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Light in the rain   作者: 因美美果
第六章――1
40/77

『荒涼』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 昨今の人口移動が各国の主要都市に集約してきていることは、言わずと知れた社会問題になっている。


 地方や無法地帯の小さな村から、文明が発達した都会へと人々が流れていく。それがさらなる文明の進歩に拍車をかけている。

 しかし、都会の人口増加に伴い、土地の狭隘きょうあいも加速し、結果的に土地代を始めとしたあらゆる物価が急上昇している。

 便利な生活を夢見て上京してきた移住者が思わぬ物価の高さに、ろくな生活を送れないという事態も起きている。


 また、人が出て行くばかりの地方では当然過疎化が進行し、取り残された老人が晩年どこにも行けずに寂しく息を引き取ったり、単純な人手不足も大きな問題になっている。


 ネフリティスホリオもどこの国の領土にも属さない無法地帯に孤立しているが、村人の何人かは各国の都市に出稼ぎに出ていると言う。

 話を聞く限り、稼ぎはそれなりらしいが、出費も多い生活に困窮しているとらしい。


 しかし、都市の発展は不可欠であり、それがあるからこそ今まで世に蔓延っていた諸問題が解決されたことも確かなのだ。

 世が移り変わり、ものが新しくなることは必要なことでもある。

 それがかつてのその土地の文明や歴史を失わない程度の移り変わりであれば、至極便利なもので済む。


 そう――しっかりと節度を持ち、先祖が繋いできたものを尊重できていれば、より良い世の中になるのだ。

 より良い世の中になるのだが――そう上手くはならないのが、世の中である。



   〇   



 あの日から一ヶ月が経とうという頃、ある場所に来ていた。


 獣の国――ネオン王国。

 かの『王国』を西の地から守護する洛西獣――アラフ・ド・ドルイドが統治する王国である。


 洛西獣については、いつだかに説明した通りである。

 五千年の時を生きる『獅子猪ししじし』という種の猪である。その姿は正に山のようであり、その大牙は幾重にも重なった巨大樹を容易く貫く。

 そして、何よりも驚くべき特徴は『曲がることができる』ということである。

 猪は『猪突猛進』という四字熟語がある通り、突き進んだら最後、曲がることが困難になる。


 抜群の威力を放つ突進も、横に避けられては虚を追うしかない。

 しかし、避けられようともその後を追うことができるのなら、どこまでも追尾してくるミサイルのようなものである。

 故に、その種には王たる『獅子』の名が付き、洛西の守護者にも選ばれるのだろう。


 そして、今回ネオン王国を訪れた理由は、その洛西獣にあった。


「何で獣の国に行くんですか?」


 ネオン王国までは私が竜になり、皆を背に乗せて空を悠々と飛行していた。

 オールはあの日からまだ目を覚まさない為、ネフリに残してきた。アルアさん曰く、意識は安定しているので心配しなくて良いという話だが。


 なので、今回は私が車になっている。


 そして、その移動中に背中に乗るスキロスが訊いてきたので、質問に答える。


「洛西獣に用がある」


 説明も難しいので、それだけ答えておく。

 もう少し詳しく言うのなら、魔国を滅ぼす為である。


 今回は、私とナキの他に、アルステマとアルアさん、そしてスキロスとアルクダも来ている。

 ナキはいつもの通りだが、アルステマには戦闘員としてついてきてもらった。戦闘が予想される訳ではないが、何かと面倒事も多い。少しでも戦える人が欲しかった。スキロスとアルクダについても同様である。

 アルアさんはオールの代わりとして、何かあった時の為の回復役を担ってもらった。


 今の説明から何となく察しがつくだろうが、今回ネオン王国に行くのは、カタラクティスやバリウスの時のような観光目的ではない。

 言ってしまえば、軍備を整える為だ。


 本来ならば、オールの目覚めを待ちたかったのだが、今は急を要する。

 オール不在の為、洛西獣へのアポイントメントが難しいところではあるが、一応策がない訳ではない。


 そんなことを考えていると、やがて巨大樹の森が見えてきた。


「あれが、獣の国……」


 ナキはそう小さく呟いた。


 森の手前に着地し、私達はネオン王国へと足を踏み入れる。



   〇   



 ネオン王国に入れば、そこからは人間の姿でなければならないので、乗合馬車を乗り継ぎながらネオン王国の王都――エリモスを目指す。

 亜人やペットくらいの小動物になら、姿を変えても問題ないだろうが、さすがに皆を背に乗せて移動できる程の巨大生物になってネオンの地を往来するのはまずい。

 あまりに目立つし、最悪討伐される。


 百メートルを超える巨大樹の森全体がネオン王国であるが、その隣にはバリウスの壁が悠然と屹立している。

 ネオン王国とバリウスは互助関係にあり、古くから深い親交が結ばれているのだ。

 ネオン王国はバリウスに対して巨大樹という物資を輸出し、バリウスはネオン王国に対して近代技術の数々を情報として送っている。

 バリウスにとって、普通の木材を使うにはあまりに少なく脆過ぎる為、太く頑丈でより大きな巨大樹の木材が必要となる。

 ネオン王国は元より森に住む民族が徐々に規模を拡大し、やがて洛西獣を王として立ち上げられた国である。技術進歩する為の技術が揃っていない為、きっかけとして他国からの技術提供が必要となる。


