に流される大衆の中の一人でしかないんだな」

「あ? 何が言いたい?」

「ドーピングの疑惑は確かにある。メディアのせいでいわれのない疑いをかけられてしまった。けれど、大会の運営だって、そのことが耳に入っていない訳ではない。他の人の倍以上の時間をかけて検査されたさ。それでも僕からは何も出てこなかった。それが何より証明だ。分かるだろ? メディアは平気で嘘を吐くし、何も知らない人達を都合の良いように踊らせる。あんたも踊らされているんだよ」


 因みに、アルケミアの魔法は既に解いてある。

 お陰で、宿に大量の武器を預けてもらう羽目になってしまった。宿の方もさすがに面倒そうな顔をしていた。

 しかし、これを解いていないと本当に不正になってしまう。


 ミウラは気分を害した風に舌を鳴らし、それでも尚何も考えずに嗤う。

 私にとって彼はもう、強敵でも何でもなかった――ただの通過点だ。


「まあ、良いさ。お前は結局俺の前に伏せることになる」

「戯け。あんたは英雄でも王者でもない。驕り高ぶった暴牛だよ」


 と、私達が睨み合っている様子に気づいた周りの人々が、近くにいた者にその様子を広め、やがてヤジを飛ばしてくるようになった。


「おお、ミウラ!」「その不正野郎をぶっ飛ばしてくれよ!」「お前が一番だ!」「アイオーニオン死ねえ」「田舎者は故郷に帰りな」「ミウラやったれ!」「楽しみにしてるぞ」「ミウラに殺されろ」「女連れてんじゃねえぞ」「調子乗んなよアマが」「ミウラと当たるまで精々くたばんなよ!」「ミウラこっち向いてええ!」「早くネオンから出てけよ」「格闘王の実力見せてやれ!」「行けえミウラああ!」


