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コミックマーケットへ帰還せよ!  作者: 尾久出麒次郎
7/17

一日目その3

「あははははははっ!! なにこれ、もうみんな凄い発想ですね!!」

 翼は面白くて、おかしくてたまらなかった。庄一がタブレットで見せてくれる画像に腹を抱えて笑う、庄一が撮ったコスプレはどれもこれも面白いコスプレばかりだ。

 青いつなぎを着た自動車整備士のいい男、小学校にあった百葉箱、ルービックキューブ、今年世間を騒がせた有名人、頭がATMの新郎と結婚した花嫁さん、ネットで名作として語り継がれる八〇年代のアクション映画に出てくる悪役キャラ、華奢で儚げな美少女のコスプレをしたボディビルダーのお兄さん、日曜夕方にやる某演芸番組に出演する落語家たち。

 面白いけど、中には今の世の中を鋭く風刺したコスプレもあった。

「庄一さんってこういうのが好きなんですね」

「まあ、漫画やアニメはあまり見る機会はないんだ。同人誌も風刺画やオリジナルでやってるサークルさんを狙ってる……ただ最近はオリジナルやってた人が二次創作に路線変更するのはちょっと寂しいけどね」

 庄一は寂しそうに微笑む、ああなんてアンニュイで素敵な横顔、凄いドキドキする。

「そろそろ行こうか、もうすぐ一日目が終わる」

 時計を見るともうすぐ閉幕の時間だった、初めてと驚きに満ちたあっという間だったけど、とても楽しい時間だった。

「なんだか……終わるのって寂しいですね、あんなに待ち侘びていたのにまるで瞬きのように過ぎていく」

「だからこそ、残りの二日間を悔いのないように楽しまないと……コミケには守らないといけないことは多くあるが、同時に楽しみ方は無限大だと思う」

「例えばどんなことですか?」

「朝、開場に着いて列が確定したら時間の許す限り見て回るのも結構楽しいぞ。もうすぐここで混沌に満ちた盛大な宴が始まるってね」

 庄一の表情と瞳は翼にはとても眩しく、美しく輝いていた。

 閉幕間近になると西ホールに残ってるサークルさんはまばらであった。

「皆さん、お帰りのさいは都営バス、りんかい線、ゆりかもめが大変混雑します。タクシーで帰る場合は順番に並んで、フライトスティックでお帰りの魔法使いは羽田から離着陸する飛行機に気をつけて事故のないよう安全にお帰り下さい!」

 それでゆめみは「ぷっ!」と思わず吹いた。

「生で聞けたな。コミケスタッフの名言を」

「ツィッターやネットで聞いたんですけど……まさか本当に聞けるなんて」

 ネット情報の大半が真実とは限らないが、今のはまさに真実だ。なにしろ自分の耳で聞いたのだから、そして一階アトリウムを歩いてると一日目閉幕の放送が流れる。


『これにてコミックマーケットXX、一日目を終了します。皆さん、お疲れ様でした』


 年配の落ち着いた女性の声と参加者の拍手が会場のあちこちに響き、翼はホッと胸を撫で下ろす。

「一日目、あっという間でしたね」

「あっという間さ、なにしろ気がついたら三日目の午後。だからこそ……悔いを残さないようにこの時を精一杯楽しむ、一年に六日間しかないこの日を……さぁ帰ろう。明日も早い」

「はい!」

 翼は満面の笑みで肯き、さりげなく庄一と手を繋ごうと指先が触れた瞬間、反射的に庄一は口を半開きにして驚愕の表情に豹変し、拒絶するかのように手を引っ込めた。

「あっ! すまない……寒かった?」

「いいえ大丈夫です! ごめんなさい脅かして」

「僕の方こそ、恥ずかしながら……この歳になっても未だに女性と手を繋ぐことには慣れてなくてね」

 庄一は申し訳なさそうに繋ごうとした自身の手を見つめる。

 手を触れられるの、嫌なのかな? それとも慣れてないのかな? 庄一さんみたいに強くて優しいイケメンの紳士ならモテるはずなのに、翼の胸に疑問が残ったままビッグサイトを後にした。



