『銃声』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
勝利とは、果たして何なのだろう。
勝負において、優れた者が手に入れられる証。
相手を下し、自分の位置を奪い守ることでやっと手に入れられる事実。
勝つ者が居て、負ける者が居る――それは勝負の世界では至極当たり前のことであり、どうしようもなく避けようのないこと。
私がそれを気にする機会はなかったし、そんな必要もなかった。
けれど、あの男が来て――襲来して、考えさせられることになった。
勝負を経て、勝つ者が居る。
では、勝つ者にはどうすればなれるのだろうか。
あの男曰く「力を持ち、力の使い方を知っている者」だそうだ。
であれば、彼は――『何にでもなれる』彼は勝者にもなれるのだろうか。
力のある者が勝つ者。
この世はあまりに単純で残酷だ。
生まれながらにして、力を持つ者、持たぬ者。
生まれる前から不平等で、生まれた後も依然不平等。
そんな世界で力を持たない私が敗者から這い上がることなどできるのだろうか。
生まれながらにして、力を持たぬ者はどうすれば――
〇
フィン達が中々来ないポリティスさんを探しに行って、数分後――たった一つの圧倒的な脅威がやって来た。
虚竜様すら霞むような、禍々しいまでの恐ろしさ。
それらが一歩一歩地面を踏み締めて近づいてくる。
私が広場のベンチで皆の帰りを待っていると、突如としてそれらは現れた。
門の方から大きな銃声が鳴り響き、私は驚き立ち上がる。
――何? 何故銃の音がするの?
この村では銃も多少はあるけれど、フィンか村長のパルダリスさんの許可がなければ扱えない。
まして、銃を保管している倉庫とは真反対の門の方から銃声が響いた訳で……門番の人も銃なんて持たないし。
となると、考えられる可能性は一つ――外の者が持っている銃が使われた、ということ。
周りにいた村の皆も驚き、銃声の発信源へ駆けて行ったり、家の中に逃げ込む人だったり、その場で固まっている人など、それぞればらばらに動いている。
まずい。
皆動揺してしまっている。このままでは村の統制が取れなくて、さらなる被害者が出てしまう。
以前に村を襲った集団は銃など持っていなかったから、全く別の存在?
いや、武器を強化してきたと考えれば、銃くらい持っていても何らおかしくない。
とにかく、私の力でどうにかなるとは思えないけれど、村の人達に避難をさせないと――
「ナキちゃん!」
と、その時私の手を引いて駆けていく人がいた。
――マーブリさんである。
食材が沢山入った袋を肩から提げながら、焦った表情で走る。
腕を引っ張られ、私はどこかへ連れて行かれる。
「な、どうしたんですか?」
私は腕を引っ張られながら、彼女に訊ねる。
全く状況が読めず、されるがままにマーブリさんに手を引かれるが、一体どこを目指しているのか分からない。
村中に響いた一つの銃声と言い、今何が起こっているんだ。
「ごめんね。ちょっと乱暴だけれど、許して。あなたはとりあえず隠れていなければならないわ」
――隠れて? 何故?
銃声が鳴り響き、今の状況をどうにかしないといけないのに、ちょっと本当に止まってマーブリさん。
「さっき、門の近くを通ってきて、門で見張っていたエラフィ君が魔人の集団と話していたの。何か訊かれていたみたい。すると、魔人の一人がエラフィ君にこう訊いた――ナキ・アンブロシア・エマイディオスとフィン・アーク・アイオーニオンはどこに居る――と」
マーブリさんの自宅兼飲食店の中に駆け込み、私はいつの間にか体が震えていた。
魔人が私達を探している?
