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Light in the rain   作者: 因美美果
第五章――1
38/77

『颶風』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 ポリティスさんから話を聞き、ネフリへ駆け出した直後に何度も銃声が鳴り響き、最悪の状況が既にネフリに猛威を振るっているのだと直感した。


 私の足ならば十分とかからずにネフリに辿り着けたのだが、彼らは甘くはなかった。

 駆け出して直後、魔国の兵士約二十名と遭遇。彼らは有無も言わず私に襲いかかり、交戦を止むなくした。

 彼らはどうやら魔国のエリート軍人らしく、苦戦こそしないものの時間は刻一刻と削られてしまった。


 そして、彼らを殲滅し、血みどろの全身でネフリを再度目指して駆け出す。

 やがてネフリの門前まで来ると、そこにはエラフィがうつ伏せで倒れていた。

 声をかけて彼の体を起こすと、額には大きな穴があり、もう既に彼はここに居ないのだと分かった。


 彼の死体をそっと抱き締め、隅の方へ寝かせる。

 私は村の奥へと走り出し、剣を鞘から取り出した。

 直に広場が眼前に迫り、同時に最悪の景色が映り込んだ。


 村人達は何人も倒れ、生きている者も傷だらけで震えている。

 そして、アルアさんに膝枕をされながら治療を受けているのは体中血塗れのキニゴスさんだった。

 魔人の死体もちらほらあるが、村人達の死には比べ物にならない。ほとんどが憮然として私達の村の地に立ち、皆一点を見つめている。

 そう――彼らの奥には、倒れるナキと帽子を被った男が居た。


 確信は既に得られた。

 決意もとっくに固まっている。

 あとは私がどうするかだけだ。


 ――全員、殺す。


 右脚のみを豹の脚にし、村人も魔人も皆を飛び越え、目指すはナキに蹴りかかろうとする魔人のみ。

 豹の筋肉により高々と舞い上がった私は、剣を振り被りながら魔人目指して落下する。

 眼の先が熱くなるのを感じ、怒りの限りを刃に込めて彼にぶつける。


 私の渾身の一撃は彼を粉々に砕くつもりで放ったのだが、魔人は振り返り様に私の剣を自身の黒剣で受け止めた。

 辺りに金属音が反響し、その振動は空気も木々も震わし裂く。


 感じるままに体を運び、怒りのままに腕を振り下ろしたが、剣を交えた瞬間に私は直感した。

 百戦錬磨の将軍でもない私でも、それなりの死線死闘は今の今まで潜り抜けてきている。

 その経験が私に語りかけた。何なら、忠告を呈した。


 ――こいつやばいわ。


「おいおいおいおい、随分急いてんなあ。生き急ぐと早死にするぜ? アイオーニオン、お前を殺しに来たよ」


 私の剣を受け止め、挙句に彼はそれを押し返してきた。

 押し退けられた私は後ろに飛び退け、何とか着地する。

 跳ね返ってきた衝撃は私の指先から駆け、全身を暴れ回る。


「……何故ここに来た。何故関係のない人達を巻き込む。何故ナキに危害を加える。何故僕を殺そうとする」


 黒剣を気怠く持ち、峰で肩を軽く叩く。

 そして、私に嘲る笑顔を向ける。


「訊くことが多くて大変だな。遅れて来た癖してまだ英雄気取りか? 偉いもんだな、ここの指導者は。だが、質問には答えない。俺は一方的に答えなくて良い。悪いな」


 何が『悪いな』だ。毛程も思ってないだろうに。

 まあ、こちらとて何で何でと訊くばかりの考えない阿呆でもない。阿呆には変わらないが。


 何となくの察しはつく。

 どうせナキを連れ去りに来た魔国の軍人だろうし、彼らが纏っている軍服を見ればそれは一目瞭然だ。

 私を殺しに来たというのは、恐らくは以前ナキを助け出す際に、魔国の軍人を皆殺しにした為だろう。

 それで私の処分が出るのは当然だし、その処分が殺処分だとしても文句はない。

 まあ、抗いはするけれど。


「じゃあ、これくらいは答えてくれ。お前は何者だ?」


 顎をひけらかして見下されたその視線は、凍るように冷たく、彼の奇妙なマスク同様へらへらと嗤っている。

「ふん」と、鼻を鳴らし、彼は顎を仕舞い込む。


「まあ、良いさ。本来ならお前から名乗るのが定跡なんだが、俺はお前を知っているからな」


 そうだ。彼は事前に私の名前を知っていた。

 私は特に名乗ったつもりはないし、今まで魔人と関わったのは少年の頃とかの街でだけだ。

 一つ目では確かに名乗ったが、一介の生徒である私の名が国中に広がるものだろうか。二つ目では名乗ってすらいない。

 一体どこで仕入れた情報なのだろうか。


 考え得るのは唯一――私達の名が大衆の目に曝された瞬間。

 私達がバリウスで一躍有名になった事件の記事。

 あの新聞は世界中に広まった訳ではないが、かと言ってその近辺の国々にとっては大きなニュースになったのだ。

 魔国はバリウスに近い訳ではないが、情報が出入りしない程遠い訳でもない。


 その記事にはナキや私、オールの名前が大きく載っていた。

 それを見た関係者が行動に出てきたと考えるのが、妥当なところだろう。


 しかし、彼から出てきた答えは私のものとは全く異なっていた。


「俺らは別にお前らの記事を見なくても、動向は把握できていたぜ。バリウスのことだけじゃねえ。フルリオのことも、カタラクティスのことも、箱庭のことも。お前らがどこで何をしていたか、それなりに頭に入っている」


 何だと?

