表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Light in the rain   作者: 因美美果
第四章――3
29/77

『絶句』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 竜の箱庭が襲われたとか、虐殺をして神狩りをするとか、不吉な笑みと不気味な人格が気に障ったとか言う以前に、オールの愛したアンドレイアを殺したという事実がまず許せなかった。

 何も知らない――何も関係ないエピシミアが、私怨たらたらの手前勝手な行動を取ったことが、何よりも許せなかった。


 お前さえ来なければ、誰も悲しむことはなかった。

 誰も疑われることはなかった。

 運の無かった奴隷達だって、無駄に殺されることはなかった。


 そして――彼はオールを泣かせたのだ。

 オールの気も知らず、オールの想いを潰した。何故、お前なんかにそんなことをされねばならない。ふざけるな。


 苦しんでいるオールの表情をお前は見たことがあるのか?

 いかっているオールの表情をお前は見たことがあるのか?

 泣いているオールの表情をお前は見たことがあるのか?

 泣き止んだオールの表情をお前は見たことがあるのか?


 無いだろう、無いだろうな。当たり前だ。見せてやるものか。私達の輪の中に、お前のような下衆げすを極めた人間を入れて堪るか。


 ああ――そうか。私は怒っているんだ。

 今までで無いくらいに、怒りに体が震えている。血管が千切れるような痛みと、身が焼けるような熱さが、心の底から噴き出るような怒りを生む。


 静かに――鋭く――熱く――目から光線でも放っているが如く、私の目玉は今にも乾きそうだ。


 全部お前のせいじゃないか。

 自分でもそれを分かっているんだろう。

 誰よりも一番苦しむ感情を理解しているんだろう。

 誰よりも一番苦しむ顔を見てきたんだろう。


 なのに――何でそんなに笑っていられるんだ。


 解せない――命の価値が解らないのだろうか。

 解せない――他人の不幸が解らないのだろうか。

 解せない――自分も殺されるかもしれないと解らないのだろうか。


 全部、全部、解せない。


「さあ――やろうか」


 フィン・アーク・アイオーニオン――推して参る。


 鞘から抜き出した白刃を煌めかせ、向かいに佇むエピシミアへ構える。

 この刃も虚竜の鱗で作り上げられた業物。さっき死体を斬った時は咄嗟のことだったので、斬れ味がどうとかはあまり気にかけていなかったけれど、今度はしっかりと味わおう。


 剣を一振りし、空虚を斬る。

 私は地を破る勢いで、駆け出した。


 高く跳び上がって近づき、剣を振り下ろす。それに対し、エピシミアはサーベルを逆手持ちで受け止めた。

 刀身の長いサーベルでそんな洒落た持ち方を選ぶとは、頭が悪いのか、もしくはそれ程彼の腕が立つのか。


 私はそこで怯まず、まして手は緩めず、追撃を図った。


 しかし、向こうも手練れ。私の第二の攻撃をするりと躱し、私の左の脇へ回った。そのまま右肘で背中をどつき、バランスを崩しに来る。

 やば、油断した。


 私を退けたエピシミアは、遅れて後ろから駆けて来ているサギニさんにターゲットを変える。


 私は硬く冷えた岩の地面に転び倒れ、顎を打った。

 起き上がりつつ振り返ると、既にエピシミアはサギニさんに攻撃を仕掛けていた。サーベルをサギニさんに向けるが、彼女は右腕の竜の鱗でしっかりと防御している。


 私はすかさず無防備なエピシミアの背中に突撃する。

 直前で気づいた彼は、真横に避けて私の攻撃を再度躱す。


 恐らく自分が避けることで私がサギニさんを刺し違えることを期待したのだろうが、私とてそこまで甘くはない。横に足を切り替えし、エピシミアの背中をしつこく追う。


「ちっ。しつけえな」


 口に出さずとも理解している。お前にどう思われようと、どうということはない。嫌がっているのならむしろ万々歳だ。


 彼は左手に杖を持ち、駆けながら魔法を放つ。

 背後を追いかける私は、当然彼からは死角なので見えないはずなのだけれど、あたかも背中にも目玉がついているが如く、彼の魔法で生み出された雷は私の心臓目掛けて飛んで来た。


