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Light in the rain   作者: 因美美果
第四章――3
25/77

『真相』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 この世には禁忌魔法というものが存在する――この世の摂理に反し、この世の者に害を為すものとして、使用することを永久に禁じられた魔法がある。


 その内の一つ――死体操作ネクロマンシーというものが含まれる。

 これは闇魔法、黒魔術とも呼ばれる魔法の一種であり、生き絶えた死体に使用される。

 ネクロマンシーが何故禁忌魔法として封じられたのか、それはこの魔法は死体を蘇らせることができるからである。

 蘇らせるとは言っても、生き返る訳ではない。正確に言えば――動く死体を作り出せるのだ。


 原理としては、その死体の魂が怨念や悔恨を抱いていなければならない。

 そして、魂がこの世に未練を持ち、元の肉体に憑き続けていなければならない。

 この条件を満たしている死体がない限り、ネクロマンシーを発動させることはできない。

 しかし――それさえ満たしていれば、大抵の場合は、ネクロマンシーを使用することができる。


 ネクロマンシーは、怨念を持った魂を強制的に支配下に置くことで、Livingリビング Deadデッド――生ける屍を生み出す。

 神経の有無や呼吸器の動作、血の巡りの働き、脳の統制を全く必要とせず、ただただ細胞が動く限り動くだけ。


 古代の人々はそれを用い、労働力としたり、使用人や、奴隷として扱ったりもしたらしい。

 ある時、それを利用して兵力に換えようとした軍があったようで、それを世界王者たる王国は危惧した。死体が戦場に出れば、終わらぬ戦が生まれ、被害は無辺際に広がり続ける。その光景はもはやこの世ではない――地獄であろう。


