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Light in the rain   作者: 因美美果
第一章――2
4/77

『守護』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 街を出て、次に目指す場所をナキに伝えた。


 本当はもっと二人でゆっくり考えるつもりだったのだけれど、善は急げである。急がば回れというのもあるが。


「次に向かうのはここからずっと北に行った所、星の最北端に位置する『北の山脈』という場所だ」

「北の山脈……あの?」

「そう、あの」


 彼女は不思議そうな顔をした。それもそのはず。あの場所には普通用がなければ行くような山ではない。余裕で険しい山がいくつも連なる。


 北の山脈。そこには洛北の地にて都を守護する竜がいる。その名を洛北竜らくほくりゅう『オール・ド・フレム』という。

 火を操るその竜は同時に魔法にも長けていた。千年以上、その山脈のかつての巨大な活火山に棲み、訪れる者の望みを供物と引き換えに叶えてきた。


 我々は今からその竜に望みを叶えてもらいに行く。要件はナキの魔力の縮小化、もしくは根絶だ。因みに供物は干し柿で考えている。


「えっ……?」彼女は驚いたようにこちらを窺った。


「恐らくその魔力が魔人達を引きつけるんだ。だからその流れる魔力を洛北竜に頼んで君から切り離してもらう。きっと魔力が無くなれば、君は普通の女の子だよ」


 私は彼女が喜んでくれるかと思ったが、あまり嬉しそうではなく、ただ俯いて考えるようにしていた。もしかしたら、彼女はそれを望んでいないのだろうか。


「いえ、決してそういう訳ではないのだけれど……でも、やっぱり……」


 そんな風に曖昧に言った。

 もし嫌なら、私も無理にしようとは思わないけれど。だとしたら、このままで良いのだろうか。魔人に襲われながらも、彼女はこのままで居たいと思うのだろうか。


 そうして歩いていると、北の山脈の麓にある村が見えてきた。今日はその村で一泊し、山に登るのは明日にしようと思う。


 村の中に入り、宿の宿泊手続きを済ませた。気がつくと辺りは暗くなり始め、篝火がいくつも美しく輝いていた。


 お腹が空いたので、食事処へ行き夕飯を摂った。フルリオの一件から五日が過ぎ、何だかついこの間のことのように思える。


「ナキは登山はしたことあるかい?」


 因みに、私は育成学校時代に死ぬ程させられた。あれは山というより崖であったが。


「いえ、一度もないの。でも歩くのは苦手だけれど、少し楽しみ」


 ふふっ、と笑って食事を口に運んだ。パンくずが口についている。私は黙ってそれを拭き取った。彼女は照れながら「ありがとう」と言う。


 そんな話をしていると、突然ウエイトレスの方が話しかけてきた。


「お客さん、北の山脈に向かわれるのですか?」

「ええ、まあ」

「そしたら気をつけた方が良いですよ。何だか最近山の様子がおかしくて、オール様もちょっと変らしくて」


 それは、心配だな。


「もしかして立入禁止とか?」

「いえ、そこまで大事にはなってないんですけれど」

「そうですか……」


 私は胸騒ぎがした。



   〇   


 私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。


 それは私の歳が四つの時のものである。


 私はその日、初めて父に怒鳴られた。


 その頃、丁度弟が産まれ、私は兄となった。

 母は弟の世話もあり、私は買い物を頼まれて、近所の八百屋へ出かけた昼下がり――その帰りに街の子ども達が私を囲い、野菜の入った買い物袋を取り上げた。

「返せ」と、嘆く私を、卑下するような目で見て、子ども達は愉快そうにせせら嗤う。


 買い物袋を持った一人が袋を逆様にし、中の野菜をぶち撒ける。

 私は押さえられながらも抵抗していたが、土の上に落ちた野菜を見て、力が抜けてしまった。


