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Light in the rain   作者: 因美美果
第三章――2
15/77

『白刃』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また、少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 この世界には誰にも手をつけられていない土地がある。


 完全に生き物の棲息が不可能な危険地帯。

 国や勢力同士に挟まれた奪い合いが行われている真最中の土地。

 領地を正確に定めている訳ではないけれど、実質的にどこかの街や村が統括していて手が出せない非公認の領土。


 ありとあらゆる理由により未だ法の上に在らず、法の下に従わず、法の中を信じない無法地帯がある。

 我々の村であるネフリティスホリオもまた王国の領地からぎりぎり外れているのであそこら一帯の森も然り、グロシアさんの今は亡き故郷であるシュシアー大平野跡のクレーターもまた然り。


 このような法が無いという状況は一見してそこに棲む者にとっては楽なことばかりとも思われがちだが、残念ながら面倒事も多く抱えることとなる。

 どこの領にも属さぬ土地ということは、その領主からの保護も受けられぬということである。なので、たとえ襲撃があったとしてもその土地に住まう者の自己責任となる。例えば――そう、あの巨人を主とする者達が以前ネフリを襲撃したように。


 なので、できればどこの土地も法の下に治められるのが一番なのだが、世の中良い人ばかりでもなく、上に行けば行く程そんな者は少なくなっていく。良き領主と出会えるかどうかは分からない。

 とはいえ、仮にネフリを含む土地が統治されることとなれば、それはほぼ王国の下となるだろう。それならば、そんなに心配はないと思うけれど。


 私は翌日の朝、窓から射し込む朝日に照らされて目を覚ました。


 あれ、昨夜はカーテンを閉め切ってから眠りに就いたはずなのに、何故開いているのか。それは目を開けば簡単なことだった。明瞭なことだった。


「おはようございます、アイオーニオン様。昨日はしっかりとお休みになられましたか?」


 私の大きなベッドの横にはこれまた大きな女性が一人佇んでいて、私の顔を覗き込んでいる。少し驚いてしまった。

 私は上体を起こし、大きく欠伸と伸びをした。


「おはようございます。ええ、とても良い寝心地でした。安らかに眠れ過ぎて死ぬかと思いました」


 私は少し寝ぼけているようで自分でも何を言っているのか分からなかった。死ぬ訳あるか。


 けれど、彼女は私の言葉に対しふっと小さく吹いた。えっ、笑ったの?

 聞こえるか否かのほんの些細な笑いだったけれど、確かに私の耳は聞き逃さなかった。私は彼女の顔を窺うと少し頬が緩んでいて、穏やかに微笑んでいるのが分かる。いつも鉄壁の如く固まった真顔だったけれど、こんな表情もちゃんとしてくれるんだな。何だか一人で安心してしまう。


「申し訳ございません。まだ意識が判然としないようでしたら、洗面台の方へご案内させて頂きます」


 彼女は意外と冗談に笑ってくれるらしい。それならばもっとお話しすれば良かったな。カミエラさんも笑うと可愛らしい顔をするのだから。


 私は試しに「そうですね、まだぼーっとしますし、もしかしたらまだ寝てるのかも」と、軽い冗談を重ねてみた。けれど、彼女は今度はくすりともせず、微笑の表情を保ったまま首を傾げた。あ、これは違うのね。


 しかし、私は彼女に対し一つ嘘を吐いてしまっている。そこがとても申し訳ない。


 私はそんなに寝付けられなかったのだ。何か設備に問題があった訳ではない。言うなれば、自分の問題である。

 以前にも記したが、私はあまり豪勢な部屋で過ごすのが得意ではない。天蓋つきのベッドも、上質な天鵞絨張りのソファも最高の肌触りだったのだが、何せ八年もの間寮で質素な暮らしを続けてきたのだ。良いものに囲まれて過ごしていると、段々体が無図痒くなってしまう。正直我が家のベッドで寝るのも未だに慣れない。


