『証明』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
虚竜の言葉に即座に反応した竜達は、オール目掛けて真っ直ぐに急降下した。
弾丸の如き速さで飛んでくる竜達にオールは遅れを取った。
「なっ、どういうつもりだ!」
数頭の竜に手足を抑えられたオールはそう叫んだ。
「非常に残念だよ。彼は私の親友だった。彼が死んだと聞いた時には悲しかったが、私が項垂れている暇はなかった。統べる者が居なくなったこの島で、まとめる者は必ず必要になる。誰かがやらなければならない。こんなことにならなければ、私は気の済むまで悲しめただろうに」
蔑みの視線でオールを見下す虚竜は、もうオールを洛北竜としても、親友の娘としても見ていなかった。きっと同族とさえ思っていないだろう。
「何を証拠に私に容疑をかけている。どいつもこいつも寄って集って……くそ、度し難いなあもう」
「容疑をかけている訳ではないさ。証拠は既に出揃っているのだからな。オールの有罪は確定したようなものだ」
「何だと……?」
押さえつけられたまま、オールは怪訝そうな顔をした。それは、私もだった。
私は昨夜彼女が何をしていたのか知っている。
アンドレイアからも聞いたし、オールがアンドレイアを呼び出したことは確かな情報だ。それすなわち、オールのアリバイを提示していた。
しかし、オールは昨夜一人だったのだ。会うはずだったアンドレイアは死んでしまった。彼女がアンドレイアと会っていないとは言っても、アンドレイアは彼女の元へ向かって死んだのだ。
つまり、オールのアリバイは証明できない。オールのアリバイをオール以外に証明できる者が居ない。
「私達が推測した犯行はこうだ。オールがアンドレイア宛の手紙を彼の側近を通して渡したことは知っている。内容は話があるから来てくれというものだった。日時は今日の零時頃、場所はこの湖畔。呼び出されたアンドレイアはここでオールに殺害され、その遺体は後に竜人の村とアンドレイアがいつもいた丘との間の地点に遺棄された。その後オールは湖畔方向から村へ戻り、何事もなかったかのように過ごした」
「異議あり」
「認める」
「その推測では、私が殺したという証拠がどこにもない。他にも疑うべき者がいるのではないか?」
「ああ、全くその通りだ。しかし今のはあくまで大まかな流れだ。まず、アンドレイアの死因だが、心臓の破裂が原因だ」
心臓の破裂? それくらいならば、オール以外にもできる者はいるんじゃないか? それこそ、竜の鱗さえ粉々に砕く虚竜が筆頭に挙がりそうなものだけれど。
「問題はそこではない。アンドレイアの心臓が破裂させられたのは、大きな謎ではない。むしろ、竜を殺す者は皆、竜の体内にある臓器を破壊しようとしてきた。無理矢理鱗を剥がし、厚い血肉を裂き、臓器を壊してやっと殺すことができた。しかし、今回は別だ――心臓以外に傷が一つも無いのだ」
それは、確かに謎だった。鱗も傷つけず、肉も剥がさずに心臓のみを破裂させるとは、一体犯人はどんな神業を使ったのだ。
「……真か?」
「虚偽は吐かぬ。不思議なことにアンドレイアの体には致命的外傷、外部からの攻撃による傷跡、全て見つかりはしなかった。よって、犯人は心臓のみに攻撃をしたものと思われる」
「……まだ検討の余地は……」
「言っておくが」と、強く主張するような、物理的に押さえつけられているオールを今度は言葉で押さえつけるような口振りをした。
「常人では、火竜の体内になどいられる訳ない。喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うが、この場合、喉元過ぎた辺りから焼け焦げるような熱に苛まれるだろう。仮に竜人が犯行を行なったとしても、全ての部位が竜の鱗で覆われている訳ではない彼らは、鱗の無い皮膚の部分から肉は焼け落ち骨だけになる。燃焼機関を兼ねる肺に近い心臓ならば、骨すら粉々に焼き尽くすだろうな。勿論竜に関して言えば、アンドレイアの口を通ることは不可能だ。それだけで口が裂けて、外傷が残る。よって、心臓だけを壊すのならば、物体魔法の高等技術が扱える者だけに限られる。実際に、アンドレイアの心臓のあった部分から魔法の匂いが濃く感じられたと、レウコテスも申していた。もし、他の部位を裂いてから心臓を破壊し、その後に魔法で傷を回復させても、その場合は全身から濃い魔法の匂いがするはずだ」
