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Light in the rain   作者: 因美美果
第二・五章
11/77

『居場所』

まだまだ未熟なので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


※この作品は、少し残虐なシーンが含まれます。また少し刺激の強いシーンが含まれます。以上のことが苦手な方はご観覧をお控えください。


この作品は、私の溜め込んできた物語をひたすらに詰め込んでいます。

それでも楽しんで頂ければ幸いです。

 私達はカタラクティスの関門から出て、竜に戻ったオールの背に跨った。


 オールの本当の姿を見たアルアさんはとても驚いていたけれど、空を飛んだ後は楽し気にしていた。海に棲んでいた彼女にとって空は人一倍新鮮な景色だろう。


 そして、また空の旅を続けること数時間。突然オールが誰もいない森に降りた。


「どうした、ネフリはまだ先だろう?」


 すると、オールは私達を背中に乗せたまま地面に倒れ込んだ。周りに居た鳥達がばさばさと取り乱したように飛び去って行く。


「すまない、しかしどうしようもなく――眠いのだ」

「えっ」

「せめて人間の姿で眠る。あとは頼んだ。もう疲れたよ」


 そう言い終えると彼女は人間の姿になった後、静かに眠った。千年生きた少女は森の中で呪いにかかったお姫様のようである。

 仕方がないので私はオールに代わり大きな竜になった。翼の大きな首の長い竜である。

 皆を背中に乗せ、私は翼をはためかせ空へと飛んだ。


「すごいわね、フィンさん。こんな能力を持っているなんて」


 アルアさんは楽し気にそう言い「一体どれが本当の姿なのかしら?」と、訊いてきた。

 私は黙った。答えるつもりもなかったのかもしれないが、それ以前にどう答えれば良いか分からなかった。

 私が死んで、生き返った際に初めてなった姿は異形で奇怪な生き物である。それが本当の姿――だとは、さすがに思いたくはないな。


 私は「さあ」と、曖昧に濁した。そうするしかなかったと思う。

 アルアさんも何かを察し「そうよね、気分を悪くしたのならごめんなさい。デリカシーがなかったわ」と、謝った。別にそこまで気にしていることでもないので良いのだけれど。逆に気を遣わせてしまった。


 その内に、ナキもアルアさんも眠ってしまい、私は一人空の上を飛び続けた。夜間に乗客が皆寝てしまった馬車のようである。黙って飛ぶのも疲れが溜まる。オールもこんな気持ちになるのだとしたら、たまには私が代わりに飛んでやろうという気になる。


 私が飛び始めて数時間、我々の村『ネフリティスホリオ』が見えてきた。

 門の前には相変わらずスキロスが忠犬の如く立っていて、こちらに気づくと大きく手を振った。私の竜の大きな手を振り返す。

 私はそのまま村の広場に降り立ち、眠る三人を起こした。


「帰って来たよ。皆迎えてくれている」


 ナキとアルアさんが目覚め、私の背中から降りた。オールは未だ眠ったままである。我々を乗せての長距離の移動、昨日の戦闘、最後に旅行終わりの一気に来る疲れ――疲弊してしまうのも当然である。本当ならば竜の姿のまま眠っていたかったところだろう。


 私は人間になると背中にいたオールが落ちてきたので、両手で受け止めた。

 アルクダは私の方へ近寄り、オールを代わりに抱き上げてくれた。


「皆、ただいま」


 そう言うと、皆一様に「おかえりなさい」と言い、その後アルアさんのことを見た。当然の反応である。


「フィンさん、彼女は?」

「カタラクティスで出会った人魚の女性です。色々と事情がありまして、今日より我々の村の一員にさせて頂きたいのです」


 私が言うと、パルダリスさんはにこりと笑い「御意のままに。あなたが我らの道標にございます」と快く受け入れてくれた。他の村人も異論はないというような顔である。


「アルアさん、一応皆に挨拶を」


 彼女は頷き、村人達を見渡す。


「私の名は、エイド・ルファ・アルアと申します。私はここより西に位置する海洋からやって参りました。怪我を負い、陸での生活もまだまだ知らないことだらけではありますが、そんな私をフィンさんや皆さんは受け入れて下さいましたこと、心より感謝致します。これから何卒宜しくお願い致します」


