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Light in the rain   作者: 因美美果
第四章――1
16/77

『箱庭』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 竜――この世の全ての生物において唯一天空に棲み、圧倒的な力を持ち合わせた生き物。


 雲よりも孤高で、星よりも孤独。


 幾億もの歳月を超え、古来より世界を見つめてきた自然界最強の種族。


 その誕生の起源は遥か昔、数億年前まで遡る。彼ら一族の始まりは元々恐竜から派生したものである。


 星が生まれて幾星霜、恐竜が世界に蔓延り、いわゆるジュラシック紀と呼ばれた時代。その終焉を告げたのがかの巨大隕石である。

 その隕石は『北の山脈』付近の陸地に落下し、世界の裏側まで伝わる程の地響きと津波を巻き起こした。

 そのせいで世界の生態系は大きく激変、その時代を牛耳っていた恐竜を絶滅に追い込み、その後の遺伝子にも大きな影響を与えた。

 爬虫類の一部は強靭な鱗で体を覆い、爪と牙で武装し、角と棘で飾り、翼で空の王と化した。

 ある者は火を吐き、ある者は氷を息吹き、ある者は魔法を操り、またある者は何も持たなかった。


 隕石の影響は恐竜だけに留まらなかった。その他の生物の遺伝子にも影響を及ぼし、亜人の原人が誕生したのもこの時だと言われている。


 そして、その隕石が落ちてクレーターとなった所に水が溜まり、例の隕石湖と隆起した岩山ができた。

 後に竜がその中を削って巣を作った。世界の一つの脅威とも言える竜は安静にして繁殖を行うことのできる、要するに安住の地が欲しかった。『竜の箱庭』はそれの条件を十分に満たした立地である。


 かなり前までは、ジュラ紀の終焉の原因は竜なのではという説が有力だったが、科学と魔法が進歩するにつれて隕石による影響ということが証明された。


 そして、その最強たる恐竜ないしは竜の遺伝子を受け継いだ一族であり、亜人の内の一つにして吸血鬼や人魚、小人と並べて語られる伝説の如き人型生物。

 世界からその身を隠して今はもう絶滅したとも言われていたが、丸い星の果てに静かに息を継ぐその一族の名は――竜人である。


 竜の遺伝子を継ぎ、そのずば抜けた能力で人々から畏怖された一族。

 その姿は両顳顬こめかみには角が生えており、形は人それぞれである。腕や脚は竜の鱗で覆われていて、爪や棘は鋭く荒い。

 鱗と人の肌との境目は一般的には腕は肘から肩にかけて、脚は膝から太腿にかけてであるが、稀に手首や足首、肩や胸や腰まで鱗で覆われている者もいるらしい。

 背中からは大きな翼が生えており、自分を包めば盾になり、目一杯広げれば空を駆ける。


 また、獣人が狼や猫の遺伝子を持った者がいるように、竜人は四つ足の竜やワイバーン、手足の無いワームのようなものの特性を持ったり、また生まれ持った能力も竜の遺伝子に基づく。


 圧倒的な力を持つその一族は他の種族から迫害を受け、栄えた街での暮らしをすることができず、止むなくして『箱庭』へ逃げて来たという。


 因みに、ジュラ紀の終焉の原因が竜であるという説だが、この説には『竜の七日間』という逸話が共に残されている。四つ足の竜を題材にした竜の能力を示す教養にも扱われる話である。竜の能力の種類は七つ。


 一日目は『無』――虹の如き雑色の竜はその覇気で骨を砕き断ち壊す。

 二日目は『毒』――菫の如き紫紺の竜はその猛毒で命を溶かし腐らす。

 三日目は『火』――血の如き紅蓮の竜はその火炎で凡を灰燼へと化す。

 四日目は『氷』――海の如き瑠璃の竜はその霧氷で塵を凍み気へ流す。

 五日目は『魔』――虚の如き無彩の竜はその幻術で星を歪ませ狂わす。

 六日目は『光』――天の如き純白の竜はその薄明で世を安らぎ眠らす。

 七日目は――



   〇   



 巨人の国の盾『ピルゴス』を後にし、虚竜の背に跨った我々は全ての竜の故郷『竜の箱庭』を目指している。


 竜の箱庭は王国から見て北の山脈の奥にある隕石湖に位置し、北半球に領地があるバリウスからは王国よりも近いので、虚竜の足ならぬ翼ならば一日以内に着くくらいの距離だった。景色は一つの線のように過ぎ去り、風は真向から私達にぶつかってきた。