 JR品川駅から成田空港までは意外と遠い、片道一時間半以上かかり第三ターミナルに行くには空港第二ビル駅で降り、無料シャトルバスに乗ってやっと第三ターミナル到着した。

「着いたぜ、予定通りなら今頃玲子ちゃんの飛行機は着陸したはずだ」

「一成、お前……通い慣れてる様子だな」

「ああ、帰省する時はいつも成田だぜ」

「何で? 羽田は使わないのか?」

「羽田じゃ格安航空会社は飛んでねぇんだよ!! お前みたいに不労収入で生活して美人の奥さんと国際結婚した上級国民様にはわからないだろうな!!」

 一成はいきなり血走った眼光で睨みながら怒鳴る、嫉妬かよ面倒臭い。

「到着ロビーはここだっけ?」

 直人は何か美味しいものが食べたいと思ったが、妙に地味というか殺風景な印象のターミナルでレストランもショッピングモールにあるフードコートをでかくしたような感じだ。

 使ってる人や働いてる人には申し訳ないが、と待ってるうちに玲子がやってきた。

「二人とも、お久し振り! ごめんね待たせて!」

 七年ぶりに会う綾瀬玲子は栗色の髪をシニヨンで纏め、長身で高校時代から変わらないグラマーなスタイルも維持してるようだ。高校時代はその容姿と統率力、成績優秀で何でもできたちょっとワルっぽい優等生でクラスの纏め役をしていた。

 卒業後は名門大学を経て、母校で数学教師をしているという。仕事から直行だったのか少しお疲れ気味の表情だ。

「久し振り玲子ちゃん! 元気にしてた?」

「元気もなにも、学校の教員って死ぬほど大変なのよ。今日やっと休みが取れたわ、一成君は今どうしてる?」

「アフィブログとYou Tubeと同人エロ漫画を売って細々と生活してるよ」

 一成が言う前に直人が言ってやると、一成はデカ口を空け、見開いた目で見つめると玲子は苦笑する。

「佐久間も一成君も相変わらずね、それじゃあ行こうか」

 玲子は無事に再会してホッとしたのか、昔と変わらない笑顔を見せる。

 成田空港のターミナルを出ると、思い出話や仕事の愚痴大会に花を咲かせながら東京駅に向かう成田エクスプレスに乗る。

玲子の提案で東京駅の居酒屋で一成の大好物である焼き鳥を食いながら即席のミニ同窓会をしようというのだ。


 東京駅ビルの居酒屋に来ると、玲子と一成は生ビールで乾杯してそこでも思い出話や仕事の愚痴、近況報告、それから今日のコミケについて話すとすっかり酔いが回った玲子は色香で誘惑するかのように言い寄ってきた。

「でも佐久間……一成君から聞いたけどあんた投資とかで儲けてるんだって?」

「少なくとも一定の生活水準以上にな、息子の子育てと女房を頻繁に飛行機に乗せないといけないしな」

「ええっ!? あんた結婚してたの!?」

 玲子はまるで初耳だと驚いてる様子だ、結婚の報告は三年前にやったぞ俺は。

「ああ、知らなかったのか? ちゃんと手紙書いたぞ」

「あ、相手は?」

「フィンランド人でスオミエアーのCAだ。この前育児休暇から復帰した、これが最近の写真」

 直人はスマホを取り出して妻の写真を見せる。写真はシンガポールのチャンギ国際空港で自撮りしたもので、バックには最新鋭旅客機のA350-900が写ってる。玲子はワナワナと震えると半分のジョッキが入ったビールを一気に飲み干す。

「もう! なんで金持ってる男やイケメンとかに限って彼女いたり結婚してるのよ!! あたしの友達で独身なのはもう御幸みゆきさくらしかいないのよ!!」

 クラスを支配した玲子は取り巻きである塚本御幸つかもとみゆき本島桜もとしまさくらとは今でも仲良くしてるようだ。

「まあまあ玲子ちゃん、頑張ればいい人きっと見つかるよ」

 昼間に三十路手前で行き遅れビッチに興味ないと言ってた一成は励ますが、腹のうちでは何を考えてるかわからない、と直人はオレンジジュースを飲む。

 そこから玲子の愚痴がまた始まった。

「だいたいなんなのよぉ……あたしが何かしたの? 高校時代はスクールカーストの頂点に君臨して名門大学も卒業して教師になろうと志したのに、毎日毎日休みなく仕事仕事でろくな出会いも付き合いもなく、気がつけば売れ残って三十路手前……ああ……真島ましま君どうしてるかな?」

