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Light in the rain   作者: 因美美果
第四章――3
27/77

『怒号』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 死体は燃やせば倒せることは、知識や理論が無くても、実際にやってみて分かった。


 殴っても蹴り飛ばしても無反応だったけれど、私の炎で炙れば次第に動かなくなった。

 そうやって、死体達を供養していき、怒りに身を焼かせながら、やっと辿り着いたのがナキの元だった。


 ナキは外から来た、私が初めて目にした鬼人の女の子だった。

 可愛らしい子で、微笑むと林檎のように頬が赤くなる。

 実は食べることが好きらしく、その細身の体からは思いも寄らないくらいの量の食事を摂る。料理を一杯頬張って「美味しい」と、笑ってくれる彼女は、料理を作るこちら側として、至極嬉しかった。

 その上、彼女はとても優しかった。喋るのが苦手な私の言葉の一つ一つに耳を傾けてくれて、ゆっくりと頷くのだ。

 彼女曰く「私も喋るのは得意じゃないから、アルステマの気持ちは分かるよ」だそうだ。本当だろうかと、疑ってしまうけれど、彼女が言うのなら真なのだろう。


 何にしても、そんな風に言ってくれたナキを助けない訳にはいかない。

 だから私は今こうして、彼女の元へ駆けつけたのだ。


 そして――何とも難しいことを言われてしまった。

 彼女の繊細で透明な、硝子のような心を見せられた。

 それに対し私は、ごく普通な、当たり前のことしか言えなかった。簡単なことしか言えなかった。

 それでも彼女は感銘を受けたような顔で、覚悟を新たに、死体へと堂々と構えた。


「ごめんね。私には、あなたを助けられないよ」


 澄んだ眼差しで、死体の悲鳴にそう応えたナキは、サーベルを鞘に収めた。

 その代わりに、左の太腿に佩用した魔法のスティックを取り、その先端を死体の鼻先へと向けた。

 戦う覚悟は十分らしい。


「大丈夫。私とナキなら、絶対勝てるよ」


 何の根拠もないけれど、不思議とそう言いたくなり、ナキの横顔にそんなことを言った。


「うん、私もそんな気がする。もう、負けない」


 目の前の敵を見たまま、彼女は大きく頷いて、少しだけ不敵に笑ってみせる。


 普段のナキからは感じられないような心強さが、私の気持ちをさらに昂らせた。

 炎に熱を奪われて、徐々に冷える体が一気に温まっていくようだ。


「……ひどい」


 呟いた死体の声を始まりのゴングに、私は死体へと猛スピードで駆けていった。


 生憎、大切な槍を湖畔に置いてきてしまったので、この体で戦うしかない。

 とんでもない失態だけれど、それでも出鱈目でたらめな格闘術で、三人の死体を倒してこれたのは上出来だと思う。

 今回はナキもいるし、きっと楽に終わるはず。


「酷いのは、そっちでしょう――が!」


 炎を脚に纏い、言葉に合わせて燃える飛び蹴りを喰らわそうとしたが、死体は私の速さを捉えて、ひらりと躱した。


 ――な、やるじゃん……。


 そう言えば、さっき倒してきた死体達も、やけに動きが良かった。

 死体であることと繋がりがあるんだろうけれど、正直考えている暇はない。考えても分からないだろうし。


 飛び蹴りの勢いのまま、私は向かいの木に激突しそうになったけれど、何とか回避した。気づけば、ここら一帯の林に火が着いている。一体ナキと死体の間で先程まで何があったのかは定かではない。あとで一応聞いておこう。


