『表裏』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
オールは洛北竜でその父は竜の長である。
その事実を知った私は気になることも沢山出てきたが、その時ばかりは何も訊かなかった。彼女の方から話してくれるのを待つのが、恐らくはベスト。
今は何より彼女が辛いのだ。何気ない雰囲気で彼女を慰めるくらいが丁度良いのだろう。
私はずっと泣きつくように私の手を握って離さない彼女の手を応えるように握っていた。
そして、私達が向かったのはこの島で唯一の人が住む土地。竜人の村である。
竜人の村は島の中心から南西に進み、森や山に囲まれた中にある、開けた平原に存在する。
島自体が壁の役割を持っているので、村の周囲にバリケードのようなものは一切ない。家の造りは木の骨組みに布で覆って縛りつけた、テントのような簡易的なもので、一つの大きさも三人分くらいである。
竜人は竜の遺伝子を持って、常軌を逸した力で他種族から迫害を受けた。
どこに住むにも留まることを許されなかった一族は、どこかにあるという竜の巣を探すことにした。長い年月をかけ、やっとのことで見つけ出したその島は当然竜の巣ではあったが、竜達は竜人をその島で住まわせることを簡単には許しはしなかった。
そこに住むにも長い年月を費やし、そして竜達からの信頼を得て和解をし、その後一族は島の一角に村を作ることを許可された。
竜と竜人が共同して暮らすまでには長い時間がかかってしまったが、その間一滴の血も流れることはなかった。その出来事を聞き、私は名を付けるのなら『名誉革命』とでもするだろう。革命ではないが。
何にしても、竜人が自分達の居住地を得る為に計り知れない程の歳月をかけてきたということだ。
そのような詳細を聞きながら歩いてきた我々は、やがて当の竜人の村へ辿り着いた。
村に住む人達にとって洛北竜は人気な存在らしく、来て早々オールは手厚い歓迎と分厚い人の壁で囲まれた。彼女はそのような待遇を嫌がりはしないものの好んでもいない。小さく微笑んで村人達と話していた。
私達が招かれたのは村の村長の元であった。村長の住まう家は他の家より一際大きく、中には色々な薬草の類や調合器具が沢山置かれていた。薬屋も兼ねているのだろうか。
その中にいた村長は割と若い女性で、紫色の竜の肌なので恐らくは『毒竜』のように思われる。
年はいくつか訊く訳にもいかないが、多分三十代くらいだろうか。その若さで村の長を務めるとは、私は尊敬してしまう。
「ようこそおいで下さいました。どうぞお座り下さい」
村長の言葉を受け、私達は絨毯の上に座した。
「お初にお目にかかります、オール・ド・フレム様。私がこの村の長を務めております。名をサギニと申します。以後お見知り置きを」
私達は互いに名を名乗り、軽い挨拶を済ませた。
オールはずっと浮かない顔をしたままである。私は先程の会話を思い出した。彼女があんな風に取り乱し、誰かを責めるとは珍しい気がする。
「この村も大分変わったな」
オールはサギニさんにそう言った。彼女が洛北竜を務めている間、約千年。
きっと彼女が生まれた頃の村はもう少し小さかったかもしれない。人口も少なかったかもしれない。栄えていなかったかもしれない。知らない過去はどうしたって知れないけれど。
「そうでしょうか。私はまだ長の地位に就いて十年にも満ちません。あなた様のいた頃の村の様子を伺ってもよろしいでしょうか?」
オールはどこか遠い目をして、ゆっくりと語り出した。
「……私が生まれたのは今より約千六百年前になる。この村の者達は優しかった。その頃、私の祖父が洛北竜を担うと同時に竜の長も兼任していた。それ故に私の立場というのは生まれながらにして高い位置だった。彼らが親切にしていたのはそういうこともあるのかもしれないな。村の範囲はずっと小さく、本当に森の中の景色に混ざっているだけで、こんな木が伐採された開けた土地ではなかった。私は足繁く通っていた。父に色々な教養を身につけられ、強要され、心身が参っていたんだ。だから、この村の温かさは体の凍えを解かすように沁みてきた。この村は故郷の中で好きな思い出だよ」
そう言って笑ったオールの表情は柔らかく軽やかな笑顔だったが、酷く疲弊しているようで、いつか倒れてしまうのではないだろうかと私は不安になった。
「そうでしたか。ありがとうございます。貴重なお話を聴けて大変光栄です。これからの毎日の糧にさせて頂きます」
礼を言ったサギニさんは嬉しそうな、けれどどこか落ち着かない雰囲気を纏っていた。
私は気になることがいくつかあったので「色々と訊いてもよろしいですか」と、声をかける。
「ここの長っていうのは、どうやって決めているのですか?」
サギニさんは私を見て、微笑み答えた。
周りからの干渉を完全に遮断している島の人なので、私に話しかけられることすら嫌悪するかもしれないと思ったけれど、そんな様子は見せずに返してくれた。それはとても嬉しいことのように思える。