 だとしたら、私達のことをずっと尾行していたと言うのか?

 まあ、我々には疚しいことなど一つとしてないから、見られて別に困ることもないのだけれど。

 しかし、箱庭の件については知られているとちょっとやばいんじゃないのか。

 ずっと隠されてきた箱庭がよりにもよって魔国に知られるなんて。


「言っとくが、別に俺らはお前らを監視していた訳じゃねえからな」


 監視じゃない? だとしたら、何をしていたんだ?

 私達の動向を把握するにはそれくらいしかないのではないのか?


「把握と言うのも正しくはないか。正確には、予測だ」


 ――は?

 予測、だと?

 そんな曖昧なもので我々の動向を把握していたのか?

 大体そんな予測を監視も無しに立てられるものなのか?

 それなら、手っ取り早く監視兵でも用意すれば良いものを。


「まあ、別に俺が予測を立てた訳じゃねえからな。ぜーんぶ偉大なあの人のシナリオだ。お前らが逃げ出した後、どこを目指したのか、何をしたのか、誰と接触したのか。多少のズレは生じたが、概ね道筋は外れていない。あの人の予測通り、順調にフルリオに行き、北の山脈を訪れ、この村に着き、カタラクティスに行き、この村に帰り、バリウスに行き、箱庭に行き、そして再度ここに帰ってきた」


 そうか。あの男が予測したのか。

 確かにこいつにそんな芸当はできなさそうだが、あの男ならば、可能性はある。

 しかし、フルリオやカタラクティスの騒動はある程度情報が出回っているだろうから、探せば私達の名も出てくるかもしれないが、箱庭の件についてはその存在自体が知られていない。

 一体こいつらはどこでその情報を仕入れたのか。


「箱庭については、元々情報を持ってんだよ。あそこの存在くらいなら、あの人の手にかかれば三日もしない内に炙り出てくる。舐めんなよ」

「…………」


 私は彼を見つめながら思案する。

 本当にそんなことが可能なのだろうか。

 ただの予測でそこまで正確な道筋を立てられるものなのだろうか。

 あの男とて人である。

 人より生まれ落ちた角の生えた人の子である。

 あまりに不合理過ぎやしないか? 非現実過ぎやしないか?


 しかし、そう疑う一方で、反対に納得できてしまう自分も居る。

 あの男ならばやり兼ねない。

 何せあの男は常人ではない。才人ですらない。

 それ以上の存在――超人だ。

 実力だけなら、十分人を超えている。


 科学者から成り上がったその脳と腕を持つ男。

 どこの国の王族にも引けを取らない王の資格を持った男。

 長きに渡り魔国の王政を牛耳ってきた『オルコス朝』崩壊後、国を引っ張ってきた男。

 そして、世界から今最も危険視されている存在。


 大魔王国第二百七十二代目国王――イストリア・ヴィヴリオ――否。


「……イストリア・カサルティリオ」


 それがかの国の王の真名である。


 しかし、私が魔王の真名を口にした途端、魔人の目つきが急に変わった。

 苛つきを際立たせ、怒りにも達するような鋭い視線を向けてくる。


「『力』も無えてめえがあの人の真名を口にするんじゃねえよ。下郎が口にして良いような安い名じゃねえんだよ」


 ああ、そう。

 何かと思えば、そんなことか。

 と言うか、こいつ本当に大人か?

 そんくらいで機嫌損ねて、眉間に皺寄せちゃってまあ。


「どうした? お前の飼い主の真名を口にしただけだろう? 安い名でこそないけれど、そこまで大層なものでもないだろう。僕が口にしたところで誰に迷惑がかかる訳でもない」