 私の家庭もそこまで裕福な訳ではない。

 金銭の価値を知っていて、それが貴重なのだと認識している。価値も安くなければ、入手も易くない。


 親から託されたお金で買った野菜が、目の前で土に塗れるその様を見て、私は絶望にも近い感情を抱いた。

 野菜なんてほとんど土から採れるものなので、多少地面に落ちたくらいで駄目になったりなどしない。

 しかし、その時の私は冷静さを欠き、全ての事象が地獄への過程のように思えた。


 子ども達は落ちた野菜を拾い上げ、遠くへ走って行く。こうなってしまえば、彼らが仕出かしたのは単なる窃盗である。


 私は震える足で追いかけるが、追いつけるはずもない。


 離れた子ども達は突然立ち止まり、足元にいくつも転がっている石を拾い、こちらへ投げてくる。

 私は突然のことに対応しきれず、額に石ころを喰らった。


 痛みが鮮烈に襲ってきて、私はその場で蹲って悶えた。

 それでも変わらず子ども達は石を雨のように降らす。

 声にならない悲鳴を上げ、私は飛んで来る石を背中で受ける。


 やがて通りすがった大人の男性が駆けてきて、子ども達はそそくさと遠くへ逃げて行った。


 男性は私を近くの井戸に連れて行き、額の傷を優しく洗った。

 傷に冷たさや悔しさが沁みて、涙は否応なく流れた。


 流血が止まった後、私は男性に負ぶられて我が家に辿り着いた。

 扉を開けた母は私の顔を見るなり、駆け寄って抱き締めた。その時の母の悲壮な表情は今でも忘れられない。


 私達は男性に何度も頭を下げた。男性は穏やかに微笑み、安心したように私の頭を撫でた。


 母は何があったのか――何をされたのかを問い、全てを聞くと私を再度抱擁する。

 私が「買った野菜、盗られちゃった。ごめんなさい」と、恐る恐る言うと、ただただ母は泣いた。

 幾度も「ごめんね」と謝り、私を抱いた腕を決して離さなかった。


 やがて父が帰って来て、母は今日私の身に起きた出来事を話した。

 父もショックを受けたようで、崩れるように椅子に座った。


 私も起きたことを自ら語り、そして思わず零してしまった。


 生まれてこなければ良かった――と。


「――ふざけるな!」


 その瞬間、父は席から立ち上がり、今まで聞いたこともないような大声で怒鳴った。

 耳を劈く程の怒号が、家中に響き渡った。隣の部屋から弟の泣き声が聞こえる。

 手こそ上げはしなかったものの、父の声と視線は私の心を叩き壊した。


 以下の内容が、その時父が私に放った言葉である。


「そんなことを言うものじゃない! 確かにフィンは僕らの勝手で生まれて来たかもしれない。子どもには生まれるか否かの選択権なんてないんだから。けれど、僕らはフィンが幸せになってもらいたくて、精一杯育てているんだ! そんな風に思ってしまうのは、僕らにも責任がある。けれど――それを生まれて来たせいにするんじゃない!」


 初めて聞いた父の声に、私は恐怖よりも驚愕が先立った。

 しばらく呆けて、やけに遠く聞こえる父の声を、微かに聞き取るのがやっとだった。

 母も横で涙目のまま驚いて、父を凝視している。


 父は大きく息を吐き、静かに口を開く。


「…………フィンが辛いのは、皆のせいだ。街の子ども達のせいでもあり、止められなかった僕のせいでもあり、自衛ができなかったフィンの……せいでもある。この世に悪くない者なんて居ないんだ。皆、被害者で――加害者だ。けれど、生まれるせいにはしちゃいけない。フィンは良い子だ。とてもとても――世界で一番良い子だ。だから、本気でそんなことを思っているとは僕も思わないし、お母さんだって思わないだろう。けれど、たとえそれを本当に思ってしまっても、口にしたくなっても――言葉にしてはならない。声に出しちゃいけない。音になった自分の言葉が自分自身を縛ることになってしまう。まして、それをフィンを産んだお母さんの前で言わないでくれ。辛いことだけれど、僕やお母さんだって辛がっているんだ。同じようにフィンの痛みに苛んでいるんだ」