「先の村長の指名があればそれに従い、そうでなければ村人全員による投票です。大概は指名の遺言があるのですが、私の場合は先代の村長が遺言を残す間もない程の急逝だったので、投票での可決で後任しました」
なるほど。つまりは信頼がなければなることは絶対に不可能。指名されるにも、投票されるにも、自分一人では勝手に決められない。周りが村長を決めるのだから。
「私は毒竜であまり良いイメージはないのですけれど、それでもこうして村長として周りからの信頼で今ここにいる。毒は害でも敵ではない。私はそう伝えたい」
伝えていきたい――彼女はそう言って物思いに耽った。妖しく輝くその瞳はとても綺麗な水晶のようだった。
しかし、そうなると竜の長も同じような流れなのだろうか。先代の指名によるもので、そうでなければ投票で決まると。
「ええ、そうです。長の場合は先代の指名、または投票による決定。それで決まります」
「ということは洛北竜も――」
「いえ、洛北竜の場合は少し異なります。とどのつまり、あの方達は力こそが真の頂点。洛北竜決定は立候補者同士で戦い、最後まで生きていた者が洛北竜となるのです。守護する者としても力は必要なのでしょう」
生きていた者が洛北竜になれる。なれなかった者は――死ぬ。
私はオールの方を横目で確かめた。彼女はずっと膝を抱えて、黙って足下を見ていた。もう何も聞いていないのかもしれない。
彼女もまたそのような熾烈極まる洛北竜決定戦を潜り抜けてきたのだとすれば、私が思っていたよりも彼女の傷は大きくて深いのだとと思う。竜の頂点にありながら、その後は故郷を去って一人火山の中で過ごすのだから。
「その戦いは遥か上空で行われます。姿は島からでは観測できませんが、その振動や衝撃はこの隕石湖を酷く荒れさせる程らしいです。私もその光景を目にした訳ではありません故、正確ではないですが。けれど、真実ではあるのでしょう」
生きていた者が洛北竜になる。
ただ、生きていたとは言っても、恐らくは瀕死の状態で決着が着くのだろうから、その戦いを終えるのだけでもその後の生活に支障を来しそうなものである。まして洛北竜の仕事など務まるのか。
けれど――私は嫌だな。強い者が生き残り、弱い者が死に行く。とても文明的とは思えない。
しかし、そう思う反面私はこうも思う。周りからの干渉を彼らだからこそ――今や化石でしか見ることができない太古の生物から進化した彼らだからこそ――何億年の時を超えて変わらぬ姿の彼らだからこそ――そのやり方は正しいのだと思う。彼らなりの世界との向き合い方なのだと思う。
私は再度その血を継ぎ、地位を継いだオールを一瞥した。
〇
サギニさんからの話を聞き終えた後、私は村から少し離れた所へ足を伸ばしていた。
そこは村から南に進んだ所にある綺麗な湖である。睡蓮の花が咲き誇り、蓮子の葉は揺蕩う水面に浮かんでいた。
その周りは広々とした草原で青々とした草花が一面に咲いている。島の穴から射し込む日差しを受け、湖は弾けるように輝く。
「こんな所があるんだな……」
幻想的な空気に包まれたその景色の中に立ち、私はぼんやりとしてきた。
ふと島の穴の方へ視線をやってみた。潜ってくる時は大きかったその穴も、こうして見上げてみると何だかとても小さく見えてしまう。
竜の『掟』はどうやら竜人にも反映されるらしい。竜に対する『掟』とは異なり、竜人に対する『掟』は厳しめなのだ。
その中でも特に縛りが大きいのが、竜人は島の外へ出てはいけないというものだと思われる。翼の生えた彼らだが、哀しいかな、空は飛ぶものではなく眺めるものなのだろう。あの穴から見える小さな青空が、唯一眺められる外の世界なのだろう。
竜人が栄えた時代――つまりは、外の世界に竜人が生息できていた時代に、他種族に捕らえられては奴隷兵士として扱われていたこともあり、そのことに対する竜人の怒りが襲撃を起こしたこともある。
それ故に、外の世界は彼ら一族にとってそこまで楽しい場所ではないのかもしれない。竜人が生きていくには外界は害が多過ぎるのだ。
そんなことを考えてその場に立ち尽くしていると、ふと私の頬に冷んやりとした気持ちの良い、けれど少しごつごつとした感触が突如として襲ってきた。
何事かと思った私が顔を下ろしたその目の前には、可愛らしく幼い顔立ちの華奢な――けれど、体の凹凸は大胆過ぎる程の竜人の女の子が立っていた。
私の顔をじっと見つめてその竜の鱗に覆われた両手を私の頬に当てている。緊張してしまう。
果たしてこの女の子は誰なのか。村では見かけなかったように思うが、彼女は私のことを知っているのだろうか。というか、何故頬に触れているのだろうか。竜の手なので当然柔らかくない。
「…………」
私はしばらく黙り、彼女の顔を見つめ返した。
すると彼女ははっとして、私の頬から慌てて両手を離した。そして、その両手を胸の前に押しつけて、大きく息を吸った。
「ごめんなさい。勝手に触ってしまって」
申し訳なさそうに彼女はそう言い、私の方を見たり視線を外したり、目が忙しく泳いでいる。