 王国はネクロマンシーを禁忌魔法として封じ、それを使用、研究した者は問答無用で死刑に処した。

 王国は世界各国にもその制約を強制し、現在ではネクロマンシーが合法な国及び地域は存在しない。

 たとえそれが無法地帯の独立した勢力だろうが、一個人の趣味嗜好だろうが、ネクロマンシーに関わる者は不穏分子として抹殺される。


 そして、その屍の糸を握る者が、いわゆる死体操作者ネクロマンサーと呼ばれる。今はもう消えたはずの呼び名。


 それなのに――ネクロマンサーは今目の前にいる。


「勘の良い奴はこれだから嫌いだ。俺みたいな奴には、必ず敵でしかない」


 憂鬱そうな顔で私を睨む彼の眼は、生きている割りには光が死んでいて、死んでいるには感情が生きていて、生と死の境をふらふらと彷徨っているように見えた。


「良いや、時間が勿体ないし。皆殺せば良いんだしな」


 気怠そうに呟き、エピシミアと名乗る男は再度手を挙げる。そうすると、エピシミアに乗られている大男がまたも声を上げ、地面を破りそうな程叩く。


 ――それが鬨の声だと、私達は知らなかった。


 その声を合図に、待機していた死体達は突然に駆け出し、近くに居る者を有無も言わさずに攻撃した。不意を衝かれ、殺されてしまった者も中にはいるだろう。

 私の元にも死体が走ってきたが、倒せないことは知っているので、武器を奪い、体を持ち上げて投げ飛ばす。武器は粉々に壊せば問題ない。


 エピシミアは大男をどこかへ向かわせ、一人そそくさと戦線から退いた。


「卑怯な。逃げる気か」


 許すまじ。私は逃すものかとエピシミアを追いかける。大男は地面を鳴らしながら走っているが、私が追いつけない速さと距離ではない。


「フィン、どこへ行くんだ!」

「奴を追いかける。皆はここを守って。この島とこの島の皆を」


 オールの言葉に声だけを返した。

 後ろは振り返らず、エピシミア向けて走る私は、焦っていたのかもしれない。彼を殺せば全てのことが済むはずだから。急いてこそ報われる。


 私よ走れ――皆の為に。


「お待ち下さい!」


 後ろから声が響き、何事かと一瞬振り返ると、サギニさんが追いかけてきていた。翼を広げ、超低空飛行で私の後をついてきている。


「何しているんですか?」

「あなただけでは心配です。私も助力致します」

「皆はどうしたのです?」

「虚竜様や洛北竜様にお任せしました。島中に戦闘態勢の報せをするよう命じましたし、問題ありません」


「何より、皆を苦しめたあの者を長として逃す訳にはいきません」と、落ち着きながらも怒りに煮えたぎる声で言い放った。


 仕方がないな。今は時間がないし、話している暇もない。加勢してくれるならば何より。私は構わず走り続けた。


 距離は徐々に縮まりつつあるが、向こうも中々頑張るようで、かなり遠くまで来てしまった。

 そして、彼らがやっと立ち止まったのは――何の因果か、アンドレイアがいつもいた丘の上であった。


「しつこいねえ。いい加減にしてくれよ」


 どの口がそんなことを言っているのか。追われるようなことをしたんだろうが。


「何故こんなことをしたんだ。虐殺して、惨事を起こして、何の意味があるんだよ」


 私の言葉を聞き、愉快そうににやりと笑う。何がそんなに面白いのか。


「意味はあるさ。聞きたいか?」

「聞きたいね。是非もない」


「おや」と、目を丸くしてエピシミアはきょとんとする。


「てっきり聞きたくないかと思った。変な奴だな」


 お前程じゃないと思うが。べらべらと喋る割に本質は全く語らない。無駄口ばかりじゃないか。


「動機を知っておかないと、事件は完結しないから、殺す前に聞いておこうと思って」

「ふうん。まあ良いけどさ。話してやるよ」

「おや」


 これは意外。本当に話してくれるとは思わなんだ。最後まで謎を隠したまま死んでしまうような陰険な奴だと思っていたが。


「失敬だな。偏見で語られちゃあ世話ねえよ。どうせお前らが死ぬんなら、知っていようが知っていまいが変わらねえだろ。知って死んで、それで満足なら教えてやるだけだ」

「お前が死ぬ場合は?」

「それなら、もっと俺には関係ねえよ。俺が死んだ後の世界なら、真実を知られていても何の得も損もしねえんだから」


 ――それを聞いて、さらに意外に思った。彼は勝利だけを見てここに来た訳ではないのだ。

 しっかりと、作戦が失敗し、自分が死ぬ未来も見ているのだ。

 用意周到に立てた作戦を実行し、現に今は彼の方が優勢な状態にあるにも関わらず、それでも慢心することなく敗北する未来も見ている。こいつ、思っていたよりも強敵だな。


「それじゃあ、語らうかな。俺が実行した犯行を――この箱庭で起きた事件の真相を――」



   〇   



 俺はクルヴィから来た。


 そう、奴隷国家――クルヴィだ。

 ――ん、何だ。竜人の女は知らないのか。なら、軽く説明してやろう。急いでいる訳でもない。時間はあるだろう。


 クルヴィ帝国。

 王国より遥か西に位置し、王国の約十分の一の国土面積を持つ島国。そして、世界で唯一、奴隷の保持が国法で認められている国でもある。

 かなり前までは同じような国はいくつもあったが、今は倫理観だの道徳観だので、どこも奴隷制度が禁止されている。

 そんなこともあり、他国からの映りも悪く、外交を行ってくれる国も少ない。特に海を跨いで向かいに位置するバリウスからはかなり危険視されている。

 だから一部の小国や、個人で商会と取引することが大半だ。それを補えるだけの労働力――つまりは奴隷を皆が保持しているのだから、国は良いように回っている。


 人口のほとんどが奴隷に属し、全体の一割にも満たない者達が富裕層、要するに奴隷共の飼い主となる。

 ただし、正式に国民として認められているのは高額な税金を支払っている富裕層のみで、奴隷は国民としては見られない。

 だから、国の正式な人口表記は国を蔓延はびこる奴隷の数は含まれていない。

 奴隷には何の手当もつかないし、何の保証もつかない。そりゃあ、皇帝すらも奴隷を腐る程所持しているんだから、そんな人情だの人権だのがある訳ない。

 まあ、たまにいる物好きが奴隷の分の税金も支払っているがな。俺に言わせれば、傀儡かいらいに貢いでいるようなもんだ。どっちが飼い主か分かりゃしねえ。


 と、こんなもんかねえ。お前らも色々言いたいことがあると思うが、そこら辺はさて置いて――俺は十数人の奴隷を保持していた。

 皆金で買った奴らだが、その扱いはお前らが想像している通りだ。

 男なら護衛や労働力、移動の際の馬として使った。

 女なら家事や料理、性欲処理もさせていた。

 たまに商品としてトレードに使ったりもしたし、苛立った時に拷問をして、気を晴らすのにも使った。


 俺の生まれはそれなりに裕福な奴隷商人の一家で、十八の時に独り立ちして、それからは不動産の経営をした。

 収入も安定してきた頃、俺は奴隷を頻繁に買うようになっていた。それまでは、男一人女二人の奴隷を酷使していたが、一人の女が過労で死んだのがきっかけとなった。

 そこからは徐々に奴隷の数を増やしていき、結果十数人の奴隷を飼うようになった。


 そして、金も大量に入り、何不自由ない日々に退屈してきた頃、俺はとある研究を始めた。

 それが、禁忌魔法――ネクロマンシーだった。


 クルヴィでもさすがに禁忌魔法は固く禁じられていて、周りに気づかれれば即死刑だからな。毎日スリルがあって新鮮だった。

 そしてそれよりも、禁じられた魔法を調べていき、徐々にネクロマンシーが完成していく感覚が退屈していた俺を満たした。

 古い時代に封じられた魔法だからな、ネクロマンシーに関する書物や、古文書も見つけられる範囲ではほとんど残っていなかった。それだけにかかった時間も金も半端じゃない。


 しかし、長い年月を経て、遂にネクロマンシーを完成させた。

 その時感じた達成感と言ったら、生きてきた中で体感したこともない程のもので、俺は叫び、泣いた。何不自由なく生きてきた俺が、全身全霊でのめり込み、作り上げた一種の芸術品だ。