 死体は涙を振り撒きながら、どたどたとナキへ駆け出した。

 直感的にナキの方が倒しやすそうとか思っているのかもしれないけれど、ナキだって覚悟を決めたんだ。一筋縄ではいかない。


 私は死体を追いかけつつ、ナキの様子も同時に窺う。

 彼女は迫りくる死体を真っ直ぐに見つめ、火炎魔法を放った。スティックの先端に陣が描かれて、そこから炎がメラメラと出てくる光景は、何とも不思議だった。


 しかし、まじまじと見ている訳にもいかない。

 今、ナキと死体と私は丁度直線上に並んでいるので、ナキの炎を死体が避ければ、必然的に死体の後ろにいる私に炎が当たってしまう。

 いくら火竜とは言え、竜の鱗以外の部分に被弾すれば、普通にダメージを喰らう。

 私も避ければ問題ないのだけれど、念の為射線上からは外れておこう。


 放たれた火炎弾は竜の速さを優に超えて、死体へと降りかかる。

 すると、死体は急に止まり、右手を前へ突き出した。

 背後からだったので、よくは見えなかったが、何やら魔法陣のようなものが映った。


 ――死体も魔法が使えるの?

 私が倒した奴らは全く使ってこなかったので、てっきり魔法は使えないものだと……。どちらにせよ厄介なことだ。


 すると、ナキの放った火炎弾は死体へと触れる寸での所で、壁に当たったように潰れ、四方八方へ飛び散った。ばらけた火の塊が木や地面の草に燃え移る。

 なるほど。だからこの林は燃えていたのか。きっと私が来る前も似たようなことをしていたのだろう。

 飛散した火炎で見事悲惨なことになってしまった。


 ただ、被害が木だけに収まれば良いのだけれど、飛散した火は私にも飛んできた。器用に赤く燃える弾を避けながら、私は横を過ぎる火の熱を感じる。


 そうして、また兎の如く軽く跳ねて、私は右の拳を構える。今度こそ外さない。


 死体目掛けてジャンピングパンチを咬ます。炎も勿論纏っているので、さしずめジャンピングファイアパンチだ。格好良い。


 しかし、私の渾身の一撃はまたも死体に喰らわせられなかった。今度は避けられていない。

 何もされていない。なのに拳は届かない。

 私のパンチはまるで死体を覆う見えない壁に邪魔されたように、弾き返されてしまった。


「くっ……何でだ?」


 後退した私は、一度ナキの元へと戻る。


「どうなっているの? 全然攻撃が当たらない……」

「あの死体は魔法を使えるんだよ。多分、自分の周りに魔法の障壁を作っているんだと思う」


 ――障壁? 何も通さない、見えない壁を死体は自分で作り出せるということ? これじゃ勝ち目が無い気がするけれど……。


「確かに強い……でも、何というか、弱点はどこかにあると思うんだ」

「本当? ナキには分かるの?」


 私が訊ねると「うーん」と唸り、深い深い思考の底に沈んでいった。まだナキも全部理解した訳ではないようだ。


「ぼんやりとしか、分からない。でも、何だか死体の動きには違和感を感じるんだよね。普通はそうじゃないことがあって……それが弱点に繋がるかは分からないけれど――あ、何か分からないって言ってばかりだね、でも本当に分からないから――あ、また分からないって言っちゃったごめん何か自分が分からなくなってきた何考えてたんだっけ……」