 こうしたギブアンドテイクを経て、ネオン王国も近代国家の仲間入りを果たした訳だが――


「何だか、息苦しい……」


 初めて目にする都市を前にアルステマはそう零した。

 目的は違えど、初めての有名観光地に期待を膨らませていた彼女にとっては、酷く落胆するものだっただろう。


 王都までの長い轍を辿り、やっとその入り口に入った我々の表情は決して明るくなかった。


 話に聞いていた通り、過度な近代化が進んでいる。

 節度のない巨大樹の大量伐採は歴史ある森の風景を破壊し、かつて低い建物が並んでいた大通りは大量の巨大樹の木材で建てられた高層建造物が所狭しと櫛比する味気のないオフィス街となってしまった。

 昔から受け継いできた知恵や文化や景観を崩し、効率だけを求めて新しいものだけを残していく。


 これが愚かな都会の姿であり、流行というものなのだろう。

 まあ、過去の文明はいつか必ず流れ去り、変遷は続いていく。

 それがあるから技術進歩も速度を増していける。

 一概に否定できるものでもないのだろう。


 昔はここも美しい巨大樹の森だったらしいのだが、今は巨大樹が伐採されたことにより、開けた土地が陽光を燦々と浴びている。

 木漏れ日が射し込んだ涼しげな街道を歩きたかったのだが、まあ、これもこれで悪くはない。


 人混みの多い大通りを僅かな人の隙間を何とか抜けて、早々に今晩泊まる宿を探す。

 このエリモスに辿り着くまで一週間以上かかっている。

 そろそろマシな布団で寝たい。


 足早に過ぎていく人々は誰もが目を薄く開き、疲弊した顔を重たくぶら下げている。


「皆、余裕ないって顔ですね」


 すれ違う人達を見渡しながら、アルクダはそう言う。


「まあ、働かないと稼げないし、余裕ないのは確かだろうね」


 宿に辿り着き、部屋を取る。

 さすがに六人一部屋というのは無理なので、男女で分かれて三人部屋を二部屋取ることにした。

 今まで訪れたどこの国の宿代よりも高く、金額を見た時は財布を少し握り締めてしまったが、宿代に限らずこの都市はどれも高いのだ。

 今回は出費の多い旅だったということで我慢しておこう。


 それぞれ部屋に荷物を置き、一度男部屋に集まる。

 これからの行動をある程度説明する為である。


「とりあえず話しておかなければならないことだけ話す。その後、すぐに出かけなければならないからね」


 まず一つ目として、私がここに来た訳であるが、先程も少し話した通り洛西獣に会う為である。

 現時点では、会うことはできない。王である彼に対し、私はただの外国人である。会う資格なんてある訳がない。


 オールがいれば、同じ守護者ということで会わせてもらえたかもしれないが、彼女は今も眠ったままである。仮に私が「洛北竜の親友なんです。仲も良いし、他愛もない冗談も言い合える仲なんですよ。そういう訳で洛西獣に会わせてもらっても良いですかね。あざす」と言ったところで、返ってくる言葉は「NO」だけである。


「じゃあ、どうするの?」


 アルステマは不思議そうな顔をしながら、先程私が買ったやたら値の張るオレンジジュースを飲む。何で皆、私のものを自分のものだと思っているんだ? ガキ大将なのか?


「『リシ』って知っているか?」


 皆一様に首を横に振る。


 リシ――毎年この時期に開催されるネオン王国のお祭りである。

 元々は全く別の地域で行われていた小さな伝統行事であったが、それが段々と広まっていく内にその形式や趣旨を変化させていき、今ではネオンの祭事だという認識が常識として定着してしまっている。

 故に、元はただの収穫祭で慎ましく行われていたものが、都市全体で開かれる武闘大会へと姿を変えてしまった。しまいには、出店も大通りにずらりと並んでいて、もはや原型を留めていない。

