一日目その2
一方、直人は一成に必死で喰らいつきながら人混みや人波をかわし、流れに乗りながら次々と同人誌を買い集めていく。しかも動きがかなり機敏で手が早い、こいつ確か素早い運動は苦手じゃなかったのか!?
一一時頃になると入場規制が解除になり、やがてあっという間にお昼の時間帯になると、直人は東ホール二階のガレリアにあるレストランでカレーを食べながら訊く。
「一成、お前どこまで手馴れてるんだ?」
「ああ、もう六年も通ってるからな! 一日目は肩慣らしよ!」
「これで肩慣らしって三日目はどうなるんだ?」
「今日は肩慣らし、明日は本番、最終日は戦争かな?」
一成は冗談半分で言ってるつもりだろうが、直人は腹ペコのはずなのに、一気に食欲が失せるような感じがした。
「おいおい明日明後日も激しくなるのかよ……よく生きて帰れるな」
「慣れると病みつきになるぜ、まあ今日のサークルは一通り回ったし、明日はそんなに回るサークルない」
「カタログ見てるとやっぱり日によって違うんだな……ん? 一成、これなんだい?」
直人は重いカタログを捲って二日目のホールのジャンル分けされてるページに指を差した。
「このJUNEって所、薔薇のマークで覆われてるけど何だい?」
「それはな、自分で確かめて欲しい。但し、検索してはいけないを付け加えるが……それと明日、玲子ちゃんも参加するってさ」
「まじか!? 綾瀬が!!」
それで直人は久しぶりに会う同級生の顔が思い浮かぶ、最後に会ったのは七年前の高校の同窓会以来だった。
一成は肯いて言う。
「ああ、数年ぶりの年末年始に休みが取れたらしい。終わったら成田へ迎えに行く?」
「勿論さ! あいつ元気にしてるかな?」
「夏コミの後、最初は乗る気じゃなかったんだけどさ。コミケ婚の話しを聞かせたら行くってさ! コミケは出会いの場じゃねえのによ。出会い厨乙だな」
一成は笑いながら言うが直人は一気に萎える気がした、この分だと男に恵まれてないようだなと思いながら食べ終えると、席を立ってレストランを出る。
「それで一成、これからどこへ行くんだ?」
「東トラックヤードでコスプレ見て回ろうぜ!」
「そういえばコスプレした人が結構いるな」
「そう! 同人誌がなければコミケじゃないが同人誌ばかりがコミケじゃない! 行こうぜ!」
一成は何気にいいことを言う、直人はまあこいつと三日間付き合ってやるかと口元を緩めながら東ホールトラックヤードに向かったが、途中でここ数年大流行の艦隊擬人化ゲームの区域に突入する。
「なんだこの人口密度!! 密集し過ぎだろ!!」
「いつものことだ! 気にするな! すぐ慣れるはははっははははっ!」
一成は豪快に高笑いする。前言撤回!! もうヤダ、もう帰りたい、もう絶好したい……直人は涙目になりながら進んでいた。
一三時過ぎになると庄一と無事に合流した翼は遅めの昼食を摂る、場所は会議棟一階のフードコートでようやく一息吐いた。
「どう? 中島さんお目当てのサークルさんの同人誌は手に入れることはできた?」
「えっと七割方はなんとか」
「初参加にしては上出来だね、しっかり食べて休んで、午後も頑張れそう?」
「はい! もう凄く楽しいです! さっきなんかコインをばら撒いた人がいたんですけど、みんな一斉に拾ってくれてほっこりしました」
「その話しは聞いたことあるし僕も何度か見たことがある……何しろ二〇万もの人間が集まるイベントだ、トラブルが起きても不思議ではない。だからこそお互いに助け合わないといけない」