思い当たる節は…………ある。
私は元々魔人に買われる立場にあった。
それをフィンが助けてくれて、今私はここに居る――居られる。
魔王は未だに魔を多く持った者を探し、買い集めているらしい。
となれば、私がまだ魔人から狙われていても不思議ではない。
マーブリさんと私は店の中から外の様子を見た。
徐々に広場に人が集り、やがてパルダリスさんもやって来た。ふらふらしているので、まだ体調は完璧ではないだろうに。
マーブリさんは怯えた顔で先程の話の続きをした。
「エラフィ君は迂闊に二人のことを話さず、『知らない』と、答えた。けれど、その瞬間、魔人の一人が拳銃を取り出し、何も言わずに引き金を引いた。…………残念だけれど、エラフィ君は死んだと思う。頭を撃ち抜かれたから、即死だった」
死んだ。
言葉にするのは簡単で、実際エラフィ君が死に至るまでも、銃口を向けて引き金を引くだけの簡単なこと。
誰かが生まれるには沢山の時間と痛みが伴うのに、誰かが死ぬには一瞬と一つの銃弾だけで済んでしまう。
「何とか逃げてきて、せめてあなたを保護しないとって思って、ここまで戻って来たの。だから、早い内にあなたを見つけられて良かったわ」
私を探してくれていたのは嬉しい。
けれど、村人が一人殺されたのだ。
エラフィ君はまだ若くて死ぬには早過ぎる、未来ある少年だった。
村の大切な仲間である彼が殺されたとなれば一大事だ。
由々しき事態であり、見逃す訳にはいかない。
尚更すぐに魔人の元へ行き、話をつけてこないと。
「駄目よ、ナキちゃん。あなたはここに居なさい。向こうの目的があなたとフィンさんなら、迂闊に動いてはいけない。フィンさんが戻るまで待機して、彼の判断を仰ぎましょう」
「でも、私達の仲間が一人殺されたんですよ。こんな所で私が隠れている訳には」
「駄目。相手の目的があなたなら、尚更あなたは出て行っては駄目。あなた達は私達の恩人なのだから、危ない目に遭わせる訳にはいかないわ」
「でも、そしたら皆が」
「それでもよ」
捲し立てるマーブリさんの強い口調に私は圧されるばかりだった。
私だって戦いたいのに、それが許されないことのように思える。
私が魔人の前に立つだけで、さらに皆に迷惑をかけてしまうような気がする。
「それでも、皆覚悟の上なの。巨人達が襲撃しに来たあの日から、元より死ぬ覚悟はできていたもの。大丈夫。ナキちゃんは何も悪くないから、何も心配しないで。安心して事が済むのを待ちましょう」
マーブリさんも怯えているのだと、私の両肩を掴む彼女の手が震えていて分かった。
それでも私の前では強く居ようとしてくれている彼女に――その気持ちに背くなんてことはできなかった。
黙って外の様子を見ることしか、私にはできなかった。
広場には段々と人が集結し、大人達が騒めいている。
子どもや女性はほとんど家の中に入ったらしく、広場に居るのはほとんどが成人男性だ。
パルダリスさんの他に、アルアさんとアルステマ、キニゴスさんを含めた猟師の組合の方々、スキロス君と彼の母――ルコスさんなどが固まって話し合っている。
怪訝そうな顔をし、皆何かしらの武器を手にしている。
戦うことも視野に入れなければならないのかもしれない。
すると、門の方向から一つの集団が近づいてきていた。
じりじりと近づく相手に、村の皆は手に持った武器を構えて睨みつけた。
中央の一番前を一人で歩く者は大きなハット帽子を目深に被り、黒のマントを羽織っている。
にたりと歯を見せて笑う口が描かれたマスクを着用していて、帽子から微かに見える眼にはおよそ感情のようなものがない。
腰には大きめのステッキと拳銃が一丁、そして大きな剣を一本佩用されている。
他の周りの魔人は皆大きなローブを纏い、フードを顔の半分が隠れるくらいまで深く被っている。
「ご機嫌よう、諸君。早速で悪いが質問に答えてもらう。この村で最も位の高い者を呼べ」