「だから、魔法に長けた者――すなわち、私と。少し詰めが甘いんじゃないのか? 確かに、心臓のみを破裂させるなどというのは、容易くできることではないが、それでも私が犯人として選ばれるのはおかしいのではないか? ここには、魔法にこそ長けた魔竜達が棲んでいるのだぞ」
「ああ、そうだな。しかし、証拠はそれだけではないのだ。オールが犯人だと疑われる理由は他にも存在する」
オールはもう押さえつけられるままに押さえつけられているようで、無駄な抵抗はしようなどと考えていなかった。
自分を無実だと証明する為には言葉しかないのだ。武力で片づけてしまえば、より疑いの目をかけられ、事態は一層悪化する。そうなってしまっては本末転倒というものだ。
「仮にここでアンドレイアを殺害し、その後アンドレイアが今朝確認された場所に運んだのだとすれば、一連の流れは完了する。間に村が存在するからと言って、ここは一本道ではない。村の周辺を迂回していけば、村の竜人達には気づかれずに済む」
「忘れたか? この島には見張りの竜が多く飛び交っているのだ。それらに見つかることなく、父の遺体をその没地まで運ぶことが本当に可能か? 彼とて心こそ軟弱であれ、身体数値や身体能力は並以上だった。あの巨躯を他の者に見つからぬように運べるというのか?」
「だから、私も最初は不可能だと考えた。そこら中を飛び回る竜に気づかれずにことを済ませるなど、到底無理な話だ。しかし――もしも、見張りの竜に気づかれても良いのだとすれば?」
「…………どういう意味だ」
にたりと笑った虚竜は哀れみを含んだ眼差しで、オールを見下す。
「随分と惚けるのが上手くなったな。お前の敗着は既に決まっている」
「さっさと話さんか」
「今朝、アンドレイアの遺体へ向かう途中――丁度お前達がここへ向かった後のことだ。見張りについていた一頭の無竜が我々に報告しに来たのだ。私はそれを聞いて驚愕したさ。驚懼さえ感じたかもな」
「何を焦らしている。早く言え――」
「昨夜から見張りについていた無竜四頭、火竜二頭、光竜一頭の計七頭の竜が殺されていた」
――えっ。
「こちらはアンドレイアとは違い、惨殺だった。どす黒い乾いた血が竜の遺体を覆い、恐ろしいまでの悲痛の死に顔だった」
「それを……私が、やったと……?」
オールの表情は怯えきっていて、今にも先程あれだけ流した涙がまだまだ出てくるようであった。
事実、私だってそれを聞き、体が震え上がった。竜を殺すのでさえ、竜同士でも難しいというのに、そんな狂気的な殺し方をわざわざ選べるとは。戦慄が体を支配してしまった。
しかし、虚竜がその表情を演技としか認識してしないのが、非常に残念なことだ。
「言っておくが、お前は自分で思っているよりも、実力はあるのだ。だからこそ、七頭もの竜を殺すことができたのだろう。お前は強い。恐ろしいまでに。もう認めろ。お前の悪行は全て明かされている」
「違う……私じゃ……」
「そうして、苦しむ振りは苦しいだけだろうに。…………私とて最初同胞が殺されていた光景を見た時は目を疑った。親友たるアンドレイアだけに留まらず、犯人はこんなにも多くの竜達を、それも見るも憚られるような残酷極まる殺し方をするなんて、犯人を許せるはずもなかった。しかし、当の犯人がオールだと分かった時は、急に拍子抜けしてしまった。そんなにもアンドレイアを許さなかったのかと、思いもした。けれど、その反面、私はその事実を信じられなかった。本当にオールがそんなことをするのかと、今度は自分を疑った」
大きな溜息を吐き、虚竜は憂いた。彼はもう、オールを見つめてはいなかった。彼が見ているのは、きっとただの同胞殺しなのだろう。