 私は避けずに、竜人になり、闇の霧で雷を消した。

 考えなしに避ければ、後ろのサギニさんが怪我をするかもしれない。そんな柔な人ではないだろうけれど、念の為にも私で処理できるものは処理しておきたい。


 私は竜人のまま、エピシミアを追いかける。できればこの能力は彼に見せずに終わらせたかったが、よく考えてみれば、私がサラマンダーになった時もこいつに見られている。

 それに、エピシミアが自身の犯行を晒したのは、決着が着いてしまえば関係なくなるから。

 故に私の能力がここでバレてしまっても、私が奴を殺せば関係なくなるのだ。

 ――勝てば良いのだ。


「おっ、何だその姿。まるで竜人だ」


 そりゃそうだ。正に竜人なのだから。


「ふーん」と、走りながら考えを巡らせているらしく、エピシミアは顎に手を当てた。

 くそ、結構ふざけた走り方をしている癖に、私と同じくらいの速度なのが苛つく。

 もしかして、余裕なのか?


 いや、余裕なのだとしたら、何故最初から本気を出さない。


 よくフィクションの作品で「とっておきは最後まで隠して、ここぞという時に使うのさ」などと気取っている輩が登場するが、私はそれを見る度に「阿呆か」と思う。

 そんな勿体振ってうだうだ戦闘を長引かせるよりも、初手で決めてしまった方が良いだろうに。


 私は演出家でもなければ、小説家でもない。

 物語の盛り上がりを無視する男だ。

 私のような思考はそういった嗜好しこうをお持ちの読者からすると、無粋極まりないのかもしれないけれど、こちらは現実を生きている。

 本は好きだが、現実と仮想は区別しているつもりだ。いちいち盛り上がりを気にしていては、もっと大事なものを見失ってしまう――最も大事なものを失ってしまう。


 と、そんな話は今関係ないのだ。

 考えていたのは、エピシミアが本来の全力を出さず、未だに力を隠しているかもしれないという話だ。

 真相は分かり兼ねるが、隠しているのならば好都合。出されぬ内に潰してしまおう。出る杭を打つのではなく、杭が出てくる前に土台を破壊してしまうのだ。


 すると、エピシミアは急に振り返り、その表情は妖怪さながらの不気味な笑顔だった。随分と死んだ笑みだ。


「決ーめた。お前も奴隷にする」


 きしきしと笑いながら、私の鼻の先を指差した。

 全く甘く見られたものだ。私とて、そんな柔ではない。私が死ぬ頃には、お前は先に死んで数十年経っているだろう。


 彼はサーベルを私の喉元へレイピアのように突きつけてきた。

 軽く躱してみせても、すぐに第二の攻撃がやって来て、それを躱すと第三の攻撃がやって来てと、エピシミアは無限に攻撃するばかり、私は無限に避けるばかり。不利なのはどう見ても私だ。


 しかし、そんなことはどうでも良い。

 私は今一人で戦っている訳ではない。エピシミアの攻撃が私に向き続けている以上、サギニさんはノーマークかつ自由に動ける。

 私を奴隷にするのはお前の実力次第だけれど、今いる敵は私だけではないのだ。


 私の背後で構えていたサギニさんは、私の頭を飛び越える程のジャンプを見せ、真上からエピシミアを討ちに行った。

 踵を振り上げ、エピシミアの脳天を狙う。

 彼は一瞬だが、それに気を取られた。その一瞬が命取りだった。


 エピシミアの意識がサギニさんへ移った瞬間を見極め、私は彼の背後へ回り込み、後ろから羽交い締めにした。

 身動きも取れず、抵抗もままならない彼はじたばたと暴れる時間も与えられずに、サギニさんの渾身の踵落としを喰らう結果となった。

 その衝撃は彼の全身を伝い、私の方まで飛んできて、その破壊力を思い知らせた。


 恐らく頭蓋骨が割れたようで、エピシミアは正に鬼の形相だった。痛みに悶えながら、彼はそれでも抵抗した。私の腕を振りほどき、よろけながら脱け出す。

 視界も確かではないだろうし、丸めた紙屑のように歪んだ表情は一層青白くなっていた。


 着地を決めて私の横に降り立ったサギニさんは、冷たい地面にその細長い足を着けた。


 と、私は違和感を覚える。


 ――? 何故、サギニさんの足――踵には血の一つもついていないのだろうか。どうでも良いことかもしれないが、一旦気づくと止まらなくなる。

 骨まで割る蹴りをして、エピシミアの頭皮が無事なはずがない。皮膚も裂けて血が溢れても、それが普通な気がする。

 それが普通とは恐ろしいが、それくらいの威力だったので、普通は普通だ。


 しかし、彼の頭は出血などしておらず、彼女の足には血痕の一つもない。


 単純に、奴の皮が厚かったということなのか……?