 けれど、そんなことを彼女の前で口にできようものか。これはあくまで私が勝手に抱えるべき問題である。

 とはいえ、頭が判然としないのは本当なので、折角だし洗面台まで案内してもらおう。


 カミエラさんは前を向いたままふと口を開いた。


「……ありがとうございます」

「えっ?」


 突然に投げかけられたその言葉に私は思わず聞き返してしまった。


「ピルゴスは私の故郷なんです。そこには家族が居て、友人も居て……だから、私も感謝しているんです。あなたは私の恩人です。皆の恩人です」


 彼女は私の方に振り返り、先程の微かな笑顔とは違う満面の笑みを見せてくれた。


「私の母は重い病を患っていて、それで私は出稼ぎに来てここの使用人を勤めているんです。昨日、家族から手紙が届きました。皆無事で元気に街の復興に勤しんでいるようで……。その言葉を見た時、本当に私は安心しました。友人の安否はまだ知れないけれど、それでも家族が守られたことがまず嬉しかった」


 私は何て言えば良いのか分からなかった。お礼を言われると、私はいつも返事に困る。私の駄目なところだ。


「……僕は街を救いたかっただけで、だから僕にお礼なんて言わなくて良いんです。恩人なんて思う必要はないんです。でも、あなたのその顔が見られただけで、何だか僕は十分だ。とても嬉しい」


 そうだ、私も嬉しいのだ。この笑顔を私が作れたという事実が――それを伝えてくれた彼女が。私はとても愛おしく思う。


 その後は、朝食を部屋で済ませ、ナキとオールに久方振りに会ったような気になり、バリウス現国王との謁見をし、先の事件の詳細を事細かに伝え、勲章を頂いて部屋のどこに飾ろうか思案しつつ、一通りやるべきことを終えた。


 さて、これからどうしたものかと考えていたが、結論は実際出ている。すると、グロシアさんが我々の方へ歩いてきた。


「皆様はこれからどうなさるおつもりで?」


 私達は顔を見合わせ、それぞれの希望を黙って確認する。読心術など使えるはずもないが、こればかりは何となくと答えるしかない。


「村に帰ります。皆心配していると思いますので」


 そう告げると、グロシアさんは少し寂し気な顔を見せた。


「そうですか、もう少しごゆっくりできたら良かったのですが、残念です。しかし致し方ありません」


 彼は膝を突き、視線を合わせた。


「また機会がありましたら、どうかいらして下さい。その時は我々はあなた方を大いに歓迎する所存であります」


 私もまた彼を見つめ、笑ってみせる。


「ええ、その時は是非。あなたも良ければ、いつか私達の村に遊びに来て下さい。尽力してあなたをおもてなしさせて頂きます」


 私は彼に右手を差し出した。彼もまた右手を出して、私の手を握る。

 互いの手は大きさも全く違って、酷く不格好な握手になってしまったけれど、そんなことは気にしない。

 それでこそ私らしいと思うし、体の大きさなど結局は何よりも些細なことに過ぎない。私の身長よりも――オールの体重よりも――カミエラさんの笑声の小ささよりも――私達の約束の前には、血も種も関係ない。


 いつかまた出会えることをお互い誓うように固く握り合った拳を我々は離した。


「それでは、またいずれ。どうか――武運を」


 私達が城から出て、グロシアさんや使用人の方々から見送られて門を出ると、突然郵便の方が声をかけてきた。

 何故に郵便屋が――ネフリに送った手紙の返事だろうか。にしては早過ぎる。こちらが送った手紙もまだ向こうへ届いてはいないだろう。

 だとしたら、こちらが送った手紙に不都合があったのだろうか。


 しかし、どの答えも不正解であった。

 私達が綴り送った手紙とは一切無縁の無関係の文のことで、その実物を見れば違うという事実は一目瞭然であった。

 郵便の方は巨人なので持っていても違和感はないが、取り出された便箋は私の体の半分はある程の大きさであった。


 私達に届いたという郵便を受け取り、その差出人の名を見るとそこには全く知らない名が書かれていた。


 ――アツリ


 送り主が巨人であることは確かだが、本当に誰だろうか。


 とりあえず便箋の封を解き、中の手紙を読み上げる。枚数は一枚でそこに書かれている文章も大きな字で短く纏められていた。



   〇   



 ――遠い村の少年達へ


 あの日から数週間が過ぎ、もう忘れてしまったかもしれない。


 まだお互い名乗っていなかったことを思い出し、君達が王城へ向かったと聞き、城に宛てて特別に文を送った。君達の元へ届くことを祈る。


 俺は君達がピルゴスに来て迷っている時に声をかけた巨人だ。髭が濃く、年食ったおっさんと言えば分かるだろうか。


 君達が虚竜を鎮めて街を救ってくれた者だと聞いた。どうしてもお礼がしたいんだ。虚竜も協力してくれた。虚竜自身も話したいことがあるそうだ。全ての用が済んだらまたピルゴスの南側にある鍛冶屋に来てほしい。