 空の上を飛行している最中もいくつかの国を跨いで来たが、雲の上を通る侵入者に対してはさすがに視認できないので何も言われることもなかった。世界の制空権は竜のものであることは太古の彼方より変わらずなのだ。


 竜の箱庭までの移動中、私はオールと虚竜に訊ねた。


「二人共そこの生まれなんだよね。他にはどんな竜が同じ出身なの?」


 竜は否が応でも目立ち、常に世界から注目を浴びる生物。今までにも歴史にその名を残す程に有名な竜は沢山居る。

 たとえば、街を襲い回ってワイバーンの統領も担った『地の血竜』、風を司り燃え盛る大地で財宝を生涯守り続けた『雨竜』、静かな湖で周辺の森や村を生涯守り続けた『月白主』などが、世界にその名を残している。

 竜の間では虚竜は当然大物らしいが、他の種族からすれば出会った者は皆死んでいる。破壊の行為を止めた後も大洞窟に身を潜め続けていた。語られるはずもない。死人に口なしである。

 ただ、ピルゴスの一件で知る者も沢山いたので、これから知名度が上がっていくことだろう。


「他の竜というより、全ての竜は箱で生まれる。これは竜に課せられた義務だ。定められた『掟』だ」


 虚竜は前を見たまま私に答えた。


「竜には『掟』がある。それを破れば、その者は死を強いられるか、地中深くに閉じ込められることになる。『掟』の一つには竜の繁殖は必ず箱にて行うことが決められているから、全ての竜は箱庭出身なのだ」


 オールもまた前を見たままそう答えた。

 なるほど、故に竜の故郷は皆一緒なのか。竜人が世界で見られなくなったのは、彼らにもそのような『掟』があるからなのだろう。もしくは外に出れば迫害を受けるから。


 しかし、何故『掟』が定められているのだろうか。正直どこで子を産もうが竜達にとってはどうでも良いことなのではないのか。


「そんなことはない。決してあり得ない。『掟』の存在は竜の管理を担っている。外で無計画に子を産みまくればそれだけ世界の脅威に直結し、それは他の竜にも悪影響を与えることとなる。世界が本気で竜を危険と見做せば、箱にもその火の粉が降りかかるやもしれん。それを防ぐ為の『掟』だ。実際、竜は皆『掟』を守っている」


 私はここでまた疑問を抱く。それを破ったとしても、バレないということはあるんじゃないのか。他の竜達が把握していないだけで、どこかで誰かが『掟』を破っているのではないのだろうか。


「確かにそう思うのは当然だろう。しかし、『掟』はただの『決まり』ではない。生まれながら課せられた竜の『鎖』だ。『掟』は魔法の一種であり、箱庭に生まれた者は皆『掟』の魔法にかかり、一つ破れば竜の長に自動的に伝わる。竜の長は全ての竜を管理している。そして、竜の長の命が尽きれば、次代の長に選ばれた竜へ自動的に伝わるようになる。竜に生まれた者は皆生涯この鎖に縛られるのだ」


 何だか凄惨な話である。力を溢れるがままに振るうものだと思っていたが、竜には竜の苦悩があるのだ。

 どんなに上手く隠しても罪は見破られ、『掟』を破れば死か死同然の罰を強いられ、それを拒み抗ったとしても結局は相手も竜、逃げるも殺すも一筋縄では行かないだろうし、最終的にはきっと償わなければならないのだろう。


 ふと私は思った。果たして竜の長とは洛北竜とは違うのか。仮に同一ならば、今の長はオールということになるが。


「答えは否。私はあくまで洛北竜に過ぎない。長はまた別の竜で、その者こそ私が箱庭に帰る理由だ――箱庭で会う竜だ」

「洛北竜が世界に対する竜の顔だとすれば、長は竜に対する竜の顔と言える。洛北竜は世間の評価を受け、長は竜の評価を受ける。まあ、責任が重いのは洛北竜の方だがそれも個々に寄る。今までにも竜の長を務めながら、同時に洛北竜を担ってきた者も居た。どちらもその者の死去が代替わりの機会となるので、纏めて担うことも多々ある」


 中々に色々な決まりごとや役職が存在するのか。竜も思っていたより集団的である。


 ナキは空に上がってしばらくしてからというもの、ずっと私の背中に寄りかかって眠っている。少し具合の悪そうな辛い表情である。

 ナキは空を移動する時はいつもそうだ。雲の上に出たり、日の下にずっと居ると彼女はすぐにぐったりとして体調を崩す。まるで砂漠で枯れていく花のように――血を奪われていく鬼のように――