 ナキも大分迷走しているらしい。

 雪が溶けるみたいに声も段々と小さくなり、やがて黙考し始めた。目を閉じて、息も止めているのではと思う程、穏やかだ。

 どうやら瞑想しているらしい。迷走から抜け出す為に瞑想しているらしい。


 今ナキはこの戦いの糸口を探してくれている。

 私は頭が良くないから、ナキよりもずっと分からないけれど、ナキが十分に考える時間は作ってあげられる。私がナキを守る。


 私は拳と脚を燃やし、翼を大きく広げた。まだ、戦えるんだ。


 翼を羽ばたかせ、周りの木々に着いた火を消すくらいの風を巻き起こした。実際には火は消えていないけれど、気持ちの問題である。


 魔法で作った壁なら、いずれは魔が無くなって壊れるはず。

 それにその壁も最強な訳じゃない。無敵な訳じゃない。だったら徐々にひびが入って、自力で壊せるかもしれない。

 ナキが導き出してくれた案を待つのも良いけれど、その前に問題が解決すればそれに越したことはない。


 すると死体は突然魔法陣を引っ込め、ナイフを構えた。魔の消費を抑える為か、私に壁を破られるのを懸念した為か、どちらにせよ死体は自分から近接戦を選んでくれたらしい。

 そうなれば、ここは私の土俵だ。


 マッハの速度で近づき、高速のジャブをお見舞いする。

 しかし、相手もリミッターの壊れた死体。中々動きについてこれるようで、向こうから攻撃を仕掛けてくることもあり、何度も虚を衝かれそうになる。


 私達の攻防はまるでぶつかり合う大波のようだった。



   〇   



 私がこの戦いをするにあたり、その理由は間違いなくアンドレイア様の仇討ちだった。


 私の愛した方を殺し、その上まだまだ虐殺を続けようというのだから、どうしようもない程救いようがない。

 あのエピシミアという男は妙に死んだ魚のようで、見ていて不愉快極まりなかった。


 アンドレイア様は私の生き甲斐であったということは、もう言うまでもない。

 彼が私を救ってくれて、彼が私を育ててくれた。

 誰よりも優しく、誰よりも慎重で、だからこそ誰よりも心を解っていた。

 外界のことについて沢山教えてくれたし、面白い話も沢山してくれたし、悲しい時は頭を柔らかく撫でてくれた。

 コートをプレゼントしてくれて、ランスをプレゼントしてくれて、掛け替えのない日々をプレゼントしてくれた。


 だから、今朝あの方の遺体を目にした時、その全てが奪われたように感じた。

 温かくて仄かに眩く揺れる灯が、冷たく乾いた風に消されてしまったように感じた。


 ――私はこいつらを全員殺す。

 根絶やしにして、二度とこんなことがないように戒めさせる。


 皮を剥いで、肉を裂いて、骨を砕いて、目玉を抉って、歯を抜いて、四肢を千切って、髪の毛を(むし)って、内臓を引き摺り出して、脳みそを掻き混ぜて、ばらばらにして、ばらばらにして、ばらばらにしてやる。


 残酷と言われようと、残忍と言われようと、あらゆる手段を使って――殺す。


 けれど、その一方でナキの言葉も思考を過ぎった。


 私は一体――何の為に戦っているのだろうか。


 勿論アンドレイア様の仇の為だ。

 アンドレイア様を弔う為だ。


 けれど、そんなことでアンドレイア様は成仏できるのだろうか。

 今あの方は、この世に未練があるからこそ、成仏できずに動いているのでないのか?

 だから、私達の敵となって、牙を剥いているのではないのか?

 そのアンドレイア様が他の死体を倒したところで、喜んでくれるのだろうか。優しいあの方が身を粉にしてまで、戦ってくれと願うのだろうか。

 私は違う気がする。


 であれば、他にどんな理由があるのか。

 アンドレイア様という生き甲斐を失くし、ぽっかりと穴が開いてしまったようなこの心を埋めたいが為に、戦っているのだとしたら、それこそもっと違う気がする。

 いくら敵を倒したって、燃やしたって、もうあの方は帰ってこない。


 ――きっと彼らはアンドレイア様を奪ったんじゃない。

 私達から取り上げて――暗い闇の中へ投げ捨てたんだ。

 二度と見つからない――闇の中へ。


 ああ、じゃあ今私は何をしているのだろう。何の為に戦って、何の為に生きようとしているのだろう。


 私の大事なものはもう、無いじゃない。

 ――辛いばかりだ。


「痛っ……!」


 意識もぼんやりとしながら、訳の分からないことを考えている間に、いつの間にか私は死体の振るうナイフを喰らっていた。ナイフは私の頬に浅い切り傷をつけた。風が傷に触れて、沁みるような痛みが体を廻る。


 ――くそっ。こんなことを考えている場合じゃない。大事なものは一つじゃない。私を育ててくれたのは一つじゃない。

 守るべきものは他にも――あるんだ。


「もう、邪魔しないで! 全部悪いのは、そっちなんだから! 私達の大事なものを、奪わないで!」


 その言葉が死体に届いたにせよ、届かなかったにせよ、それはあくまでも些事に過ぎない。

 ――その後に発した言葉に比べれば。


「――じゃあ、あなた達は何も悪くないんだ」

「…………は?」


 どういう、こと?