 と、私が深く思考していると、サギニさんが話しかけてきた。


「フィンさん。少しよろしいでしょうか」

「何でしょう」


 すると、余裕の笑みで彼女はこちらを向いた。相変わらず大人っぽい、色気のある微笑だ。


「こんなことを今話すのは、慢心している表れなのかもしれないのですが、敢えて言わせて下さい」

「構いませんよ」

「私はオール様に謝りたい」


 彼女はそう言った。悲しみの表情で――悔いた表情で。


「私達はオール様に有らぬ疑いをかけていました。それは真実を知らなかったでは済まされないこと――一時は殺めようとまで考えたのだから。許してもらえずとも、自己満足でも、私はただただ謝りたい。この頭をオール様の前で下げたい。でなければ、私はこの先の生涯を砂を噛み締めるような思いでいることになる気がして……結局は自己中心的な考えなんですけれど」

「…………いえ、そんなことないです」


 皆、罪悪感がしっかりと残っているのだ。オールに対して、こうして戦っている最中でも、思い悩んでいるのだ。

 私はその事実を、何よりも嬉しく思う。


「……聞けて良かった。けれど、何故わざわざそれを?」


 サギニさんは照れ臭そうな顔で、頭を小さく掻いた。


「一種の決意表明のようなものです。このことを念頭に置き、必ずや生きてオール様の元へ帰り、竜人の村長として土下座をするのだと、口にして自らに誓っているのです」

「…………」


 土下座をするんだ。

 そんなことをさらっと言わないで欲しいが。


 けれど、やはりその気持ちは嬉しい。オールのことをどこかで皆が想ってくれているのだ。それは私への活力にもなる。


 そんなことを語り合っていると、再びこちらへ向き直ったエピシミアは呻き声を上げながら、杖を仕舞い、ふらふらとサーベルを構えた。

 まあ、もう一撃喰らわせたら倒せるだろう。向こうも生まれた時は人間だ。脊髄が千切れれば、脳が溶ければ、心臓が破裂すれば、いずれかをすれば死ぬに違いない。


 ピエロのような足取りで、狂ったようにサーベルを振るうエピシミアは、怒りと焦りが混ざったような顔をしていた。

 ――いや、瞳は枯れて涙は流れる様子はないので、どちらかといえばクラウンか。

 何にしても、彼は道化師ではない。

 醜悪な死体操作者だ。傀儡かいらいの糸をる人形師だ。滑稽なのには変わりないが。


「糞が。俺の計画はこんな所では、終わらない……てめえらも俺の奴隷に……」


 声は言葉も聞き取れない程、酷く縮こまったものになり、先程までの嫌な笑いは無くなっていた。向こうも大分余裕が無くなってきているらしい。

 このまま行けば、奴はろくに動けずに戦うことになる。魔法で補助してくるかもしれないが、果たしてどれ程保つのか――逆に見ものだ。


「俺は、こんな……負けねえ……一度だって負けたことはないんだ……うるさい奴ら全員殺して、綺麗な奴らは全員汚して、欲しい奴らは全員買った。俺が右を指せば誰もがそっちへ向かっていく。俺が親指を下に向ければ目の前の奴は居なくなった。全部思い通りなんだよ、この世界は……全部俺が操っているんだよ、この世界は……全部奴隷で――傀儡なんだよお!」


 小うるさく喚いて……見るに堪えない。

 見るに値しない。


 全部俺が操っている――そんな訳ないだろう。全然お前の思い通りになっていないことが、今お前の目の前にあるだろうが。


「誰でも最初は抗うんだよ。だが、負けた方が最後に言うことを聞くんだ。勝った方があるじで、負けた方がしもべだ。でもお前は後者ですらない。僕らはお前が要らないからね」

