『推理』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
竜の能力は七種類である。
一つは無竜。
一つは毒竜。
一つは火竜。
一つは氷竜。
一つは魔竜。
一つは光竜。
そして最後に、闇竜が来る。
闇竜――『竜の七日間』の最終日に当てられる種族で、その能力は闇を司ること。
具体的に言えば、触れるもの全てを吸収し、この世から跡形も無く消すことができる。真っ黒な体は光を吸い取り、その身から溢れ出す闇の霧や靄は触れただけでその部分を吸収し、還らぬものにする。
消えた先に何があるのかは誰も知らないが、少なくとも消えた先から帰ってきたものは居ない。
また、いつも光を吸収し、闇の霧を出しているのかと言えば、そんなことはない。普段は単純に黒い体で、光の吸収や闇の霧は調節することができる。
私達は全ての竜の長を訪ね、全ての竜の長と出会った。
しかし、私達が訪れたのは、六種類の竜の長の元である。はて、七日目の闇竜はどうしたのだろうか。
答えは簡単――闇竜は既に種として滅んでいる。
今から遥か昔、正確な数字は残されていないが、およそ千年前だと言われている。その頃、闇竜はこの世から種族ごと消え去った。その命を絶った。
その時に何が起きたのかは定かではないが、ある時一族は皆で揃い、互いの闇の霧で互いを消し合った。要するに大規模な心中である。
闇の霧は無条件で触れたものを消す為、周りからは他の種よりも一層危険視され、避けられていた。同じ竜からも嫌厭されていたこともあったらしい。
そんなこともあり、繁殖もあまりできず、個体数が少なかった闇竜は、すぐにその漆黒の体を世界から消した。
そして、私が今回なったのは、竜人。自らの意思で竜人にはなれるが、どんな種類の何の能力を持った竜人になれるかは、私が決められることではない。
決めるのはこの能力を私に授けた神である。そして、選ばれたのが絶滅した種族――闇竜であった。
因みに、竜人になるには、能力の種類も形態の種類も選べないが、竜になる場合は、四つ足の竜になることも、ワイバーンになることも、ワームになることも、意のままである。能力もまた縦にできるのだから、とんでもない。
オールを助ける為、何かにならなければとなったのが竜人であったが、それは私には似合わない程良い判断であった。無意識になったので、判断とも言い難いが。言うなれば、反応である。
ともあれ、オールを助けることに成功した私はオールへと駆け寄る。体を包み込める程大きな翼や、ぐねぐねとうねる尻尾は不思議な感覚で慣れない。
「オール、大丈夫? 今回復魔法をするから」
「……その姿……本当に闇竜なのか……?」
虚竜も私の姿を見て驚いていたが、オールまでもか。
闇竜がいた時代を生きてきて、闇竜が消えた時代も生きてきた両者にとっては、確かに衝撃的なことかもしれないけれど、そんなにも驚くことだろうか。確率的には七分の一なのだから、あり得ることではあるのだし。
「それは手前自身で選んだ姿なのか? どうなんだ?」
どうなんだと言われても、その話は虚竜にはしっかりしたんだから、分かるだろうに。
「いえ、たまたまです。私は何の竜人になるか知らずになりました」
大体竜人になるとも思っていなかったのだから。
「……アイオーニオン、君は私達の味方か、オールの味方か、どちらだ?」
「オールの味方です」
「私がオールを殺すのであれば?」
「私はあなたを殺します」
私が憮然として虚竜の問いに答えると、彼は視線を野に佇む花に移し、黙ってしまった。まさか臆してしまった訳ではあるまい。
「いや、私はひとまずオールを殺さないことにした」
――えっ? 何故急に? 先程まであんな爪やら牙やら振り回していたのに。
「虚竜様、何を考えていらっしゃるのですか!」
「彼女は間違いなくアンドレイア様を殺害したのですぞ」
「判断を誤られないで下さい」
「お前達、黙れ。一度落ち着け」
虚竜の言葉に動揺し、小うるさく喚く竜達を彼は強く制した。
「私がオールを殺せば、必ずアイオーニオンは私を殺して来るだろう。そうすれば、私に勝ち目は無い」
「!?」
そう――なのか?