 私達が何だって?

 ――何も悪くないんだ――だって?

 当たり前じゃない。全部、そっちが始めたことじゃない。私達が咎められる理由がどこにあるの?

 この死体は何を考えているの? 死体が考えることなんてできるの?


「そんなの、当たり前じゃない。何が言いたいの……?」


 死体の言葉に動揺し、私から放たれた拳は何とも弱々しいものだった。死体からすれば避けやすくて堪らないだろう。


「あ……」


 するりと躱した死体は、私の伸ばした腕を引っ張り、その勢いのまま私を投げ飛ばした。何だか今日は投げられたばかりだ。


 吹っ飛んだ私は地面の上を転がり、木で背中を強く打った。翼が痛むけれど、骨までダメージは行っていないだろう。戦えは――する。


 にしても何なんだ。さっきの言葉と言い、死体の考えていることが全く読めない。いや、死体にはそもそも考えなんてないはずなんだ。

 なのに、あの死体は何かを考えている。それは分かる。けれど、あの無表情故に読み取れない。元々読心術なんて使えないけれど、それでもある程度は何となくで感じられるのに。

 全く――分からない。


 死体はどうやら私の方から殺すことにしたようで、即座に追いかけてきた。と思えば、今度はナイフを投げてくる。

 私は起き上がり、投擲されたナイフをぎりぎり回避した。分厚い皮の木にざくりと音を立てて刺さったナイフは、その鋭利さを私達に知らしめていた。

 私のこの頬の傷も、もっと深く抉られていたら――そう思うと、ぞっとしないでもない。


 死体は容赦なく私を追撃する。こっちだって態勢こそ立て直せたが、戦う準備はまだできていない。ふらつきながら必死に受け身を取るばかりだ。

 後ろに下がりながら、どうにか耐え忍ぶ――耐え凌ぐ。


 ナキはまだ答えが得られないのだろうか。そろそろ私も限界が近い。体もどんどん冷えてきている。


「ああもう!」


 私はやけになり、一歩大きく跳び退き、力の限り炎を出した。私の体は一気に冷え上がり、掌だけが熱く、それ以外の全身は凍えてしまいそうだ。


 対して死体は私への追撃を止め、その場に立ち止まる。当たり前のことのように障壁を張り、自身を守る。


 一体自分の何がそんなに大事なのか。そんな必死に守る意味はあるのだろうか。自身はそんな必死に守る価値のあるものなのだろうか。


 私はさすがに埒が明かなくなり、再度殴りかかる。死体は障壁を解き、またも肉弾戦となった。

 さっきからこの繰り返しだ。火炎や魔法を使えば頑丈な障壁の中に閉じ籠り、手足を以て戦えば向こうも同じように近接戦へと持ち込んでくる。本当、苛つく。


「いい加減に……しろ!」


 苛つきと怒りを込めて、そう叫びながら放った私の拳は、今までで一番いい加減なものだった。きっと相手の思うつぼだろう。

 不安を煽り、苛つきを掻き立たせ、怒りを沸かせ、粗雑になった瞬間を討ち取る。


 デジャブかと思う程、再度するりと躱された私は態勢を崩しまくり、隙の押し売りの如く倒れかかった。

 死体はこの機会を逃すようなことはせず、私を投げずにただただナイフを振り被った。


 ナイフは既に私の(うなじ)を捉えて、私は死を待つばかりだった。天は私を見放しただろう。故にこの有様だ。中身の無い言葉に弄ばれて、機械のような動きに惑わされて――馬鹿だなあ、私。