 彼女が深々と頭を下げると、拍手が沸き起こり「ようこそ」というような声が聞こえてきた。


 今朝カタラクティスを出発し、ここに着いた頃には既に夕方である。話したいことも山程あるが、私も疲れてしまっている。今は部屋で休むとしよう。


「スキロス、僕はもう寝るから、何かあったら家まで来て。ほぼ四日間村を守ってくれてありがとう。明日沢山話すから」

「はい、お疲れ様でした。ゆっくりお休みになって下さい」


 そうだ、忘れるところだった。


「あと、空き家ってまだあるかな。できれば湖に近い場所の」

「小さい家ですが、いくつかあります。どれくらい近い方が良いですか?」

「一番近いのをアルアさんの家にさせてほしいんだ。案内しておいてくれるかな」

「承りました」


 アルアさんも海から離れたとはいえ、カタラクティスのインストラクターのパラミダさんやセイバーさんが言っていたように、水が無ければきっと辛いと思う。それは魚人にせよ、人魚にせよ、海に生きる者全て。村の中にある湖ならば泳ぐこともできるはずだ。


 我が家に戻る途中アルクダとすれ違い、その際「オール様はベッドに寝かせておきました。ナキさんも既に戻っております」と伝えてくれた。


「ありがとう。アルクダも四日間お疲れ様。助かったよ」

「いえ、力になれたのなら光栄です。それでは失礼します」


 そう言い、彼は戻って行った。


 アルアさんがこの村を気に入ってくれることを祈りりつつ、気に入ってくれることだろうと自信を持っていた。


 私は泥のように深く眠った。どこかで意識が浮かんだ気もした。



   〇   



 私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。


 それは私の歳が十の時のものである。


 私はその日、教官に呼び出された。今までろくな成績を出せていない私が最初で最後に呼び出されたことの話である。


「失礼します。フィン・アーク・アイオーニオン、参上しました」


 私が教官室にノックをし入ると、教官は窓の外を眺めていた。


「来たか、アイオーニオン。今日はお前にとって申し訳ない話がある」


 覚悟はしていた。恐らく――


「お前の今後の進路の話だ。今まで進路のことについては我々教育者側は何も口出すことはない。抜けるのも続けるのも本人の意志に任せてきた。しかし、お前に関しては違う――正直言って、異例だ」


 彼は私のことを人形を見るような目でこちらに視線を向けた。


「お前はこれ以上訓練を続けていても無意味だ。我々は無駄な時間を費やし、お前の親は無駄な金を浪費する。これ以上誰にも迷惑をかけない為にも、お前は今の内にここから去り、故郷で慎ましく暮らすべきだ」


 そうするべきなのだろう。ここでこれ以上懸命に足掻くよりも、故郷へ戻り親の仕事を手伝った方が賢明というものだろう。しかし――


「この際だ、はっきり言うがお前は見込みが無い。ここの訓練にもついていけないようでは、いずれさらに厳しい訓練においてお前は必ず死ぬ。言っておくが、この世は気の持ちようだけでは到底進んではいけない」


 そんなことは疾うに知っている。ここに来たその時から否が応でも知らされた。毎日死ぬ程走って、死ぬ程殴られて体に才能の無さを刻み込まれた。しかし――


「結局最終的に決めるのはお前だが、これはほぼ命令だ。お前はここに相応しくない。フィン・アーク・アイオーニオンがここに居る事実は間違っている。以上だ。何か異論はあるか」


 ――しかし、ここで帰る訳には絶対にいかないのだ。私はここに居続け、二度とあの家に帰ってはいけないのだ。

 馬鹿な話だとは分かっている。親の金を溝に捨てるような真似をするなど、親不孝も甚だしい。けれど、それでも私が大事なあの場所に――私が居ることのできないあの場所に帰ることよりずっとマシなことのはずなのだ。私がここに居る事実より、私があの場所に居る未来の方が間違っているのだ。


「…………深く、理解しております。しかし――私はここに居ることを選びます。教官殿のありがたい提案を無下にするようなこと、大変心苦しいことですけれど、私はここで兵士となる道を歩むことを選ばせています。申し訳ありません。愚かな私をどうかお許し下さい」