 恐らくは体に負荷がかかり易いのだと思う。そういう時は、私のローブを被らせている。それも気安め程度にしか効果を発揮しないけれど。


 オールもまた私の肩に寄りかかって目を閉じているが、彼女の場合は辛いのは体調ではない。感情である。

 故郷に帰るのが辛いと感じるのは、決して私だけではないのだろう。千年以上もの間生きてきた彼女だからこそ、彼女だけが感じ得る気持ちも存在するのだ。


 そんなことをしばらく考えていると、日は大分前に沈んで辺りは暗くなっていた。淡い月の明かりに目が眩んで、私もまたいつの間にか眠りに就いた。


 肘に揺れる頭を預けて風の匂いを感じながら、私はタイムスリップしたような感覚に襲われた。



   〇   



 私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。


 それは私の歳が十二の時のものである。


 私はその日、同級に呼び出された。私に対し、訳の分からない上に筋の通らない挙句身に覚えのないいちゃもんをつけてきた男子とは違う別の一人の女生徒であった。


 この育成学校には、女子も当然の如くいる。優秀な兵士に性別は関係ないのだ。男に刺されようが女に刺されようが、死はあくまで死である。

 とはいえ、自ら進んで戦地に赴く兵士になろうという女性も多くはいない。やはり女性は家庭に就いて子を産み育むのが私自身もベストのような気がする。


 彼女はこの育成学校の私とは別のクラスの生徒であり、中々に成績でも手こずっているらしい。

 まあまあ可愛げのある子で、何だか幼少の頃に出会った女の子をふと思い出してしまった。別に彼女を彷彿とさせる何かを持っている訳ではないのだけれど、私が関わりを持った女の子というのが唯一彼女だけだったからという話だろう。


 呼び出されたのは校舎裏のゴミ捨て場――ではなく、校舎裏の別の場所であった。まあ、ゴミ捨て場はそこにいるだけで臭いので、呼び出す場所としては不適切だろう。あの男子共がイカれているだけである。

 しかし異性と話をするなど、それこそ幼少の頃以来なので私は警戒せずにはいられなかった。

 嵌められるのではないだろうか。

 お金を巻き上げられるのではないだろうか。

 不安要素はいくらでも湧き出てくる。この頃もまだ私は同級からの暴行を受けていたので尚更である。


 登校して来た私が席に着き、包帯を巻かれた傷だらけの手で机の中を漁ると何か違和感を感じた。

 私は普段机の中身は何も入れていない。入れてあるものが同級から如何なる乱暴な仕打ちを受けるとも限らない。実際あったのだから。


 逆に何かが仕込まれているのではという怖さから、私は毎朝机の引き出しの中身を確認するようにしている。

 一度だけ本物のゴキブリの死体が入れられていた時があったが、私は案外虫が苦手ではないのでそれは同級にとって不発だった。さすがにぎょっとはしたが、声を上げる程ではない。窓から投げ捨てた。

 その後、ゴミ捨て場に呼び出されて、彼らは私に「ゴキブリ探すのも、捕まえるのも、殺すのも、中に入れるのも、何より触るのが辛かったんだからもうちょっと良いリアクションしろよ」と、理不尽に怒られて殴られた。もう何が正解か分からない。

 その後は机の中に何かを入れられることもなくなったが。


 故に、中で何かに触れた時は私も呆れると同時に身構えたが、出してみればどうということもない。便箋が一枚入っていただけであった。可愛らしい花柄のそれである。

 中に入っていた淡い桃色の手紙には角の丸い字でこう書かれていた。


 ――アイオーニオンくんへ


 突然こんなものを寄越してしまい、ごめんなさい。


 あなたと話がしたいです。


 もし良かったら、訓練が終わった後、校庭寄りの校舎裏に来てください。


 待っています。


 ラリアより――


 私は思わず目を丸くしただろう。当然丸文字にではなく、その内容に。

 私宛てに女の子から手紙が寄せられるとは。


 しかし、私はあらゆる不運事を被ってきた人間である。

 ここで浮かれるような度し難い阿呆ではない。むしろ警戒レベルはいつも以上に高くなる。その『ラリア』という女生徒がどういう子なのか、会ったことも見たこともないので正直行くかどうかも悩む。