卑下するような眼差しで広場に集まった人々を見て、魔人の彼は言う。
憮然とした――あまりに大仰な態度にそこにいる村人は皆気分を害されただろう。
「村長は私ですが」
パルダリスさんは前へ歩み出て、魔人と相対する。
「しかし、こちらも村の仲間の一人をあなた方に殺害されている。あまり良い歓迎はできませぬ。用が済みましたのなら、早々にお引き取り願いたい」
「心配するな。こっちも仕事で来てんだ。早く帰りたいのは山々だ。先程殺した獣人の男は俺らに真実を教えなかった故、反逆と見做して命を奪った。お前らも下手に隠そうとするな」
睨みを利かせながら、低い声で男は言う。
脅すように――気圧すように。
「俺らは魔国マギアヴィヴリオより遣わされた兵士。魔王の命によりナキ・アンブロシア・エマイディオスとフィン・アーク・アイオーニオンを差し出してもらいたい」
周りの村人は一切騒つかなかった。
恐らく元より口裏を合わせておいたのだろう。
私とフィンの名を出されても反応しないように、と。
村人達は怪訝な顔つきで小首を傾げる。
一体何のことか。一体誰のことなのか。
皆口々に偽りの疑問を呈している。
「悪いですが、そのような者を私達の中に知る者はおりません。残念ですが他を当たってもらえますか。仲間の死には目を瞑りますので、どうかお引き取り下さい――」
刹那、パルダリスさんの左胸の辺りに鉛の弾が撃ち込まれた。
「――パルんっ!」
思わず叫びかけた私の口元をマーブリさんが咄嗟に押さえた。
家の中にいるとは言え、大声を出せば向こうにもバレてしまうのは明らかだ。
けれど、このまま倒れているパルダリスさんが血を流しているのを見過ごすなんて、私には耐え難い。
今ならパルダリスさんに回復魔法をかければまだ間に合うかもしれないのに。
それでも――マーブリさんは私を押さえる手を緩めなかった。
涙目のまま私を見つめ、懇願するように眉を寄せる。
彼女の想いは解る。
向こうが諦めて帰ってくれるまで――もしくはフィン達が戻ってくるまでは、私は隠れておいた方が良いと言うのだろう。
けれど、このまま隠れてやり過ごせたとして、その時村人は何人生き残っている?
何人無事で居られる?
「村長さん!」
アルアさんは倒れ込むパルダリスさんに駆け寄ろうとしたが、魔人の男が銃口を彼女に向けた為、アルアさんは動けずにいた。
しかし、動いた者はアルアさんだけではなく、一人の青年がパルダリスさんへ駆け寄ってしまった。
「来るな!」
パルダリスさんの言葉も虚しく、魔人は青年の額に銃を放ち、青年はその場に崩れ落ちた。
「勝手に動くな。今は俺の言葉に従え」
また一人――仲間が殺された。
私が今すぐ出れば、これ以上被害者が増えることはないだろう。
私さえ出ていけば――
「良いか? 俺に嘘を吐いて隠し通せると思うな。実際には目的の二人がここに居ることは分かっている。知らねえふりするなら問答無用で殺す」
すると、パルダリスさんは上体を起こし、震える手で自身を支える。
息は大分荒くなり、顔は青ざめているが、まだ息はあった。良かった。
「……随分と手荒ではないですか。知らないものは知らないと言うのに……魔国の軍人は理不尽極まりないですなあ……」
「ああ、悪いな。だが、反省もしていない。言う程悪いとも思っていない。この世は力こそが全てさ。力を持たないお前らが結局は悪いんだよ。弱いお前らはその弱さを重々理解して、せめて死なないように暮らしていれば良いんだ。隠し通せるなんて思い上らずにな」
帽子から垣間見える彼の視線は恐ろしく冷たく、同時に恐ろしく真実を語っていた。
私達が何故に傷つけられなければならないのか――それは力が無いから。
力があればこんな目に遭わずに済んだ。
力さえあれば良かった。
今理解した。
彼は――魔人の男は極端までの実力至上主義なのだ。
力こそが全て。