 父は言い切り、息を切らしたように疲弊した。再度椅子に腰かけ、大きな溜息を吐く。

 その眼には、もう先程までの鋭さは無かった。


 段々と驚愕が薄れてきて、今度は怒られた悲しみと、自分が零した愚見に対する怒りが溢れてくる。

 何ということを口にしてしまったのか。私は何という親不孝者なのか。


 そして、父の言葉を一言一言思い返し、私は父の厳しい優しさに涙する。


 初めて父に怒られた日――嫌だろうと、否が応でも脳裏に焼きつく。


 その後は私に石を投げた子ども達の家庭を母と一緒に回り、野菜も返してもらった。当然である。


 子ども達は親に「八百屋さんに貰った」と偽っていたらしく、虚偽だと知った親は子どもに怒鳴り、誠意を込めて謝罪した。子どもも渋々頭を下げていた。

 中には、子どもの嘘を信じ込み、中々返してくれないモンスターペアレントもいたが、母は決して挫けず、私の受けた屈辱を相手の親へ押し通した。


 その時握り締められた母の拳は震えていて、母も少なからず怖いのだと知った。

 誰かと衝突し、どちらかが折れてしまうことを怖がっているのだと――それでも尚、私の為に自分が抱いた揺るぎない事実を相手へぶつける。


 私はそんな母の姿を見て、これ以上ないくらいの幸福と、これからも生きる力を貰った。

 もう二度と――『生まれてこなければ良かった』なんて言わなくて済むように、自らの手で幸福を掴み取るのだと、私は心の中で小さく決意した。



   〇   



 私達は朝早くに目覚め、すぐに洛北竜を目指した。


 山は確かに険しく、ナキには少し辛いかもしれない。休み休みで進むとしよう。下山は明日になるかもしれないし、それならそのつもりでゆっくり歩いた方が良いはずだ。


 にしても、誰ともすれ違わない。そんなに人の出入りが激しい山ではないので、一度もすれ違うことがない時だってあるのだろうけれど。

 それでも――何だか妙な気がした。


 昨夜のウエイトレスの話といい、どうなっているのだろうか。


「ナキは何か感じたりしないかい? 何と言うか……悪寒と言うか……そんなこと」


 ナキはきょとんとして「いえ、特には。何か居るの?」と訊き返した。


「確信はないけれど。何だか不穏な空気が漂っているようで……」


 次第に空は暗くなり、雲行きが怪しくなってきた。雨も降ってきて雷も鳴り響く。ナキは震えて私の腕を離さない。うん、うんうん、可愛い。


 山頂に辿り着くとやけに閑散としていて、噂では山頂に到着すると洛北竜が自ら顔を見せるらしいのだけれど、空気は揺れず乱れずで静寂を保ったままだった。寝ているのだろうか。


 山頂には今は冷えてしまった火口があり、そこから下を覗くと大きな空洞となっていた。底の方に、洛北竜が伏せていた。やはり寝ているのか。本来ならここまで来ると洛北竜から来て、望みを聞いてくれるらしいのだけれど、洛北竜は起きなかった。


