『天井』
まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。
この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。
その日は良く晴れていて、日差しは私達を照りつけた。
旅に出るにはこれ以上ないくらいの好条件で、日が昇ったばかりの空は高く遠く澄んでいた。私は空を仰ぎながら一つ零す。
「今度は何が見えるかな……」
すると、オールは大きなバッグを背負い、私の肩を叩いた。
「何でも見えるさ。見えなかったその時は、世界は少し恥ずかしがり屋なのだと思い、こちらから会いに行けば良い」
ナキもまた私の横に立ち「楽しいことがきっと待ってる」と言った。
「そうだな。何だろうと楽しいことだろうと、見えてくる」
私は自分に言い聞かせるようにそう唱え、我々の為に早朝に集まってくれた村人の方へ向き直る。
「それでは、行ってきます」
「お土産持って、帰ってきます」
「楽しみにしておけ。こちらも精々楽しんでくるさ」
我々は言い、私は巨大な鷹になった。ナキとオールを背に乗せ、激しく羽ばたく。
村はすぐに遠くなり、手を振る村人達は豆粒のように小さくなった。
――けれど、私は心配しない。すぐにまた会える。
〇
私達がどこに向かっているのかと言えば、巨人の国『バリウス』である。
巨人と言えば、私達が訪れたばかりのネフリティスホリオを襲撃した主犯もまた巨人であった。
巨人。亜人の一種で、その特徴は何を差し置いてもまずはその巨体である。身長は人間の約十倍がほとんどで小さいもので十五メートル、大きいものは二十メートルにも達する。生後の赤子ですら三メートル前後はある。
現在記録されている最大の巨人は二十四メートルである。
巨人のほとんどの者が温厚な性格であり、その巨大な体から放たれるパワーは山を粉砕することもできるという。たまにその力を利用し、盗賊などになってしまう者も現れては悪事を働く為、外で聞く巨人に関するニュースであまり良いものはない。
また、とても長生きなことでも知られ、寿命は五百年程で代替わりも少なく、人口増加も危惧される為、子作りはあまりしない。成人年齢、結婚年齢は男女共に五十年とされている。
九千年の歴史を持つ大国バリウス。バリウスにいる巨人は皆温厚な性格の者がほとんどで、その義理堅い性格から成される愛国心は、元より規格外の力を何倍にも増加させ、幾度にわたる戦争から国を守ってきた。
今は安定した外交と独特の文化が他国からの人気を得て、観光地化も進んでいる。
バリウスにあるものは全てが巨大で建物も然り、食べ物も然り、衣服も然り、日用品も然りと、ナキには申し訳ないがどれもお土産には向いていない。巨大過ぎて皆持ち帰る術がほぼない。
また巨大なのは国土面積も同じで、かの王国に次いで世界第二位である。戦争によって手に入れたその土地は全て住居地や田畑にされている。そうしなければ、人口――と言うより人口密度と釣り合わない。
バリウスまでの道のりはカタラクティスの比ではなく、ほぼ星を四半周する。片道を休み休みで行ったとして、九日半かかる。なので私とオールの交代で向かうこととなる。
そして、空を飛び続けオールの背に乗りしばらく風を受けていると、直に巨大な壁が現れた。
その高さは実に二千メートル――雲を貫く程の城壁は我々を圧倒し、その下の鉄扉には二十メートルはある門兵が二人仰々しく立っていた。恐ろしい。
私達は門の手前で降り立ち門兵への手続きを済ませ、重々しい扉は土煙を上げゆっくりと開いた。
これより私達が入るのは、バリウスの北東に位置する高層都市『ピルゴス』である。バリウス首都の次に観光地化が進められた都市であり、また世界トップレベルのセキュリティーを誇る城塞都市でもある。
中に入ると石畳の道が様々に伸びて、壁のように巨大な建物がいくつも連なっている。建物の扉には巨人サイズと人間サイズの二つが設けられている。
巨大な看板の中から宿屋のものを探し、いざ中へ入ろうとするが、はて、人間用の扉はいずこ?