 その時、私はふとあの少女のことを考えた。

 私なんぞに声をかけて、一緒に遊びを教えてくれて、どれだけ派手に転んでもどれだけ膝を擦り剝いても、私と一緒に居てくれたのだ。

 私が距離を置いた後も、家までやって来て心配してくれていた。

 私が彼女と会わぬ間、彼女も私と会わぬままだったのだ。それを彼女がどう思っていたか今となっては確かめようもないが、もし私のことを想っていてくれたのなら――


 私はラリアさんに会うことにした。

 訓練が終わり、私はシャワーを浴びた後に校舎裏へ向かった。


 そこには空を眺め佇む華奢な女の子が立っていた。

 背が小さく、とても兵士になろうという人間の体とは思えない。そこも彼女の成績が滞っている一因と思える。


 彼女は私に気がつき、どことなく緩んでいた顔は引き締まって緊張を纏った。


「来てくれてありがとうございます。良かった、安心しました」


 そう言って笑うと、また彼女は真剣な顔つきに戻った。私はその言葉にただ頷いた。


「それで、あなたをここに呼んだ理由なのですが……私、最近あなたのことをよく見るようになっていたんです。最初の頃は落ちこぼれって言われていたけれど、今は皆に負けないくらい頑張っていて、皆に追いついて来ていて……私は成績全然良くないんですけれど、あなたのことを見ていると何だか私まで頑張ろうって気になって」


 私は彼女の言葉をただただ聞いていた。こんなことを言われるなんて今までなかったので、何だか不思議な気分である。


 彼女の言う通り、確かに育成学校に来てから、二年経って私は大分兵士として鍛えられたと思う。

 まだまだ他の者には追いつけないけれど、訓練にはもう十分についていけるようになった。もうしばらく吐いていない。

 ぶっちぎりで最下位だった成績も段々と伸びつつある。私を虐げる同級を抜かす日もそう遠くない気がする。


 それには、血の滲むような努力と鍛錬が必要ではあったが。

 トレーニングルームには毎日通い、毎朝街の河川敷でマラソンを行い、少食だった胃袋を無理矢理広げて苦手な食べ物も含め、ありとあらゆる食材を全て平らげて、模擬戦闘では殺意という殺意を全身の穴という穴から垂れ流して喰らいついてきた。

 そうして、軟弱だった私の体は狂気的な訓練にも耐えられるようになったのだ。


 しかし、わざわざ私の些細な成長を見ていたとは。


「些細なんかじゃありません。私だけじゃなくて他の皆も見ていました。あなたを虐めてきた男子もあなたのことを見て焦っています。皆あなたに影響を与えられているんです。だから、私は魅せられたんです」


 そうして彼女は一つ息を吸い込み、満を持して言った。


「私、あなたのことが好きです。私と付き合って下さい」


 私は非常に驚いた。

 まさかと思っていたことを今正に耳にし、困惑した。

 異性から告白されることなど勿論今までなかった。正直言って気恥ずかしいとか照れ臭いとかそういうのはない。ただただ困惑に尽きた。


 しかし、彼女の気持ちに応えようにも裏切ろうにも、我々が通う場所はあくまで学校であり、そこには当然校則が付いて回る。

 育成学校の校則では男女交際は禁止とされている。訓練において恋愛は不必要である。


「嬉しいけれど、校則では交際禁止だから……」

「そんなの関係ありません!」


 私の言葉に対し食い気味で彼女は返してきた。


「私だってそんなことくらい知っているけれど、それでもあなたと居たいから……隠れながら、バレないように過ごしていければ、私はあなたと一緒に居られればそれだけで嬉しい……」


 私は困惑を通り越し、圧巻であった。彼女の熱意に押されかけていた。けれど、ここで優先すべきは私の心である。

 慎重に決めろ。私はどうしたいのか――どうするべきか。私の答えは――


「……少し、時間を貰えませんか。こんなことなかったから、どうすれば良いのか分からなくて……」


 何とも情けない、答えの延期という答えだったけれど、彼女は嫌な顔一つせず「分かりました」と、言ってくれた。


「いつまでも待っていますから。どんなにかかっても。でも、必ず答えは聞かせて下さい」


 そう言って彼女はその場から立ち去った。その夜、私はどうするべきか本気で悩んで考えた。いつも朝は早く起きなければならないので、徹夜をしたのは久し振りだった。


 けれど、結局私は浮かれていたのかもしれない。私は誰よりも何よりも不運であるのに。


 ――案の定、愚か者は私であった。



   〇   



 どこか遠くから声が聞こえてきているような気がして、試しに瞼を開けてみると私の目の前には可愛らしい赤毛の少女が居た。正確には、赤毛に先端が白のグラデーションがかかっている髪の毛の少女である。