 ごめんね、ナキ。

 助けに来たのはずなのに、結局私の方が先にやられちゃうんだから、救いようがないよね。

 格好つけたようなこと言っちゃって、恥ずかしい。

 もう――死んじゃいそうなくらい。


 ――本当……ごめん。


 ちくり、と小さな痛みが全身の神経を駆け回った。ナイフの切先の冷たさが体温と重なって、まるで一つになったみたいだ。


 ――アンドレイア様。今逝きます。


 …………それにしても、いつになったら私は死に誘われるのだろう。



   〇   



 ナイフは私の皮膚に飛び込んできたが、すぐさま離れていった。


 全身から意識が飛んで、死を待つだけだった私は状況を理解するどころか、理解しようともしていなかった。

 私がぼんやりと顔を上げると、そこには細い腕でサーベルを振るい、死体に立ち向かう少女の姿があった。


「……ナキ」


 彼女の突然の攻撃に不意を衝かれ、死体は私への攻撃を中断して後退し、その上自らの片腕を失う羽目になった。


 そう、ナキは危機一髪というところで私達の元へ駆けて、死体への攻撃に成功した。

 何が何だかという状況で、頭は思考を巡らせるが、体は制御しきれず、勢いそのまま倒れてしまった。流れるままに顎を地面に強く打ちつける。痛い。


 しかし、一体何が起こったのか。実際には、私の頭が混乱して勝手に絡まっているだけで、事実は単純――私のピンチをナキが救ってくれただけである。


 しかし、相手は死体で、細胞一個単位で動いている。いくら細かく切り刻もうと、いくら平らに擦り潰そうと、果てしなく動き続ける。

 ナキが私を救う為に死体の片腕を斬ったのは、すなわち死体の数を増やしたことにもなる。こんなことを言える立場ではないけれど。


 けれど、ナキは私のような馬鹿ではない。そんなことは既に分かっていて、その対処法も知っていた。

 ナキは退き下がる死体を追うことはせず、ぼとんと重たく落ちた死体の片腕を迷わず追いかけた。


 よく見るとその片腕の切り口は黒く焦げていた。

 そこに追い打ちをかけるように、陸に上げられた魚の如くのたうち回る腕を、サーベルで真上から思い切りぶっ刺した。

 すると、腕の傷口からは黒い煙が出ている。パチパチと拍手のような小さな音を鳴らし、震える腕はさらに荒ぶった。


 これは、もしや――


「…………成功だ」


 彼女はそう言いながら、涙を流していた。


 彼女は青白かった死体の左腕を真っ黒にし、活動を停めることに――殺すことに成功した。


 やった。


「ナキ!」


 急いで駆け寄り、大声で彼女の名を呼ぶ。

 そうか、ナキは魔法でサーベルの刃に熱をかけたんだ。私がランスに火をかけたように。そうすることで、細胞を殺したんだ。


「すごいよナキ、あいつの腕を倒すなんて、すご過ぎるよ。例えるなら――」

「私、今泣いてる?」

「えっ、あ、えと、うん。泣いてる、けど」

「……そっか」


 そう言って、ナキは腕で目元を擦り、涙を拭った。

 何故、彼女は泣いているのだろう。だって彼女は、敵を追い詰めたのに。あと、私は何に例えようとしていたのだろう。勢いに任せて喋るのは良くない。


「やっぱり我慢しようとしても、誰かに武器を振るうっていうのはキツいなあ…………泣かないようにって思っていたのに、まだまだ弱いや。すぐに強くなれるなんて思っていないけれど、甘くないよね」