「何を仰いますか。あなたは偉大なる虚竜にあられます。何の間違いが生じても、あの得体の知れない者が勝つなど……」
「知らぬ口を利くものじゃない――今は亡きアンドレイアがよく言っていた言葉だ。お前達は彼を侮り過ぎだ。彼はそんな軟弱な生き物ではない。地獄から這い上がったような者だ。それでいて善人なのだから、非の打ち所がない。見ていない勝負に勝手に勝ち負けを決めてはならない。彼がお前達にとって得体の知れない者であるならば、尚更だ」
そんな風に言われるとさすがの私も照れてしまうが、そこまで評価される器でもないと思うけれど。
「彼が今闇竜である以上、私に勝ち目は無いんだ。何故なら――」
そう言い、彼は先程オールの頭を潰そうとした前足を再度上げた。それはまたオールを殺そうとしてやった訳ではなく、自らの足の裏を見せようとしての行動だった。
高く上げられた彼の足の裏からは、大量の血液が流れていた。
「! 何故そんなことに……」
傷は大きく開いて、溢れる血は止まるところを知らない。
虚竜の体の頑丈さは足の裏まで行き届いている。並の剣や銃ならば、余裕で防いでしまえる程の堅強さで、虚竜を守る鉄壁の一つである。
では、何故にその足蹠が破壊されているのか。その答えは――
「……闇の霧」
「左様」
「その傷……治療致しましょうか?」
「構わん」
答えた私に頷き、彼はその足を地面に着けた。
無条件に――無差別に触れたるものを吸い消す黒い霧。闇竜が司るのは、そのおよそ無辺際な力である。
恐らくは、私が虚竜とオールの間を通り過ぎた時に、虚竜の足蹠に私が生成した闇の霧が触れてしまったのだろう。その際にできた傷が今見せられたそれと言う訳か。
「闇竜に関わらず、闇というのは触れるもの全て、光さえ、力さえも吸収し、どこかの果てへと消してしまう。何ものも破壊する私の力も、何ものも消す闇の前では無意味なのだ。触れれば即座に吸収され、消失する。それを操ることができる今のアイオーニオンに、私は勝つ術がない」
「…………」
周りの竜は皆黙ってしまい、その場は沈黙に包まれた。
いや、これは好機だ――これをものにせずして何となる。今こそオールへの疑惑を払拭するべし。
オールの傷への回復がある程度終わった頃に、私は再び口を開いた。
「今一度、調べ直してみませんか?」
私の言葉を受けた竜達は私をぎらりと睨んだが、私は構わず続けた。
私は思うのだ。
私が犯人をオールと思わないのは、確固たる証拠があるような気がするから――私が知っていて、彼らが見落としたものがある気がするから。
「……アイオーニオン。お前がオールを信じるからには、お前はこの件の真相を、もしくはそれに繋がる情報を持っているということだな?」
「如何にも」
私が知っている情報。この事件に大きく関わり、大きく揺るがす証拠。ここに来てから、幾度も感じた違和感と不安。それら全てを思い出せ。覚えていること全てを思い出せ。
これは私やオールの為だけではない。胸が裂けるような想いをし、本当に心が張り裂けてしまったアンドレイアの為でもあるのだ。いざオールと向き合おうとした直前、願い叶わず死んでしまったアンドレイアの為にも、ここでオールを冤罪で死なす訳にはいかない。よろしく頼むと、言われてしまったしな。
「ここに来てから、気になる点がいくつも見受けられました。それらはまだ調べられていません。恐らくはどこかで静かに隠れているのでしょう。そして、好機が来た時に、満を持して現れる。そして、それができるのは、オールでもないし、虚竜――あなたでもない。アルステマでもなければ、ナキでもない。勿論僕でもない」
私は言う。まだ確信は持てないが、いずれにせよ十分な証拠が出てくる。それを掴むことがすなわち答えだ。
名探偵でも、有能刑事でも、まして正義の大怪盗でもない私だが、それでも言えることはある。
「ずばり――犯人はこの中に居ません」
〇
推理小説のありふれた決め台詞を覆すような台詞を吐いた私だが、周りの反応は「へえ」と、言った感じだった。
あれ、おかしいな。もう少し格好良くなると思ったんだけれど、案外普通だったかな。
「んと……まあ、これからは僕の行く所にヒントがあるかと思います。調べたいことは沢山あるので、連れて行ってもらえますか?」
「良いだろう。して、その目的地は?」
とりあえず、筆頭で気になったこと。私が昨夜アンドレイアに呼ばれて、彼の元に向かった時、それを見かけた。
大きな外套に身を包んだ、杖をついた誰か。何を根拠にあの人影を怪しむのかは別として、その者は一体そこで何をしていたのか。何故うろついていたのか。
その真相を知る為にも、私はそこへ行かなければならない。この島にいくつも転がっている死体も気になるが、それはひとまず後回しだ。
「アンドレイア様の没地です」
「……良かろう。間違っても変な細工や無意味な隠蔽をしようなどと気を起こすなよ」
「当然です」
変に怪しまれるようなことはしませんよ――と、けらけらと笑ってみたが、虚竜達は全く笑えぬようだった。
私は人間になり、虚竜の背中に乗った。
オールの痛々しかった傷も大分ましになり、彼女は立ち上がった。まだ万全ではないだろうけれど、人間になるくらいはできるようで、小さな少女へと姿を変えて虚竜の背に乗った。ナキの手を引いて背中に乗せると、彼女はいつものように私の背後に座り、腰に手を回す。目紛しくことが進み、彼女の顔にも疲労が見られた。
それでも「大丈夫」と、笑うナキは私の生きる活力となった。
オールは未だ地面にへたり込むアルステマに顔を向け「お前も来るか?」と、声をかけた。
「……良いんですか?」
「アンドレイアは私の父だが、何も私だけの大切な竜ではない。お前が彼を愛していてくれたのなら、お前も彼の最期を――その真相を知るべきだろう」
「…………ありがとう、ございます」
アルステマを乗せた虚竜はゆっくりと飛び立ち、私達は湖畔を後にした。
最初見た時はあんなにも美しかった花の咲く畔も、今は地面がぐちゃぐちゃに崩れ、草花は焦げて灰燼となってしまった。