彼女は赤い竜の鱗に覆われているので『火竜』の竜人だろうか。
腕の鱗は右腕は肩まで、左腕は膝の前辺りまである。右脚は脛のところまで、左脚はスカートの中まで伸びているので、恐らくは太腿辺りまであるだろう。
髪型は右はそのまま流し、左は髪の毛を纏め編み込みをしている。後ろ髪をリボンで結んで、そこから先は長く三つ編みで伸ばし、先端をまたリボンで結んでいる。何だか蠍の尻尾のようにも見える。
顳顬から生えた角は横に向かって上に伸びている。
細身の体ではあるけれど出るところは出ているので、胸に関してはナキよりも大きいのではないだろうか。私もナキの胸の大きさを大して知らないので、あまり適当なことは言えない。というか、知っていたらやばい。
しかし、その至極可愛らしいその顔を、やってしまったというような不安に煽られる気持ちで染めていた。
「いえ、構わないですけれど、どうしてまた僕の頬に? 興味がおありで?」
「はい」
冗談で言ったつもりが肯定されてしまった。私の肌はそれなりに清潔に保っているけれど、そんなに興味を持つ程ではないと思うが。
「あの、外から来た人を見るの初めてで、皆話をしていたから、どんな人なのかなって気になって、だからお話できないかなって思ってここに来て、というかここは元々お気に入りの場所だから……」
どうやら彼女は口下手らしい。話すことが苦手なのだろう。
しかし、何のことはない。私とてそういう時はあったのだから。
彼女の言いたいことを要約すると、村の人から私達が来たという話を聞き、外の人は疎か外の世界も知らない彼女は私達と話をしたかった。
とりあえず人間である私の所へ行こうとしたが、私の姿はどこにもない。訊けば私は湖畔へ向かったという。そこは彼女にとっても大事な場所なので、私と会うついでにそこへ向かった。
着くと、私が上を見上げて呆けているので、そっと近づいた。私の左頬にはとある模様が描かれている。何だろうと不思議に思った彼女は口より先に体が動いてしまうらしく、私の頬に手を当ててしまった。
喋ることが苦手な彼女は澄んだ声で何度も丁寧に伝えてようとしてくれた。
「私の名はアルストロメリア。皆からはアルステマと呼ばれています。先程は本当にごめんなさい」
そう言ってアルストロメリアさんは深々と頭を下げる。
「大丈夫ですよ。僕の名はフィン・アーク・アイオーニオン。好きなように呼んで下さい」
「じゃあ、フィンさんと、呼びますね。私のこともアルステマとお呼び下さい。敬称も敬語も要りませんよ」
「なら、こちらも敬称も敬語も必要ないよ。砕けていこうか」
彼女は首を少し傾げ、にっこりと笑った。
口下手な彼女のその瞳はきらきらとしていて、その笑顔は彼女の心をそのまま物語っているようで、楽しい気持ちが伝わってきた。私まで楽しくなってきてしまう。
目は口程に物を言うタイプなのか。はたまた口で言うより顔に気持ちが出るタイプなのか。
「人間を見るのは初めてなんだよね」
「うん。というか今まで竜と竜人しか目にしたことがないから」
彼女はふと穴から見える空を眺め、そう答えた。
私達は湖畔に並んで座り、話をした。彼女の横顔は花のように凛としていて、私の目にすっと溶けていきそうに感じられた。
「外の世界の人は皆長い名なの? 私は親から貰った名しかないから」
そういえば、アルステマもといアルストロメリアや村長のサギニさんと、名しか持っていない。姓がないのだろうか。
竜もまた、虚竜のアクレオのような感じだろうし。因みに、虚竜の場合は、アクレオというのが本名らしく、虚竜というのは勿論異名である。
「外の世界の者は大概家の名があるんだ。自分の名は自分の物だけれど、家の名は代々親から受け継がれるもので。僕の場合は、アイオーニオンが父親の家系の名で、アークが母親の家系の名になる」
「そういう仕組みなんだね。私達竜人は皆家族みたいなものだから、産みの親から貰った名しかないんだ。もしかしたら、私達にもそういうのがあったのかなあ」
「あ、でも」と、アルステマは言う。
「洛北竜様はそういうのだよね。オール・ド・フレムって」
「ああ、守護者の場合は、最初に来るのが自分の元々の名で、後の名はそれぞれ守護者が継いできた名が来る。姓と似たようなものかな」
「そうだったんだ。私ももし外の世界の人と結婚したら姓が付くのかな」
彼女は本当に楽しそうに笑う。外の世界というのは、聞くだけでも興味深いことばかりなのだろう。
私はアツリさんやパラミダさんやセイバーさんを思い出した。
皆それぞれの事情があり、外の世界に触れることができずに、ただ聞いた話から想像を膨らますしかできないのだろう。魚人であれ、巨人であれ、竜人であれ、海であれ、陸であれ、空であれ、環境の違いが互いに傷つけ合い、対立し合う。
「私の親は私を産んですぐに居亡くなっちゃったんだけれど、でも他の皆が居てくれたから寂しくはない……かな。もしかしたらまた会いたいなって思っているのかも」