 ネクロマンシーを完成させた俺は、そこでは止まらなかった。また新たに、次なる到達点を定めた。


 ――この魔法を使って、最強の死体軍団を作り出す。


 死なないくらい強い兵士ではなく、死んでも戦う兵士がいれば、それは誰も止められない。それを操る者こそ、本当の王者だ。ネクロマンシーを恐れた王国に、再度地獄を見せられる。


 俺は奴隷を以前よりもさらに買うようになった。死体の材料となる生者を仕入れる為だ。

 より若く、より健康な体の者を、貯めた金を一気に吐き出すように買い漁った。


 そして、以前よりもさらにむごい拷問を奴隷達にするようになった。

 ネクロマンシーに必要な死体は、醜悪な怨念を抱いた魂と、その元の肉体だ。生前に恨み辛みを抱えて命を落とし、死して尚未だ現世に未練を持った魂を用意しなければならない。


 故に、俺は奴隷達にわざと恨まれるような拷問を強いてきた。

 心の底から俺を憎み、ぐつぐつと煮え繰り返るような悪霊が生まれるように仕向けた。


 しかし、事はそんな順調に進まなかった。

 いざ拷問をしてみれば、ほとんどの奴らがこの世に未練なんか残しちゃいない。

 大半はやっと死ねると、魂は肉体から即座に乖離かいりしてしまう。悪霊なんかになるでもなく、安らかに散っていくのが大体の終わり方だ。

 その上、若い奴程俺を恨んだり、憎んだりするよりも、怯えて恐怖で塞ぎ込むのが多い。怨念の欠片もねえ。


 時たまできる生ける屍を待っては、こつこつ溜めていく日々だ。

 周りから勘づかれないように、こそこそと生きていく日々だ。

 ネクロマンシーの研究をしていた頃とは反対に、実用化を目指すとなると退屈で仕方なかったさ。


 そうして、何十年と時が過ぎた時、もう何百人の奴隷を殺してきたか分からなくなった。

 死体が溢れ過ぎて、死体の肉を奴隷に食わせるっつう拷問もしたっけなあ。そうしたら、今度は食った奴が死んで、あん時は笑ったよ。


 やっと死体共が十分に集まった頃、俺は王国へ攻め入る作戦を必死に企てていた。

 しかし、これだけの兵力があるのなら、俺はもっと高みにも手が届くのではと思った。この調子であれば、頂きにも踏み入れることができるのではと――


 そうなれば、さらなる兵力が必要になる。クルヴィの競売所では現れないような、最強の遺伝子を持った生き物が――その死体が。


 すなわち――竜が。


 そうと決まれば、やることは見えてくる。

 この世の竜を殺し、そして奴隷にする。

 俺の野望は止まるところを知らない。


 竜達がどこかに巣を作っているという噂は聞いたことがあった。そこからは、この場所を探す日々さ。

 ネクロマンシーの研究をしていた頃の延長線みたいなもので、地道な調査も俺にとって苦ではなかった。


 方法としては世界各地に死体を歩かせ、その土地の情報を俺自身に送らせる。

 驚くべきことに、ネクロマンシーは死体の視覚や聴覚などの全ての感覚を、操作者たる者に共有することができる。


 そしてある時、一人の死体がこの島を見つけた――世界から隠され続けてきた、この箱庭を。


 調査を進める内に、この島は見ることもできなければ、触ることもできない。不可視の魔法と不可侵の魔法が檻のようにこの島を囲っているからだ。

 しかし、それはあくまで――生者に対してしか、効果を示さなかった。死体にはてんで意味を成さず、そして、その視界を見ることのできる俺にとっても、意味のないことだった。


 ここの存在に気づいた俺は、竜の虐殺の計画を立て始めた。

 調査を続ける内に竜人の存在も確認できた。その時は、さすがに舞い上がったさ。思わぬ収穫が手に入り、俺の野望をより実現させる材料が揃った。


 計画はより周到に、より綿密に考えた。

 何せ相手は力の頂点――竜の遺伝子達だ。失敗する可能性はいくらでもある。


 だからこそ――俺は安心できた。

 どこまでやれば、成功するのか。

 どこまで抑えれば、やり過ぎずに済むのか。

 作戦のコストやリスク。

 それの大小を計ることは竜を相手にする上で、全く必要なかった。

 奴らは最大の存在なのだから、過度も加減もありはしない。あるのはただ――どこまで限界を押し上げられるか。


 加減をするのは、全力を出すよりも大変なんだ。

 それが自分に対してではなく、他人に対してならもっとな。他人の限界は、どうしたって見えないし、どうしたって知れない。

 だから、ネクロマンシー用の死体を作る時も苦労した。どこまでが憎悪で、どこからが恐怖なのか。


 そして、いざ計画を実行する時が来た。


 まず、死体を島に送り込む。

 送った者の大半は隕石湖から島に辿り着くまでの間に、魚や鳥に骨肉を食い千切られたり、溺れてそのまま上がれなくなって、使えなくなった。

 島に辿り着いたごく僅かの者達を、見張りの竜達に見つからないようにゆっくりゆっくりと島の岩肌を登らせた。

 天辺まで辿り着いたら、そこからは飛び降ろさせるだけだ。

 それを何度も何度も繰り返し、島は竜達の知らぬ間に俺の奴隷で溢れ返っているという訳だ。


 この島に十分な死体が溜まった頃、俺は島の近くに舟を浮かべ待機していた。

 動かぬ死体の視界から、何度も餓鬼――お前の姿が確認できた。

 あまりにしつこく繰り返し調べてくるものだから、殺してしまおうかとも思ったが、早まってはならない。部外者の餓鬼に俺の計画を狂わせられてはならない。気の短い俺にしては、大分辛抱した方だぜ。