「みっともなく、そのまま野垂れ死ねば良いけれど、そんな温いことはしないわ。一瞬で死になさい。一刻も早くそのけがれた面を水底に沈めてしまいたいのでね」


 エピシミアは息を切らしながら、目が回った牛のようにどたどたと駆けてきた。

 私達は止めを刺し、この忌まわしい戦いを終結させに行った。

 同時に駆け出した私とサギニさんだが、私の方が気持ち速かった気がする。当然といえば当然だ。

 私はこれでも八年間真面目に鍛えてきた兵士(のなり損ない)で、かつ今は筋肉が発達しまくった竜人である。これで私の方が遅かったら、軽くショックだ。


 ――そう、私の方が速い。

 故に私の方が先にエピシミアとぶつかるのだ――ぶつかるはずだ。


 ――なのに、サギニさんは私の前を走っていて、エピシミアに真っ直ぐ駆けている。

 私の方が遅い訳ではない。

 いや、確かに今は私の方が遅いのだけれど、お互い全力を出したら私の方が速いはず。

 自信過剰かもしれないが、それだけ私は自身の力を自負しているし、理解しているつもりだ。

 まして、わざと力を抜くようなこともない。そんなことは意味がないからだ。


 ならば、どうして私よりサギニさんの方が先を走っているのか。

 悩む必要はない――私が無意識に力を抜いてしまっているだけだからだ。

 わざとでなくとも――無意識に。


 本当ならばそんなことはあり得ない。

 取るべき行動としてあってはならない。

 この島を苦しめる者であり、愛すべきオールを苦しめる者であるエピシミアに対し、手を抜くことなどあってはならない。

 しかし、私はそこで力を抜かざるを得なかった。


 ある疑念が私の動きにセーブをかけたから――無意識に私の動きにブレーキをかけたから。


 果たして、これは本当にチャンスなのだろうか。


 先程も懸念していたように、エピシミアはまだ余裕なのではないのだろうか。こんな虐殺を淡々と実行する男が、最後の最後でこんな苦しそうに呻きを上げるだろうか。


 これは私の勝手な思い込みかもしれないが、こいつなら死ぬ間際でもけたけたと嘲るように、へどろのような高笑いを上げそうなものである。

 それが今はこんなにも弱って、まるで家族を人質に取られたかのように焦っている。まるで居場所が失くなるかのようにこんなにも怯えている。


 今更死ぬことに恐怖を感じてしまったかのような――あり得るだろうか。


 ――否。あるはずがない。

 こんな狂者のような――死者のような男にそんな人間のような感情が芽生えるはずがない。

 気味が悪いくらいに不自然だ。


 では、何であれば自然だと言うのだろうか。何であればエピシミアらしいのだろうか。

 考えたくもないが、不幸なのか幸いなのか、答えは一瞬で見つかった。


 エピシミアは既に――


「サギニさん、待って――」


 ――彼女は私の言葉で止まりはせず、ただただ目の前のエピシミアへ立ち向かった。

 そして、一本の槍のような拳を素早くエピシミアの心臓に撃ち込んだ。棒立ちになったエピシミアの胸部に、綺麗に拳の形の風穴が開いた。


「あ…………あ、あああ……ああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――!」


 彼の肉片はまるでブロックのように飛び散った。無機質なまでの肉片は、もう何年も前に血が通っていないくらい、赤黒く染まっている。

 痛烈な表情で、歪み切った顔面で、エピシミアは嘆きの限りを叫び続けた。

 ――そう、叫び続けた。

 いつまでも、いつまでも――叫び止まなかった。


 心臓を貫かれて尚声は鳴り止まず――倒れることなく。


 これは、やはり――


「ああああああああああはああはあああああははああははあははあははあはははははははあはははははははははああはははあはははははあははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――」


