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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――1
42/77

『再考』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 オールの自我を破壊した者達は自らを『神』と名乗った。


 その時は半信半疑で、正直やばい団体がオールに過激ないたずらを仕掛けたのかという可能性も考慮していたが、ここに来て確信を得られた。


 今私の目の前にいるこの陰鬱とした男――神は、弓矢を構えながら眠そうに笑う。


「お前はここで何をする気だ」


 怒気を込めた声に対し、彼は依然変わらぬ様子で応える。


「いや、正直自分もよく分かってないんだよね……あいつらにやれって言われたもんで」


 何だと? あいつらって誰だ?

 応えはするが、私が理解できる情報がない。わざとなのか、それとも巣なのか。


「自分も別にやりたい感じではないんだけど、まあ、なんかこれやったら、楽できるらしいし」


 全然分からん。何を聞かされているんだろうか。

 何がどうなって楽できるんだ?

 そもそも彼は何をしているんだ?

 何故、彼は私に襲いかかってきたんだ?


 と、またも矢を射ってくる。

 硬い石も貫き、触れるものを溶かしてしまうような矢である。

 私が避けて、下の街に当たっては被害者も出てしまう。

 避けつつも矢の先に触れないように、蛸の足で絡めて受け止める。


「じゃあ、お前は何故僕を襲ってきたんだ。お前の意志でないなら、その『あいつら』って奴らは何を目的としているんだ」


 気怠そうな顔をして、考えつつ矢を放つ。

 向こうは遠距離で攻撃なので、私が近づく暇を与えてくれない。こちらにどんどん彼の矢が溜まっていく。


「そうだな。まあ、正直言うと、全部あいつらの言いなりになってるだけなんだけどさ……ま、邪魔者は排除しとけってことだよね、早い話」


 邪魔者――私が?

 誰がそんなことを言ったんだ?


 いや、確かに幾度となく邪魔者扱いされてきた私が、今更邪魔者だと言われようとおかしくはないが、何を以て邪魔者なのか、聞かせてもらいたい。


「なんか、自分はそうも思わんけど、他の奴がね、あんたが洛北竜の自我を直したのが危険だって言ってさ」


 いや、それは私ではなくナキの功績なのだが。

 しかし、ここでナキの名を出すと、今度はナキが襲われるかもしれない。ひとまず黙っておこう。


「じゃあ、お前らは僕を殺すってことか?」

「うん、そうなるね」


 ったく。最悪だな。

 魔王にも私が危険だとかそんなことを言われているらしいし、遂には神にも危険視されてしまったのか。

 私は一体どう生きれば安心して誰にも見られず暮らせるのだろうか。

 誰も助けずに生きれば良かったのだろうか。


 変な話だ。

 誰かを救えば誰かに狙われ、誰かを守れば誰かに疎まれる。

 良いことをする度に自分を追い込む。


 私は彼の話を真面目に聞いているのも馬鹿らしくなってきてしまい、薄く笑って適当に応える。


「あっそ。じゃあ、今お前を殺せば、僕はひとまず楽できる訳だ」

「うわ、嫌な話ー」


 へらへらしながら、彼は笑みを絶やさない。

 幸せそうな生涯である。私の生涯には障害しかないというのに。


「けどな、悪いが、まだあんたを殺すのは違うんだよ」

「は?」


 違う――とは、何が?

 先程から感じているが、この男、少し言葉が足りないんじゃないか? コミュ障か?

 私も昔は話下手だったので、分かるっちゃ分かるが。


「だから、まあ、そろそろ失せるね。じゃあね」

「おい、待て。まだ話は――」


 最後の矢を放ち、それに気を取られた瞬間――もうそこには彼の姿はなく、朝の近い空の中に私が一人いるだけだった。


 漠然とした不安と、ただならぬ悪寒と、何本かの矢を残し、神は消えた。

 この地には何かが迫ってきている。リシという祭の裏で、謎の襲撃が私を殺そうとしている。


 やがて日が昇り始め、そろそろ街が目を覚ます。

 私は急いで地に降り、竜人の翼を仕舞い込む。溶けてしまった石畳の地面はどうしようかと悩み、結局適当に土を詰めて、その中に道の隅で死んでいた蜂を埋めて、最後に蒲公英たんぽぽの綿毛を添えた。手を合わせて蜂の死を弔う。因みに、その蜂は『ニケ』と名付けた。悪意は勿論ある。


