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Light in the rain   作者: 因美美果
第一章――1
3/77

『抱擁』(修繕中)

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 現在私達がいるのは、かの村から数十キロ離れた小さな林の中である。


 村を出た時点で日暮れであった為、竜の姿でナキを背に乗せ移動するも、程なくして目下の林に降り立つ。


「本当にどんな生き物にでもなれるんだね」


 ナキには『神の恩恵』について粗方説明済みではあるが、実際に能力を目の当たりにした彼女は思わず感嘆を漏らした。

 大なり小なり恐怖の念を抱かれるかと思っていただけに、その反応は少し意外だった。


「怖くはないの?」

「うん、素敵な力だよ」


 思い返せば、私がナキの前で初めて竜になった時も、彼女は驚きはしたものの怖がる様子はなかった。

 ナキにとっては未知の力のはずなのに、怯えずにいてくれるのは何より救われる。


 降り立った林は湖を囲うように形成されており、月を映す水面が非常に美しい。

 あの村もここまで木を採りに来れていたら少しは苦労せずに済んだかもしれないが、距離的に無理な話だろう。

 仮にここに移り住んだとしても木の量が少な過ぎて、彼らが持つ林業の技術を活かし切れない。

 財政が立て直される頃に村人の何人が欠けているかも分からない。


 何にせよ、今となってはいくら考えても詮無いことだ。


 今は迫り来る夜の凍えに耐え得る為、手頃な枯れ葉や枯れ枝を拾い集めて火の用意をする必要がある。

 それができたらすぐ様夕飯の用意だ。

 村で食糧を買い足すつもりでいたが、それも叶わなかったので手持ちの食材で間に合わせるしかない。


 簡単なスープとバケットが私達の初めての夕飯となった。

 二人の出会いを祝う晩餐にしては派手さに欠けるけれど、手を合わせてスープを啜るナキの笑顔を見て、悪くはないなと感じる。


「美味しい」

「本当? 良かった」


 静かな湖畔に焚き火の音だけがパチパチと転がる中で、味わったことのない胸の熱りを噛み締める。

 小さく立ち昇る火の奥で穏やかな顔を浮かべるナキと目が合った時、熱の正体が判明した。


「どうしたの?」


 じっと見つめ続ける私に、彼女は照れながら訊ねた。


「いや……何でもないよ」


 微笑みながら彼女から目を離し、再びスープを啜る。

 ナキも同じように笑って、それ以降は何も訊いてこなかった。


 夕飯を食べ終え、少し早いが就寝の準備をする。

 ただ、あの村には寝袋のような移動時に使える寝具が無かった為、私の寝袋をナキに使ってもらうことにした。


「本当に良いの? 私は地べたでも……」

「良いんだ。リュックを枕にすれば寝られるから」


 大丈夫と頻りに言っても、ナキは申し訳なさそうに折衷案を打診する。


「じゃあ、二人で使う? 狭いかもだけど詰めたら入れるよ」


 それができたら良いのだが、さすがに年頃の男の子が年頃の女の子とくっつき合いながら寝るのは、如何わしいと言うか、如何なものか。


 その上、今ナキは下着姿である。

 村人達がせっかくくれた服に皺を作りたくないから、寝る時はブラウスもスカートも脱いでいるのだ。


 下着とは言ってもブラジャーとパンティーみたいなゴリゴリのランジェリーではなく、綿製のタンクトップとショートパンツの寝やすい恰好というだけだ。

 とは言え、そんな服装の女体を横にぐっすりと寝られる自信もない。


 ナキの提案に「本当に大丈夫だから! 安心して! 何もしないから!」と、全力で断る。

 ナキも寂しそうな微笑みを浮かべながら「分かった。ありがとう」と、了承してくれた。


 焚き火を挟んで寝床を作り「おやすみ」と、目を瞑る。

 誰かに「おやすみ」なんて言うのは、果たしてどれくらい振りだっただろう。



   〇   



 私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。


 それは私の歳が四つの時のものである。