 痛みの悲鳴はいつの間にか腹の底から溢れ出る笑声に変わっていた。


「何故……血が出ない……?」


 サギニさんも気づいたらしい。

 自身の拳が一切汚れていない・・・・・・ことに。

 人体を貫いて、血肉を吹き飛ばしたサギニさんの手が血の一滴もつかないなんてことはあり得ない。

 ――ただ一つの事実を除いて。


「サギニさん、離れて!」


 とにかくサギニさんをエピシミアから離れさせなければ――形勢は既に逆転している。

 早く二人に追いついて、彼女を助け出さなければ――私は何の為にここに居るんだ。


 私の言葉にやっと耳を傾けたサギニさんはこちらへ振り向いた。

 それが敗着だった。

 ――否。これは決して敗着などではない。敗着は既にあったのだ。

 サギニさんがエピシミアに踵落としをしたその時に、私は気づくべきだった。


 エピシミアは既に――死んでいるのだと。


 ざく――と、肉を貫き裂く音が小気味良く響く。

 後ろから二人を追いかけていた私からは、サギニさんの背中からエピシミアの血塗れのサーベルの刃が顔を出しているだけしか見えなかった。

 それだけで――全てを理解してしまった。


 サギニさんの腹部から入ったサーベルは、彼女を容易く貫いた。

 エピシミアはサーベルを抜き、嗤い声を絶やさず再度サギニさんを突き刺そうとする。


 ――私はまた間に合わなかった。


 今度は彼女胸元から貫かれたようで、両翼の間の肉に穴が空いた。


 結局私が間に合ったのはサギニさんが二度刺された後、計二つの穴を空けられた後だった。

 またも刃を引き抜き、彼は容赦なく三つ目の穴を作ろうとする。


 そこまでは私が許さなかった。


 やっと追いついた私はエピシミアの腹部に飛び蹴りを咬ます。エピシミアはサーベルは決して放さず、そのまま勢いよく吹っ飛んだ。

 許さなかったとは言うが、大分許してしまった方だ。二度もサギニさんへの攻撃を防げなかったのだから。


 エピシミアは吹っ飛んで尚けらけらと嗤っている。まんまと罠にかかったとでも言いたげに嘲る。

 そして、彼は叫ぶ。おくびにも出さなかった真実を今更臆面もなく。


 私はサギニさんへ駆け寄り、その場で膝から崩れる彼女の背に手をかける。翼が大きく、支えるのも一苦労だが、今はそんなこと些細なこと過ぎる。


「あはっはははははっはははははっはははっはははあはははははははっははあっはははははっはっははははっはははははははあっははははははははははははっははっははっははは――馬鹿だろお前ら! 本当最っ高だぜ、ずっと気づかねえでやんの、ここに来て俺だけが生きている訳ねえだろうが! 俺が死んだら終わりなんだぜ? 俺が一番柔でどうすんだよお、あははっははははっはははっはっははははっはっはっははっはははははっははははっはははっはははははははっははははははっはははっははっは――」


 完全にやられた。


 こいつは自分にすらネクロマンシーをかけていたんだ。自分すら傀儡として使っていたんだ。

 虚を衝く為に、ずっとその点を伏せて、むしろ自分はまだ生きているかのように語っていた。

 サギニさんが踵落としをした時、普通なら頭皮が割れて出血くらいはするはずだ。それ程に強力だった。並みの者なら、死んでもおかしくはない。


 けれど、彼はどちらにもならなかった。

 血が出ないのは既に固まっていたから。

 死なないのは既に死んでいるから。


 しかし、自分さえも駒の一つにしてしまうなんて――


「…………狂気」


 そこまでして『神狩り』を実現させたいのか。


「狂気で良いさ。そうでなきゃ『神狩り』なんてイカれたことはできねえよ。毒が苦しいのはほんの少しだ。意識も徐々に薄れてきて、最後は天にも昇る気分だったぜ。まあ、天に昇ったら生ける屍になれないんだがな。いや、それで天界に逝けるのだとしたら結果オーライなのか? ぎゃはは」


 全然面白くない。本当に逝ってくれれば良かったものを。


 しかし、それだけではまだ疑問が残る。


「…………一体、誰がお前にネクロマンシーをかけたんだ」


 もし、自分で自分にかけられるのだとしたら、おぞましい限りだが、既にでき上がっている死体に魔法をかけるものなので、生きている内にネクロマンシーをかけても意味はないはず。

 もしかして、さらにこいつにネクロマンシーをかけた生者が――


「残念だが、そうじゃない。ネクロマンシーにかかった死体にネクロマンシーを使わせたのさ」

「…………!」


 それは、つまり自分の奴隷を自分の主にあたるネクロマンサーにした――ということか?