その言葉が彼の思想の全てを物語っている。
力の無い私達はこうして隠れているか、大人しくして彼らを刺激しないように努めるしかできないのだ。
現に皆もパルダリスさんが撃たれた場面を目の前にしながらも、悲壮の表情を浮かべつつ決して怒りは見せまいと、動かずにいる。
「少しよろしいかしら」
その時、アルアさんが前に出て、魔人の男に声を掛けた。
あまり強気に出るのではなく、あくまでも控えめにである。
「何だ?」
「村長が撃たれたことには何も言う気はないのだけれど、せめて彼に治癒くらいはしてもよろしいかしら。胸を撃たれたのでは、一刻も早く治療をしないと、命に関わるわ」
なるべく穏便に事を済ませようと、アルアさんは言うが、決して魔人はそれに応じはしなかった。
「それの許可を俺にわざわざ取ろうとしたことは賢明だったな。この場で勝手に行動を起こせば、俺は有無も言わさず引き金を引く。しかし、その許可は出せない。折角そいつの胸に撃ち込んだ弾が勿体ない。それに下手に魔法を使わせて、余計なことまでされると厄介なんでな」
顔色一つ変えずにアルアさんは「そう」と頷いたが、その心中が決して穏やかではないのは、彼女の額の汗を見れば明らかだった。
「じゃあ」と、アルアさんは別の話に話題を振る。
パルダリスさんもどんどん息を荒くしていくが、決して下手な行動は取らないと我慢している。
苦しそうな表情を見せながらも必死に耐えている。
その原因は私であると――その私が今こうして隠れていて、一体何をしているのか。自分の存在が阿保らしく思えてくる。
「せめてあなた達の目的を訊かせてもらえないかしら。あなた達の求める二人が一体何なのかは存じ上げないけれど、こちらも理由も分からず仲間を三人も撃たれて、挙句にそちらの思惑も分からずじまいじゃ、ただの撃たれ損だわ。何故あなた達がその二人を探しているのか、それくらいは――」
――と、魔人の男はアルアさんの言葉を聞きながらも、銃口を彼女に向けていた。
話の途中ではあるが、聞くに値しないと判断したのだろう。
本当に理不尽極まりないが、正直彼に引き金を引かせるに至るトリガーが分からない。
トリガーを引かせるに至るトリガーが分からない。
彼はどこを基準に私達を撃とうとするのだろう。
何が彼の癇癪に障るのだろう。
――響いた銃声は辺りに反響し、森を騒めかせた。
しかし、放たれた銃弾はアルアさんに飛び込みはしなかった。
アルアさんは間一髪のところでキニゴスさんに押し退けられ、救われた。
そして、彼女を庇って前に出てきたキニゴスさんは腹に弾を喰らい、その場に膝を着いた。
「――キニゴスさん!」
アルアさんは叫び、周りの皆も青い顔をする。
キニゴスさんは呻きながら腹を抱え、地面に汗と血をぽたぽたと垂らす。
魔人の男はその光景を目にし、悪魔のように嘲る。
「傑作だな。いや、正直今のは良かったよ。弱者同士助け合って、素晴らしいじゃないの。べらべらと女がうるせえから殺そうと思ったら、男が庇って来やがった。良いねえ。これこそエンターテイメントだ。生きている価値を実感させる」
アルアさんは震える唇で「キニゴスさん……」と彼の名を呼ぶ。
「何てこと……何故私を助けたの……」
「……へへ、あんたは医者だ。医者がこんな所でくたばっちゃ駄目だろ。最後まで生きていてくれねえと」
周りの人は何人も泣き出している。
大事な人がこうも目の前で痛めつけられ、こうも死にかけている。涙が出て当然だ。
先程まで冷静に話していたアルアさんも、眼は恐怖に支配されて足もがくがくと震えている。
「本当は話す気なんてなかったんだが、予想以上に面白い展開になってくれたからな、特別に話してやるよ。俺らの目的だろ? 良いぜ、女。男の方が体張ってくれたお陰だな」
魔人の男は語り始める。
私とフィンを探している理由を――探し捕らえ、何をするつもりなのかを。