 そして、昨夜。適度に良さそうな竜を見つけたので、集団で襲いかかった。


 それがあの火竜だ。


 闇夜に紛れ、一気に不意を衝けたのもあって、案外早く殺せた。


 そうそう、気になるのはどうやって殺したかだよな。

 答えは単純明快――一人を口から潜らせて、食道を掻っ切って、心臓を力の限り切り刻んだのさ。

 犯行は正直ゴリ押しみたいなもんだが、成功したんだから構わねえよ。うじゃうじゃと群れる死体で竜を押さえ込んで、無理矢理口を開かせる。火を吐き散らすから、死体を中に入れるタイミングが中々の難易度だったがな。


 火は気管を通って出るから、食道を通って心臓まで辿り着くというアイデアは我ながら上出来だった。

 そして、心臓を思うがままに、気が済むまで切り刻む。

 そう言えば、心臓を破壊させた死体から、サラマンダーの姿が確認できたが、あれは誰の仕業だろうな。まあ良いか。


 あの死体は、俺がここに居ない間の臨時で司令塔をやらせていたんだが、使える女だったぜ。

 奴隷商に攫われる前は、立派に医者をしていたらしくてな、あの環境下でも火竜の食道の傷を縫える、器用な女だったさ。


 さすがに、熱を弾く魔法障壁を張った外套があっても、火竜の体内では耐えられなかったようだがな。

 竜の物色もあいつにさせていた。ああ、その時にもお前を見たなあ。

 結局、最後はどろどろに溶けちまって、サラマンダーに燃やされちまった。


 だが、その代わりにあの火竜を手に入れられた。

 その上、運悪く目撃者となった竜も支配下に置けたしな。残念なのは、火竜の時みたく、なるべく無傷で殺すという命令をし忘れていたから、凄惨な死体になったことだな。ばらばらになると操りにくいんだ。


 何はともあれ、箱庭の魔法の結界を司る竜の長が死んだんだ。

 この島の結界は解除され、かくして俺はこの島へ侵入することに成功した。


 ここに入ったのは夜だったから、見張りの連中にもバレずに来れた。

 あとは殺した竜達の元へ行き、ネクロマンシーの餌食にするだけだ。

 幸いにも、竜の意志は非常に丈夫で、魂は肉体に憑いたままだった。殺した全ての竜を生ける屍にすることができた。


 その後は島の奴らが集まってくるのを待って、残った奴隷共はゾンビの如く地中に潜らせておく。

 俺は安全地帯から、のこのこやって来て、奴隷に全員殺させるだけだった。


 予想外だったのが、俺の他にも外から来た者がいたということだ。

 そして、お前がいなければ、もう少し穏便に事を済ませられていただろう。


 しかし、思わぬ収穫もあってな、洛北竜までもがここに来ていた。

 これは千載一遇の機会――洛北竜を支配下に置ければ、一気に兵力が拡大する。俺の野望が大きく前進する。


 ああ? 俺の野望? そういえば、まだちゃんとは言っていなかったな。


 俺の目指す場所はただ一つ――頂点だよ。

 この地上ではない、もう一つの場所。

 薄明の先に待っている光景――天界。


 ――『神狩り』さ。



   〇   



「……神狩り……?」


 小首を傾げ、怪訝そうなしかめ面でサギニさんは呟いた。

 有名ではあるが、箱庭が外界と隔離されているなら、知らなくても当然だろう。最近はその話もあまり聞かなくなった。


「何だ? そんなことも知らねえのか。つくづくここの連中は無知曝してんな。神狩りも知らねえとは……世界一の有名人だぜ?」


 そこまで言う必要はないと思うが、まあ、確かに神狩りは有名人だ。世界一というのも、納得できない訳ではない。


 サギニさんがこちらを見て、説明を求めているようなので、恐縮ながら説明させて頂く。


「神狩りというのは、簡単に言うと――伝説のような現実――です」


 神という存在がいることは、読者諸賢も既にご存知かと思われる。

 万物の数だけ神がおり、それらを司る者達。

 この地上とは別の『天界』に住まい、我々を遥か遠く――高い場所から見下ろしている。天界への行き方は誰も分からず、行った者が帰ってきたことはない。その点で言えば、天界は闇の中と同じなのかもしれない。


 しかし、以前話した時――天界に行った者は例外を除き、存在しない――と言った覚えがある。

 その例外こそが、神狩りの名を持つ者である。


 神狩り――約八百年前にたった一人で天界へ乗り込み、当時天界にいた神の半数を殺し、世界全土に衝撃を与えた――人間である。

 どうやって天界へ行ったのか、どうやって神を殺したのか、詳しいことは神のみぞ知るが、分かっているのは、神狩りは人間の男性で、そしてその真名は――テオス・オン・カタストロフィと言う。