 私は今は何も無い虚空を睨みつける。


 神の余興はまだ終わっていないのだ。



   〇   



「何してたの!」


 神との戦闘を終え、宿に帰って来て早々、アルアさんに怒鳴られた。


「いや、目が覚めてしまったから、ちょっと散歩をしようかなって」

「散歩に帯剣する必要があるの!?」


 レイを持ち運んだのはあくまで念の為であって、今回はその念の為に救われたというか。


 しかし、そんなことはお構いなしに、アルアさんは叱責を続ける。

 実際、昨日負った腕の怪我は何ともなく、乱暴に振り回しても痛みはない。

 それを証明しようと、実際に腕を振り回したら、彼女の怒りに拍車をかけてしまった。


「もう! 昨晩あれだけ言ったのに、それでも聞かないなんて、私ショックよ……安静にって言ったの、忘れたの!? もしかして、昨日本当はお酒飲んでたの!? ジンジャーエールと見せかけて、本当はジントニックとかだったんじゃないの!?」

「誤解だって。正真正銘のジンジャーエールだったし、あと、ジントニックの『ジン』はジンジャーエールの『ジン』じゃないよ」

「そんなこと知ってる! 真面目に答えるんじゃない!」


 じゃあ、何と返せば良かったんだ。真面目を否定されたらもうお終いだ。


 しかし、今朝の散歩で思わぬ収穫があった。毒茸を摘んだような気分だが、それでもかなりの収穫だ。

 アルアさんの怒りも分かるが、まずは今この国で暗躍している危機について教えなければならない。


「はあ!? そんな危ない人と戦っていたの!?」

「人じゃないよ。神だって」

「うるさい! 揚げ足取るな!」


 ええ。もう何にも喋れないよ。


「そんな危険なことをして……すぐに逃げれば良かったのに」

「そういう訳にもいかないよ。結局彼は僕を狙っていた訳だし、僕が応戦しなきゃ事態も収まらない」

「そういう自己犠牲を止めてって言っているの! …………いい加減分かって。あなたには心配する人が居るのよ。私だけじゃない。ナキちゃんも、アルステマちゃんも、スキロス君も、アルクダ君も、ネフリの皆も、色んな国であなたが助けた人達も…………あなたが死んだら……本当に皆、辛いの」