その時「ちょっと待ちな」と、私の頭を指二本で摘まんでくる者がいた。
――当然、巨人である。
振り返ると髭の濃い男性の巨人が屈んで白い歯を見せ笑い、私達のことを見つめていた。
「そこは巨人専用の宿なんだ。悪いな、紛らわしいよな。少年達のはもうちょい街の中心にあるんだ。案内するからついて来な」
おお、何と優しい方。いやはや、こんなに良い人と早速出会えるとは、今回の旅も重畳な予感。
歩いている途中「俺はここの街で鍛冶屋を営んでいるだ。少年達はどこから来たんだい?」と、訊いてきた。
「王国より北へ、ここより北東へ進んだ所にある小さな村です」
そう答えると、彼は「そうかあ、遠い所からよく来たなあ」と、感慨深そうに頷いた。
この街の道は普通のサイズの者が通る道が端に設置されていて、真ん中に巨人が通る大きな道がある。すぐ横に巨人が歩いている為、踏まれてしまいそうで中々のスリルがある。ただただ心臓に悪いスリルである。
「俺達巨人はこんな体だから国の外へ出ても歩く道もねえし、他の街の門もろくに通れねえから、ここに来た旅の人に話しかけては聞くことしかできないんだ。まあそれだけでも楽しいんだけれどな」
「でも、いつかは自分の目で色んな所を見て回りたいな」と、寂しげな――哀愁漂う顔つきで言った。
すると「着いたよ。安価でまあまあ良い対応してくれる所だから」と、教えてくれた。
それは周りのものと同じ背の高い建物であったが、確かに巨人用の扉と人間サイズの二つが設置されていた。
私達は親切な巨人の方へ向き直り「ありがとうございます。助かりました」と、お礼を言う。
「俺はこの街の南側の鍛冶屋で働いているから、良かったら寄ってみてさらに良かったら買ってみてくれ。じゃあ、楽しんでくれよ」
そう言い残し、彼は去って行った。
私達は宿へと入った。
〇
いつもの如く宿に荷物を預け、私達は街を見て回ることにした。
この街の――というかこの国の観光の見所と言えば、何を差し置いてもまずは見渡す限りの巨大建造物である。すなわち、街をただ歩いているだけでも観光になるのだ。
「こうして見ているだけでも圧巻だな。これも人間の姿でなければ味わうことの叶わない景色か」
オールはきょろきょろと周りの建物を見て、微かに興奮しているようだった。
まあ確かにこうして見ているだけで面白いものが沢山目に入る。
寝袋のような靴下、槍のように長いペン、分厚い紙が束ねられた書籍、一度に十人は包むこともできそうなマフラー、我々の二倍はあるであろう人形、首都には巨人の英雄を象った巨大銅像もあり、その大きさは何と二百メートルにも達するという。
建物だって普通に六十メートルの高さで二階建てである。人間サイズにしてみると二十階以上はある。
「何だか小っちゃな虫になったみたい。こんなだと女の人はスカートなんて穿けないね」
ナキは可笑しそうに可愛らしい笑顔を見せた。その顔が見たかったんですよ。
「こうやって見ているだけでも良いけれど、どうせならばもっと観光っぽいものをやってみようか」
二人は首を傾げる。
そう言って私達がやって来たのはピルゴスの端っこにある、世界最高のバンジージャンプである。
バンジージャンプとは説くも簡単、ただ高所から紐をつけて落ちるだけである。
落ちた後は伸縮性のある紐でぶらぶらとなるので、衝撃も少なく安全だけれどスリルたっぷりのアクティビティである。最近色んな所で流行っているらしいが、高さが誇りの巨人達も例外なく作り上げ、見事世界で最も高く長いバンジージャンプを完成させた。
たまに、素人の阿呆が強度も安全も遥か彼方へ行ってしまった、高さだけを求めた見せかけの自作バンジージャンプを作り死人が出ていたりもするが、ここのは決してそんなお粗末なものではない。