「さあな、俺にもわからねぇよ。あいつ神代かみしろと死別してから音信普通だ」

 直人は高校卒業後陸上自衛隊に入って第一空挺団へ行き、妻の神代彩かみしろあやを亡くすと同時に音信普通となった真島翔ましましょうの顔を思い浮かべる。

 一成は少し躊躇うような表情で訊いた。

「玲子ちゃん……やっぱり翔のこと好きだったの?」

「うん、なんとか励ましてあげようと思ったんだけどね」

 玲子のことだ、きっと翔の心の隙間に入り込んで再婚しようと企んだに違いない。

「玲子ちゃん、俺たち明日と明後日コミケに参加するんだ。仕事や日常は忘れて楽しもうぜ」

「そのイベントって楽しい?」

「俺からすれば楽しいが、玲子ちゃんが楽しめるかどうかは玲子ちゃん次第さ。コミケの楽しみは自分で見つけるものさ」

 一成は自慢げに言う、もしかするとあの台詞は案外冗談だったのかもしれない。直人は昔と変わらず楽しそうに話してる玲子と一成を見てそう思った。



 午後九時を過ぎ、庄一は無事に今日が終わったことに安堵した。

 今日見た翼は本当に小学生の女の子のように表情豊かで、初めてのコミケ会場に瞳を輝かせ、コスプレを見てはしゃいでいてとても微笑ましい気持ちだった。

 夕食は都内の中華料理屋さんで食べ、それなりにボリューミーだったのに残さず食べてくれた。育ちのいい女の子でまるで少し歳の離れた妹みたいだった。

「あの中華料理屋さん、美味しかったですね!」

「ああ、僕も気に入ったよ」

 エレベーターに乗り、なんだか名残惜しい気もする。

「川西さん、今日はありがとうござました! また明日もよろしくお願いします!」

「ああ、明日も頑張ろう中島さん」

「はい」

 満面の笑みで肯くと翼はエレベーターのドアが開き、ジャンガリアンハムスターのようにちょこちょことした足取りでを降りた。

「おやすみなさい川西さん」

「ああ、しっかり休んでね」

 閉まる間際に振り返ってウィンクした、すっかり懐いてるな。

でも、彼女は本当の僕を知らない……知らせるべきだろうか? 今まで本当の僕を知った女性たちはみんな、驚愕し、軽蔑し、罵倒した、まだ子どもと言っていいあの子はどう思うんだろう?

 庄一はエレベーターを降りて上階のダブルルームに入り、カーテンを開けて東京の夜景を見下ろし、椅子に座る。

 なんだろう? どうして今になって次々と現れては消えていった女たちのことを思い出すんだろう?

 庄一は自嘲しながら思い出す。今まで付き合った女性はそれなりにいた、最初は高校三年生の時に一年生の女の子だった。

 卒業と同時に別れ、フランスに渡り、いろいろあってコルシカ島で働き始めると休暇で来たパリで年上の物好きな金髪のパリジェンヌと出会った。

 性格は高校時代の彼女と正反対だった。付き合いも高校時代とは正反対で、出会ったその日の夜に彼女と寝て、それから会うたびに溜まったストレスと忘れた性欲をぶつけるかのように貪りあった。

 でも長くは続かなかった、イスラム過激派によるパリのテロ事件で犠牲になって庄一は悲しみと喪失感に見舞われた。

 それ以降何人かの日本人女性と交際することもあったが長くは続かなかった。

 自分の仕事を聞いた途端、別れ話になって時には酷い言葉をかけられて逃げられたこともあった。

庄一はこれを憎しみと復讐心に駆られた報いだろうと受け止めた、考えてもしょうがない。

 そして僕の手は……無垢な少女と手を繋いではいけないほど穢れ切ってる。

 でも……今はあの子が笑って家に帰れるように、導いてあげよう。

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