 私はその日、街の子ども達の仲間に入れてもらおうと、勇気を振り絞って遊びに出かけた。

 いつも遠くから眺めているだけで声を掛けられずにいたが、今日こそはと意を決して踏み出したのである。


 この日の為に様々なパターンでの話し掛け方を構築し、考え得る全てのルートで成功に漕ぎ着けられる会話術を独自に編み出したのだ。

 これに関しては人に教えて回りたいくらいに完成された話術であるが、教えて回る相手がいないのでその為にも一刻も早く友達を作る必要があった。


 結論から言えば、私は仲間に入れてはもらえなかった。


 その日の前日に気合を入れて散髪をしたことが全ての原因だ。

 街の床屋で「格好良くしてください」とオーダーすると、美容師のおじちゃんは「ませてんなあ」と朗らかに笑って請け負ってくれた。


 おじちゃんが何を思ったのかは知らないが、気付いたら見事なおかっぱに仕上がっていた。

 全方向から確かめたが、どうしたって見紛うことなき明らかなおかっぱである。

 おじちゃんの子どもの頃はおかっぱが流行ったのかもしれないが、今のトレンドはそんなものとっくに置いてけぼりにしている。


 家に帰って母に見せると「可愛い可愛い」と豪く喜んだが、私の気持ちは一向に晴れない。

 格好良くなりたかったのに。


 結局、街の広場に私が現れるなり、子ども達は「おかっぱだ」「やば」と笑い始めた。

 ウケてると勝手に手応えでも感じられる人格なら良かったのだが、そう上手く行かないのが私である。


 私が編み出した会話術にこのパターンは無く、そのまま一言も発するができずに固まる。

 子ども達が笑いながら去って行った後も私はそこに立ち竦んでいた。


 次に動いたのは日暮れになってからである。

 ようやく動き出した私は、意気消沈して覚束ない足取りでゆらゆらと帰路に就いた。


 母に泣き着きたい思いを抱えて私が家の前まで辿り着いた時、中から赤ん坊の泣き声が響いてくる。


 それを聞いた途端、先程までの甘えたい気持ちが恥ずかしくなり、気丈に振る舞おうと頬を叩いた。


 玄関を開くと、まだ生まれたばかりの弟を母があやしている声が聞こえる。

 リビングへ向かうと、私に気付いた母が「おかえり」と、優しく微笑んだ。


「楽しかった?」


 母の問いに一瞬たじろいでしまう。


 こんなことなら母にはどこに行くとも何をしに行くとも伝えずに、黙って出掛ければ良かったと心底後悔した。

 何とか笑顔を作り、できるだけ明るい声色で答える。


「うん、楽しかったよ。かくれんぼとか、鬼ごっことか、あとは、えっと」


 自然な笑顔などどうでも良かった。

 声の震えなど気にする余裕も無かった。

 聞いたことのある遊びを羅列するだけで精一杯だった。


 けれど、何よりも母に心配を掛けたくなかった。

 まだ兄だとも思われていないだろうけれど、弟の前でみっともない姿を見せたくなかった。


「そっか」


 私の話を聞き終えた母は切なげに微笑むと、隣の部屋へ行き弟をベッドに寝かせた。

 私は手を洗ってテーブルに就く。

 戻ってきた母と二人きりになり、しばらく沈黙が続く。

 向かいの席に座る母は頬杖を突いて私をじっと見つめる。


「何があったの?」


 やがて温かな声でそう言う母に、強がることなど私にはできなかった。

 母には全てお見通しだったのだ。


 私は今日の出来事を全て母に話した。

 話している内に酷く大きな悲しみが舞い戻ってくる。


 ぽろぽろと涙を流して椅子から下り、母の方へよろよろと歩み寄る。

 母は膝を着いて私を胸の中に抱き入れて優しく何度も頭を撫でた。


「悔しかったらやり返して良いんだよ。フィンは悪いことなんてしないし、悪い子なんかじゃないんだから。お母さんは分かってるよ。だから、ずっとフィンの味方だからね」


 優しい目で私を見つめ、頬に小さくキスをする。

 私はただただ泣いて、いつしか眠りに落ちていた。


 あの温度を私は今も忘れていない。



   〇



 竜の姿で飛行し続けて幾日が過ぎた。

 途中で町村に立ち寄ったり野宿をしたりと、少しずつ北へ北へと歩みを進める。

 北を目指す理由は特に無い。