 ――そう、だよね。ナキは今だって怖いはずなんだ。傷つけるのも、傷つけられるのも、怖いんだよね。

 ――それでも、怖いながらに、泣きながらに、戦うことを選んでくれたんだ。

 私の格好つけの――見栄っ張りの言葉を信じて。


 ――なのに、私は一体何だ。

 埒が明かないからってやけになって、負けそうだから負けた気になって、一体何様なんだ。

 全部自分の思うように行くと思って、気づけば全部相手の思うつぼになって、みっともない有様だ。アンドレイア様に顔向けできない。


 だから――まだ会いには、行けないや。


「……私もまだまだ弱いままだ。ろくに戦ったこともない癖に、上手くいく訳ない」


 このままでは駄目だ。今の気持ちじゃ、勝てやしない。気持ちだけで勝てる相手でもないけれど、気持ちでさえも勝てなくてどうする。

 今はただ、死ぬかもしれない戦いに、最後まで生きる道だけを見続けなければいけないんだ。


 私は自分の両手で両頬を強く叩いた。


「! な、何をしているの、そんな自傷行為に及んで……そんなに怖かったの?」


 別に自傷行為には及んでいない。手首を切ったりもしていない。切られたのは頬だけだ。


「大丈夫。気合い入れ直しただけだから。もう本当に、大丈夫。ナキと一緒に、覚悟を決め直したから」


 戸惑いを見せながらも、それでもにこりと笑うナキを私は愛おしく思う。


 在るものを助ければ良いんだ。失ったものを忘れずに、出会ったものを失わずに、残ったものを見落とさずに。

 こんな想いを二度としたくないなら――奪われようものなら、全力で戦うしかないんだ。

 さっきナキに対して偉そうに同じようなことを言ったのに、改めて自分に向けて言うことになるとは。


 死体は失った片腕を眺めながら、ぶつぶつと何か呟いている。失った腕を悔いているのだろうか。それならば上出来だ。少しはこちらの気持ちも分かっただろう。


 ――だからと言って、今更手遅れだけれど。私はあなた達を許すなんてあり得ない。この怒りが揺らぐなんてあり得ない。


「絶対、倒す」


 睨みを利かせて、静かな怒号を放った。


 と、またも懲りずに格好つけてみたが、私は何故ナキが死体に攻撃を与えられたのか、その理由がよく分かっていない。

 単純にナキが強かったということかもしれないけれど、そんな簡単なことでもないように思える。


「そのことで、分かったことがあるの。ずっとアルステマと死体の戦いを見て、考えていたの。さっき言った――違和感を」


 そういえば、そんなことを言っていた。違和感を感じた、と。


「あの死体って動きが基本的に単純なの。戦う時は肉弾戦か、もしくは魔法を使うというどちらかしかできない。多分、難しい動きができないんだと思う。マルチタスクって言うのかな、一度に一つのことしかできないから、喋りながら戦ったり、喋りながら魔法使ったり……そういう簡単なのはできるんだけれど、パンチしながら魔法を使うっていうのはできないんだよ」


 ――? それは、つまり……どういうこと?

 何かよく分からない。


「えっとね、要するにあの死体は魔法を使う時は絶対に止まらないといけないの」


 何? そんなことあったか? そんなところに気づけるなんて、どういうことなんだい。


「……分かった?」

「……分かった、ないです。もっかいお願いします」


 私の要領が悪いせいで、ナキに思った以上に苦労をかけさせてしまった。面目ない。


 やっと理解できた私の言葉で改めて説明させて頂くと、死体は常に最善の行動をしてくる。最善の行動というのは、目的を達成するにあたり、その中でするべき最善の行為のことだ。

 故に、私の火炎やナキの魔法を躱すことで凌ぐよりも、魔法障壁を作り出して防ぐ方が確実――つまり、最善策という訳だ。

 しかし、死体はその一方で複雑な動きができない。機械のような高速で割り出された行動ができる反面、まるで単細胞かのような単純な動きしかできない。

 すなわち、基本的にできる行動は一度につき一つ。

 だから、あの死体は魔法障壁を作る時にわざわざ立ち止まっていたのだ。


 そして、これは死体の弱点にも直結する。


 私達は死体と戦う上で、より複雑な行動をし、より判断を遅らせるような動きを選び、行動と行動の隙間を衝けば良いのだ。反応できなくなったその瞬間を逃すことなく、掴み取る。私達に残された最善の行動は、もはやそれしかないのだから。