 何のプロセスを経たら、小さな収穫祭が世界中から戦士や賞金稼ぎが集まる巨大な武闘会に変幻してしまうのか。


 こういった文化が間違った形で世間に定着したり、それが常識のようになってしまったりというのは、よくあることでもある。

 都会人とは、良くも悪くもとにかく愉快であれば良いという傾向がある。


この武闘会では優勝者には多額の賞金が贈られる。故に、世界中から猛者が集まり、人と人が傷つけ合うのだ。

 また、それに並行してベットも行われる。要するに、参加者の中から優勝者が誰になるのかを予想して、当選すれば金が貰えるということである。金とは本当に恐ろしい。


「その『リシ』って行事でどうやったら、洛西獣に会えるの」

「武闘会で優勝するんだ」


 優勝して何故洛西獣に会えるのかと言えば、別に優勝賞金で賄賂を流して洛西獣と会えるように取り計らってもらう――なんてことではない。

 優勝した際、洛西獣直々に表彰が行われるのだ。

 その時が、唯一の接触のチャンス。


「その瞬間だけなの?」と、アルステマ。


「うん」


「それだけで、協力なんて仰げるの?」と、アルアさん。


「それは、まあ、頑張ってやれば」


「ちょっと作戦としては浅くないですか?」と、アルクダ。


「いや、でもそれが手っ取り早いかなあって」


「フィンさんらしくないですね。あまりに雑というか……手、抜きました?」と、スキロス。


「えっ、何で皆そんな反対なの? だって、えっ? そんな駄目? ……ですか?」


 ナキは何も言わない。


「でも、ほら。優勝したお金で村の復興とかもできるし。あって困るものではないでしょ?」


 非難轟々に対し、苦し紛れの理由を加えてみるが、皆煮え切らない顔をしている。

 因みに、貰えるお金はネオン王国の硬貨なので、村で使用する為には、一度どこかで換金しなければならない。その際にも、手数料がかかり、残るお金はどれ程だろうか。


「それに、その大会で勝てる確信はあるの? 世界の強い人達が集まるんでしょう?」


 アルステマは不安気な顔を絶えずに訊く。

 確かに、私がそこで優勝できるとは限らない。トーナメント戦なので、一度でも敗北を喫すれば、そこで計画はおじゃんである。非常に脆い計画だ。

 しかし、私とて何の準備もなしに挑みはしない。


「だから、ここ毎日鍛えていたんだ。それに、ここで負けるようなら魔国を滅ぼすなんて、戯言にしかならない。止まっている暇はないんだ」

「…………それも疑問なのだけれど、魔国を滅ぼすという目的自体にはとりあえず目を瞑っておくにしても、どうやって滅ぼすつもりなの?」


 そう。それが私が話しておかなければならないことの二つ目である。


 洛西獣の力を借りるにしても、その力を上手く利用しなければならない。

 洛西獣の力とは、説くも簡単、大地を自由自在に操るというものである。

 土、草、葉、木、岩、山など、自然に棲息するものであれば、問答無用で洛西獣の言いなりなのだ。


 それを使ってどう魔国を滅ぼすのかと言えば――


「魔国の王城の真下の地盤を崩して、城ごと崩落させるんだ」

「…………」


 皆、黙っちゃったよ。


「いや、予想以上に、というかさっきの計画より雑じゃないですか?」

「せめて規模がでかいって言ってくれ」

「規模に対して中身がスカスカなんですよ。考えるの怠くなっただけじゃないですか。残念なパンみたいなことを言わない下さい」

「残念なパンみたいなことを言った覚えはねえよ」

「本当にそんな薄い作戦で大丈夫なの?」

「薄いって言わないで。薄くないし。これが手っ取り早いんだよ」

「そんなので本当に魔王が倒せるのかな。ちょっと作戦が幼過ぎない? 本当は誰が考えたの?」

「僕だよ。それに、それで倒せる訳ないけれど、それだけで挑む訳でもないから」


 協力者が洛西獣だけでは、失礼な話だが、足りない。

 洛西獣の力も不可欠だが、それだけで倒せる程の破壊力はない。魔王ならば、簡単に対処してしまうだろう。


「となると、他にも協力を仰がなければならないということね」

「その通り。一応あと二つ、行かなければならない場所がある」


 これは追々詳しく説明するが、難易度的にはこの洛西獣への接触が一番楽なのだ。

 あとの二つは、今回の比べものにならないだろう。


「……でも、魔国の城の地盤を崩すってことは、今の王朝の主要人物以外の――たとえば、使用人の人とか関係ない人も巻き込むってことなの?」


 今まで口を閉じていたナキがここで言葉を発した。

 あの朝以来、私とナキは表面上では関係性を保っているが、どこかぎこちなくなってしまった。会話も減り、まるで倦怠期を迎えた熟年夫婦のようである。

 周りの人達もその空気を何となく察しているようだが、いまいち触れて良いのか分からないといった風である。


「その作戦だと、奇襲になるんでしょう? だとしたら、城に居る人全てが被害者になるってこと?」


 そう問い質す彼女の眼は哀しみと静かな鋭さが込められていた。

 それに対し、私は少しの間を置いて応える。


「必要な、犠牲だろう。これから魔王が殺す世界中の人の命の数に比べたら、少なく済むんじゃないか?」

「…………そう。そうなのね」


 それきり、彼女はまた沈黙に戻ってしまった。


 私とて、かなり残忍なことを言っているとは分かっている。

 けれど、それを捨ててでも私は守りたいのだ。

 この想いが彼女に届くことはないのだろうけれど、私が彼女にとってどれだけ悪者になっても良いから、彼女に幸せに生きてほしいのだ。


「で、この後はどうするつもりなのかしら?」

「ん、まずはリシにエントリーしないことには始まらないから、大会事務局へ行ってくる」


 街の中心にあるので、人を掻き分けて行かなければならないのだが、そんなことをうだうだと言って渋ってもいられない。

 出場料もそれなりにかかるので、この武闘会はそういう意味でも無駄にはできない。


「それが終わったら特に何もないし、大会当日まで予定はないから、皆好きに過ごしてもらって構わないよ」


 私は大会に向けて稽古を怠る訳にはいかないので遊んでもいられないが、皆はそういったこともないので、普通に観光してくれて問題ない。何なら私の勝手に付き合ってくれている立ち場なので、皆にはできる限り観光と変わらない形で過ごしてほしい。


 とりあえず話しておくべきことはこれくらいなので、私は今から武闘会のエントリーに向かう。

 皆は疲れているだろうし、そうじゃないとしても折角の大都会なので色々と見て回りたいだろう。


 と、思っていたのだが、皆口を揃えて私についてくると言う。

 何とも言えぬ想いが込み上げてくる。


 ただ一人――ナキだけは、宿に残って休んでいると言った。

 それに対しても、何とも言えぬ想いが込み上げてくる。


 私は「そう、じゃあゆっくりしていて」とだけ言い残し、他の四人を連れて宿を出た。



   〇   



 大会事務局の前には、夥しいまでの人々が蠢いていた。

 その原因は単純にここが中心街であることも関係しているだろうが、それ以上に人を集めている要因がある。


 それは、現在の武闘会出場者のオッズが一覧に張り出されている巨大掲示板がある為である。


 それ目当てに、お金と共に人生賭けているおじさん達や、小遣いを稼ごうとしているおばさん達が掲示板前に群がっている。

 皆、口々に誰に賭けるかを話し合っており、所々で出場者と思われる屈強な肉体をした男性や女性が人々にアピールをしている。人気が少なかったり、無名の戦士はこうして自分の名を広めなければならないのだ。