 待っている。


 アツリより――



   〇   



 ピルゴスに来て初めて出会った親切な巨人の男性はアツリという名だった。


 なるべく早くピルゴスに着く為、犀車には頼らずに自ら鳥になってバリウス首都を離れた。バリウスで惜しい点があるとすれば、二つ――犀車の乗り心地が非常に微妙だったこととカミエラさんのスカートのその中を拝めなかったことである。……二つ目についてはスルーして頂きたい。


 街中で他のものになるのはさすがに憚られるので、首都の門を抜けた後、大鷹をなって二人を背に乗せ飛び立った。


 ピルゴスまでは私がぶっ通しで飛び続け、一日と少しであった。犀車がどれ程までに鈍足なのかが分かる。


 地平線の先に昇る日を横目で見つめていると、直に巨大な二千メートルの壁が見えてきた。背で眠る二人を起こし、私は鉄扉の近くに降りて人間になった。


 門を抜けると、その街並みは未だ瓦礫が散乱している光景が広がっていたが、荒廃とした雰囲気は微塵も感じられなかった。むしろ、こんな時だからこそ住民が一致団結して街を活気づけているようでもある。その中にはしっかりと目立って働く虚竜の姿も見えた。


 私達が門を潜り、中へ入ると我々を見た人々から歓声が上がった。そういえば、あの一件の後はすぐに首都の方へ向かったので、ここの人達とはあまり顔を合わせいなかった。

 街に溢れ返る声に虚竜が気づき、私達の方へ近づいてきた。今度は建物を損壊しないように、慎重にゆっくりとである。

 本来はそんなことは気にせずに道なき道を闊歩して歩く彼ら竜が、爪先立てて歩く姿はかなり不可思議な光景であった。


「よく来たな。待っていた。文はいつ届いた?」


 虚竜は首を近づけて訊いてきた。


「一昨日だ。行きに思いの外時間がかかってな。アツリという男はどこにいる?」


 オールは答え、それにつけ加え訊き返した。


「アツリという巨人が用があるのは人の子だ。それらも合わせ、話がある。ついて来い」


 彼はそう答え、またゆっくりと歩み出した。翼を広げるだけで窓硝子が割れてしまうらしいので下手に飛ぶこともできないそうだ。……一体どうやって街から出るつもりなんだろうか。


 歩きながら虚竜は続けた。


「復旧作業中にそのアツリという男が訪ねてきてな、私に頼み事をしたんだ。私もお前達に話したいことがあったから、丁度良かった。まあ、私の話は後にしよう」


 虚竜の案内についていき、私達はやがてアツリさんのいると言う鍛冶屋まで辿り着いた。

 そこには壊れた建物の前に置かれた金床や窯などの鍛冶道具一式を並べて佇む一人の巨人がいた。はっきりと思い出せるその髭の生えた顔を見て、私はどこか安心した。何だか古くからの友人と再会できたような気分である。

 私達の姿を捉えたアツリさんは「おうい」と、手を振った。


「よく来てくれたなあ、わざわざ悪いな。それと街を救ってくれたことも本当にありがとう。虚竜が俺らの方に来た時に追いかけてきていた龍って君だったんだろう」


 私は頷き「また会えて良かった。また会いたかった」と、伝える。

 照れたように笑う彼の大きな瞳は私を優しく見つめていた。


「そうだ、本題に入らなきゃな」


 そう言い、彼は後ろの仮設の工房の作業台に置かれた布に巻かれた何かを取り上げた。細長くて、擦れる度に金属の音がする。


「俺は生まれてこの方、ずっと鉄ばかり打ってきたからな、できるお礼なんて限られている。そんな時、君の持っていた刀が虚竜との戦いで折れてしまったっていうのを聞いてな、俺の出番だと思ったよ。俺は即座に虚竜に協力を仰いだんだ。最初は渋っていたけれど、恩人でもある君の為だからって言うと請け負ってくれたよ。お陰で良いものが打てた」