 彼の目的が何だったのかも未だ知られていないが、彼は結局殺されてしまった。

 当時――と言うか、天界が始まったその時から神々を統べる最高神に、彼は敗北を喫した。


 この神話のような実話は直に地上にも知らされ、神狩りの話は今日まで伝えられてきた。


 ついでに、私達が抱えていた各所の謎や疑問を明快にしておく。


 ほとんどはエピシミアが言った通りだが、たとえば死体から微量の魔法の匂いがしたのは、死体が活動を停止した状態でネクロマンシーにかかっていたからだろう。


 今日になって島中から魔法の匂いがキツくなったのは、ネクロマンシーの支配下にある死体が活動を開始したからだと思われる。

 なので、匂いが強まった時刻は、正確には昨夜の皆が寝静まった頃からなのだろう。


 また、アンドレイアに付いていた手形の跡は、死体達が押さえ込んだ際に強く残ったのだろう。

 そして、死体の手にも魔法はかかっている。すなわち、その跡にも魔法は残り続ける。

 そのせいでアンドレイアの体の表面からも匂いが感じられたのだ。


 しかし、これだけの真実を明かされてもまだ分かり切っていないことがある。

 堅強な岩に刻まれたあのダイイングメッセージだけは――


「カタストロフィは俺の憧れだった。果敢にも単身天界へ行き、神々を薙ぎ倒していったんだ。幼い頃にそれを知った俺は、即座に彼の虜になった。あれこそが最強だ。生まれつき何の力も持たない人間が、頂点たる神すら凌駕したんだ。世界は震撼しただろうさ」


 夢見る子どものような眼で、彼は小さな空を見上げた。

 手を大きく広げ、まるで空から降ってくる何かを受け止めるかのような――抱き締めるかのような仕草をした。


「しかし、彼は死んでしまった。最後は最高神に殺されてしまった。夢半ばで、彼は敗れたんだ。一体何が足りなかったのか。何がいけなかったのか。それは――彼が生きていたことだ。そして――死んだらもう、そこで終わりだったことだ。だから、俺はネクロマンシーを利用し、神を討ち滅ぼす為のカードを揃える。これはあくまで下拵えさ。こんな虐殺、神狩りが始まれば比じゃあない。傀儡共が世界を埋め尽くし、俺はこの世の頂点になる」


 大層な野望だこと。

 そんなことの為に何十年も苦労を重ねて、沢山殺して、沢山蘇らせて。そんな茶番に付き合わされる私達とは、果たしてどんな顔をすれば良いのやら。


 本当――下らない。


「叶わないよ、お前の野望は」

「ほざけ。お前には止められねえよ。俺は死なないし、野望は叶う」


 それじゃあ困るんだよな。

 この世には大事な人が居る。

 両親や弟、まだ顔も見ていない妹、初めてできた友人、初恋の人もきっとどこかで生きている。祖国を出て、初めて会った守りたい人、一緒についてきてくれた少女、宝石のような人達、消えてほしくない恩人も、全部、全部、全部、全部、全部。


 私はその人達と――一緒に生きたい。だから、私は戦うのだ。


「日々は戦い。私よ、どうか――武運を」



   〇   



 一言残し、右足が内側から爆発するのではと言う程の力を込め、エピシミア目掛けて私は一歩飛び出した。

 高速で距離を詰める私に対し、顔色一つ変えずにエピシミアは下の男に命令をした。


「殺せ」


 大男は猫背のまま両手を広げ、私を迎え撃った。

 掴みかかる男の手を私は捌き、彼の顔面に蹴りを入れる。

 死体相手に無闇に剣で斬るのは、むしろ自分の首を絞めることになる。そんな藪蛇な真似はしなくはない。

 元より格闘術の方が得意なのだ。私にとって武器を使わぬことは、苦でも非でもない。


 大男は後ろに仰け反り、よろけてしまう。  私はそこに追撃を仕掛けたが、エピシミアが「何やってだよ、使えねえな」と、愚痴を挟みつつ、私の眼球目掛けて杖を突きつけてきたので、追撃をやむなく中断させられた。ぎりぎりで躱し、一度後ろに飛び退く。