 しかし、耐え難い睡魔に襲われ、私は目を再度閉じざるを得なかった。


「二度寝すんな」


 頭を叩かれる。痛い、誰だよ。


「もうすぐ着くから起きとけ」


 私がもう一度目を開くと、そこには雄大な大地と可憐な少女が目の前に飛び込んできて、背中にも温もりを感じる。

 どうやらオールが耳元で私のことを呼んでいたらしい。声が遠くにいたのではなく、私の意識が深く沈んでいただけのようだった。


 もう着くということらしいが、果たしてその目的地はいずこに。


 と、私が周りを見渡して竜の箱庭を探していると「あそこだ」と、オールは十二時の方向を指差した。


 私は彼女の細く綺麗な指の向く先に視線をやった。そこには何もなかった。……何で?


「魔法のせいだ。結界を通り抜ければすぐに眼前に広がる」


 そうか、魔法で島の姿は隠しているんだったな。寝起きのせいなのか頭がまだぼんやりする。


 すると、突然何もない所から竜が姿を現した。

 本当に突然のことで、あたかも先程からそこに居たような――あ、そうか。島が見えないということはそこら周辺に棲んでいる者達の姿も見えないということなのだ。つまりは竜が現れた所が魔法の境界線。


 竜は最終的に六頭集まった。どうやらほとんどが虚竜と同じ種の『無竜むりゅう』のようだ。

 無竜は種としての色彩が固定されておらず、色取り取りの竜が雑多に並んでいる。まるで子どもが描いた絵のようである。


 一頭の竜が我々に近づいてきて「失礼を承知でお訊ね致します。あなた様はもしや『虚竜』で居られますか?」と、その大口から丁寧な口調の言葉を放った。


「如何にも。若い衆にも知られているとは思わなかったが」

「我々にもその所業は伝えられております故。今はどこかの洞で眠っていると耳にしましたが、一体どのような成り行きで?」

「それについても、長に会ってから全てを語らうことにする」


 虚竜はその大きな頭を垂らした首を沈め、虚を――虚の中にある箱庭を見つめた。


「して……」と、向かいの竜は虚竜の背に乗っている私達を一瞥した。


「あなた様の背に居るのは、人間でしょうか?」


 彼らの目がふと鋭く厳しいものに変わる。障害の対象を睨むように。実際、彼らの思考はその通りなのかもしれないが。


 虚竜は彼らに説明しようと試みたが、それを待つことなくオールは虚竜の背から跳び上がり、空中でその真の姿を見せつけた。

 川の如く細く長い緋色の体の竜を見た無竜の者達はきょとんとして、皆一様に顔を見合わせていた。オールが人間から竜に姿を戻したことに驚いてはいたが、彼女が洛北竜であるとは気づいていないのかもしれない。


「ここには若い者しかいないか。であれば私の姿を知る者もなし。誰かディアノウメノスを呼んできてくれ。オールが来たと言えば、恐らく伝わるだろう」


 オールにそう言われ、一頭の竜が結界の中へと姿を消した。動き出した竜の他の者達は『オール』という名を聞き、もしやと思い始めている。


 直に結界の中から四頭の竜が運ぶ駕籠が出て来て、その上には腰の曲がった年老いた風の竜が乗っている。

 真っ白の鱗から察するにその竜は『光竜こうりゅう』のようだ。皺だらけの顔面と垂れ下がった目がその竜の年季を感じさせる。


「久しいな。ディアノウメノス」


 オールがその老竜に声をかけると、老竜は垂れた頭を起こして反応した。目は既に見えていないようだけれど、耳はまだ確からしい。


「そのお声を聞いたのは、幾年振りでしょうか。お帰りになられたのですね。オール嬢」


 すると、老竜に先程の無竜が近づき「爺様。やはりその方は……」と、訊ねた。


「お前達の思っている通りだ。そこに居られる方こそ、洛北の守護者――洛北竜オール・ド・フレム様だ」


 老竜もといディアノウメノスが周りの竜達にそう告げると、聞いた彼らは再度騒めき始めた。オールは洛北竜になってからずっと北の山脈にいたのだから、その後に生まれた竜達は彼女の姿を知らないのだろう。