湖沼に浮かぶ睡蓮も、今は舞う灰を被って小汚くなっていた。
きっとこの場所も長い年月をかけてあの絶景へと辿り着いたのだろう。
しかし、壊れる時は一瞬である。力とは、良くも悪くも形を変えてしまうものだ。
没地に辿り着くまでに、倒れたままの竜を何頭か見つけられた。あれが虚竜が話していた殺されてしまった竜か。
遺体の周りは血塗れで、確かに惨殺としか言えなかった。あれをオールがやったとはやはり思えない。できるか否かは別として。
しばらくして、私達が目的地に着くと、そこには何頭かの竜とイオンとレウコテス、数名の竜人の中にはサギニさんもいた。
そして、その中心にいるのは静かに横たわるアンドレイアだった。
岩肌の地面に降り立った私達は、虚竜の背中から降りて一歩一歩アンドレイアへと近づく。その表情はあまり安らかではないようだ。疲れきったその死に顔は彼の生涯を物語っている気もしてならなかった。
「ああ、アイオーニオンさん……と、オール様も、いらっしゃいましたか……」
虚竜の背に跨るオールを視界に入れ、サギニさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。彼女もアンドレイアのダイイングメッセージを見たのだろうから、気持ちも分からないではないが、かなり露骨な反応だな。
周りも似たような感じである。それに対しオールは顔には何も出さない。
「少し僕の方で調べさせて頂きたいことがありますので、よろしいですか」
「ええ……構いませんが……」
私がサギニさんの言葉を受け、アンドレイアの遺体へと私はゆっくりと歩み寄る。それと反対に、サギニさんは虚竜の方へと歩いて行った。恐らくはオールのことについて訊きに行ったのだろう。
「オール、ナキ。行こう」
私は振り返り、虚竜の背から降りた二人を手招いた。皆は既にオールを犯人と見做しているようだけれど、そんなものは私達には関係ないのだ。私達は仲良く一丸となってやらせてもらう。
アンドレイアの遺体の側まで近寄り、眠るその顔を私は哀れみの眼差しで眺めた。オールは憂いた目をして、冷えきった彼の頬に手を伸ばした。
「触れるのは止して下さい。何かされては困りますから」
オールの行動を見て、近くにいた竜人が彼女を止めた。それくらい、許してほしい気もするけれど、まあ当然なのかな。
「それじゃあ、何から始めようか」
実際にアンドレイアの死体を見る限り、これと言って気になることは見当たらないが。強いて言えば、やはり外傷が無いのに死んでいるということくらいか…………ん?
そこで私は新たに気になる点を見つけた。
アンドレイアの体、つまりは鱗に薄っすらと付いている何かの跡。分からないが、何かが触った跡――否。これは違うな。もう少し、嫌なものだ。何かが意図的に押しつけられた跡だ。よく見ると、その跡は彼の至る所に、見えるか見えないかの濃さで付いていた。
「フィン? 何か見つけたの?」
ナキが私の傍に寄り、屈んで声でかけた。
「うん、まあ少しね。ナキは彼の体に付いている跡が見える?」
本当に微かな跡なので、分からないだろうと予想したのだけれど、それを覆すように「うん、沢山あるね」と、ナキは毅然として言った。あまりに堂々と言うものだから、案外濃いめに付いているのかと、跡を見直した。しかし、やはりぼんやりとしか分からない。
「手形がいくつも……何だか怖い……」
――えっ? 手形?
「ナキには手形に見えるのかい?」
「うん」
もしかして、そういう視覚的心理ゲームだろうか。見る者によって違うものに見えるみたいな。犯人はそんな死体で遊ぶようなことまでしたのか? 不謹慎も甚だしい。
「結構はっきりと、それも沢山あるけれど……もしかして、フィンには見えない?」
「うーん、言われてみれば、そういう風にも……」
かなり際どいが、確かに人の手形かな……。
すると、オールもまた近寄ってきて「どうかしたか」と、訊いてきた。彼女にもこれが見えるだろうか。
「? 手形? どこに? えっ、ここ? 何? 跡が付いてるの? は?」
全然分かっていない。
一番分かっていない。
まあ、かなり微かな跡なので普通は気づかないか。ナキは目は良いと知っていたが、思っていた以上に視力が良いんだな。
「どこって言うか……ここにも、ここにも、ここにも人の手形があるよ」
アンドレイアの体に指を差す、跡の位置をオールに示すナキだが、当のオールはよく分かっていなかった。
「んー、まあ父は竜人にも慕われていたし、べたべた触られることもあったんだろう。その手垢とかが鱗の上に跡になったんじゃないか」
「でも、この手形、多分竜人の手形じゃないよ」
「えっ」
ナキの言葉を受けて、目を凝らして見てみると、確かに私の手よりも小さかったり、竜人のようなごつごつとした風でも尖った風でもなかった。
「そうか。それなら、外に出た時に付いたんじゃないか? 父は島の外に出て行くこともままあったからな。その時に発勁でもされたんじゃないの」
竜にわざわざ発勁をしてくる奴なんていんのかよ。
まあ何にせよオールも特に気にしている様子もないし、気にかける必要はないのか? しかし、念の為にも――
「ん、どこへ行く?」
「ちょっとね」
私は立ち上がり、アンドレイアの遺体の周りを調べ始めた。岩肌が辺りを占めているが、岩の隙間に小さく生きている草も見える。そして、アンドレイアの周りのそういった草は黒く燃えて散っていた。恐らくはアンドレイアの火炎なのだろうけれど、何か変だな。
「どうかしたの?」
その時、突然耳元で囁いてきたのは、紫がかった透明な体で莞爾と笑うレウコテスであった。気配もなく近寄ってきたので、思わずぎょっとしてしまった。
「そんな驚かないでくれよ。忍び寄ったつもりもないんだし、悪気だってないんだし」
「すみません、何か気づかなくて。割りかし気配には敏感な方なのですが、不思議ですね」
ああ、それね――と、レウコテスはその細く澄んだ瞳を吊り上げた。