庄一の言葉に翼は思わずゆめみの言葉を思い出しながら微笑む。
「まるで……ゆめみちゃんみたいですね、泣いてる人がいたら……迷わず後先考えずに助けようと声をかける……私にできることはない? って」
「そんな人たちが沢山いたら……世界はもっと優しさに包まれているのにな」
庄一の表情は達観したような表情で窓の外を見る、その瞳には何か悲しみに満ちているようにも見えた。
「川西さん?」
「ああすまない、それと東ホールを回ってる時……こんなのを見つけたよ」
庄一は布袋の中から一冊の厚めの同人誌を取り出した。翼は受け取ってそれを開く、可愛い……オリジナル魔法少女の本? 見たことのない四発エンジンの旅客機を背景にゆめみと一緒に魔法少女が飛んでいる。
更にページを開くとハーモニストのモデル、コンコルドに似た旅客機と並んで飛ぶ男の子、ハーモニストのみつぎ君みたいだけど違う。
「これって……もしかして」
「ファンの人が作った『ゆめみ☆テイクオフ』のオリジナル魔法少女本だ。ゆめみと飛んでるのがボーイング707、他にYS11、DC8やDC10、MD11とか退役した旅客機や試作段階で終わった機体をベースにした魔法少女を描いてるサークルさんで、ハーモニストにそっくりな子は旧ソ連のツポレフTu144コンコルドスキーだ」
「へぇ……こんなのも作ってるんですね」
翼はページを捲る、オリジナルで一番気に行ったのはいちはの母親の魔法少女時代のイラストだ、747の第一号機と並んで飛んでいる。
タイトルは『シティ・オブ・エバレットと共に』だった。
「気に入ったならあげるよ」
「ええっ、いいんですか?」
「ああ、次は自分で探してみるといい。お目当てのジャンル以外の島中サークルを歩いてみてると意外な戦利品が手に入る……無論財布と相談しながらね」
庄一はそう言って水を飲む、翼はモジモジしながら言う。
「あの……午後は一緒にどこを回りましょうか?」
「どうしたんだい? 急に改まったようになって?」
庄一はイケメン俳優のように甘いマスクで微笑む。だって庄一さんのこと好きになっちゃったからしょうがないもん! 翼は頬を赤くしながらテーブル下、左右の太腿をモジモジとこすり合わせる。
翼は照れ隠しに首を大袈裟に横に振りながら否定した。
「な、なんでもありません!」
「そうか、一日目は企業ブースが混むから西館経由で有明ふ頭公園に行こうか?」
「はい! 行きましょう!」
翼は肯いて席を立った、食費はおおまかにお札単位で割り勘にしてレストランを出ると西館アトリウムへ入る、この辺りは比較的落ち着いた雰囲気で庄一は提案する。
「少し遠回りしてみようか」
「はいえっと……この辺りは――」
翼は重いカタログを開いて見回し、視界を前方に広く捉えながら歩く。この辺りは特にチェックしてなかったけど、ちょっと寄り道して回ってみようと思った結果――
「なんか、またちょっと重くなっちゃいましたね」
翼は回るうちに思わぬ同人誌を四~五冊は買ってしまい苦笑すると、庄一も柔らかい笑顔で言う。
「よくあることさ、別に珍しいことじゃない」
いつの間にか財布の中身も減っている、これくらいにしておかないと明日の資金にまで手を伸ばしてしまいそうだった。
西館を抜けて有明ふ頭公園に向かう途中、屋外展示場から屋上に通じる階段まで続く整列が目に入る。あの人たち何時くらいから並んでるんだろう?