 虚竜の場合は例外で、前例がない程の規格外の大きさに容易く予想できたのだと思う。竜でもここまでの巨躯はいなかったのではないか。


「どうされたのでしょうか、オール嬢。山から出てくるとは何故……」

「もうお前は私に仕えていない。『嬢』などと呼ぶ必要はない。それについて、私も長に会わねばならない。会って話さなければならない。とりあえず箱庭へ通してくれ」


 そう言ってオールは結界の中に進み出したが、若い竜が「お待ち下さい」と言い、未だ虚竜の背に乗る私達を睨んだ。


「その者達は?」


 無竜達は皆私達に対し身構えたが「構える必要はない」と虚竜が彼らを制した。


「彼らは手前らの恩人だ。丁重に迎えろ」


 そう言われた他の竜達は動揺を隠せず狼狽したが、虚竜やオールの憮然とした態度に虚偽の疑いはないのだと判断したらしい。


「失礼しました。それでは皆様をご案内致します」


 無竜についていき、彼らの体が消えていく結界の中へと我々も入っていった。


 見えない壁を越えると、そこには前触れも前兆もなく、ただただ島が一つ現れた。島は巨大な隕石湖の一部にしか過ぎないが、それでも一つの小国に匹敵するくらいの大きさであった。

 剣のように尖ったいくもの岩が島の内側に向かって円く並んでいる。島の真ん中には唯一の入り口である大きな穴がぽっかりと開いていて、そこから陽の光が島の中を明るく照らしていた。

 島の周りには大小様々種類雑多な竜が警護に当たって飛び回っている。

 私達は竜達の視線を浴びながら、箱の中へと入っていく。


「すんなりと通れてしまったけれど、誰かがうっかり結界の中に迷い込んでしまったら、島のことがバレてしまうのではないのか?」


 私は少し疑問に思い、私達と横に並んで飛ぶオールに訊いた。


「部外者にそこまで明かす訳にはいかない」


 無竜がそう言って割って入った。私の素朴な疑問は彼らの癪に障ったらしい。まあそれもそうか。教えてもらえないのならそれはそれで仕方がない。


「構わない。彼らは私の恩人であり、仲間だ。明かしたところで害もない」


 無竜はオールにそう言われ、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んだ。竜の表情とは意外と分かりやすい。


「あの結界は外から姿を隠すだけではない。内からも姿を隠す。生者に反応し、長の意思で開く。長に話を通さなければここに来ることはできず、仮にこの地点を通り過ぎたとしても、景色は何もない隕石湖が広がるだけだ。そして、それと同時に透過の魔法もかかっている。本来は島がある所を歩いても、島には触れられずその者はここに気づかず通り過ぎる。つまりこの島には竜の長の了承を得られなければ、入ることは疎か見ることも触れることもできない。生きている限り、結界は通れない」


 渋々そう説明し終えた無竜は一つ息を吐いて島の入り口へ進んだ。


 つまり長の許可が下りない者はここには見ることも触れることもできない、と。

 なるほど、これは誰も見つけられない訳だ。


「ありがとうございます。わざわざそんな重要なことを話して頂いて」


 私が彼に礼をすると「本当にな」と、無竜は呟き、虚竜は咳払いをした。無竜はびくついて萎縮してしまう。竜にも上下関係が存在するんだな。あくまで繁殖して繁栄した種族ということか。上には上がある。


 そう話していると直に島の入り口が近づいてきて、いざ私達は箱庭へと入った。

 眼下に見える地の景色は様々であった。

 土地が国一つ分は軽くあるので、雪の積もった小さな山が連なっている所もあれば、広大な平原が広がっているのも見える。池を囲う青々とした森林も見えるし、大きく開いた洞窟がある崖が反り立っていた。

 遠くの方には、人工物……のような何かも見えている。

 それ以外にもきっと色々な場所がこの島に点在しているのだろう。気になる場所は沢山ある。それもそのはず、ここは誰も観測することが叶わなかった土地なのだから。


 私達は平原の先にある岩肌が所々に露見している丘の草原に降り立った。そこにはオールと同じ緋色の竜が一頭そこに佇んでいる。

 私達は虚竜の背中から降り、目の前にいる悠然とこちらを見つめる竜と向き合った。

 その竜がどうやら竜の長らしかった。


「……虚竜、久しいな。いつ振りだろうか」

「ああ、もう覚えてもいない。幾千か、幾万か、もう記憶の底で化石になっておろう」

「虚竜……というのはやはり慣れないな。昔のようにその真名で呼んでも良いだろうか」

「好きにしろ。お前は最も古い旧友だ」

「すまないな――アクレオ」


 虚竜の本名は、アクレオと言うのか。会話や雰囲気から察するに、どうやら虚竜と長は古い付き合いのようだ。竜は何せ長寿である。途方もない年月より前から知り合いなのだろうな。