 私は誰に賭けられようがどうでも良いので、別に売名の必要はない。大穴で優勝し、誰彼構わず破産させてやる。私はギャンブルが嫌いなのだ。


 エントリーの為にできた長蛇の列に並び、「一時間半待ち」と、書かれた立て看板を見て思わず溜息を吐く。


「しばらくかかりそうだから、どこか行っていても良いよ」

「いえ、ここで待ってます。しりとりしてます」


 健気に待ってくれるということに皆の愛らしさを感じつつも、しりとりに参加できない私の不運を呪う。


 気が遠くなるような行列を長い時間をかけて、一歩ずつ進んでいく。私は一生この列から抜け出せないまま、しりとりにも参加できないのではないのかと悲観し始めたが、やっとあと一人というところまで来れた。特に何も成し遂げていないのに、偉業でも成し遂げた気分だ。拍手が欲しいくらいである。


 と、ここですんなり私の番が来るのなら、今までの生涯も苦労していない訳で。

 故に、目に見えて手の届きそうな数センチ先のゴールも、一人の男性によって阻まれるのだった。


「ええっ!? 出場するのにも金取られんの!?」

「はい、大会の開催にもお金がかかっていますので、出場者の方から出場料として徴収しております」


 そのやり取りに、十七年の経験が私に語りかけてきた――長くなる――と。


「うっそお、ちょっと聞いてないよお、それ。どっかに書いてあったの?」

「はい、街に張られている大会の広告ポスターや、事務局からお配りしてしているチラシの要項の出場条件の欄に掲載しております」

「そうなの? ええ……どうしようかな、だって俺金なんて飯代しかないし……」

「それを出したら良いじゃないですか」

「ええっ? 飯抜けって言うの?」

「出場したいのであれば、それしかないですし」

「分かったよ、ああ、くそう」


 そうしてその男性が出した金額は出場料とは程遠く、何ならそのお金で食べられる食事も酷く貧相なものだろう。


「足りないですね」

「勘弁してくれえい」

「本当にこれだけなんですか?」

「これだけなんです」

「じゃあ、今回は諦めて頂くしか……」

「あっ、そうだ。出世払いじゃ駄目? 出世というか、優勝払いで」

「駄目です。保証がないです」

「保証人つけるからさ」

「こんなことにいちいち保証人つけないで下さい。それに、そういうことはちゃんとした機関でやって下さい」

「酷いよう。俺こんなに苦労してんだよう。しくしく」


 男性は嗚咽のようなものを出しながら、カウンターに突っ伏した。

 受付の女性は困りつつも怒りの表情で怒鳴った。


「ちょっと、いい加減にして下さい! 警備隊の人を呼ばせてもらうことにもなるんですよ」


 すると、男性はすぐ様顔を上げ、焦りながらへらへらと笑う。嘘泣きかよ。


「いや、マジで、大事にするのは止めて! あ、そうだ。お姉さんすごい綺麗ですね」

「下手くそか。『あ、そうだ』じゃないよ。大人をからかうのもいい加減にしなさい。後ろも詰まってるんです。警備隊を呼ばれたくないのなら、早く帰って下さい」

「いや、本当に綺麗だなって思ったから。何も卑しいこと考えてないよ。あ、良いこと思いついたわ。お姉さん、今夜どうですか? 俺が良いことするからお金下さい」

「卑しいことしか考えてないじゃないの。逆に金払ってほしいくらいだわ」


 いつになればこの茶番は終わるのか。目に見えていたゴールがまた距離を延ばすように感じられた。


「本当に諦めて下さい。お金がないのならしっかりと用意してきて、また来て下さい」

「『また来て下さい』って、『また会いたい』っていう風に受け取って良いの? 今夜にでも会えるよ」

「お前マジで死ねよ」


 その言葉と同時に、遂に女性の平手が男性の頬に入る。

 さすがにここまで来ると仕方ないだろう。セクハラの数々がすごい。彼の口には猥褻の神様でもいらっしゃるのだろうか。

 その後、女性は受付の奥に向かい、「警備の方、ちょっとお願いします」と、男性にしっかりとした制裁を下した。


「えっ、ちょっと待って、本当に! 俺、ただ金が必要なだけなんだって」

「金が要るのなら、誰かにベットすれば良いじゃない」

「いや、だって俺ギャンブルって分かんないし。ピュアな世界しか知らないから――いや、じゃなくて! ああもう、何だよう!」


 叫んだ彼は頭を振り回し、そして不意に私の方へ首を向けた。

 不覚にも――目が合ってしまった。


 しまったと思い、ゆっくりと視線を外すが、時既に遅し――彼は私の肩を強く掴み、懇願するような眼で訴える。


「お願い! 金貸して!」


 初対面の男に金を貸してくれと頼むなんて、彼は何という勇気の持ち主なのだろうか。

 しかし、残念なことに、初対面の男に金を貸してあげるなんて、私にはそんな勇気はないのだ。


「……無理です」

「ええ何で!? 人を助けてこその人助けだろう!?」


 そりゃあ、人を助けてこその人助けだが、助けられる側のあんたがそんな図々しいことを言っちゃ駄目だろう。全く響かない。


「あんたもここに来たなら、金あるんでしょ? それをちょっと恵んでよ」

「嫌ですよ。僕は二人分の出場料は持ってないんです」

「聞いてただろう? 俺金ないんだよ」

「だったら、ちゃんと用意しておけば良かったじゃないですか」