「魔竜って結構影薄いんだよね。こんな体だからさ。物理的に気づかれにくいの。視界に入っても、視線を向けられにくいんだよ。そこは結構苦労するかな。僕らのせいでもないんだけれど、周りのせいでもないから、どうすることもできなくて」
「色んな事情があるものですね」
「まあね。――で、何してたの?」
ああ、そうか。そんなことを訊かれていたんだった。
「ここの草が燃えていますよね」
「ああ、それね。とりあえず皆はアンドレイアさんが敵に抗った際に攻撃で出した火炎が草に移ったんだろうという見解で通しているよ」
ふむ、それが妥当か。……妥当か? それだと少し違和感が残るような気がする。
「……皆は犯人をオールだと考えているんですよね」
「ん? そうだね」
「でも、その理由だと……おかしくないですか?」
「どこが?」
私もはっきりとは言えない。もしかしたらアンドレイアには特別な考えがあったのかもしれないが、それでも賢い選択とも言えないし、もっと適切な対応があったはずだ。
「アンドレイア様が戦ったのがオールだとして、そのオールに攻撃する策として火炎を吐くというのは如何なものかと」
「…………」
「火竜に対し火をぶつけるのは、正しいとは言い難いです。アンドレイア様もきっと賢い方です。そこまで頭が回らなかったなんてことありますかね?」
「言われてみれば、そうだね」
やはり、オールが犯人だと結論づけたのは、ダイイングメッセージの印象に囚われてしまったのか。その他にも、竜の長が殺されて、焦っていたなど、理由はいくつも思い浮かぶ。見落としていた点は割と多そうだ。
これなら思っていたよりもすぐにオールの無実を証明できそうだ。
あ、そう言えば、レウコテスにも訊きたいことがあったんだ。
「レウコテス様は今何か匂ったりしてますか?」
「え、僕臭い?」
「いや、あんたじゃなくて」
臭くないから安心しろ。そうでなく。
「この島からです。何か嫌な匂いだったり。それこそ臭かったり」
「……魔法の匂いなら、今朝起きた時から匂うけれど。そうだね、確かにこれは嫌な匂いだ。君も感じるのかい?」
「人間のままでは何ともないのですが、魔竜になった途端に鼻がつんとして……昨日神殿跡に転がっていた死体から匂ったものを濃くしたような匂いです」
「そうか……僕も島中から感じるんだけれど、特にアンドレイアさんの心臓部分からはより強くね……」
ん――待てよ。
確か虚竜はレウコテスがアンドレイアの遺体の心臓の所から濃い魔法の匂いがと言っていた。
しかし、彼はアンドレイアの遺体からのみ匂いを感じている訳ではなく、この島の中ではアンドレイアの遺体からが一番濃い匂いがするということなのか。
「うん、そうだよ」
「それ、そっくりそのまま虚竜にも言ったんですか?」
「え、あー、っと、アンドレイアさんの遺体から濃い魔法の匂いがするなあって伝えたけれど」
「…………」
だから、虚竜達はオールだけが犯人だと思ったのか。使われた魔法は心臓の破壊にだけだと思ったから、それができる上級者だと思ったのか。
となると、オールが犯人だと判断されたのは、この方の舌足らずが一因にもなっていたと……。
「至極迷惑」
「ごめんよ」
「そう言えば、アンドレイア様の損傷箇所が心臓だけと判断したのは、誰がやったんですか? 見たところ、体を解剖したりはしていないようですけれど」
「ああ、それも僕。物理魔法の応用でね、透視をしたのさ。かなりの高等魔法だから、自信持って言える程鮮明には見えないし、長くはできないけれど、それでも心臓しか損傷はないと思うよ」
なるほど、便利な魔法もあったものだ。大体のことができてしまう。
しかし、となるとどうなるのだ? 一度魔竜になれば、私も新たに何かが分かるのだろうか。今回は魔法が鍵を握っていそうだが。
「そうだね。またあの苦々しい色の竜になるのも、一興なんじゃない?」
へらへらと笑いながら彼はべらべらと軽口を叩いた。私の魔竜の姿をそんな風に思っていたのか。イオンよりも余程毒吐いてくるな。
まあいいや。とりあえずその苦々しい色の竜になってやろうじゃないか。
私は魔竜になり、伸びをするように首を上げ、背中を反らせ、翼を大きく広げた。
「おお、格好良い」と、皮肉っぽく言うレウコテスを適当に無視し、私は再度アンドレイアの遺体へ近寄った。
相変わらず辺りは臭く、ここはより一層匂いがキツかった。
鼻が曲がりそうな悪臭を耐え、アンドレイアの前まで歩き、鼻を彼の体に近づける。
ん? これは……もしかすると、事態はもっと単純かもしれない。
「何かあったか?」
と、今度はイオンが声をかけてきた。皆はそんなにも私のすることに興味があるのだろうか。特に気にしたりはしないけれど、何となくやりづらい。
「ええ、魔竜になってみて分かったんですが、アンドレイア様の体の表面からも微かに魔法の匂いがするんです」
「それは詰まる所、アンドレイア様の体に魔法が使われたということか?」
もしそうであれば、アンドレイアの体を裂き、心臓を破壊した後に回復魔法でアンドレイアの傷口を塞いだ、という犯行も可能になるが、残念ながら少し違う。
「と言うと?」
「この匂いはあくまで体の表面からしてくるんです。見た感じ傷を縫ったような跡も無いし、そんな細密で大規模な回復魔法を使ったのなら、レウコテス様も気づくだろうし、当然今の僕もすぐに気づけます」
「あの娘は?」
そう言って、彼はアンドレイアの遺体の側で座るナキに視線を移した。
「あいつも魔力が高いんだろう?」
「魔の保有量と魔の感知の良さは比例しませんよ。自ら魔を生み出すような生き物でないと」
「ふうん」と、とぼけた返事を聞き、私は話を戻す。
「とにかく、彼の体から感じる匂いは非常に微かなものです。簡単に言うと、魔がうっかり付着しちゃったみたいな」
「そんなもんかねえ。難しいことは分からんけど」
あ――と、何か思い出したかのような声を出し、私をじっと見た。
「今更だけどお前って、アイオーニオンだよな」
本当に今更だな。いやまあ確かに、イオンには私の能力のことを伝えていなかったから、分からないのも仕方ないが。
――ん、いや、待てよ、じゃあ何でイオンはこの魔竜の姿を私だと判断したんだ?