 私は言い終え、足の震えをどうにか抑えようとした。

 教官は聞き終え、ふん、と息を大きく吐いた。やがて口を開き、その蛇目をさらに細めた。


「……それがお前の言葉か。ここには私とお前だけしかいない。今のぎこちのない、教科書通りの言葉が本当のお前の言葉というのならそれで良い。しかし違うだろう。お前の本心はそんなものではないはずだ。もっと黒く――強い執念の塊のようなもののはずだ」


「言ってみろ」と、彼は言った。私はどうするべきか迷う――はずもなかった。


「もし、ここでお前の無礼極まりない本心言えば、教官に対しての侮辱の罰としてお前を瀕死にまで追い込むことになる。仮に言わないのなら、私の期待に応えられなかった罰も含めた、個人的な怒りとして半殺しで済ませてやろう」


「言ってみろ」と、言っておきながら何と理不尽な処罰か。


 しかし、私の意志が揺らぐことはない。


「…………先程から聞いていれば、随分と勝手で酷い言い様ですね。私は今まで喧嘩の一つもしてこなかった。塞ぎ込んで他人が私を避けると同時に私も他人を避けていた。私はずっと何も持っていなくて、何も手に入れようとしなかった。手を伸ばし手を失うことを恐れていた。それでも――」


 私の頭はぼうっとしてきて、出てくる言葉が喉から絶え間なく溢れてきた。


「――私はこの一年間必死で喰らいついて来たんです。今までずっとどんなに辛くても、ここに居られるだけマシなのだと、親を苦しめずに済むのだと思ってやって来たんです。それを、こんなところで奪われる訳にはいかないんです。だから、あなた方も奪わないで下さいよ、私の居場所を。教官殿に軽く渡せるような安い居場所は持っていないんですよ。私は私の居たい場所に居るだけだ。だから――」


 私の思考回路は遂にリミッターが外れ、せめて年長者に対する敬語の意識もどこか彼方へ飛んで行った。

 しかし、ここまで来たら最後まで吐き出すしかない。私は力の限り眉間に皺を寄せ、精一杯教官を睨みつけた。まるで――眼光だけで殺すかのように。


「――私は絶対に動かない。ここに生きて居続けてやる。そうしてあんたが間違っていることを証明する。絶対にあんたの指図など受けるものか。私の存在が邪魔なら、追い出してみろ――私の居場所を奪ってみろ。だが、その頃にはもう手遅れだ。私は既にここで生き残りの最前線に居るだろうからな。本当の愚か者はあんた達だ。私は絶対に負けない! ここの奴らになんかに、糞みたいな有象無象になんかに負けたりしない! お前ら皆が殺したくなる程、けれど決して殺せないくらいに強くなってやる! 精々その眠そうな死んだ目を限界までかっ開いて見ていることだな。決して私は――死なない」