 ぽろぽろと流れる涙を見て、私はどうすれば良いのか分からなくなった。

 今まで、何度もこういう涙を流させてきたんだ。

 こういう涙は見たくないのに、私には成し遂げたいことがある。けれど、それを目指す度に、私が愛する者に嫌いな涙を流させてしまう。


 私は仲間を守りたいだけなのに、それをさせてくれない仲間が居る。


「……とにかく、少なくとも今日一日は剣を持つことは禁止。稽古も禁止。誰かの諍いに首を突っ込むのも禁止。分かったわね」


 涙を拭いながら、彼女はそんな禁止令を発令した。


「えっ。でも、リシももうそろそろだし、体を鈍らせる訳には」

「駄目! これはあなたが私達を心配させた罰!」

「いや、やっぱり一日空いたら、体が戦い方忘れちゃう」

「それなら結構! あなたが戦わずに済むなら大いにそうして下さい。それに、覚えたことはそんな簡単に忘れてくれません」


 忘れてくれない――それは、確かにそうだった。良いことも嫌なことも、無差別に忘れてはくれない。


「あなたの主治医として言うのよ。怪我は確かに治っているみたいだけれど、あなたは今日は休みなさい」

「ええ、そんな酷な。セカンドオピニオン……」

「セカンドオピニオンはいない。いたとしても、オール様よ」


 それはそれで不安しかない。

 オールが医者になったら、白衣姿以外の需要がない。


 扉を乱雑に閉めて彼女は自室へ戻って行った。

 私は傍らで今のやり取りを見ていたスキロスとアルクダに目を遣り「二人はどう思う?」と、足掻くように訊ねてみた。


「まあ……自業自得、ですかね」


 二人は息ぴったりの調子で答える。

 セカンドオピニオンならぬ、第三者からしても、答えは変わらなかった。


 まあ、私に非があることは、火を見るよりも明らかだろう。神の企みを知ったとはいえ、仲間を心配させてしまったことも確かなのだ。

 勿論、猛省している。自分の行動を悔い改めている。今後は仲間を不安にさせてしまった行動は戒める。


 それらを猛烈にした上で――


 どうやって抜け出そう。



   〇   



 例によってレイに触ると怪しまれるので、剣の稽古はできない。


 なので、格闘の特訓、もしくは他の武器での特訓をするしかないのだ。


 読者諸賢は「あれ? 他の武器なんて持って来ていたのか?」と、疑問に思うかもしれないが、これには一つトリックがある。トリックならぬ、マジック――魔法がある。

 それはだな――


 ――と、今回の旅における私の武器の持ち運びについての軽く説明しつつ、外でこっそり稽古をしようと思ったのだが、扉を開けた目の前にはナキが立っていた。

 私を見るや否や、ナキは少し呆れた眼を向けて一言放った。


「稽古は駄目って言われたでしょう?」

「…………」


 何という鋭さ。

 これ程一緒に過ごしていると、私の行動や思惑はナキにはお見通しなのだろうか。最近はあまり一緒に過ごせていないが。


「どうせこっそり稽古に行くつもりだったんだよね?」

「……ち、違うのよ。私、知らないのよ」

「嘘吐くの下手なんだから、変に足掻こうとしないで」


 言われてしまった。

 今の会話を聞いていたらしいスキロスとアルクダが反応し、呆れ声で私に追い打ちをかける。


「フィンさん、さすがに我慢しましょう。アルアさん、本気で怒ってしまいますよ」と、アルクダ。

「フィンさん、冗談はコーヒー好きだけにして下さい」と、スキロス。


「コーヒー好きは冗談じゃねえ」

「えっ、格好つけていた訳ではなかったんですか?」

「そんなダサ過ぎることしねえよ」


 スキロスが最近私のことをディスってくるのは、それこそ冗談であってほしいが、私が稽古に行こうとしていたことが二人にもバレてしまうと、口封じは難しい。口封じなんてしたことないから、分からんけど。


 私は諦めて、部屋の中に足を翻す。


 その時、ナキが私の裾を引っ張り、私を引き留めた。

 ん、何ぞ?


「待って。……もし、暇なら……ちょっと散歩しよう」


 ほんの少し口を篭らせ、私の顔色を窺うようにして、彼女は小さく言った。


 断るはずがない――と、以前の私なら、言っていただろう。



   〇   



 ナキと一緒に宿を出て、向かう場所もなく、相変わらず賑わう大通りをひたすら歩く。


 こうして、二人きりで行動というのも、久し振りのような気がする。ネフリからネオンまでの移動中と、ネオンの滞在中はずっと皆と一緒にいたし、それ以前の時も会話をすることも無くなっていた。