「だから、頑張って働いてもパンと水買うのがやっとなんだよ。それも一日に一つずつ。三食食ったことなんてないんだよ」

「『ないんだよ』って、知らないですよ。苦労しているのには同情しますけれど……」

「同情するなら女をくれ、あ、ごめん、噛んだ」

「どう器用に噛んだら、金が女になるんだよ」

「同情するなら金と女をくれ」

「欲塗れだな。せめて女は手放せよ。それが正しいセリフだったんなら、あんた噛んでないし。ただ金を言い忘れた奴じゃねえか」


 と、そこで女性が口を開いた。良かった、止めてくれ。


「もうさっさとして下さい。あなたもこの人に金を貸すんですか? 貸さないんですか?」

「貸さないですよ!」

「貸してよ!」


 何故、私まで迷惑者扱いなんだ。皆総じて睨んでくるし。


 やがて、警備隊の人がやって来て、彼をどこかに連れて行った。散々である。世界一無駄な時間だった。

 連行される際、彼は私に対し「人でなしがあ! 蚤虫じゃい、てめえは!」と、随分と酷い誹謗中傷を飛ばしてきた。誰が蚤だ。


 エントリーを終え、事務局の外で待っていた皆に声をかける。


「おっ待たせ。さっ、行こっか」

「あ、うん……」


 あれ、皆の反応が悪い。思った以上に待たせてしまったので明るく行こうと思ったのだが、予想以上に怒らせてしまったのか? それとも、ちょっとテンション上げたのがそんなに嫌だったのか? オールがいないから、「キモい」とツッコんでくれる人もいない。


「いえ、そういう訳ではないのだけれど――いや、確かに似合わないことしてるなとは思ったけれど……あそこにすごい人がいるもので」


 似合わないと思ったんかい。

 それはひとまず置いといて、アルアさんが指差す方向に視線を移すと、そこにはものすごい人に囲まれながら仁王立ちで立つ大男がいた。時々遠くの方へと手を振っている。


 そして、私は彼を知っている。


「彼が……あの、格闘王の…………」


 筋骨隆々の大きな体、三つ編みにされた濃い髭、サングラスから覗くぎょろりとした眼力の強い眼、ドレッドの髪は全て掻き上げられていて、後ろで一つに束ねられている。

 そして、その頭の両側面からは雄々しく天に伸びる角が生えている。


 世界のあらゆる武闘会に参戦し、数々の有名タイトルを総なめにしてきた男――格闘王の名をほしいままにした荒々しい牛の獣人――シモス・ミウラ。


 アルステマは横目にミウラを見ながら問う。


「あの人も武闘会に出るの?」

「ああ、常連だよ。この大会でも初出場からずっと優勝している。掲示板を見れば分かるけれど、オッズの一位は圧倒的に彼だ」


 ミウラが出場する大会のタイトルは全て彼が獲得している。

 よって、ミウラが出場する大会で優勝を目指すことは、ミウラに勝つことが必要不可欠であり、彼に勝利することができればそのタイトルを獲得したも同然なのである。


「じゃあ、彼に勝たないと大会で優勝も難しいということなのですね」

「まあね。けれど、正直言うと彼以上の実力者なんて世界にどんなにいることだろうね」

「そうなんですか?」


 世界の実力者と言えば、誰を想像するだろうか。

 王国を守護する東西南北の守護者達。

 巨人の国バリウスの英雄――ミュース・グロシア。

 かの王国の軍隊には、一人で何十何百人の兵力を持つ者が数えられない程いるのだ。

 そして、新たな時代を今正に作り出しているのが、カルマ、コクヤ、キラである。

 今まで会ったことがないだけで、世界中にミウラ以上の実力を有する者は結構いる。

 まだ名を世界に轟かせていないだけで、彼を超える強者が今もその力を伸ばしている。

 きっと、ニケだってそうだろうし、魔王など尚更だ。


 ミウラが多くのタイトルを獲得できているのは、そういった彼以上の実力を持つ者が武闘会になど出場しないからだ。

 彼らが武闘会で名を上げることに興味を持つことなどないのだ。

 何故なら、そういった猛者は大抵が職業軍人であり、戦場に生きる彼らが――言ってしまえば――遊びの武闘会に出場する暇などあるはずがないからである。

 賞金稼ぎやただの武闘家と違い、軍人は本物の殺し合いをし、常に背に守るものを背負っているのである。


「じゃあ、フィンさんもあの人に勝つのは余裕ですか?」


 そう問うスキロスに「YES」と答えたいところだが、私の場合となるとそうもいかない。

 いくらミウラ以上の猛者がいるとはいえ、ミウラが猛者であることも確かなのだ。


「僕もそう易々と負けるつもりはないけれど、彼と僕の実力差というのは実際に手を合わせてみないと分からないから」


 私の実力をミウラ以上の実力だと、自信を持って言えるのかといえばそういう訳ではない。

 ニケにだって、命を使い切ってやっと足を止めさせたくらいだ。不可思議な奇跡が起きて命拾いしたが、まだまだなのは確かなのだ。

 だから、リシの武闘会に備えて稽古をしていた訳で。


「…………随分と、腰が引けているんですね。あなたらしくない」

「アルクダ、何てことを言うんだ」


 スキロスはそうアルクダを制するが、それを私が制する。


「良いんだ、スキロス。本当のことだ。…………でもな、アルクダ、分かってほしいのは、ここに来て驕るなんてできないんだ。あの日、守れなかった人達を背にして、傲慢なことは言えないよ」