 彼が手に持つそれは彼にとっては爪楊枝のようなサイズではあったが、私にとっては至極丁度良い大きさであった。彼はそれに巻きつけられた布を解き、その姿を見せる。


 それは剣であった――曲がらず歪まず、真直ぐに伸びた細く鋭利な刃の剣である。


「それは素材に虚竜の鱗を惜しまず使ったんだ。あの巨大で強固な鱗でできた世界一位二位を争う程の業物だ。正直言って生きている内にこんな途轍もないものを打てるとは思わなかった。何でも斬れるし、何にでも折れることのない超一級品さ。君は刀を使っていたから、そうしようと思ったんだけれど、でもいざ作るとなって、なんだか君には真直ぐな剣の方が似合うんじゃないかって感じて……気に入ってくれたかい?」


 私はふと虚竜の方を見た。彼は自身の太い腕を見せて、そこには一つだけ鱗が剥がれて肌が露見している部分がある。


「剥がすのも一苦労だった」


 彼は肩を竦めた。竜も肩を竦められるんだ。


 しかし、虚竜は再生能力もないはず。ということは、しばらくあの肌はずっとあのままということで、それはすなわちその間弱点が増えることでもある。それなのに、私の為だけに自身を削ってまでして。


 私は鞘から柄を引き、美しく煌めく刃に見惚れる。まさか生きている内にこんな途轍もないものを受け取れるとは思わなかった。一回死んだけれど。


 私は感動に打ちひしがれた。


「これ、代金は……」

「そんなもの、ただに決まっているだろう。お礼なんだ、街を守ってくれた。俺らを救ってくれた。これをプレゼントしたって、まだ返しきれたなんて思えない。だから、せめてそれはどうか受け取ってくれ。俺からの気持ちなんだ。気持ちでしかないけれど、それでも精一杯の気持ちなんだ」


 彼の言葉は私の胸の奥を震えさせて仕方がなかったが、そんなことには構わず続ける。


「虚竜から聞いたんだ。黒幕が居るんだろう。俺は詳しいことは知らないし知れないけれど、それでもそいつはまた襲ってくるかもしれないんだろう。だったら、その時はその剣でとっちめてやってくれよ。沢山の人の命を奪った代償だって。俺らは何があっても、何が何でも、君達の味方だから」


 私は剣を鞘に納め、胸に押し当てた。


 何だかネフリで我が家を貰った時と同じような気持ちになる。こんなに嬉しいことがまだあったなんて。私はしっかりと手に入れられているのだろうか。今まで失った分を取り戻せているのだろうか。


 ――否。失った分を取り戻している訳ではない。失って手が空いたから、新しく拾っているんだ。落としたものはもう戻ってこないけれど、それでも私は――


 私は深く深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。一生に渡って大事にさせて頂く所存です。感謝の念に堪えません」


 目頭がどんどん熱くなっていき、ぽろぽろと泣いているのが分かった。顔はきっと紙を丸めたようにくしゃくしゃになっているだろうから、いつまでも顔を上げられなかった。

 私はただただ嬉しかった。


「それで今度は虚竜――お前は何用で私達を呼んだ」


 オールはまだ泣き止んでいない私を置いて話を進めた。ナキが私の背中を摩ってくれる。優しいなあ。

 虚竜はどう伝えたものかと悩んでいるようだった。


「この街の修復はこの数週間で大分進んできた。私がめちゃくちゃに壊した分、まだまだ時間はかかると思うが、結局は時間の問題だ。そして、これからより細かい作業になる程、不器用な私は役に立たなくなる。それどころかむしろ、復旧の妨げになり兼ねない。ここの者達は皆事情を理解してくれた為、もう好きにして構わないと言ってくれる。私はその言葉に甘えさせてもらおうと思う。ただ、ここから立ち去るにしても、またかの大洞窟に篭るのではいくら竜と言えど同じ轍を踏む羽目になるやもしれん。もしかしたら奴がまた来るかもしれない。だから、私は別の場所に身を移すことにする」


 虚竜は一つ呼吸を置き、いざ本題へ入った。


「これより私は手前が生まれ育った故郷である『箱』の中に帰り、そこで仲間達と静かに慎ましく暮らそうと思っている」


 ……『箱』? 地名としては聞いたことがない。けれどオールはその言葉に大きく反応していた。目を見開き、虚竜のことを見据えた。


「あの場所であれば私も余程のことがない限り迷惑になることはないだろうし、何より安全だ。実力だけで言えば王国とも然程変わらないからな。そして、これはオールに問う――お前も来るか?」