 死体はふらふらと近づきながらこちらを睨んでいる。向こうも大事な片腕を失い、危機感を覚えたのかもしれない。

 それならそれで良い。きっとそれは私達と似た気持ちだから。


「ナキ、ありがとう。私馬鹿だから、そんなこと絶対思いつきもしなかったと思う」

「良いの。私は考えることしかできないから。嫌なことも――楽しいことも――勝つ方法も」

「……ふっ」

「……ふふ」


 何故だか知らないけれど、笑いが零れる。さっきの気持ちがまるで嘘のように、今は気持ちが軽い。

 決して辛さを忘れた訳じゃない。許した訳じゃない。けれど、今はただ笑っているのが最善だ。沢山の笑声と――


「最後だ。最後にしよう」


 ――一度だけの大きな怒号があれば、今はそれで――十分だ。



   〇   



 偶然にも、私と死体が動き出したのは同時だった。


 殴りかかるように拳を振り構えて突進するが、それに対し走る死体も残った右腕でナイフを構える。


 ぶつかり合う直前、そこで私は拳から勢いよく火柱を前方に上げた。無い知恵を絞り、編み出したドッキリな攻撃だが、その効果は絶大とは言えずとも、効き目はあるようだ。


 突然の火炎にぎょっとした死体は、慌てた様子で腰を屈める。実際はぎょっとしていないし、慌ててもいない。判断があやふやになり、挙動不審に動いただけだった。

 そんな状態でも、すれすれで火柱を避けた死体は、私の懐に潜り込んだ。そのまま腹にナイフを入れるつもりなのだろうが、私とて甘くはない。

 即座にもう片方の腕を盾にし、ナイフを防ぐ。切れ味の良いそのナイフも、さすがに竜の鱗相手では簡単に通らない。


 私は火柱を出したその掌を、屈んだままの死体に押しつける――が、死体はごろごろと地面を転がり、またも躱した。


 しかし、まだ甘い。こちらは二人なのだ。

 遅れて駆けてきたナキはサーベルを高く振り上げ、寝転がる死体に襲いかかる。その表情は怒りを孕んだものだった。

 瞬時に起き上がった死体はナイフでサーベルを受け止める。ナキの気持ちも一緒に受け止めたかどうかは定かではないが、変わらない表情のまま死体は片腕でサーベルを押し返した。


 よろけたナキは死体に背を向けてしまう。

 ――死体はそれを逃すはずがない。

 ――そして私も、それを逃すはずがない。


 既に全速力で死体に駆け寄っていた私は、そのままそのがら空きの脇腹に炎を纏った拳骨を決め込む。


「…………!」


 死体は視線だけをこちらに向ける。

 脇腹の温度をひしひしと感じているのだろうか。それとも、私の鉄拳の威力に驚愕しているのだろうか。

 どちらにせよ、私の拳はやっと死体に届き、無表情のまま死体は林の奥へと吹っ飛んでいった。


「よし! 追いかけよう、ナキ」


 意気込んだ私は即座に宙を舞う死体に駆け寄り、そのまま顔面に足裏を押しつける。熱された鉄板のような足に踏んづけられた死体は、さらに速度を上げて吹っ飛び、木の幹に頭をぶつけた。


 皮はぼろぼろに焦げて、その周りは触れた熱だけで火傷になっている。爛れた皮膚からはもう血は出ていなかった。


 それでも死体はまだ動き、ナイフを固く握り締める。

 確かにこれは、辛いね。見るに堪えない有様だ。


 止めを刺そうと、私は全身から今までとは比にならない程の熱を発する。体は凍える一方であり、私自身への止めにもなっているだろう。それでも、高揚する心はいつまでも熱いままだ。


「あなただけが悪いわけじゃないのにね。でも――見逃すこともしないから」


 何も感じていないような――何も考えなくなったような顔の死体目掛け、火達磨だるまのような体で飛び込んだ。


 その時だった。死体は自分の痩せ細った首をナイフで輪切りにした。


 ――何をする気? どういうこと?