 私がナキに魔国を滅ぼすと伝えた日以降、私達の間には壊しようのない壁が高く聳え立ってしまったように思えた。


 だから、先程彼女から私を散歩に誘ってきて、本当はものすごく驚いたし、今この瞬間何を話せば良いのか分からない。

 ナキとどんな風に接したら良いのか分からない。


「本当はあなたの監視で部屋を訪れたの」

「……それは、アルアさんの頼まれて?」

「ううん、私の独断」


 なるほど。ナキも侮れなくなった。まあ、侮っていた覚えもないけれど。


「けれど、何故僕が稽古に行くって分かったの? 何なら、僕が外に出るってこともどうやって?」


「んー」と、小さく唸り、口元に指を当てる。


「なんか……足音が聞こえたから」

「…………」


 そんなに床を踏み鳴らして歩いたつもりはないのだが、もしかして無意識に闊歩してしまっていたのだろうか。それなら、今すぐ戒めよう。恥ずかしいし、普通に不審である。


「ううん、そんなことはないと思うよ。アルアさんとアルステマは気づいていなかったし、私も何となくそうかなって思っただけで確信はなかったし」

「けれど、実際に君は僕の行動を予想して、的中もした」

「うん、だから偶然だとは思う。稽古に行こうとしていたのが分かったのも、足音がちょっといつものあなたとは違っていたから。不自然だったというのか」


 不自然――か。

 そんな隅々まで感じ取られていたとは、ナキに嘘は吐けないな。さっきの嘘がバレたのも、私の演技が下手な訳ではなく、ナキが極端に繊細だっただけなのではないのか。

 何にしても、彼女はこんなにも私のことをよく見ていてくれていたのだな。照れ臭くもあるが、やはり嬉しい。


 その彼女に、私は未だに何もできていない。

 自分で関係を壊したようなものなのに、私の方から避けていたのかもしれない。

 何となく、ナキのことが見れずにいたのだ。


 身勝手なことをやろうとしていることは分かっている。

 やろうとしていることがナキの喜んでくれることではないことは分かっている。

 けれど、そうでもしなければ、ナキは幸せになってくれない。

 私のことを自己犠牲的だと皆は言うが、ナキだって大概だ。


 ナキの方を一瞥して、話を続ける。


「けれど、僕は部屋から出た時に帯剣していなかったし、稽古に行くと結論付けるにはまだ早かったんじゃない?」

「あなたの得意分野は格闘なんでしょう? それに武器なら他に沢山持っているじゃない」

「! …………それもバレてた?」

「うん、分かるよ」


 話は先程の武器の持ち運び方法に戻る。


 私は今回の旅に、めちゃくちゃ大量の武器を持って来ている。

 数えるのも大変だし、故に数えていない。


 しかし、実際に目に見えている武器はレイだけである。

 では、他の武器は一体どう運び、今どこにあるのか。


 その答えこそ――


「フィン、『アルケミア』の魔法を使っているでしょう」

「……ご名答」


 ナキの言う通り、『アルケミア』の魔法である。


 アルケミア――十数年前に開発された魔法であり、高等魔法に属する。


 その実体は、ある個体を肉眼では確認できない程の粒子レベルまで分解し、粒子同士を魔素で繋ぎ留める、というものである。

 粒子になった個体は魔素の作用で離れることはなく、また魔素によって粒子同士の繋がりを最大にすることで、元の状態に再構築することができる。

 要は、不必要な時は粒子に分解し、必要な時は元の個体として扱うことができる、という魔法である。


 これにより、手荷物の持ち運びが極端に軽量化できたり、見られては困るもの――盗られては困るものを安全に運ぶことができるようになった。

 粒子にしたものは、自分の体の一部に魔素で繋いでおくことで、失くさずに済む。


 しかし、このアルケミアはそれなりの高等魔法なので、使うには人並み以上の魔力とかなりの技術が必要となる。

 たまに、粒子同士を繋ぎ留めておくことに失敗して再構築が不可能になったりする者や、粒子にしたものをうっかり失くしてしまう者がいる為、まだ改良の余地はあるという。

 私も育成学校時代に相当苦労して身につけた魔法なので、さすがに失敗することはないが、アルケミア一つに何度泣かされそうになったか分からない。


 そして、世の中の物体の運搬方法を覆す程の魔法を生み出した者こそ、魔国現魔王――イストリア・カサルティリオである。

 私が殺害を企んでいる張本人である。


 この魔法はすぐに世の中から注目を浴び、カサルティリオの名はこの時に世界に大々的に広まった。

 『アルケミア』という名称を名付けたのも、カサルティリオである。


 アルケミアは、当時の物流方法を崩すものではと、一部の運搬会社からいわれのない非難を受けたが、万人が完璧に扱える魔法ではないので、すぐに非難は収まった。

 アルケミアによる運搬をしている商会は極僅かであり、そういった場合はかなりの高額の料金を取られることになる。

 故に、ポリティスさんのように馬車での運搬が主流なのは依然と変わりない。


 そして、今私が多種多様の武器を運ぶ際に使用している魔法こそ、アルケミアである。


 粒子に分解した武器をそれぞれどこか体の一部に繋ぎ留めておいてあるのだ。魔素は丈夫なので、今朝や昨晩の戦闘で繋いでおいた武器が離れてしまうこともない。

 使い熟せたら、非常に便利な魔法である。


「何を持って来たのかは訊かないけれど、それを使わずに済めば良いね」

「まあ、そうだね。リシの武闘会は武器の使用が禁止されているし」


 しかし、使わずに済むということは、恐らく無理だろう。

 神が何かを仕出かすつもりならば、これらの武器を使わなくてはならない。


「……それも疑問なのだけれど、その『神』っていうのは、何が目的なのかな」


 神妙な――不安気な表情でナキはそう訊ねる。

 彼女も北の山脈で神に出遭った身であり、自我を壊されたオールを目の当たりにした身でもあり、そのオールを救った身でもある。

 危機感は他の皆よりも感じているだろう。


 魔国という脅威がある他に、神という恐ろしい敵の存在が確立してしまった。

 以前のような漠然とした嫌な存在ではなく、確信を持って敵であると――警戒すべき対象だと言えるようになってしまった。


「オールを襲ったのは余興だって言っていたよね。今朝フィンが出遭った神の言動からして、今回神がしようとしていることも余興だとすると、やっぱり洛西獣に何かするつもりなのかな」

「恐らく。けれど、今の僕らではそれを洛西獣に伝えることもできない。結局はリシで優勝しないことには進まない」


 一つ間を置いて、ナキは言葉を漏らす。


「神っていうけれど、神って何なのかな……。本当に、それが神なら、私達が敵う相手なのかな」

「…………」


 それに応えることは、私には簡単にできなかった。

 少なくとも、魔人一人にも負けた身である。易々と大きいことは言えない。言えるはずがない。


「正直言うと、今朝戦った感じで言えば難しいと思う。一筋縄じゃいかないだろう。けれど、それでも僕は稽古してきた訳だから――皆を守る為に鍛えてきた訳だから、少しは安心して僕の背中に凭れかかってほしい、かな」