静かにそう語る彼女は暗くなりかけた雰囲気を察したのか「話、変えようか」と、促した。
「ずっとね、気になっていたんだけれど……その頬の模様は何? 人間には皆あるの?」
彼女はそう訊ね、私の左頬をまたじっと見つめた。
「いや、これは僕だけに付いているものなんだ。何と言うか、言うなれば『呪い』……みたいなものかな」
私はそう言うが、彼女は特に気味悪がる様子もなく「そうなんだ。何だか格好良いね」と、幼い表情を見せた。
格好良い、のかな。まあ、確かにナキもオールもアルアさんも村の皆も、特に気にする様子はなかったし、そういうものなのだろうか。
「よく見ても良い?」
彼女は私が答える前に私の目の前まで近づいてきた。四つん這いになり、私の頬の零距離のぎりぎりまで這い寄る。
彼女の角は横上に伸びているので私に当たりはしなかったが、仮に闘牛の如く前に突き出ていたならば、私の両目は今頃串刺しであろう。
しかし、ここまでの日々で私の精神は野原の如く広く穏やかに、鉄の如く頑丈に強靭になっている。今更可憐な女性が間近に迫って来ようと、そのまま口づけをされようと、精神の安定が揺らぐことはない。
亜人が持つ他種族の遺伝子は人間の体にも影響を与え、竜人もまた竜の遺伝子が人間の体を廻っている。
竜人の場合、男性は筋肉質な体ができ上がり、女性は豊満な凹凸のはっきりとした体ができ上がる。
アルステマも例外なくその一人で、というか彼女はその遺伝子がより大きく出ているので、私の目元にはその豊胸が迫ってきている。
私の場合はそれにすらも屈したりはしないが。あくまで私は紳士であるが。あ、なんか良い香りがしてきた。
「どうなってるんだろう。魔法の類のようなものでもないし、刺青とかの彫ったようなものでもない。でも、描いたような上から重ねられたものでもない」
確かに、私の頬のこの模様は神の恩恵を授かった際にできたものなので、魔法でも刺青でもペイントでもない。
私も神の恩恵の存在自体知らなかったので、この模様が一体何なのかは私にも分からない。
「何だか……肌に染みついている、というか……体の一部のような……」
――一部?
「うん、何というか……何と言えば良いのか分からないけれど、肌の色がこうなっているから、こういう模様になっているみたいな……」
「日焼けみたいな?」
「んー、そういう感じかなあ」
曖昧な風に返事をし、彼女は起き上がろうとする。
その時、四つん這いの体勢を支えていた彼女の竜の手が地面で滑り、彼女は倒れ込んでしまった。
どこに倒れたかと言えば、勿論彼女の目の前にいた私の胸の中である。
彼女が私の方へ倒れてきた勢いで、私は草の絨毯の上に仰向けに倒れてしまった。彼女の温もりが直に感じられる。乳圧がすごい。
「ご、ごめんなさい。重いよね、すぐ退くから」
「大丈夫だよ。全然重くないよ」
実際に重くはないし、これくらい育成学校時代の模擬戦闘で自分の倍の重さはある者を持ち上げた時に比べれば、何てことはない。
「そう? じゃあ……もうちょっとだけ、このままでも良い?」
彼女はそう言って頭を私の胸に押しつけてきた。それだけではない。体の全部を私に預けてきている。
「私、火竜なんだけど、体は冷えているの。私は体の熱を使って体の中の火を保っているから、体温が奪われてしまうの」
アルステマは瞼を閉じて言う。安らかな、静かに揺れる花のような息を立てた。
「だから、私はこうして誰かとくっついていると安心する。寒いのって、やっぱり怖いから」
私の頭の中をオールが過ぎる。冷えた火山で一人眠る彼女もきっとそうなのだと思う。
「うん……良いよ。しばらくこうしていようか」
そうして、私はアルステマの冷んやりした肌の温度を感じながら、変わらず小さく見える空を眺めていた。
〇
私とアルステマが村へ戻ると、ナキが駆け寄って来た。
「おかえりなさい。どこへ行っていたの?」
「湖の方へ。とても綺麗な場所で心地良かったよ。次はナキとオールとも行きたいな」
ナキは優しく微笑み「そうだね」と、応えた。
「そちらの方は?」
彼女は私の背後に居たアルステマの方に視線を移して訊いた。
「こちらはアルストロメリア。さっき湖畔で会ったんだ」
私はアルステマを紹介する。アルステマはナキに恥ずかしそうにはにかみながら、小さく会釈した。ナキも笑って「初めまして、アルストロメリアさん」と、返した。
「アルステマ。彼女はナキ。ナキ・アンブロシア・エマイディオス。僕の仲間だよ」
すると彼女は一歩歩み出て、ナキの顔をじっと見つめた。ナキは笑顔を保ったままだが、少し困惑したように首を傾げる。
「……あなたは、人間? その角は……」
ああ、そういうことか。彼女はナキに興味があるようだ。
「アルステマ。ナキは鬼人なんだ。それ故に額から角が生えている。竜人とは少し違った角だね」
ふんふんと頷きながら、アルステマは目を輝かせてナキを見る。
「……触ってみても、良いですか?」
その言葉を受け、ナキは驚いてはいたが「どうぞ」と承諾した。