「うるせえよ。お前らには到底分からないだろうな。あの人以上は居ないんだ。軽々しく名を呼んで良い訳ねえだろ」


 ああ、そう。ま、それならそれで結構だ。

 こちらとて分かり合えるなんて甘い考えはしていないし、手間が省けるならそれに越したことはない。


 ――ああ、そうだった。

 何か喧嘩みたいになってしまったけれど、魔人の名を私はまだ知らない。

 ぺちゃくちゃ喋っていないで、さっさと名乗ってくれないだろうか。


「そういう口を利けるのも今の内だ。覚悟しろ。お前を今から殺す者の名を冥土にまで持って行くが良いさ――ニケ。それが俺の名だ」


 あの人に貰った名だ――そう言って、彼は剣を構える。

 ニケ、ね。よおく覚えておこう。


 私は彼に対抗するように剣を構える。

 ニケの黒剣とは真逆で、真っ白に光る刃の剣を。

 闇の中でも煌々と輝きを放つ一筋の光芒――


「行こうか――Rayレイ


 それが私の愛剣の名だ。



   〇   



 村の皆を散々に傷つけられ、何よりも大事なナキを奪われかけ、私の心中は断じて穏やかなものではなかった。

 しかし、不思議と騒めきのような疼きも胸の中にはなく、比較的落ち着いていられた。

 煮え滾る程の憤りと、透き通った冷静さが私の中で混ざり合い、やがて一つになる。


 今の私がニケに対し、果たしてどこまで通用するのかは定かではないが、やれるだけやるのみだ。

 どの道どちらかが死ぬ。

 ここでこいつに負ける程度の命なら、私はやはり早々に死ぬべきだったのだ。


 ここが終着点になるか、はたまた長く続く道程の中なのか――


 私は勇むように踏み出し、ニケへと駆ける。


 その瞬間、大きな地響きが一帯の大地を鳴らした。

 その衝撃は凄まじい速度でこちらに迫り、やがてその姿を現した。


 緋色に輝く巨大な竜――勇ましくも仰々しく吠える咆哮もまた、私同様の怒りを孕んでいる。

 地を破るような威力で放たれた前足の振り被りは、ニケの手下の半数を粉砕した。

 肉片が飛び散る間もなくぺしゃんこにされた残骸は、彼女の力の圧倒的さを表している。


「ああ……あいつもいたか。洛北竜」

「失せろ。下郎が」


 オールはニケの姿を捉えると、すぐさま彼に駆け出した。

 しかし、それを易々と彼らが許すはずもなく、部下の魔人達がオールの前に立ちはだかる。


「殺しても構わん。目的はアイオーニオンとエマイディオスだけだ」


 魔人達がオールとの交戦を始め、ニケも私へ向き直り、剣を振るってくる。

 私は堂々とそれを受け止め、逆に力で押し返す。

 後ろに退いたニケは小さく舌打ちを鳴らし、再度飛びかかってきた。

 素早く振るわれる刃一つ一つに私も目で忙しく追いながら捌き切る。


「多少はやるか。王国の一介の兵士もまあまあやるじゃねえか」

「一介って言うな。あと、『元』兵士『訓練生』だ」

「知らねえよ」


 無駄口の多いところと、のらりくらりとした動きを見るに、彼はまだ本気を出していない。

 どうやら私を泳がしているらしい。

 甘く見られたものだが、私とてまだ全力ではない。

 最初から全身全霊を込めてこいつらを返り討ちにしたいのだが、私も相手の力量を測る必要があった。

 ニケという男がどこまでやるのか――魔王の側近がどこまでやるのか。

 力任せに動いて仕留められる程易い相手ではないだろうし、そんな奴がナキを下せるはずがない。


 こちらも向こうを泳がす必要があるのだ。


「けっ、探り合ってちゃ埒が明かねえな。お前から仕掛けてこいよ」

「それもそうだな。じゃあ、三二一で行くぞ――ってなる訳ねえだろうが。何で言われて手の内見せなきゃなんないんだよ」

「何今の茶番」


 知るかよ。お前が振ってきたんだろ。


「それより良いのか?」

「何がだ」

「洛北竜だよ」


 そう言われ、オールの方へ一瞥する。

 ――と、一瞥したつもりが、目に飛び込んできた光景に思わず凝視してしまった。

 竜の姿で悠々と戦う彼女は、どうやら沢山の傷を与えられていた。


「――!」


 複数で戦う魔人達に翻弄されている上に、足下が大切な村であることが枷になり、上手に戦えていなかった。

 硬い鱗には着実に傷が重なっていき、深く肉まで抉られようとしている。


「余所見してんなよ」


 私の視線が一瞬オールへ向いた瞬間を掴み取るように、ニケは急にスピードを上げて剣を突き刺してくる。

 受け止めようにも間に合わず、黒い刃は私の右頬を掠めた。

 今のが恐らく彼の本気に近い一撃。

 今のを連打されれば、私もいよいよ危うい。


 しかし、それよりも今はオールが重要だ。

 翻弄され続ける彼女をどうにかして助けたい。

 私はニケの刃を大きく躱し、オールの元へ近づこうと試みる。

 しかし、ニケはそれを許さず、すぐさま回り込んで襲いかかってきた。


「行かせねえよ。お前は俺に殺されるんだよ」

「……下衆が」

「はっ、どう見えてたんだよ。善人振った覚えもねえがな。――安心しろ。腐ってもあいつらは手練れだ。持っている力はまあまあだ。痛みなくとはならないだろうが、無駄に痛がることはしねえよ」