「レウコテスから聞いた」
あいつ全部言ってんな。私のプライバシーはこうして守られなくなるのだろう。
「言っとくけど、この話は全員知っているぞ。虚竜様が全員に知らせておけと、命じたからな」
「……そうですか」
まあ、それ程までに私も危険視されているということなのだろうか。
私がいきなり何か別の生き物になって、周りが混乱してしまうよりは良いのだろう。複雑に話が進むより、きっとましなんだ。
「お前は知られたくないだろうけどな、こっちだってそんな能力を隠され続けたら困るんだよ」
「はい、理解しています」
「……お前にはこんなこと言いたくはないんだが、結局俺らからしたらお前は外の者なんだ。お前は味方かもしれないが、敵かもしれない。脅威は何にせよ知っておくべきなんだ」
「はい、理解しています」
まあ、いずれは気づかれることだったから、勝手に言われていたところで、さして問題はないか。知っておいてもらえれば、説明する手間も省ける。
それに、これから私が味方であることを証明すれば良いのだ。
そして、それには早いとこ真犯人を見つけなければ。事件の真相を――事件の心臓を掴まなければ。
やはりアンドレイアに付いたこの跡――ナキ曰く手形と、アンドレイアから漂ってくる微小な魔法の匂いは関係がありそうだ。しかし、これだけではヒントが足りない。仕方ないがここは強行手段に出るしかないか。
「口ん中入ります」
「は?」
私は人間になり、アンドレイアの大口の方へと回った。彼の死に顔は相変わらず哀愁が漂っていて、失礼だが彼が生涯で一番してきた表情が映し出されているのではと思うのだが、本当に失礼だから口に出すのは止めてておこうかなどうしようかな……
「おいおいおいおい、何しようとしたんだよお前は」
「え?」
「『え?』じゃねえよ。殺すぞてめえ」
「何でですか。と言うか何ですか。もう話は終わったでしょう。しつこいなあ」
「終わってねえよ。全然続いてんだよ」
何だよもう。調べる為にアンドレイアの口内に入るだけじゃん。
「それが何でだって言ってんだろうが。突拍子も無いこと宣言しやがって」
「でも、彼の心臓部分の魔法の原因を調べるには、実際に入り込んで調べるのが一番手っ取り早いかと思いますが。正直時間が無いんです。このまま犯人に隠れられ続けたら、被害者はこれ以上になるでしょうね。犯人の目的は知ったこっちゃないけれど、許されざる真似ではない。この件を長引かせる訳にはいかないですよ」
「いや……とは言えなあ」
言葉を詰まらせるイオンの言いたいことは大体予想がつく。
「アンドレイア様の体内は高熱を孕んでいる。それは恐らく死んでも尚残っているでしょう。喉を通るだけでも熱気に意識を奪われ、たとえ心臓まで辿り着けても、この体では全身焼け焦げて死んでしまう」
「ああ、そうだな。お前は死ぬぜ」
だからだ。私はこの能力を使う。何にでもなれる、この力を。
私は何も言わずに、イオンの前で人間の姿から蜥蜴へと姿を変えた。火を吐き、火に棲む魔物――サラマンダーとも言うか。
サラマンダー。火にも耐え得る硬い鱗を持った蜥蜴である。遥か昔には、四大元素の一つである火を司る生き物として、精霊などと崇め奉られた。
その風潮が薄くなった今でも、一部のマニアからは神聖な生物として扱われている。最近ではサラマンダーの保護が過剰になり、繁殖が進み過ぎてペットとして飼われることもある。野生でも凶暴なものはほとんどおらず、非常に人懐っこい。
ただ、サラマンダーは気持ちが高揚した際に火を吐く習性があるので、戯れていて火を吐かれた人もいると、何度か聞くことがある。
果たして、サラマンダーの鱗が死後とは言え、高熱を持ったアンドレイアの体を歩き回れるかは際どいところである。
「いや待て待て。そもそもどうやって心臓まで辿り着くんだ? 口内から入って食道を通っても、行き着く先は胃腸だぞ。胃液の池に潜れば即死だし、心臓にはどうやったって――」
「そこは食道を切り裂くしかないでしょう」
イオンは私を叩いた。がふっ。
「何するんですか。爪が刺さってたら死んでますよ」
「死ね。何考えてんだ、てめえは」
「だってそれ以外方法がないじゃないですか。正直この体でアンドレイア様の肉を切れるかどうかが懸念している点ですけれど」
「お前俺が止めなきゃ、独断でそれをしていたのか」
「うん」
「タメ語使ってんじゃねえ」
ここで不毛な言い合いに興じていても仕方ない。時間は有限であり、継ぎ足すことなどできないのだ。さっさと許可もらうか。
「やっても良いですか?」
「…………」
呆れたような顔をするイオンであるが、その反面答えを渋っているようにも見える。これが事件の解決になるならばと、思案してくれているのかもしれない。
「……俺に判断を仰ぐな。決定権は俺にはない」
「あなたはどう思いますか?」
「この件が無事に終われば、それに越したことはない。俺は正しいことは知らないからな。……だが、お前が間違うことはないように思う」