 それしか今は言えないけれど、それでも私の決意が込められた精一杯の言葉なのだ。


 すると、ナキは新たな疑問が浮かんだようで、私の顔を覗いて訊いてきた。


「そういえば、フィンは何で色んな武器の練習をしていたの? 前までは、剣か格闘だけだったのに」

「それは、単純にあの日、痛感したんだ」


 痛感した――自分の手はあまりに少な過ぎる。あまりに不器用過ぎる。


 ニケは剣を使い、銃を使い、杖で魔法を使っていた。そのどれもが、私とは桁違いな程の技量だった。

 身体能力を身につけるのも重要だが、それだけを伸ばし続けたところで、他の足りない部分が自分の足の枷となる。


 それを払拭したかった。

 せめてニケに追いつきたかった。

 そういう意味では、私も大分彼に影響を受けてしまったのだろう。気持ち悪いことこの上ない。


「それで、あんなにも沢山の武器で特訓を…………一体どれくらいやったの?」

「分からないけれど、まあ十何種類かはあると思う。まだどれも実戦で使い熟せるか怪しいけれど」


 それらの武器を集める経費はなるべく抑えられるように、ポリティスさんの協力を仰いだ。お陰で大分安く、早く必要な武器を集められた。

 因みに、ポリティスさんはあれから完全回復し、今は以前と変わらず仕事に戻っている。何なら、以前よりも仕事に精が出ているようだ。あの日の惨劇を受けて、ネフリを大事に思ってくれている彼も、何か感じるものがあったのだろう。


 そうして、しばらく私達の会話は途切れた。

 気まずい空気が二人を包み込み、苦い記憶が脳裏を過ぎる。

 あの日の彼女の悲哀の形相は忘れない――忘れられるはずもない。


 きっと以前ならば、こんな沈黙も心地良かった気もするのだが、今は喉に綿でも詰められたかのように息苦しい。

 私達は果たしてどう触れ合っていたのか、何も分からない。スランプのような感覚である。

 理屈じゃ理解できない何かが、胸の辺りに支えている。


 いつだかの早朝に二人で晴らした靄が、濃度を増して帰って来たかのようだ。


 ナキは今どんな顔をしているのだろう。


 ふと、そう思い、彼女の方を見遣ると、群青の瞳と目が合った。

 少し戸惑いつつも「どうしたの?」と、私は訊ねる。


「…………前は、もっと楽しく話せていたはずなのにね。今は、どう話せば良いのか、分からない」

「…………」

「あなたが目覚めた日の翌朝――あの時から、あなたは変わってしまった。前のあなたなら、きっとアルアさんとの約束を破ったり、魔国の王城ごと破壊する計画を立てるなんてこと、やらなかったと思う」


 ナキも大概我慢してしまう方だと思う。

 それを分かっていながら、私の考えを押し通して、彼女に耐えてもらっていたのだ。

 全部分かっているのに、それでも全部押しつけていた。


「今のあなたは違うもの。ただひたすらに強くなろうとして、私だけを助けようとしてくれている。それは、本当のことを言えば、嬉しい。泣きたくなる程、嬉しいの。…………でも、私一人の為に、魔国の関係ない人達まで死んでしまうのは、やっぱり違うよ。私と魔国の大勢の人達の命に、違いがあっちゃいけないよ。私は、そうまでして生きたくない。そんな多くの十字架を背負って、生きていける自信がない」


 私が守ろうとしたナキが、私のやろうとしていることに心から賛同してくれるとは、始めから思っていない。

 それでも、そうでもしないと、ナキは幸せになってくれないと、勝手に決めつけていた。

 それが今思えば、死にたくなる程恥ずかしい――傲慢でしかなかった。


「今のあなたは前とは全然違う。けれど、今のあなたもどうしたって嫌いになれない。あなたと自然に話せないのが、こんなにも辛い。それが何より――耐えられない」


 勝手に彼女の幸せを決めつけて、勝手にそれで尽くしている気になっていた。

 今はお互い辛くても、いつかナキが幸せになってくれのなら、それで全て解決するのだと思い込んでいた。

 今辛がっている彼女に気づけず、今必死に耐えている彼女を守れず、私がナキに何かをしてやることなど――できるはずがなかった。


「だからね、今はあなたのことを受け入れようと思う。今あなたと一緒に居たいから、あなたのことを肯定しようと思う。魔王を倒すこと――カサルティリオ朝を終わらせること――全部、私も協力する。だから、フィン――」