「して、何故こちらへ戻ってきた? 住処の洞窟が崩れたか?」

「そんなことならば、どんなに良かったか。私は再び生者を殺めてしまった。心を失い、一つの街を襲ってしまった」


 虚竜は遠い目をして、悲しげに語った。彼の目線の先には何が見えているのだろうか。


「私は結局一人では生きられなかった。洞窟の静寂に包まれ、いつの間にか脆弱になっていた。故に私は操られたのだ」


 そこから虚竜は今回の一連の騒動を長に話した。聞いている間、長は何度も頷いていたが、たまにオールの方を窺う。


「そうか、お前も苦労したのだな。しかし、それは『その者』の仕業であろう。お前が気に病む必要はない……と言ったとしても納得はいかんか。私はあくまで今回の件を聞くことしかできぬ。心苦しい限りだ」

「いや、良いさ。彼らが私を止めてくれた。全く良い結末とは言えんが、最悪は免れた。私は虚竜だ。破壊しか能のない竜だ。それを救ってもらえただけでも私は死んでも良いとさえ思える」


 長は黙ってその言葉に頷き続けた。

 すると今度は私とナキに頭を近づけてきて、


「君達がオールとアクレオの恩人だな?」


 と、訊いてきた。


「はい、フィン・アーク・アイオーニオンと申します」

「ナキ・アンブロシア・エマイディオスです」


 そう答え、私はオールの方を見た。

 彼女はずっと首を横に向けたままである。そっぽ向いたままで、長の方を見ようともしない。オールはここへ来るまでもずっと気分が良くないようだった。特に、長に会ってからは一層機嫌を損ねているようで……。


「アイオーニオン。エマイディオス。二人に感謝の意を表明したい。結界の周りの竜はあまり良い歓迎をしなかったろう。ここに竜の血を持つ者以外が来ることは今までなかった。どうか許してほしい。そして、君達は我々に対して無礼講でいてくれて構わない。ここでは好きに過ごしてくれ。そして、どうかこれからもよろしく頼む」


 そう言って、長は頻りに顔を合わせないオールの方を見遣る。


「オール……よく帰ってきてくれた。私は……会いたかった」


 オールは黙ったままである。


「随分と大きくなったな……私を抜くのもそう遠くないかもしれないな」


 オールは黙ったままである。


「今まで辛い思いをさせたな。けれど、帰ってきてくれて良かった。ここに居る間はゆっくりと休んでくれ」


 オールは黙ったままである。


「今まで会ったことを沢山話してほしい。私はお前のことをずっと心配していた」


 オールは黙ったままである。


「またいずれあの火山へ帰るのだろう。その時は我々一同お前を――」

「私はあの山へはもう留まるつもりはありません」


 オールは黙らなかった。


「私にはもう居場所がある。寒くだだっ広い火山とは違う、誰かがいる温もりがある小さな村です。私の居場所はあの宝石です」


 その言葉を聞き、長は驚きを隠せずにいた。


「何を言っている? お前は洛北竜であろう。北の地で都を守るのがお前の役目だろう。今更あの場所を去って、別の場所に居を構えてどうするのだ」

「ですから、私はもうあの場所に留まるのが嫌なのです。勝手は承知です。けれど、私の居場所くらい私が決める。あなたが決めることではない」

「違う。お前は分かっていない。洛北竜が北の山脈を空にし、どことも知らぬ村に棲みついて、お前の元を訪れる者達の望みを叶えるという役目はどうするつもりだ。その村に訪れさせるのか? そうなれば、その村の者達はどうなる。中には得体の知れない者も居るのだ。そういった者がお前の言う宝石に危害を加えてきたらどうする。お前は全てを指一本触れさせずに守れるのか? 守護者として千と幾百の歳月しか経験のないお前にできるのか?」