それなりに期待してんだよ――と、そっぽ向いてもごもごと言った。恥ずかしがっているのだろうけれど、私はその言葉がとても嬉しかった。何だか、親しい友人からもらった言葉みたいに、温かくて、柔らかくて、心地の良い聞こえだった。
「ありがとうございます」
私はもう一度人間の姿になり、虚竜とサギニさんの元へと駆けて行った。
手を振りながら近寄り、一言放つ。
「アンドレイア様の口の中に入っても良いですか?」
「は?」「は?」
一文字で見事なハーモニーを奏でた二方であるが、その表情も意味不明と言いたげなお揃いの顔だった。
「言った通りです。アンドレイア様の口の中に入らせて下さい。よろしくお願いします」
赫赫然々と長く険しい説明と説得の果てに、私は何とか許可を頂いた。途中何度諦めかけたか分からないが、何にせよ私はアンドレイアの体内の調査を実施することが叶ったのだ。
「危険が伴うと共に、君が必ず真実を見つけてくれると信じての許可だ。間違っても、誤らないでくれ」
矛盾しているような頼みだったが、私は間違えないし、誤らない。その頼みは完璧に遂行してみせよう。
「感謝致します。この機会、必ずものにしてみせましょう」
アンドレイアへと再度近付き、サラマンダーへと姿を変える。
ナキとオールが近付いてきて、心配そうな顔で言った。
「気をつけてね。無理だけはしないで。あなたは他人に心配して、自分の心配なんて全然しないんだから。こっちが心配になっちゃう」
私は頷く。
「こんなことまでしてもらって何だがな、私はお前が無事ならそれで良いんだ。お前が無茶ばかりする必要は無いんだ。……怪我だけは、しないで」
私は頷く。
頷いて――お返しと言っては何だが、私も一つ祈りの言葉を。
「そちらもどうか――ご武運を」
周りの竜達にアンドレイアの口を開いてもらって、私は遂に彼の体内に足を踏み入れる。この先の心臓に事件の真相が――
〇
乾き切ったアンドレイアの舌を抜けて食道を歩いていると、段々と熱気が増してきた。この体でもやんわりと熱さが纏わりついてきて、息苦しい。
汗が出る訳ではないので、べたべたとした気持ち悪さはない。むしろ汗や水分は蒸発してしまうので、喉が渇いて仕方ない。サラマンダーの目は特殊な膜があり、水分が飛ばないようにコーティングされているので、目が痛くなることはない。
四つ足でよちよちと歩いて行くと、しばらくして胃袋の手前まで辿り着いた。胃袋は胃液の溜まり場で、入ればこの鱗も一瞬で焼け溶けてしまうだろう。私は少し戻り、大体の位置で立ち止まった。
心臓はここら辺だな。食道を切ったら、心臓がすぐに見えるはずだけれど、果たして。
一応持ってきたナイフは案の定途中で溶けてしまったので、道端で捨ててきた。溶けるのは良いが、外に出た後に持ったまま固まったら取れなくなってしまう。
アンドレイアの体の熱が収まったら、きっと食道にくっついて、溶けたナイフは彼の一部となることだろう。
――と、その時私は蒸気で霞む視界の中で気になるものを見た。
足元を見ると、気づかないくらいに緻密に繕われた――けれど、気づいてしまえば、途轍もない違和感を放っているそれは、この事件の解決への糸口とも言えた。
と言うか、それは糸で紡がれ縫いつけられた傷口であった。
――何だこれ? とても細密に縫い閉じられた傷口で、それの大きさは大体人間と同じくらいである。視認するのも困難な程の綺麗な縫い傷があるとは。
となると、犯人は口から侵入して、食道を切り裂き、心臓を破壊した。
それだけでなく、その食道の傷を魔法も使わずに、この高温の中で緻密に縫い上げたというのか? だから、レウコテスはこれを見落としたのか。鮮明には見えない透視の魔法では、体に溶け込む程上手に縫われた跡に気づくことはできないだろう。
まさか犯人はこれを使って――これを繕って――
もやし、あ間違えた、もしやと思った私はその縫い目を噛み千切り、再びその傷を開かせた。血は体の熱のお陰で固まっておらず、アンドレイアの血液は噴水のように溢れてきた。
血を浴びつつも必死に掻き分け、食道から抜け出し背骨を避けると、そこにはぐちゃぐちゃに裂かれた心臓と、衝撃的なものがあった。
心臓があったと思われる場所に、見覚えのある外套と杖が置いてあった。
ぼろぼろに焦げて、黒ずんだ状態の外套だが、無事な部分の模様は昨夜見たそれと同じものだった。杖も焼けて崩れてしまっていたが、確かに同一の物である。
そして、その外套を身に纏っているのは、一人の人間らしき物体であった。この高熱である。勿論皮膚は爛れて、体中ぐちゃぐちゃの状態だ。正直言うと、筆舌に尽くし難い。口にするのも悍ましい。
非常に醜悪な死体だった。目を瞑りたくなるような惨死で、これこそ苦々しい。
しかし、何故昨夜見た外套を着た何者かがここで死んでいるのだ? この者が怪しいとは考えていたが、まさか直接的にアンドレイアの死に手を下していたとは。
だが、ここで死んでいるということは、犯人は既にいないも同然ということか? 全てこの者がした犯行だとすれば、事件は見つけた瞬間に解決したということなのか?