 私が守られていたのだとも知らずに、守った気になっていたのだ。

 ナキがずっと耐えていたことから目を背けて、頑張っている気になっていたのだ。

 自惚れるな――何でもできると思うな――私は所詮『怪物』だ。


「――フィン、お願い。怖い顔はもう解いて。私の顔、ちゃんと見て。皆のこと、ちゃんと見て。前みたいに、優しく笑って」


 涙が流れたのは、私に辛うじて心がある証拠だった。

 怪物にも、心は辛うじてあるらしい。


 人が行き交う都会の大通りで、私は人目も憚らず雫を零す。

 冷えた頬が温い涙で解かされて、自然と頬は緩んでくれた。


「…………ごめん。僕はやっぱり駄目だ。君が居ないと、駄目だ。君に幸せになってほしいなんて言いながら、本当は君を失いたくなかっただけだったんだ」

「……うん」

「本当は、君の為のことなんて、何もできていなかったんだ。君が大事で、自分が可愛いだけで、正しいことなんて、何もできていなかったんだ」

「……うん」

「…………いつでも、嫌いになって良いから」

「……無理だよ」


 私は結局――弱いままだった。

 こんなに小さな女の子にだって、泣かされてしまうのだから。


「でも、やっぱり関係ない人が巻き込まれるが嫌なことは依然変わらないの。だから、もっと良い方法を探そう。誰も不幸にならずに済む方法を――それでいて、魔王を殺せる方法を」

「……君は、魔王を討つことには反対じゃないのか?」

「勿論」


 憮然とした顔で、臆することなく彼女は答えた。


「私も、魔王は嫌いだもの」


 一瞬、闇を孕んだような瞳をしたナキだったが、すぐにいつもの温かな眼差しに戻し、柔らかく私を見る。


「だから、一緒に探そう。皆が幸せになる方法を見つけよう」


 私は黙って頷き、前を見た。

 ふと、ナキが私の右手を握り締め、私もそっと握り返す。

 ひんやりとした掌が無性に温かくて、自分が壊した宝物を少しずつ直していけているような気がした。


「…………ありがとう」

「……うん、私も、ありがとう」


 言葉少なな時間が続いて、けれどこの時間が心地良いのだと感じる。

 それでも、また現れた靄を、完璧とは言えないまでも少しずつ晴らしていけたのだ。

 私達は前進し、距離を縮めた。


 気恥ずかしくてむず痒い、とても嬉しいやり取りだった。

 こんなところを誰かに見られた日には一日中赤面してしまいそうだ。


「あれ? あんた、こないだの」


 と、その時誰かが誰かを呼ぶ声がした。

 その声が私に向けられたものだとは思わず、気にせず歩いていると、


「ちょっと無視しないでよ」


 と、再度声が飛んできたので、さすがに声の方向を横目で見る。


 そこには、見覚えのある――けれど、いまいち思い出せない顔があった。


「えっと……」


 私が苦笑いで言葉に詰まっていると、向こうも苦笑しながら言った。


「あれ、もしかして忘れちゃった? 結構なインパクトを残したと思うんだけどなあ。ほら、武闘会のエントリーであんたの前にいたさ」

「あ――ああ! あの時の」


 思い出した。

 大会事務局で出場料を用意できず、何とか足掻いてみせたが、私を含む大勢の正論の前に敗れ去った青年。

 確かに、相当な印象を残されたはずなのに、顔を見ても思い出せなかった。


「ごめんなさい。生憎、顔を覚えるのは苦手なもので」

「いいよいいよ。もう慣れてるからさ。影薄いんだ、俺」


 彼は特に気にする風もなく、軽快に話をする。


 昨日見た時は、無地のシャツに薄手のカーディガンを羽織って、下は色褪せたジーパンと少し汚れたブーツを身につけていたのだが、今日はタンクトップ一枚にボロボロの作業着を身に纏っている。腰から手拭いを提げて、見た目は完全に土木作業員である。


「そういやお互いまだ名も知らなかったな」


 そう言うと、彼は手を差し出して名乗る。


「俺は、あー……」


 と、そこで彼は目を泳がせて考え込んだ。

 自分の名が出てこないのだろうか。

 それだと差し出された手を握り返すこともできない。


 すると、やがて零れるように声が飛び出た。

 それが彼の名らしい。


「……デュオ。そう、デュオ。そのままデュオで良いよ」

「僕はフィン・アーク・アイオーニオン。フィンで良いです」


 そう答えて、差し出された手を握り返す。

 すると、デュオは少年のように笑う。


「俺ら多分年近いから、敬語じゃなくて良いって。何か慣れないし」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」