 湧き立つ会場の喚声に応えるように、ミウラは振り返って拳を高く挙げる。

 その動作に応えるようにさらなる喚声が会場を包み込む。


「暴牛だろうと、世間知らずの蛙よりは、余程良いんだよ」


 ミウラはしたり顔でこちらを見下し、そう言った。


 私はここにいても仕方ないので歩き出す。皆もそれに付いてきてくれる。

 ミウラは「お前との対戦、楽しみにしとくぜ」と、煽るような口振りで嘲笑する。


 下らない大衆の中から抜け出そうと、会場の端を移動していると、突然空から小石が飛んできた。

 私はそれを甘んじて受ける。

 石の尖った部分が額に直撃し、僅かに痛みが走る。


「フィン!」


 皆は驚いて叫んだが、私は依然「大丈夫」と笑いかけ、血の滴る頬を緩ませた。

 周りでそれを見ていた人はくすくすと小さく嗤い声を上げる。


 もはや、飛んでくる暴力に対して反応することすら、面倒になってしまった。

 それに一つ喰らっておけば、石を投げた者もそれで満足してくれるかもしれない。下手に防いで意地になられては、もしかしたら皆にまで石が飛ぶかもしれない。

 これが今のところ最善だ。


 歩む足は止めず、静かな場所へ移動した。

 しばらく私の居場所はなさそうだ。



   〇   



 会場の隅っこにあるベンチに座り、額にできてしまった小さな傷を回復してもらう。


「私が治療するんだから、少しは考えて下さい」


 額に手をかざし、小さな傷を丁寧に塞ぎながら、アルアさんは私に説教をした。

 ここに来てから彼女に何度叱られたか、何度治療してもらったか分からない。


 しかし、今回ばかりは叱る声が弱く、怒気も覇気も無かった。

 予想以上の罵倒に、彼女も少なからずショックを受けたのかもしれない。

 もしくは、その罵倒の渦中にいる私を気遣ってくれているのか。

 私はもう慣れてしまったので気遣いなど無用だが、それでもしてくれるのは心が平和になった。

 慣れたとしても、痛いものは痛い。


「ごめん。けれど、あそこで大人しくしておかないと、皆にも石が飛んでいたかもしれないし」

「……その時は、あなたが守ってみせてよ」

「…………ごめん」


 謝るしかなかった。

 それ以外に何と言えただろう。


 矮小な傷なので、時間もかからずにすぐに塞がった。

 移動するのも億劫なので、開会式までここで居座ることにした。


 行き交う人の波を眺めながら、ぼんやりと都会の空気を吸う。何となく息苦しいのは今更だ。


 ふと、手首に取り付けられたブレスレットを見た。

 右腕にいつも付けている、フルリオでマスカットさんに頂いた白銀のブレスレットの方ではない。あまりに懐かしい名で、何となくまた会いたくなったが。

 今私が見ているブレスレットとは、左腕に付けられたものである。

 それは、最終手続きの際に運営から装着を義務づけられており、魔法の発動が制限される魔術品である。

 魔国で開発された魔法制御装置であり、リシの為に取り寄せているという。

 ナキが付けているブレスレットはまた別物であり、彼女のブレスレットは魔の気配を隠すものであって、魔の発動を制御するものではない。


 禁止事項の魔法の使用禁止を厳守させる為の対策である為、出場者は皆付けている。

 よって、今の私は小さな傷も自分では治癒できず、アルアさんに頼むしかない。

 スキロスとアルクダも同様である。


 と、そんなことを考えていると、会場内が徐々に静まり返ってきていた。

 どうやらそろそろ開会式が始まるらしい。


 会場内を各々に蠢いていた人達の視線が一様に城の方へ向く。


 すると、会場の中心にあるリングの上に一人の獣人の男性が佇んでいた。

 ここから見ると豆粒のようで、全く様子が分からない。


「どうぞお集まり下さいました。これより、リシ武闘会を開会致します」


 と、突然会場内では司会の声が響き渡っていた。

 皆は驚き、思わず私に寄りついてくる。


「大丈夫。こういうものなんだ」


 私は震えるナキの頭をふわりと撫でながら、辺りを見回す。

 会場内の至る所――等間隔に配置されている機械の類を見つけた。


 これは、かの王国が開発した音響装置であり、音を読み取るマイクから配線を辿り、会場の様々な所に設置された拡声器であるスピーカーから音をより遠くへ、より大きく伝えるものである。

 広い空間で声や音を伝える際には、この音響装置が大活躍し、世界中で使われている代物なのだ。実際、育成学校時代に行われたポルタでの第二百七十一代目魔王――テラス・ヴィヴリオの講演の時にもこれが使用された。