まあ、それならそれでことは済んでいるのだ。早くこのことを皆に知らせよう。あっさりした結末になってしまったが、こんな終わり方がきっと最善なのだろうな。
とりあえず、証拠としてこの死体を外に持って帰ろう。全力で触りたくないけれど、つべこべ言っている暇はない。何よりオールの無実がかかっているのである。さて、どう運ぼうか。
――と、再度グロテスクな死体に視線を向けた時、飛び出てだらんと垂れている目玉と目が合った――さっきは垂れたまま黒目は俯いていたのに、何故、こちらを見ている――
「うぐっ!」
――その瞬間、私の顔面に骨が晒け出された死体の腕が飛び込んできた。
何事かと思い、絡みついてくる手の指の隙間から死体を見ると、ずるずると崩れた体を引き摺りながらこちらへ近づいてきていた。
ええい、気持ち悪い!
私は顔面にくっつく手を振り剥がし、死体もろとも焼き払った。死体はパチパチと音を立てて燃えていく。徐々に動きが固くなり、次第に動かなくなった。
死体の動きは完全に沈黙し、黒くなって煙を上げる炭と化した。
一体何だったんだ。こんな状態の肉体で生きていられるはずがない。熱だけでも致命的なのに、それでも尚動いて――ましてや殺しに来るなんて。
けれど、燃やしたら急に動かなくなった。つまり燃やしたら死んだ――ということか? 私が来た時にはまだ生きていたということか? 食道の傷口を縫ったのがこの外套の者なのだとしたら、ここに入って心臓を破壊するまでは生きていたということか?
分からない――分からないことが頭の中を駆け回り、混乱を掻き回して焦らせる。まるで頭が焦げていくようだ。体が火照り、体温が上がり、意識が遠く――
――違う。これは私の体が熱くなっているんじゃない。
この空間が――アンドレイアの体が熱くなっているんだ。
しかし、何故? 彼は死んでいるはず。
いくら火竜の体が死後も熱く保たれているとは言え、それでも体温が上昇することはない。むしろ下がっていかなければおかしい。
なのに、アンドレイアの体は熱くなる一方。ということは、活動している証拠。
しかし、彼は確かに死んだのだ。心臓が破れ、瞳孔が開き、呼吸が止まり、心肺が停止し、血が詰まり、神経が途切れ、意識が無くなり、感情が消え――死んだ。
外套の死体と言い、アンドレイアと言い、何故死んでいるのに動いている。圧倒的な矛盾、理外の行動、不可解な要素がさらに増えて、その上頭はぼんやりする。
――と言うかやばい。このままでは――この温度では、いくらサラマンダーの体でも耐えられなくなる。
酸素も薄くなり、呼吸ができなくなってしまう。早くここから脱出しなければ。
私は食道へ戻り、来た道を遡った。温度は凄まじい速度で上昇し、視界もさらにぼやけてくる。
口まで辿り着いたところで、その口は固く閉じられていた。
「おうい、開けてくれ」
外で待機しているはずの竜達に向けて叫んだが、返事はなく、口も開かなかった。叩いてもビクともせず、火を吐いても全く反応しない。
その時、アンドレイアが大きく揺れて、私は口内で跳ね上がってしまった。何か外で異常が発生したのだろう。周りから振動を受けたのか、もしくは自ら動いているのか。
考えたくもないが、恐らくは後者だろう。
こうしている今もどんどん温度は上がって、感じる苦しみは増していく。それよか外の状況の方が心配だ。口を抉じ開けようにもこの蜥蜴の脚では無理だ。
かくなる上は――
私は人間になり、即座にアンドレイアの上顎を無理矢理押し上げた。ぎりぎり抜けられるくらい口が開いた一瞬の内に、私はアンドレイアの中から脱出した。
尖った牙が肌を切ったが、痛みは堪えるしかない。
体は全身火傷になりそうな程熱くなったが、外気へ飛び出た瞬間に急冷し、石像になった気分だ。
飛び出るとそこは空中で、私は地面に落ちて転がった。入る時は地面に伏していた頭が、出る時は宙に浮いているということは、やはりアンドレイアは動いている。
何故かは分からないが、何かしらの理由でアンドレイアは起き上がっている。
何とか生き延びて、自然に止まるまで地面を転がり続ける。顔を上げて起き上がると、そこは正に地獄絵図だった。
虚竜や竜の長を始めとした竜達は各々の能力を使い、必死に応戦している。何頭か既に地面に倒れていて、それはきっと死んでしまっているのだろう。
オールやアルステマ、サギニさんも戦い、かなり劣勢のようだった。それもそのはず。戦っている相手は首なしだったり、胴体に大きな風穴があったり、そして、跡形もなく心臓を裂かれたはずのアンドレイアだったりと、皆――死体である。
「何だよ、これ……」
呆けてしまった私の元に、駆け寄ってくる少女の姿があった。愛すべきナキである。
「フィン、大丈夫?」
「ナキ……これは、一体」
死体の数は目測でも五十は超えており、ここは地獄かと見間違えそうな程であった。