 この数日間でナキについて色々と知ることができた。


 彼女は決して体が強いわけではない。

 細い体を見れば分かる通り、体力も膂力もはっきり言って並以下である。


 特に日差しに弱く、上空を飛んで移動している最中に具合が悪くなることもしばしばだ。

 そうした時は外套を頭から羽織って直射を避ければ大抵良くなる。

 本人も対処が早いので恐らく生まれつきのものなのだろう。

 それに私がとやかく詮索することもしない。


 しばらく歩いていると、ようやく目的の街が見えてきた。

 森に囲われた神殿跡地に造られ、強固な壁に守られた街。その名を『フルリオ』という。


 門の前で用件の問答、名簿に記名、通行金の支払いを済ませる。

 その際荷物検査も行われたが、当然何の問題もなく通行する。

 荷物検査とはいえ、中には傭兵や遠征隊などもいる為、武器の類は特に規制の範疇ではない。


 そもそもフルリオは世界最大級の商業都市である。

 武器商人などの売上も高く見込めるこの街で、兵器が取り締まれるわけがない。


「おい、こいつを捕らえろ」


 その時、私達の次に荷物検査を受けた商人らしき男が関門の兵士達に連れて行かれた。

 武器はお咎めなしとは言え、荷物検査をするからには取り締まらなければならないものも存在する。

 背後の男の麻袋から出てきたのは、いくつもの小さな袋に分けて詰められた白い粉であった。


 このように、違法薬物や禁書といった国際的に禁止されているものは見過ごされることはない。

 さすがの商業都市であっても売り捌けないものがあるということだ。


「何だか可哀想だね」


 ナキは連れて行かれた男の青ざめた顔を見ながら、気の毒そうに零した。

 禁止薬物に手を出す本人の自業自得ではあるが、裏稼業でしか食い扶持を得られないのは確かに可哀想にも思える。


 関門を抜けると、広々とした大通りを埋め尽くす人々と威勢の良い喧騒で満ちた光景が現れた。


 聞いていた通り、とても盛んに栄えて賑わっていた。

 食料品や金物、学問書から衣服に至るまで、ありとあらゆるものが揃っている。

 さすがは世界でも有数の巨大市場、半端ではない規模と豊富さだ。


 手始めに我々は魔法専門店と金物屋に立ち寄る。


 魔法専門店ではナキが使うスティックを買う為だ。

 魔力操作が精密で強力になるステッキでも良かったのだが、片手が常に塞がらないスティックの方が小さくて扱いやすい。

 なので、その中でもなるべく良い物を購入したつもりだが、使い勝手はどうだろうか。

 私はあまり魔法に関して詳しくない。


「ありがとう。大事にするよ」


 掘り当てられた源泉のように溢れ零れる彼女の満面の笑みは、私だけでなく周囲にいた見知らぬ人々の心までも優しく蕩けさせた。

 その笑顔が見れたのなら、礼なんて貰った日にはお釣りが出てしまう。


 次に向かった金物屋では私とナキが使う刃物を買った。

 私はいわゆる東洋の刀剣である太刀をすぐに選んで購入したのだが、ナキが使うものを選ぶのはかなり苦戦してしまった。


 彼女の人並み以下の膂力では武器を振ることは疎か、持ち上げるのにも一苦労する。

 正直彼女に武器を買うのはあくまで護身用であり、通常は魔法での戦闘を想定している。

 なので切れ味やら威力やらは二の次にし、とにかく軽くて使いやすいサーベルを買った。


 剣の振り方はまた後々教えていくとしよう。


 目的のものはひとまず購入することができたし、後は適当に観光でもしようかな。


「宿を取ったらお昼ご飯にしようか。そんで、街を見て回ろうか」

「うん、お腹空いてきちゃった」


 ナキは一般的に細身と認識される体型だが、実はかなりの大食らいである。

 一度手が滑って一袋分の塩を鍋にぶち込んでしまい、分量を合わせる為に水増しし、結果的に大量のポトフを作ってしまったことがある。

 私は余らせる覚悟でいたのだが、ナキはそれを全て平らげたのだ。

 なんならまだ胃袋に余裕のある顔だった。


 私は感嘆すると同時に、何口目かも分からないポトフを一口目と変わらない笑顔で頬張る彼女に涙しそうになった。

 こんなにも食べることが好きなのに今まで飢えと戦い続け、その上他人の腹拵えの為にその身を売ろうとしていたのだから。