ナキとオールはそのバンジージャンプを目の前にして口を半開きにしたまま固まった。無論、私も然り。
辺りの建物が矮小に見える程のバンジージャンプ台の高さは千五百メートルだという。元々標高が高い為、天辺は雲にも届く。というか超える。
「馬鹿が。そんなに落ち続けて何が楽しい」とオール。
あれ、あまりお気に召さなかったか。
「当たり前だ。空へ飛び上がるのならまだしも、空から跳び落ちるとは何という愚考、そして愚行、愚の骨頂。今すぐ焼いて灰にして畑の肥料にしてやろうか」
いや、そんなに言うか。まあ普段空を飛んでいる彼女にとっては魅力の欠片もないものだったか。こういう芸術品と言った方がまだ喜んだかもしれない。
一応ナキの方を見てみるが、こちらは案の定足が竦んでいた。
「……これに登って、落ちるの……落ちるだけなの……?」
そう言われてしまうと、すごい徒労に感じられる。マッチポンプも良いところだ。
しかし、考えてみよう。これ程の建築物を生き物の手で作り上げたのだ。そこが既にすごいことだと私は思う。
そして、長く続いた階段を登り終えると、そこには雲の絨毯が眼前から空の果てまで敷き詰められている。
そこから一歩踏み出し雲海へダイブしてみれば雲を抜け見えるのは、巨大な建物が連なる街並みとその先の壁の向こうには巨大樹の森が青々と広がる。その景色は人が作ったのだ。
――そんなことを思うだけで私は楽しくなるのだ。そりゃあ、傍から見れば上がって落ちるだけかもしれないけれど、その中で見れるものは無限大である。
――落ちるだけでそんなにも楽しめるのである。だったら、私は落ちてみたい。
「……分かった。お前は本当に筋金入りの阿呆だ。最高で永遠の阿呆だ。……全く度し難い」
駄目かと思った矢先、彼女は「良いだろう。付き合ってやる」と、言った。
「……本当?」
「嘘をついてどうする。それに、カタラクティスでは大分我儘を聞いてもらったしな」
何と。これは今からでも雷雨になるのではないか。因みに天候が悪化すれば勿論バンジージャンプはできなくなる。
しかし、問題はナキの承諾である。私が彼女の方を向くと既に覚悟を決めたような顔をして、瞑想しているようだった。もしくは溢れてくる涙を必死で堪えているだけなのかもしれない。
「私も……んぐ、構いませひっく……構いません、よ」
……後者らしい。
「あの……ナキさん? 嫌なら無理強いはしないし、ここで待っていてもよろしいのですよ?」
聞いた話だと、このバンジージャンプは巨人の方ですら怖く感じるらしく、一見さんかそういう性癖の方しか来ないそうだ。
それでも彼女は変な意地を張り「大丈夫、だから。二人と一緒に……やる」と、言う。涙目で泣き声である。
私が判断を渋っているとオールは「良いんじゃないか? 度胸も多少はつくだろう。或いはトラウマが……」と言った。
私は度胸がつくことを祈りつつ、再度バンジージャンプ台へ続く長過ぎる階段へ向き直った。
「じゃあ行こうか。三人で」
正直、私とて高所が得意な訳ではないし、落ちることに風を切る感覚などとはおよそかけ離れた自虐的快感を覚えたりもしない。
実際、育成学校の訓練の中に五十メートル程の急斜面を、木を躱しながら猛ダッシュで駆け下りたり、およそ三十メートルの高さの崖から、串のような針葉樹林の中に飛び降りるということを毎日熟していた為、高い所にあまり良い思い出はない。
どちらも安全器具など一切なしのミスすれば死ぬ。
故に、高所からの飛び降りに今更怖気づく私でもない。ただ落ちるだけなら、楽なものである。
しかし、私や空飛ぶ竜であるオールとは違い、ナキにそんな耐性は無い。あったら謎だ。
階段を一段ずつ上がる度にナキが私の腕を抱き締める強さは増していき、最初は彼女の胸に挟まれ歓喜に包まれた私の左腕も次第にあまりの圧迫に艱苦に包まれた。