「さすがに二対一じゃ分が悪いな」

「よく躱したねえ。お前中々強いじゃないの」


 できることなら、最初の距離を詰めたところで怯むなり、虚を突かれるなりしてほしかったんだけれど、顔色一つ変えずに迎撃されてしまった。

 やはり一筋縄ではいきそうにないな。思った以上に強敵と見做した方が良さそうである。

 むしろ横に立っていたサギニさんが驚いてしまった。何でやねん。


「大丈夫ですか、サギニさん」


 私は一旦退いて、後ろで固まったままのサギニさんに声をかけた。

 まだ戦いが始まってものの数秒しか経っていない。恐らくこの戦いはこれくらい速度で展開される。ここでついていけていないようでは、かなり厳しいと思うが。


「大丈夫、ごめんなさい。少し遅れを取りましたが、必ず取り戻します」


 そう強く前を向き、彼女は自分に言い聞かせるように唱えた。私はそれを聞き、少しばかり安心した。


 とは言え、事態はそう簡単ではない。


 そもそも死体が相手だということ自体、強敵なのだ。

 彼らには、リミッターが存在しない。生きている時は神経が体を通っている為、ある程度のブレーキがつきまとう。それも無意識の内にだ。


 しかし、死ねばそれは完全に解除され、生きていた頃の数十倍もの身体能力を引き出させる。

 反応速度も、反射速度も、反撃速度も、全ての対応が生きている時とは桁違いに跳ね上がる。

 それだけで脅威になるというのは、十分伝わるだろう。私達は生きている以上、九十九パーセントの力を出せても、向こうの大男は百パーセントを毎時引き出せるのだから。

 たとえサギニさんが竜人でも、実力的には五分五分と言ったところか。


 その上、エピシミアまで居るのだ。

 禁忌魔法になるような魔法は、大抵が高難易度である。

 当たり前だ、皆が危険な魔法を使えては世界はここまで辿り着いていないだろう。それなりの難度があり、それを扱えてしまう者がたまにいるので危険なのだ。


 そして、それが使えてしまう彼は、相当魔法に長けている。生きていようとも、脅威であることには変わりない。


 ――と、その時、エピシミアがいきなり大男の背中から「よっ」と、声を出して着地を決めた。


 何だ? 彼は戦わないのか? こちらは一応二人いて、向こうも二人でかかってくるのがベストだと思うが、コンビネーションを捨てて、大男一人で戦わせるのか。

 それは大男の実力への信頼なのか、はたまた自分が戦うのがただ怠いだけなのか、もしくは自分が出るまでもないというこちらを低く見ているのか。


 何にしても、こちらは穏やかな心持ちではない。

 サギニさんも顎を引いて、真っ直ぐに彼らを観察している。額に一滴の汗が垂れて、かなり訝しんでいるようだ。

 それは私も然り――警戒しない訳がない。だが、これは何の作戦だ?


「後は任せたから。俺に面倒かけたら殺すからな。て、お前もう死んでるか」


 けらけらと乾いた笑いを上げ、後ろの方へ下がっていくエピシミアは暢気に尻を掻いていた。

 どうやら、ただ怠いだけのようだった。

 自分で手を下すのが面倒なだけで、奴隷へ全て丸投げするつもりらしい。何という腐れ主人。こちらも舐められたものだ。

 いや、面倒かけたらと言っているあたり、面倒になる可能性は考慮しているのか?


「さっさと始めろよ」


 彼の声に急かされた男は、スイッチを入れられた機械のように、前触れもなく私達へと走り出した。

 私と大男が古くからの大親友みたいな関係ならば、ここで互いに抱擁を交わすのも吝かではないのだけれど、生憎そういう関係でもない。

 私は両手を広げる代わりに、片足を引き、拳を前に突き出して構えた。


 殴りかかってくる男の拳を片手で受け流し、腹に一発蹴りを入れる。

 サギニさんはそれに乗じて、男の顔面に飛び蹴りを喰らわした。蹴られてばかりである。


 そこから私は男の片腕を掴み、彼の腹を私の背に乗せて一気に腕を引っ張る。

 背負い投げを見事に決めた私はそこで甘んじることなく、倒れた男の顔に踵を落とす。

 彼の歯は粉々に砕け、恐らく顎の骨も折れてしまっている。これで噛みついてきて攻撃されることはないだろう。


 しかし、無理に追撃しようとすると、最悪反撃を喰らい兼ねないので、再度引き退さがる。

 ヒットアンドアウェイで行かなければ、どこかで隙を突かれるかもしれない。何せ死体とは戦ったことがないのだ。未経験で勢い任せに戦うのはあまりに危険過ぎる。


 そう。相手は死体。骨を折っても動き続け、肉を裂いても暴れ回る。切っても叩いても、大したダメージにはなっていないだろう。

 その上、この死体自体が厄介で、背負い投げするのもかなり大変な程の体重の重さだ。

 大男とは言っても巨人ではないので、持ち上げられない訳ではないのだけれど(と言うか巨人の奴隷もいるのだろうか?)、持ち上げるにもかなりの重量で、躱したり捌いている彼の攻撃を諸に受けたら、骨が折れるどころでは済まない。失くなってしまう。


 ――はて、どうしたものかな。


「フィンさん。少し良いですか?」


 私がこの死体をどう退けるか、思い悩んでいると、サギニさんが私の肩をつんつんと叩いた。何か思いついたのか?