「ああ、魔力を大量に持った若い女だ。生きていた頃は怯えて震えていたがな、死ぬ間際になると本性を見せて、悔恨の塊みてえな目つきをしやがった」


 あれはしぶといぜ――と、エピシミアは笑い交じりに答える。その下品で下劣な笑声がいちいち私のかんに障る。


「だが、その子が死んだら、お前はどうなるんだ? お前も動かなくなるのではないのか? そうなれば、他の死体も自動的に動かなくなり、結果お前らの敗北なのでは?」

「お前、ネクロマンシーは知っていても、その内実を深くは理解していないな」


 その通りだ。


「ネクロマンシーってのはたとえネクロマンサーが討ち倒されても、効果は無くならない。永続的に生まれた死体は動き続ける。だからこそ、禁忌になったんだ。大体そうだとしたら、俺が死んだ時点で他の奴隷が動けなくなるだろう。何でもかんでも訊いてんじゃねえぞ。自分で少しは考えろ。だからそいつは今死にかけてんだろ」


 私はその言葉を受けて、視線を落とす。傷を通して地面が見える。私の服や体はすぐに血で塗れた。


 エピシミアはまた嗤い声を上げ始めた。

 何がそんなに面白いのか。

 何故、そんなに嗤っていられるのか。

 何故、あいつはこんなことが軽々とできるのか。

 何故、自分の命を軽々と投げ捨てられるのか。

 何故、そんな奴に私達は屈しなければならないのか。


  ――ああ、そうか。私は勘違いしていた。

 彼が自身が死ぬことも考慮していたのは、彼自身が命の価値をしっかりと考えられているから――ではない。

 彼自身が命の価値を全く考えずに、ただ駒としてしか見ていないからだ。

 駒として、自分が死ぬケースを考えた結果だったのだ。


 それにしても私は一体何をしているのだろう。


 私が今戦っているのは、アンドレイアの仇討ちだけではない。というか、本来ならばそれはオールが為すべきことだろう。

 私はそれだけで戦うのではない――根本はこの島の皆を守る為である。


 なのに、私は何をしているのか。女性一人守れずに、何故先陣切ってここへ来たのか。馬鹿か。役立たずか。むかつくがあいつの言う通り。考えれば十分分かったことではないか。


 一体今まで、何をしていたのか。


 動揺しまくりで、私の眼に映るサギニさんはいくつにも分身してぼやける。視界が正常でないことはそれですぐに分かるだろうに、私は焦りが絶頂に達し、何を考えているのか、何を考えるべきなのかも分からなくなっていた。


「サギニさん、サギニさん、今傷を治しますから――」


 すると、彼女は私の首筋に指を当てた。冷んやりとした細い指が、私の頸動脈を抑える。


「震えていますよ」


 絶え間なく脈打つ血流がはっきりと分かり、熱く流れる血潮をサギニさんの指は徐々に冷ましていった。


「すみません。ありがとうございます」


 私は落ち着いて彼女の外傷を調べた。

 腹部に縦に入ったサーベルの傷。左の乳房を貫いて、深々と刺さった傷。傷口からは赤々と鮮やかな血が大量に――止めどなく溢れ出てきている。

 どちらも体を貫通していて、尚かつ絶望的なのは――どちらも傷口が焦げているということ。


「…………!」

「ごめんなさい……彼、意外とさかしいです。サーベルの刃を魔法の高熱で炙っておくことで、触れた細胞を再生できないように殺したのですね。私が猛毒で先程の死体を溶かしたように」

「そんなことは、今話すことじゃ――」

「いえ、今話すこと。あなたの為にあなたに伝えておくべきこと」


 何故? どういうことだ? 何が言いたいんだ?


 ――駄目だ。焦って頭が回らない。

 兎にも角にも、今はサギニさんの傷を治さなければ。貫通しているのならば、内臓まで裂かれている。私の魔法如きで治せるかは怪しいけれど、これを後回しにしていたら、出血多量で彼女はすぐに死に至る。


 私はまず胸を貫いた傷に回復魔法をかける。苦しみながらも生きているということは、心臓には外傷がない証拠だ。肺は一つ潰されてしまったかもしれないが、まだ間に合うはずだ。


 その時、サギニさんの胸元にかざそうとする私の手を、彼女は震えて力の入らない両手で抑えた。


「! 何をしているんですか。今治しますから、手を退けて下さい」

「無理です」


 ――は、はあ? 何故そんなことを言うんだ。まだ間に合うのだろうか。それとも、口にしたくはないが、もう手遅れなのだろうか。


「この傷は火傷の状態にあります。回復魔法は空気中の原子を細胞の代わりとして、生きている細胞と繋げて補ったり、切り離された生きている細胞同士を再度癒着ゆちゃくさせて繋げるのでしょう。だとすれば、私の傷の表面は死んでいます。そのままでは、あなたの魔を無駄に奪うだけです。無益に捨てるだけです」