けれど、必死に怯えと震えを堪えている彼女を私から引き剥がすのも気が引けて仕方がない。耐えろ、私の腕。たとえ折れても本望だ。
長く長く続いた階段がやっと終わると、そこは楽園かはたまた天界か、終わりなき雲海が広がっていた。上を見上げれば遮るものもなくなり、燦々と輝き続ける日が堂々とそこに君臨していた。
「これはすごい……」
オールは思わず声を漏らしたがそのことにも気づいていないようだった。ナキもその時ばかりは今までの恐怖を忘れ、周りの景色に見惚れていた。私も真っ白な雲が日光に照らされ、光が目一杯白く反射している光景に目が眩みかけた。
これが雲の上に立った景色。
「それでは、早速飛びますか。誰から行きますか?」
インストラクターの巨人はそう促し、安全器具を取り出した。
「それでは、私から行くかな。お前達はゆっくり来れば良い」
オールは一歩前へ出て、インストラクターに安全器具をてきぱきとつけてもらっている。
「お嬢ちゃん、怖くはないかい?」と、インストラクターは訊いた。
「当然。空と山は私の散歩道だ」
彼女は飛び込み台へ闊歩したと思うと、突然私の方へ振り返り言った。
「フィン、この景色は中々悪くない。この下の景色も期待している」
そう言うと、インストラクターのカウントダウンも待たずに背中から飛び降りていった。
インストラクターの男性は驚いたが、すぐに笑って「勇敢な少女だ」と、言った。本当ならば怒っても良いところだがさすがは巨人、寛大である。
さて、今度は我々だが果たして――
「申し訳ないのですが、二人で一緒に飛び降りるというのは可能でしょうか」
恐る恐る訊いてみたが、彼の答えは如何に。
恐らくナキが一人で飛び降りるのは無理な気がするので、私はそんな提案をした。
「良いけれど、そうなると飛んだ後二人がぶつかる可能性が出てきてしまうから、二人くっついて飛んでもらうことになるよ」
「それはつまり?」
「抱き合いながら飛ぶことになる」
うーん、恥ずかしい――とは言ってられない。
私はナキの方をちらと見た。彼女は少し落ち着きを取り戻しているようである。
「一応、訊くけれど、ナキは一人で飛ぶのと二人で飛ぶのとどちらが良い?」
彼女は顔を俯かせ「…………後者」と、言った。決まりか。
私はインストラクターの方へ向き「構いません」と、答えた。
「熱いねえ。それじゃあ安全器具をつけるよ」 彼は楽しそうににやけた。楽しいのは良いことだ。
私達は別々に安全器具をつけた後一本の長縄でぐるぐるに巻きつけられた。離れないようにしっかりと抱き締める。
けれど、まだナキの表情は沈み気味であった。やはり嫌だろうな。
私はぎゅっと彼女を抱き締め、私の胸に彼女を蹲らせた。
そして、私は言う――ふと顔を上げた彼女の目を見て――
「大丈夫、僕が居る。下にはオールも居る。落ちるのは怖いかもしれないけれど、風に触れるのは気持ちが良いよ。だから――」
「前を向いて」と、私は言った。
カウントダウンはゼロになった。
私は「飛ぶよ」と彼女に告げ、頭から雲に飛び込んだ。
冷たい雲が肌に触れていたのはほんの一瞬であった。明るい世界はすぐに私達の瞳に映ってきた。
感動した私はナキに呼びかける。彼女はどうやらまだ目を閉じているようだ。
「見て、ナキ! すごい綺麗だよ」
「前を向いて」と、再度言うと彼女は私の腕の中から空の世界を目にした。
雲を抜けると、そこには地平線まで伸びる逆様の景色が広がっていた。
空に足が着き、街は上から降ってくる。
森は遠く騒めき風に舞う葉は吸い込まれるように地へ昇る。雲の隙間から入り込む光は街を優しく照らし、天井に向かってスポットライトが当たっているようだ。
「すごい、すごい!」