 淡々と語るニケの声が耳障りで、無意識に視界が狭く、暗くなった。

 こいつらは命を潰すことに何も感じていないのだろうか。

 何も感じていないのか――それとも、そこに快楽を感じているのか。

 何にしても、歪んでいる。


 ニケの猛攻は私を確実にその場に留まらせ、オールへの助力を完全に絶たせていた。

 急に剣の切れが良くなったが、やはり手を抜いていたということか。

 探りはもう止め、遂に私を本気で殺しに来たということか。


 しかし、これくらいならばまだ防げる。ぎりぎりではあるが――


「……甘く見過ぎだ」

「あ?」


 ぽつりと零した私の言葉に、ニケはぴくりと反応した。

 目を少し細め、剣の切れが更に増す。

 地雷を踏んだかとも思ったが、しかし、それでも構わない。

 口先だけでも良い。

 言われ放しというのも我慢ならない。


「何が甘いって? こっちの見立ては寸分の狂いこそあれど、間違っちゃいねえはずだが」

「オールがあんな奴らに負ける訳がない。束になってかかってきても、お前らなんか相手にもならない」

「馬鹿か、よく見ろ。どう見ても劣勢はお前のお仲間だろうが。何を根拠に洛北竜は負けねえんだ?」

「あいつは……あの時、強くなったから。大事なものを失って、強くなれたから」


 そう言うと、ニケは恐らく心の底から嘲った。

 彼はその時その瞬間こそ、本気で私を嫌いになったのだろう。


「まるで餓鬼の絵空事だな。親が死ねば、体は強くなんのか? めでてえ頭だな」

「なる訳ないだろ」

「だったら――」

「けれど」


 心は、強くなる――と、私は憮然と、毅然として答えた。

 絵空事だとも、戯言だとも、分かっている。けれど、言わずにはいられない。

 恥ずかし気もなく、臆面もなく、ただそう思ったから。


「聞くに堪えない」

「それでも良いさ。精々黙って見てな」


 その時、横目で見たオールは少しだけ柔らかく笑っていた。



   〇   



 全く好き勝手言ってくれる。

 こちらは結構キツい状況だというのに。


 傷は決して浅くはなく、体も段々と疲労を訴え始める。

 相手はちょろちょろと私の周りを動き回り、誰を狙うにしても、それはつまり誰かからも狙われていることでもあった。


 圧倒的に不利であり、私は普通に焦る。


 しかし、その一方でフィンの愚考にも似た度し難い理論が私の中に現れる。

 理に適っていない――机上の空論である。


 私は不思議と確信を得ていた。


 ――私がこんな者達に討たれる訳がない、と。


 だから、笑ってしまった。

 およそ笑っていられる状況ではないのに。

 いつ殺されようとおかしくない状況なのに。


 そう、笑ってしまった。


 あまりにも、取るに足らない――


 その時、私は右前脚を高く上げ、そして素早く振り下ろした。

 叩きつけた地面は、赤く染まり気持ちの悪い異物感がべっとりと伝わってきた。


「まず一人」


 途端、先程まで意気揚々としていた魔人達は急に顔色を変えて、狼狽し始めた。

 明らかに警戒し出し、それと同時に『敗北』を想像したらしい。


 たじろぐ奴らにペースを合わせる必要はない。間髪入れずに速攻を仕掛け、二人目三人目と仕留めにかかる。

 動きが鈍くなった彼らは逃げ惑うが、これ程までに捕らえやすい獲物もない。背中を見せて逃げる彼らに対し、私は大股で踏み潰すのみ。

 懲りずに攻撃を試みる者もいるが、先程どのような連携は完全に崩れているため、迎撃も容易い。


 気づけば残すはあと一人となっていた。

 仲間全員に先に逝かれた孤独感が表情に満遍なく表れており、ただただ愚かで哀れでしかなかった。


「悪く思うな。これはあくまでも償いでしかない。お前らをいくらなぶ甚振いたぶろうと、消えた村人達は帰ってこない。だからと言って、お前らを生かしておく訳にはいかない。お前らの死は全く以て無意味だ。しかし、このままお前らを生かしておくことこそ、損害でしかないのだ」


 さらば。

 贖うべくして、贖え。


「どいつもこいつも」


 私が最後の魔人――正確には、ニキの部下の最後の魔人――を討とうとしたその刹那、私と魔人の間に割って入り、愚痴を零しながら私の一撃を受け止めたのは、勿論ニケだった。


 何故――ニケはフィンが交戦していたはず。

 あいつは何をしているんだ。


 そう思い、フィンの方に視線を向けると、彼の右腕は二の腕から綺麗に切断されていた。


 彼自身も驚いているらしく、声も出ないまま口が塞がらずにいた。


「笑わせるな」


 そう呟くと、ニケは剣で受け止めた私の脚をいとも容易く弾き返した。

 私がよろけた一瞬の内に懐へ駆け込み、回し蹴りを喰らわした。


 ――その瞬間、何かが軋み壊れる音がした。


 刹那の痛みと意識が霧散する感覚を最後に、私の記憶はそこで途切れる。



   〇   



 オールがニケの部下の魔人達を蹂躙し始め、私はニケを彼女の元へ行かせないことだけに専念した。

 他の敵を早々に蹴散らし、ニケだけに集中できるようにするには、ここで私一人で下手に攻撃を仕掛けるよりも、オールがこちらに参戦してくるのを待つ方が得策だと思ったからである。


 故に、私がニケに対して油断するはずはなかった。

 不意打ちを喰らった訳ではない。

 気が緩んだ訳でもない。

 ただ――ニケという男が桁違いに強過ぎただけであった。


 気怠げな体捌きは私の反応を軽く凌駕する程の素早さに変わり、為す術もなく右腕を蹴り飛ばされた・・・・・・・

 黒光りする剣ではなく、ぼこぼこと模様の入ったブーツで、真っ平らに傷口を作った。

 目を凝らして見ても、切断されたとしか思えない程の傷である。それ程までにニケの蹴りには鋭さがあった。


 そして、私が唖然としている間に、オールの所まで駆け、部下を助けた。

 その直後には、竜の姿のオールの腹部にまたも蹴りを喰らわした。

 オールは自分の力も関係なしに宙を舞い、遠い森の奥へ吹っ飛んでいった。


 ――これがニケの実力である。

 勝てる訳もなかった。


「死ね」


 そう言うと、先程助けた部下の魔人に剣を向け、首を斬った。彼は何がしたいのか。

 首は天に向かって跳ね上がり、球のように地面を転がる。


 結局、彼は自分の仲間を全員殺してしまった。


「使えない。役に立たない。こんな所でグダグダと……」


 そう言いながら、ニケは首のない死体を弄ぶように剣を何度も突き刺した。

 哀れんだ表情で彼は何を思っているのか。


 ――しかし、正直言って今はそんなことを気にしている場合ではない。

 私は今右腕を失ったのだ。

 一瞬で――目で捉えることも不可能な程――一瞬で。


 いや、この際私の腕などどうでも良い。私が生き延び、ニケを退け、皆を救えたのならそれで良い。それが叶うなら、腕の一本など安いものである。どこぞの海賊もそんなことを言っていたような気がするし。