 それは――確かにそうだった。

 ただの切り傷ならば、傷口を一つ一つ塞ぐだけで済んだ。

 けれど、今回は傷口が炙られ、殺されている。

 塞ぐには、まず死んでいる細胞を剥がさなければならない。邪魔になっている部分を退かさなければならない。

 ナイフか何かでやらなければならないのだろうが、痛みだけで致死してもおかしくはない。

 そして、それを素人の私ができるはずがない。そんな難易度の高い手術を何の技術も免許もない私ができるはずがない。


 魔法で死んでいる細胞だけを捉え、剥がすというのも相当な難易度である。

 魔力の強い者であればできるかもしれないが。

 かと言って、ここから走ってオールやナキなどの魔法に長けた者の所まで行っても、彼女らにもそれができるとは限らない。

 その上、まだ戦闘中だとしたら、そんな暇はない。大体着くまでに血を完全に失って、死んでしまう可能性だって絶大だ。

 血は時間と共に流れていき、時間は私達を決して待たない。


 なるほど。エピシミアはサギニさんの言う通り、賢しい。私よりも、余程賢しい。

 私はサギニさんを死なせたくはない。

 反対に、エピシミアはサギニさんは疎か、私だって殺したい。ここに居る皆を殺したい。


 そして、奴隷にしたい。


 重要器官を刺し、傷口を炙って確実に殺す。

 けれど、生ける屍になってしまえば、そんな傷は些事に過ぎない。多少細胞が死んでいようが、手足が動くならそれで構わないのだ。

 その傷が肺にあろうが、心臓にあろうが、脳にあろうが。

 彼ら死体は物言わぬ傀儡。

 酸素を必要とせず、血を必要とせず、命令は主の思うまま。


 今のサギニさんの状態は、これ以上ない程に、生ける屍にしやすいだろう。


「だからって、僕はあなたを見捨てられない。何もせず、あなたを見捨てるなど」

「それが無益だと申しています。無駄だと申しています。私はもうすぐ死ぬ身。これはもう仕方のないこと」

「じゃあ、一体僕はどうすれば――」


 エピシミアは未だに嗤い声を上げている。

 それが嫌で嫌で、耳に障った。

 遂に私は我慢ならなくなり、地面に寝転がる彼に向けて片腕をつたにして伸ばした。その先端を久し振りに登場する刃兎はとの刃にする。

 腹を抱えて嗤い放しの彼の喉元を輪切りにした。

 細胞一つ単位で動く以上、標的が分断されるので厄介ではあるが、彼の笑声はそんなことどうでも良くなる程に聞きたくない。

 それでも尚、顔は口が裂ける程大口で音にならない嗤い声を上げ、胴体は腹を抱えて震えている。


 お前の声で彼女の声が遮られては堪ったものではない。


 しかし、正直彼女の声も聞きたくはなかった――彼女の言葉も聞きたくはなかった。


 だから――と、彼女は何食わぬ顔で、さも当たり前のことのように、自身の肌に劣らぬ冷たさで言い放った。

 その諦めたような微笑の奥に、煮え滾る程の生きることへの渇望があるのは、言うまでもない。


「あなたが私を殺して下さい」



   〇   



 サギニさんは私の手を掴んだまま、そう言った。


 何故、そんなことを言うんだ――そんなことを言えるんだ。

 そもそも私がそんなことができる訳ないだろう。


「駄目なんです。あなたが殺してくれなければ、私はあの男の奴隷になってしまう。こんな死に方は、無論本望などではない。けれど、それでは確実にこの世に未練を残し、私は怨念の塊と化してしまう。そうなれば、あの男は私にネクロマンシーを間違いなく使ってきます」

「…………だから、僕があなたを殺せと? あなたは僕ならば満足なんですか?」

「そんな訳ないです。私だってまだまだ生きていたい。ここに居たい。やり残したことは山程あります。オール様にまだ謝罪できていない。きっと既に沢山の仲間が生き絶えた。彼らの葬儀をちゃんと行って、ちゃんと弔ってあげたい。暗くなった皆の顔を私が照らしてあげたい。そうして、この島に新たな活力を与えて、この島と共に最後まで未来を生きたい」