ナキを包んでいた恐怖は雲の中に置いて行かれ、彼女は無邪気に感嘆した。
「ほら、フィンも見てる? とても綺麗」
「見ているよ、本当にとても綺麗だ」
私は近づいてくる街を眺めながら「来て良かった?」と、訊いた。
「うん、怖がりながらも来て良かった。ありがとう」
ふと、彼女の顔を見てみるとその群青の瞳は潤んでいて、そこからいくつも涙が零れている。まるで雲に向かって雨が降っているようだった。
「……泣いているの?」 私は訊ねた。
「うん。嬉しいから」 彼女は答えた。
私もとても嬉しかった。地へ昇る時を感じながら、この時間が――この景色がずっと続けば良いのにと、私は心の底から願った。
――それは叶わぬ儚い、けれどそれが何より嬉しい願いだった。
〇
反転した眺望を刹那の内に脳裏に焼きつけ、その後私達は地面に足を着いた。
紐が伸び切って余韻で上下に揺れるのもまた中々面白いものだったが、ナキはそういう訳にもいかなかったらしく、彼女の気分はその揺れで酷く悪くなってしまった。
「ごめん。大丈夫?」
私はそう訊き彼女の背中を摩った。インストラクターの方がエチケット袋を持って来てくれた。
ナキは袋の中に綺麗に中身を移し、水を含み袋に流す。口をちり紙で拭い、彼女は顔を上げた。その目からは涙が垂れていた。飛び降りた時のような感動の涙ではない。痛みの涙である。
私も育成学校時代の初期の頃は吐きまくっていたから分かるけれど、吐くというのはつまりは胃酸の逆流である。食道の中を無理矢理昇って戻ってくるのだ。
その痛さと言ったら泣く程で、言葉にならない――言葉が出ない――嗚咽しか出ない。
そして常に分かっていてほしいのは、吐く側も吐きたくて吐いている訳ではないということ。不可抗力であり生理現象であるが故に抗えぬ嘔吐。そんな時、周りは優しく慰めてあげるのが一番。
もしかすると、ただ私がそんなこともしてもらえなかっただけの単純で幼稚な自己の照らし合わせなのかもしれない。
果たして、彼女を吐かせるに至らせた原因である私にその資格があるかどうかと言えば悩ましい所だが、かと言って何もせずにただ見ているという方が余程非情である。もはや、サイコパスでしかない。
「本当にごめん、もうこういうのは今後止そうか」
私が言うと彼女は落ち着いてきたのか「いえ」と、答えた。え? 「いえ」と答えたの?
「だって、さっき見た景色は本当にすごかったから。泣く程すごかったから。その後、泣く程痛かったけれど、それでも泣く程すごかったから」
「こんな景色がまた見れるのなら、私は痛みなんかに動じない」と、ナキはそう言って私に笑いかけた。
と思った矢先、また吐き出した。次行く所はもう少し落ち着けて静かな場所にしようか。
そうして私が選んだのは、ピルゴスの中央部にある大きな博物館である。
そこに貯蔵されている作品の数々は巨人が作った物がほとんどで、どれもこれも兎にも角にも巨大である。この国ではそれが単に大袈裟な誇張ではなく、列記とした彼らの文化として素直に見れることが面白い。
これには二人にも好評のようで、博物館を前にし目を輝かせていた。
「これは中々のチョイスじゃないか。センスが輝いているぞ」
「あんまり褒めるなやい」
意味のないやり取りを挟み、私達は中へと足を踏み入れた。
博物館に入るとまず目に見えてくるのは、最初を飾るに相応しいバリウスの初代国王の像である。制作者は不明らしく、その容姿はどんな者でも認める程の肉体美の完成形である――と数十年前まで言われていたが、巨人の英雄が現れてその銅像が作られてからは皆はそちらへ目移りしてしまった。
故に、こんな端の街で観光客の目を惹く為の看板へとなってしまった。私はこの像もとても好きだけれど。
「大きい……。これって等身大?」