「しかし、訪れる者達の望みを叶えることは守護者の使命や義務ではない。守護者はあくまで都を守るまでです。願いを叶える役目は先代達が身勝手に決めたただの伝統です。そして、それを継ぐか否かは現代の洛北竜です。私は洛北竜だ。守護者の役目に臆して、幼き私にそれを押し付けたあなたに何が分かる。私に物を言う筋合いがあると言うのか? 私が居たい場所に居て何が悪い」


 オールはそう言い、長を鋭く睨みつけた。けれど、その視線には殺意のような感情は感じられない。まるで、何かを哀れむような寂しげな眼差しであった。


「いや、違うんだ。私はそう言いたかった訳ではないのだ。私は自分のした過ちを重々理解している。そうだな、今更私にお前にとやかく言う筋合いはないな。すまなかった」


 長の首はみるみる落ちていく。その威光に満ちていた目はいつの間にか光を無くしていた。


「けれど、私は本当にオールを心配していたのだ。お前が自身を抑え、洛北竜に徹している間の幾星霜。私もお前を想っていたのだ」


 長の言葉を受け、オールはまた激しく反応する。


「幾星霜だと? その間、あなたは何をしていたと? 私のことを想っていたのなら、最初から洛北竜など渡さなくても良かった。あんな凍える火口で、私はどこにも行けなかった。ここまでの日であなたは何かを積み続けたのか? はした時間を過ごしてあなたは私を想い何をした? 私は何を受けた? もううんざりだ。久し振りに帰郷すればこれだ。期待も希望も持つんじゃなかった。やはりここへなど――帰ってくるんじゃなかった」


 オールは疲れきっていた。全てを言い終え、鋭かった眼光は酷く衰えた弱い光を放つばかりである。そして彼女は全てに呆れ果てたような顔をして、吐き捨てるように言った。


「……いや、私が阿呆だったのか。自分の居場所が選べないなど、ただの我儘なのだろうな。おかしいな、私はずっと見てきていたはずなのに。居場所を選ぶことは疎かそれを手に入れることすらできぬ者を、近くで見てきていたはずなのに」


 彼女は私の方を見はしなかった。


 そして、オールは竜の姿から人間になり、私達の横に並んだ。彼女と長がどういう関係なのかは存じないが、何かただならぬ因縁に近いものを感じる。


「オール……君は――」

「何も言わないでくれ、頼む。何も言わないで」


 泣きそうな声でそう囁き、彼女は下唇を噛み締めていた。眉間には皺が寄っている。彼女の小さな左手が私の服の裾を掴んだ。


「うん、分かった」


 私は隣のオールにそれ以上何も言わず、彼女が息を整えるのを待っていた。


 長は哀愁を帯びた表情で、オールを見つめた。


「私はそれでも、お前を想い続ける――唯一の娘を」

「……え?」


 私は何も言わぬつもりだったが、思わず声を漏らしてしまった。長の娘が――オール?


 虚竜は目を細めてオールを見た。


「今の姿をお前の母が見たら、果たして何と言うだろうか」


 オールはその潤んだ目で遂に虚竜までも睨みつけた。


「それは私の姿を見てか? それとも、そこの愚父の姿を見てか? 何を言うにしても何にしても、母上は今土の中でその肉を腐らせているだけだ。死人に口なし。竜もまた然り」


 虚竜はそう言われ一瞬怒りの表情を見せたが、すぐに呆れたようにして口を噤んだ。


 長は最後の力を振り絞るように微笑んでみせた。


「オール、体を休めるのなら言ってくれ。お前の寝床を用意する。その時、また話を聞かせてくれないか?」


 けれど、オールは「申し訳ありませんが」と言い、私の右手を握った。


「私は彼らと一緒に居ることにします。今私が一緒に居たいのは、仲間たる彼らです」


 彼女は私の手を引き、その場から去って行こうとした。

 それを止めたのも長であった。長は今にも掠れて消えてしまいそうな声でオールに訊いた。


「オール、最後に答えてほしい。……お前はまだ私を恨んでいるか?」


 彼女は振り返った。薄くて、軽くて、安っぽい作り物の笑顔で振り返った。それがやっとなのだと私は知っている。


「いえ、今はもう恨んでいません。結局はあなたが与えてくれたこの洛北竜という地位が私を彼らと引き合わせてくれたのだから。けれど、感謝の念も微塵もありません。履き違えないで下さい。私はあなたを恨んではいないけれど、私はあなたを許してもいない」


 彼女の手は絶え間なく震えていて、それを抑え込むように私の手を強く握っていた。


「想い続ける――か」


 その時、オールは小さくそう呟いた気がした。


次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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