 しかし、この場合の最大の問題は、ニケに勝てるかどうかである。


 私は見せつけられてしまったのだ。

 ――彼の圧倒的な『力』を。


 目にも止まらぬ速さ。竜を一蹴りで吹き飛ばす強さ。仲間をも切り捨てる冷酷さ。


 勝てる気は――してこない。


 そうこう考えている内に、彼の視線はこちらへと向き、遂に終わらせる気でいるらしかった。

 剣も無く、利き腕も失った私だが、せめて戦わねば。戦うことを止めることだけは駄目なのだ。私以外が不幸になることなど、あってはならない。


 私も都合良く両利きではないので、左手でレイを操るのは難しい。下手にすっぽ抜けて村の人達に当たっては本末転倒である。

 故に、左腕でのみの素手での戦いを強いられることとなった。


 しかし、ニケはまるで赤子をあやすかの如く軽い動きで躱し、徐々に私との距離を詰めてくる。

 そして、少し動きを止めたかと思うと、またも目にも止まらぬ速さで急接近し、黒剣を一突き――激痛が体に走る。


 左肩に深く傷が入り、そこから血飛沫が勢いよく溢れ出す。飛び出た血が頭の左側面部を覆う。


「こんなもんか、村の英雄は」


 周りの村人達は何か悲鳴のようなことを叫んでいるが、私にはニケの低い声しか聞こえず、現状に絶望さえ感じ始めていた。


 正直言うと、結局私もどこかでニケのことを甘く見ていたのだろう。

 死地に何度も入り込みながら、なんだかんだで死地を何度も駆け抜けてきた。

 その内に、身勝手で自己満足的な自信を抱いてしまったのだろう。

 抱いた自信が酷く小さなものだということにも気づかずに――


「洛北竜はどっか行っちまったぜ。ろくに戦えるのはお前だけになったが……続けるか?」


 煽るような視線で私を嘲るニケは黒剣の先を向けてきた。

 仮に「続けない」と、言った場合、彼は潔く帰ってくれるのだろうか。任務が私の殺害とナキの拉致である以上、それはないか。どうせ私が抵抗するのを続けるか否かを問うているのだろう。陰険な奴である。


「悪いけれど、こんな状況は飽きるくらい経験しているんだ。今更片腕を失くしたくらいで戦意まで喪失しないさ」

「あっそ。じゃあ、苦しんで死ぬんだな」


 頬を伝う汗も絶え間ないし、右腕を失くした痛みで目頭は熱いし、全くみっともないし、だから私はこう答えるしかなかったのだ。申し訳ないとは、思っている。


「ああ、そうだな」


 そして、私は左腕と両脚を竜人に変え、ニケに向かって構える。

 ここで二の足を踏んでいたって、結局戦いは免れないし、痛みや傷も避けられない。


 少し跳ねて気持ちを軽くする――次に足を着いた時、彼へと駆け出した。


 竜の脚は大地を抉り、ニケへと急接近する。

 特に怯んだ様子もなく、剣を鞘に納めた。挑発のつもりか、拳で応戦してくる。

 落ち着いた風に対応するニケはまたも嘲るような笑みを向けてきたが、流石に慣れてきた。

 腹の底から腹が立つが、その度に頭に血を上らせはしない。大体にして血ならさっき大量に流れてしまった。


「頑張れよ、まだまだ終わらねえぞ」


 その言葉と同時に、ニケは拳の連打のギアを上げてきた。私もそれに合わせない訳にはいかない。


「――くっ……!」


 しかし、合わせようと気持ちを作ったとしても、本当に合わせられるかどうかは別の問題である。

 片腕を失っていることや、貧血で頭が回らない状態は、紛れもないハンデなのだ。

 いくら竜人の体に変えて身体能力を無理矢理上げても、限界はある。

 現に今、少しずつではあるが、私はニケに押されつつある。


 そして、今でさえもニケは実力を出し切っていない。


 捌き切れずに打ち込まれる打撃は着実に私の体力を削いでいく。

 私の意識も遂に朦朧としてきた。

 自分でも分かる程に、動きは落ちている。


 やがて、痺れを切らしたようにニケは口を開く。実際に口が見える訳ではないが。


「もう飽きたな。やっぱり分からねえや。何であの人がお前をそんなにも危険視するのか」


 全然分からねえ――吐き出すように放った言葉を境に、彼は終わらせにきた。

 ずっと捌き続けていた私の一撃を屈み込んで躱し、がら空きになった左膝に鋭い一撃を放った。


 何かが無くなった感覚が無意識に体を包み込み、理由も分からずその場に倒れた。

 俯いた時に目に入って、やっと理解した。


 私の左脚が無くなっていた。股の根元からなけなしの血が流れている。

 それと同時に新たな激痛が走り、思わず声が出た。


「――――――――――――!」


 既に私は、四肢の二つを失ってしまった。


「おい、大丈夫か。大分痛そうだが、これからもっと痛えぞ」


 負ける。確実に負ける。

 死が目に見えて、勝機を見失った。


 村人はもう恐怖でその場で倒れ込み、動けない。

 アルアさんはキニゴスさんの治癒を今も尚続けている。

 ナキは――どうしているだろうか。

 魔を使いきっているとなれば、貧血状態で動けない。つまりは倒れたままだろう。

 それでも、意識があるのなら、きっと現状を見ている。

 私としては見てほしくない。こんなにも、醜い姿など。


「……離れてくれ……」


 その時、どこかで懇願の声が聞こえた。


 私の声ではない。私は今も痛みに嘆いてばかりである。

 となると、誰の声だ?