ナキはそう訊いてきた。その像の大きさは二十二メートルである。何せ五万年前の人物である為、今分かっている情報や出自は果たして定かではない。
「さあねえ、ナキはどう思う?」
「ん……これまでで一番大きな巨人が二十四メートルだから、あり得そうな話だけれど……こればかりは過去にでも行かなきゃ分からないね」
彼女は首を軽く傾げ、お日様のように明るく微笑んだ。先程の吐き気はもう無くなったようだ。
他にも弓を射る巨人像、天へと繋がると信じて作られた扉の形に削られた大理石、二人の男女が手を繋ぎ合う姿が描かれた何インチかも分からないくらい大きなキャンバスの絵画、外国から取り寄せた巨人が見るには小さい女神像など、ここには他では見ることのできない作品が大きな博物館に所狭しと並べられていた。
「美しいという以前に、ここまで巨大だとやはり圧巻だな」
オールがふとそんなことを言い、博物館の隅に置かれているベンチに腰かけた。足を組んで背凭れに両腕をかけて、巨人顔負けの相変わらずの大きな態度である。実際、彼女はそれに見合って尚余りある存在なので、私がとやかく言うつもりもない。
「楽しめている?」
私は彼女と出会う前は、都の守護者はもっと世を憂いて見る者全てを見下し、芸術品になど興味を一切持たないような感じだと思っていたのだが、今なら彼女の答えが一言一句ズレることなく分かる。
「当然だろう、山に籠っているよりも余程楽しくて有意義だ。私はこうしてお前達と居られることが日々嬉しい」
彼女は「本当だぞ」とつけ加えるようにして言う。
「特に、こんな風にどこかへ一緒に旅ができることなど私は思ってもみなかった。ずっとあの火山で眠るだけだと思っていた。それが――定められた運命だと思っていた。考えたこともなかったが、もしかしたら、こんな日々は私の『夢』だったのかもしれない。そして今私はここに居る。今、『夢』が叶った気分だ」
彼女は高い天井を見上げ、続ける。
「夢を見るだけならば寝ているだけでもできる――けれど、夢を叶えるならば寝ていては成せない。瞳を開いて現実を見つめ、その中で手に入れなければならない」
「これは先代の洛北竜が代替わりの間際に私に向けて言った言葉だ」 そう言うとオールは首をこちらに曲げて、少し目を細めて眉を顰めた。
「なのに、私はあの火山でお前達を待っていただけだった。私はそれまで眠り、たまに目覚めてはまた眠るだけだった。私は何もしなかった。そんな私を連れ出してくれたのは、お前達だ――お前達は私の『夢』だ。ありがとうな」
彼女の言葉を受けて私は思案する。ナキは向こうで剣を掲げた大きな少年の像を眺めている。
「……ナキはそれを聞いて何て言うかは分からないけれど……僕らは多分、オールの『夢』ではないよ――あくまで僕らは『機会』だ。それを物にし『夢』を叶えたのはあくまで君だ。夢から目覚めて現実を見つめた君だ。僕は言うよ――何度でも。僕らは『夢』ではない。君が『夢』だ」
彼女の頭に手を伸ばし、私は軽く撫でた。柔らかく滑らかな髪がふわりと揺れる。
「お前とこんな場所でこんな話をするとは、それこそ思ってもみなかった。何だか急に気が楽になったよ。改めてありがとうな」
オールは立ち上がり、ナキの元へと駆けて行った。博物館では走ってはならないのだが、彼女はそれに見合って尚余りある存在なので、私がとやかく言うつもりもない。
「早く」と、彼女は私を急かしたので「今行く」と、私は応えた。
私もオールに倣って駆けてみたが、施設の方に注意されてしまった。
どうやら私はそれに見合う存在でもないようだ。
次回にご期待ください。
本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。