翼はそう思いながらふ頭公園に出ると、東京湾からの潮風が吹いて凍えるような寒さにも関わらず、夏服を着たキャラクターのコスプレをしてる人も多くいた。寒くないのかなと思ってる時、庄一は「おっ!」と何かを見つけてタブレットを取り出した。
「すいません、撮ってもよろしいですか?」
「はい勿論! ツィッターに載せてもOKですよ!」
ノリノリでOKしてくれたコスプレイヤーさんだが、翼は思わずギョッ! とすると同時に考えさせられるコスプレだった。
鎖で縛られ、顔を青く塗ったスーツの男だった。
鎖の端を握ってるのはそれぞれ頭がスマホでLINE、ツィッター、インスタグラム等で翼もよく使ってるスマホアプリのマークを全身に貼り付けていた。
もう一人は「仕事」「人間関係」「責任」「金」「他人の視線」という文字盤を両手足に貼り付け胸元には「社会」を貼り付けたスーツの男だった。
翼も思わず手を挙げてスマホを取り出す。
「あの、私もいいですか?」
「勿論! あなたのような可憐で若いお嬢さんは大歓迎です!」
縛られた男は笑顔で承諾し、鎖を握った二人も快く肯いた。スマホで三枚ほど撮って庄一とお礼を言ってその場を後にする。
「良いコスプレが撮れた。僕はああいうのが好きなんだ」
「アニメやゲームばかりじゃないんですね」
「ああ、僕はネタに走ったものや今年話題になったネタ、さっきのように仕事やスマホに縛られる現代人を風刺したコスプレ……秀逸だと思うよ」
「っということは他にも撮ってきたんですか?」
「うん、数える程度だけどね。少しそこで休もうか」
「はい……さすがに疲れてきましたね」
翼は肯いて空いてるベンチに座って休憩する。
いつもならスマホを取り出すがさっきの人たちを撮ったせいで休憩に徹しようと、ショルダーバッグに戻してチョコレートとスポーツドリンクを取り出した。
その頃、直人も一成と一緒に東トラックヤードでコスプレを撮りに回ってた後、西ホールの近道となってる道路を渡ると有明ふ頭公園に入った。
「さーて今度は……おっ、可愛いコスプレ発見!」
一成はコンパクトデジタルカメラ――コンデジに持ち替えていて東トラックヤードで撮りまくり、次のレイヤーさんを見つけるやいなや早歩きでカメラを構える。
「すいませーん! 撮ってよろしいですか!」
「はい、いいですよ」
「それじゃあポーズは任せます!」
一成が声をかけると『くうこうぐらし!』のルチア・ペトコヴィッチ・ヴォルコフのコスプレイヤーさんがポーズを取り、一成は何枚か撮る。
「ありがとうございます! あの、ツィッターやってるうちわさんですよね?」
「はい、そうです」
「いやぁ自分、二次元ニュース速報というまとめブログをやっている者なんですよ」
「ということはもしかしてイッセイさん?」
「はい! いつもコスプレ見ています!」
なんだか話しが盛り上がり始めてる、まあ同好の士での交流というのもコミケ――同人誌即売会の醍醐味の一つなんだろうな、と直人は腕を組んだ。
「――それでですね、明日と明後日も参加するんですよ。よかったらご一緒に行きましょうよ! 打ち上げとかにも!」
「え、ええっと……わ、私……一人参加で行きますので、まだ一六なので」
レイヤーさんは明らかに怯えている、一成はチャンスだと言わんばかりに気持ち悪い微笑みで歩み寄る。
「まあまあそう言わずに――」
「お前も綾瀬と同じ穴のムジナだ出会い厨!! 怯えてるだろうが!!」
直人は一成の顔面に腰の入った強烈なキックを入れると、代わりに謝って顔面の凹んだ一成を引き摺る。
「連れが大変失礼しました!! 行くぞおらっ!」
ふ頭公園の奥に進むと、一成は鼻血を流しながら絞り出すような声でうめく。
「いきなり蹴るなんて酷いぜ直人……オイラはただ一人で心細そうだったから」