「今、魔王が世界各地から魔力の高い者を買い集めているのは知っているよな。それが奴隷に使う為なのか、生体実験に使う為なのか、実際は俺も知らない。あの人は聡明だ。あの人の最も近くに仕えている俺でさえも、あの人の真の目的は知らされていない。しかし、ナキ・アンブロシア・エマイディオスとフィン・アーク・アイオーニオンを捕らえる理由くらいは知らされている。まあ、予想していた通りだがな。エマイディオスの方は単に捕らえるだけだ。奴は魔力の高さ故に使い道がある。その使い道が分からない訳だが、今魔力の高い者を集めている訳と同じだろう」
つまりは――私が魔力が高いから買われる、と。
向こうも奪いに来ているので、もう買い取られはしないだろうけれど。
「エマイディオスの魔力の高さは正直言って貴重だ。世界レベルとは言えんが、それでも稀な存在だ。あの人がここで手に入れたがるのも解る。だがな――」
魔人の男は少し苛ついた表情で言い放つ。
「アイオーニオンは違う。奴は魔力が高い訳でもない。決して低くはないが、決して高くはない。わざわざ俺を遣わす理由も見当たらない。では兵士として雇うのか。それも違う。確かに戦闘能力はそれなりだが、わざわざ手に入れたいと思う程でもない。あれ以上の珠なら、探せばどこかにたんまりといる居るもんだろ。ずば抜けた何かを持っている訳でもない奴を何故あの人は求めるのか。俺は分からなかった」
私は何となく察しがついた。
悪寒とも言うべき、嫌な予感が。
思い出す――思い出される。
彼が――フィンが私を助けれくれたあの日。
魔人達が為す術もなく彼に蹂躙されたあの時。
買ったはずの私がいつまでも届かず、送り出したはずの兵士も帰って来ず、魔王はどう思っただろうか。
勿論何が起こったのか調べるだろう。それが当然だ。
調べた彼はどう思っただろうか。
調べればすぐに解る。
あの村の村人に事情を訊けばそれですぐに情報は出てくる。
私はある人に連れて行かれ――魔人達は皆ある人に殺されたのだと。
「しかし、あの人から理由を聞いてすぐに納得がいった。奴は大事な商品であるエマイディオスを奪っていった。それだけに留まらず魔国の兵士も殺していった。動向はすぐに掴めた。幸いにも奴らは今二人一緒に行動しているらしい。ならば好都合。纏めて捕らえられる。エマイディオスはそのまま魔国へ連れて帰る」
魔人の男はにやりと笑う。
とても邪悪で醜悪な笑顔。
流れ出る言葉には毒気のようなものを孕んでいて、耳にしただけで鼓膜にねっとりとへばりついてきそうな感じがする。
「俺には正直分からないが、あの人はアイオーニオンに目を付けている。危険視している。今潰しておかないと、後々さらに厄介になる芽だと言う。育った枝は我々の計画に絡み付き、ことあるごとに阻害してくる。奴の持つ何が危険なのではない。存在自体が邪魔なのだと、あの人は言う」
彼は言った。
はっきりと――悪鬼のような声で。
――誰もそれを聞き逃すことなんてできなかった。
「だから、フィン・アーク・アイオーニオンは今ここで殺しておかなければならない」
〇
「アイオーニオンの危険度ってのは、単純じゃない。今は容易く摘める芽だとしても、ここで逃せば後々に響く。たとえばカルマ・オズ・エレフセリアのような完成した力ではなく、これからさらに伸びて行く力の芽だ。殺すなら今の内ってことだ。――まあ、全部あの人が言ったことだから、俺は正直分からない」
フィンを――殺す?
何故――何故彼が殺される必要があるの?
私のせい? 私が居るせいで――私が生きているせいでフィンは殺されるの?
誰かから命を狙われて、誰かから恨まれて――あれ? 何で、私のせいなのかな?
やっぱり全部私が居たせいなのかな?
あの時私がフィンについていかなければ良かったのかな?
大人しく魔人に連れられておけば、皆助かったのかな?
私一人が不幸になれば、結局皆が不幸にならずに済んだのかな?