意外なような気もする。恥ずかしがるなり嫌がるなりすると思ったけれど、案外良かったのか。私も触ったことないのに。
「これが……竜人のとは違って、何だか……艶々してる」
ナキはその間くすぐったそうにしていたが、決して拒んだり払ったりはしなかった。彼女は彼女なりにアルステマの好奇心に精一杯付き合おうとしているのかもしれない。
しかし、なんだな。やはり美少女同士が戯れる様というのは、見ていて満たされる。何とも言えぬ高揚感。
「あ、ごめんなさい。嫌でしたよね。私また一人で……」
アルステマは正気に戻ったかのようにそう言い、ナキから離れた。しかしナキは嫌な顔一つせず、変わらず笑って受け答えた。
「いえ、全然大丈夫ですよ。少しだけくすぐったかったですけれど……でも本当に大丈夫です」
「本当ですか? ……良かったあ。…………あの、私も『ナキ』って呼んでも良いですか? 私のことも『アルステマ』って呼んでほしいし……」
「はい、じゃあ敬語もなしが良いかな。よろしくね。アルステマ」
そう言って、ナキはアルステマに手を差し出した。アルステマは満面の笑みでその手を握り返す。
ナキも随分と雰囲気が変わった。
前までは常に怯えた風でいて、私が一緒にいなければと思っていたのだが。
しかし、今はもう一人でも立っていける。彼女もまた成長しているのだ。嬉しくもあり、寂しくもある。果たしてこれが親心というものなのか。
それから二人は沢山の話をした。
互いの好きな食べ物。
苦手なことや、特技。
尊敬する者は誰かとか、感動したお話は何かとか。
将来はどうなりたいのか。
昔の自分はどんなだったのか。
二人の似ているところはどんなところなのか。
楽し気に話している彼女達を見て私は安堵しつつ、その場からそっと離れた。
私が向かったのは、オールの元である。
彼女は村の端っこにあるテントの中で、一人で柱に寄りかかっていた。低い天井を眺め、遠い目をしている。まるで、ここではないどこかを見つめているような眼差しだった。
私が中に入るとオールはこちらに視線だけを向け「ああ、フィンか」と、虚ろげに言った。
「何しに来たんだ。冷やかしか? 本当にお前は私のことが大好きだなあ」
「からかいに生気がないぞ」
オールは「はは」と、渇ききった声で笑った後、溜息を吐いた。
「まあ、君のことが好きなのは違いないんだけれどさ」
「おや、嬉しいことを言ってくれる。ただ、お前の言う『好き』はもう少し高尚なものなのだろうがな。私も好きで、ナキも好き。村の者達だって大好きなお前だ」
「……がっかりした?」
「いや、分かっていたことだ」
私達はそれからしばらく黙り、オールは再度口を開いた。
「……して、結局何をしに来たんだ? 外でナキやあの竜人の娘と談笑していれば良いだろうに。そちらの方が数段愉快だ」
「まあ、そうかもしれないけれど。でも、今はオールの傍に居た方が良いと思ったから。いや、違うかな。僕が居てあげたかっただけなのかもしれない」
私がそう言うと、オールは顔を膝に蹲らせた。そして、小さくて篭った声で彼女は言う。
「……隣」
「えっ?」
「……隣に来て」
威厳を忘れ、甘えた声でそう言うオールは泣いてこそいなかったが、泣きそうな状態らしい。
私は彼女の言葉通り、彼女の右に並んで腰かけた。
「…………訊かないのか」
ふと、オールは呟く。私は何のことだか分からずにいた。
「私と――父のことを訊かないのか。気にならないのか」
そういうことか。
「訊かないよ。気にはなるけれど、強要して訊くものでもないと思うし。だから、オールが話したくなったら、話してくれれば良いから」
「……お前はいつもそうだ」
「母はいつもこうしてくれていたから」
その後も沈黙が続き、私は先程のオールに倣って低い天井を見上げていた。ランタンが中の灯を揺らしながらぶら下がっている。
するとオールは顔を上げて、向かいの壁を見つめた。その目は赤く腫れていて潤んでいた。それを見て、私は何も言わない。
「……話させてくれるか――私の過去を」
「……ああ、良いよ」
「……手を握っても良いか」
「……ああ、良いよ」
彼女の小さな掌が私の左手と絡み合う。彼女の手は震えていた。
そうして彼女は語り出す。
竜の一族に生まれ、慕われ育った歳月を。
厳かに疎かに養われた愛の形を。
全てを退け、洛北竜となった自らの今来を。
〇
私の祖父は竜の長と洛北竜を担っていた。
穏健で温厚な性格で、溢れ出る優しさはあらゆる者に安らぎを与え、滲み出る寂しさはあらゆる者に温もりを与えた。
しかし、私が生まれてきた頃には既に重病に罹っていて、余命も僅か百年余りであった。十分に残されているではないかと思うかもしれないが、幾万年と時を過ごす竜にとって百年という時間は蝉の一週間とそう変わらない。
私は祖父が好きだった。故に先立った彼の死は私にとって酷く悲しいものに違いないと、私は知っていた。
また、祖父の死は代替わりも表していた。
竜の長の跡継ぎは既に私の父にと公言されていた。父はその覚悟も決めていた。