 私は何の話か理解できず、オールの方を見ると彼女は俯いて口元に手を当てている。何かを言い兼ねているように見える。


「フィン――頼みがある」


 彼女は決心を固めたような顔付きで、懇願するような愛眼で――ではなく、押し通すくらいの熱い視線で私を見る。


「ここより遥か遠く――王国より北へ進み、『北の山脈』を越えたその先に、星が生まれて間もなくできた国一つ分程の巨大な隕石湖がある。その中心には隕石の落下の衝撃により地面が隆起して山のようになっている島がある。そこは切り立った岩山の中身が刳り抜かれたようになっている空間があり、岩山がドーム状にその空間を囲っている」


 北の果てにあるという隕石湖の存在は知っていたが、そんなものがあるという話は聞いたことがなかった。岩に囲まれた山のような島――『箱』。


「知らないのもそのはずだ。あの島は魔法によって姿が隠されている。外部や無関係の者達から視認することができない。その島に棲む者の力だ。それが第一の壁として島をやって来る者から守り繋いできた。勿論その周りにも護衛が張り巡らされている。そして、仮に立ち入られたとしても入ったが最後、その『箱』の中は化け物共が巣食う『棺箱』だ。内側へ向かいそそり立つ岩肌は鼠返しのように脱出を不可能にされる」


 その島とは一体何なのか。

 発見不可能、侵入不可能、脱出不可能。

 不可視にして、不可侵にして、不可逆。

 その秘境とも言うべき謎に包まれたその地とは、果たして――


「そこは、世界から隠された土地。竜が棲み、竜人が棲む、竜の血統が集う地――『竜の箱庭』だ」


 オールはその名を嫌いなものを口にするように呼んだ。


「私は今からそこへ虚竜と共に向かう。私の生まれたあの場所へ。もし、フィンが帰りたいのなら先にネフリへ帰っていてくれて良いし、ナキが帰りたいのなら二人は一緒に帰ってくれて全く構わない。……けれど、お前達が良いのなら私について来てほしい。私と一緒に居てほしい。私はあの場所に一人で帰り、再びネフリに笑って帰って来れる自信がない。どうか、ついて来てほしい」


 私はしばらく考えに耽り、黙って足元を見つめた。

 ネフリにはここしばらく帰っていない。手紙を送りはしたもののまた新しい手紙を書かなければならないし、ナキもずっとゆっくりできていなくて、疲れも溜まっていることだろう。私もそろそろ我が家が恋しくなる。しかし――


 私は顔を起こし彼女の表情を一瞥した。きっと彼女も色々を内に抱えることは多いのだろう。未練や後悔、苦悩も期待さえも、私が知らないところで積み重ねて来たのだろう。

 彼女を放っておくことなどできるはずもない。


 誰も見つけることが叶わず、オールの故郷だという『竜の箱庭』という場所が果たしてどういう土地なのか、単純に気になるという感情もある。

 しかし、それは決して第一ではない。


 私はオールが心配なのだ。

 普段は威厳を保って小さな胸を張っている癖に、突然幼稚に駄々を捏ねたりして、かと思えば急に独りぼっちの少女のように寂しがり――喜怒哀楽でできたかのような彼女がこんな風に私達を求めているのだ。

 私が中々答えないので、熱い視線も段々と懇願ではなくても、哀願するような眼差しに変わってきた。私はオールの方を向いたままナキに話しかけた。


「……ナキ、もう少しだけネフリに帰るのを延ばしても良いかな」


 彼女もオールを見たまま、静かに頷く。


「オール、僕達もついていくよ。君を一人にしておくのは、離れている間こちらが落ち着いていられそうにないしね。君の我儘もここまで来たら何でも聞いてあげるさ」


 そう答えると、彼女は口を必死に喰い縛り、可愛い眉を顰める。そうして、私の方へ短い歩幅で歩み寄り、私の腹部に顔をうずくまらせる。

 自分の腹の辺りが温かく湿っていくのを感じながら、私は彼女を腕でそっと抱き締めた。


「オールを一人にはしないよ。少なくとも、君が望んでくれている間は」


 彼女は私の言葉を聞きながら、何度も何度も頷いた。


 柔らかな彼女の頭を撫でながら、私はこれから向かう『竜の箱庭』で待ち受けるものに対し、固く揺るがぬ覚悟を心に刻んだ。

 私は今度こそオールを守るのだと――

 

次回にご期待下さい。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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