 私は仕方なく洛北竜の名を呼び続けた。


 ――その時、私達は何者かに火口から突き落とされ、かつてのマグマ溜まりがあった空洞に落ちていった。


 何故――誰がこんなことを――


「フィン、危ない!」


 ナキが叫んだ。それは今まで聞いたことのない強い声で、それはナキがそれ程までに焦っているということだった。


 私達はいつの間にか目を覚ましていた洛北竜の大口の中へ吸い込まれていった。



   〇   



 最早これまでとも思ったが、生憎そういう訳にもいかない。美少女と竜の餌になって死ぬのは望みじゃないのだから。


 私は寸での所で躱し、地に降り立った。にしても何故洛北竜は我々を捕食しようとしたんだ……? そんな分別のつかない者でもないだろうに。


「残念ながら、その竜は分別がつかなくなっている」


 私の心の中を覗いたかのようにどこからかそんな声が聞こえ、私は上の方を見上げた。火口の縁から火口の淵を覗く何人の人影が見える。どういうことだ。


「我々は『神』だ。今宵は余興でこの地に訪れた次第。しかし勘違いするなよ。これは全ての『神』の仕業ではない。我ら一部の者の行い。履き違えるなよ」


 彼らはそんなことを言って姿を消してしまった。そして、どこからか「竜の自我は既に失われた」という声だけが聞こえた。


「竜の理性は疾うに消え失せ、粉々に壊され、作り直すことなどお前達には到底できはしない。このまま放っておけば竜は外へ飛び出し、地上も地下も命も屍も見境なく焼き尽くすだろう。お前達には竜の餌食の第一号となってもらおう」

「そんな……何の為に! 目的は何だ!」


 私は誰も居ない曇り空へ叫んだ。怒りと共に嘆いた。そんな私に神は言う。


「余興だよ。全ては我らを満たす為」


 そうして声は彼方へ消えた。


 神という存在は確かにある。確立している。

 それは雲の上の天界に住み、ありとあらゆる神がいる。そこは天翔ける竜ですら届かず、敵わず、されど願えば叶えてくれる。彼らは全てを見下ろし、全てを見守る。絶対的な存在。


 その神がこんなことをするとは。たとえ一部だと言っても。


「フィン、竜が……」


 ナキがそう言い、私は目の前を見た。洛北竜はその鋭利な爪を振りかざしてきた。ぎりぎりで避けて少し距離を取った。


 まあ、何にしてもこちらも洛北竜に用があって来た訳だし、このまま野放しにしておくこともできない。後々害を被るのは私達であることも変わりない。


「ナキは離れていて」

「どうするの?」


 私は彼女を一瞥して言った。


「あれを少し黙らせなければならない。できれば壊された自我を直す方法を探りながら」


 そんな方法も手段も思いつくとは思えないけれど。マジでどうしようかな。


「私も戦う。私だって」

「駄目だ。君を危険に晒す訳にはいかない」

「でも私は魔法が使える」

「その魔法が君を追い詰めてきたんだろう」


 私は彼女を制するように言った。私も必死だった。そしてこれは必須だった。


「とにかく、君はここから少し離れていて」


 彼女は俯き、泣きそうな顔をした――悲しそうに。けれど、彼女はただただ我慢して「私も……役に立ちたい……」と小さく零した。涙は零さなかった。


「ごめん」


 私はそう言い、彼女の頭をそっと撫でた。


「居てくれるだけで、良いから。それだけで、良いから」


 私は洛北竜に相対し、一歩歩み出た。


「今楽にしますから、もう少しの辛抱です」


 私は太刀を構え、その姿を亜人へ変えた。それは頭から一本の角が生えてあり、体は靭やかな筋肉に覆われ細く硬い。瞳は虎の眼の如く燦々と輝き鋭い。


 私は鬼人になった。



   〇   



 太刀の刃を竜の鱗で覆い、私は洛北竜に立ち向かった。これで洛北竜の硬い鱗にも文字通り太刀打ちできるだろう。


 私のこの能力は他の物体にも応用が可能であるらしい。便利なことこの上ない。


 洛北竜は火炎を吐いてきたが、そんなトラウマは思い出したくもなければ、繰り返したくもない。問題なく躱した。


 しかし、こいつをどうやって元に戻そうか。ヒントなんてある訳もなし。

 私が長考しながらも、向こうはお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。正直避けるに容易い攻撃ばかりである。自我がない分、動きが雑になっている。