 すると、今度はナキの方を興味深そうに見つめる。


「その子は、恋人?」


 ど直球にそんなことを訊いてきたデュオに、私は軽く吹き出し、ナキは照れつつ私の背に隠れる。


「違うよ。恋仲ではない」

「ふうん、なんか手え繋いでるから。もしかしたら、声かけちゃまずいかなって後から不安になって」

「大丈夫だよ、そういうんじゃないから」

「あ、そお。じゃあ、俺が貰っても良いの?」


 私は再度吹き出し、ナキは警戒しつつさらに深く隠れる。


「それは、まあ、お互いの了承があれば」

「ふうん、まあ、そういうつもりないんだけどさ」


 昨日の大会時事務局の受付の女性を誑かした件があるので、いまいち信用ならない台詞だが。


「というか、何してたの? 恰好も昨日とまるで違うし」

「ああ、これね。アルバイト。建物建ててるんだけどさ」


 なるほど。それで作業員の恰好か。


「出場料稼ぎ?」

「そゆこと」

「じゃあ、今仕事中じゃないの?」

「ああ、まあ、そうだけど、ちょっと抜けてもバレないって」


 にししと、悪戯っぽく笑ってみせるが、奥から大柄の男性がやって来て「おい、バイト! 何サボってんだ!」と、デュオに向かって怒鳴りつけた。


「ごめん。バレた。行くわ」

「うん、頑張って」


 そそくさと仕事に戻る彼は、ふと足を止めてこちらへ振り返った。


「フィン。もし、俺も出れたら、そん時は頑張ろうな」

「ああ、頑張ろう」


 そうして、また子どものように笑い、仕事場へと戻って行った。

 私達もまた大通りを歩き出す。


「良い人だったね」

「うん、彼とも戦えたら、多分楽しいんだろうな」


 そんな風なことを話しながら、先程の会話を思い出す。


「…………」


 ん? あれ、どんなことを話したんだっけ。

 いくら思い出そうとしても、ナキと話したことが記憶の中で思い浮かぶ。

 ナキの笑顔と言葉が思い浮かぶ。

 その後の記憶がぽっかりと暗闇の穴が開いたように、思い出せない。


 そもそも彼はどんな風貌だった?

 いや、何よりもまず、名は何だ……?


「影薄いんだなあ……」

「もう、失礼だよ。さすがにさっき知ったばっかりで忘れるなんて…………誰の話だっけ?」

「完璧なボケじゃん」



   〇   



 しばらく歩いていると、やがてあるものが視界に入ってきた。

 大通りの一角に荷車を改装したような出店が出ており、そこから食欲をそそるであろう良い香りがしてきた。


「……良い匂い」

「ん、ああ、出店かな。何か食べ物が出ているのかな」


 出店の前には小さなブラックボードが立てかけており、そこには白墨で店名やメニュー、それらの値段が書かれていた。


「ホットドッグだね」

「ほっとどっぐ? 聞いたことない」


 まあ、結構な観光地だとか主要都市だとかにしかないものだし、ファストフードなので宿の料理で出てくることもない。

 その実体は、パンに切り込みを入れ、そこに瑞々しい野菜や、肉汁が溢れるジューシーなソーセージを挟み、そのまま頂くというものである。トマトベースの野菜ソースをかけて食べるとさらに美味なのだ。