「と、いうのが、私の本心です」言い終えた私は静かにそうつけ加えた。


 教官は一歩一歩絨毯を踏み締めるように私に近づいた。

 そして、私の目の前まで来ると、顎をひけらかして軽く睨んだ。その額にはほんの一滴の汗が伝っていた。


「よく私に対し、そこまで言いきった。その阿呆さだけは誉めてやろう。しかし、結局お前は私の前で血塗れになり倒れ伏す。覚悟は良いな」


 私は頷く。その瞬間、見えない速度で私の頬に拳が叩き込まれ、小さな体は吹っ飛んで扉に強く打ちつけられた。

 その時、私の口から何かが飛び出していった。どうやら私の奥歯らしかった。

 私の歯は当時まだほとんどが乳歯だった為、その歯は後でにょきにょきと筍のように生えてきたのが、幸いだった。歯磨きは非常に大事である。


 扉の前に倒れる私の頭を片手で掴み上げ「歯が折れたか。まあいい」と、言うと私の頭を持ったまま、扉に思い切り私を投げつける。

 壊れたのは扉だけに留まらず、廊下の向かいの壁も粉々に砕け、廊下を歩いていた者は至極驚いた。至極真面な反応である。


 私は全身から血液が逃げていくのが分かり、痛みをひしひしと実感していた。けれど、死は頭の中を過ぎらなかった。


「周りに居る者は精々巻き込まれないようにしろ」と、忠告を入れ、再度私を持ち上げると腹に渾身の殴りを入れる。またも吹っ飛び私は頭を壁に強く打った。

 肋骨が折れるような感覚がし、腹には風穴こそ開いていなかったが、その代わりと言っては何だがその場で私は吐いた。それが吐瀉物なのか血反吐なのかは今も分からない。


「いちいち動くのが面倒臭い」と言うと、彼は小さな私の体を仰向けにしてその上に巨大な体で跨った。


 それから教官は私の顔面を頻りに殴りつけ続けた。それが終わる頃には私の顔は、見るに堪えない有様となっていた。

 鼻はあり得ない方向に曲がり、唇は切れまくり乳歯は全て無くなった。大人の歯は全て残った。教官はそこら辺調整したのだろう。耳は殴られた衝撃を受け、雑音が騒めく他は何も聞こえない。

 私の意識は朦朧としていた。


 教官は立ち上がり「ここまでやられながらまだ意識が在るとは、その執念はここでは紛れもなく頂点だろうな」と、言った。


 私は判然としない頭を無理矢理回し、正常に動かぬ顎と舌を踏ん張った。最後の意地である。


「絶対に……お前を、超える…………全員……超える…………」


 私の意識はそこで途切れる。

 ここからは後で聞いた話であるが、それを聞いた教官はにやりと微笑んだ。そして、近くにいた訓練生を呼んだ。


「お前、こいつの同級だろう。こいつを救護室に連れていけ。慎重にな。間違ってもごみ置き場に捨てたり、傷つけたりするんじゃないぞ。一度でも小さな衝撃を喰らえば、こいつは死ぬ」

「……良いのですか? お言葉ですが、こいつに時間を割くのはもう無駄かと存じます。ならばいっそここで」

「貴様は阿呆か? 彼の言葉を借りれば愚か者か? ここで彼を失う訳にはいかない。彼の執念はそのまま彼の力だ。彼はお前よりも遥かに強いぞ。分かったら素早く慎重に運べ」


 私はその後救護室に運ばれ、腕の良い医師の治療を受けた。顔の歪みの魔法治療で元通りになった。便利過ぎ。


 教官が何故私のことを最後にあんな風に言ったのか、今になって分かる気がする。


 彼は始めから私を試していたのだ。私が兵士の道を諦めるか、否か――それを試し、かつ理不尽な処罰を受けた後も出て行かないのか。そうして、私の『力』を試したのだろう。


 今思っても全くありがたくないが、それでも意図が分かっただけでも良かった。


 私は――間違っていなかった。



   〇   



 私は翌日の昼前に起床した。こんなに遅く起きたのは初めてだ。


 飛ぶというのは、気づかないだけで意外と疲労が溜まるのだと知った。お陰で長い時間寝てしまったし、寝ている間も酷く消耗した気がする。


 私が起きる頃には既にオールは目覚めていた。


「随分と穏やかに眠っていたな。昨夜夜更かしでもしたか」

「いや、単純に疲れただけ。帰って来てすぐに寝たよ。オールも元気そうで良かった」


 私は着替えた後、アルアさんの家に向かった。

 彼女の家はこじんまりとした二階建ての煉瓦の家である。この村の大概の家は木でできているのだが、湖の近くに建てられている家は木の腐敗の心配があるので、煉瓦などの石造りにした。


 扉をノックすると、中から「はあい」という美しい歌を歌うような声が聞こえてきた。


「ああ、フィンさん。おはよう。もうそんな時間でもないかしら。中に入って下さい」


 言われるがままに私はアルア邸にお邪魔した。


 中は木材の壁なのだが、あまり物は置いておらずすっきりとしていた。

 入るとすぐにリビングがあり、丸い小テーブルと三つ椅子があり、テーブルの真ん中には小さな観賞植物が置いてある。壁には小さい額がありそこには何も飾られていない。


「これはこれから入れるつもりなの。これから素敵なものを」


 私は席に着き、アルアさんはお湯を沸かしお茶を出した。魔法は使わず、ポットを使って沸かしたものだ。


「本当に素敵なものを貰ったわ。……鱗が剥がれた時は絶望の淵に立って、もう競売でも何でも居場所があるならそれでも良いかなって思ってたの。でも、あなた達が助けに来てくれて即座にあなた達についていこうって思ったわ。まだあなた達が海賊を倒してもいなかったし、あなた達が私を仲間と呼んでくれるとも限らないのに、随分と勝手な言い分よね。けれど、あなた達は海賊を倒したし、私を受け入れてくれた」