――ああ、最悪だ。
「――もう無理だ。我慢できない」
アルステマは突然そう言い、前へ歩み出てきた。
その表情は静かな怒りに染まっており、その眉間には憤りが集結していた。
「ちょっと、アルステマちゃん。何をする気なの」
アルアさんは震える足で何とか立ち上がり、魔人の男へと闊歩するアルステマへ手を伸ばす。
「我慢できない」とは、どういうことなのか。
まさかここまで来て魔人に抵抗しようと考えているのか。
守られている身である私には何も言えないが。
「どうせこの人達も私達がフィンとナキを知っているって分かっているよ。それに皆はこのまま知らない振りを続けて、フィンとナキがこいつらに連れられても良いの? 恩人だから皆は今頑張って隠しているんでしょう? なのに、その恩人の命が狙われているって解って、それで知らない振りなんてできないよ。だったら、今すぐこいつらを倒さないと――」
その時、魔人の男は銃をアルステマに向けて撃ち込んだ。
しかし、アルステマは読んでいたかのように、その銃弾を炎で焼き焦がした。
彼女は人間の姿を解き、あるべき竜人の姿になっていた。
オールがアルステマにかけた姿を変える魔法は、アルステマの意思で施術、解除が行える。
アルステマが竜人の姿を現したということは、彼女は既に魔人に立ち向かう覚悟を決めたということ。
「皆、戦おう」
アルステマは強い視線で皆に語りかける。
彼女がこう言ってしまった以上、魔人達には私達がこの村に居るということがバレてしまった。
しかし、皆も既に戦うことに意識が切り替わっていた。
魔人の男も何故か笑っていて、とても満足そうだった。
こちらから私とフィンが居るという情報が漏れて嬉々としているのかと思ったが、そういう訳ではなかった。
「良いねえ良いねえ。お前良いよ。俺らのこと殺す気満々なのが良い。ただの弱者の戯言でもない。お前と戦うのなら楽しめそうだ」
彼は後ろの魔人達に声をかけ、腰に佩用した剣を取り出した。
真っ黒な刀身が陽光を浴び、妖しく煌々と輝く。
「おい、お前ら。戦闘準備だ。ただの村人達だが、油断はするなよ。戦う意志を持った人間はそれだけで厄介だ」
アルステマは拳を構えて魔人を真っ直ぐに睨む。
後ろの皆も鍬や鎌を持って、戦意を見せつけている。
アルアさんも覚悟を決めて魔法の準備をする。
地に倒れ伏すパルダリスさんとキニゴスさんは苦しそうな顔で動けずに居る。
当の私だけが――一人隠れている。
「私はアルストロメリア。あなた達にナキとフィンは決して触れさせない」
「あ、そう。やってみな。名乗ってくれたしな。俺も名乗っておこう。あの人に貰った名を。俺の名はニケ――勝利だけを追い掴む者」
ニケは愉しげに嗤い、剣の切先を静かに向けた。
〇
――私はアルストロメリア――
そう改めて名乗った時、私の中で何かが弾けた。
闘志のように熱く燃ゆる焔が私の血脈を駆け巡り、全身を一つのエンジンと化す。
大事な大事なナキの為――大事な大事なフィンの為――不思議と戦うことに恐怖は無かった。
目の前にいるニケという男を、もしかしたら殺めてしまうことになるとしても、そこに手足の震えは感じなかった。
アンドレイア様から貰ったランスは自宅に置いてきてしまった為に、また素手で戦うことになるけれど、それでも大丈夫。
今は、何が何でも負けられないんだ。
「行くよ」
私は右足に力を込め、拳を握り締めてニケへ飛び込んだ。
向こうも怯みはせず、剣の先をこちらへ突きつけてくる。
私は軽く躱し、握った拳を彼の顔面に投げ込む。
向こうも同じように軽く躱し、銃を取り出して銃口をこちらに向ける。
私は炎を巻き上げ、壁を形成する。
放たれた弾は炎に触れてすぐに粉々に崩れた。
「中々やるな。ただの弱者ではないようだ」
「そっちこそ。さすがは軍人」
私達が攻防をしている間に、村人達も既に戦い出していた。
ニケの相手は私がしているので、皆は後ろに控えていた魔人達に駆け出す。
数ではこちらの方が勝っているにしても、仮にも魔人達は戦闘を一から十まで仕込まれた軍人。
決して一筋縄にはいかないし、既に何人か重傷だったり殺されている者もいる。
それでも――目の前で倒れる者がいたとしても、皆戦うのだ。
私はナキの為に――フィンの為に――
大丈夫。
ニキも大分戦えるようだが、どことなく動きが鈍く、甘い。
微かにぎこちなく、初心者の定型のような体の動きだ。
これならば勝ち目がある。
どこかで隙が必ず生まれ、必ずそこを衝ける。
こいつを倒せば、他の奴らを相手取れて、皆を助けられる。
皆助かる。
皆――
――と、その時ニケの剣が私の腹を貫いた。
「…………あれ」
え?
何で?