「しかし――結局はお前を疑うしかなくなってしまった。本当に、残念だ」
「……まだ」と、微かに聞こえた掠れ声が湖畔に響く。睡蓮の花が大きな湖の上を泳いで、泥に沈まぬように必死に揺蕩っていた。
「まだ、それでも、私が殺したというには、漠然とし過ぎている。確かにそれならば、私にも犯行は可能だ。だが、筆頭に怪しいのが私になるのは仕方ないとしても、それでも他にも怪しむべき者がいるはずだ」
抵抗こそしないものの、オールは決して諦めてはいない。諦められるはずがない。何故なら、彼女こそアンドレイアを愛していたのだから。
けれど、無情にも虚竜は最後の証拠を突き付けた。最後で最大の決定打を、言い放った。
「確かに、お前以外にも可能性のある者はいる。しかし、それら全てを払拭し、吹き飛ばすものがアンドレイアのすぐ傍に刻まれていたのだ」
放たれた言葉に嘘偽りはなく、過大も過小もなく、何もかも真実だった。霧氷のように破れやすく、悪夢のように残酷な――現実だった。
「アンドレイアの遺体の傍らにダイイングメッセージが刻まれていた。そこには、オール――お前の名が書かれていた」
嘘だ――オールは弱々しく呟いた。
〇
「真だよ。しっかりくっきりと刻まれていた」
絶望した表情を見せて、オールの声は震えていたが、虚竜は依然態度を変えずに答えた。
「これが決定的な証拠だよ。お前の負けだ」
「待って下さい」
私は我慢ならなくなり、口を出してしまった。いや、この際だ。言ってしまおう。オールも何も言葉が出てこないようだし。
「何だ、アイオーニオン」
「ダイイングメッセージは確かに重要な情報ですが、字を書くくらいならば、他の者でもできるではないですか。他の犯人がオールに濡れ衣を着せようとして書いたのかもしれない訳ですし……ここで判決を決めるのは、焦り過ぎなのでは?」
「アンドレイアがダイイングメッセージを書いたのは、堅強なる大岩だ。彼の没地は岩肌が続く道の上だった。そこの岩は長年に亘る侵食と風化と堆積を繰り返し、並外れた力のある者でなければ、削ることもできん。アンドレイアは先程も言ったように、身体能力は非常に高かった。心が追いついていなかったのが惜しいところだが。この島でもその岩を傷つけられるのは、アンドレイアと私とそこに倒れて呆けてしまっているオールくらいの者だ。もしかしたら、君もできるかもな。何にせよ、竜と共に生きてきたこの島に、深く文字を刻み込められる者などたかが知れている」
「……であれば、あなたはどうなのですか?」
「私にはアリバイがあり、それを証明してくれる者もいる。君も然り、だろう?」
まあ、そうだけれど。全くその通りだ。と言うか、大概の者はそうだろうな。日付も変わるような深夜だ。巣に帰って眠るのが普通か。
「残念か。だが、気落ちする必要はないんじゃないのか。たった数ヶ月の出会いではないか。そこまで過剰にオールを庇うというのも、逆に怪しまれる。身を滅ぼしたくなければ、行動は考えるべきだぞ」
疑われる――怪しまれる――正直慣れっこなんだけれどね。
形振り構わず疑惑の目をかけられて、知らない事情に首を突っ込まされて、謂れのない罪を無理矢理問い質されて、もう本当、今更疑念の眼差しの一つや二つ、なんてことないんだけれどね。
「…………ふざけるな」
その時、抑えられたままのオールが動かぬまま、篭った声で呟いた。
「私はやっていないんだ。いくら証拠を出したって、いくら私に犯行が可能であったって、私はやっていない。揺らがない真実を私は知っているんだ」
「しかし、お前の犯行を証明するには、証拠と実現性のみで事足りる。往生際の悪さは親と全く似ておらんな」
「私は父を愛していたんだ! 許せたことなんてなかった。笑ってやれたことなんてなかった。でも、嫌えたことなんて……ただの一度もなかったんだ! 私に父を殺すことはできない! 同胞を殺すこともできない! 私は決して――自らの知る真実を殺したりはしない!」