 私はただ静かな声を聞いていた。私はただ彼女の静かな目を見ていた。


「私は一生救われた。きっとここの人達は誰一人悪い人なんか居ない。だからこそ、私は苦しい。私はここで何をできるのか。私は皆に何をしてあげられるのか」


 この村の人は皆働いている。子供でさえ親の仕事を手伝い、村にしっかりと貢献している。

 彼女は手負いの人魚で、得意なことは――


「アルアさんは何がやれると思う?」


 彼女は首を傾げ「何かしら」と、困ったように笑った。


「あなたのやりたいことは今から探しても、決して遅くはない。何故ならここは皆それぞれが唯一無二で、それだけが集う村なのだから」


 私はアルアさんに外に出ようと提案した。


 外に出ると、新しい村人に興味を持った子ども達が我々を囲み、遊ぶように強請った。


 アルアさんはまだ人間の足で歩いたり走るのに慣れていない。杖無しではすぐによろけてしまう。

 私は大きな杉の木の下に皆と並んで座り、カタラクティスで起きた話をした。


 私がカタラクティスと逆方向へ進んでしまったこと。オールが拗ねて海に行きたいと言い出したこと。ナキとオールの水着のこと。ナキが泳げなかったこと。日暮れに見たグリーンフラッシュのこと。翌日も海で遊んだこと。シュノーケリングをやったこと。人魚と海賊に遭ったこと。カタラクティスを救ったこと。友人と再会したこと。オールがそれに嫉妬したこと。そして仲直りしたこと。自慢話も小っ恥ずかしい経験も、嘘偽りなく。


 それら聞き終えた子ども達は「良いなあ」とか「すごい」とか「結局変態か」とか各々の感想をごちゃごちゃに述べた。えっ、変態?


「その海賊ってどのくらい強かった? 狼くらい? 火山くらい? 太陽くらい?」


 小さな男の子はそう訊いてきた。火山や太陽がどのくらい強いのかは知る由もないが、恐らくめちゃめちゃ強いだろう。私は正直に「火山や太陽程じゃないと思うけれど、まあ大砲百門くらい強いかな」と、答えておく。


「ふうん、じゃあフィンさんはどのくらい強い?」


 ええ、自分のこととなると答え辛いな。


「……隕石くらい?」

「すごい強いじゃん」


 ちょっと盛った。


 すると、今度は話の中心をアルアさんに変えて、皆彼女を質問責めにした。

 ある女の子が「人魚ってお歌が上手なの?」と、訊いた。


「ええ、皆上手よ。勿論私も」


「歌ってみて」と子ども達は一斉に頼み出した。


「ええ、勿論。それではご清聴下さい――」


 彼女はその耳の奥まで澄みきるような美声と、その細い喉からは予想もできない程の声量で辺りを歌声で包み込んだ。


 それは、海の種族に古くから伝わる漣の唄『キューマ』という曲である。寄せては返す波のような優しく穏やかなメロディーと、その水平線に去って行く夕陽と反対の海よりまた顔を出す朝日の情景を表している歌詞とがマッチする、神秘的な唄として、今や童謡として世界に知れ渡っている。


 アルアさんが歌い終えると、辺りは拍手の音に呑まれた。いつの間にかアルアさんの歌声に皆が集まって来ていたようだ。目を閉じて聴き惚れてしまっていた私は周りに気づき驚いた。


「びっくりした。けれど、それくらいアルアさんの歌はすごいよ。歌っている間は誰もが聴くことに専念して静まり返り、それが終わると今度は拍手と歓声の嵐になる。これがアルアさんの『力』なんだろうなあ」