「どうしましたか? 何か良い案でも浮かびましたか」

「案と言うのか、気づいたことがありまして。少しよろしいですか?」


 それは構わないけれど、向こうもこちらに休みをくれそうにない。彼を相手にしながら話すしかない。

 エピシミアは向こうで寝大仏の如く横たわっている。


「彼らの殺され方についてなのですが」


 ――殺され方? そう言えば、エピシミアはそれについては触れていなかったな。

 知られてはまずいことなのか、単に忘れただけなのか。


 外傷もつけずに殺すとなると、アンドレイアと同じ心臓だけを破壊したという線が濃厚だろうか。心臓だけ裂かれるというのは、かなり残酷な死に方なので想像したくないが。


「いえ、それは無いと思いますよ」

「と言うと?」


 サギニさんは襲ってくる男の攻撃を身躱し、背後に回り、羽交い締めにした。何と見事な動き。戦闘慣れしているのだな。

 そして、何より彼女が強かなのは、羽交い締めして男の動きを封じると同時に、私に男の体を見せているのだ。


 男が着ている服は、正に奴隷が着るようなボロ布を縫い合わせたズボンで、上半身は何も着ていない。

 よって、私は今サギニさんに鍛え抜かれた男の体を見せつけられている。

 それで彼女が私を新たな性癖に目覚めさせたい訳ではなく、男の体の痕を伝えたいのだ。正確には心臓部にあるはず・・・・の痕を。


「無いんです。もし心臓だけ裂かれたのなら、心臓周りの皮膚や肉を裂かなければならない。そうなれば、心臓を裂いて死体に対象を殺した後、傷を塞がなければならない。ですが、彼にはそんな痕が一つもない。あるはずの痕が残っていない。これはつまり、別の方法で行われたんです」


 ……なるほど。それは言えている。理由としては十分にあり得るだろう。しかし、それ以外の方法で、何があるんだ?


 その時、羽交い締めされて抵抗していた男が、背中に乗っているサギニさんを思い切り振い落した。

 サギニさんは強く地面に打ちつけられ、小さく唸る。態勢を立て直し、再度男へ構える。


「毒殺では?」


 ぽつりと呟いて、サギニさんは迫り来る男の拳を受け止めた。


 ――毒殺? 毒、か。確かにそれならば、肉体は破壊せずに神経や脳機能だけを蝕むことも可能だろう。それも考えてみるだけで、ぞっとするような死に方だが。


 しかし、それの予想がついたところで、一体この先どうなると言うのだろうか。

 毒で死んだということは、未だに彼らの体の中には毒が回っているだろう。


 しかし、その毒があっても動き続けているということは、毒で死に至っても、毒で動けなくなることはないのだ。


 この男を倒せる方法を知りたかったのだが、倒せない方法が判明してしまった。まあ、無駄足を踏む可能性がなくなったと思えば、悪い気もしない。


「いえ、無駄足にはなりませんよ」


 サギニさんは自信に満ち溢れた風に、声を放った。

 その言葉の意味は汲み取れなかったが、何となく頼って良いような気がした。


「あのいけ好かない男が死体を作るにあたって、わざわざ毒殺にしたのは、何らかの意味があると思うのです。首を切ったり、脳に穴を開けたり、それこそ心臓を壊したりすれば良いと思います」


 大男の大砲のようなタックルをするりと躱し、彼女はエピシミアを親指で指し示した。私は大男の前に立ち、彼のタックルの勢いを利用して、またも背負い投げを決める。さすがに重い。


「けれど、彼は死体奴隷を集めていることを周りに悟られてもいけなかったのです。そうなれば、なるべく外傷はつけたくないのでしょう。それに、先程犯人たる本人がばらばらになると操りにくいと言っていましたし」

「ええ、確かにそれも理由にあると思います。しかし、それが本命とは限りません。そこで私は考えたのです。生ける屍はどのようにして動いているのか、と」


 動いている方法ということか? それは肉体に取り憑いた霊が動かしているのでは?

 命令するのはネクロマンサーだけれど、その命令を実行するのは魂自身だと思うが。私が読んだ書物にも、そんなことが書いてあった気がする。


「ええ、恐らくその通りでしょう。しかし、ではその肉体が無くなったら?」


 肉体が――無くなる? それはつまり、どういうことになるんだ。

 肉体があるから、霊は動ける訳で、それが無くなれば当然動けなくなるだろう。


「そう――動けなくなる。と言うか、霊は肉体から解き放たれて、自由になれるでしょうね。だから、生ける屍を倒すには肉体を無くすしかない」


 そりゃそうだが、そう簡単にできれば苦労はない。彼女はその方法すらも見えているのだろうか――


「ネクロマンシーの魔法は神経に関係なく肉体は動かせる、らしいですね」

「ええ、そのようですが」


 であれば――と、彼女はめげずに襲い掛かる男の背丈を軽々と超える程の高さまで跳ね上がり、両手で彼の頭を鷲掴んだ。

 翼を使うことなく、脚力のみで三メートル以上飛び上がるとは、竜人の身体能力の高さを改めて思い知らされる。


「――骨や筋肉はともかく、細胞がこの死体を動かしているのではないのでしょうか」


 ――鷲掴んだ彼の頭を逆立ちの状態のまま、サギニさんは両手で捻り千切った。

 千切った傷口からは血は溢れず、赤黒く固まっていた。


 体と離れ離れになってしまった男の頭を抱え、サギニさんは着地した。

 抱えた頭を今度は掲げるように片手で持ち上げ、見せしめのようにした。頭の目玉はまだ動いている。


「たとえ肉体が無くなり、その時に魂も共に消えてしまうのだとしても、それならそれで良いのです。何もしないことは無害と同等なのですから。そして、これを無害にする方法は恐らく一つ――」