 顔をゆっくりと上げてニケの方を見ると、彼の腕にはぼろぼろになって頭から流血をしているスキロスがしがみついていた。


 何をしているんだ?

 危ないだろう。私でさえこんな状態なのだ。もうすぐ死んでしまうのだ。殺されてしまうのだ。


 どれだけ血反吐を吐いて強くなったか――どれだけ体を圧し折って強くなったか――それら全てもニケには届かず、私は負けるのだ。


 君がそんな風に抵抗しても、懇願しても、ニキは動かない。

 だから、止めてくれ。

 君は傷つかないでくれ。

 私の大切な――


「僕達の大切なフィンさんを……殺さないでくれ……!」


 僕達の大切な――フィン――


 ニケは最初の冷め切った眼で、スキロスを見つめる。


「泣かせるじゃねえの。良かったな、慕われてて」


 変わらない眼差しをこちらへ向けたと思ったら、すぐ様自身の腕にしがみつくスキロスの首を掴み上げた。

 そのまま力を込めて、スキロスの首を握り潰すつもりらしい。


「悪いが、いちいち構ってらんねえよ」

「止めろっ……」


 私の声は届かなかった。



   〇   



 私の声は届かなかったが、それでもスキロスは死ななかった。


 ニケが手に力を込める刹那、その直前に突如横槍が飛んできた為である。


 一瞬でスキロスを投げ飛ばし、腰にかけた剣を抜き、受け身を取った。

 スキロスは頭を強く地面に打ち、意識を失ったらしい。


「――クソ餓鬼が……」

「絶対……許さない……!」


 雄々しく睨みを利かしたアルクダは、まさかりでニケに打撃を与えた。


 どうやらポリティスさんを連れて、今到着したらしい。


 膂力だけならば私と同等の彼は、不意打ちも相まって、ニケを仰け反らせる程に得物を押し込む。

 しかし、それすらもすぐに押し返されてしまう。


 アルクダの膂力を上回るニケの力によって大きく跳ね返され、結果的に自分の方が大きく仰け反らされてしまう。

 腕を大きく上げ、無防備となった腹部に軽い一撃が喰らわされる。


「――!」


 ネフリ随一の巨躯を誇るアルクダは地面に叩きつけられ、その場で嘔吐してしまった。鉞も地面に転がる。

 しかし、それでも尚立ち上がり、素手で立ち向かう。


 勝てないと端から分かっていても、執念を宿した涙目で、彼はニケに拳を向けた。

 剣を仕舞ったニケは飛んでくるそれに対し、軽く受け止める。巨大なアルクダの拳を握って離さない。

 そして、またも片手ですぐに彼の太い首を掴み、アルクダを持ち上げた。


「……あのな、時間が無いんだ。勝てないの分かってんなら黙って見てろ」


 憎しみを孕んだアルクダの眼とは裏腹に、ニケの眼は変わらずの絶対零度であった。


「お前もあれか? さっきの犬の奴と一緒でアイオーニオンがアイオーニオンがって口か?」


 潤みと怨みを孕んだ眼差しは決して絶えず、そして開いた口からは掠れながらも確固たる意志があった。


「……お前は……父を、殺した……」

「あ?」


 溜まっていたものがぽろぽろと彼の目から流れる。


「俺の父を……お前らが殺したんだろ……! その上、親友や、フィンさんまで、奪うなんて……絶対に――」


 ぐしゃり――と、骨の軋み砕ける音が響いた。


「――ああああああああああああああああ!」


 ニケは握ったアルクダの拳をそのまま砕いた。

 悶えるアルクダをニケはそれでも離さない。


「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ喚くんじゃねえよ。お前の父親を殺すことはこっちの都合だがな、お前の父親も自分の都合で俺らを邪魔した。互いの都合が――或いは、正義が食い違って、衝突した結果お前らが負けたんだ。アイオーニオンにしても同じことだ。結局、力が無かったから負けたんだろ」


 悪自身が自分から悪の旗を掲げる訳ねえだろ――と、吐き捨てるニケに対し、アルクダは叫ぶ。


「大事なんだろ? 守ってみせろよ。それにな、こちとら侵略者じゃねえんだ。アイオーニオンとエマイディオスを引き渡せば、お前らには何の危害も加えない。それでも尚刃向かってくるのは、お前らの勝手だろ。いちいち責任を押しつけられてちゃ敵わねえよ」