 私は感慨深く思い、そう言った。子ども達も満面の笑みでこちらを見ている。きっとここにいた全ての者が彼女の声に惚れてしまったことだろう。


「これで皆が笑ってくれるのなら、私は思ってもいなかった幸せだわ。私の周りは私と同じくらい歌が上手かったから、初めて私の声が誰かに届いた気がする」


 次第に、周りに居た人達は掃けて行き、また私とアルアさんと子ども達だけになった。


 すると、一人の男の子が女の子に連れられてこちらへと向かって来る。

 ――ヴラディプスとティグリである。


 彼らにも土産話を聞かせつつ、彼らのその後の進展も訊こうとしたのだけれど、今はそれどころではなかった。


 ヴラディプスは膝頭の大きな傷口を押さえ、普段はのほほんとしている顔を苦しそうに歪ませていた。流血しているし、傷口に砂利や土も入ってしまっているようだ。


「どうしよう、フィンさん。ヴラディプスが転んで怪我したちゃったの。治してあげて」

「フィンさん、ごめんなさい……」


 それは構わないけれど、まずは傷口を洗わなければならない。水場へ運ばなければならない。流血も早く止めなければ、その分魔も流れていく。それは生命や成長にとって危険である。今すぐ迅速な処置をして、ええとその為にはまず唾をかけて放置……


 と、私が子どもの流れる血を見て動揺し気味で支離滅裂な思考になってしまっている間に、アルアさんはヴラディプスの膝に手を当て、水魔法で傷口の不純物を洗い流した。

 そして、今度は回復魔法で彼の傷口を塞いだ。


「回復魔法はあくまで壊れた細胞を仮の物質で一時的に留めておくだけ。私の魔法なら一ヶ月くらいは持つだろうけれど、いずれ細胞が剥がれてまた出血するだろうから、忘れずにちゃんとした治療をすること。あと、お肉を沢山食べなさい。早く治るからね」


「これで良し」と、彼女は持っていた包帯でぐるぐるとヴラディプスの膝を巻き、しっかりと止めた。


「ありがとうございます」


 ヴラディプスはいつもと同じふんわりとした笑顔を取り戻し、ティグリと一緒に戻って行った。あ、ティグリにその後の関係訊くのを忘れていた。


 夕暮れになり、子ども達は家に帰って私達は再度二人きりになった。


「すごいね、アルアさんは。歌も上手くて、魔法も上手く使えて、医療の知識もあるの?」

「まあ、医療は昔興味があって……医者程直接的に生き物の命を助ける仕事はないと思って、憧れていたの。でも、歌は人魚なら当たり前にできることだし、魔法だってこれはたまたま運が良くて使えただけ。魔法は生まれつきのものだから」


 そう彼女は謙遜したけれど、私はやはりアルアさんのことを純粋にすごいと思う。憧れるものを持ち、それを目指して勉学に励み、実際に今彼女は知識を少年の為に役立てた。

 それは簡単にできることではないし、少なくとも私には上手に歌を歌うことも、回復魔法をそこまで上手く使い熟すこともできない。


「それでも――今ここでアルアさんは皆の役に立っているし、ここではあなたは特別だ。だから、どうか自分を悲観せずに自信を持ってほしい。僕はあなたは何にでもなれる。だって、皆アルアさんのことが大好きなんだから」

「……フィンさんも?」

「無論です」


 私は臆することなく、恥じる必要もなく、堂々と言った。


「そっか、そうだよね。これから見つけていければ、きっと上手く行くよね。そうだ、できることは沢山ある。何だか何でもできる気がしてきたよ。ありがとう、フィンさん」

「そうさ、あなたは何でもできる。大丈夫」


 私はそう言い立ち上がった。土のついた尻を叩き「そろそろ帰ろうか」と、私は提案した。

「ええ」と、彼女は答える。


 空は暗くなり、星は私達を見つめるように瞬いていた。



   〇      



 私は夢を見た。正確に言えば、昔の思い出である。


 それは私の歳が十の時のものである。


 私はその日、同級に呼び出された。教官に呼ばれた時とは違い、行かなくても良かったし、実際行くつもりはなかった。しかし私が普通に寮へ帰ろうとするや否や、三人組の同級は私を捕まえて校舎裏のゴミ捨て場まで連れてきた。