しかし、洛北竜の跡継ぎは違う。立ち上がる全ての竜に機会があり、それは殺し合いにより決定される。
洛北竜は代々祖父の一族が継いできた。それ程にその一族は強かったのだ。今まで積み上げてきた歴史があったのだ。
私の父は竜の長を担っている。
威厳を保つことに縛られ、臆病な心を焦りと忙しさで隠していた。
母は私を産みすぐに他界した。
私は母の死に顔すらも覚えていない。火竜であった祖父の娘である母は魔竜であった。恐らくは母の一族に微かに含まれる魔竜の遺伝子が母に強く出てきてしまったのだと思われる。
洛北竜は元より火を司る竜が務めることが条件になっている。つまり洛北竜は火竜の血の者しかなることができない。それ故、母は洛北竜になることができなかった。
彼女が火竜たる父の番になることで、彼女の一族は父に洛北竜の跡継ぎを担わせようとした。そうして、一族の歴史を守ろうとした。
父と母が夫婦になり、その間に生まれた私は体こそ朱く燃えるようだけれど、その遺伝子は火と魔を司る竜であった。
父は竜の長を直に継ぐことで不安に駆られ、さらに妻である母を亡くし焦りに拍車がかかってしまった。
その上、いずれ迫り来る洛北竜決定戦というデスゲームを酷く恐れた。彼はどんどん不安定になっていった。まるで、支えを失くした塔のように。
そんな時、彼は私を見つけた。火竜の血を継ぐ私を。唯一残っている娘の私を。
それからである。
私が洛北竜になる為、明くる日もあらゆることを学ぶことを強いられる。
父は洛北竜決定戦で死ぬことを恐れた。洛北竜決定戦で死に、一族が繋いできた歴史に泥を塗ることを恐れた。そして、自分の死後の評価を恐れた。
期待に気圧され、プレッシャーに押し潰されそうになった。
そして、父は思い至る。
――オールを洛北竜にすれば良い――
彼は自分が恐れた不安を全て私に託した。生まれて五年も満たない私にそれを課した。
それからは勉強漬けの毎日だった。
武術、学問、魔法、礼節、理。
それらを学ぶ日々が百年間続いた。正直辛かった。自由も何もない。父の代わりになることを課せられた、興味のない洛北竜。そんなもの、私には何の価値もなかった。
竜人の村へ遊びに行くことは唯一楽しかった。洛北竜になれば、こんなこともできなくなると思うと、さらに洛北竜という地位が憎く思えた。
そして、父は私を迎えに来て、すぐにまた稽古漬けだ。
けれど、私はそれでも父を嫌ったりはしなかった。妻を失い、責任が枷となり、怯えてしまう彼の気持ちも痛い程分かっていたからだ。辛いのは私だけではないのだと、私は知っていたからだ。
彼はただただ言っていた。唱えるように――諭すように。
「すまない。けれど、私はお前を想い続ける」
祖父もそんな光景を見て、何も言いはしなかったが、ある時彼は私に対し教訓めいたことを言った。
「夢を見るだけならば寝ているだけでもできる――けれど、夢を叶えるならば寝ていては成せない。瞳を開いて現実を見つめ、その中で手に入れなければならない」
彼は死期を間近に控え、毎日病との闘いだった。そんな中で、日々辛さを抑え込む私に対し、震える喉でそう言った。
何の脈絡もなくそう言ったので、私はどうしたのだろうと心配になってしまった。今思えば、彼は私にこれからの教訓を教えてくれていたのだろう。もしかしたら、説教染みたことをしたかっただけなのかもしれないが。
百年が経ち、祖父は死んだ。大好きだった祖父は土の中で永遠に眠った。
父は竜の長になり、私は来る洛北竜決定戦に備えた。
空高く行われた決定戦は長引き、私が全ての竜を殺めて再度地上に降り立ったのは、決定戦開始から半年以上経ってからだ。
私は洛北竜を継ぎ、一人北の山脈にて眠り続けた。
私はそれからここへは帰っていない。
私は、本当は決定戦で死ぬつもりだったのだ。血に塗れた挙句に生き残るくらいならば、私はいっそのこと死んで楽になりたかった。
けれど、それを許さなかったのもまた私だった。ここまで私を育てたのは紛れもなく父だ。酷く愚かで酷く醜い彼でも、私を立派に育て上げてくれたのだ。それを裏切るような真似も私には到底できなかった。
私は結局は彼に恩義を感じていたのだろう。故に、私は生きてしまった。
もしかしたら、私は褒められると思ったのかもしれない。父から愛を貰えると思っていたのかもしれない。
けれど、彼は何も言わなかった。
洛北竜になるにあたり、他の守護者への挨拶と、伝統として受け継がれている訪れる者の望みを叶える務めのこと。
それらの話をするだけで、彼は百年間かけて育てた娘に対し、既に娘としての眼差しを送ってはいなかった。
私は父にとって洛北竜であり、父は私にとって竜の長でしかなくなった。
私は父が嫌いになった。
〇
彼女の話を聴いている間、私はずっと彼女の声に耳を寄せるだけだった。
零れ落ちるように流れてくるその言葉を拾い損ねないように気をつけながら、私はずっと天井を眺めていた。