「お前が怖がらせただろうが!! 次やらかしたらお前のことツィッターで晒して、お前のアフィブログを炎上させるぞ!! あやうく犯罪者になるところだったじゃねぇか!!」
「そうは言ったって……出会いがなきゃリア充になれねぇんだよ!」
「だからと言って未成年に手を出す奴があるか! おい気を取り直して撮ろうぜ!」
直人はスマホのカメラアプリを起動させると、青色のつなぎを着て腕を広げ、足を組んで横柄な感じでベンチに座ってるオールバックのいい男に声をかけた。
「すいません、撮っていいですか?」
「いいですよ、いい男もいい女も大歓迎です」
つなぎの男は袖を捲り上げ、チャックを降ろして隙間から鋼のような肉体の持ち主だとわかる、だがこの格好では東京湾からの潮風もあって寒いはずだ。
「ありがとうございます、それにしても寒くないですか?」
「そりゃあ死ぬほど寒いですよ。でも撮影には最高のロケーションですし、面白がって沢山撮ってくれる人もいますからこっちも頑張っちゃうんですよ!」
つなぎの男は妙に色っぽい笑顔で言うと、直人も笑みを返す。
「ありがとうございます! 自分、コミケ……初めてなんですよ。最初は人が多くてげんなりしたんですけど、楽しいですね!」
「おおようこそコミケヘ、まだまだ面白いことや楽しいことが沢山ありますよ。是非探してみてください!」
直人はつなぎの男と少し話すと、次の場所へと歩き出すが一成は気だるげに言う。
「ああいうの撮って面白いのか? 俺は断然可愛い子しか撮らないし」
「お前な、コミケはみんなで楽しむもんじゃないのか? 可愛い子撮ってばっかで楽しいか?」
「楽しいぜ、可愛いコスプレイヤーの美少女を撮ってよ」
「で? 本音は?」
直人は訊くと、一成は間を置いて泣き乱し、取り乱すような演技をする。
「俺も年下の美少女とお近づきになりたんですよぉぉぉーっ!!」
「綾瀬はどうなんだ? お前高校時代好きだったんじゃないか?」
「はぁ? あんな三次元の三十路手前の行き遅れビッチ、こっちからお断わりだ」
一成は汚いものを見て蔑むような表情になり、冷たい口調になる。あの純粋でスケベな一成はどこへ行ってしまったんだ!? 直人は失望し、キレるのを通り越して冷静になってドスの利いた声で言う。
「一成、そこで待ってろ」
「お、おう」
一成は圧倒されて肯くと直人は鎖で縛られたスーツの男たちに声をかけた。
「すいませんこの鎖であいつを縛ってもらえませんか?」
「ええっ? 大丈夫なんですか?」
鎖を持ったスマホ頭の男が訊くと、直人はにこやかに言う。
「大丈夫です、あいつシャイでドMなので!」
「なら大丈夫ですね、ちょっと待っててくださいね」
そう言って全身に文字盤を貼り付けた男は鎖を解くと、直人は一成を手招きする。
「一成、早く来いよ!」
「あっ、ああ!」
一成が来ると直人はスマホを取り出してカメラアプリを起動させ、顔を青く塗った男に渡す。
「私が持ちます」
直人は全身文字盤の男に言う、一成を鎖で縛りつけるとご満悦な顔を見せる。
「おおっなかなかキツく縛るねぇ」
「はい皆さん笑って!」
顔の青い男は笑顔で撮ると、直人はスマホ頭の男と顔を合わせる。
「スマホ頭さん、思いっきり締め上げていいですよ!」
「えっ? いいんですか!?」
さすがにスマホ頭の男はさすがに戸惑いながら言うと直人はハッキリ肯く。
「勿論! 思いっ切りやっちゃってください!」
「ええっ!? ちょっ――ま、あがががっがががやめ……ろぉおおおおっ!!」
「お前のようなロリコンアフィカスキモヲタ童貞ニートに、なびく物好きな女はいねぇええわぁあああっ!!」
思いっ切り直人は締め上げると文字盤の男は慌てて止めにかかった。
「うわぁああ!! 死にます死にます!!」