 私は重なるゴミ袋の中に放り込まれた。臭い。


「何すんだよ。臭っ」


 私がそう言うと、三人揃って私を睨みつけてきた。


「お前さ、成績最下位だろう。それもダントツで。なのに、教官はお前のことを豪く評価してよ。目に障るんだよ。俺らより下にいるのにむかつくんだよ」

「…………? 何の話だ? ――臭っ」


 私はその時初めて、教官が私のことをぼこぼこにした後に言っていたことを聞かされた。


「何でお前なんだよ。俺らの方がずっと強いのに、何であんなことを言われなきゃならないんだよ」


 そう言いながら彼は校舎の壁を蹴りつけた。


 私は立ち上がり「悪いけれど、そんなことは僕の知ったことじゃないんだ。八つ当たりなら他でやってくれ」と言い、立ち去ろうとした。

 しかし、その一言がさらに彼の怒りに拍車をかけさせ、彼は激昂した挙句私の頬を殴りつけた。


「臭っ! 違う、痛っ!」

「偉そうな口利くんじゃねえよ。お前を嫌でもここに居たくなくならせてやる」


 それから、私は三人に蹴られ続けた。私は至る所から血を流し、痛みに悶えた。

 しかし、決して涙を流すことはなかった。少なくとも彼らの前では。


「くそ、死ねよお前なんか。早くここから出てけよ」

「……んなこと」

「あ?」


 私は彼の脚を掴み、立ち上がり投げ飛ばす。彼は背中から勢いよく地面に打ちつけられた。


「草っ! 違う、臭っ! 痛っ! 何すんだ――」

「んなことできる訳ないだろうが!」


 いつになったら私はこんなことから逃れられるのだろうか。どうしたって私の周りは敵だらけだ。皆が皆私を邪魔だと思い、私の居場所を奪ってくる。だが、きっと私は知っているのだ。


「ここにだって居場所は無いんだよ。元からここは居場所じゃないんだ。出てって救われるのなら、出ていくよ。代わりに居場所をくれるのなら、いつだって荷物まとめて出ていくよ。でも、違うだろう。どこにも無いんだよ! 僕の居場所なんてここにもどこにも無いんだよ! ……奪えるものなら奪ってみろよ――こんな居場所、どうせなら奪ってくれよ」


 もう、私は何も持っていない。

 欲しいものは常に業火の中にあって、手を伸ばしてみれば手を失くす羽目になる。

 ずっとそんななんだ。私が何かを掴むと倍になって失う。


「もう僕は損をすることすら、無くなった」


 言い終えると、彼らは「何言ってんだよお前。居場所が無いならさっさと出てけよ」と、言い放った。

 その言葉がまた私の逆鱗に触れ、私は彼に掴みかかった。棒立ちしていた二人がはっとして動き出し、私の両腕を押さえた。


 それから私は好き放題に殴られた後、私はゴミ捨て場に再度放り込まれた。ひたすらに臭い。


 そんな日々が何日も続き、私の心はその度に憎悪にも似た暗闇に呑まれていった。



   〇   



 翌朝、今度はしっかりと早起きをした私はアルアさんの所へ訪れた。


 しかし、彼女は自宅にはおらず、留守の札が玄関の扉にかけられていた。札には『留守』という文字と一緒に『診療所』という文字も書かれていた。


 村の診療所に向かうと何やら人集りができていて、その中心には白衣を着たアルアさんがいた。彼女はこちらに気づき「あ、フィンさん」と、私を呼んだ。


「私、やっぱり医者になりたくて。今日からここで働かせて頂くことになったの」

「そうなんだ。似合っているよ、その白衣」


 彼女は大人びた雰囲気を一転させ、少女のような笑みを零した。その笑顔に周りに居た男性は致命傷を受けたことだろう。医者が早速殺しに来た。


「私ももう年だから、こんな綺麗な子が診療所を継いでくれて嬉しいよ」


 コアラの獣人のグリさんは皺々の顔を緩ませ、嬉しそうに笑った。


「医者も年は取るものだから、私を診てくれる人が来てくれて本当に良かった」


 私は再度アルアさんの顔を見つめ「この村も安泰だ」と、静かに笑った。

 彼女も私を見つめ「ええ、安心して下さい」と、胸を張った。

 そんな他愛もないやり取りをしながら、何よりも今を愛しく思う――幸せに思う。


 そして私は噛み締める。紛れもなくここに居場所があることを――ここが居場所であることを。


 傷つけられ、殺されかけ、焼かれるような想いを経て、今私はここに立っている――居場所であるこの村に。


 今度は私が居場所を与えられるようになっているのだろうか。果たして――

 

次回にご期待ください。


本作品は、不定期更新となります。次の物語をお待ちください。

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