 しかし、普段から目にするものではないので、知らないと驚いてしまうのも確かだ。

「びっくりした」と、ナキは胸を撫で下ろし、頬を緩めた。


「それでは、まずは皆様お待ち兼ねのリシ出場者をご紹介致します」


 司会の言葉に会場中が湧き立ち、荒々しい声が王城を震えさせる。


「まずは、この男――強靭な肉体と磨かれ続けたその技で、今年こそ優勝を狙い、ナンバーツー脱却なるか!? ――パンサラスうううう!」


 歓声と共に皆の視線は一つの場所に集まり、その中心には一人の屈強そうな獣人の男性が立ち上がり、両腕を高々と掲げていた。

 彼が恐らくパンサラスという者だろう。


「お次は、この女――靭やかな手足と誰もが見惚れる容姿――美貌で魅了し、首を狩る――ヘレン・ヘイトおおおおお!」


 と、また視線が移り、その先には一人の女性が色っぽいポーズを取っている。彼女がヘレン・ヘイト。


 その後も出場者の紹介は続き、名が呼ばれる度に歓声が上がり、その者に視線が集まり、アピールが行われる。

 そんなことをするとは聞いていなかった故、ここに来てめちゃくちゃ焦る。

 どうしようか。

 いや、そうなると、スキロスやアルクダも呼ばれる訳で、何か考えているのだろうか。

 ふと、彼らの方を一瞥すると、二人は顔を見合わせて頷き合っていた。え、何それ。


 出場者の紹介は順調に進み、やがて聞き覚えのある名が聞こえた。


「謎多き新人戦士――飄々と笑う少年は一体どこまで突き進むのか!? ――デュオおおおおお!」


 デュオ。そうだ。今の今まで忘れていたが、彼も参加するのだった。名を聞いてやっと思い出した。

 今日はまだ顔を見ていなかったが、どこにいるのだろうか。


 と、遠くの方で明るい叫ぶ声が会場に響いた。

 声の先を見ると、若い男性が飛び跳ねていた。


「はいはいはあい! 俺、俺、俺だよお! よっしゃあ、稼いでやるぜ!」


 その爛々とした声に周りでは歓声というよりも、笑声が沸き起こった。

 彼はどんな舞台であっても、変わらないのだな。

 彼の武運を祈りつつ、どうか彼とリングの中で戦いたいと心から願う。


 紹介も後半に入り、やがて彼らの名が上がった。


「お次はこちら――遠く小さな村から出場、鄙集りの下剋上は成功なるか!? ――スキロスううう!」


 鄙集り――という単語に反応した大衆はスキロスの名を鼻で嗤い、罵倒を小声で囁いた。

 司会は『王国』の言語で話すので、スキロスも当然何を言われたのかは分かっている。


「そして、こちらも鄙集りからの参戦――その力がリシの猛者に一体どれだけ通用するのか、ある意味目が離せない! ――アルクダあああ!」


 今度もまた悪意の込められた紹介であり、私達の心中はますます怒りで煮えていく。

 しかし、当の二人は澄ました顔でその紹介を淡々と聞き、特別何もしなかった。

 先程、互いに顔を見合わせていたので、てっきりアピールや演出をするのかと思っていたのだが。となると、何のアイコンタクトだったのだろうか。


 いずれにしても、紹介は進み、嘲笑は既に歓声の中に消えていた。


 そして、紹介も残り二つとなった時、その名が会場に響いた。


「今大会のダークホース――噂と疑惑に包まれたその実力とは一体どれ程のものなのか――そして、新星の刃はどこまで届くのか!?」


 会場中にフライング気味のブーイングで溢れ返る。

 それと同時に、スキロスが後ろから私を肩車してきた。そして、私を抱えたスキロスを、今度はアルクダが肩車した。

 二人に抱えられて、私の視線はいつもの二倍以上――こんなにも高く掲げられたのは初めてだ。肩車だってもう長いこと経験していない。

 二人が目を見合わせたのはこのことだったのか。


「――フィン・アーク・アイオーニオおおおおおおン!」


 罵声と共に、石や屋台で売っている飲食物が飛んでくる。

 私は気持ちの昂りに体を任せ、飛んでくるもの全てを払い除けた。


 そして、包帯が巻かれた右手を握り締めて天に掲げる。

 燦々と射し込む陽光を浴びて、白銀のブレスレットが煌めく。


 罵詈雑言にも決して屈さず、私は誰も届かない高みから有象無象共を見下ろす。

 こんなことを思ってはいけないと分かっているのだが、思わずにはいられなかった。

 何も知らない有象無象に、私が乏しめられる義理はない。

 取るに足らない者達よ――舞台に立たない者達よ――好きに言ってくれて良い。

 私は今も、お前らの前を歩いているのだ。

 お前らが見ようとしない景色の中に居るのだ。


 ……そろそろ下りよう。さすがに恥ずかしいし、ずっとこの画は場が持たない。

 私はスキロスに合図し、下ろしてもらう。


 そして、出場者の紹介もいよいよラスト。

 世界のあらゆるタイトルを制し、暴君として拳を振るい続ける、猛る闘牛。


「最後はこの男――初出場以来、その栄冠を守り続けるリシの制覇者――格闘王の名をほしいままにし、絶対王者は今年も玉座を手に入れるのか!?」


 最高潮に湧き立つ歓声と一つの雄叫び――耳を劈き、肌を震わす覇気――ドレッドを揺らしながら、不敵な笑みを浮かべる。

 私はそれを遠くから真っ直ぐ見据えた。


「――シモス・ミウラあああああああああ!」


 鼓動の高鳴りが私の血を滾らせた。



   〇   



 その後、開会式は順々に項目を進め、残すはあと二つとなった。


 項目の中に、洛西獣からの激励の言葉があるのだが、その際リングに立つ司会者の元へ事務局員がやって来て、その項目は飛ばされた。

 やはり洛西獣に何かが起こったのか。

 しかし、何の権限もない私には、何をどう調べることもできない。

 全てはこのリシで優勝しなければならないのだ。

 神もリシが終わるまで、何かを仕出かすのは遠慮してはもらえないものだろうか。


「さあ、ここで遂にあの男に登場してもらいましょう。前回リシ優勝者――シモス・ミウラあああああ!」


 と、大衆をまたも乱雑に掻き分け、リングへと闊歩する。

 司会者の元へと行くと、彼の言葉も待たずにマイクを奪い取って話し始めた。

 きっと恒例行事となっている為、説明を聞く必要もないと思っているのだろうが、儀式というものはそういうものではない。まあ、ミウラのようなガサツな男が様式美というものを弁えているとも思えないが。


 正直、そんなに彼のありがたい言葉にはさして興味がなかったので、真面目に聞いていなかったのだが、唯一耳を傾けてしまった台詞があった。


「今大会には、俺に無礼な真似をした若輩者もいる。そういった輩には、王者として、歴然とした力の差というものをその身を以て分からせてやるつもりだ」


 それが誰のことなのかは、言うまでもない。

 一瞬、彼が私の方を見た気がするが、それも定かではない。


 前回大会優勝者の言葉が終わると、遂に最後の一つ――トーナメント表対戦組み合わせ発表。


 王城のテラスの縁に取り付けられた大きな垂れ幕。あれが垂れ下がれ、そこに書かれたトーナメント表が現れた時、遂に大会が始まる。


 カウントダウンが始まり、その声は数が減るごとに大きさを増していく。


「二、一……ゼロおおおおお!」


 垂れ幕が滝の如く下ろされ、その全体を見せていく。


 自分の名を探し、その対戦相手とブロックを確認する。

 何分出場者が多い為、小さく書かれた自分の名を大量の文字の中から探すのに苦労する。王国の言語で表記されているのがせめてもの救いだ。


 ――と、私はやっと自分の名を見つける。

 Aブロックの端。今大会最初の対戦。


 そして、私は対戦相手の名を見る。

 ここで誰と当たるかが非常に大事ではあるが、一体――


 と、その名を見て、僅かに身震いがした。

 知っているも何も、打ち倒すべき男の名。

 体中が高揚し、指が微かに震える。あくまでも武者震いである。




「…………シモス……ミウラ」




 気づけば、彼がリングの上から獲物を狩る眼差しで私を睨んでいた。

 応えるように、睨み返す。


 掌の痛みなど疾うに忘れ、心は一気に引き締まった。

 思わず、不敵に笑ってしまった。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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