そんな――いつの間に。
見えなかったどころじゃない。
勝ち目が――消えた。
さっきまでの鈍い動きで私に攻撃を喰らわせることなんて、私は完全にこいつの動きを読めていた――まして、先程までの温い剣捌きで私が攻撃されるなんて。
あり得ない――だって、急に動きが良くなった。
あんなのらりくらりとしている動きが、急に歴戦の猛者のような動きに――
急に格上の――勝ち目のない圧倒的な『力』が見せつけられて――
もしかして、ニケはわざと力を抜いていたの?
「ご名答――とは言え、今更気づいても全部遅いけどな」
私の腹から貫いた剣を引き抜き、刃についた血を振り落とす。
膝から崩れ落ちる私を見て、哀れんだ眼差しを送りつけてきた。
「まんまと引っかかったな。そこがお前が弱者たる理由だ。俺がわざと力を抜いて戦っていたことくらい、それなりに場数を熟してきた奴なら分かるだろう。俺だって下手な振りなんて上手くない。だが、お前は騙され、挙句に慢心した。故に俺に負けた。お前は能力はあっても、まだ闘志が甘かった。踏んできた戦線の数が俺とお前じゃ比べ物にならない。俺よりも『力』が無かった――それがお前の敗因だ」
淡々と語るニケの言葉はどれもこれも真実で、ぐうの音も出なかった。
その説得力は、彼が持つ『力』に起因しているのだろう。
より強い『力』を持つ者が勝つ。
私はニケよりも弱い。
ニケは私よりも強い。
これが現状で――結果だ。
彼は膝を着く私の顔面を蹴りつけた。
地に倒れ込む私の腹の傷口を土のついたブーツで踏みつける。
「残念だよ。お前はそれなりに頑張ったからな、報われてほしいが」
「……どの口が言う」
「本当さ。頑張った奴は報われるべきなんだろう。しかしな、頑張った奴が皆強くなる訳じゃない。もっと頑張って強くなった奴には、結局敵わないんだから」
くそ。こんな奴に。こんな所で。私はまだ生きなければならないのに。
くそ。まだ皆戦っているのに。今も倒れていく人達が居るのに。
嫌だ。まだ死にたくない。死にたくない。死にたくない。
「…………卑怯者」
「あ?」
「卑怯者! 私を油断させる為に力を抜いて……誘うような、馬鹿にするような戦い方をしやがって! お前は最低だ!」
「だから何だ?」
私は気づけば泣いていた。
負けて悔しい。
嘆くしかなくて悔しい。
自分でも馬鹿なことを言っていると分かるから、余計に哀しい。
「本当に残念だ。お前はもう少し頭の良い奴だと思ったんだが……見当違いだったな。お前は俺が聖者にでも見えたか? 正々堂々と戦う立派な奴にでも見えたか? 終始一貫して全力を尽くす糞真面目な軍人にでも見えたか? 甘えよ。敵を信じちゃいけねえ。お前の目の前に居るのは、泥の中から這い出てきたイカれた兵士だ。汚ねえ手段も嫌な戦法も構わず使うんだよ」
私のことを助けようとニケに殴りかかった村人の額に、彼は剣を突き刺す。
剣を抜き、そのまま刃を私の掌に突き刺した。
冷たい痛みが手から体中に迸り、声にならない悲鳴が出てくる。
私を助けようとして死んでしまった村人は、目を開いたまま苦痛の表情で地面に横たわっている。
「弱者はすぐに油断する。相手の能力も測りきれずに空っぽの勝機ばかり見る。阿保みてえに喜んで、馬鹿みてえに手を伸ばす。だから弱者は醜いんだ。だから弱者は嫌いだ」
剣を抜き、今度は反対の手に突き刺す。
尖った痛みが再来し、私は悶えるしかできなかった。
「どうせ俺らが悪いとか思ってんだろ? 自分の弱さを棚に上げて、自分に害をなした者だけを責め立てる。なあ、何故だ? 元はと言えばアイオーニオンが俺らを襲ったから、奴は狙われる羽目になってんだろ? なのに、お前らは俺らを非難して、こっちは言われっ放しで我慢しろってか? 無茶苦茶言ってんじゃねえぞ。考えてみろよ。全部の発端はアイオーニオンじゃねえか。あいつ一人が悪いんじゃねえか。なのに――何故今あいつは戦わず、俺らは戦っているんだろうな」
ニケは再度剣を私の手から抜き、今度は私の頭の上に構えた。