「さて、何食べよう」


 宿に荷物を預け、再び街に繰り出す。

 部屋はツインベッドタイプの一部屋で最低限の節約をした。

 思えばあの村を出てからはずっと野宿が続いていた為、やっと真面な布団にナキを寝かせてあげられる。


「ごめんね。一緒の部屋になってしまって。資金も限られているから」




 私はナキにそう言った。

 ナキは黙って首を振り、窓の外を眺めていた。


 どうしたのか。酷くぼーっとしている。


「どうかした?」私はそう訊いた。


 彼女はこちらを見ずに答える。「……森の方が、騒めいている。何だか、怖い……」


「え……?」


 私はナキが見ている森の方を、窓から身を乗り出して確認してみた。が、何ともないように思える。夕日が綺麗だが。


「何か見えるのかい」と、私は彼女に訊いたが「……分からないけれど、何か敵意のような」


 敵意? それは大変じゃないのか。だとしたら――


 私は部屋から出て、下の階のエントランスのカウンターの女性に話の訊いた。


「すみません。あの、ここら一帯の地域で敵対勢力みたいのが目撃されてたりしていませんか?」


 女性はきょとんとして「いえ、そのようなことはここ数十年起こっていません。以前起こった暴動は三十年前ですし」と、答えた。


「その前回起きた暴動は、街の中でですか、それとも外部とのものですか?」

「外部とのものです。オークの賊の者達が奇襲をかけてきまして。酷い惨事だったようです」


 オーク――か。


「なるほど、分かりました。わざわざありがとうございます」私は礼を言い、その場を去った。


 私は再び部屋に戻り、ナキは窓の外を眺めたままだった。「ナキ、少し良い?」

 彼女はこちらをゆっくりと向いた。


「今夜、この街に奇襲が来る」


 意を決して私は言った。今度はちゃんと、守れるように。


「作戦内容を説明する。君にもどうか協力してほしい」



   〇



 夜も更けり、私は眠くて仕方がなかったがこの街を守るため、民家の屋根の上に待機していた。知らない人の家の屋根の上である。会ったこともない人の家である。


「どういうこと?」


 ナキは私に訊いてきた。当然である。


「何が来るの?」

「オークの賊達だ。そして、これは奴らからの奇襲であり、復讐でもある。奴らは今、すぐそこまで迫ってきている」

「オーク? それに何でそんなことが分かるの?」

「それを教えてくれたのは君だよ。君の感じた怖さの正体は恐らくそれだろう」


 オーク。容姿は猪と人間の遺伝子を組み合わせられたようなもので、寿命は五十年から六十年程である。ほとんどのオークは山や森の中で小さな群れを成して、畑や狩りをして生計を立てている。他の種族との関わりを余り持たず、孤立して暮らしている。生態的にはどちらかというと猪寄りである。そして、近年ではオークの他の種族への暴動や、犯罪行為が目立ってきている。


 これらのことから今回の結論に繋げるのは、少し無理があるかもしれないけれど、これが一番可能性が高い。


 三十年前にこの街で起きた暴動、大半のオークは捕まり、その内のほとんどが十から四十代のオークだった。目的はこの街の資源の奪取、及び街の支配。そして、中には捕まらずに逃げきったオークもいるらしく、彼らは以前は近くの森を住処にしていたのを、遠くの山へと移した。


 前回の暴動に参加し、逃げ延びたオークの三十から四十代のオークは亡くなっているとしても、十代から二十代のオークは生きている者がいるはず。そして、そいつらがまたも新たなオークを引き連れてこの街を襲おうと企てているとしたら。復讐をしようとしているのだとしたら。


 三十年振りの復讐が起こってしまう。今この街の警戒態勢はあまり高くない。奇襲などを受けてしまえば、簡単に街への侵入を許してしまうだろう。


 勿論、敵意の正体がオークだとも限らないし、ナキの感じるものが単に勘違いかもしれない。今こうして、赤の他人の家の屋根の上で見張っていることが、杞憂で終わることだってあるのだ。その時は私同様起きているナキには申し訳ないけれど、それでも何もないならそれに越したことはないのだから。