オールの手は話が進む内に震えが大きくなっていき、その鼓動は繋がれた手を通して私にしっかりと伝わってきた。
「フィンは都の守護者が『神に選ばれし者』と呼ばれる裏で、何と呼ばれているか知っているか」
「……『神のなり損ない』」
オールは薄く笑い「その通りだ」と、応えた。
神――それすなわち絶対の存在。地上の者が届くことは許されぬ存在。万物の理から外れた力を持つ存在。
私達が居るこの地上とは別の空間に存在し、ここより遥かに上位の場所――『天界』に棲む者達。
その存在の起源は星の始まりよりも以前。宇宙の始まりと同等と言われている。天界と地上の行き来は神のみがその扉を開くことが叶えられ、地上の者で天界に行った者は例外を除き、存在しない。帰った者は例外も含め、存在しない。
神はあらゆるものが居て、その数は万物に等しいと言う。北の山脈で出遭った神もまた何かを司る神なのだろう。
そして、時に神はそれぞれが司るものを欲する者にそれを与え、時にひけらかしては去っていく。
都の守護者が神のなり損ないと呼ばれる話だが、これはあくまで例えである。
そもそも都の守護者の存在は都たる王国の始まりと同じである。それもそのはず。王国を守る為の守護者である。王国がないのにも関わらず、守護者だけがあっても仕方がない。
あくまで、この世で神に最も近いとされる存在。神の恩恵を授かりながら、神とは非になる存在。
それが都の守護者の礎である。
一つは竜――北から守りし火の守護者。
一つは獣――西から守りし地の守護者。
一つは魚――東から守りし水の守護者。
一つは虫――南から守りし風の守護者。
一つは人――中から守りし光の守護者。
一つは神――裏から守りし闇の守護者。
これらが神達が恩恵を賜った、地上で最も神に近い者達であり、守護者に相応しい者達だという。
後ろの二つの守護者は公の情報でもないし、どんなコアな文献にも載っていないが、存在はしているらしい。何故、誰にも知られず、誰も伝えないのかが謎であるが。
彼らが『神のなり損ない』だという話は、地上の誰かが勝手に口にしただけの言葉の裏返しということらしいが、実際正確なことは誰も分かってはいない。神に会ったことのある者など地上でも片手の指の本数にも満たないだろう。
しかし、神は神に選ばれるとはどういうことなのか――洛裏神とは一体何者なのか。それこそ神のみぞ知ることなのだろう。
私は視線の落ちたままのオールを見る。
「けれど、それは誰かが言った言葉の綾であって……」
「分かっている。分かっているさ」
オールは私の言葉を制するようにそう重ねた。
「しかし、たまにふと思うんだ。私は本当に神になり損なった血統の者なのかもしれないと。理由もないのに途轍もなく不安になる。お前達と一緒に居る時でさえ、私は無性に怖くなる。父はこれすらも恐れていたのかと思うと――私は犠牲にされたのかと思うとまた彼を嫌いになってしまいそうになる」
彼女の握る手はさらに強くなってきている。声も段々と震え気味になる。
「私は何よりも怖いんだ。これ以上、もう父を嫌いになりたくはない」
ふと彼女の方を見ると、彼女は空の左手で目尻の涙を拭っていた。
私は彼女の泣き顔を見て、居ても立ってもいられなくなり、思わず彼女を抱き寄せてしまった。胸の中で震える彼女は紛れもなく寂しがりの少女で、呼吸もままならないその声でオールは悲痛の声を私に伝えた。
「……私は……言ってほしかった……だけなのに、私は……」
私は彼女の声に頷き続けていた。私の服は彼女の涙で温くなっていく。
「私は……父に……――」
日は既に暮れていた。
〇
私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。
それは私の歳が十二の時のものである。
私はその日、同級を呼び出した。昨日に受けた告白の返事をする為である。
ラリアさんへの返事は最初から決まっていたのだろう。一日の猶予を貰っておいてなんだが、私の答えは変わらぬままである。
校舎裏で待っていた私の前に、彼女は現れた。勿論、ゴミ捨て場の方の校舎裏ではなく、昨日と同じ方の校舎裏である。
佇む私にラリアさんは「お待たせ」と、はにかんだ。にっこりと笑い平常を保っているようでもあるが、その本心は緊張と期待と不安のスクランブルかもしれない。
「来てくれてありがとうございます。一日待たせてしまいすみません」
「ううん、良いよ。それより返事を聞かせて」
私は言う。決心をして――彼女を傷つけない為に。
「ごめんなさい。僕はあなたとお付き合いできません」
私は言った。覚悟を持って――私を傷つけない為に。
ラリアさんは表情を変えなかったが、言葉が出てこないようであった。
「…………そっか……」
口から零れたその言葉は落胆と安堵のようなものを含んでいた。気まずそうに微笑む彼女の顔の奥底は果たして何を見ているのだろうか。
「……理由を聞かせてもらっても良い?」
それを言って彼女は納得してくれるかは分からないけれど、それで彼女が満足してくれるならば私は言う。詳細全てを事細かに赤裸々に語らせて頂く。