その眼はどうしようもなく哀愁を孕んでいて、何も言うことができなかった。
きっとこの場で、誰よりも彼が正しいのだと、本気で思ってしまった。
「皆に『力』がありゃ、こんなことにならずに済んだんだろうな」
剣は振り下ろされた。
しかし、私の頭はいつまでも無事で、脳はいつまでも痛みと出遭わぬままだった。
恐る恐る顔を上げると、倒れる私に覆い被さるように割り込んできたキニゴスさんが私を守ってくれていた。
彼は心臓を貫かれながら、私の上に四つん這いに被さる。
「――キニゴスさん!」
またも彼は庇い、犠牲になったのだ。
私は痛む両手で上体を支えて起き上がり、剣を抜かれて倒れるキニゴスさんに叫ぶ。
自身の腹の傷が響いたが、そんなことは気にもならない。
吐血の止まらないキニゴスさんを私はただ見るばかりで、何もできずにいた。
「ほら、弱者は結局こうなる。おかしな生き物だ」
ニケはそう言葉を吐き捨て、うつ伏せで倒れるキニゴスさんの背中を何度も蹴りつける。
私がニケの脚にしがみつくと、彼は私の首を掴み上げ、思い切り投げた。
地面を転がりながら、どんどん傷つけられていくキニゴスさんを朧気な視界の中で見るしかなかった。
「あーあ、何かつまんなくなったな。もう良いや。さっさと終わらせよ。時間も無えし」
ニケはそう言い、伏したキニゴスさん目掛けて剣を振り上げる。
もう何も救えない。
この戦いは私達の敗北で終わる。
皆死んで、ナキも連れ去られ、フィンも殺されるのかな。
――何だよ。
恩を返すって箱庭を出てきたのに、何もできずに早速死んじゃうんじゃん。
今まで何してきたんだろう。
本当に、何を――
「嫌だよお」
泣いたって――どうにもならない。
ぐさり――と、刃物が肉を裂く音が嫌に大きく響いた。
しかし、キニゴスさんには剣の傷は心臓の――つまりは彼が私を庇った際に負った傷しかなく、ニケの剣は結局キニゴスさんには振り下ろされなかった。
どころか、ニケは剣を握った腕を下ろし、キニゴスさんから数歩退いている。
しかし、刃物が刺さったような音は確かにした。
けれど、その音の発信源だと思ったキニゴスさんは斬られていない。
では、誰が?
と、辺りを見回すと、一人の魔人が突然ばたりと倒れた。
その魔人の額には大きな包丁が深々と刺さっており、脳まで届いていることは確実だろう。
何故、包丁なんかが――それも魔人の額に?
誰かが倒したのだろうか。
しかし、不思議なことに倒れた魔人の傍には誰もいない。何なら村人はもうほとんどが倒れていて、残っているのはスキロスの少年やアルアさんやあと数人だけだ。
一体誰が――
――と、ニキに視線を戻すと、何やら警戒しているような――殺気立ったような視線でどこかを見ている。
私の後ろ側を睨みつけている。
そして、静かに口を開き、一言零す。
「出てきやがった」
その言葉に私は――私達は強く反応する。
まさかとは思うけれど、彼女が出てきてしまったのだとしたら、それは好機と同時に危機だ。
隠してきたものが自分から出てきてしまったとなれば、それは十分な戦力になるが、反対に心臓が出てくることでもある。
この村の心臓のような存在。
生きる為の血を巡らす者。
皆を癒し、皆を活かす者。
彼女は歩いて来た。
震えていて、怯えた足取りで――けれど、精一杯の力強さを誇示して、戦火の中心へ飛び込んで来た。
黒髪を小さく結い、青の瞳を爛々と睨ませ、その白い手には立派な牛刀を携えている。
「……ナキ……!」
遅れて現れた英雄のように、彼女は戦線へと踏み込む。
「やっと来たか。お前がさっさと出てくれば、もう少し被害も減ったんじゃないか? だからお前は弱者なんだよ」
涙目の鬼は――美しき涙の姫は決して笑うことなくやって来た。
「そう――だから私は弱者なの」
次回にご期待下さい。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