 その時、南門の警鐘が鳴らされた。


「向こうか。三十年前と同じとはいかないし、ましてや杞憂ともならなかったか」


 私は東門の近くで待機していたが、当てが外れたようだ。

 三十年前の暴動では、奴らの住処があった東門から襲撃が起きたという。

 もしかしたら、住処の跡地に滞在してそのまま来るかとも思ったのだが。何よりも、ナキが敵意を感じたのが東からだったから、そうかとも思ったのだが。恐らく奴らは日暮れまで住処の跡地で待機して、夜になったら南門まで移動したのだろう。ご苦労なことだ。


「私は何をすれば良いの?」

「ナキにはここで待っていてほしい」

「……それだけ?」


 彼女は不安気に私の顔を覗き込んだ。


「ああ、それだけ。協力とは言ったけれど、ここで動かずにいてほしいんだ。今回は僕一人に任せてほしい」


 ナキを戦闘に巻き込んでもしものことがあれば、私は確実に怒り狂う。終いには街の人まで殺してしまうかもしれない。八つ当たりはしたくない。そうならない為にも、私一人でこの街を守ってみせたいのだ。


 私は南門へと全速力で移動した。


「残念だったな。ここにはありとあらゆる生き物がいて、それら全てが君らの敵だ」


 その時、満ちた月に一瞬兎が映ったという。



   〇   



 オークは既に門を破り、街の中へと侵入していた。街はまだ明るく、飲み屋などはまだまだ開いていたが、先の警鐘を受けて逃げ惑う人ばかりだった。家々を襲い、街の人を殺さずに生け捕りにしている。戦闘を避ける為の交渉材料にするつもりだろう。


 そんなオークの前に小さな兎が現れた。赤い目をした実に可愛らしい白兎である。


 何ぞやとオーク達は近づいた。するとその兎は勢いよく一人のオークの腹に飛び込み、すぐに離れた。そのオークはその場に倒れ込み、他のオーク達が近づき確認すると、彼は既に死んでいて腹には鋭利な刃物で抉られたらしい傷がはっきりとあった。


「ひっ……! まさかさっきのって……」


 オーク達が死体に集まっている間に、兎は彼らの背後に回っていた。これが敗着だった――否。敗着自体はとっくに着いていたのだろう。浮き彫りになったのが今であっただけだ。


 兎は二人のオークの間に割り込み、彼らの脇腹を切りつけた。もう二人やられて、オーク達はやっと気づいたらしい。


「……刃兎はとか……」


 如何にも。


 刃兎とは、主に森の中で生息する、腕に鋭利な刃を生やした兎である。その刃は元々硬い皮膚であり、削ると鋭い刃物になる。刃兎自体は温厚でこちらから何もしなければ襲ってはこない。


 では何故その刃兎は街の中にいて、自らオーク達を襲ったのか――その正体が実は私だからである。読者諸賢は驚き過ぎて顎が外れた挙句、膝から崩れ落ちたことだろう。何よりこの愛らしさに。


 ただ、バレてしまうとこの体の弱点を突かれてしまうので、私はひとまず建物の角に逃げ込んだ。一時撤退である。


 オーク達はまんまと追いかけてきたが、角を曲がると待っていたのは刃兎ではなく、巨大な犀であった。その名を巨犀きょさいという。工夫がないのはご愛嬌。


 怯えたオークは槍を投げつけてくるが、硬く覆われた皮膚がそんなものを通すはずがない。私はオーク達に構わず猛突進を仕掛けた。小回りがあまり利かないので、折り返しが面倒。犀も猪も、直進しか頭にないのは同じなのかもしれない。しかし、向こうも逃げ回るだけでは終わらない。鎧のない目玉を狙ってきている。的が大きく、機敏な動きが取れない為、これも長く戦うのには向いていないようだ。疲れてきちゃったし。