 すると、首から離れ、地面へ落ちる頭を、私に向けて蹴り飛ばしてきた。黒ずんだ顔は口を目一杯開けて、私へ飛んでくる。


「くっ……!」


 私の腕に噛みついた頭は、その牙を死に物狂いで立てた。事実死んでいるけれど。

 勿論、私の腕は今も熱を持っていて、その頭からは焼ける音が聞こえる。


 けれど、そんなことは死体にとってどうでも良かった。自分の頭が無くなろうが関係ない。一個単位の細胞で動く生ける屍にとっては、司令塔なんて存在しない。

 頭を囮に使おうが、心臓を餌にしようが問題ない。

 ただ、目的の為に動くのだから。


 そして、私を殺すには、その頭一つで十分だった。


 頭を飛ばされて虚を衝かれた挙句、腕を噛まれてバランスを崩した私は、再度隙を見せてしまった。

 全身が焼けている私は、触れただけでも傷を負わす凶器として機能している。

 しかし、対して向こうは傷を恐れぬ死体。自分を人形だと認識している死体。ナイフで急所を衝くくらいはしてくるだろう。


 竜の鱗で防ごうにも、防御が間に合うかはぎりぎりだ。ナキも追かけてきているだろうけれど、彼女の攻撃が間に合うかは分からないし、そもそもその攻撃で死体が私への攻撃を止めるかは保証されない。


 ――何にしても、自分の命を捨てなければならない。


 ――と、身を犠牲にしようと決意を固めた頃、死体の持ったナイフは宙を舞って、どこか途方もない所へ飛んで行っていた――違う、ナイフどころではない。ナイフを持っていた右腕ごと飛んでいた。


 視線を死体の胴体へ戻すと、右腕の上腕が輪切りにされており、その傷口の所にはナキのサーベルがあった。サーベルは木の幹に真っ直ぐ刺さっている。


 もう心配することは何も無い。あとは死体にハグでもしてやれば良い。


 ――おやすみ。


 頭も胴体も全部纏めて抱き締め、翼で大きく包み込む。死体はもう抵抗せず、焼かれるのをただただ待っているようだった。

 もう私の体は寒さも感じない程に神経が麻痺していた。だから、自分の体から出る炎が時々人の肌の部分に触れるのだが、それでも何も感じなかった。

 熱いも寒いも無い。ただただ――祈ることしかできない悲しさが、正に今の翼のように私を包む。


 もう大丈夫だろうと、動かない死体から離れる。蚯蚓(みみず)のように這って近づいてくる右腕を思い出し、同じように焼いて弔う。

 敵味方がどうであれ、恨み辛みがどうであれ、弔いは平等にしてやるべきだと、心の中で小さく呟いた。


「やっと、やったね」


 後ろから、ふらふらと歩いてくるナキを見て、やっと安心できた。これで終わりではないけれど、本当に心が落ち着けた。


「時間かかっちゃった。でも、ちゃんと倒せた」

「うん」


 そう言えば、疑問が残っていた。

 一体どうやってナキはサーベルをここまで飛ばしたのか。

 後ろから歩いてくるナキを見ると、やはり大分距離はあったらしい。振るうのだけでも一苦労だったナキの細腕では、死体へ投げ飛ばすことは疎か、狙い澄ましたように右腕に当てることは不可能に思えるが。


 そこで、思い至る。考えてみれば簡単なこと。今後は普段から考えることを心掛けよう。


「魔法って便利だね」

「そうでしょう?」


 そう言って、彼女は小さく笑う。


 私達は草の上に座り込み、大きく息を吐く。

 まだやることは沢山ある。島の死体を片づけなきゃいけないし、この燃える林の後始末もしなきゃいけないし、アンドレイア様の所にも行かなきゃいけない。最後のは使命ではなく、ただの使命感だけれど。

 焦げて炭になってしまった死体を眺め、二人揃って呆ける。


 はあ――やることだらけだ。


 そうして私達は――泣いていた。

 涙をぽろぽろと流して、初めて戦った自分と同じ形の敵を――その残骸を眺めていた。

 自分はこんなにも弱くて――柔い。

 世界はこんなにも酷くて――惨い。

 憧れた外界は、こんなことだらけなのだろうか。


 怖くて――泣く。

 悲しくて――泣く。

 辛くて――泣く。


 小さく青い空の下、乾いた林と泣いて嘆いた少女が三人――そこには確かに居た。

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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