何一つ表情を変えず、嘲笑すら忘れてしまった虚竜の顔は冷徹そのものだった。
「……聞こえる声は真実だ。しかし、その声が持つ意味は必ずしも真実ではない。話し合いで世界が纏まれば、先人達は苦労しなかったろう。言葉とは誰にでも操ることができ、実に忘れやすいものだ。達者な口程虚偽を作る。お前は信じるに値するのか?」
遂に痺れを切らしたオールは、自身を取り押さえる竜達を本来の姿――つまりは竜になることで、吹き飛ばした。肩に大きな傷を覆っているにも関わらず、未だに動けるとは全く恐れ入る。
「反抗する気か。愚か者め。一度は救われた身とは言え、容赦はせんぞ」
「構うものか」
周りの竜を長い尾で薙ぎ払い、オールは虚竜目掛けて飛び出した。
かなり頭に血が上っているようだが、オールはそれでも冷静で聡明だ。殺そうなどとは思っていないだろう。ただ、自分の言葉をしっかりと届ける為には一度形勢を逆転させるしかないのだろう。
しかし、相手は虚竜。世界を破壊し回った、虚の巨竜。
向かってくるオールに対し、怯みも焦りもせずに鋭利で巨大な爪を振りかぶった。風を切るような一振りをオールはすれすれで躱し、その口内から全てを溶かす程の火炎を吐いた。
けれど、いくらオールの火炎の威力が凄まじくとも、虚竜もまた恐ろしいまでの力を持っている。そして、その力とは溢れ出る攻撃力だけではない。彼の体を覆う強靭な鱗、その恐るべき防御力も、紛れもない虚竜の力だ。
虚竜の鱗はオールの火炎に炙られても、焼け跡一つつかなかった。
「ちっ。化け物が」
「似た者同士だ」
オールは虚竜の攻撃を避けつつ、空中を飛び回りながら、魔法を放ち始めた。虚竜はオールの魔法を諸共せず、攻撃をし続けた。やはり、こうして見ると虚竜は元々のステータスが高過ぎる。本来何も持たないはずの無竜が、火竜の火炎も魔竜の魔法も無にしているのである。これこそ、本当に無竜だ。
「…………」
こういう時、私はどうするべきなのか。オールを助ける為に加勢するべきなのか。彼女はアルステマの時のように、私も戦うことを拒んではいない。やはり、私もこの剣を抜いて、虚竜を止めるべきか。虚竜の鱗をもらい、この剣を打ってもらったのに、虚竜と戦う為に使うことになるとは思わなかったが、私はやはりオールの味方でありたい。
先程オールに吹き飛ばされた竜達はオールと虚竜の物理の応酬を、呆然として眺めているだけだった。アルステマもまた似たような感じで、急激に話が進み、唖然としてしまっている。
私は剣を抜き、ナキの方を見て一言声をかけた。
「僕はオールを助けに行くよ。君はここで待っていて」
「……どうしても、私は駄目?」
――ナキも、オールの為に戦いたいのだろう。それはそうか。彼女とずっと一緒に居たのは、私だけではないのだから。ナキだって、助けたいものはある。
このままナキだけが安全地帯に囚われたままなのは、彼女自身も納得いかないだろう。何より今は時間が無い。迷っている暇など無いのだ。
「……本当は、心配で仕方ないけれど……僕に君は縛れない。絶対に、無理はしないで」
「うん。ありがとう」
行こうか――と、意気込んでオール達の方へ振り返ると、目の前には先程まで動けずにいたはずの竜達が佇んでいた。
何事かと思い、それでも構わず竜達の間を「すいませんね」と、申し訳なさそうに通ろうとすると、彼らは徐に私達の通せんぼをした。
「虚竜様の邪魔をする気ですか」
「邪魔にはなりませんよ。助けになります」
「あなた方は洛北竜様の恩人だけでなく、虚竜様の恩人でもある。あまり手荒な真似はしなくない」
困ったな。オールは虚竜に対し、劣勢を強いられている。その上、右肩にあの傷だ。
何にでもなれるという能力――神の恩恵は、欠点、というか弱点がある。例えば、人間の時にできた傷は他の何かになったとしても、その傷は無くなりはしない。その傷は自分がつけたものとして、治さない限りいつまでも残り続ける。
よって、オールの肩にはあの大きな傷跡が今も醜く残っている。
そんな傷を抱えたまま戦おうだなんて、させられる訳がない。