死体の動きはやけに俊敏で、体のリミッターが完全に壊れているようだ。中には先日に見かけていた死体もあり、その時は完全な死体だったのに、今は醜悪極まる人形である。
よく見ると、地面の至る所が掘り返されていて、穴ぼこだらけである。
「分からない……あなたを待っていたら、突然アンドレイア様の遺体が動き出して、そしたら今度は地面から沢山の死体が出てきて……訳が分からないままに、皆戦って、何人かもう死んじゃって……」
話が唐突過ぎて理解に苦しむが、要はアンドレイアや島中の死体が死んでいるのに動いているということか。意味不明だが、正直考えている暇もなさそうだ。
と、その時ナキの背後から死体が駆け寄り近づいてきていた。剣を握ったその手を高く上げて、襲いかかってきている。
私はナキを抱き寄せると同時に、剣を抜き、死体の手首を輪切りにした。手は遠く飛んで行ったが、死体は構わず動いている。
私はそのままの勢いで、切先を死体の額に突き刺した。それでも死体はまだ動く。何ならもっと動きが激しくなった。
「! ――危ない!」
すると、ナキが突然私を引っ張り、地面に自分もろとも倒した。
仰向けに倒れる私の目の前を、剣を握った手首が通り過ぎる。これは先程私が切り飛ばした手首――神経からは離れているはずなのに、こっちもまだ動くとは、一体どういう仕組みなんだ? どうやったら止まるんだ?
「ありがとう、助かったよ」
私はナキを連れてオールの元へと駆けて行った。
オールは人間の姿のままだが、今丁度大柄な男の死体を蹴り飛ばしている。死体は放物線を描いて、高く舞い上がる。
「オール、大丈夫かい?」
「来たか、フィン。どうなっているんだこれは。父の死体はどうなっていた? と言うか、父は本当に死んでいるのか?」
一度に問い詰められ、困惑してしまう。彼女も相当混乱しているようだ。
「アンドレイア様は死んでいる。これは確実だ。アンドレイア様の心臓部には人間の死体があった。熱にやられて、肉体は崩壊してあったが、まだ動いた。燃やしたら、止まったけれど」
死体はこちらの気も知らずに襲いかかってくるので、適当に流しながら思考する。
ただ、何となくではあるが、憶測が立っている。
昔、何かで読んだことがある。古い文献の中に転がっていた、呪われ封じられた魔――
「もうバレちゃったか」
その時、どこからともなく声が降ってきた。低く、卑しさを孕んだ声。
間違いない。その声の主は――敵だ。
その声がする方へ振り向くと、そこには熊のような大男の背に乗り、胡座をかいて頬杖をつく男が、こちらへ向かってきていた。
大男の方は酷い猫背で、首に太い鎖をつけている。その鎖は上に乗る男が握っていた。
「もう少し、隠れてやれると思ったんだけどなあ、他にも部外者がいるとは思わなかった。あーあ、計画がズレちまったよ」
アンドレイアの心臓部に居た人間が纏っていた外套よりも大きなローブを着て、首にはじゃらじゃらとネックレスを付けている。そのネックレスには、極大の宝石が煌めいているが、男が身につけているとどうにも胡散臭い。
腰には細身のサーベルと銀で装飾された杖を佩用している。
フードから見える顔は不吉そのもので、目の下にはクマのようなメイクが施されて、にたにたとにやける表情は見ているだけで不快になる。
クリーム色の髪の毛を後ろで束ね、左肩から垂らし、大男が歩む度にふわりと揺れる。
「察しの良い奴がいるもんだな。このまま行けば、誰にも真実を知られることなく、全員殺せたのに」
彼が手を挙げると、それに反応して下の大男は咆哮を上げた。耳を劈くような野太い大声で、そこら一帯に合図する。
その声に反応し、死体達は戦いを止め、一歩後ろに下がった。それはアンドレイアも含めて。
「まあ、結構カードは揃ったし、十分かねえ。どの道こっからカードはいくらでも増える。何より――あの火竜を殺れたのは良い収穫だ。それも、外傷を残さずに」
やはり――彼が今回の犯人か。
「お前がアンドレイア様を殺したのか?」
私は男に声をかけた。怒りの念を込めて――それでも全力で抑えた声で。
「ああ? アンドレイアって誰だよ。てか、お前も誰だよ。……まあ、答えてやるか。アンドレイアってのが誰かは知らないが、そこにいる火竜は俺の奴隷共が殺した。俺の命令でな」
けたけたと喧しく笑う彼を睨み、私は続けた。
今から投げかける問いに彼が肯定を示したのなら、きっと全てのことが説明づけられる。全てのことが――繋がる。
「お前は――」
私の問いとは、果たして――
「お前は――死体操作者か?」
彼の答えとは、果たして――
「ご名答。俺の名はエピシミア。禁忌魔法――死体操作使いの死体操作者さ」
次回にご期待下さい。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