 私は突進してそのまま建物の影に隠れた。曲がるのが少し億劫だ。オーク達も今度は近づかず警戒していた。


 仕方がないので今度は私から出てきた。

 オークは私を見るなり武器を捨てて逃げて行った。悲鳴が重なり合い、もはや大合唱のようである。

 私がなったのは、いわゆる海竜かいりゅうである。陸での活動も可能だ。逃げ遅れた人を潰したり、轢かないように気をつけるのが大変だった。

 ただ、手足がいくつか生えたとても細長い蛇のような体なので、街路の間を蟻の巣のように抜けていき、オーク達を一つの場所まで誘い込むことに成功した。オーク達が逃げ込んだのは単純な行き止まりで、私は壁となっている建物の方から頭を出した。道に出る為の反対側は、海竜の何ものも弾く硬い鱗の体の壁があり、所狭しと逃げ込み押し合うオーク達は皆、許しを懇願していた。壁となっている家を破壊し、中に逃げることもできただろうが、そんなことも思いつかない程混乱しているのか。尤も、そんなことをすれば嚙み千切ってしまうが。


 しばらくして、街の人の避難が完了し、街の護衛兵が集まってきたので、私は姿を人間に変え、震えるオーク達の前へ出た。


「直にここには兵士達が駆けつけ、お前達を捕まえに来るだろう。それは然るべき処置であり、お前達はそれ相応のことをした。それ相応のことを繰り返した」


 オーク達は私のことをただ呆然と見ている。


「何故お前達は繰り返す。どの街とも関わらず、慎ましく暮らしていれば良いだろうに。なのに、お前達は誤った。故に、謝って済む問題ではなくなった。過去の暴動は終わらぬ闘争となり、過ぎた問題は消えぬ犯罪となった。しかし、お前達にも不満があったのだろう。不満が募れば暴動になる。暴動は闘争となり、闘争とはすなわち戦争である。戦争が起きれば誰かは死ぬ。必ず死ぬ。私も先程、何人か殺めた。しかし、戦争はいつか終わる。終結すれば安寧がもたらされる。ただ、その安寧も仮初のもの。それが後に新たな火種を生むのか、はたまた本物の和解を生むのか。それは残された者次第。だから――」


 私は威厳を持って、強く言った。


「――もう誤らないでほしい。誤ったことに今、気づいてほしい。継いでいく者達に美しい街と関係を今、築いてやってほしい。どうか――武運を」


 そう言い残して、私はその場を去った。


 宿に帰るとナキは安心したような笑顔の上に涙を浮かべていた。


「良かったあ」と、気の抜けた声を出して私の手を強く握った。


「ごめん、心配させたね。でも、傷一つ無いから。大丈夫だよ」

「うん、本当に良かった。じゃあ、ちゃんと街は守れたの?」


 私は頷く。


「そっか、じゃあ街の人皆、マスカットさん達を守れたんだね。嬉しい……」


 彼女はそのまま私の胸に顔を蹲らせた。よく見ると眠っていた。きっと眠気と戦いながら、ずっと私を待っていてくれたのだ。


 こうして夜は明け、街は守られた。私達は日が昇るのを見ながら眠りに就いた。



   〇   



 翌日の昼頃に私達は目覚め、宿を出た。


 宿で鍵を返す際「本当にありがとうございました」とカウンターの女性が言ってきたので、初めは「一晩泊まっただけなのに。そんなに礼を言うこともないだろう」と思っていたが、宿を出るとその礼の真意がはっきりした。


 我々が宿の扉を開くと、大勢の人々が待っていた。何故こんな事態にと混乱していたが、街の人達が私のことを見て、恩人だの格好良いだの変態だの言っているのを聞くところから察するに、どうやら昨日のオーク達の暴動を沈めたのが私だとバレているようだった。えっ、変態?


 別段隠すようなことでもないのだけれど、あまり目立つのは憚りたいところ。しかしまあ、気づかれてしまっては後の祭り。今は存分に英雄気分に浸ろうではないか。あくまでもどきに変わりはないが。


 とは言っても、私達はすぐに次の場所に向かわねばならないので、街を出るまでの間である。道を行くと人垣が出き、私はぎこちなく手を振った。

 ふと街の人達の方を見やると、私はマスカットさんを見つけた。彼女は手を振っているかと思いきや投げキッスをしてきた。さすがに私は受け取れなかったので、代わりにナキに流したつもりだ。その時、彼女は少し震えてこちらを見た。い、いや、僕のせいじゃないよ?


 街の門の前まで来て、私は振り返り頭を深く下げた。ここにはまた来たいな。


 私達は街を出て、前へ進んだ。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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