「だから退いてよ!」
「駄目です。あなた達を向こうへ行かせる訳には――」
「うるさああい」
――私は剣を鞘に納め、竜達が立ち塞がって作った壁にタックルした。こうなったら、強行突破である。あくまで、戦いを止める為に戦うのだ。虚竜の鱗でできたこの剣ならば、他の竜の体など容易く斬ってしまえる。そうなっては、私こそ加害者となり、怪しまれるどころか危ぶまれる。
「なっ、あんた自分のやってること分かってんのか!」「やめてくれ、俺達も好きでこんなことしてんじゃないんだ!」「頼むよう、大人しくしていてくれよう」
騒々しく喚きながら、必死に私を止める竜達。さすがは最強の血を継いだ種族。一筋縄では通れない。
その時、ナキが私の背中に飛び込んできた。何かは分からないが、柔らかい何かが私の背中を押して、何故だか心を乱してくる。分からない割には、不思議と慣れた感触だ。
「えっ!? どゆこと!?」
何故ナキが私の背中に飛び込んできたのかと言えば、彼女は私の強行突破に助太刀してくれたのだ。あまりに可愛らしいタックルなので、気づくのに時間がかかってしまった。
「あなたは、彼らを傷つけるつもりはないのでしょう? だったら、私も魔法を使うべきじゃない」
私はそれを聞き、今すぐ彼女を抱擁し、泣き出したいような気分だったが、その全てを堪えて竜達を押し退ける力に換えた。
「ぬう、何故だ。こちらは何頭もの竜が抑えているというのに……何故だあ!」
「それはね、ずばり『愛』さ」
決め台詞と共に私は竜達に掴まれた手を振り払い、強行突破を成功させた。本当のところは、上着を脱いだに過ぎないのだが、まあ何でも良かろう。
「ナキ、ありがとう」
私はナキを一瞥して礼を言い、戦うオールの元へと駆け出した。大丈夫、オールには私達が付いているのだから。君はもう、一人ではないのだ。そして、私も君達のお陰で一人ではなくなった。
そう決意を強く抱き、オール達の方へ振り返ると――虚竜はその大口でオールの胴に噛みついて持ち上げていた。彼の巨大で強力な牙は深々とオールの鱗や腹を貫いていた。
「オール!」
――叫んだ私に気づいた虚竜は、私の方をちらりと見た。そうして、少し笑ったかと思うと、首を大きく振りかぶり、咥えたオールを投げ飛ばした。
オールは花が咲き誇る地面の上に叩きつけられた。辺りの花を散らしながら、地面を削るように転がった。
虚竜は転がって遠ざかったオールに一歩跳ねただけで距離を詰め、そしてその凶器たる鉤爪が伸びた前足を大きく上げた。
「お前はもう終いだ。向こう側に逝ったら、アンドレイアによろしくな」
最強の無竜は無表情で言い、その足をオールの頭の上で振り下ろした。
そんな足でオールの頭を踏み潰せば、確実にオールの頭蓋骨は粉々になり、彼女は死に絶える。虚竜はオールを殺す気なのだろう。アンドレイアを殺したオールを。
しかし、本当にオールはアンドレイアを殺してしまったのだろうか。確かに、証拠も動機もまあそれなりだ。
けれど、それで納得ができる程私も潔い人間ではないし、諦めの良い人間でもない。第一に、折角出会えた仲間である。ここでお別れだなんて、好ましくない。今までろくな別れ方をできていなかった私だけれど、今回ばかりはもっとハッピーエンドなさよならが良い。
できるかできないかじゃない。やれるかやれないかじゃない。良いか悪いかじゃない。
――好きか嫌いか。これに尽きる。
――とは理想を語るが、果たして私は彼女を助けられるのだろうか。また彼女を守れずに終わってしまうのではないのだろうか。
ここからオールの頭と虚竜の足の間まで、距離はそれなりにある。私は最悪どうなっても良いので、頭と足の間に入り込めれば何とかなるかもしれない。
しかし、確実に間に合わない。少なくとも、人間のままではここから目標地点に着く頃には、オールの頭は踏み潰された後である。
高速で移動するには、速度の速い者にならなければならない。この一瞬で思いつく生き物に、そんな都合の良い条件を満たしたものがいるのか?