 その上、今の私は鬼人である。素早く動き回り、洛北竜は翻弄されていても何らおかしくはない。


 後は、どうやって元に戻すかが問題である。私は未だ方法を思いつかぬままだった。


 すると、突然ナキが私に向かって叫んだ。


「フィン、分かったよ!」


 何が分かったのかは分からないが、話を聞かない訳にはいかない。私はナキの所まで戻り「どうしたの? 何か分かったって……」


「洛北竜の自我を取り戻す方法」


 私は驚いた。まさかナキが先に分かるとは。して、その方法とは如何に。


「そもそもどうやって自我を失わせたのかが謎だった。だからまずはそこから探していた。そしたら答えは魔法だったの。だから――」


 その時、洛北竜が火炎を吐いてきた。私はナキを抱いて避けた。私はナキを抱えたまま洛北竜の攻撃を凌ぐことにした。今はナキの話を聞くことが重要だ。


「このままで良い。続けて」と私は言う。

「だから――今度は魔法で洛北竜の自我を直すの。魔法によっておかしくなったのなら、魔法によって取り戻せるはず」


 なるほど、それなら十分にあり得るだろう。


「でも、神も言っていた通り、洛北竜の自我は粉々に壊されている。こんなの、砂の山を壊されて、全く同じものを作り直すに等しい。相当の魔力を消費するし、相当の時間を労することになる。だからお願い――私が洛北竜の自我を直すから、それまで時間を稼いでほしい。できれば動きを抑えて、意識を無くした状態にしてほしい」


 つまり、それは彼女が自分の魔力を行使するという意味だった。恐らく私のものでは足りないから、自ら役目を負うと言ったのだろう。彼女でないと務まらないのだ。

 ナキも覚悟を決めていた。その勇ましい瞳を今更拒むことなんてできやしない。


「無理だけはしないで。でも、こんなことを言うのは君を信じていないからじゃない。僕は君に頼るしかないんだ。君が居てくれて――本当に良かった」


 私はナキを地面に下ろし、再度洛北竜へ向き直った。


 私は姿を変える。蛇の如くうねる体。吐く息から恐ろしい程の冷気。如何なるものも弾く全身を覆う鱗。鋭い眼光はただ洛北竜を指す。


 私は海竜になった。


「もう終わりにしよう」



   〇   



 結果から言うと、私達は洛北竜の自我を直すことに成功した。


 海竜になった私は洛北竜の攻撃を躱し、その巨体に巻きついた。大きさで言えば、こちらの方が圧倒的に上だった。

 手足の動きを封じ、飛べないように翼も抑えた。最後に口と首に巻きつき、火炎を吐けないようにしつつ、気絶を狙った。さすがに気絶させるのには時間がかかったが、抵抗もできない程に巻きついたので、結局は時間の問題だった。待てば解決することだった。


 やがてナキも洛北竜の自我を直すことに成功して、その場に倒れた。私は人間になり、ナキに駆け寄った。彼女を抱き寄せ「よく頑張ったね」と言い、彼女の頭を撫でた。


 洛北竜は眠ったままだったが、しばらくして目を覚ました。酔いから覚めたかのように呻き、我々の顔をじっと睨んだ。


「お前達、ここで何をしている。ここは私だけの場所である」


 その大口からは幼い少女のような声がした。やはり記憶は飛んでいるようだ。私達は一連の出来事を懇切丁寧に、詳細漏らさず語った。


 洛北竜は私達の言うことを疑いはせず「そうだったか。迷惑をかけたな」と本当に申し訳なさそうに言った。


「疑いはしないのですか」と私は訊いた。


「疑いはしない。何故なら私もその人影を見たところまでは覚えているからな。そして何より、お前達からは虚偽の匂いがしない。私の鼻に間違いはない。だから――ありがとう」


 そう言って洛北竜は頭を下げた。すると洛北竜は「そうか、この姿のままでは少し話しづらいな」と言い、人間の姿になった。幼さの残る可愛らしい少女の姿である。……えっ?