 それに目を惹かれたナキは空腹音を鳴らした。

 お昼前ということもあり、丁度お腹が空いてくる時間帯だろう。

 ナキなら、ホットドッグ一つ食したところで、昼食には何の影響もないだろう。彼女の胃袋の広さは私が熟知している。


 何より、彼女がとても食べたそうにしている。どこでも見かけるものでもないので、折角の機会だし、買っていこう。


「食べる?」

「良いの?」


 目を光らせながら聞く彼女に「やっぱ無理」と、言うことこそ無理である。


 店の人に一つ注文し、料金を支払う。奥の厨房で豚の獣人がソーセージを取り出して調理しているのが見えて、何とも言えぬ気持ちになった。

 しばらくして出てきたホットドッグに、ナキは感動を覚えているらしい。


「美味しそう……」

「頂いて」

「ありがとう、フィン」


 もう少し早くナキとしっかり話しておけば、こういう笑顔ももっと早くに見られたのだろうか。


「フィンは食べないの?」

「ああ、お昼も近いし、ナキが食べな」

「……お腹いっぱいになって、お昼入らなくなっちゃうかな」


 買ってしまったので今更どうすることもできないけれど、ナキは突然不安そうな顔をした。余計なことを言ってしまったかもしれない。


「まあ、大丈夫じゃない? じゃあ、一口だけ僕にもちょうだい?」

「うん、あげる」

「ありがとう。でも、まずはナキが食べな。きっと美味しいから」


「いただきます」と、感慨深そうに唱え、ホットドッグに向き合う。そんなにすごいものでもないので、過度な期待をするのも危険であるが。


 小さな口で大きく頬張り、もぐもぐとよく噛み締める。

 ケチャップソースが口についており、店で貰ったナプキンでソースを拭き取る。


「どう?」

「…………美味しい。美味しい。フィン、美味しいよ、これ」


 満面の笑みがぽろぽろと零れ、二口三口と頬張る。気に入ってもらえたようで、何よりだ。


「材料も作り方も簡単だし、ネフリでも作れるかもね」

「うん、皆にも食べさせてあげたい」


「はい」と、彼女はホットドッグを私に差し出す。


「ありがとう。いただきます」


 小さく一口齧り、よくよく咀嚼する。

 パンの素朴な触感に、レタスの水分とソーセージのこってりとした濃い味が良い感じに調和が取れていて……うむ、美味である。


「美味しい?」

「美味しい」


 すると、可愛らしい笑みを見せて、ホットドッグを頬張る。


 結局、その後ナキはまあまあなサイズだったホットドッグを一人で平らげてしまった。

 それでもまだ全然余裕らしく、彼女は本当はその手のファイターなのではと錯覚しかけた。


 大通りもそれなりに歩いてきたところで、ひとまず宿に戻ることにした。

 そろそろ昼食の時間だし、あまり長い時間外に出ていても皆を心配させてしまうかもしれない。アルアさんを怒らせるのはもう御免だし、アルアさんの皺の寄った顔を見るのも御免である。


 来た道を翻すように戻った訳だが、途中で見かけた建築現場がやけに気になったのは何かの暗示なのだろうか。何となく記憶に残っているような――微かに覚えのあるような感覚。これがデジャヴか。


 やがて宿に着き、扉を潜る。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 部屋に戻ると、皆が我々男部屋に集まっていて、楽しく談笑していたらしい。

 アルアさんも穏やかな表情だったので、ひとまず安心した。


「ナキちゃんと外にいたのね」

「うん、散歩に誘われてね」

「何か特訓めいたことはしていないわよね?」

「特訓めいたことって」

「ほら、大通りを兎跳びで往復とか」

「邪魔でしょうがないだろ」


 すぐに通報されて、大会出場権も破棄されて、しばらく留置所で過ごして、変な風評が広まって、そのまま生涯バッドエンドである。


「ナキが一緒にいたから、大丈夫だって」

「それもそうね」


 そう頷いて、彼女は心底安堵した表情を見せた。

 もしかしたら、さっきまでも本当は私のことをすごく心配してくれていたのかもしれない。

 それでも、私を信用して騒がずに我慢してくれていたのかもしれない。

 そんな風に思うと、私が裏切ろうとしていたことがとても情けなく思えてくる。


 心配してくれている人の本心すらも見落とす程、私は何も見えていなかったのか。


 椅子に腰かけ、雑談に混ざる。

 久し振りに心が軽くなった気がして、久し振りにちゃんと皆の前で笑えた気がする。


 今日一日稽古を我慢するなど、この楽しい時間が手に入るならばいくらでも我慢してやる。容易いことだ。

 そうだ――覚えたことはそんな簡単に忘れちゃくれない。願っても、拒んでも、離れちゃくれない。


 何となく、明日は良い日になる気がした。

 不運な私には、至極似合わない言葉であるが。



   〇   



 その夜――私は酷く苛まれた。


 一ヶ月以上、毎日欠かさず相当量のトレーニングを熟していた為、一日行わなかったことによる代償が発生した。


 稽古をしないことによる禁断症状に近い症状が起こり、過呼吸、体の痒み、吐き気、その他諸々が生じた。

 その夜は応急処置として稽古をして良いことになり、何とか症状は治まった。


 夜中に起こされた皆や、騒ぎを聞きつけた宿の方々には途轍もない迷惑をかけ、その上で私は稽古できることの喜びを満面の笑みで表していたらしく、なんやかんや生き生きしていたという。


 ――最低な話である。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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