「僕は皆が知っての通り不運な人間です。そして、それは他人にも影響を与えてしまう。それは例外なくあなたにも。それを知りながら、もしあなたを巻き込んでしまったら、僕はきっと自分を許せない。だから、あなたは僕と一緒に居るべきではないのだと思います」
その言葉を受けて彼女はどんな顔をするか分からなかったが、果たしてラリアさんのその表情は笑顔だった。
それも明るく好意的な笑みではなく、黒さを孕んだような歪んだ笑みである。
私は徐々にこの状況に悪寒を感じてきた。私は、また過ちを――
その時、私は頭上から大量の水を被った。水道水のようなものではなく、雑巾を絞って出てきたような濁った水である。
何事かと困惑する私を尻目に、周辺からは複数の笑声が響く。それも大爆笑である。
一つは目の前の彼女から。
そして、もう一つは校舎の方の上の階から。
上を見上げると、窓から身を乗り出した例の同級達と二人の知らない女生徒の計五人がこちらを見て、嫌な笑みを浮かべている。その内の一人の男子生徒は金属のバケツを持っている。
「馬鹿かよ、あいつは。なんて顔してんだ」「おっかしい、マジでダサいんだけど」「のこのことやって来やがって、阿保かよ」「本当に頭悪いよね」「罠に嵌ってるし、頭ずぶ濡れだし、頭悪いし」「あ、何それウケるんだけど」「ほら、こっち見てるよ。キモくない?」「マジでキモいな。あいつの方が雑巾だろ」「言えてるし。おい、いつまであいつこっち見てんの」
私は再度目の前の女生徒を見た。彼女は腹を抱えて、私を哀れそうに涙交じりの細目で見ている。
「誰が、あんたなんかに、告るのよ。頭、本当におかしいんじゃないの?」
私は全てを悟った。
私は要するに同級に嵌められたのだ。知らない女性から告白されたとしたら、私は果たしてどんな反応をするのか。さしずめ『【ガチいじめ】学校一キモい嫌われ者に嘘告白したら予想以上にキモくて草超えて花咲いた』といったところか。
私がここで告白を受諾することが生徒達が最も望んだ結末だったろうが、私が嘘で空っぽの告白とも知らずに、真面目に答える姿は実に滑稽だったことだろう。
そうだ。私は分かっていたはずなのに、どうして忘れられていたのか。本当に度し難い愚か者だ。
けれど、それよりも愚かなのは彼らだと思う。私なんぞに時間を割いて、無い頭を凝らして。
私がそんなに目障りならば見えなくなるところまで強くなれば良いのに。私を陥れたところで結局上は変わらずあり続けるのだ。
下の者ばかりに優越感を求めて、上の者からは目を逸らして。お前ら最近私と成績張っているだろうが。
わざわざ女生徒まで誘って何がそんなに楽しいのか。馬鹿か。お前らの方が頭おかしいんじゃないのか。
「お前さ、いい加減調子に乗んなよ。死ね」
そう言った同級は持っていたバケツを私の脳天目掛けて投げてきた。
――お前らが死ね――
私の正気はそこで無くなる。
飛んで来るバケツを私は片手で掴み、それを飛んで来た勢いそのままに上の方へ投げ返す。偶然か必然かは全然判然としないが、私が投げたバケツは最初に私に投げてきた同級へ飛んで行った。
彼は予想していなかった反撃に対処しきれず、高速で飛んで来るバケツを額に諸に喰らい、その場に倒れて気絶した。私は実際に見てはいないが、彼の額からは朱く垂れる血が出てきていたらしい。
私はもう一度彼女の方へ向き直り、邪気を孕んだ蛇目で睨んだ。彼女は蛙の如くぎょっとして身動きが取れずにいたが、私はそれに構うことなく襲いかかる。
私は彼女の頭を片手で鷲掴みにし、そのまま校舎の壁に叩きつけた。女生徒は力なくその場に倒れ、顳顬からは流血していた。
今度は上の階にいる残りの生徒達に的を移し、私は木を這う蜥蜴の如く校舎の壁を伝って側面に移動した。要するに、私は平らな壁を自分の脚だけで上ったということだ。
窓の縁に手を着いた私は、そこに蔓延る憎き同級に対して意識を失わせる程の暴行を喰らわした。
この時は自分の意識も疎らなので気づいてはいなかったが、私は遥かに強くなっていた。少なくともこの育成学校にいる生徒の全体の半数よりかは強くなっている。
自分でも気づかない内に、私は三年余りを費やした日々の訓練により世間一般でいうところの強さを遥かに凌ぎ、ここの生徒とも互角に渡り合える程の強さを持っていた。
入学当初、成績最下位だった私は今となっては全体の生徒の半数まで上り詰めたのだ。それは単純にすごいことであり、感嘆に値する。
その反面でただただ危険で野蛮なことでもあった。力の使い方を知ってこなかった私が複数人の仮にも訓練を受けた生徒を相手取り、ぼこぼこにしたのである。
力をつけた弱者は心が追いついていない分、危険の度合いが違う。
こうして、私が人生で初めて受けた告白は血と共に流れていった。
私は周りで倒れて悶える同級を見て、笑っていたという。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