「…………すみません。理解が浅かったです」


 そう頭を下げる彼に「気にするな」と、私は彼の頭を軽く撫でる。


 その後は、また蠢く人の流れを掻き分け、宿の近くの雑貨屋に入った。

 都会には面白い雑貨がよく揃っていると聞くので、皆に見せてあげたかった。ナキも明日辺りに連れて来れたら良いのだけれど。


「すごーい! 何これ!」


 店に入るや否や、見たこともない鮮やかな雑貨達に興奮を隠せなかったアルステマは予想以上のはしゃぎっぷりを見せた。

 気になるものを見つけては手に取り、あらゆる角度から眺めては棚に戻す。

 アルステマ程ではないが、他の三人もそれぞれ興味を隠せないようで、目を輝かせている。


 私もゆっくりと棚に並ぶ奇抜な商品を見つめる。


 しばらくすると、中々の広さのはずの店内を一周したらしく、アルステマが興奮気味に私に感動を伝える。


「すごいねここ。色んなものがあって、何かよく分からないものばかりだったし、何の役に立つのか分からないものばかりだったけれど、でも見ていて全然飽きないの。正直言うと欲しいとは思わないけれど、何かここ好きだよ。何ていうか、ここに来てからちょっと息苦しい感じがして、ちょっと嫌な感じだったけれど、今すごく楽しいよ」


 舌を捲し立てて、感じるままのこと語る彼女を私は非常に微笑ましく思う。

 無邪気に笑う彼女の無垢な言葉は時に茨のようなものばかりで、その言葉が店内に響き渡るのは正直気まずかったが、彼女が都会で楽しめているのなら、それで良いや。そもそも雑貨とは、何の役にも立たないのが大半である。


 と、満面の笑みを浮かべるアルステマと私の元へ、口髭をひけらかす男性店員が眉を顰めてやって来た。


「あの、何も買う気がないなら、出て行ってもらえる? 冷やかしの連中に店内に居座られると困るんだよね」


 その言葉に私達は言葉を失う。

 店の奥でその言葉を聞いていた三人も、固まっていた。

 唖然としたアルステマは徐々に顔を紅潮させ、やがて頬を膨らませながら怒鳴る。


「前言撤回――楽しくない! 帰る!」



   〇   



 宿に戻るなり、アルステマは床を踏み鳴らしながら部屋へと戻った。


 アルアさんが「アルステマちゃん、気持ちは分かるけれど静かに。他の宿泊客の方もいるのよ」と、優しく諭していた。


「何かあったの?」

「ちょっとね、嫌なことがね」


 自室で休んでいたナキは、アルステマの大きな足音を怪訝に思い、部屋から出てきた。

 不安気な顔でそう訊ねるナキに、アルステマの怒りの真相を話す。

 話を聞き終えると、哀しい表情でアルステマを慰めに行く。


 まあ、今回ばかりはアルステマの憤りにも同情の余地はあるだろう。

 裏表のない彼女は思ったことを何でも口にしてしまう。それ故に、先程のような店員を多少苛つかせてしまう発言があったことも認める。

 しかし、それに対する接客が実質「帰れ」というものでは、塩対応を軽く凌駕して鷹の爪対応と言える。

 その上、あのような辛口に耐性のないアルステマからすれば、鷹の爪を超えてジョロキア並みに感じられたことだろう。


 事実、私もあのようなことを店員に言われたのは初めてではないが、その場合はいつも店員の人格に問題があり、必ずしも店全体の雰囲気が厳しいものではない。

 しかし、今回に限っては店の雰囲気や営業理念の根底に、そのような少し不愉快とも言えるものがあった。

 何しろ、店の入り口とカウンターには『冷やかし厳禁。金の無い奴は帰れ』と書かれていた張り紙があった。二文目が圧倒的におかしい。商いの基本である『お客様は神様』の精神が欠けているどころか喪失している。私はこの精神は基本的に嫌いだが、思い直そうかな。

 しかし、『金の無い奴』と訊くと無意識に、大会事務局のあの男性が思い出されるのだが――ん、あれ? あの人ってどんな顔だったっけ。あんなにも強烈なキャラクターだったのに、顔が出てこない。まあ、それならそれで良いか。


 ともかく、私はその張り紙を見た途端、この店は止そうと思ったのだが、引き留める間もなくアルステマが店へ吸い込まれたので、止めることも叶わなかった。やはり、無理にでも連れ戻すべきだったか。

 楽しい思いをしてほしかったのだが、とんだ嫌な経験をさせてしまった。


「そんなことが書いてあったの?」


 アルアさんは、怒りが静まって落ち着いたと同時に落ち込み始めたアルステマの頭を慰めながら、そう訊ねる。


「うん――『ネオン語』でね」


 現在、世界には五十五の国が存在する訳だが、その半分以上の国の公用語がかの『王国』の言語であり、また世界共通語も『王国』の言語と定められている。勿論、第一言語がその土地の言葉であろうと、ほとんどの国が第二言語は『王国』の言葉である。

 そして、それはここネオン王国でも例外ではない。

 第一言語こそネオン語であるが、第二言語は『王国』の言語である。

 実際、この宿屋の人達も、あの冷たい店員も、私達と話す時は『王国』の言語であった。

 しかし、街に書いてある文字はほとんどがネオン語のみで、故にネオン語が話せない私以外の皆は、その張り紙を読めなくても仕方のないことである。


 因みに、ナキの元々いた村や、我らがネフリ、そして、箱庭及び竜の村でも、使われている言語は『王国』の言葉である。

 アルアさんのいた人魚の群れでは人魚特有の高音言語を使用するらしい。海でも会話ができるようにだと言う。しかし、時に人をかどわかし船を沈める人魚は、念の為に『王国』の言葉を覚えているようで、その為アルアさんも『王国』の言語は話せる。