 そう言いながら、彼女は竜の手から鮮明な真紫の液体を溢れ出した。


 それはもしや――毒か? 毒殺されたのであれば、死体に毒は効かないのだと、先程――ん、違う。サギニさんはそれを否定したのだ。

 となれば、彼女はその毒を男を無力化する為に――無害化する為に使うつもりなのだろうか。


 すると、男の顔面は毒が触れた部分から、蒸気を上げて爛れていった。恐らくは重度の火傷が彼の皮膚で起こっているのだ。

 毒は皮膚や肉を溶かし、やがて骨をも残さずに消した。

 サギニさんの掌には、いつの間にか大きな頭も何も無くなっていた。


 もしかして、サギニさんの言いたいこととは――


「危ないですよ。フィンさん」


 と、私の肩を毒のついていない綺麗な手で引き、私の背後に迫り来ていた首なし死体へ立ち向かった。


 サギニさんは大きく翼を広げ、その表面から鮮やかな毒を大量に出す。毒は首なし死体を包み込み、身動きを取れなくした。

 大量の毒素を含んだ蒸気を上げ、死体は地面に倒れ伏す。この蒸気は毒が外気に触れ、高速で蒸発した際に出るものだった。


 しばらくして、首なし死体も気化して、跡形もなく消え去った。


 本当に、死体を倒してしまった。


「――細胞を何らかの形で殺すのです。焼くなり、凍てるなり、溶かすなりして殺すのです。さすれば、肉体は動く術を失くします」

「ですが、彼らが毒殺されたのであれば、毒にはある程度の耐性があるはずでは?」

「そりゃあ、肉体まで破壊する毒は使わないでしょう。きっと殺害に用いられた毒はそこまで強力ではなかったでしょうね。しかし――毒とてたった一つではありません。弱毒から猛毒まで、全て引っくるめて毒です。そして、今回私が使ったのは、劇毒も劇毒、極毒も極毒、一度触れれば延々と毒が体を回り、全て気化するまで溶かし続ける。生身だろうが、死体だろうが、見境なく壊します。私は毒竜ですよ」


 にやりと、エピシミアの妖怪のような笑みとは打って変わって、妖艶さを帯びた美しい微笑みを浮かべる。


 そうか。体を動かすのは神経だとか意識だとか、色々言うけれど、それらは全て指令を出すものだ。実際に動かしているのは、夥しい数の細胞なのだ。

 故に、それを破壊すれば、動くことはできない。


 不死だろうと――既死だろうと――仮死させることは、可能である。


 にしても、サギニさんの毒の色よりも鮮やかな体捌きには正直驚かされた。熟練された体運びは美しい以外の何物でもない。

 始めに展開についてこれないようではなどと、戯言をほざいていたのが恥ずかしい。


「あーあ、もう終わったか。もう少し頑張ってくれると思ったんだがな。作ったのが無駄になっちまった」


 眠そうな顔で、頭を掻きながら歩いてくるエピシミアはそんな愚痴を垂れた。

 彼にとっては自分以外は皆駒のようなものなのだろう。或いは傀儡か。


 何にせよ、神狩りなんぞの為に、多くの命を殺した彼には、人の心なんて求めたって仕方がない。


「全く……どいつもこいつも鋭くって嫌になるね。わざわざ教えなかったところまで、自分で見つけちまうんだから。タチが悪いったらねえよ」


 彼の口振りから察するに、先程のサギニさんの推測を聞いていたのか。直接聞くのは距離的に無理だろうから、大男の聴覚を通して盗み聞きしていたのだろう。

 ということは、やはり死体は毒殺によって作られ、細胞を壊せば死体は動けなくなるということは、間違っていなさそうだ。


 思えば、アンドレイアの体内に居た外套を着た死体も、私が火で焼いたら動かなくなった。

 あれは細胞が完全に殺されたから、肉体の活動が停止されたのか。そこで既に気づくべきだったな。


 ともあれ、遂に残る敵は大将たるエピシミアのみとなった。ここからが本当の戦い、という奴である。


「覚悟はできてんだろうな。お前らもすぐに奴隷にしてやるよ。愉しく、哀しく、酷く、この世を歩き続けようぜ」

「無駄口を叩けるのは今の内よ。あなたは一人だもの。私達は負けないわ」


 さて、ここで負けてもどうせ上には上がいるのだし、どこぞのイカれた天才達が、早々に彼を殺してくれるんだろうけれど、その天才とは私の友人であるので、手を汚させるのも忍びない。

 悪い芽は、早い内に摘み取った方が良い。摘んだ手が土で汚れるのは私のくらいで十分だろう。


「じゃあ、行こうか。世界はともあれ、この箱庭の命運が決する。私は天才ではないけれど、世の中にある大半のものは、天才でなくともできてしまう――お前を討つことも然り」


 緑があり、水があり、住処があり、食物があり、それでも竜の小さなこの島は、用意されたように整った世界。

 それは正に箱庭だ。


 世界から恐れられ、世界から隠れた竜達の、世界から知られることのない戦いの結末とは、果たして――

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ち下さい。

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