「だったら尚更――」

「でももう! ……叶わないんです。私はこのままでは、奴の支配下に入り、この島の者達に爪を立てることになってしまう。そうなった私はきっとあなたが消してくれる。けれど、私はそれでは嫌だ。あなたの敵になんて絶対になりたくない。恩人であるあなたに、誰よりも正しいあなたの邪魔をしたくない。それに、もしあなたが私を消してくれたとしても、他の者達には直接敵にならなくとも、私は生ける屍になったその瞬間、皆の敵になる。私はそうなりたくない。死んでも尚、迷惑をかけたくない。そうなるなら、私は今死にたい!」


 私は何も言えなかった。


 自分の力はあまりにも小さ過ぎること。

 彼女の意志はあまりにも固過ぎること。

 何が正しいのかがあまりにも鮮明に見え過ぎること。

 私を正しいと言ってくれる彼女の方が余程正しいこと。

 それら全てが私の言葉をことごとく論破した。


 私は何も――言えなかった。


「……僕は……あなたを殺したくない」


 やっと放ったのはそんな女々しい言葉で、悠々しさも雄々しさも、欠片も感じさせなかった。

 情けない弱音を吐くと、彼女はくすっと笑った。

 けれど、反対にその目は一つも笑っておらず、憎しみすら感じられる程の鋭さを持っている。


「であれば、私は奴の奴隷になるでしょうね。否が応でも、是が非でも、何が何でも、彼は私を奴隷にするでしょうね。そしたら、私は真っ先にあなたを殺します。彼の命令に関係なく、私個人の私怨で、あなたを殺します」


 その言葉に若干気圧される。

 ――何とまあ強い人か。殺す……殺されたくは、ないなあ。けれど、それ以上に、殺したくないなあ。


 けれど、私には痛い程解っていた。

 わざと脅すような言い方で、嫌味を含んだ口調で、私をどうにか動かそうとしている、彼女の本心が。

 こんな最期の時にまで、本当に私の為になることを探し、嫌われることを臆せずに選択する。辛いはずなのに、全ては今生きている者の為に――


「私だって、あなたを殺したくない。殺されたくもない。けれど、勝手なことだと承知で言わせてもらえますと――私は殺されるのなら、あなたが良い。それはここにあなた以外誰も居ないから仕方なく――などではなく、この世界の全ての生き物がここに居たとしても、私はあなたに頼みます」


 私は分からなかった。

 あなたにはもっと大事に思う誰かが居るだろうに――何故、よりによって私なのか。そこら辺も、さすが私は不運極まっている。


 しかし、彼女は依然こう答える。


「あなたが誰よりも先に駆け出したから」


 彼女は泣いていた。感情を捨てたような微笑から、遂に堪えられずに涙を零した。


「あの時、誰よりも真っ先にあの男を追って走り出したから。この島の者でもなければ、この島に来てほんの数日のあなたが、誰よりも大きな怒りに駆られ、戦うことを決意したから」

「…………」


 辛いのは、私だけじゃない。


 不運で済んだ私は、不幸に至った彼女を殺す。そう思えば、どちらが本当に辛いのかは、答えが分かれる余地もない。


「あなたの闇の霧で、私をこの世から跡形もなく消してくれれば、それで良い。それだけで、私は報われます」


 分かりました――絞り出すように言葉にし、抱えた辛さを呑み込んだ。

 喉につかえるくらい大きなそれは、何度も味わってきたのに、一向に慣れる気配のない、何とも言えない苦味だった。

 時々塩辛いものが口の中に染み渡る。


「まあ、泣いて下さるのですか。嬉しいわ。私の人生にも、何かしらの意味はあったということでしょう。本当、報われます」


「それじゃあ」と、少し目を泳がせて、段々と――着々と青白くなっていく顔に、ほんの少し赤みが差した。


「抱擁して頂いても、よろしいですか? 体は寒くなるばかりなので、せめてできる限り最期まで温みを感じていたい」


 私は黙って頷き、彼女を両腕でゆっくりと包み込んだ。痛くないように抱き寄せ、回した掌で艶やかな彼女の髪の毛をそっと撫でる。


 本当に短い間で、交流も多かった訳ではない。他所者よそものの私が彼女の最期を看取るに値するのか、他にもっと適任が居るのではないか、などと余計なことが頭を過ぎったが、きっとこれが私のできる最善なのだろう。


 さらば、サギニさん。

 あなたのことは決して忘れない。

 あなたを守れなかったこと――私は一生悔いていこう。


 肩に落ちた涙がやけに温かく感じられた。

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