「酷いわね。客をそんな粗雑に扱うなんて。ナキちゃんはあんな所、行かなくて正解だったわ」


 その言葉にうんうんと頷くナキ。となると、私は彼女をどこへ連れて行けば良いのだろう。近代化が進み、私の中で観光地として急激に興味がなくなったので、ネオンのことはあまり調べていなかったのだが、何かあるのだろうか。


「都会の人って皆こうなんですかね。冷たくて、ちょっと怖いと言うか」


 残念そうな顔でスキロスはそう呟く。

 彼だけじゃなく、皆がこの都会の景色に期待を膨らませていた分、落胆の思いは同じだろう。


「まあ、そういった風潮も、前まではなかったらしいけれど、今は皆、人のことを考える余裕もなくなってしまったんだろうね。近代化が進んで、産業が発展していく内に、労働力の需要もなくなったから、ああいう雇用される側の人ってのは、よりお金を儲けることで頭がいっぱいなんだよ」


「嫌な風潮ですね」と、哀れんだ眼でスキロスは俯く。


「でも、言われてみればフィンさんってこの国の言葉も話せるんですね」

「ああ、昔覚えさせられたからね」


 私が通っていたご存知育成学校では、何も実技だけが優秀であれば良しということはない。

 力を持て余した阿呆を育てる場ではないのだ。『正義とは、秤ある力であり、力ある秤である』と、豪い人が言っていた。

 一日に何時間かは座学の時間が設けられ、実技と同じように試験があったりもする。

 恐ろしい量の知識を覚えなければならない為、授業時間外での学習が必須であり、訓練が終わっても更なる課題があるという地獄に、血涙を流したり、痔になる者が続出したという。


「――で、その座学の教科の中に他国の言語を日常会話レベルまで覚えろっていうのがあって、そのお陰で」

「それは大変ですね。一体どのくらいの言語を覚えさせられるんですか?」

「でも、ほとんどの国が『王国』の言葉だし、それ以外の言語もちゃんと絞られているから」

「三、四ヵ国語くらいですか? ちょっと多いか」

「うーん、甘い。十二ヵ国語だ」

「絞ってないですね、それ。まるで、びしょ濡れの雑巾ですよ」


 私もそう思う。私としては、びしょ濡れの雑巾より、五歳児が選ぶ好きな子という感じなのだが。

 教官は絞っていると言うが、実際は課題をより多く背負わせてそれをやり遂げさせる力を育むのが目的だと思う。


「まあ、あの時はこんな知らん国の言葉なんか覚えて何の役に立つんだって思っていたけれど、見事に今役立っているから、むかつくんだよなあ」


 見透かされていたようで、悔しい。

 けれど、中には本当に役に立たないままの人もいるだろうから、私の場合は案外ラッキーだったのかもしれない。私にラッキーなんてことがあるとは思えないけれど。


 と、そんなこんなで外を見ると、大分日が落ちていた。

 そのタイミングでナキのお腹から可愛らしい空腹音が鳴り響く。

 今は無口のナキも、腹は変わらず饒舌らしい。


 顔を赤らめるナキを、私達は彼女を見つめて微笑む。


「そろそろ夕飯を食べに行こうか」


 私の言葉と共に皆が立ち上がり、部屋を出た。



   〇   



 宿の方に、ここら辺で美味しいお店とそこまでの道を訊き、大通りへと歩み出る。


 歩きながらエリモスの街並みを眺めてみた。

 遥か遠くに見える巨大樹の森を見つけ、かつてこの地にも鬱蒼とした森が広がっていたのだと思いを馳せる。


 ネオン王国の近代化が急激に発達したのは、ここ数年のことである。

 バリウスからの情報提供により、近代国家の仲間入りを果たした。しかし、情報を手にしたネオンはそれだけでは留まらず、すぐ様各地での工業化を進め、瞬く間に世界でもトップレベルの工業国となった。それは傍目にも分かる程、過度に。


 地方都市での工業化が主であり、それ故にその地域では公害問題が発生してしまった。

 これにより、地元民の堪忍袋の緒は怒りの炎で焼け切れてしまう。

 ネオン中に被害者の会が沢山結成され、中にはクーデターを企てる過激派組織も存在した。エリモスには大勢の被害者が集い、ネオン王国最大のデモンストレーションが起こった。

 洛西獣が住まうマテオス城にも恐ろしいまでの人々が集まり、行政への反対の声が高らかに上がった。

 収まりようのないこのデモに対し、帝国側はすぐ様処置を取らざるを得なかった。

 被害地域からの行政機関の退去、工業地区の解体。


 その後、人の住んでいない新たな地域での工業化の開発が進められ、現在はその地域への立ち入りが禁止されている。大気汚染、水質汚濁、土壌汚染が漏れなく発生している荒野と化し、世界の負の文化遺産の代表格として有名になっている。


 こうした失政は、過剰な産業の発展による文明の崩壊を表しており、世界へ警鐘を鳴らした。


 洛西獣はこの恐ろしい経験を踏まえて工業化の流れを緩めたのだが、最近またもネオンの各地で工業地区の開拓が見られている。これに対し、再び国民からの批判の声が上がりつつある。