「それでも――この怨恨はお前が受けて然るべきだ! これ以上、他人のなけなしの幸せを壊すな! これ以上、ゾキアの幸せを壊すな!」


 その声が――悲鳴がニケの意志に届くには、あまりに弱かった。


「喧しい。吠えるだけですっきりすんならお前の幸せも安いもんだな。いくら叫んでも結局救えねえんだろ? じゃあな、死ね」


 その声が――悲鳴が私の意志に届くには、十分過ぎる程に強かった。



   〇   



 負ける。確実に負ける。

 死が目に見えて、勝機を見失った。


 それでも、そんなことはもう良い。どうでも良い。何でも良い。私の命なんて疾うの昔に捨てている。


 しかし、ここにはそれ以外のものが沢山あるのだ。

 私が死んではならない理由が山程あるのだ。


 だからこそ、焦りが出た。

 ぎりぎりで保っていたバランスが崩れた。

 皆の幸せが崩れてしまう未来が見えた。


 しかし、焦りによって湧き上がるがむしゃらな意志は、皆を守るということしか見えていなかった。

 一時視界を支配した死すらも、見失った。

 ――守れなかった事実すらも、見失った。


 ただ今は、痛みも命も忘れて、守るのだ。


 故に、痛みによって出た喘ぎ声は、いつの間にか咆哮へと変わっていた。


 ニケはまたも首を握り潰すことに失敗した。

 即座にアルクダを投げ飛ばし、剣で受け身を取る。


 デジャブのようなこの一連の動作だが、そういう訳にもいかなかった。


 予想以上の猛攻に剣だけでは捌き切れず、紅い刃がマスクも巻き込んで彼の頬に切り傷を刻んだ。


「――! ……てっめえ……!」


 突如、彼の眼の色が急変した。

 私が魔王の真名を口にした時の眼の色を何百倍何千倍も強く滾らせたような眼差しである。

 まるで火山弾のような乱暴で過激な眼である。


 一度私から距離を置く為、後ろに退けた彼は、受けた傷を指で撫でる。


「…………やってくれたな。このマスクの意味も知らねえ野郎が……ああ、最悪だ。てめえなんかにこんな傷をつけられるなんてな……確かに侮っていた」


 やはり、彼のマスクには何かしらの思い入れがあるらしい。

 それこそ、魔王に貰った物とか。


「お前の力は確かに危険だ。無闇矢鱈に振り回されれば、確かに危険な力だ。だが、それはアイオーニオンだから、危険な訳じゃない。あくまでも、神の威が強大だっただけだ。もう油断はしない。蚊みてえなお前に食われることももうない。確実に殺す」