「驚いたか? 私達守護者は皆これくらいのことは容易くできる。しかし、姿は一つの種族につき一つまで。要するにその者がその種族だったら、ということらしい」

「…………」


 完全に能力被ってんじゃん。


「そうか、お前は神の恩恵を受けた身か。しかし、私達は本来の姿が確定している。故に、他の姿に『変身』している状態だと、本来の力の半分程しか出すことができない」


 ……しかし、洛北竜が人間の姿になると少女のような見た目になるということは――


「私は女だ」


 何ということか。洛北竜はまさか女性だったのか。


「皆驚く。何故だろうか。私はそんなにも女性らしくないと言うのか」


 洛北竜は落ち込んだような顔をした。


「けれど、何故少女?」


 私は訊いた。今から考えると自分で考えれば分かることだった。


「それは私がまだ幼いからに決まっているだろう。竜は千年生きたくらいで成人にはならない。ロリで悪かったな」


 いやそんなこと言ってないけれど。


「して、私に望みがあるのではないのか。故にここへ来たのだろう」


 そうだった、本来の目的を忘れる所だった。洛北竜を救い、気分的に満足していた。


「供物なら必要ないぞ。お前達は私の恩人だ。私に叶えられる望みならば何なりと」


 何と懐が広いのか。とてもスリムな体だが太っ腹らしい。干し柿は後で食べるとしよう。


「それでは、この子の魔力を」

「ちょっと待って、フィン」


 突然ナキが慌てたように私を制した。

「あのね、私は今回の出来事で嫌いで仕方のなかった魔力に助けられたの。嫌いで仕方のなかった魔力で助けられたの。だから私は、まだ……」


「でも」と私は言う。


「嫌いなのは確かなんだろう」


 少し強く言い過ぎたかもしれない。けれど、ナキは気にする訳でもなく、自信なさ気に、それでも前を見て言った。

 私を見て、言った。


「それでも私だから――それも含めて私だから。だから、まだ大丈夫。せめてこの力で誰かを救える内は」


 それを聞いて私は黙ってしまった。何も言えなかった。言えるはずがない。それが彼女の望みなのだから。


「……申し訳ありません。望みは……ありません」

「そうか。それならそれで良い。それが良い」


「けれど」と言い、洛北竜は哀しそうな顔をして足下を見つめた。


「それでは私が救われっ放しだ。それは誠に不本意だ」


 そして、彼女は顔を上げ、私達二人の顔を順に見て言った。


「私を連れて行ってはくれないか。お願いだ、必ず役に立つから。お前達を守るから。だから……いや、本当は一人が嫌なだけなんだ。誰かが訪れるのを待つだけなのが辛いだけなんだ。悪い、お前達の好きにしてくれ。私はお前達の答えを快く受け入れる」


 私はナキの顔を見た。彼女もまた私の顔を見た。あまりに同時だったので驚いて、笑いそうになった。私達の合意は取れた。


「分かりました。我々もあなたを快く受け入れます。洛北竜様、あなたはこれより我々の仲間です」


 そう言うと、彼女は子どものような笑顔を浮かべ、目を潤ませ、輝かせた。しかし途端表情を変え、悠然と佇んでみせた。ちゃんとしようと気を張っているようで、それこそ幼い少女のようで私は彼女をとても愛くるしく思えた。


 洛北竜は「それと」と言った。


「私には敬語など無用だぞ。呼び名も名前で呼べ。ファーストネームで『様』も『さん』も『氏』も要らない。それと……お前達の名も教えて欲しい」


 千年以上の歳月を重ねた幼き竜。神に選ばれ、神になり損なった守護者に対し、私は不躾ながらタメ語で名乗った。


「僕の名前はフィン・アーク・アイオーニオン」

「私の名前はナキ・アンブロシア・エマイディオス」


 私は彼女に手を差し出した。


「ようこそ、オール。僕らと共に世界を見に行こう」


 彼女は私の手を握った。温かくて柔らかい、とても小さな手だった。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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