 一体洛西獣が何を考えているのかは、誰にも分からない。

 馬鹿になっちゃって何も考えていないのか、はたまた誰にも想像がつかないようなことを企てているのか。


 私が今回このネオンに訪れたのは、洛西獣にこの件に関して何を考えているのかを聞き出せればと考えた為でもある。

 もし、洛西獣の思惑が悪い方向へと転じていくものなのであれば、この国の人の為にも止めなければならない。


 まあ、それを成し遂げるのも、まずはリシの武闘会で優勝しなければ、話は始まらないのだが。


 やがて宿の方に教えてもらった店に着き、扉を開ける。

 二階建ての小洒落たレストランといった感じで、中は既に賑わっていた。見たところ、客のほとんどが獣人なので、地元民が大半のように思える。

 また、男性客が多く、大きい声が店内で響きまくる。酒がメインの店なので、それも納得できる範囲だが。


「●●●、●●●●●●●●●●?」


 と、近付いてきた店員に話しかけられ、不意に飛んできたネオン語を完璧に聞き取ることができなかった。今まで、どこでも『王国』の言語で話してくれたので油断していた。

 その店員は若い女性で、きっと『王国』の言語が話せないのだろう。

 まあ、いくら観光地とはいえ話せない人も勿論いるだろう。むしろ、郷に入っては郷に従うべきである。


「ごめんなさい。もう一度お願いします」

「お客様、何名様でございますか?」

「六人です」


 その後、一階の中心ら辺の円卓へと案内され、席に着く。

 とりあえず飲み物だけ頼んでしまおう。


「僕はジンジャーエールで」と、私。

「私はオレンジジュース」と、ナキ。

「僕もオレンジジュースで」と、スキロス。

「俺もオレンジジュースで」と、アルクダ。

「私はじゃあ、林檎酒を」と、アルアさん。

「あ、私も林檎酒で」と、アルステマ。


「じゃあ、それでお願いします」


 …………ん?

 ちょっと待て。アルステマ、酒頼んだ?


「えっ、駄目なの?」


 ああ、確かに竜人の村には成人や禁酒という文化はないのかもしれない。

 だとしたら、何となくお酒を頼んでしまったとしても仕方ないか。

 しかし、年的にはまだ未成年だろうから、お酒は控えてもらいたい。店員の方には面倒を掛けるが、注文を取り直してもらおう。


「成人って、十八歳からじゃないの?」


 アルステマは大きく目を見開いて訊いてきた。


「まあ、国によって違うけれど、大抵は十八からだね」

「じゃあ、私、飲めるよ」

「え?」

「私、二十歳だもん」

「…………え?」


 二十歳? 嘘、年上なの?

 見た目が幼いので、少なくともナキと同い年かそれ以下だと思っていたのだが…………まじ?


「うん――え? フィンって私よりも年下なの?」

「あ、はい……十七です。すいません、アルステマさん」

「急に距離置くじゃん。止してよ、寂しいよ」


 しかし、思えばオールも千六百歳を超えているのに、人間に姿を変えると少女の姿である。

 寿命が長い分、見た目の変化もゆっくりなのだろうか。


 すると、そこでアルアさんが、


「私も林檎酒頼んだのに、未成年だとは思われなかったなあ……」


 と、哀し気に呟いた。

 いや、そういうんじゃないけれど……うわあ、絡みにく……。


「ほら、アルアさんは大人の雰囲気があるし、勝手に成人だって思ってたっていうか――大体アルアさん、ネフリで酒飲んでるでしょう」

「ふうん、そっかあ……」

「その空返事止めて。せめて会話しましょうよ」


 その後、悪戯っぽく、色っぽく微笑んだ彼女の顔を見て、冗談なのだと知って安心した。

 何故、そんなことを言ったのか謎でもあるが、何となく場を和ませてくれたのだと思う。

 実際、ナキがまた黙ったままの為、皆どこか気分が低い。


「…………ナキ、具合悪いの?」


 アルステマの心配する声に、ぼーっとしていたナキは驚いて少しびくりと跳ねる。


「あっ、ううん、大丈夫。ちょっとぼんやりしていて。さっき寝過ぎちゃったのかな」


 そこで、飲み物が運ばれてくる。同時にいくつか料理も頼む。

 酒がメインの店とはいえ、ご飯も美味しいと聞く。我々は未成年が半分以上だが、それでも十分楽しめるだろう。


「じゃあ、とりあえずお疲れ。しばらくはやることもないし、ゆっくりできる旅になれば良いなと思います。楽しい、あと美味しい夕飯にしましょう。まあ、美味しいかどうかはお店次第なんだけどさ。…………はい、かんぱーい」


 乾杯の音頭が絶望的に下手過ぎる。その上、店内の騒音で声が掻き消されて、皆にはほとんど聞こえていなかったらしい。傍から見れば、急に立ち上がってグラスを掲げただけの変なお兄さんである。二度とやらんでおこう。


 とはいえ、皆で食卓を囲んで美味な飯を食べながら談笑するというのは、やはり楽しいことには変わりなく、しばらくするとすっかり皆良い気分になっていた。何より、未だに口数は少ないけれど、ナキが笑うようになっていたのが嬉しい。


 しかし、そんな幸せなひと時も、やがてすぐに消えてしまった。


 一つの扉の開く音と同時に、突然店内が静まり返る。

 それまで店内の騒めきに負けないように声を張って話していた私の声が、急に静まった店内に響く。

 ワンテンポ遅れて黙った私は相当恥ずかしかった。

 店の扉を開けたその人に睨まれる始末である。


 しかし、私を睨んだその顔に普通に驚いた為、恥ずかしさなど吹っ飛んでしまった。


 毛深い顔、どでかい体、大きく伸びた角、トレードマークはサングラスだと言う。

 リシにおいて、私の最大の敵になるであろう男。


 その人物こそ、格闘王――シモス・ミウラであった。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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