 彼は声色を変え、黒剣を握り直した。

 どうやら、今度こそ本気のようだった。


 ――しかし、私とて彼のマスクに構っている暇はない。

 私はあくまでも、私の都合を押し通す為に、ニケのマスク諸共ニケを殺すのみである。


 ただ、私が散々苦労しても掠れもしなかったニケに対し、如何にして一撃の端を与えたのか。


 それは単純に気合である。

 がむしゃらに頑張って、めちゃくちゃに攻撃を仕掛けたら、当たった。


 真面目に説明するならば、今私の体からは大量の血が流れ出ている。

 血はいつだかに説明したように、魔を含んでいる。種族や血統に関係なく。

 そして、それはいつも仲間外れにされ続けた私だとしても、例外なく。


 魔は何にでもなり得る物質であり、それは周りのものも巻き込む。

 魔を使えば接触している血液を浮かすこともできる。燃やすこともできる。


 ――当然、凍らせて凝固させることも。


 私は体外に流れ出た血をいくつもの刃に固めることで、ニケへの攻撃を謀った。


 そして、それが――功を奏した。


「最悪のバケモンだな。こういう心中覚悟の捨て身の特攻は厄介だ。こっちも火傷じゃ済まねえ。焦らして追い詰め過ぎたのが仇になっちまった」


 だからと言って、負けねえがな――そう言うと、ニケは血の刃の猛攻を掻い潜り、私の懐へ入った。

 空いた腹へ素早く剣を一突き――と、私は瞬時に血の形状を変え、盾を生成する。

 薄い壁は軽く破れ、彼の剣は私の胴を貫いた。


 激痛が走り、その場にうずくまりそうになる自分を殺し、攻撃へと移る。

 飛び散った血の盾の破片や、胴の傷から出た血を尖らせ、ニケへと飛ばす。

 数百本の血の小刀に対応することができず、ニケは所々に傷を受けた。


「くそが……! 血を出させたら、更にこっちの首を絞めるのかよ」


 それでも攻撃の手を休める様子はないニケに対し、こちらも容赦はしない。互いに攻撃の応酬が続き、ただ目の前の相手を殺すことに集中した。


 指を切断され、すねを切断され、肩を切断され、肘を切断され、二の腕を切断され、ももを切断され、気づけば四肢全てを切断されていた。


 しかし、私は諦めてはならないのだ。

 命を賭して戦うことに価値がある訳ではない。

 命を捨ててでも守る価値のあるものを生かすことに価値があるのだ。


 全身から血を出す度に、それら全てはニケへと襲いかかり、彼の全身に着実に傷を作った。

 段々と苦しさを増す彼の表情もやがて視界に入らず、声も聞こえなくなり、声も出せなくなった。


 無我夢中であった。

 現実世界からかけ離れて、不思議と目の前には思い出が現れた。

 まるで、自分の人生を反芻しているような――


 ――ああ、これを走馬灯と言うのだろうか。


 ――ふと、意識が戻ると私は心臓を貫かれていた。


「足んねえよ……力が…………お前の、負けだ」


 剣を抜きながら、振り絞るように出されたニケの声が、私に現状を理解させた。


 今――私が負けたのだと。


 決意と共に魔法は途切れ、私はその場に倒れた。

 悔しいことに、快晴の空はあまりにも綺麗である。


 結局、これだけやっても勝てないのだ。

 虚無感が私を包み込み、冷静になった頭には、胸の痛みと周りの人々の嗚咽が響いた。


 届かなかった。


 それが、私の幕引きに相応しい言葉である。




「負けないで」




 その声に、振り返らずとも誰のものかはすぐに分かった。


 気づけば、ナキが傍まで這ってきている。

 動かない体を無理矢理にでも踏ん張って――出ない声を無理矢理にでも絞り出して。


「負けないで。お願い。死なないで。身勝手で、身の程知らずで、最低だって分かってる。それでも……嫌。勝って」


 フィン――ナキが私の名を呼び、力が溢れてきたのは言うまでもない。


 私は全ての血を集め、再度ニケへと刃向かう。

 自分の体を起こす必要はない。

 立ち上がる必要はない。

 倒れたままで良い。

 ただ、ただただ、命懸けで。


 ごめん。ナキ。君の願いはただ一つだけ、叶えられない。

 私はこれから死ぬんだ。


 全ての魔と全ての血を振るう。

 やがて、いくつもの血飛沫が大きな塊となり、大剣となった。


「ううああああああああああああああああっ!」


 最後の咆哮と共に放たれた大剣は真っ直ぐにニケの胴を貫かんとする。


 彼はご自慢の黒剣で受け止めるが、その勢いに圧倒される。

 地を破る程に踏ん張り、力み過ぎで血管はいくつか千切れてしまった。


「…………っの餓鬼がああああああっ!」


 遂には、剣から稲妻が走る。

 雷は大剣の内と外から破壊し、粉々に砕いた。


 そして、砕けた破片は二度と動かなかった。

 そう。無理だった。渾身の一撃も、駄目だった。


 ゆっくりと私の元に歩み寄り、ニケは自分の右足を私の胸の中心に据える。

 抵抗することもできない。

 ただ、止めを受け入れるだけだった。


 ナキは小さな声で今も「止めて」と、何度もすがる。


 それが聞こえていないのか、聞こえたとしても耳を傾けなかったのか。

 そのままニケは足に力を込め、私の胸を踏みつけた。

 皮膚も胸筋も肋骨も纏めて、心臓を踏み躙る。


「……お前の、負けだ」


 届かなかった。


 何度も言うが、それが、私の幕引きに相応しい言葉である。


 足を抜き、後ろへ後退る彼は溜息を吐く。

 私は今にも切れる意識の中で、離れずに抱きついてくれているナキの温度が徐々に温かくなっていく感覚を覚えた。


 その様子に呆れたように笑った彼は、見落としていた。


 敵が私だけではなかったことを――


「――あっ、あっ、ああ」


 佇んでいたニケの胴を背後から刃が貫く。

 今度こそ、しっかりと――


「お前、何故――まさか」


 戸惑うニケの予測は恐らく正解だろう。


 全魔力と全血液――何も私だけのものだとは言っていない。

 今この広場に沢山飛び散っているものだって、立派な血なのだ。

 戦い、そして死んだ村の大事な人達。

 愚かにも慢心を抱え、死んだ魔国の軍人共。

 そして、ニケのそれも、例外なく血なのだ。


 それらを合わせれば――お前を殺す為の剣くらいはできる。


「くそ、やられた。ここに来て、こんな痛えもん刺されるとはな」


 そう呟くが、それでも彼の眼は未だに死んでいなかった。


 刃が刺さったままのふらついた足取りで、再びこちらへ歩み寄ってくる。


「……だが、お前はもう死ぬ。心臓を潰されては生きる望みもない。あとは……俺が……エマイディオスを」


 私の傍から決して離れないナキに、ニケはゆっくりと手を伸ばす。

 涙の絶えないナキは小さく震え、私はぼやけていく視界の中で、必死に訴えた。


 ニケが微かに嗤ったその時――彼の手が止まった。


 明らかにおかしかった。

 急にぴたりと固まった彼は、小さく呟いていた。


「…………んでだよ。もう終わるんだぞ……」


 独り言なのか、それとも幻聴でも聴こえているのか、彼は一人でに喋り出した。


「アイオーニオンは死ぬ。エマイディオスはすぐにでも連れて帰って来れる。それで終わりだろうが。…………はあ? 何だよそれ。聞いてねえぞ」


 謎の会話(?)が進むに伴れて、ニケは伸ばした手を徐々に戻していった。

 しかし、彼の話し相手が何となく読めてきた。


「あいつの責任だろ。俺がすぐに帰る義理ねえ――いや、これは、確かに侮ってはいたが、それでも勝ったんだ。俺は………………ああ、ああ……あ? 何だそれ。じゃあ、無駄足だったのか? …………くそっ。最悪だな。そいつは」


 そう言い、ニケの会話は終わったらしかった。

 改めて彼はこちらへ向き直り、溜息混じりに呟く。


「今回は俺が勝ったが、ああ、認めるよ。――フィン・アーク・アイオーニオン。お前の『力』は強い。だが、お前はここで終わりだ」


 そうして、彼は突然消えた。

 見たところテレポートを使ったらしい。

 あの傷も残念なことに致命傷ではない。得物と的が見えなかった為に、狙いを外してしまった。エピシミアのようなミスをしてしまった。


 ああ、だが、一旦は奴を退けた。

 どうせまた奴らは来るだろうが、その時はまた守れるのだろうか。

 と言うか、一体今回の件でどれだけの人が死んだんだ。

 ネフリもぼろぼろで、村の復興もしなければならない。

 いや、そもそも、私がここに居続けて良いのだろうか。

 やはり、今回も私の不運が招いたことなのだろうか。

 だとすれば、立ち去るべきなのか。

 しかし、私は――


 ――わたしは、しぬんだよな……

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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