――ああ、私はまたこうやってオールを守れずに終わるのか。散々悩んで、焦った挙句に、結局何もできずに終わるのか。何ともまあ情けない。本当、嫌になる。
ナキだって悲しむだろう。同性同士、募る話も積もる話もあったことだろう。楽しい会話をして、これからも楽しみにしているのだろう。
ここでオールを守れなければ、私はナキまで失うかもしれない。彼女は優しいから、私を責めないかな。
オールも恨んだりはしないかな。許してはもらえないだろうけれど。ああ、それは嫌だなあ。君に許してもらえないのは――辛いよ。君が死ぬのは――怖いよ。死なないでくれよ。行かないでくれよ。
誰も――置いていかないで――
その時、オールは私を見て――泣いていた。
私もまた――泣いていたらしい。
「やっぱり、無理だ」
私はその瞬間、右脚に全脚力を込めて飛び出した――飛び込んだ。
オールが虚竜に踏み潰されるかに見えたその刹那、私はその間に割って入ることに成功した。成功とは言っても、割り込んでいた時間は本当にほんの一瞬だけでほんの一コンマだけで、結局その後は通り過ぎてしまった。
しかし、その一瞬だけで十分だった。その一瞬がオールの命綱だった。その一瞬が虚竜の動きを止めたのだ。
「…………!」
私が通り過ぎると、虚竜は突然動きを止め、そのまま固まってしまった。行き過ぎてしまった私はオール達の方を振り返ると、虚竜はこちらに視線のみを寄せていた。ぎらりと煌めきながらも揺れ動くその目は、敵意と驚愕を表していた。
「その姿……もしや……」
えっ、もやし? そりゃあ見た目はひょろひょろとしたもやしっ子かもしれないけれど、これでも八年間きっちりしごかれて、それなりに体は鍛えられているのだから、白い豆野郎とはいささか失礼過ぎるのでは――
「アイオーニオン。その姿は手前で選んだのか? それとも、偶然か?」
いつもはどっしりと構えたあの虚竜そんなに慌て乱れるとは、何事か。
私の身なりがどうかしたのか? 確かに先程上着を脱いだけれど、それでも大して驚くような姿ではないと思うが。こんな状況でふざけるのはやめて頂きたい。まあ、こうしてオールの命が繋ぎ留められたのだから、結果オーライなのだけれど。
――ん、何故私は間に合わなかったはずのオールの救助に間に合ったのだ? 私は果たして何になったのだろうか。
――と、自分の今の姿を確認して驚いた。
腕は固く真っ黒な鱗に覆い尽くされ、両腕肩まで暗黒だった。脚にも同様に黒い鱗が纏われていて、尻からは何か慣れない感覚が伸びている。背中もまた普段は無いような何かがあり、大きく広がったり、小さく畳めたりするようだった。頭はいつもより高い位置からも風を受けて、何かが天を貫くようにそそり立っている。
「今はもう竜、竜人共に絶滅したはずの種族。仲間同士で生き、仲間同士で消えていった。今は亡き我らの七日目。触れるもの全てを無に帰す、終焉の竜――」
――その名を『闇竜』と言う。
〇
一日目は『無』――虹の如き雑色の竜はその覇気で骨を砕き断ち壊す。
二日目は『毒』――菫の如き紫紺の竜はその猛毒で命を溶かし腐らす。
三日目は『火』――血の如き紅蓮の竜はその火炎で凡を灰燼へと化す。
四日目は『氷』――海の如き瑠璃の竜はその霧氷で塵を凍み気へ流す。
五日目は『魔』――虚の如き無彩の竜はその幻術で星を歪ませ狂わす。
六日目は『光』――天の如き純白の竜はその薄明で世を安らぎ眠らす。
七日目は『闇』――夜の如き漆黒の竜はその暗澹で死を包み無に帰す。
因みに、闇竜の遺伝子は既にこの世から絶え滅んでいる。
次回にご期待下さい。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




